メギド72オリスト「太古の災厄と新生する憤怒」   作:水郷アコホ

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03「ロンバルド到着」

 幻獣の群れを駆除しにかかる一行。

 数は人狼型が数匹程度。群れからはぐれた程度の規模で敵ではない。しかし──。

 

 

モラクス

「待ちやがれ! 逃げんな!」

 

ベレト

「せっかく憂さ晴らしの相手が見つかったと言うのに……ええい、儂を無視するな!」

 

ウェパル

「ダメね。コイツら、『戦う気が全く無い』」

 

 

 鼻頭を赤らめ、吐息を靄にして散らしながら追い回して見たものの、幻獣たちはソロモン達に目もくれず背中を丸出しに走り去っていく。

 

 

ソロモン

「みんな馬車に戻れ! 足で追いかけてもこのままじゃキリがない!」

 

 

 仲間が全員乗ったのを確認し、馬車に鞭を入れるソロモン。

 馬の全速力でも、幻獣の全速力にはどうにか互角程度。

 幻獣に襲われたキャラバンが全力で馬を走らせても逃げ切れない苦悩が今ならよく分かる。

 

 

モラクス

「クッソー、あと二匹だけだってのに……!」

 

ソロモン

「あの幻獣、俺達が最初から眼中に無いみたいだ……ロンバルドに何かあるのか……あっ」

 

バルバトス

「大空洞だろうね」

「この勢いならもう10分もせずロンバルドだ。恐らく、大空洞の膨大なフォトンを嗅ぎ付けて、半ば我を忘れてるんだろう」

「ハッ、そうか! 住民は大空洞の水を外気に晒して毒抜きをしている。集落周辺は水から散ったフォトンが漂っているんだ」

「それを特に勘の良い幻獣が感知して、誘い込まれる内に今度は大空洞のフォトンに魅せられる……遠路はるばる幻獣がやってくるのも理屈が通るな」

 

ソロモン

「じゃあ大空洞に住み着く幻獣も、もしかしてこうやって……!」

 

バルバトス

「そこはまだわからないよ。繁殖するには数も少ないし、何より目立つ。『いつの間にか』とはいかないはずだ」

「そこは後で考えるとして──フォラス、頼む!」

 

フォラス

「OK。殴るだけが、戦いじゃねーってな!」

 

 

 フォラスが手に持つ短剣の切っ先を宙で踊らせる。

 描いた紋様が輝き、バルバトスに重なり消えていく。

 紋様から生み出された力がバルバトスの全身を駆け巡り、構えた銃の弾丸にまで伝っていく。

 

 

バルバトス

「──そこだ!」

 

 

 バルバトスのラッパ銃が火を吹き、幻獣の後頭部に直撃する。

 幻獣の一匹が地に伏し、残るは後一匹。

 

 

シャックス

「おー、バルバルすごいすごい!」

 

バルバトス

「フッ、遠距離役が居て助かったろ──しまった、やらかした!」

 

ソロモン

「ま、まずい、避けきれない!」

 

 

 倒れた幻獣の死体は馬車の進路上で横たわっている。

 馬車の片輪が幻獣に盛大に乗り上げ、馬車があらぬ角度に跳ねた。

 

 

ソロモン

「クッ……みんな、怪我はないか!」

 

モラクス

「だ、大丈夫だ。こっちはみんな心配いらねえ」

 

ウェパル

「バルバルダサいダサい」

 

バルバトス

「悪かったよ……!」

「クソ、今ので車輪にガタが入ったか。揺れて照準が定まらない……」

 

シャックス

「モンモンー、もう村が見えてきちゃったよー!」

 

 

 バルバトスとフォラスで追撃するも、後一匹がどうしても仕留められない。

 集落の方を見ると、入口の前に幼い少女が1人立っている。

 入口前に散らばった、藁のような物を拾い集めている。

 

 

ウェパル

「1人で何やってんのあの子……!」

 

フォラス

「この辺は標高も高いからな。ヤギとか牛とかを家畜として飼ってるらしい。餌やった後始末とかじゃ──」

 

ソロモン

「のんきに説明してる場合じゃない! おーい、そこの君ー! 怪物が来てるんだ逃げてくれー!!」

 

集落の少女

「……!?」

 

 

 少女が気付いたらしい。しかし、入口脇に移動した所で立ち止まり、何かゴソゴソと身に着けた物を探っている。

 

 

バルバトス

「何故逃げない……いや、何だか随分落ち着いて見えるな。もしかして、幻獣に慣れている……?」

 

ソロモン

「何だ、あの子。何か取り出して……あれは、角笛?」

 

