メギド72オリスト「太古の災厄と新生する憤怒」   作:水郷アコホ

30 / 62
29「歌」

 ポーに案内されて、1階に降りたベレト。

 そのまま台所へと進む2人。

 

 

ポー

「気をつけてくださいね、お姐さん」

「お鍋とか食器とかで道幅狭くって、おとうさん一人通るのでやっとなんですから」

 

ベレト

「う、うむ」

「だが、何をする気だ。昨夜、儂らの部屋に忍び込んできた時の口ぶりでは、こんな遅くにできる事などそうはないのだろう?」

 

ポー

「お料理とかは流石にできませんけど──」

「あ、あそこです。もうちょっとなので、足元気をつけて」

 

ベレト

「あれは……何か燃えている?」

 

 

 暗闇の先で赤い光がチラチラと踊っている。

 目的地に到着し、光の正体を見下ろすベレト。

 

 

ベレト

「何だ、竈の火が燻っとるではないか。不用心な」

 

ポー

「いいえ。一度入れた火が放っといても長く点いてるようにしてるんですよ」

 

ベレト

「何のために?」

 

ポー

「それはですね……」

 

 

 傍に掛けてあった火かき棒と分厚い手袋を装備し、竈の中の炭を棒で探るポー。

 しばらくすると、手袋をした手を徐に突っ込んで、何か取り出した。

 

 

ポー

「はい。これです」

 

ベレト

「これは……焼け石?」

 

ポー

「はい。夜中に急に温かい物が必要になった時に備えて、遅くまで焼いておけるようにしてるんです」

「ちょっとしたおやつなら、凍っちゃっても溶かして食べられるんですよ」

 

ベレト

「ふむ。これも、生活の知恵というものか。だが……」

「ははーん。さては、何度か『盗み食い』しておるな?」

 

ポー

「そ、そ、そんな事言ってませんもーん!」

 

 

 ミルクに凍ったハチミツと焼け石を放り込んで手早くホットミルクセーキを二人前作り、酒場の適当な机を囲うポーとベレト。

 

 

ポー

「はい。おまちどうさまです」

 

ベレト

「同じ事ならどうとか言っていたのはこういう事か」

「儂とお前、同時に同じ待遇を与えるとは中々小賢しいじゃないか。まあ、今回は大目に見てやらん事もない」

 

ポー

「えへへー。一度こういうのやってみたかったんです♪」

 

ベレト

「こういうの?」

 

ポー

「私、ついつい仕事のお手伝いとか頑張りたくなっちゃいますから──」

「歳の近い人とコッソリ遊んだり、お茶会みたいな事ってしたこと無くって」

 

ベレト

「『ぼっち』というやつか。ウチにもやたら気にしているヤツが居たような……」

 

ポー

「い、いえいえ。お友達はちゃんと居ます!」

「でも、うまく言えないですけど──『こうやって』過ごすのって、ずっと憧れだったんです」

 

ベレト

「ふむ……まあ、楽しそうなのは見ればわかる」

「こうして儂をちゃんと構うなら、このくらい、また付き合ってやらん事もないぞ」

 

ポー

「えへへへー、ありがとうございます」

 

ベレト

「ところで──」

「その『キンチャク』とか言う袋、そんなに大切な物なのか?」

「こうして話している間にも、何度か手に持ったりしているが」

 

ポー

「あ、はい。これはですね──」

 

 

 キンチャクの口を解いて、中を開いてみせるポー。

 

 

ポー

「落っことしちゃうと探すの大変なので、このままで見てもらって良いですか?」

 

ベレト

「むう?」

 

 

 2人の間に置かれたカンテラを手に取り、近づけて中を照らすベレト。

 

 

ベレト

「ぬ~~……暗くて小石が3つ入っとるようにしか見えん」

 

ポー

「それです。石が3つ入ってます」

 

ベレト

「何か、特別な物なのか」

 

ポー

「はい。実はこの石──」

 

 

 キンチャクに納めた石と、併せて両親が行方不明になった経緯を説明するポー。

 

 

ベレト

「……なるほど。親代わりと言うことか……」

 

ポー

「はい。大きさも数もなんだかピッタリですし」

「大きめの2つは、お父さんとお母さん。ちっちゃいのは私の弟か妹──」

「これを持ってると、いつでもお母さん達を思い出すんですよ」

「あの頃は、お父さんは、『最近、体の肉が増えてきたー』っていつも困ってたけど、私はフカフカのお父さんも大好きで──」

「お母さんのお腹が大きくなっても、昔の私は『本当にこの中に赤ちゃんなんて入ってるのかな』ってずっと不思議で──」

 

ベレト

「う、うむ……」

「(時期的に、親とは死に別れたも同然だろうに。落ち込む素振りも無く、思い出ばかり心底楽しそうに……)」

「(冷静に考えれば妙な振る舞いだが……。何というか、『気にしてない』のだろうと、何故だかそれはわかる気がする)」

「(嫌な記憶より、前向きに生きる事を選んでいるような……『痛み』を『別の何か』に昇華させたような……)」

 

 

 不意に、風呂場でポーに自分の身の上をぶち撒けた事が気にかかるベレト。

 

 

ベレト

「(儂の、ヴィータの家族か……)」

「(こんな場であろうとも、例えノコノコ現れようものならすぐさま叩き殺してやりたいくらいだが──)」

「(こいつにとっては、もしかしたら、家族とは別れの哀しみ以上に……)」

「な……なあ、ポー」

 

