メギド72オリスト「太古の災厄と新生する憤怒」   作:水郷アコホ

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40「事件の真相」

 会議を進める一行から距離を置き、手持ち無沙汰に時間を潰すガイードと、それを見守るミカエル。

 

 

ガイード

「……あの、少し話に付き合っていただいても?」

 

ミカエル

「ウェルカム。ぜひとも聞こう」

 

ガイード

「ありがとうございます。先程の、お客さん方のお話なんですがね──」

「大体はまあ、何が何やらさっぱりだったんですがね。少し、わかった事があるんです」

「例えば、地底湖の天使様は、どうやら本当の天使様では無かった事とか」

 

ミカエル

「イグザクトリー。あの像は、この大空洞に住んでいたメギドの、かつての姿を象った物だ」

 

ガイード

「しかも、『兵器』とか何とか、思った以上に物々しいようで」

「それに──大空洞に生えてる水晶、これもあのパエトンってやつが作り出したみたいな話もされてましたね」

 

ミカエル

「その通り。水晶は大地の恵みを蓄えていた」

「それはパエトンが己が力を維持するため……『先程までの』彼らは、そう考えていたようだ」

 

ガイード

「だったら……へへ。今度からは、地底湖の悪魔様とでも呼びますかね。ちょいと締まりませんが」

 

ミカエル

「だが、その偶像も今は打ち砕かれてしまっている」

 

ガイード

「パエトンってのは、ポーと一緒なんでしょう? なら本物の『悪魔様』が居るんだ。何も問題ありません」

「ブツなんざ後からどうとでもなりますよ。集落の連中、見ないでも書き起こせるやつも居るくらいですから」

「いっそ完成した姿の民芸品でも作って、土産物にでもしちまいますかねえ」

 

ミカエル

「……受け入れて、くれるのだね?」

 

ガイード

「そりゃあもう。どこの誰だって、きっと同じだと思いますよ」

「『ここまで』してくれた相手を、悪魔だからなんて理由で邪険にはできませんって」

「だって、パエトンがポーを助けて、ロンバルドも豊かになって、おまけに水晶で大空洞を照らしてくれて──」

「お話の感じからすると、あの怪物達を何とかするために頑張ってもくれてたんでしょう?」

 

ミカエル

「1つ、抜けている」

「水晶の力が無ければ、余りに強すぎる大地の恵みで、ヴィータは大空洞に立ち入る事もままならなかった」

 

ガイード

「そうだったんですか……!」

「こりゃあますます、頭が上がりませんな。はっはっは」

 

ミカエル

「『特別』な存在かな?」

 

ガイード

「……それを言われると、弱りますな」

「何となく、わかってたんですよ。ポーが『特別扱い』を辛く思ってるんじゃないかって」

「『怖かった』のかもしれません。ポーを失うかもしれないって『怖さ』を──」

「それを、あの子に押し付けてたのかも……」

「あの子がいて初めて、集落が同じ『気持ち』を分け合えた。そんな気がしちまってるんです」

「でも、こんな事になったら……なおさら『普通』は難しいでしょうしねえ」

 

ミカエル

「少なからぬ犠牲も出してしまった」

 

ガイード

「ええ……『特別』でも『普通』な、そんな器用な事ができれば1番なんですがね」

「まあ、ポーが帰ってきたら、ゆっくり休ませて、今度こそ腹を割って話し合いますよ」

「人の心なんて、本当にわかる日なんざ来やしないんですから」

 

ミカエル

「『普通』ならば──わかりあえない事も、失敗する事も、決裂してしまう事だって『普通』さ」

「それは『特別』な相手にだって変わらない。迷えるヴィータよ。それは決して難しい事ではないのだ」

 

ガイード

「あっしには、何だかフワッとした話ですが……でも、ありがとうございます」

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 一方、バルバトスの話に慎重に耳を傾けるソロモンたち。

 

 

モラクス

「パエトンが……ポーと同じ?」

 

ウェパル

「追放メギドだから、本質的に魂が同じ……って、そんな当たり前の話じゃないわね」

「そもそもポーとパエトンの事は、シャミハザみたいな例外まで出してきてたんだし」

 

バルバトス

「説明する前に、一つの『前提』を共有しておきたい」

「恐らく、パエトンの『特性』は何かを取り込んだ時、何を残し、何を捨てるか『取捨選択』できる……」

「そのつもりで、これから話す事を聞いて欲しい。根拠は順を追って説明するよ」

 