 

 どこからか、年の頃には不釣り合いな立派な角笛を取り出した少女。

 ブオ~~~~~っと、草食動物の鳴くような長く低い音が周囲に響く。

 

 

バルバトス

「そうか、警報か。あれで集落の住民に幻獣が来た事を知らせたんだ」

 

モラクス

「いや遅すぎだろ、もう幻獣が集落に飛び込んじまう!」

 

バルバトス

「いや、あの子──幻獣が目の前に迫ってるのに慌てる様子が無い。存外にあれで間に合うのかも……」

「ソロモン、このまま集落に突っ込め。警報は鳴った。住民も最低限の避難くらい始めてるはずだ」

 

ソロモン

「ああ。ここでスピードを落としたところで幻獣に引き離されるだけだ!」

 

フォラス

「何にしても、子どもは襲わせねえ!」

 

 

 フォラスが短剣を振ると、切っ先から光弾が発射された。

 こんな状況だと言うのにのんきに一行を眺めている少女と、そのすぐ隣を駆け抜けていく幻獣との間に着弾し、地面を少し削る。

 フォラスの心配をよそに、幻獣は牽制の光弾に気付く様子さえない。

 少女の横を脇目も振らず通り抜け、集落中央通りの上り坂を駆け上がっていく。

 ソロモン一行を乗せた馬車もその後を追う。

 

 

モラクス

「人里に入ったってのに、幻獣のヤツよそ見もしやがらねえ。どうなってんだ……?」

 

バルバトス

「それだけ、大空洞のフォトンが桁違いに濃いって事だろう」

「まだ日は高いのに通りから人が失せて、どの家も窓を締め切ってる……なるほど、これだけで充分って訳か」

「外から来る幻獣は大空洞に完全に目が眩んでる。人や物に被害が及ぶ事自体が稀なんだ」

「だから進路上で巻き込まれたり幻獣が万一にも目移りしたり、その可能性だけ対処すればやり過ごせる。1つの生活の知恵ってやつだろう」

 

ソロモン

「だからって放っておくわけにはいかない。大空洞にも人が残ってるかもしれないんだ」

「みんな、まだまだ飛ばすぞ! しっかり捕まれ!」

 

ベレト

「ぐぬ……少し酔ってきた……」

 

 

 懸命に追いかけるが、一向に距離は縮まらない。

 上り坂を過ぎた先、広大な斜面から地形が隆起したような形で洞窟が口を開けている。

 

 

フォラス

「あれだ。ロンバルド大空洞!」

 

バルバトス

「ソロモン、馬車を止めるんだ! もう減速しないと馬車が洞窟にぶつかる!」

 

ソロモン

「クソ、追いつけないか……!」

 

 

 追跡を諦める一行。幻獣は洞窟の中へ消えていった。

 

 

ソロモン

「取り逃したか……戦う気のない相手は本当に厄介だな……」

 

バルバトス

「でも、恐らく充分だろう」

「既に洞窟の中には先に住み着いた幻獣たちがいるはずだ。たった一匹で幅を利かすのは不可能だろう」

「結局は洞窟の生態系に馴染めずに、フォトンに魅入られたまま取り殺されるか追い出されるかさ」

 

モラクス

「でもよ、これなら幻獣に洞窟が乗っ取られたのも仕方なくね?」

「だって幻獣が来るとみんな家に隠れちまうんだろ。それじゃ洞窟なんて入り放題じゃん」

 

バルバトス

「確かにそうだが、そう考えてしまうとまだ疑問が残る」

「幻獣騒ぎの当初から大きな人的被害が無いからこそ、王都もロンバルドを後回しにしてこれたんだろう」

「だから、あの避難活動は幻獣が出てから慌てて行われたものではなく、それ以前から行われているはずだ」

「となると、幻獣はもっとずっと前から無人の斜面を駆け抜け、洞窟に出入りし放題だった事になる」

「家を締め切るのが当たり前なら幻獣を見過ごして住み着かれると考えるのは当然。王都やロンバルドが原因不明と頭を悩ます事も無いはずだ」

 

シャックス

「つまりつまり?」

 

フォラス

「外から来る幻獣のせいで大空洞が乗っ取られたって考えるのは、少し無理があるって事だ」

「そもそも落ち着いて考えてみりゃ、ロンバルドの報告に有ったのは『見た事もない怪物』だ。あの幻獣はそのへんでも見かけるようなナリをしてた。原因は別の種族だろうな」

「さて。待ってみても幻獣が帰ってくる気配も無いし、これは一旦引き返して住民に話を聞くしか──」

 

