メギド72オリスト「太古の災厄と新生する憤怒」   作:水郷アコホ

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28「正体」

 酒場の扉が荒々しく開かれた。

 

 

ソロモン

「ベレト、バルバトス、無事か!」

 

ガイード

「この時間にヤブが台所に居ねえ……って事は、多分2階です!」

 

 

 爆音は、外を巡回していた一行にも聞こえていた。

 すかさず合流し、音に驚いて家を飛び出していたガイード共々、酒場に飛び込んだのだった。

 

 

フォラス

「2階の端の方から煙が上がってたしな。ポーが無事なら良いが……」

 

 

 2階から足音が近づき、バルバトスが降りてきた。

 

 

バルバトス

「ソロモン、みんな、怪我はないか!」

 

モラクス

「それはこっちのセリフだっての!」

 

ソロモン

「こっちはみんな無事だ。バルバトスの方は?」

 

バルバトス

「済まない……ポーが巻き込まれた」

 

ウェパル

「容態は!」

 

バルバトス

「目立った怪我は無いが、気を失ってる。恐らく、クラゲの自爆によるものだ」

「とにかく来てくれ。万一の事があったら、指輪の力が無いと治療もままならない」

 

ソロモン

「わかった!」

「モラクス、シャックス、ウェパル。念の為、酒場の外の状況を確認してきてくれ」

 

シャックス

「りょうかいりょうかーい!」

 

ウェパル

「大勢で押しかけたって何ができるわけでも無いしね」

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 ソロモンとフォラスがバルバトスの案内でポーの寝室に着くと、部屋の残骸の中央でヤブがポーを抱きかかえ、ベレトが隣で呼びかけていた。

 

 

ベレト

「おい、起きろポー! 何があった!」

 

ガイード

「そんな……おいヤブ、ポーは!?」

 

ヤブ

「今の所、眠りこけてるのと何も変わりねえよ」

「だから、頼むから騒ぐな。むしろ俺が不安でどうにかなっちまいそうなんだ……」

 

フォラス

「ひでえなこりゃ……窓際の壁がほとんど吹き飛んじまってる」

 

ソロモン

「明らかにクラゲ一匹の爆発力じゃないぞ……」

 

バルバトス

「俺も気になる点は多々あるが、まずはポーだ」

「大事なければそれで良いが念の為、俺の力で治療を」

 

ソロモン

「ああ。わかった」

 

フォラス

「ヤブさんは、ポーの今夜の寝床を用意しといてくれ」

「大切な品とかあれば、別の部屋に移しといた方が良いだろうしな。俺も手伝える事があれば協力する」

 

ヤブ

「で、ですが……」

 

ガイード

「横で座り込んでたって何が変わるわけでもねえだろうよ」

「お客さん、あっしも手持ち無沙汰ですし手伝いますよ」

 

フォラス

「ああ、助かる」

「ヤブさん。気持ちは痛いほどわかるが、ポーのためにも今は気持ちを落ち着けた方が良い」

「とにかく何か手を付けて、気を紛らわさないとドツボだしな」

 

ヤブ

「……そう、ですね」

「このまま任せてガイードに部屋を荒らされでもしたら、ポーにドヤされちまいますからね」

 

ガイード

「なんだとぉ、人を変質者みてぇに言いやがって」

 

 

 どちらともなく小さく笑い、部屋を見繕いに出ていくヤブとガイード。

 

 

フォラス

「そんなわけでソロモン。俺はヤブさんに付いとく。悪いが他は任せるぜ」

 

ソロモン

「ああ。助かるよ、フォラス」

 

ベレト

「わ、儂は……どうする?」

 

バルバトス

「ベレトはひとまずこの場に残ってくれ」

「俺が治療してもポーが目覚めないようなら、ひとまず女子部屋の適当なベッドにポーを運んで欲しい」

 

ソロモン

「その間に、俺とバルバトスで外回りの皆を呼びに行く」

「万一にもクラゲが残ってないとも限らないから、皆が戻ってくるまで、ベレトはポーを見守っててくれ」

「ポーに何か急な変化があれば、すぐに人を呼ぶんだ」

 