ウェパル

「まあ、そっちの方が『特性』にも納得行くし、問題ないわ」

「取り込んだ他のメギドの『個』に関わる部分だけ捨てれば、自分の『個』が曖昧にならずに済むもの」

 

ソロモン

「そうか。2つ以上の『個』を混ぜ合わせたりなんかしたら『個』じゃなくなる」

「少なくとも、パエトンとは全く別の何かになっちゃいそうだ」

 

バルバトス

「飲み込んでくれたなら、まずパエトンの追放から考え直して行こうと思う」

「大空洞に幻獣が送り込まれた時期とその目的を踏まえた上でね」

 

モラクス

「そういえばクラゲのやつらって結局、うんと昔に来たっぽいんだったな」

 

シャックス

「えっ、そうだったの!?」

 

モラクス

「もう散々話し合っただろが!」

「最近まで通ってなかった横穴の向こうでコケを使って増えてただろ」

「だったらあのクラゲ、いっそパエトンと一緒に放り込まれてたっておかしくないって事じゃねえか」

 

シャックス

「なるほどなるほどー」

 

ソロモン

「ついでにそうなると、クラゲは間違いなくゲートを通して送られてきてる」

「それも下手すれば千年近く前……あれ? って事は……」

 

フォラス

「今のメギドラルは、大空洞がフォトンスポットだって事を知らない可能性が高いな」

「千年も前に幻獣送り込んどいて、メギドラルがそれっきり音沙汰なしは流石にありえねえ」

「でもなあ……普通ならゲート通した時点で『行き先』くらい把握しとくよな?」

「こんだけのフォトンスポットなら、幾ら千年前でも口伝くらいはしてるだろうに……」

「護界憲章前からロンバルド一帯を幻獣で実効支配しちまっててもおかしくないレベルなのに、どういうこった?」

 

バルバトス

「そう。実際には、クラゲ以外の手が加えられた形跡は殆ど無い」

「つまり、メギドラルはゲートの『行き先』をろくに確かめもせず幻獣を押し込んだんだ」

 

ウェパル

「何でそんないい加減な仕事を……」

 

バルバトス

「パエトンを恐れたからだよ」

 

ソロモン

「パエトンを恐れて……それで、ゲートの先を確かめなかった?」

 

バルバトス

「当時のメギドラルは、まだ魂をどう破壊すればパエトンを確実に殺せるかわからなかった」

「どこまでも推測の話だけど、彼らは確実にパエトンを消せるよう、執拗な措置を施した」

「まず、ロンバルドは『表向き』には、千年前から不毛の地だった」

「更にメギドラルは古代大戦を経て、おおよそのヴァイガルドの地理を把握していた」

「だから、不毛の土地『のはず』のロンバルド行きゲートを作り、そこにパエトンを追放した」

 

フォラス

「そうか。魂を『飢え死に』させるつもりだったんだな」

「魂もフォトンだ。どんな『手』で維持するにも外からフォトンを供給する必要がある」

「それに、パエトンがメギド体を作る事も阻止できるしな」

 

ベレト

「だが偶然にも、ゲートはフォトンスポットたる大空洞と繋がっとったと」

「だが、ますます不可解では無いか」

「確実に不毛の地に送り込まねばならん時に、なぜ確認を怠った?」

 

バルバトス

「間違ってもパエトンが帰って来られないようにするためさ」

「万一、送り先にパエトンを活かすだけのフォトンが存在してしまっていたら──」

「送り込んだ瞬間からパエトンは再び力を手に入れ、ゲートを渡ってメギドラルに報復するかもしれない」

「だから、ゲートのサイズは最小限。メギド体で通過できない小型ゲートを作った」

「ついでに、充分な量のフォトンがメギドラルからゲートを通って追放先に供給されでもしたら本末転倒だしね」

「メギドラルは、『確かにロンバルド行きのゲート』である以外の条件を妥協したんだ」

 

ソロモン

「つまり、何らかの技術で大体の行き先だけ把握して、パエトンをさっさと放り込んだのか」

「そしてそれでもゲートを閉じなかったのは、後から『執拗な措置』を施すため、か」

 