集落の男性

「おーーい、旅の方ーー!」

 

集落の少女

「お怪我はありませんかー!」

 

 

 集落の方から、長毛の牛のような動物に引かせた車がやってくる。

 操縦する中年の男性と共に、先程の入口の少女も乗っている。

 

 

シャックス

「おー、かわいい牛さんですなー」

 

バルバトス

「見たことのない動物だな。この辺りの環境に適応したのか?」

 

モラクス

「あの牛、食えんのかな……」

 

ソロモン

「後にも何台か続いてるな。大勢で来てくれてるなら、後は現地の人に任せた方が良いか」

「何かありそうなら報告してもらって、まずは事情を話して宿を借りよう」

 

ウェパル

「賛成。さっきから寒くなるばっかりでもう限界だわ……」

 

バルバトス

「しかし、幾ら団体で来てるとはいえ、幻獣を見た後なのに誰も警戒している様子がない」

「やはりあの幻獣は、住民の驚異の対象とは関係ないみたいだ」

 

 

 一行は住民達に促されるまま、集落へと案内された。気付けばもう夕方だった。

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 その夜、集落の酒場にて。

 ソロモン達が王都の使いで幻獣調査に来たと聞いた住民たちが、一行に食事や衣類を持ち寄ってくれた。

 

 

バルバトス

「これは……何だかものすごいことになっちゃったな……」

 

モラクス

「ウッヒョー、肉だ肉!」

「何もねえ所って聞いてたからアンマ期待してなかったけど、こんなに沢山良いのか?」

 

集落の男性

「構わず食べてくれ。ここ何年かはココもそこそこ豊かになってきてね」

「干しても凍ってもない肉が仕入れられるようになったのは良いんだが、買い込み過ぎちまって持て余してたんだよ」

 

シャックス

「ハグハグ……ウマウマ……!」

 

マスター

「お嬢さん、良い食べっぷりだねえ。おかわりもたっぷり有るから、好きなだけ言ってくれよ」

 

シャックス

「ワーイ! いやー、フォトンが効いてる料理は違いますなあ」

「おじさんおじさん、キノコパスタちょーだい!」

 

マスター

「キノコかあ。あんまりこっちまで出回らないもんで、干したのを戻したやつばかりになるけど良いかい?」

 

シャックス

「くるしゅーないくるしゅーない!」

 

 

 店主の大盤振る舞いに近所のおすそ分けで、ソロモン達の座るテーブルは料理で一杯だった。

 どれも大量のフォトンが含まれ、文句のつけようもない。

 

 

バルバトス

「ちょっと、良いかい? もしかしてロンバルドの生活用水って、全部大空洞の……?」

 

集落の青年

「ええ。人も家畜も大空洞の水を飲んで暮らしてますし、拭き掃除で雑巾濡らすにもやっぱり大空洞です」

「というか、他に水資源なんてからっきしなので、これ以外にまともに使えないってのが実情ですね」

 

バルバトス

「マジか。王都や各地にも輸出しているのに、それでも集落中で使って……何というか、大丈夫なのかい?」

 

集落の青年

「この調子じゃ百年かけても使いきれませんよ」

「昔は採れる量もそこそこで、外に売れる分は本当に僅かだったんですがね──」

「訳あって、ちょっと前から大量に採れるようになりまして。今じゃあ寒さ以外に殆ど不便しなくなりましたよ」

 

バルバトス

「(もしかして王都がロンバルドを後回しにしてたのって、局所的に偏った景気を抑制する意味もあったりして……)」

 

 

 寒さに喘いでいたウェパル達も今はリラックスしている様子だ。

 

 

ウェパル

「フゥ……美味しいわね、これ。何だかホッとするわ」

 

集落の婦人

「家畜の乳を、茶葉と香辛料と一緒に煮たものよ」

「この辺じゃ冷える時にはまずこれよ。すぐに体も温まるわ」

 

ベレト

「ええい、余計な世話はいらん! 火と食事があれば充分だ!」

 

集落の少女

「ダメです! ロンバルドの寒さは夜遅くなってからが本番なんですから」

「『ドテラ』と『モモヒキ』と……いけない、『ハラマキ』はこないだ悪くなってブチャったんでした!」

 

集落の老婆

「だったらウチに余ってるから取って来てあげようねぇ。そうそう『ユタンポ』もまだ倉庫にあったはず──」

 

ベレト

「いらん! いらんと言っておろうが! 何だその見た事もない珍妙な上着は!」

「や、やめろ──にじり寄って来るな!」

 

