メギド72オリスト「太古の災厄と新生する憤怒」   作:水郷アコホ

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46「今を刻む」

 震える大空洞最深部。

 同時に、取り押さえられたパエトンにも変化があった。

 

 

パエトン

「キ、ガ……ガ、ギ、ゴォ゛ォォォォ!?」

 

シャックス

「あばばばばばば、パパパエパパエエエエ、ふるるるるえてててるるるるる……!?」

 

 

 岩肌の地面を削岩しそうなほどの強烈な痙攣を起こすパエトン。

 頭を押さえつけるシャックスもマッサージチェアに腰掛けたように揺さぶられている。

 

 

ソロモン

「3人とも、すぐにパエトンから離れてくれ!」

 

ベレト

「ポー! どうした!? 大丈夫なのか、おい!?」

 

モラクス

「大丈夫だろ! アニキが勝算があるっヂ!?」

「揺れで舌噛んだ……とにかく、離れるぞ!」

 

 

 ほぼ同時にパエトンを解放し、距離を置く3人。

 シャックスとモラクスはソロモンの元へ駆け寄り、ベレトだけその場を動かず、痙攣しながらゆっくりと立ち上がるパエトンをジッと睨みつけている。

 

 

バルバトス

「ソロモン。君はどうする気だ?」

 

ソロモン

「クラゲ対策に地上へ送る予定だったフォトン……」

「今、全部まとめてパエトンに送っている」

 

バルバトス

「なっ!?」

 

ウェパル

「バカなの!? フォトン送るつもりなのはわかってたけど、わざわざカウントダウン早めるなんて──」

 

ソロモン

「ベレト! フォトンを送る! パエトンに活を入れてやってくれ!!」

 

 

 指名を受け、露骨に狼狽えるベレト。

 

 

ベレト

「儂が……カ、カツ……?」

「よくわからんが貴様、この儂にポーを痛めつけろというつもりじゃないだろうなっ!!」

 

ソロモン

「このままだと、パエトンはメギド体を取り戻して、護界憲章に消されてしまう!」

「目を覚ますまでの間、とにかく『削る』んだ! 一番近くにいるベレトが確実だ!」

 

シャックス

「パエパエが消えちゃう!?」

 

モラクス

「マジかよ……!」

 

ベレト

「そ……!!」

「それを早く言えバカ!!」

 

 

 驚愕に目を見開いた、その顔のままで旗竿を振りかぶるベレト。

 しかし、一瞬の舌打ちを挟んで旗竿を地面に突き立て、痙攣するパエトンの顎先に拳を打ち込む。

 

 

ベレト

「ぬんっ!」

 

パエトン

「ガォッ……!?」

 

 

 クリーンヒットし、打ち上げられた顎を起点に宙へ浮かび、高い放物線で吹っ飛んでいくパエトン。

 

 

ソロモン

「みんなもベレトに続いてくれ!」

 

フォラス

「お、おいおい……」

 

シャックス

「でもでもー、パエパエはポーポーでー……」

 

ソロモン

「素材がヴィータでも本質はメギド体だ。多少の傷はフォトンを送る限り再生するはずだ」

「返信した改造メギドを攻撃してヴィータ体に戻すのと同じだ。なるべく隙を与えず頼む!」

 

モラクス

「くっそー……すげえ気が引けるけど、どの道、今のパエトンは俺達を襲う気だし……」

「決めた! 俺はアニキを信じる! 悪く思うなよパエトン!」

 

 

 駆け出すモラクス。

 未だ吹っ飛び続けるパエトンの落下先を予測し待ち構えた。

 

 

モラクス

「その丈夫そうな手足なら、まだ何とかなってくれんだろ!」

 

パエトン

「──!」

 

 

 二本爪と三本爪とに分かれ計四本となったパエトンの足先から電光が弾けた。放電の圧力で更に宙を踊るパエトン。

 殴られるままの頭から落ちるだけの軌道が、足先を力点にした軸回転が加わり、車輪のようにモラクスへと飛び込んでいくパエトン。

 回転しながら、その両手首を重ねて指で花開くような形を作り、顔の先へ突き出している。迎え撃とうとしている事を勘で理解するモラクス。

 

 

モラクス

「そのくらいで、ビビるかよ!」

 

 

 迎えてゴルフクラブのように上方向へ振り抜いた斧と、突き出された水晶の両手とがぶつかりあった瞬間、その間で色とりどりの光が炸裂した。

 

 

モラクス

「おわっ──!?」

 

 

 直後、両者ともに吹き飛ぶ。

 一気に後方の壁に叩きつけられるモラクス。

 同時に、衝突した壁が脆く砕け、周囲の床までヒビが走ると共に隆起し、瓦礫に埋まるモラクス。

 