フォラス

「確認しなかったというより、当時のメギドラルでは出来なかったってわけだな」

「ちゃんとしたゲート作って、予め幻獣送り込んで確かめるなんて悠長な事してる間にも、処分待ちのパエトンの魂が『取り込み』を始めかねない」

「何をしでかすかわからねえと、『恐れ』てたんだな」

「ついでに言えば、当時はヴィータ体なんて発想も無かった」

「ヴィータ並に小さいメギドを探して従わせるより、さっさと事を進めたかったか」

 

モラクス

「じゃあ、クラゲは?」

 

バルバトス

「『執拗な措置』のためだよ。恐らく、パエトン追放からそんなに経っていない頃だ」

「充分な確認を取れなかった以上、パエトンは生存してるという前提のもとで次の手を打った」

「魂を撃破し、なおかつパエトンの餌にならない工夫を施した幻獣として、クラゲを作ったんだ」

 

ソロモン

「不毛の地でも繁殖できるよう、最低限のコストで活動する幻獣……」

「パエトンに利用させないよう、周囲のフォトンを無差別に回収する」

「パエトンに倒されたら、自爆でフォトンを散らしてパエトンの活動を妨害」

「そして、爆風でパエトン自身にもダメージを与える……か」

 

ウェパル

「ハイドロボムなら、ガワが何だろうと魂に届くものね」

 

バルバトス

「そして、恐らくは極小まで縮めたゲートからフォトンに分解して送り出す」

「同時に、世代を重ねても目的を維持させるための司令塔となる幻獣も送り込まれていたはずだ」

 

ソロモン

「こないだも言ってた、大空洞の奥に居るかもしれないやつか」

 

バルバトス

「他にも多重計画を練っていたかも知れないが、時は折しも千年前だ」

「次の手を打つ前に、護界憲章の発効が確実視された──」

「パエトンがそうと知らずメギド体になればイチコロだ。だから追撃は打ち切った」

 

ソロモン

「『パエトンに力を取り戻させない』って言う作戦の要を、護界憲章が担保してくれるもんな」

「だったらメギドラルが追加の作戦に労力を費やすのは無駄になる」

「むしろクラゲすら必要なくなるけど、いちいち回収するのも無駄、か」

 

バルバトス

「幻獣の話はひとまずここまでにしたい。次の問題だ」

「地底湖でミカエルは、パエトンに『会話という概念を知っていたか』と尋ねた」

「そして、パエトンは首を横に振った。皆も見ていたはずだ」

 

モラクス

「つまり『知らなかった』って事だよな?」

「でも、『会話を知らない』って……どういう事だ?」

 

バルバトス

「会話──つまりコミュニケーションというものが、ヴァイガルドやメギドラルに存在する、と言う事を知らなかった……」

「いや、恐らくは、知るとか知らない以前に、そんな事を考える事も出来なかったんだ」

 

フォラス

「おい、それって……」

 

バルバトス

「ああ。メギドラル時代のパエトンは、自分というモノさえ理解できないほど、知能が低かった」

「食べて、生きる。そんな、殆ど本能だけで動く、虫や魚に近い存在だったんだと思う」

 

ソロモン

「そんな……」

 

フォラス

「待て待て待て、ありえねえって! それじゃ幻獣と大差無くなっちまう!」

「そもそもメギドってのは発生した瞬間に、名前とある程度の知性を持ってるもんだろ」

 

バルバトス

「フォラス。『パエトン』は、自分から名乗ったと記録にあるかい?」

 

フォラス

「……無え」

「いつの間にか、誰が呼んだか『パエトン』って呼び名が定着してた」

 

バルバトス

「多分、『かつて』はパエトンの本当の名も、ある程度の知性もあったんだろう」

「『前提』だ。パエトンは、取り込む事も捨てる事も出来る」

 

ウェパル

「元々持ってたモノを捨ててまでバ……単純な力だけを蓄えてきたって事?」

 

ベレト

「計り知れぬ『力』を選び、『知』を捨てたか……愚かな」

 

バルバトス

「そうとも限らないさ、ベレト。メギドラルは弱肉強食なんだから」

「いつ他のメギドから襲われるとも知れないなら、まず力を優先するのは必然だ」

「そして、大きな力と肉体を手に入れたなら、『思考』なんてしてたら体が保たない」

 

ソロモン

「体が保たない? 知性があると、マズいのか?」

 

バルバトス

「頭脳労働ってのは、俺達が思う以上にエネルギーを使うんだよ」

 