 

 特にベレトは如何にも幸薄い格好のせいか猫可愛がりされている。

 共同体形成の歴史の故か、ベレトの見るからに奴隷然とした装いの数々を気にする者は全くない。

 

 

フォラス

「ックーッ! これがロンバルドの水で醸した酒か。沁みるなあ!」

 

集落の老人

「ただ醸しただけではないぞ。ここらじゃあ酒は水のように澄んでいるほど良いとされておってな」

「蒸留を繰り返した儂の傑作じゃ。代わりにだいぶ強いからの。ちびちびと飲むのが通じゃ」

 

ソロモン

「おい、フォラス! 一応まだ仕事中で──」

 

フォラス

「わかってるって。メフィスト達じゃあるまいし、節度はわきまえてるよ」

「しっかし良いなコレ。寒い所じゃあやっぱり、一気に温まる酒が流行るんだな」

「そう言えば、東の方でも透明な酒が作られてるって聞いた事あるんだが、関係あったりするのかい?」

 

集落の老人

「ほ~詳しいのう。何を隠そう、儂の祖先は東の果てからはるばる──」

 

 

 ──事件の事などそこそこに、あっちこっちでお祭り騒ぎ。

 ──真面目に事件の詳細を聞こうとしていたソロモンの調子が外れていく。

 

 

ソロモン

「やれやれ。今夜はゆっくり厚意に預かって、続きは明日からにするか……?」

 

モラクス

「オーイ、アニキー!」

「酒場のオヤジが事件の事でアニキと話したいってさー!」

 

ソロモン

「お、助かった」

「わかったモラクス、今行くー!」

 

 

 ──酒場のカウンターに腰掛けると、店主がソロモンに飲み物を差し出した。ウェパルの飲んでいるのと同じ物だ。

 

 

マスター

「どうも、店主の『ヤブ』です。驚かせちゃってすみませんね」

「ココじゃあ余所の人にはどれだけもてなせるか競うのが慣わしみたいなもので」

 

ソロモン

「いえ。こんなに良くしてもらっちゃって何だかこっちこそ申し訳ないくらいで──」

「それより、このロンバルドで起きてる幻獣──怪物騒ぎなんですが……」

「今夜の様子だけ見ると、何ていうか……」

 

ヤブ(マスター)

「ご覧の通りですよ。どうにか穏やかにやれてます。採れる水が減って外に売るのも一旦取りやめてますが、今の所は生活に不便しそうにはありません」

「ただまあ──あくまで、今は何とかなってるってだけです」

「人は何とかなっても、家畜の被害は増える一方ですし、家が壊れた所もちらほら……」

 

ソロモン

「それって俺達が追ってた、あの余所のげん……怪物のせいって事では──」

 

ヤブ

「無いですねえ。あのくらいなら何十年も前から日常茶飯事ですよ」

「今までああやって大空洞に入って、生きて出てきたヤツは一匹もいません」

「大空洞の中で出くわしても、脇目も振らず奥底まで一直線です。後はしばらくして、凍死か転落死してる怪物とご対面する程度ですね」

 

ソロモン

「思ってた以上におっかない所だな……」

 

ヤブ

「気をつけてれば存外何とかなりますよ。怪物たち、見るからに興奮してるでしょ。それで大体は足を滑らせるんです」

「調査で大空洞に入る時は先に報せて下さい。案内の者を付けますんで」

 

ソロモン

「はい。助かります」

 

バルバトス

「しかし、それはそれで厄介な事になりそうだ」

 

 

 バルバトスが割り込んだ。

 

 

ソロモン

「バルバトス。聞いてたのか」

 

バルバトス

「いやはや。こんなにも賑わわれては、詩人の活躍もボヤケてしまうというものだからね」

「横から失礼するが、つまり君達が悩まされている怪物は今までの怪物対策がまるで通じない。そう言う事だね」

 

ヤブ

「ええ。そういう事です」

 

バルバトス

「あんな風に家を締め切るだけで、普通の怪物なら勝手に大空洞に入って自滅。だが件の怪物はそうじゃない」

「つまり、大地の恵みのあるなしに関係なく集落に降りてきて、時には動物や家屋も襲撃する。恐らくは無差別に──どうだろう」

 

ヤブ

「おお、こりゃあ期待できそうですな。大した推理力だ」

「まさしくその通りですよ。ヤツらと来たら何をしに来てるんだか全くわからんのです」

「フワフワと宙に浮いてるから洞窟で落っ死ぬ事も無さそうですし、弱っちそうだからと喧嘩売りに行った者も居ますが──」

 