 

ソロモン

「モラクスッ!」

 

フォラス

「な、何が起きた!?」

「崩れた壁の向こうに空洞なんかねえし、普通なら地面まで『割れる』はずも……!」

 

ウェパル

「なら、あれも『力』って事でしょ」

 

 

 一方、逆方向に打ち返されたパエトンは、地面に対し限りなく平行に、かつ高速で飛んでいく。

 吹き飛びながら体勢を整え、四本足それぞれの爪を重ね合わせて、一本の槍のようにして地面に突き立ててブレーキにするパエトン。その形状はエリダヌスの数本ある脚の一本を彷彿とさせた。

 

 

ベレト

「大人しくせんか! ポー!」

 

 

 モラクスの方を向いたまま岩肌を掻き削り、後退を続けるパエトンの背に、待ち構えていたベレトが飛びかかる。相変わらず武器は持たず、拳を引き絞っている。

 パエトンはベレトに振り向く事無く、腕を顔の前で交差させ、背後に掌を向けた。両手の中で、六色の光が集まって、マーブルカラーの光弾を両掌それぞれ一発ずつ作り出した。

 

 

ベレト

「くっ!?」

 

 

 振り抜きかけた腕を咄嗟に防御の姿勢に変え、光弾と共に壁に打ち付けられるベレト。

 着弾後の壁では、ベレトが氷塊に手足を囚われていた。

 

 

ベレト

「この……ちょこざいなっ!」

 

 

 力づくで氷塊から手足を引き抜くベレト。

 足に巻いた包帯が氷にへばり付いたため引き剥がし、その勢いで靴と、凍傷の指先の皮膚が一部ずる剥ける。末端に血が行き届いていないため、出血は僅かだった。

 

 

モラクス

「ゲホッ、ゲホッ……ポーの中で隠れてた割には、結構いいセンスしてやがるぜ……!」

 

 

 瓦礫を掻き分けて、モラクスも立ち上がった。

 こちらは流血は激しいが、深刻なダメージは無さそうだった。

 

 

フォラス

「たった一体で六夜の悪夢か……ちくしょう」

「この様子じゃあ、『誰かに任せて』なんてヘタレてもいられないじゃねえか」

 

ウェパル

「ソロモン。これ、本当に勝算なんでしょうね」

 

ソロモン

「少なくとも、ウェパル達の『答え』よりは確実に」

 

ウェパル

「……まあいいわ。そう決まったからには、こっちもやれるだけやってあげる」

「ほら、シャックスも覚悟決めて。行くわよ」

 

シャックス

「うぅ……がんばる~……」

 

 

 ソロモンからフォトンを受け取り、前線へ駆けるウェパル達。

 

 

ソロモン

「みんな、すまないけど、大量のフォトン操作で采配まで十分に手が回らない……!」

「フォトンは出来る限り満遍なく送る。けど、戦闘はできるだけ各自の判断で頼む!」

 

バルバトス

「それにまごついていたら、ソロモンやガイードさんに矛先が向かうかもしれない、か……」

 

ウェパル

「了解、やるだけやってあげるわ」

「仮に指輪からの供給が滞っても、大空洞中からフォトンが集まってるなら、不足する心配も無さそうだし」

 

バルバトス

「だがソロモン。俺は、この場に残らせてもらうよ。どの道、指環の支援は一度に五人までだしね」

 

ソロモン

「ああ。一応、合間にフォトンは幾らか回しておく。重傷者が出たら、回復を頼むよ」

「……やっぱり、納得できないか?」

 

バルバトス

「それも無いわけじゃ無い。けど、それ以上に──」

「さっき、ベレトが攻撃する前に武器を置いたのと同じだ。情けないけど、踏ん切りがつけられないでいる。『個人的に』ね」

 

ソロモン

「そうか……」

「そう言えば、作戦についてだけど──」

 

バルバトス

「わかってる。敢えて、当初警戒したフォトンハイを起こそうとしているんだね?」

 

ソロモン

「ああ。それで今、パエトンは一種の『暴走状態』を引き起こしてる」

「ラウムの時みたいに、完全なメギド体になってしまう可能性はゼロにはできないけど──」

「仲間の純正メギドでも仲間になる前、戦いの中で暴走して、不完全なメギド体になった事が何度かあった」

「そしてその時は、護界憲章は発動しなかった」

 

バルバトス

「その間に……あるいは暴走体になるまでに、パエトンが我に返る事に賭ける」

「戦闘は、言ってしまえば護界憲章が目を付けてしまうまでの『時間稼ぎ』って所か」

 