バルバトス

「それだけじゃないぞ。ポーの移動先が決まったら、部屋の私物を運ぶのはベレトたち女性の仕事になるだろうからね」

「だから、そんな縋るような目をしなくても、君がポーのためにできる事は沢山あるとも」

 

ベレト

「な……か、勝手な邪推をするな!」

「だが、わ、わかった。とっとと治療を終えて、後は儂に任せろ」

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 それからしばらくの時間が過ぎた後。

 深夜。物音一つ聞こえず、月明かりだけが頼りの一室。

 

 

ポー

「……ぅぅん……おなかすいた……」

 

 

 ベッドの上で目を覚ますポー。ぼんやりと目を擦りながら起き上がる。

 

 

ポー

「あれ……ここ、私の部屋じゃな──」

「ゎっ!?」

 

 

 ベッドの縁に何か大きな塊が乗っているのが見えて思わず身を竦ませるポー。

 暗闇に慣れた視界に、塊の正体が浮き上がる。

 

 

ポー

「……お、お姐さん?」

 

 

 ベッドに腕と頭を預けたベレトだった。

 床の上に座り込んだ姿勢で、体を覆っていただろう毛布が腰周りまでずり落ちて震えながら眠っている。

 

 

ポー

「お姐さん、起きて。風邪ひいちゃいますって……!」

 

 

 即座に布団を跳ね除け、ベレトをベッドに引き込み、跳ね除けた布団を巻きつけながら呼び起こすポー。

 

 

ベレト

「ん……う、う……?」

 

ポー

「ああもう、こんな冷え切っちゃって……こういう時こそ『ドテラ』があれば……」

 

ベレト

「あれ、は……ダサいから嫌だ……むにゃむにゃ」

「……って、ポー!?」

 

 

 極寒で鈍った頭が瞬間解凍され、突き飛ばさんばかりの勢いでポーの肩を掴んで覚醒を確かめるベレト。

 勢いでポーの首がガクンと揺れる。

 

 

ポー

「わぁっ!? な、何ですか、お姐さん……?」

 

ベレト

「どうもこうも、どこか不調は無いか。痛むとか、苦しいとか……」

 

ポー

「いえ、全く。それより、あの──」

 

 

 周囲を見回すポー。

 他にも幾つかのベッドが並び、2つほど、人が布団を被ったなだらかな山ができている。

 否、シャックスのベッドは足が飛び出したり布団を抱きかかえたりで名状しがたい輪郭を形成している。

 

 

ポー

「ここ、皆さんのお部屋ですよね。なんで私、ここに……?」

 

ベレト

「覚えとらんのか? お前の部屋が幻獣の爆発で吹き飛んだのだ」

「それで、今夜はどこに寝かすかと話し合って、結局は儂らの部屋に落ち着いたのだ」

 

ポー

「げん、ジュウ……」

「あ、あの怪物の事ですね。でも、爆発ってそんな……」

 

ベレト

「気が動転して記憶でも飛んだか……」

「お前は多分、窓越しに幻獣を見つけ、部屋から逃げ出そうとしたのだ」

「そこで幻獣に雷が落ち、幻獣の自爆に晒された」

「そのせいでフォト……とにかく、幻獣の近くで起こる目眩の強烈なやつが起きて、お前は部屋の真ん中で倒れた」

「……と、その……バルバトスが大体、そんな事……を言っておった」

 

 

 妙に文末の歯切れが悪いベレト。

 ポーが首を傾げる。

 

 

ポー

「んん? すみません、全然記憶に無いです」

 

ベレト

「だから、それはお前が──」

 

ポー

「いえ、お姐さんが言いたい意味じゃなくてですね──」

「私、皆さんが帰って来る前に、ちょっと調子が悪くなって──」

「『本当にお姐さんが言ってた通りかも』って、早めに休む事にしたんです」

「それで、今までずっと寝てて、起きたらここに居ました。途中で起きたとか怪物を見たとか、全く覚えが無いんです」

「私、どんな時でも起きたら必ず『キンチャク』っていうのを首から提げとくんです。それが今、手元に無いですし──」

 

ベレト

「……」

 

