メギド72オリスト「太古の災厄と新生する憤怒」   作:水郷アコホ

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36「ふぉ、と、ン」

 大空洞道中。地底湖までもう少しという所。

 たむろする幻獣の一体めがけ、モラクスが斧を振りかぶる。

 

 

ソロモン

「モラクス、まずは核を避けて、フォトン体を壊すことを優先してみてくれ!」

 

モラクス

「わかった!」

「うおぉーーっ! 喰らいやがれぇ!」

 

ソロモン

「──今だ!」

 

 

 モラクスの斧が直撃する瞬間、ソロモンがフォトンを操作した。

 核を避け、傘と脚とを両断されたクラゲは、しかし再生する事無くサラサラと体を崩壊させていく。

 少し間を置いて、パチンと情けない音を立てて核が崩壊し、クラゲは完全に消滅した。

 

 

モラクス

「おおっ、爆発したのに何ともねえ!」

 

ベレト

「しかもなんだ、今のショボすぎる音は……」

 

ソロモン

「よし! 成功だ。次からは爆発を気にせず戦えるぞ!」

 

フォラス

「あっという間に自爆対策を……どういう事だ?」

 

ウェパル

「『吸い返した』のね」

 

フォラス

「吸い返し……って、まさか、クラゲからフォトンを!?」

 

ソロモン

「正確には、クラゲの周りのフォトンだ」

「脆いクラゲのフォトン体からも幾らか奪えてるかも知れないけど、とにかく周囲のフォトンをクラゲの群れからできるだけ遠くへ移動させた」

 

バルバトス

「そうか。クラゲの生態がわかってきたぞ」

「恐らくクラゲが普段から見境なく吸い上げてるフォトンは、核のコケを枯らさないよう維持するために使われてるんだ」

「だから攻撃を受けて再生する分は、その瞬間に周囲から緊急でフォトンを吸収して充てがっている」

「ダメージを受けた瞬間に周囲にフォトンが無ければ、元から頼りないフォトン体は自壊し、そのまま拡散してしまう」

 

フォラス

「じゃあ、自爆の勢いまで弱まっちまった仕組みは?」

 

ソロモン

「ハイドロボムが、自分を維持するフォトンが減ってくると自爆する仕掛けなら、もしかしてと思ったんだ」

「クラゲ達は自分が敵からの攻撃で死ぬまで、ボムを維持し続けなくちゃならない。フォトンを供給する必要があるはずだ」

「なら逆に、ボム以外でフォトンが急に必要になったら、ボムを構成するフォトンがそっちに回されるんじゃないかってさ」

 

ウェパル

「ボムは『技』であって、生態とは直接関係ないものね」

「体の再生が間に合わないなら、そりゃあボムが立ち消えになってでも再生に使うのが本能ってものよね」

 

バルバトス

「なるほど。ベレトがポーを爆発から庇った時、誘爆の規模が小さく思えたのもそれが理由か」

「あの時、『ありったけ』のフォトンをベレトに与えたから、周囲のフォトン量が足りず、ボムのフォトンを幾らか再生に使おうとしたんだな」

 

シャックス

「とりあえず、疲れないでゲンゲンと戦えるようになったって事だね♪」

「よーし、早速ビリビリの──」

 

ソロモン

「ま、待ってくれシャックス。攻撃のタイミングは、俺の指示に合わせてくれ」

「あくまで再生の瞬間にフォトンを取り上げないと、大空洞のそこかしこから湧いてくるフォトンを拾って再生されちゃうかもしれない」

 

バルバトス

「確率は低そうだが、十分考えられるな」

「フォトン体の組成は一般ヴィータでも傷つけられるほど弱い。その分、低コストで賄えると見て良いはずだ」

 

ガイード

「お話の大体はよくわかりませんが、奴らは婆さんが放り投げた木の枝でも裂けたりしますから、脆いのは間違いないですね」

 

ソロモン

「次だ。みんなで一斉に、複数のクラゲに少しづつ傷を与えてみてくれ」

「複数まとめてフォトンを奪いつつ、奴らがボムのフォトンでどこまで再生できるか確かめたい」

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 幻獣を最小限の被害で撃破した一行。

 遥かに快適になった戦闘に少し高揚し、歩みも幾分軽い。

 

 

フォラス

「しかし戦闘が楽になったのは良いが、これだけで大空洞のクラゲを根絶させるってのは厳しいんじゃねえか?」

「元々、そういう話からこうやって幻獣と戦ってみようって話になったろ。その辺はどう考えてるんだ」

 