ソロモン

「ああ。絶対ではないかも知れないけど……」

「この戦いは、パエトンとポーの意志が伴わなくちゃ、本当の解決にはならないと思う」

「こんな場所で泥仕合なんて現実的じゃないけど、そこからじゃないとダメなんだ!」

 

バルバトス

「その点には同感だよ。けど──」

「それでも最悪、パエトンが目を覚ました時点で、力と理性の総合評価で護界憲章に抵触する可能性もある」

「どうにも『答え』としては、『どっちつかず』な印象だ。いいとこ取りで済ませようとするような……」

「ソロモン。君は一体、どんな『答え』を出したんだい?」

 

ソロモン

「……」

「思い出したんだ」

「俺は一度だって、『諦めた』ことも、『受け入れた』ことも無いって」

 

バルバトス

「それは……」

「今まで、どんな絶望的な状況からも勝算を勝ち取ってきたから……ではないね?」

 

ソロモン

「ああ。そうだったら今頃、俺の故郷は滅んだりなんかしていないよ」

「本当に、どうしようも無い事なんて、今まで幾らでもあったさ。助けられなかった命の数だけ……いや、もっとたくさん」

「全てが後の祭りだった時だって数え切れないよ。それでも、俺は誓って『そのまま』で終わらせた事は無い!」

 

バルバトス

「そのまま……?」

 

ソロモン

「いつだって、この世界に『遺して』きた。俺たちが本当に辿り着きたかった『未来』は何だったのか」

「悲しい結末なんて『認め』ない。でも、ただ闇雲に『拒み』もしない。『刻む』んだ!」

「困難にどうやって打ち勝って、その先にどんな世界が待っていてほしかったか──」

「未来が予め決まってようと、どんなに手遅れだろうと、常に考えて、求めて、形にし続けてきた!」

「無駄に終わるしかないって、俺自身でさえ不安に押し潰されそうな時でも……俺は今まで、そうやってきたつもりだ」

 

バルバトス

「……ままならない今に惑わされず、あるべき未来を見定め続ける……要は、そういうことか」

「確かに、俺たちの中で誰より『勝算』を持ってる。苦しむ少女に狼狽えるばかりの俺たちに比べれば、よっぽど」

「本気で成し遂げようしてるんだな……なら、それを『いいとこ取り』にしか受け取れなかった俺の方がどうかしてたよ」

「ただ……茶々を入れるつもりは無いけど、その言葉はつまり、君は同時に『万一の事態』も……?」

 

ソロモン

「……覚悟はしてる」

「でも、だからって行動するかしないかとは話が別だ。そうだろ、バルバトス?」

 

 

 不敵に笑ってみせるソロモン。リラックスするように腰に当てられた拳は、震えるほどに硬く握られている。

 

 

バルバトス

「……もちろんだとも」

「ところで、俺も一つ思い出せた事があるんだ」

 

ソロモン

「何を?」

 

バルバトス

「一つ、とっておきの詩があるんだ」

「ポーには、まだ少しだけ早いかと思って控えていたけど、本当は感想を聞きたくて堪らなかった」

 

ソロモン

「じゃあ──楽しみだな」

 

バルバトス

「ああ。頼りにしてるよ」

「(……俺は、自分がずっと『受け入れている』と思っていた)」

「(あるがままを知って、そこにたまたま、望みを叶える『手』があって……)」

「(俺が手にできる『結果』は、大体は起こるべくして起きたものだと)」

「(けど……俺は確かに、その時々に求めた未来を『刻み』、俺に見えるちっぽけな世界は『それ』を見てくれていたんだ)」

「(そうして『遺された』未来は、また一つの未来を『刻み』、そして俺の手に『遺って』いく……)」

「ふふっ……確かに、簡単な言葉遊びだ……」

 

ソロモン

「ん? 何か言ったか?」

 

バルバトス

「いや、なんでもない」

「今は俺よりも自分の役目に集中した方が良い。どうやら戦況も芳しくないようだしね」

 

ソロモン

「わかってる。何とか指示も出したいけど……」

「これほどのフォトン、送り続けるだけでもやっぱり精一杯で、細かな動きまで把握するのは……!」

 

 

 戦場では、ウェパルが水を竜のようにして宙を走らせ、大型幻獣も呑み込めそうなほどの質量でパエトンを壁に押し付け、動きを封じている。

 もとい、そのように見えているだけのようだ。ウェパルの顔に焦りが浮かんでいる。

 水流の射線の脇で、猪突猛進に飛び込んだ結果であろうベレトがうずくまっていた。

 

 

ウェパル

「誰でも良いから早く! 今のうちに追い打ちかけて!」

 