フォラス

「あ。前にアジトで根詰めすぎてフラついた時、ユフィールに聞いた事あるぞ」

「ヴィータの脳ってのは、体が使う全エネルギーの4割だか5割を占めてるとかって」

 

ソロモン

「首から上だけで、半分近く……!?」

 

モラクス&シャックス

「へえー」

 

ベレト

「こいつらを見てるといまいち腑に落ちんがな……」

 

バルバトス

「体だけでメギド何体分もの力を有してるんだ」

「それを維持するフォトンは並大抵じゃないはずだろう」

「俺の経験から言って、頭脳労働にかかる負荷はメギドもヴィータも大差ない」

「知性まで無尽蔵に増量してたらアッと言う間に破綻する。だから考える頭は捨てたんだ」

「熊や猛牛のように、頑強な力があるだけでも生きるには充分有利だからね」

 

フォラス

「それでよく、幻獣みたいにならずに済んだもんだな……」

 

バルバトス

「並のメギドじゃ束になっても太刀打ちできないなら、充分に『個』は示せてると言えるしね」

「それに確かに、メギドたる基準にある程度の『知性』は必須のようにも思える。だが──」

「俺達は、メギドであるための『知性とは何か』。そこまでは答えを出せない」

「ただのウドの大木と化していたなら、俺達がアバドンを倒したように、メギドラルも苦労しなかったはずだ」

「恐らく、強敵を相手取る際の『判断力』や、経験を活かす『学習能力』は維持されていたんだ」

「『思考』や『感受性』が無くとも、そういった能力もまた『知性』と呼べるはずだからね」

 

ウェパル

「で、それがポーや大空洞と何か関係あるの?」

 

バルバトス

「この大空洞に及ぼした変化の殆どは、パエトンの考えなしの本能で行われた事になる」

「追放されたばかりのパエトンは『計画』を立てる能力が無かったはずだからね」

「例えば、最初からフォトン欲しさで水晶を蔓延らせ、体欲しさに地底湖の像を作っていたって具合だ」

 

ソロモン

「大空洞が新しい体として不適切とかって事も『わからない』まま、ただ『そうできるから、やった』って事か」

 

バルバトス

「だから恐らくエリダヌス像の件も、地底湖のフォトンを使い尽くしてから止まった」

「そのまま現在に至るまでの間に、新たに湧いたフォトン水と混ざってようやくあの濃度なんだろう」

「つまり、パエトン自身にはそれしか出来なかった。『他にやりようなんて無かった』んだ」

 

フォラス

「随分と含んだ言い方だな」

 

バルバトス

「すぐにわかるよ。そしてポーについては……これが本題になる」

「まず最初に言っておく。パエトンは……純正メギドだ」

 

一同

「!?」

 

ベレト

「過ぎた話を蒸し返すな! あれは明らかにここで生きたヴィータのポーだ!」

「右も左もわからんほど『知性』を衰えさせたメギドにあんな振る舞いができるものか!」

 

ウェパル

「今なら流石にベレトに同感。確かにメギドの『力』を使ってる問題はあるけど──」

「バルバトスの考えるパエトンに、あの子の人格を模倣できるとも思えないわ」

「それにそもそも、ポーとパエトン、2つの魂が収まってるって話とも矛盾するじゃない」

 

バルバトス

「根拠はある。ソロモン。地底湖で、ポーを助けようとしたガイードさんを止めたよな」

 

ソロモン

「ああ。そりゃあ、あれだけの水晶が砕かれて、パエトンの周りは凄い量のフォトンが……」

「あっ……! ヴィータの体で、あんな所に居られるわけない!!」

 

モラクス

「あ、そっか。そういやアニキ言ってたもんな」

「大空洞は、水晶が無かったらヴィータなんてフォトンバーストしちまうんだって」

 

ベレト

「な、なら儂と同じ不死者だ! それなら身の回りのフォトンくらい──」

 

バルバトス

「ベレトは、人格の統合が成される前から『力』を使えたのかい?」

 

ベレト

「う……いや……」

 

バルバトス

「ポーとパエトンの魂の折り合いがついていない以上、追放メギドなら限りなく普通のヴィータのはずだ」

「そしてフォトンバーストは、フォトンを周囲から吸収し蓄積する物体で起こる」

「まず少なくとも、ポーの体はヴィータと同じような作りをしていないって事になる」

「あの光景は、彼女が追放メギドだったなら有り得ないんだよ」

 