ソロモン

「……さっきの戦いで、クラゲは外からフォトンが得られなければ、ちょっとした傷でも修復できずに自滅する事がわかった」

「多分、ボムのフォトンを使おうとするのは『最期の足掻き』で、元々、効率よく再生に回せるように出来てないんだろう」

「クラゲの住処が地底湖から深層にあるなら、後は大体の深さが分かれば、住民の生活に響かない範囲を大まかに掴めると思う」

 

フォラス

「何の話だ?」

 

バルバトス

「まさかソロモン、大空洞のフォトンを『枯渇』させようってんじゃないだろうね?」

 

ソロモン

「枯渇とまではいかないだろうし、そこまでするつもりもないけど、簡単に言えばそういう事になる」

 

フォラス

「おいおい、ロンバルドへの影響は元より……そもそもできるのか?」

 

ソロモン

「指環の力を使えば、少なくともクラゲに打撃を与える規模のフォトン移動は可能だよ」

「もちろん簡単ではないけど、王都一帯に発生したフォトン溜まりを辺境までまとめて転送した事もある。やり方は似たようなものだ」

 

ウェパル

「要はさっきの応用で、地底湖より深い所のフォトンを操れるだけ地上にでも転送しようって事よ」

「またフォトンが循環しきるまでの間、クラゲはろくにフォトンを維持できなくなるから、異常気象なりちょっとどこかぶつけたなりで勝手に死んでいく」

「そもそも日常的に吸収するフォトンもままならなくなれば、摘んだコケなんてすぐに枯れて、核からダメになるでしょうね」

「コケも増えなくなるだけで枯れはしないし、元々ろくな草木もないなら、一時的なフォトン枯渇で植物の根が弱って落盤……みたいな大事件もそうそう起きない。そういう事でしょ?」

 

ソロモン

「ああ。もちろん、ポーの件が落ち着いてから、時間をかけて経過を見守っていく事にはなるけど」

 

フォラス

「名水は地底湖を維持しとけば賄えるし、フォトンの影響を大きく受けるような自然物も大空洞には僅かにしか無い、か」

「リスクが伴うだろう事は確かだが、ここまで幻獣に蔓延られちゃ四の五の言っても居られないか」

「まあ、わかった。ロンバルドの皆にどう説明するかとかは、俺も追々考えてやるよ」

 

ソロモン

「ありがとう……」

「とにかく、後の事はポーを探し出してから考える……!」

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 地底湖直前の、ろうと状の斜面が覗く通路に差し掛かった一行。

 

 

ガイード

「怪物どもは居ないようですが……一昨日に来た時と微妙に『違い』ますね」

 

ソロモン

「違う? 確かに、相変わらず水晶が砕かれたりしてるけど……」

 

ガイード

「それだけじゃありません。最後に見た時より、壁や地べたの岩が微妙に削れてます」

「横穴のフチも形が違う。多分、怪物の仕業ですな」

 

モラクス

「ってことは、俺達が来る前に、クラゲが何匹か自爆してるって事か?」

 

ガイード

「ですなあ。あー……よく見ると、地底湖への通路も、天井部分のフチにヒビが入ってますな。皆さん気を付けてくだ──」

 

ベレト

「つまり、地底湖の方まで幻獣倒して突き進んだ者がいると言う事だな!」

 

ガイード

「おわっ!? ちょ、ちょっと……!」

 

 

 先頭で安全確認するガイードの脇をすり抜け、ベレトが地底湖への道を我先にとばかり駆け抜けた。

 

 

ベレト

「ポォォーーーッ! 聞こえるかぁーーー!」

 

フォラス

「待てってベレ……って、もう行っちまった……」

 

モラクス

「アニキ、俺達も早く『行かないと』!」

 

ソロモン

「……いや、安全第一で進もう」

「ベレトは不死者だ。万一の事態が待ち受けても、ある程度は対処できるはずだ」

「比べてこっちは、もし壁や天井が崩れでもしたらガイードさんを守らないといけない」

 

ウェパル

「それに、そこはせめて『止めないと』とか『追わないと』じゃない?」

「ベレトの『焦り』に流されてるわよ」

 

モラクス

「あ、そっか……あの『石』、ベレトが持ってるんだった」

 

ウェパル

「ついでに、何がこんなに『気が気でない』のかまで伝わってくるなら、少しくらいは呆れなくて済むかもしれないんだけどね」

 

