メギド72オリスト「太古の災厄と新生する憤怒」   作:水郷アコホ

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47「躙る」

パエトン

「──ガッ!?」

 

 

 ウェパルまでもう何mかという地点で、突如パエトンが体勢を崩して倒れ込んだ。

 空間全体にヒビを入れるような音を立て、しかしプリンにストローを立てるようにきれいに、突き出された拳が地面に潜り込んだ。

 同時に、両腕の眩い光が失せていく。

 

 

フォラス

「な、なんだ……? 躓いた……?」

 

ウェパル

「違うわ、足元に何か──」

「ベレト!?」

 

 

 ウェパルとパエトンの「技」で生じた蒸気にすっかり飲み込まれたまま先程まで昏倒していたベレトが、俯せになったパエトンの足に絡みついている。

 

 

ベレト

「ぐ、く……儂を、差し置いて……狼藉を……!」

 

フォラス

「咄嗟に足に抱きついて転ばせたのか……!」

「けど、もう体中、どこから凍傷でどこまで火傷かもわかんなくなっちまって……」

「滑るみてぇに移動しながら足元でバチバチ言わしてたやつ、やっぱり生半可な力じゃなかったか……」

 

シャックス

「ベレベレ、このままじゃ死んじゃうよ~……」

 

ウェパル

「流石に見てられないのは同感ね。このままじゃベレトを巻き込むから攻撃もままならないし」

「モラクス! 無事ならベレトを!」

 

モラクス

「痛つつ……おう! わかってる!」

 

 

 斧の連れ合いにまとめて飛ばされたのみでダメージの無かったモラクス。武器を握り直し、若干フラつきながら立ち上がる。

 

 

モラクス

「くっそ……またこの『疲れ』かよ……!」

 

 

 集落を幻獣と水浸しの異常気象が襲った時同様、極限環境下で想像以上に体力を消耗していた。

 斧が普段の倍以上に重く感じられ、姿勢を立て直すのに手間取るモラクス。

 その間に、パエトンが動き出した。足首のベレトに構うこと無く、自由なもう残りの足で踏ん張り立ち上がろうとするパエトン。

 

 

ベレト

「動く、な……ケホッ、カフッ……! 儂の……ガフッ……命令を……ゲホッ……儂を誰だと……!」

 

 

 冷え切った空気を直に吸い、たちまち貼り付く霜に咳き込みながら、縋り付くようにパエトンに密着して呼びかけ続けるベレト。

 何ら反応を示す様子もないパエトン。抱きつかれている足もベレトごと引きずり、四本脚で地面を捉えて腰を起こす。

 懸命に足首にまとわりついていたベレトが悲鳴をあげた。

 

 

ベレト

「うぎぃぃっ!?」

 

シャックス

「ひえぇぇえ!? ベ、ベレ、ベレベレ、かお、かおかお、ほっぺ、か、か、かわ、かわぁ……!」

 

ウェパル

「皮膚の水分がパエトンの体で凍って張り付いて、そのまま振り回されたから引き剥がされたのね……」

「元々、そうならないために大空洞で防寒具を付けてるわけだし」

 

フォラス

「ポーの体、石みてえに冷え切るんだったな……なんて言ってるばあいじゃねえ。こんなの、もう嬲り殺しじゃねえか!」

「モラクス、早くベレトを引き離してバルバトスに届けるぞ! 俺も手伝う!」

 

 

 言い終わらない内に独走し、後衛からベレトの元へ向かうフォラス。

 

 

モラクス

「わかってらぁ! 少し調子が戻ってきた。今度こそ──!」

 

パエトン

「……カァッ!」

 

 

 パエトンが、地面に植わった両腕を引き抜き、頭上に掲げた。

 その手から、強い光が放たれている。

 

 

モラクス

「おわっ!? 今度は何だよ! さっきから俺が何かしようとするたんびに!」

 

バルバトス

「あれは……手が光ってるんじゃない。手の内の光る何かが漏れ出てる……」

「ソロモン、あれはもしかして……!」

 

ソロモン

「ああ、ハッキリ見えてる!」

「フォトンだ。どうしてかわからないけど、地中のフォトンをあの手の中に集めて引きずり出してる!」

 

バルバトス

「ソロモン、大空洞全体からのフォトン供給と比べると、あの手の中にはどのくらいある?」

 

