メギド72オリスト「太古の災厄と新生する憤怒」   作:水郷アコホ

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48「奥底へ届く鍵」

 待機するバルバトスとソロモンの元へ戻ったモラクス。

 

バルバトス

「戻ったか。ベレトとシャックスも一緒だな」

 

ベレト

「痛覚が……戻ってきた……やるなら早くしろ……」

 

シャックス

「あうう~、あたしまだ立てない立てない~……」

 

バルバトス

「シャックスは痺れが抜ければまだ大丈夫そうだ。ベレトを優先するよ」

 

ソロモン

「ちょ、ちょっと待った! フォラスは!? あの場に残ったのか!?」

 

モラクス

「ああ。助けに行こうとしたら、あの何かボコボコしてる地面から自力で抜け出して『戻るまで俺が引きつける』って……」

「引きずってでも連れてこうか迷ったけど、ベレトの事も放っとけなかったし、俺かんがえるの苦手だし……」

 

ソロモン

「そうか……。なら、すぐに体勢を立て直して、フォラス達をサポートしないと」

 

モラクス

「おう、わかってる!」

 

 

 会話を見守りながら、ベレトを治療するバルバトス。

 

 

ベレト

「ぐ……またこのチクチクが……!」

 

バルバトス

「ソロモン、不安だろうが、より一層フォトンの操作に専念してくれ。ここから先は、力を十全に使えない事には防戦もままならない」

「君自身も、見るからに消耗しているようだしね。フォトン操作も楽じゃないんだろう?」

 

ソロモン

「う……わ、わかった……」

「ところで、ウェパルもフォラスと一緒に戦ってるって事で良いんだよな?」

 

モラクス

「おう。シャックス助けるの手伝ってくれた後、前線に残るつってた。何かびしょ濡れだったけど……」

 

バルバトス

「ウェパルも『異常気象』の直撃を受けたか……」

 

モラクス

「『異常気象』? 確かにさっきからそれっぽいの起こってるけど、あれって水晶がクラゲ倒す時のやつだろ?」

「ここクラゲなんていねぇぜ。あれもパエトンの『力』なんじゃねぇの?」

 

バルバトス

「ちょっと違う。異常気象は、大空洞が『異物』を排除するための仕組みだ」

「そして異物とは、大空洞内でパエトンに取り込まれていない全てが該当する」

 

モラクス

「俺たちもその『異物』って事か? でも今まで──」

 

バルバトス

「今までは『見過ごされていた』だけだ。ヴィータはクラゲみたいに、問題になるほどフォトンを奪ったりはしてこなかったからね」

「だが、今は違う。ソロモンのフォトン操作で、クラゲなんて目じゃないほどのフォトンが大空洞全体から失われている」

「失われたフォトンの行き着く先が、ポーの体という同じパエトンの一部だろうと、仕組みだけで動く大空洞にはそんな事は『わからない』」

「残っているフォトンで、手当たり次第に異物を排除するしか取れる対策が無いんだよ」

 

ソロモン

「ごめん、皆。実は、薄々こんな事が起きる気はしてた……」

「けど、パエトン自身を巻き込みかねないこの場所で、それもこんな派手な規模で起きたりはしないかもって……油断してた」

 

モラクス

「ア、アニキは悪くねぇって!」

「ずっと『クラゲのせいで異常気象が起こる』って話ばっかしてたんだぜ? 俺なんて思いつきもしなかったし!」

 

バルバトス

「俺たちが『彼女を信じてる』以上、どこかでリスクを過小評価してしまう事態は防ぎようがないだろうね。ミスを前提に対策を心がけていくしかない」

「……と、後ろで眺めてるだけの俺が言っても説得力が無いか。誰か、厳しいようなら交代するよ」

「ベレトは俺の『能力』では騙し騙しがやっとだし、前線の2人が立ち回れてるのも、異常気象の余波であんな事になってるお陰だろうしね」

 

 

 こうして話している最中にも発生し続ける異常気象で、パエトンの周囲にも霧と粉塵と火の粉が飛び交い、すっかり霞んでしまっている。

 戦闘の音と声、それにウェパルかパエトンのものと思われる影が飛び交うのが見える程度だった。

 直接打ち合う音は少ない。パエトンも、荒れ狂う視界の中で敵を見失っているようだ。

 あるいは異常気象自体、今のパエトン自身にとってはもう、突如巻き起こった餌たちの『技』か何かという認識で、自力でもどうにもならないのかもしれない。

 

 

ベレト

「ほざけ! ならば貴様の出番など尚更ありはせんわ!」

「貴様はここで儂のためにチマチマと奉仕の時を待って折れば良いのだ! 儂の進退は、儂が決める!」

 

 