フォラス

「じゃあ、ポーの魂ってのは?」

 

バルバトス

「俺としても、『ある』としか思えない」

「もちろん、推理は済ませてる。ポーの魂は非常に『絶妙』な状態で存在している」

 

ウェパル

「もうここまで来たら、ちょっとそっとじゃ驚かないから、さっさと説明始めて」

 

バルバトス

「ああ。まず、ポーが始めて地底湖に落下した時だ」

「ポーは地底湖に張った氷を砕いて着水」

「恐らくその後間もなく、彼女は一度死んでいる」

 

シャックス

「早速終わっちゃった!?」

 

ベレト

「余計な茶々など入れとらんで黙って聞けぇっ!」

 

シャックス

「うぅ……何だかベレベレこわいこわい~」

 

バルバトス

「続けていいかい……?」

「その時、恐らくパエトンの魂は地底湖を漂っていた」

「多分、ゲートのある地点から、大空洞の岸壁をすり抜け、そこに定着したんだ」

「俺達の魂も、追放されてからかなりの旅をしてヴィータに憑依しているしね。有り得ない話じゃない」

「それからは、ソロモンが地底湖で見た、例のフォトンの対流に流されでもしていたんだろう。海のクラゲみたいに」

「そして落下の勢いのままに水中へと沈むポーと、水面へ流されるパエトンの魂が偶然、接触した」

 

ソロモン

「でも、シャミハザの時みたいにヴィータ体に憑依して回復したわけじゃない……?」

 

バルバトス

「パエトンの『特性』は何だった?」

 

ソロモン

「確か、魂に取り──」

「……パエトンが、ポーを取り込んだ!?」

 

フォラス

「ヴィータ体にじゃなく、メギド体に魂が二つってことか!?」

 

バルバトス

「そうさ。両者が出会って生まれたのは──」

「ヴィータの少女を素材にした、護界憲章さえ目もくれない、弱く小さなメギド体だったんだ」

「そして……この時、非常に面倒な事が起きた」

 

モラクス

「ポ、ポーの魂も取り込んじまった……とか?」

 

バルバトス

「俺の考えでは、逆だ。『取り込めなかった』」

「魂が直接触れるか、『食べる』という儀式を踏まえるか。それが取り込む条件だったんだと思う」

「多分この時、ポーは死んで、魂が肉体から抜け出る直前だったんだ」

「だが、魂が完全に抜け出る前に『取り込み』が完了してしまい、魂は出口を見失った」

「体内に魂がありながら、パエトンの取り込みの『外』という、あるかないかの一瞬だったんだと思う」

 

モラクス

「えー……と?」

 

フォラス

「モラクスがアジトで寝て、目覚めたら小窓しか無い部屋に居たみたいなもんか」

 

モラクス

「何それこええ!」

 

フォラス

「寝てる間に、アジトに敵のメギドが潜入して、アジトを作り変えられたって感じだ」

「モラクス自身は無事で済んだが、寝てた部屋が窓を残して塗り固められちまったんだ」

 

モラクス

「俺達の住処だったのに、逆にそこに閉じ込められちまったって事か」

「クッソーッ、何てことしやがんだそのメギド!」

 

ソロモン

「いや、例え話だから……」

 

バルバトス

「ポーの魂は『生命活動を行うかつて自分の体だったモノ』の中にいた」

「そして幸か不幸か、パエトンに取り込まれる事もなかった」

 

ソロモン

「結果としては一つの体に二つの魂って事だろうけど……」

「何というか、かなり歪だな。合わないパズルのピースが、たまたまネジ込めたみたいな……」

 

ウェパル

「パエトンは凍結状態のままでポーを取り込んだって事?」

 

バルバトス

「いっそそれもあり得るかも知れないけど……順序立てるなら──」

「追放される、地底湖に移動する、大空洞を取り込む──」

「それから大空洞が体になりえない不具合から自主凍結」

「そして俺の推理では、ここ百年以内の間に凍結から復帰している」

 

フォラス

「百年前ってえと、大空洞が見つかって人が増えた頃か……」

 