ソロモン

「大空洞と比べたら『少し』と言うしかないけど、物凄い密度だ」

「あんな『技』をヴィータが受けたら、フォトンを根こそぎ……いや、十人分溜め込んでたって『底が抜ける』かも」

 

バルバトス

「だろうね。俺達の目にも光として観測できてるって事は、水晶に匹敵するフォトン量を一息で──」

 

パエトン

「カハァーーー……」

 

バルバトス

「動いた! どう出る……!?」

 

 

 パエトンの手中の光が小さくなっていく。

 反比例して、両手を構成する六色の爪と掌が、淡く輝き始めた。

 

 

ソロモン

「手の中のフォトンを、吸収してる……!?」

 

バルバトス

「なるほど。何もメギドの『食事』が、口に物を入れるばかりとも限らないか……」

「あの手の中に閉じ込めたモノと、吸い上げた周囲のフォトンを一点に凝縮して、手の中で分解して『食って』いるんだ」

「フォトンを消費する代わりに、一挙動でより効率的にフォトンを取り込めるって寸法だね」

「アレなら、山を真ん中から平らげるのにも、そう手間取らないだろう。壊して突き進むだけで『食える』んだから」

 

ソロモン

「でも、供給は続けてるし、さっきまで顎で『食べよう』としてたのに、何で急に『技』を……?」

 

バルバトス

「別の方法で、『手早く大量に』フォトンを取り込み始めたのなら……」

「良い事と悪い事が起きてる……!」

 

ソロモン

「ど、どういう事だ……?」

 

バルバトス

「説明する前に……」

 

 

 バルバトスが、ソロモンの頭に手を置き、体重をかけて身を低くするよう促した。

 

 

ソロモン

「うわっ!?」

 

バルバトス

「みんな、伏せろ! でなければ一旦、距離を取れ! 『大技』が来るぞ!」

 

シャックス

「で、でもでも、ベレベレがぁ!」

 

バルバトス

「今、パエトンは明らかにベレトより俺達を優先してる! 危険なのは俺達の方だ! 早くっ!!」

 

シャックス

「そ、そんな事言われても……かわいそかわいそ~……」

 

ウェパル

「ぐだぐだ言ってないで備えて! 今回はバルバトスが正しいわ!」

「相手が獣同然なのは事実よ。ベレトはいつでも『いただける』食料として後回しにされてるの」

「ベレトが心配だからってマトになりに行ったって、本末転倒なだけよ!」

 

フォラス

「いいや冗談じゃねえ!!」

 

 

 未だベレトを救助しに走る足を止めずにフォラスが叫ぶ。

 

 

フォラス

「あんな有様放っとけるほど俺も賢くは──!」

 

バルバトス

「モラクス!! フォラスを止めろ! ベレトの次に近い君ら二人が一番危ないんだ!!」

 

モラクス

「えっ!? ええっと……!」

 

ソロモン

「モラクス、俺からも頼む! パエトンが取り込んだフォトン量、並大抵じゃない……!」

「アレが全部使われたら、どっちみち俺たち全員が被害を受けるには十分すぎる!」

 

モラクス

「うぅ……俺はアニキの指示を信じる! 済まねえフォラスのオッサン!」

 

フォラス

「あっ、よせ止めんな……!」

 

 

 モラクスがフォラスに飛びかかり押し倒すのと、パエトンが動き出すのとはほぼ同時だった。

 繋いだ手を解いたパエトンが両手を真横に広げ、上半身を大きく捻った。

 パエトンの動向を注視する一行。遠方ではミカエルがガイードを屈ませ、回避の準備を整えている。

 

 

バルバトス

「ソロモン。良い事から説明しよう」

「フォトン供給の効果は確実に出てる。パエトンは少しずつ平常時の勘を取り戻しているよ」

「俺たちが何人居て、それぞれどこに居るかを把握し始めているからね」

「自分の『技』を自覚し、活用しだしたのもその証左だ。そして……」

 

 

 パエトンの両手の光が、淡いソレから、手のそれぞれの地色を隠すほど強い閃光に変わった。

 

 

バルバトス

「そして、悪い事だ」

「パエトンの理性……ポーの心に俺たちの声を届けるには、まだしばらくかかりそうだ」

「別口でフォトンを急遽、確保した。本能で動くなら、理由は単純だ」

「俺たち全員が、パエトンにとって未だ、『餌』か『敵』なんだ……!」

「自分の『貯蓄』が多かろうと少なかろうと、俺たちをまとめて仕留める『大技』を出せるよう、支出を外から確保したんだ!」

 