ポー

「だから産まれてくる子もきっと──あ、すいません、私ばっかり」

 

ベレト

「いや、構わん。ただ、その……」

「この間は、その……わ、……ゎ、るか……」

 

ポー

「?? ……えーと、何でしょう?」

 

ベレト

「だ、だから……」

「こ、この間……の、ウゥ……や、約束、忘れておらんだろうな。か、髪のまとめ方!」

 

ポー

「あ、はい。もちろんです」

「でも、流石にここでは暗いですし……」

 

ベレト

「わ、わかっておる! 覚えているなら、それでいい」

「……」

「だが、良いか。『必ず』だぞ。この先、必ず儂に教えろ。良いな?」

 

ポー

「はい。ぜひ、よろしくお願いします!」

 

ベレト

「うむ……」

「(危うくこっちが忘れかけておった。こいつは召喚者どもに疑われているのだった……)」

「(儂とて奴らの言い分は理解できる。むしろ今まで手放しに信用してきたのが不思議なくらいだ)」

「(今だって、『知りたくない』と感じるのは『儂のエゴ』だろう。だが……)」

「(やはり、ポーが『敵』になるとはどうしても思えん。本性を隠して、こうも屈託なく約束が交わせるものか?)」

 

ポー

「……? お姐さん、また眉毛の間にシワ付いてますよ」

 

ベレト

「む……な、何でもない」

 

ポー

「あっ、そうか。流石にそろそろ寝直さないとですね」

 

ベレト

「いや、眠気をこらえてるとかそういう……」

「……まあ、それでよい。そろそろ引き揚げるぞ」

 

ポー

「はーい。それじゃあ、カップ軽く洗っちゃいますね」

 

 

 話す内に空になった容器を回収して台所へ移動するポー。

 明かりはカンテラ一つだけなので、ポーについていくベレト。

 

 

ベレト

「そういえば、そんな証拠が残っていては『飲み会』がバレるのではないか」

 

ポー

「カップが2つあれば、お客さんにお出ししたんだっておとうさんも気付くから大丈夫です」

「夜のホットミルクはサービスの内だからお咎めなしです!」

 

ベレト

「それも狙いの内だったか……」

 

ポー

「あ、そうだお姐さん」

「せっかく一緒のお部屋ですし、今夜はお泊りっぽく一緒のベッドで寝ませんか?」

 

ベレト

「却下だ。目覚めた時、鳥頭あたりが面白がって何を言い出すか耳に浮かぶようだ」

「それに、誰とどうしようが眠ればそれっきりであろう。わざわざ寝床を狭くして何が楽しいのか全くわからん」

 

ポー

「そんなことありませんよ、何でも、寝る前のお喋りとかは普段より──」

 

ベレト

「お前が何と言おうが……もう少しこっちに寄ってみろ」

 

ポー

「は、はい?」

 

 

 言われるまま隣り合ったポーの頬をむんずと摘むベレト。

 

 

ポー

「ァいひゃひゃ!」

 

ベレト

「思ったとおりだ。例によってキンキンではないか」

「これで同じ寝床に潜り込まれでもしたら、儂が重ね着してやったとしても全く無駄になるであろうが」

 

ポー

「お、おっヒャる通りですけど、わざわざひっファらなくてフォ……」

 

 

 頬を開放してやり、再びあるき出す2人。

 

 

ポー

「でも私、せっかく2人きりだし、もう一つくらい『それっぽい』事してみたいです……」

 

ベレト

「そんなもの、地元の連中とでも……」

「いや、むぅ……と、とにかく、寝るのはつまらん。その他なら考えてやらん事もない」

 

ポー

「ほんとですか! ありがとうございます」

 

ベレト

「(やはり何だか断りきれん……いや、何だこの気分は?)」

「(むしろ儂がこいつ同様に、『何かしたがっている』ような……)」

「(い、いやいやいやそんなはずあるか! 儂は不死者だぞ! 誇り高きメギドだぞ!)」

「(こいつが無性に『何かしたがっている』。それが見て取れる。ただそれだけだ。きっとそうだ!)」

 

 

 台所に到着した2人。

 洗い場に容器を置いて袖を捲くるポー。

 

 

ポー

「えっとじゃあ……う~ん」

「じゃあ、洗い物が終わるまで、一緒に歌いましょう」

 

ベレト

「う、歌だぁ?」

 

ポー

「はい。昨夜に歌ったやつ、お姐さんも聞いてましたよね」

「歌詞を覚えてない所はハミングで結構なんで、一緒に小さい声で」

 

ベレト

「そ、そんなこっ恥ずかしい事ができるか!」

「自慢じゃないが、儂は歌なんぞ人並に聞いたこともないし、鼻歌とてそう何度も──」

 

ポー

「ダメ、ですか……?」

 

ベレト

「う……」

 

ポー

「でも、これ洗っちゃったら、もうお部屋に戻るしか無いですし……他に、急に思いつける事も……」

 

 

 シュンとなるポー。

 

 

ベレト

「ぬ~~~……」

「わ、わかった……い、一番だけだぞ。うまいだの下手だの批評も禁止だ」

 

ポー

「……!」

「はい、ありがとうございます!」

 

 

 すぐに春先のような顔になるポー。

 小さな合唱会が開かれた後、2人は忍び足で寝室へと引き返し各々のベッドで眠りについた。

 

 

<GO TO NEXT>

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。