フォラス

「『臣下』だから、とか? 馬車でも何だかやたら拘ってたし」

 

ウェパル

「自分の身も顧みずに部下に入れ込むメギドなんて聞いた事無いわ」

「ヴィータ的に考えても、親分気取りにしては行き過ぎでしょ」

 

バルバトス

「ベレトにしか分からない事だろうさ。とにかく俺達も行こう」

「それと、シャックス。間違っても絶対に横穴に入ろうなんて思わないでくれよ」

 

シャックス

「地底湖はアッチだから行かない行かない。あたしだってそれくらい間違えな──」

「思い出した! 横穴にビッシリコケコケ!」

 

バルバトス

「言わなきゃ良かった……!」

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 危険な斜面地帯を過ぎ、通路に崩落の危険が無い事を確かめて、地底湖へ駆ける一行。

 地底湖にたどり着くと、ベレトが回るように忙しなくポーを探していた。

 ここだけは外壁の水晶が残り、一帯の光が失われていない。

 

 

ベレト

「ポー! どこにいる! 居るなら返事をせんかー!」

 

ソロモン

「ベレト、見つからないのか?」

「こんな開けてるのに居ないなん……てぇっ!?」

 

バルバトス

「面積の殆どが湖で、岸なんてそう広くも無い。パッと見て見つからないって事……は……!?」

 

 

 ベレト以外、呆気にとられる。

 一行の視線は地底湖の中心部に注がれている。

 

 

ソロモン

「ベ、ベレト……『アレ』は!?」

 

ベレト

「『あんなの』がどうなろうと知るか! 儂が来たときにはあのザマだった!」

 

フォラス

「確かに、今はポーが最優先だが……限度あるだろ……」

 

モラクス

「『エリダヌス』が……ぶち壊されちまってる!?」

 

 

 地底湖の中心には、水晶の柱で象られた例のエリダヌス像があるはずだった。

 今、そこには光を失った水晶くずの山が築かれ、小島を埋め尽くし、溢れた細かな欠片が今もサラサラと湖底に沈んでいる。

 水晶柱自体は辛うじて完全には砕かれていないようで、水晶くずが、埋もれた柱の残骸の光を受けて反射しあっていた。

 

 

シャックス

「もったいないもったいない~……」

「……あれ?」

「モンモーン、あそこで何か動いてるよー!」

 

ソロモン

「あそこ……って、水晶くずの真っ只中じゃないか。クラゲでも……」

「いや、違うな。もっと小さい……蹲ってる?」

 

 

 水晶に埋め立てられた小島に、細かな乱反射に紛れて人影が一つあった。

 こちらに背を向けて座り込んで、足元の何かを拾い集めているような動作に見える。

 

 

ガイード

「あの後ろ姿……ポーだ……!」

 

ベレト

「何ぃ!?」

 

 

 粘り強く捜索を続けていたベレトが振り向いた。

 

 

ガイード

「ポー……!」

「ポーーーー! 聞こえるかーーー!」

 

ポー?

「……!!」

 

 

 ガイードが呼びかけると、人影はビクリと反応した。

 更に人影が、ガタガタと痙攣するように震えた。

 

 

ガイード

「俺だ! ガイードだ! 返事してくれー!」

 

ウェパル

「何か、ヤバそうな動きしてるけど……」

 

モラクス

「アニキ達の話だとアイツ、メギドなんだろ? 襲いかかって来たりして……」

 

ミカエル

「恐らく、答えはノーだ。昨夜、私が見た姿ではない」

「シルエットは何の変哲も無いヴィータ。人格もまた然りだろう」

 

バルバトス

「ポーにせよメギドにせよ、そもそもどうやってあんな所に渡ったのかも疑問だね」

「本来なら舟を渡す距離なのに、その舟はこちらの岸に安置されたままだ」

 

ガイード

「ポー! 今、そっちに行くから、大人しくして──」

 

ポー?

「来ないで!!」

 

 

 身を竦めるガイード。ポーの高い声は、地底湖の壁に殊更によく響く。

 そしてガイードにとって、初めて聞いたポーからの拒絶の言葉だった。

 

 

ガイード

「そ……」

「そんなわけに行くか! お前を放ってなんておけるもんか!」

「何が起きたか、俺には全然わからないさ。だが、お前は何も悪くないって事くらいわかる!」

 

ポー?