ポー

「……お姐さん? どうかしました?」

 

 

 ベレトが目を見開き、何とも言えない感情の入り混じった瞳でポーを見ていた。

 ポーの呼びかけに気づくまで数秒かかるベレト。

 

 

ベレト

「……ハッ!」

「い、いや何でもない。そ、それより──」

「その、『キンチャク』とやらは確か……これの事か?」

 

 

 ベレトがポーの枕元のテーブルに置かれた小物から一つを手に取って見せた。

 

 

ポー

「あ、はい。それです」

 

 

 ベレトからキンチャクを受け取ると、嬉々として首から提げるポー。

 

 

ベレト

「……」

「……それは、お前のベッドの枕元に置かれていた」

 

ポー

「ほら、やっぱり。私、どんなに大慌てな朝でもこれだけは忘れた事ないんです」

「私、ついさっきまでずっと寝てたんですよ」

 

ベレト

「……」

 

ポー

「それより怪物が爆発って、お姐さん達こそお怪我は? おとうさんも──」

「……お姐さん? さっきから、どうしたんですか?」

 

ベレト

「……」

「(何か誤魔化しているようには到底見えん……だが……)」

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 ベレトの回想。

 ポーを女子部屋の空きベッドに運び、ヤブとガイードとフォラスが部屋の準備に出ている間の事。

 ポーの部屋の前。仲間たちと、ポーの部屋で起きた爆発について会議が行われた。

 

 

バルバトス

「フォラス以外は、全員集まってるな」

「話を始める前に──誰か、ミカエルの所在について把握しているかい?」

 

ウェパル

「外回りの時に会ったし、皆で2階上がる時に酒場に入ってくるのを見たわ」

「ミカエルの足音がフォラス達の方に移動してたから、今頃は一緒に居るんじゃない?」

 

バルバトス

「わかった。話に入ってくる心配はなさそうだな」

 

ソロモン

「ミカエルの様子が怪しいのはわかるけど、そんなに警戒するほどの事かな……」

 

バルバトス

「今回は、俺の個人的な都合だ。この爆発騒ぎ、俺の中でも考えがまとまりきってないんだ」

「慎重に話し合って細部を詰めて行きたい。ミカエルだけでなく、ヤブさん達を巻き込んで考えが拗れるのを避けたくてね」

「とにかく、始めよう。さっき、ヤブさんに了解を取って皆でポーの部屋で瓦礫を撤去してきたわけだけど……」

「あの部屋を見て、何か気づいた事はあるかい?」

 

シャックス

「思ったより大爆発だったよね。ビックリビックリ!」

 

ベレト

「楽しそうに言うな。儂が駆けつけた時にどれほど肝を冷やしたか……」

「あれだけの爆発で、本当によくも無傷で済んだものだ……」

 

ウェパル

「最初の『不審な点』が、まずそこね」

 

モラクス

「不審?」

 

ベレト

「な、何だ急に。確かにあの幻獣一匹如きであれほど──」

 

ウェパル

「そうじゃなくて、ポーが無事だったって事」

「しかもその時の状況って、部屋のほぼ中央で倒れてたんでしょ?」

 

モラクス

「それは別におかしくないんじゃね?」

「たまたま目が覚めて、幻獣が居たから逃げようとしたって、バルバトスのアニキも──」

 

バルバトス

「俺はついでに、こうも言ったぞ」

「ヤブさん曰く、『窓は吹き飛んだ壁のほぼ真ん中にあった』」

「逃げようとしたポーの背後で、頼りない窓ガラス越しに壁を吹き飛ばす爆発が起きた事になる」

 

モラクス

「あっ……」

 

ソロモン

「そんな爆発に晒されたら、少なくとも、割れたガラスが……」

 

ウェパル

「なのに、あの子は文字通りに傷一つ無し。服さえもね」

「いくら普通じゃない体だからって──」

 

シャックス

「意義アリ意義アリー!」

「ポーポーはゲンゲンが爆発した時、ちょっぴり壁の方に避けたんだと思います!」

 

バルバトス

「爆発を恐れて少しでも頑丈な壁の方へ飛び退き、辛うじて無事だったが、よろめいて中央に倒れ込んだ、か」

 