シャックス

「でもでも~、パエパエこのままじゃ溺れちゃいそうだし~……」

 

ウェパル

「アレのどこ見て言ってんのよバカ! 呑気に『ガブ飲み』してるだけよ!」

 

シャックス

「直球……!?」

 

フォラス

「飲んでるって……まさか、人様の技まで『喰える』ってのか!?」

 

ウェパル

「指くわえて眺めてたら、私の『力』から取り込んだフォトンで例の『手』が来るわよ!」

 

モラクス

「マ、マジだ! また『手』が光り始めてる!」

「あの凍ったり壁が割れたりする弾ァ撃つ気だ!」

 

フォラス

「倒れたベレトも早く回収してやりてえってのに……!」

 

モラクス

「こうなりゃ今からでも、イチかバチか──!?」

 

 

 モラクスの言葉が、突如差し込んだ光に遮られた。

 パエトンが力なく放り出していた両腕が、それぞれ異なる色に輝いていた。

 光弾を形成する気配は無く、腕の光だけが見る間に増していく。

 

 

シャックス

「わわわわ、絶対なんかスゴイ技とか使う気だぁ!」

 

ウェパル

「だから早くしろって言ったのに……!」

 

モラクス

「なら、やられる前にやりゃあ何とかなる!」

 

フォラス

「油断しないに越した事はねえが、指くわえて見てるわけにもいかねえ……!」

「モラクス、俺が付けてやった強化はまだ効いてるな!?

「牽制するから回り込め! お前の足なら何とかやれんだろ!」

 

モラクス

「おう、頼んだ!」

 

 

 パエトンの水晶で構成された巨大な手がゆっくりと持ち上がる。

 胸の前で、開いた掌同士を組もうとしているようだ。

 その動きは、両手の間に鉄塊を挟んで圧し潰しているかのようにぎこちない。

 あるいは相反する力を無理やり繋ぎ合わせるかのように近づいていく2つの光の間に、細かな電流のようなものが見えた瞬間、パエトンの周囲が水蒸気に包まれた。

 

 

シャックス

「わぷゎ!? ケムリケムリ!?」

 

ウェパル

「何をしでかしてるかは知らないけど、私の水が一瞬で蒸発させられてるわ!」

 

フォラス

「うっ……ぶはっ! たちまち凍って結晶の霧になってやがる」

「くそっ……これじゃ、パエトンに照準が定まらねえ……!」

 

ウェパル

「どうする? 嫌な予感しかしないけど水、止めてみる?」

 

モラクス

「いや、そのままだ!」

「水が飛んでってる先に居るのは変わらねえだろ? このまま突き進めば……」

 

 

 水柱のすぐ隣に立って、蒸気をかき分け突き進むモラクス。

 眼前の分厚い霧に、例の光る腕と同じ色が混じり、進むほどに濃くなっていく。

 

 

モラクス

「──見えた! わりいけど、仕掛けられてからじゃこっちもたまらねえかんな!」

「覚悟してもらうぜっ! パエト──!?」

 

 

 振り抜こうとした斧が、予想を超える衝撃に弾き返された。

 

 

モラクス

「おわっ!?」

 

 

 原因はすぐに判明した。斧に引かれて転倒するモラクスの脇を、蒸気を吹き飛ばしながら機関車の如き重量感で突き進んでいった。

 

 

フォラス

「パエトン!」

「新しい『手』で来やがったか……!」

 

 

 繋ぎ合わせた輝く手を喉の高さで前方に突き出し、足元で「力」を爆裂させ、推進力に変えながら突進してきている。

 ウェパルの水流を物ともせずに打ち払い、水はたちまち水蒸気へ、水蒸気から氷へ移ろい、パエトンの余波に弾き散らされて壁に地面に霜となってバチバチと積み重なっていく。

 

 

ウェパル

「シ……シャックス! 水に電流通して、パエトンを感電させて!」

 

シャックス

「だ、ダメだよ! そんな事したらウェパルもビリビリの──」

 

ウェパル

「『まだマシ』! このままよりは……」

 

 

 大型幻獣を磔にできるだけの水を叩き込みながら、パエトンはその全てを無力化し、しかも前進している。

 相対的に今のパエトンは、大型幻獣と押し比べして圧勝できるほどのエネルギーを伴っていてもおかしくない。

 

 

ウェパル

「あんなのまともにくらったら、絶対ヤバい……!」

 

 

<GO TO NEXT>

 




※ここからあとがき
 ウェパルの水流を押しのけている「技」は元ネタのあるパロディ技です。
 お気づきになった方は、そんな感じの技だとイメージしておいてください。

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