「違う……違うんです……だ、だっテ……」

「ミ……ミズじゃ、もう……コレも、ダメ……」

 

ガイード

「な、何を言ってんだ……?」

 

バルバトス

「未だ原因はわからないが、『衰弱』の余り錯乱しているのかもしれない……」

「ガイードさん、ここは多少強引にでもポーを助けに──」

 

ウェパル

「ちょっと待って。何か、変な音してない?」

 

フォラス

「音?」

 

 

 しばし耳を済ませる一行。

 ギーギーと言った音が微かに反響している。

 

 

モラクス

「何だか、ガラスか何か引っ掻いてるみたいな?」

 

バルバトス

「段々、音が大きく、感覚も早くなってる」

 

ソロモン

「……!!」

「音がするたびに、ポーの周りにフォトンがどんどん増えてる……!」

 

フォラス

「じゃあ、この音、水晶の柱からか!」

 

ポー?

「クズれル……キエちゃう……!」

 

 

 ポーの動作が大きくなった。癇癪のように腕を振るたびに、指先から、キラキラと細片が舞い散る。

 ポーの足元で、水晶の光が微かに弱まっていくのが見える。

 

 

ウェパル

「あの子、水晶を引っ掻いてる!?」

 

ベレト

「ばかな! あの腹が立つほど堅苦しい水晶がポーに砕けるものか!」

「確かに爪は硬くなったとか言っておったが、あの細っこい指だぞ!?」

 

ウェパル

「知らないわよ。それでも現にやってるじゃないの」

 

ソロモン

「とにかく、『まとも』な状態じゃないのは確かか……!」

 

ガイード

「もう、見てられません。とにかく舟を──!」

 

ソロモン

「待ってください! 水晶を根こそぎ砕いて、あの辺りはもう凄いフォトンで、最悪フォトンバーストが……」

「とにかく、何の用意も無しに近づくのは危険な状態なんです!」

 

ガイード

「いいや、待てません!」

 

ポー?

「ふぉ、と、ン……?」

「タ……リナ、イ……」

 

バルバトス

「(今、フォトンが足りないと言ったか? ソロモンが危ぶむほど充満してるのに……?)」

 

ガイード

「ポー! 違っても違わなくても何でも良い!」

「今そこに行くから、集落に帰って、ゆっくり休むんだ!」

 

 

 舟を停める縄を解きながら、ポーに呼びかけるガイード。

 

 

ポー

「ダ、メ……です!」

 

ガイード

「ダメじゃねえ!」

 

ポー

「ダメ……なんです。わたシ……」

 

 

 ポーが振り向いた。目尻は拭って擦り切れ、瞳は濁り、気が触れたような見る影もない憔悴しきった顔だった。

 口周りが、ラメを塗ったようにチラチラと光っていた。

 

 

ポー

「ワたシ、思い出したんです……」

「おトウさン、カラダ、オニクが……」

「おカアさン、オナカ、ホントに……」

「ア……ア……アア、カ…………」

 

 

 ポーが白目をむきかけた瞬間、その体がカシャンと変異した。

 

 

一同

「!?」

 

 

 文楽のガブのように、顎がトラバサミを噛み合せたように単純かつ物々しいラインを描いた。

 額の石が肥大したように前髪を掻き分けて突き出し、手足が6色の透き通った巨大な物体に置き換わった。

 さながら恐竜の玩具を纏ったような出で立ちだった。

 

 

ミカエル

「あれだ。私の見た姿は……」

 

 

 そのまま地に倒れかけたポーが、その途中の姿勢で止まったかと思うと、再びガタガタと痙攣した。

 何事も無かったかのようにユラリと立ち上がり、静かにソロモン達に背を向ける。

 

 

モラクス

「アニキ、何か逃げるっぽい雰囲気だぞ!」

 

ウェパル

「空が飛べるようには見えないけど……ああ見えて泳げたりでもするのかしら」

 

ソロモン

「冷静に考えてる場合か! 捕まえないと!」

 

フォラス

「つってもどうやって!?」

「これだけの距離飛び越えられるヤツなんてこの場には居ねえし、他所から急に召喚したら凍え死んじまう」

 

ソロモン

「えっと……ウェパル?」

 

ウェパル

「冗談言わないで。こんな所で泳いだら心臓マヒまっしぐらよ」

 

シャックス

「じゃあさじゃあさ、私が湖ごとビリビリーって!」

 

ベレト

「ほざけ! ポーに要らぬ危害を加える事は儂が認めん!」

 

ミカエル

「……」

 

 

 狼狽えるソロモンたちの脇を抜け、ミカエルが先頭に出た。

 

 

ポー?