シャックス

「そうそう! それに証拠もあるある! ホラ!」

 

モラクス

「ホラって、お前また勝手に何か拾って……何だこれ。炭?」

 

 

 突き出したシャックスの手の中には、焦げた何かの欠片があった。

 

 

ソロモン

「何か、服か編み物の一部だな。この色はどこかで……あっ、ポーの手袋か」

 

シャックス

「モンモン正解正解~♪」

「壁ごと無くなっちゃう爆発だったから、やっぱり少しだけ巻き込まれちゃったんだよ」

「部屋のあちこち探したけど、欠片はこれしか見つからなかったもん。ドヤァ……!」

 

ウェパル

「ハァ~……」

 

ソロモン

「……」

 

バルバトス

「ますます雲行きが怪しいな……」

 

シャックス

「えぇ~!? なんでなんで~~~!」

 

ウェパル

「散々クラゲと戦ったのにまた忘れたの?」

「幻獣の爆発に、衣服を焦がすような熱波は発生しない」

「むしろこの寒い中で風に吹かれて凍てつきそうなくらいよ」

 

ソロモン

「確かに倒れてたポーは手袋を着けて無かった」

「ナイトキャップとかも着けてたから寝てる時も手袋を着けて暖かくしてた可能性はある」

「でも手袋だけ一欠片しか残らなくて、下の素手や他の衣類に全くダメージがない攻撃なんて、ちょっと想像つかない」

 

バルバトス

「畳み掛けるようで悪いが、正直なところ、ポーの被害の程度は『不審』の一部分でしかない」

「シャックス。手袋を見つけた君の観察眼は素直に鋭いものだと思う。だから、その眼力に問いたい」

「窓ガラスは、部屋にどれだけ落ちていた?」

 

シャックス

「えっへん。覚えてないない!」

 

モラクス

「一発で帳消しじゃねえかよ!」

 

ベレト

「お、おい待て。バルバトス、貴様さっきから何を『話したがっている』んだ……?」

「それにガラスなんて、儂らで片付けた時には……時、に、は……?」

 

バルバトス

「そう。『無かった』んだよ。ガラスなんて一欠片も」

「壁の崩壊にばかり気を取られていたが、瓦礫を片付ける内にようやく気付けた」

「爆風に晒されたにしては部屋全体が殆ど荒れていない。片付ける物にしたって、煤と、部屋の中に落ちた『僅かな』壁材の残骸だけだった」

 

モラクス

「どういうことだ? じゃあ、壁は吹っ飛んだんじゃなくて、消えちまったのか?」

 

バルバトス

「そう思って、壁のあった場所を調べてみた」

「ウェパルとソロモンも調べてた。恐らく同じことを考えて、だから俺が『不審』を探るために話を始めたと察したんだ」

 

ソロモン

「壁の外……すぐ下の道に、幾つも黒い影が散らばってた」

 

ウェパル

「私は外回りで直に見たわ。影は建物の瓦礫。ガラス片が私の靴底に擦れてジャリジャリ言ってた」

「しかも瓦礫は丸焦げで、煙が立ってるのにその上から霜を被ってた」

「いくら寒いからって『焼き立て』でそうなるなんて極端すぎる。不審どころか異常だわ。『普通の』力じゃない」

 

シャックス

「ふむふむ……どゆことどゆこと?」

 

バルバトス

「壁を破壊する爆発は、『寝室の中で起きた』って事さ」

 

ベレト

「バカな! なおさら有り得ん!」

「いくらポーの体が『特別』とはいえ、つねり上げれば普通に痛がる、ヴィータ程度の強度しかないのだぞ」

「それを間近で自爆されて無傷など……ましてや部屋のど真ん中に転がされて……部屋だって壁以外──!」

 

バルバトス

「一つだけ、辻褄の合う答えがあるんだよ……君も、とっくに想像が付いてるんだろう?」

「最初に『不審』とウェパルが口にした時から、少しムキになっていたように見えた」

 

ベレト

「……クッ!」

「貴様ら……本気で考えているのか……?」

「ポーが……ポーが『自ら壁を吹き飛ばした』と……!」

 