集落の少女

「それとー、怪物が来た時に戸締まりするようになったのはー!」

「そこの『おとうさん』が酔っ払って外に出て、怪物に跳ね飛ばされたからでーす!」

 

 

 ベレトに何かやたら分厚く野暮ったい衣類を押し付けながら、集落の少女がカウンターに呼びかけた。集落の入口で角笛を吹いた例の少女だ。

 店内からドッと笑い声が上がる。

 

 

ヤブ

「いやーハハハ……いやお恥ずかしい」

 

バルバトス

「娘さんかい。随分良い耳をお持ちじゃないか。詩人としては羨ましいな」

 

ヤブ

「ええまあ。あんな感じで、何かとよく気づくんですよ」

「えーと、どこまでお話したんでしたっけ──」

「ああ、そうそう。話が変わるんですがね。調査の時は、皆さんもくれぐれも気をつけてくださいね」

 

ソロモン

「はい。何か気になる事があったら相談させてもらいます」

 

ヤブ

「そう言ってもらえるのは嬉しいのですが、どうにもならない事もあるもんでして……」

「実は、あくまでロンバルドの事だからと王都には伝えてなかったんですが、怪物が出てからは──」

 

 

 言いかけた所で、酒場の一角でどよめき。

 注目の先ではウェパルが蹲っている。駆け寄るソロモン。

 

 

ソロモン

「ウェパル!? どうした、どこか調子でも──!?」

 

ウェパル

「……寒い……」

「すごく……寒いの……頭も痛くて……」

 

ソロモン

「寒い……って、そんなに着込んでるのにか?」

「いや。でも確かに、熱気に紛れてはいるけど、最初に酒場に入った時より明らかに冷え込んできてる──!」

 

 

 ウェパルは集落の民から持ち寄られた毛皮の衣類を纏っている。

 先程まで、体を温める飲み物も受け取っていた。しかし今はガタガタと震えている。

 

 

バルバトス

「よほど体温を奪われない限り、体に力も入れずにこういう震え方は出来ない。それに顔色もまずい。唇まで血の気が失せてる」

「いくらウェパルが寒さに弱いからってこれ、は……!?」

「冗談だろう……話してる呼気まで白み始めてる。締め切った屋内で暖房も焚いてるんだぞ?」

「とにかく、ウェパルを暖炉の近くへ!」

 

 

 甲斐甲斐しく住民がウェパルの介護に協力してくれた。酒場のマスターことヤブがソロモン達に呼びかける。

 

 

ヤブ

「皆さん。もしかしたらすぐにでも、もう一仕事お願いするかもしれません!」

「さっきの話の続きですが、ロンバルドは数ヶ月前から異常気象が続いてるんです。それで──」

「最近気付いたんです。この異常気象、例の怪物が出てきた時にだけ起こるんです……!」

 

ソロモン

「何だって!? じゃあ、この寒さは……」

 

集落の老人

「そうか。いつもの大寒波じゃな。全く、こんな時に限って……」

 

集落の青年

「ちょっと待って。さっき婆さんが1人外に出て行きませんでした!?」

 

集落の少女

「あ……さっき、『ハラマキ』と『ユタンポ』を取りに家へ……」

 

 

 住民たちの不安の色が濃くなる。

 

 

バルバトス

「ソロモン、とにかく外に出るぞ。幻獣が居ようが居まいがレディのピンチに変わりは無い!」

 

ソロモン

「ああ。集落の皆さんはウェパルを頼みます。他のみんなは付いてきてくれ!」

 

フォラス

「やれやれ。酒量を控えてて正解だったぜ」

 

モラクス

「よっしゃバトルだ。ホラ行くぞ、シャックス!」

 

シャックス

「ムゴムゴ……フモッ!?」

「ゴックン……うえぇ~待って待って、あと一口だけ~!」

 

ベレト

「良いタイミングに来よったな……」

「この場を離れられれば何でも良い! 待っておれ幻獣どもめ!」

 

 

 仲間にもピンチが差し迫っている事もあり、足早に店を出る一行。

 

 

集落の少女

「ああ、待って下さい! そんな格好のままで──行っちゃった……」

 

 

 咄嗟に少女が呼び止めようとするも、一行は店を飛び出した後だった。

 

 

 




※ここからあとがき

 ウェパルの異常に気付かないシャックスは作者的には解釈違いです。
 しかし店を飛び出す時のシャックスらしいセリフが思いつかず、1人だけ抜きにするのも何なのでこの形で押し切りました。
 解釈を同じくする方々には申し訳ございません。

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