 

 パエトンを中心に、光弾の弾幕が撒き散らされた。

 五本の爪と一つの掌、一箇所ごとに一発の光弾が撃ち放たれている。

 一射ごと、右に六発、左に六発、合わせて十二発の重機関銃が、のべつ幕なしに空間全体を揺るがした。

 夜空の高原で踊るかのように、上半身を緩やかに捻り返しながら、六夜の悪夢を振りまいていくパエトン。

 火種もなく著しく燃える壁を上から氷が覆い尽くし、別の壁が砕けるそばから風に煽られ、岩と砂の煙を撒き散らす。

 

 

ウェパル

「くっ……」

「(パエトンの背丈が子供くらいしか無いから、低い位置で弾が飛び交って迂闊に動けない……!)」

 

 

 全員、その場に這って、狙いを付けられない事を願いながら嵐が過ぎ去るのを待っていた。

 光弾の直撃こそ免れている一行だが、降りかかる石と火の粉と氷塊と、地面を伝う冷水と微かな電流と、諸々をひたすら耐え忍ぶ他なかった。

 

 

モラクス

「ぺっ、ぺっ! ちくしょー、あっという間に口中、砂利だらけだ……」

「頼むから動かないでくれよ、フォラスのオッサン。流石に俺でもヤベエかも……」

 

フォラス

「わかってる……悔しいが、一瞬で頭が冷えちまった……」

「これじゃあ匍匐前進がやっとだが、ベレト達にたどり着くまでに身が保つかもわからねえ……」

 

モラクス

「俺なんか武器がデカくて引きずれねえから、攻撃が終わるまで身動きもできねえし……」

 

フォラス

「バルバトスの狙い通り、ベレトが狙われてないのが不幸中の幸いか」

 

モラクス

「アニキ達は……まだ大丈夫みてえだな。ミカエルと案内のオッサンもだ。後は後ろのウェパルとシャックス……」

「……あれ? シャックスは!?」

 

フォラス

「え、おいマジかよ……ウェパルの隣に居たはずじゃねえのか?」

 

モラクス

「でも、ウェパルの周りに影も形もねえし」

「そういや確か、フォラスのオッサン止めに入った時には、もう姿が見えなかったような……?」

 

フォラス

「おいおい……まさかこの状況で、勝手にフラフラ歩き出して巻き込まれたとか……」

 

モラクス

「ねーって! キノコも無えのに流石に……多分」

 

シャックスの声

「んっもーヤブカブナントカだー!!」

 

フォラス

「噂をすれば……って、今の声の方角!?」

 

 

 声がした方へ、危険を承知で顔を上げるフォラス達。

 轟音が反響し続ける中でもハッキリと通った声は、確かにパエトンと同じ場所から聞こえていた。

 

 

パエトン

「ギカッ!?」

 

ベレト

「ぬぐっ……!」

 

 

 フォラス達が確認した時には、パエトンが体を引きつらせ、間もなくその場にしゃがみ込んでいた。

 シャックスはその足元で、未だパエトンにしがみついていたベレトの皮膚を傷つけないよう慎重に引き剥がしている。

 

 

シャックス

「ベレベレごめんね、ちょっとだけちょっとだけ、ガマンしてね! すぐにバルバルに治してもらうからね!」

 

ベレト

「ぐ……貴様のお陰で、痺れてどこが傷んどるのか全然わからん。良いからサッサとしろ」

 

パエトン

「ガ……ガァ……?」

 

モラクス

「パエトンが急におとなしくなっちまった……シャックスのやつ何やったんだ?」

 

フォラス

「シャックスの『技』が効いたんだ! モラクス、こうしちゃいられねぇ行くぞ!」

 

モラクス

「お、おう!」

 

 すぐさま立ち上がったフォラスに引っ張られるようにしてついていくモラクス。

 シャックスに駆け寄り、ベレトの救助を手伝う。

 

フォラス

「お手柄だぞシャックス。でもいつの間に忍び寄ってたんだ?」

 

シャックス

「だってだって~、ベレベレほっとけなかったし、助けに来たのにベレベレ離れてくれなくって~~~……」

 

フォラス

「説明になってねえけどもう何でも良いや。とにかく助かった」

「(俺が騒いでた間に一緒に駆け出して、パエトンがぶっ放してる間も、危険なんて考えもしないで這い回ってたってとこだろうしな)」

 

 急ぎベレトを連れてパエトンから距離を置くフォラス達。

 