モラクス

「マジでっ!?」

 

シャックス

「なんでなんで!?」

 

バルバトス

「まず外回りの結果、幻獣は集落から消え去ったのがわかった」

「異常気象が完全に収まっていたからね。つまり、あの爆発で死んだと考えるのが妥当だ」

「残骸は殆ど壁の外に落ちていた。内側から吹き飛ばされなければあり得ない」

「それも、爆弾ではなく銃のように一方向に力が放たれたなら、被害を壁だけに抑える事も可能だろう」

 

ソロモン

「正直、自分でも余り信じたくない……だけど、そうとしか考えられないんだ」

「ポーが何か、ヴィータにはできないような攻撃で、窓の外の幻獣を倒したとしか……」

 

バルバトス

「ついでに、瓦礫の残骸も、ポーの手袋も焦げていた」

「手袋の霜がシャックスの体温で溶けたと考えると、手袋も同じ力に晒された可能性がある。ポーのあの手、何か仕掛けが──」

 

シャックス

「で、でもでも、雷がバリバリドカーンで壁が壊れたかも知れないよ!?」

 

バルバトス

「落雷は、建物の側面だけを破壊するような落ち方はしない」

「雷が屋根を壊すケースならあるが、それも殆どは焼き焦がすか、建材の一角を抉る程度だ」

 

ウェパル

「雷ってね、あれだけすごい音立てるけど、『爆発』じゃないの」

「落雷で木が裂けたりするのも、木の中の水分が雷の熱で一気に蒸発するから。雷自体の力じゃ──」

 

ベレト

「……もういい!」

 

ソロモン

「ベレト……」

 

ベレト

「御託は十分だ。言いたい事があるならとっとと言え」

「貴様らは何を考えている。そして、それが『そう』だとして、何をする気だと言いたいのだ……!」

「えぇ? 召喚者っ!」

 

 

 床を突き破らんばかり一踏みして詰め寄るベレト。

 

 

ソロモン

「……」

「ロンバルドに潜むメギド……その正体は、ポーだと考えてる」

「そして、その通りだとしたら……俺達は最悪、ポーと戦う事になる」

 

ベレト

「何故だ!」

 

ウェパル

「あの爆発がポーの仕業なら、指環が無くても力を使えるタイプ……十中八九、純正メギドだからよ」

「何かしら『目的』が無ければ、メギドラルが幻獣とメギドを遣わすわけがない」

「ポーが何か糸を牽いてる。今までの経験から考えてもそれが妥当な判断でしょ」

 

ベレト

「ふざけるなっ!!!」

 

 

 建物中に響き渡らん限りに怒号を吠えるベレト。

 

 

ベレト

「あいつはヴィータだ! 家族があって、今日まで生きてきた。ロンバルドそのものが証明しているだろうが!」

 

ウェパル

「大空洞から帰ったあの子は、それまで通りの『普通の』ヴィータじゃない」

「見た目だけ成り代わる事だってできるかもしれないじゃない。記憶が多少ブレたって、子供の半生なんてたかがしれ──」

 

ソロモン

「ウェパル。それ以上は……言っちゃいけないと思う」

 

ウェパル

「……言い過ぎた」

 

モラクス

「アニキ、理屈はわかるけどよ……その……」

 

シャックス

「モンモン~……ポーポー悪い子じゃないよ……?」

 

ソロモン

「ベレト。モラクスとシャックスも。俺だって、今すぐどうこうしようなんて思ってない……」

「短い間とは言え、今日まで俺たちと当たり前に接してきたあの子の全部が嘘だなんて、俺だって思いたくないよ」

「でも、メギドラルがヴィータの心を弄ぶような計画を仕掛けてきた事も一度や二度じゃない」

「できれば穏便に済ませたいとは思うけど、その『可能性』だけは、常に考えなくちゃならないんだ……」

 

ベレト

「貴様、ら……貴様らぁ……!」

 

 

 俯いて震えるベレト。

 ドタドタと複数の足音が近づいてくる。

 

 

フォラス

「おい、お前ら。さっきから何の騒ぎだ」

 