 あくまで応急処置程度の治療を終えたベレトが、殆ど裸足同然の足先で躊躇なく、冷え切った岩肌を蹴り喧騒の渦へ飛び込んだ。

 

 

バルバトス

「やれやれ、一番引き止めるべき相手がもう行ってしまった」

 

モラクス

「俺だってまだやれるかんな!」

「ベレトじゃねえけど、バルバトスのアニキが前に出て潰れちまったら本当にヤベェと思う。フォラスのオッサンもそんな感じの事言ってたし」

「だから俺の代わりに、アニキをバッチリ助けてやってくれよ!」

 

シャックス

「そうそう、バルバルがボーッとしてる時は、すごい事考えてくれてる時だもんね。あたしもまだまだ頑張っちゃうよー!」

 

バルバトス

「ボーッとって……」

「まあ良いか。言われてみればもっともだしね。ひとまず、戦況が動いていない今のうちに2人も治療しておく。それから向かってくれ」

「2人とも、パエトンにせよ異常気象にせよ明確に攻撃を受けてる。大丈夫と思ってても、怪我の1つ2つも油断できないからね」

 

シャックス

「怪我……してたっけ?」

 

バルバトス

「こんな時でもブレないな、君は。逆にホッとしてきたよ……」

「前線の2人は……少なくともフォラスは聞くまでも無いか。あの様子だったし」

 

ソロモン

「ウェパルも、交代なしに全く賛成かまではわからないけど……」

「でも、『なめないで』くらいは言いそうじゃないかな?」

 

バルバトス

「フッ、こんな状況でもかい? まあ、多数決ならもう結果も出てるし、ウェパルも認めてくれるか」

「……よし、2人の治療も終わった。モラクス、ウェパル達に言伝を頼む」

「少しでも『踏みとどまる』必要を感じたら直ちに一旦退がる事。異常気象の追い打ちで倒れたりでもしたら、助ける余裕も得られないかもしれないからね」

 

モラクス

「わかった!」

 

シャックス

「任せて任せて!」

 

バルバトス

「ツッコミ入れる間も惜しい。すぐに援護に向かってくれ」

 

ソロモン

「本当に危なそうだったら、こんな場所だけど後から火を扱える仲間を呼ぶ事も考えてある」

「凍える事だけはパエトンをどうにかするだけじゃ避けられないからな。皆、どうか気をつけてくれ」

 

 

 靄か煙かもわからない中に消えていく2人を見送るバルバトスとソロモン。

 

 

バルバトス

「……」

 

ソロモン

「……」

「集中しなきゃならない事があるとはいえ、こうやって見てるだけしか出来ないのは……歯がゆいな」

 

バルバトス

「同感だね。俺なんて、皆が引き際をわきまえてくれなきゃ突っ立ってる事しかできないし」

 

ソロモン

「え……?」

 

バルバトス

「ちょ……おいおい、冗談だよ。こうしてる間にもちゃんと考えて──」

 

ソロモン

「あ、いや、そうじゃなくて……バルバトスにしては何ていうか、卑屈な言い方だなって」

 

バルバトス

「卑屈……ね」

 

ソロモン

「否定は、しないんだな」

「あんまり寒いとワケもなく弱気になりがちなものだけど、そういう事じゃなそうだな」

 

バルバトス

「まあ、ね」

 

ソロモン

「なら……安心した」

 

バルバトス

「そ、そこで!?」

 

ソロモン

「だって今のバルバトスは、俺に考えきれてない所にも気づいてくれてるって事だろ」

「俺はフォトンを操るのに精一杯だし、確かに少しキツくなってもきてる。自分で気づいて無くても、頭も鈍ってるはずだ」

「でもバルバトスは今この瞬間も冷静に周りを見て、その上で懸念があっても、まだ俺のやり方に乗ってくれてる」

「『自信』が湧いてくるよ。シャックス達も言ってた通り、バルバトスが今、俺達の頭脳だからさ」

 

バルバトス

「なるほどね……」

「いいだろう、任せてくれたまえ。シャックスの信頼を裏切らないよう、精一杯ボーッとしてみせよう」

 

ソロモン

「いや、そこはまあ……」

 

バルバトス

「だから冗談だって。俺の立場を見出してくれてる事には、素直に感謝してるよ」

「(だが……)」

 

 

 表情だけ余裕を取り繕いつつ、異常気象にも備えながら、頭を巡らすバルバトス。

 

 