「……」

 

 

 ポーの原型を残すメギドは、小島より奥に広がる湖面へ狙いを定めて足を踏み込み、飛び込むような姿勢を見せていた。

 

 

ミカエル

「……」

「……『パエトン』!」

 

ポー?

「……!!」

 

 

 ミカエルの言葉を聞いたメギドの体がビクリと硬直し、身震いするように全身を痙攣させた。

 一行も静まり、2人の動向を見守っている。

 ただ一人、フォラスだけ、困惑の目でミカエルとメギドとを見比べている。

 

 

フォラス

「パ……『パエトン』だあ……?」

 

ミカエル

「この名を、キミも『覚えて』いたようだね。パエトン」

「まだ私の声が届いているなら、1つだけ答えて欲しい」

「難しい内容ではない。イエスかノーで済む。応じるかはキミの自由だ」

 

ポー?(パエトン?)

「……」

 

 

 パエトンと呼ばれたメギドは、爬虫類のようにその場に静止した。時折、水晶質の指先がカチャカチャと震える以外は。

 それを了承とみなしたミカエルが続ける。

 

 

ミカエル

「パエトン。キミは──」

「キミは『かつて』、会話というモノが世界に存在すると、知っていたかい?」

 

 

 冷え切った体を湯につけたように一度、全身を小さく震わせた後、背を向けたままのメギドがゆっくりと首を横に振った。

 

 

ミカエル

「サンクス……」

「以上だ。今は君の求めるままにすると良い」

「だが、私達はすぐに君を追う。『誰』が望もうと、望むまいとだ」

 

パエトン?

「……」

 

 

 パエトンが跳ねた。ハエトリグモのように低い軌道で機敏に跳ぶと、小島から湖面に飛び込む。

 瞬間、激しい音と共にパエトンの体が再び宙に飛び上がった。

 湖面と足を構成する水晶との間に高圧電流が爆ぜ、その反動でパエトンが更に前方──地底湖の奥へと消えていく。

 一歩づつ、湖面に足が触れるたびに、湖面からは爆炎が昇り、水柱が噴き出し、氷の足場が形成され、パエトンを運んだ。

 完全にパエトンの姿が見えなくなった頃、一行は我に返った。

 

 

ウェパル

「何……今の?」

 

バルバトス

「『力』、だろうね。メギドとしての」

 

ガイード

「何なんですか……あれは……」

「ポーは……ポーは、どうなっちまったんですか!?」

「皆さん、何かご存知なんでしょう! ねえ!?」

 

ソロモン

「えっと、それは……」

 

フォラス

「もう、言っちまおうぜ。あそこまであからさまなモン見せて、伏せとくのは流石に酷だ」

「ポーは心配だが、一度、まとまった時間を作っちまおう」

「俺としても、少し聞かなきゃならない事ができたからな……」

 

ミカエル

「……」

 

 

 フォラスがミカエルを睨んだ。

 

 

ミカエル

「レディ……パエトンは、地底湖奥の通路を通って、さらに深層へ向かったはずだ」

「移動しつつ教えよう。私の知る、残る全てを」

 

モラクス

「移動しつつって……どっからどこへ?」

 

ミカエル

「住民から話は聞いている。奥の通路は、途中で地底湖前の横穴の通路と合流する構造になっているとね」

 

フォラス

「横穴か……」

「ガイードさん。話せることは全部話す。それは約束する。だから、今は少し落ち着いて聞いてくれ」

 

 

 少し震えながら、ガイードが大きく深呼吸した。

 

 

ガイード

「……ええ。あの子のためにも、騒いでる場合じゃありませんな」

「……とにかくこれから、あの横穴からポーを追いかけようってんでしょう?」

「まさか、危険だから引き返せなんて言うつもりじゃないでしょうね」

 

ソロモン

「でも、横穴から先はまだ調査中って……」

 

ガイード

「だったら尚更、経験者が居るに越した事は無いでしょうよ」

「何より、さっき事の説明も無いままで、とても大人しく帰りを待ってなんていられません」

「こっからは案内役も何もありません。お互いに自己責任。あっしが勝手に飛び込むだけです!」

 

フォラス

「説得は無理そうだ。良いな、ソロモン」

「お前さんがダメだと言うなら、俺が勝手にガイードさん引っ張り込んで護衛する」

 

ソロモン

「……わかった。ガイードさんも一緒に来てくれ」

 

 

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