 

 フォラス、ヤブ、ガイード、そしてミカエルが駆けつけた。

 

 

ヤブ

「お取り込み中すいませんが、部屋の用意が済みました。ポーは今、どこに?」

 

バルバトス

「あ、ああ……」

「ポーなら、ベレトに女子部屋へ運ばせたはずです」

「そ、そうだよな……ベレト?」

 

ベレト

「……ああ」

 

ミカエル

「……ふむ」

 

 

 何か難しそうな、かつ訳知り顔でソロモン達を見つめるミカエル。

 

 

ガイード

「皆さんの部屋? あ、そういやそりゃ盲点だったなあ」

 

ヤブ

「そういう事なら、ご迷惑で無ければ、そのままポーを皆さんと一緒に休ませてやってもらえませんか」

「あの子も、起きた時に皆さんが一緒なら安心できるでしょうし」

 

ソロモン

「え? でもさっきまで──」

 

ヤブ

「まあ、お手伝い頂いたお客さんには申し訳ない話ですが……」

 

フォラス

「俺は賛成だぜ。ヤブさんもすっかり落ち着いたみたいだしな」

 

ヤブ

「あ、いや……お恥ずかしい」

 

ガイード

「ま、良いって事ですよ。いつもの空き部屋の手入れをし直してみただけの事です」

 

 

 額に労働の汗を浮かべながら爽やかな笑顔で言い切るガイード。フォラスもヤブも異論の気配は全く無い。

 

 

ウェパル

「良いんじゃない? 『何か』あってもすぐに対応できるし」

 

ベレト

「……」

 

ヤブ

「じゃあ、決まりって事で良いですかね」

「ポーの部屋の物を簡単に運びますんで、構わなければ引き続きよろしくお願いします」

「何しろ、一応は年頃の娘ですから。もう何年も部屋の中を見たこと無かったもので」

 

バルバトス

「もちろん、構わないとも」

「ベレト、君の出番だ」

「……今は話を続けるべきじゃない。わかってくれるね?」

 

ベレト

「……フン」

 

バルバトス

「それと、一つ伝えておく」

「もし『そう』だとしてどうするか……俺の考えは、ソロモンやウェパルと少し違う」

 

ベレト

「何……?」

 

バルバトス

「続きは明日話す」

 

 

 ポーの部屋へ入っていくヤブ達に向け、ベレトの背を押して会話を切り上げるバルバトス。

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 回想終わり。

 

 

ベレト

「(始末を終えた後、男どもの部屋から喧騒が漏れて来ていた)」

「(恐らくフォラスが儂のように腹を立てたのだろう)」

「(バカげている……! こんなあどけないツラで面従腹背しておるなどと……)」

「(第一、ポーに何の得があるというのだ……たまたまやって来た儂らに、こんなゴテゴテと暑苦しい──)」

「……む? 暑苦しい?」

 

 

 気づくと、ベレトはポーのナイトキャップを被せられ、布団でグルグル巻きにされた上からポーに羽交い締めにされていた。

 

 

ベレト

「……何をしておるのだ」

 

ポー

「あ、やっと気づいてくれた!」

「お姐さん、ずっと難しい顔して黙り込んじゃうから、もしかして寒くてどこか体を壊しちゃったのかと……」

 

ベレト

「ハァ……」

「余計なお世話だ。息が詰まってかなわん」

 

ポー

「でも……」

 

ベレト

「でももヘチマもない。儂の言った事をもう忘れたのか」

「さっきまで気絶していたのはお前の方だぞ」

 

ポー

「は、はい……」

 

 

 おとなしく離れるポー。

 

 

ベレト

「(ホッ……)」

「(正直さっさと引き剥がしてやりたかったが、また例によって調子が狂って断りきれん……)」

 

ポー

「あの、お姐さん」

 

ベレト

「何だ」

 

ポー

「一緒に同じ事をするなら、お世話しても良いですか?」

 

ベレト

「は? ……どういう意味だ」

 

ポー

「お姐さんも、その調子だとすっかり目が覚めちゃったみたいですし……付いてきてください」

 

 