バルバトス

「人の手が入った──つまり体内でもある大空洞に『異物』が目立つようになったんだ」

「それと恐らく、クラゲの数が増えに増えた。多分、何百年もの間にコケを使って繁殖するよう進化して、クラゲの生活が安定したためだ」

「自分の体である大空洞からのフォトン略奪の被害が尋常でなくなったのさ」

「水晶が今みたいに硬く、クラゲの自爆にもフォトンを操作されないよう進化したのもそれからだろうね」

「あのコケも、もしかすると、パエトンの取り込みで環境が変わったために異常繁殖するようになったんじゃないかと思ってるよ」

 

ウェパル

「クラゲにフォトンを盗まれて、呑気に寝てる場合じゃ無くなったって事ね」

「そして、そんな頃にポーが降ってきた」

 

バルバトス

「だが、パエトンはヴィータなんてモノ『知らない』。タダの『取り込んで無い何か』だった」

「そして、動かすには何か『不具合』がある事だけはわかった。だから『放置』したんだ」

「恐らく大空洞に対しても同様だ。動かないけど、よくわからないからそのままにしておく……」

 

フォラス

「待った。その『不具合』ってのは、落下の衝撃で負った脳のダメージって事だよな?」

「だが、筋肉自体は電気刺激を加えりゃ勝手に動くって聞いた事がある」

「物理的に動きさえすりゃ、脳がどうなろうとパエトンには関係なさそうな気がするが、その辺はどう考えてるんだ?」

 

バルバトス

「取り込む時は、本当に『そのまま』取り込むからだと、俺は考えてる」

「脳を負傷すると動かせなくなるという『特性』も、『傷』も『異状』も、あるがままに取り込んだんだ」

「だから、メギド体として活動を再開させた体でありながら、一種の植物状態で、パエトンには操作できない」

「そして動かないモノをただの『体の一部』として取り込むための『動かせる本体』も、その時パエトンはまだ持ってなかった」

「メギドラル時代は、自前の『健常な』巨体があったから、問題にならなかっただろうけどね」

「当時なら、死にかけのメギドや自然物を取り込んでもただの一部に出来た」

「魂を摘出する機材を取り込んで動かせたのも、機材に異状が無かったからこそだろうさ」

 

ベレト

「(少しは背丈が伸びていたのも、『特性』を取り込んだ影響という事か)」

「(ヴィータの子供の『成長』という特性を得て、身体も変化していたと)」

「(メギドの寿命基準でゆったりと……ざっとヴィータの五倍の寿命なら、今年でようやく一年分か)」

「(『傷』も『異状』も……)」

「(両親を失い、新たに生まれた『心の痛み』も……?)」

「(……まさかな。あってたまるか、そんな事……)」

 

バルバトス

「だがパエトンにとって幸運だったのは、新たに取り込んだ物体には自己修復の能力があった事だ」

「そしてその能力は、地底湖ごと凍結させず、『顔』という一部分を空気に晒している時のみ有効だった」

 

ソロモン

「取り込んでそのままにしていたら、メギド体化で生命活動を続ける体が、致命傷を治癒し始めたのか」

 

フォラス

「だが、『呼吸』させないと、その『一部』は勝手に死んじまう」

「パエトンもそれは感知できたから、地底湖が凍らないように何か『力』を働かせたって寸法か」

「地底湖も体の『一部』だから、同じ『一部』が死なないように……」

 

ソロモン

「徐々に頭の傷が癒えている状態だったから、ポーも地底湖では夢現だった……」

「……でもそもそも、何でポーの意識があったんだ?」

「地底湖での一年間、ポーはたまに地底湖の水を飲んでたと言ってた」

「あくまでメギド体はパエトンのもので、ポーは閉じ込められていただけなら、身動きできない気がするけど……」

 

バルバトス

「さっきのモラクスの例えで言うなら、部屋には窓の他に通気孔があったって所かな」

 

フォラス

「アジトがヴィータ体の比喩なら、モラクスがポーの魂って立ち位置だから……」

「ポーには『ヴィータ体のパエトン』を動かす抜け穴みたいなものがあったってか?」

 

モラクス

「その例えもしかして、俺がチビだから通気孔出入りできるって言いてえんじゃねえよな……?」

 

フォラス

「いや、まあ、それはその……ハハハ」

 

バルバトス

「モラクスには悪いとは思うけど、そういう事だよ」

 

モラクス

「やっぱりかよ!!」

 