フォラス

「シャックス、ベレトの安全を確保したい。心が痛むだろうが、このままパエトンに例のビリビリを続けてくれ」

 

シャックス

「うぅ、ヤムオえないえない~……」

 

フォラス

「ベレトも、良いな?」

 

ベレト

「ぬ……ど、どうせ文句を言っても聞かぬのだろうが……」

 

フォラス

「わかってくれてるなら何よりだ」

「(さっき怒鳴っちまったのが効いちまってそうだなこりゃ。後で謝っとこ……)」

「よし、モラクスはベレトをバルバトスの所へ」

 

モラクス

「おう、ついでにバルバトスのアニキからもこっちに来てもらって──」

 

フォラス

「そこまで急ぐな。ここじゃバルバトスの回復だけが頼りなんだ、出来る限り前線に近づけさせない方が良い」

 

モラクス

「わかった! 全速力で行ってくる!」

 

フォラス

「頼んだ、モラクス」

「シャックス……行けるか?」

 

シャックス

「……よし! 私だってモンモンの仲間だもん、やる時はやっちゃうからね!」

「それじゃあ、ビリビリの──」

 

 

 雷光が迸った。シャックスの足元で。

 

 

シャックス

「ぎゃっふー!?」

 

フォラス

「な、何だ!? 暴発!?」

 

 

 反射的に飛び退いたフォラスが後方に着地するまでの一瞬の間に、更にフォラスの足元周辺の地面にヒビが入り、隆起し、黒曜石のように不自然に鋭利な断面を幾つも形成した。

 変形した地面に足を掬われ、そのまま石の剣山に倒れ込むフォラス。

 

 

フォラス

「ぐあっ!? いってぇ……!」

 

シャックス

「ビビ、ビリビ、ビリリビビビビリリリ……!?」

 

モラクス

「シャックス!? フォラスのオッサン!?」

 

 

 悲鳴を聞いて振り向くモラクス。

 横たわるシャックスの周囲を地面ごと包むように絶え間なく紫電が泳ぎ回り、フォラスが倒れた地面は沸騰したように細かな石が砕けて跳ねて、防寒服と肌を割いていく。

 

ベレト

「ポーのやつ、もう立ち直りよったか……!?」

 

パエトン

「カカ……キ、ガ、ァ……?」

 

モラクス

「……でも、まだパエトンのやつピクピクしてるぜ?」

 

バルバトス

「フォラス! シャックス! 這ってでもそこから脱出するんだ! 『次』も確実に俺たちを狙ってくる!」

 

モラクス

「バルバトスのアニキ!」

 

バルバトス

「モラクス、出来そうなら巻き込まれない程度にフォラスとシャックスも回収してくれ!」

 

 

 バルバトスとソロモンの周囲は、炎が雪を撒き散らすような破滅的な有様だったが、辛うじて2人は直撃を免れているようだ。

 

 

ガイード

「ら、落石が!」

 

ミカエル

「フッ……!」

 

 

 更に距離を置いたミカエルとガイードの元には、対角線上の壁から岩がせり出し、強風と共に横殴りに降り注いできた。

 ガイードを抱き抱え回避するミカエル。

 

 

ミカエル

「ノープロブレム。ヴィータの安全は私が守る」

「しかしこれは……とうとう来たか」

 

ガイード

「長いこと煩わされた身としちゃぁ、間違いねぇって事は、あっしも分かりますが……」

「しかし、なんで急に……」

「『異常気象』が、ヴィータを直接狙ってくるなんて……!」

 

 

<GO TO NEXT>

 

 




※ここからあとがき

 以前の話でモラクスはフォラスを呼び捨てにしていましたが、年齢差を考えるとアニキかオッサン呼びが妥当かと思い、後からになりますがオッサン呼びに変更しました。
 原作でモラクスがフォラスを呼んだことあったら、情報いただけると幸いです。

 シャックスがパエトンをビリビリさせる前、「だいじょぶだいじょぶ」とか言いながらベレトをちょっとお姉さんぽく優しく剥がしてから攻撃させて、ベレトに少しだけ見直させてみたいなとか思いましたが、ボツにしました。
 ちょっと冗長になりそうなのと、シャックスがこんな状況でそこまで気の利く事はできるかちょっと怪しいかなと。
 でもきれいなシャックスルートは個人的にとてもアリな気がしますので、同意いただける方は各自で脳内時間遡行していただけると幸いです。

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