 ポーに誘われるまま、ソロソロと寝室を出るベレト。

 二人の足音が廊下に消えていく頃、ベッドの一つが動いた。

 

 

ウェパル

「……」

「バカみたい」

「あの子が目覚めたあたりから、急に自分の言った事がイヤになってくる」

「いつもの事でしょ。いつもの私の役目……『何で』よ」

 

 

 爆発騒ぎの反芻と、ポーへの警戒から起きていたウェパルは、自分の中の「理由のない」感情を隠すように布団を頭まで被り直した。

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 女子部屋から微かに蝶番の音が聞こえた頃。

 男子部屋で、ベッドから身を起こして、窓の夜景に遠い目を向けるバルバトス。

 

 

バルバトス

「(多分、ポーが目覚めたんだな)」

「(二人分の足音。こっちは大方、ベレトか……)」

 

 

 部屋を見渡すバルバトス。

 

 

バルバトス

「(皆、静かに横になってはいるが……)」

「(せいぜい、モラクスが夢うつつって所か)」

「(フォラスはまだショックが抜けきっていない。ベレトよりは飲み込みが早かったが……)」

「(ソロモンも。明日には、ポーをメギドとみなしての今後を考えなくちゃならない)」

「(そして……)」

 

 

 自分の手のひらを見つめるバルバトス。

 

 

バルバトス

「(震えているな。鳩尾に空洞が空いたような不快感。とても眠れる状態じゃないほどに)」

「(また『恐れ』だ。今しがた、急にやってきた。思うように思考が進まない)」

「(ポーがメギドだと結論を出した時。そしてそれをフォラスに説明した時には、この『恐れ』は来なかった)」

「(だが、今はポーの事件への関与を考えるほどに、このザマだ)」

 

 

 みるみる手に浮いた汗を拭って、窓に視線を戻すバルバトス。

 窓に自分の顔が反射しない事に、珍しく安堵した。

 

 

バルバトス

「(間違いない。この『恐れ』は、ポーと事件を結びつけるほど大きくなっていく)」

「(そしてこれは、『何か』をトリガーにして俺たちに外部から与えられている感情だ)」

「(知りたくない……あるいは、『知られたくない』のか)」

「(そして……ここまではミカエルも確実に理解している)」

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 バルバトスの回想。

 女性陣とヤブをポーの部屋に送り出した直後。

 背後から声をかけられるバルバトス。

 

 

ミカエル

「少し、良いかい?」

 

バルバトス

「……俺かい。ソロモンじゃなく」

 

ミカエル

「見た所、君が適材のようだ」

「『統べる者』……いや、『王』にはまだ、少々ハードな問題だろうからね」

 

バルバトス

「(『その時』が来たか……それともこれは序章に過ぎないか……)」

「良いよ。どうせ今は手も空いてるしね」

 

ミカエル

「なに、一言だけさ。君が怒れるレディに説いたようにね」

「『恐れ』の残滓に向き合えなければ、我らはそれを『敵意』へ変える」

 

バルバトス

「……!?」

 

ミカエル

「今宵、私が手伝えるのはここまでのようだ。何かあれば呼んでくれたまえ。良い夜を」

 

 

 踵を返して自室へ去っていくミカエル。

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 回想終わり。

 

 

バルバトス

「(俺たちが『恐れ』に翻弄されていた事。更にあの時、俺達が『恐れ』に駆られていなかった事──)」

「(そして、ソロモンたちが年端も行かないポーに対して、消極的にでも『敵対』を視野に入れている事……全てミカエルは見抜いていたんだ)」

「(無意識に感じ取った『恐れ』。それに引きずられてきた俺たちの行動。『恐れ』の無い時にさえ、それは残滓となって俺たちを縛っている)」

「(だからウェパルもソロモンもあの瞬間、忘れてしまった。まつろわぬメギド達が、俺たちと争い合うばかりでは無かった事を)」

「(ミカエルの言葉は、警告だ。この胸の『恐れ』に自力で対処できなければ──)」

「(ミカエルの知る全てを聞き出せたとしても、俺たちはこれから、取るべき行動を見誤っていく事になる……)」

 

 

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