バルバトス

「アジトに勝手に作られた通気孔は、モラクスのような小柄なヴィータにだけ通り抜けできた」

「だが重要なのは、ただ小柄なだけじゃないって事だ」

「腕力と、アジトで暮らし慣れた勘を持つモラクスだけは、改造アジトを攻略する力と資格がある」

 

モラクス

「お、おう……フクザツだけど、そこまで言われると悪い気しねえかも?」

 

ウェパル

「(物は言いようね)」

 

バルバトス

「パエトンにとって恐らく、自分以外は『動く』か『動かない』かが判断基準だった」

「どこかを直せば動かせるようになるかもとかいう発想ができない。ただ偶然、ヴィータが容れ物になっただけなんだ」

 

ウェパル

「パエトンは、みすみす五体を手に入れておきながら、価値がわからず無関心だった──」

「動かせた理由その1ってとこね」

 

バルバトス

「理由その2は、ポーの魂が閉じ込められたのが『自分の体』だった事だ」

「脳に傷を負えば記憶や人格を失うように、ヴィータの魂と脳は密接に結びついている」

「脳の持ち主だった魂だからこそ、メギドと化した脳でも活動する事ができた」

「体のどこかに収まってさえいればいい魂と、かつて自分が動かした体──」

「この二つが揃っていたから、動かすことができたんだ」

「もちろんポー自身は、そんな事を知る由もなくね」

 

ソロモン

「そして一年後、傷が治った頃に発見され、翌日に集落で目覚めた──か」

 

バルバトス

「そこも多分、違う。見た目には元気そうだが、恐らく治ってなんかない」

 

ソロモン

「何を根拠に……?」

 

バルバトス

「ポーは発見された翌日に目を覚ますまで、ずっと意識が曖昧な状態だったんだろう?」

「傷が……脳の復旧が終わっていたなら、ポーは地底湖でとっくに目覚めていたはずだ」

 

ウェパル

「それもそうだけど、ちょうど目覚めた日が完治した日って可能性は──」

 

ベレト

「治っておらんなら、納得だ……」

「あいつの……ポーの頭、うなじから上が真っ平らだった……」

 

ソロモン

「ま……まったいらって……」

 

ベレト

「言葉通りだ」

「見間違いなら、いっそ誰かそうだと説明してくれ。さしずめ落っことしたケーキだった……」

 

一同

「……」

 

シャックス

「どれどれ~? ナデナデ……」

「おー、ホントだ! 頭って後ろ側も丸いし、首よりちょっと飛び出してる!」

 

モラクス

「いや、俺の頭で確かめんなよ! 自分のがあんだろ!」

 

ソロモン

「こんな話してる時なのに、ほんとブレないよな……」

 

バルバトス

「……とにかく、異論はないね?」

「助け出した住民たちも諦めかけていた通り、ポーはヴィータとして活動できる状態じゃなかった」

「しかも、再生を助けていた地底湖から離され、フォトンの乏しい地上に連れ出された」

 

フォラス

「むしろ、覚醒からどんどん遠のくような話だな」

「すると、何でポーは急に目を覚ます事になったんだ?」

 

バルバトス

「緊急事態だからだよ。パエトンも、わけがわからず焦っただろうね」

「自分の魂が連れ出され、ただの体の『一部』諸共に死にかけてるんだから」

 

ソロモン

「あ、そうか。フォトンが傷の修復と生命維持を担ってたんだな」

「それにパエトンにとっては体の中で新しい『何か』を取り込んだだけのはずなのに──」

「急に取り込んだ一部が、自分の魂ごと、残りの体から引き離されてしまった」

 

フォラス

「そんな事が起きたら、俺達だって混乱するだろうな」

「気付いたら脳味噌を持ち去られて、しかも自分は脳だけでどっこい生きてたみたいなもんか」

 

モラクス

「うひ……」

 

ウェパル

「センスがメギドラルすぎ」

 

フォラス

「わりい。とっさに良い例えが出てこなくて……」

 

ベレト

「すると、ポーが目を覚ました原因は、言わば『火事場のバカ力』か……?」

 

バルバトス

「あるいは、死に瀕しての懸命の喘ぎかな」

「恐らく、フォトンを過剰に供給して、不完全なままに無理やり体を起動させたんだ」

「無我夢中で『血圧を上げた』ら、勝手にだが動き出し、直近の死も引き延ばされた」

 

ウェパル

「枯渇した地上で、そのフォトンはどこから持ってきたの?」

 

バルバトス

「パエトンは恐らく、現代のメギドとはフォトンの扱い方が異なるんだ」

「パエトンの場合、フォトンを大地や空気中から吸収するのではなく、もっとヴィータ的──」

「食べた物からフォトンを抽出、あるいは変換して、体内に蓄えて消費していくんだ」

 

フォラス

「置き換えれば、飯食って、栄養を吸収して、筋肉や脂肪として貯蔵って具合か」

 

シャックス

「おー、わかりやすいわかりやすい!」

 

ソロモン

「そうか。ヴィータにも最初から、周囲のフォトンを溜め込む『特性』がある」

「それをメギドラルが利用したのがフォトンバーストだったわけだし……」

「覚醒のフォトンは全部、地底湖とかから地道に吸収してた分で賄ってたって事だな」

 

ウェパル

「あれだけ食べてお腹が出たりしてなかったから、どっちかと言えば『変換』の方かもね」

「すぐさまチリ一つ残さずフォトンに変えてるなら、幾らでも入るでしょうし」

 

バルバトス

「フォトンの扱いの違いも恐らく、『特性』で取捨選択した結果だろうね」

 

モラクス

「確かに、立ってるだけでフォトンが大量に必要なら、おちおちバトルもできねえもんな」

「フォトンスポットとかでジッとしてないとすぐに消えちまいそうだし」

 

ウェパル

「じゃあ、傷の残ってるはずの脳で、ポーが何も不便してなかった理由は?」

 

バルバトス

「多分、周りが気付かなかっただけで、何らかの『不便』は発生していたんだ」

「脳の復旧できなかった機能は、日常生活を露骨に困難にするものじゃなかったんだと思う」

「物の好みが変わるとか、実は特定の物事だけ見聞き出来ていないとか──」

「メギド体になって必要なくなった一部の内蔵機能が麻痺していたとかなら、すぐにはわからない」

 

フォラス

「クラゲが出るたびにボンヤリしてたのは、その辺の事情とこじつけられるかもしれねえな」

「『素材』をメギド体たらしめてるのはフォトンのはずだから、フォトンの変化は体の変調に繋がる」

「大空洞は地下水脈を通して集落にまで影響していたわけだから──」

「クラゲを迎撃するために、地下水脈にも根付いてるだろう水晶がフォトンを消費したはずだ」

「その影響で、一時的に集落一帯の『フォトン事情』がブレた可能性がある」

「純粋なヴィータには大差無いが、フォトンありきのメギド体にはデリケートな問題だったのかもしれねえ」

「そのせいで脳のダメージが表面化して、周囲に反応できなくなったとかな」

「ヴィータで例えるなら、急に周りの空気が山頂並に薄くなるようなもんか」

 

ソロモン

「そう考えると、大空洞でベレトを助けようとしてポーが気絶した時……」

「あれは、クラゲと指環の力で、周囲のフォトンが『薄く』なったせいかもしれないのか……」

 

バルバトス

「もっと単純に、メギド体としての地力が、そういった『不便』を補ってたとも考えられるしね」

 

シャックス

「つまり、どゆことどゆこと?」

 

ウェパル

「たまたま誰も気付かなかっただけで、確実にどこか『おかしく』はなってただろうって事」

 

シャックス

「おー、なるほどなるほど」

「そう言えばポーポー、モラクスより沢山食べてたの今まで気付いてなかったもんね」

 

ウェパル

「そこ……? まあ、確かに異常な量ではあったけど」

 

バルバトス

「そして……」

「そんな強引で騙し騙しに行われた、やむを得ない強制起動──」

「これが、今日の事件へと至る引き金だったんだよ」

 

 

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※ここからあとがき

 死体をメギド体として生き返らせて(心臓を動かして)おきながら、脳を損傷してるからパエトンには動かせないという理由の説明が少しややこしくなりました。
 要は、ポーの死体はCPUやHDDにエラーを抱えた状態で、パエトンはコンセント繋いで電源入れる所までしか出来ないような状態です。これをヴァイガルド文化で説明するのが、ちょっと難しくて……。
 本物のPCとの違いが、ポーは生物なので、エネルギーさえ供給されていれば、独自に物理的・論理的エラーをある程度までは復旧できるように作られていたという具合です。
 救助された翌日に目を覚ましたのは、その時点での復旧率で起動を試みたら偶然にも成功し、ログインまで漕ぎ着けた感じです。

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