バルバトス

「(だが、卑屈にもなりたくなるさ。事ここに至って、『あと一押し』が見出だせていない)」

「(しかも、まさに懸念通りだった。やはりソロモンにとっても、今回の『勝算』は今までと比べて遥かに『自信』を持ちきれないでいる)」

「(無理もない。今のままでは、『勝算』というよりただの『祈り』なんだから)」

「(パエトンにフォトンハイを起こすほどのフォトンを供給し、自我の復帰を待つ。それが作戦の骨子だが……)」

「(ラウムの時はどうだった? 一度フォトンハイで暴走したラウムは、数日に渡って暴れ続けた)」

「(戦って、メギド体を保てなくなるギリギリまで弱らせて、それでも俺達だけではラウムを引き戻せなかったんだ)」

「(ジズの時だって、あの時はプロメテウスの協力を始め、多くの偶然に助けられた)」

「(フォトンハイからの復帰……これを実現する上で、疲弊や時間は手段にならないんだ)」

「(何より万一、ポーやパエトンがそれで我に返ったとしても……2人はメギドである自分自身を深く忌み、恐れている)」

「(俺達の言葉が届く前に、再び惨劇の記憶に我を失って、『極端な行動』を取る可能性の方が遥かに高い)」

「(足りないんだ。ラウムやジズの時のような、魂を鎮め、意識を決定的に『こちら』へ引き戻す『鍵』が……)」

 

 

 ソロモンを見るバルバトス。

 ソロモンはフォトン操作に集中しながらも、見通せない戦場の中心にジッと顔を向けている。

 背後を預かるバルバトスには、ソロモンの表情は伺えない。

 

 

バルバトス

「(考えろ、バルバトス……! そんな事、ソロモンだって痛いほどわかってる!)」

「(彼はそれでも、見殺す事にも消し去る事にも抗う事を選んだんだ!)」

「(考えろ! ベレトのように無手を振りかぶる事さえ出来ない俺に、出来るのはあとこれだけだ!)」

「(あるはずなんだ……ポーの12年の半生を支え、今この時まで残った、かけがえのない何かが。ソレを届ける手段が……!)」

 

 

 地響きと共に、視界を遮る諸々が空間の外周へと押しやられた。

 一時的に鮮明になった空間の中心で、モラクスが地面に斧を突き立て、そのすぐ隣にパエトンが立っているのが見える。

 大技が紙一重でかわされたか外れたか。そしてその衝撃で霧や砂煙を散らした構図だった。

 足元で展開していた水や電流の類が、モラクスの一撃で生じた隆起や裂け目にかき乱され効力を衰えさせていた。

 

フォラス

「視界が開けた……! そういや異常気象の出どころは洞窟に植わってる水晶だったな」

「地形に影響与えるくらいの『技』を使えば、一時的にでも異常気象を無力化させられるわけか」

 

ウェパル

「でもそれだけの『技』が使えるやつ、この面子じゃモラクスとシャックスしか居ないわよ」

「2人にしたって、この大広間中の異常気象覆えるほど派手な『力』じゃない。はっきり言って焼け石に……」

「う……く、うぅ……」

 

 

 ウェパルが上瞼の辺りを手で押さえ、呻きながらゆっくりとその場にしゃがみこんだ。

 

 

フォラス

「ウェパル!? また頭痛か!」

 

ウェパル

「やせ我慢で押し通してみたけど……そろそろキツイわね」

 

フォラス

「立つのもしんどいなら、もうとっくに限界は超えてるだろ。いいから一旦下がれ」

 

ウェパル

「こんな状況じゃどこに居たって同じよ。それに、こればかりはバルバトスにどうこうできるものでも無いでしょうし……」

「ちょっ……フォラス、上!!」

 

フォラス

「え……?」

 

モラクス

「二人ともあぶねぇっ! 避けろ!」

 

 

 見上げると、丁度フォラスの頭上でパエトンが大口を開け、地面と垂直に急降下していた。

 

 

フォラス

「しまった…!」

「(ウェパルはまだ動ける状態じゃねえ。俺が受け止めるしか……!)」

「(でも、どうやって……? ただ庇っただけじゃあ俺の肉を『食わせる』事になっちまう……!)」

「(武器……この短剣でも受け止めるくらいは……だが、額の『眼』の周りとか、見た目ヴィータのまんまだ。もし丈夫さまで変わらないままで、うっかり刺さりでもしたら……!)」

「(考えてる場合じゃねえだろ! クソッ、ポーの原型が残ってるからって……動けよ俺の体……ッ!!)」

 

ベレト

「ボサっとするなぁ!!」

 

 

 フォラス達の眼前10数cmまで迫ったパエトンの眉間に、ベレトの拳が割り込んだ。

 上半身ごと大きく捻りを加えた不死者の腕力で、迎え撃たれたパエトンが僅かに上昇し直し、空中で二度三度回転する。

 

 

ベレト

「ふんっぬっ!!」

 

 

 ベレトが回るパエトンの服の襟を器用に掴み、放り投げた。

 パエトンは先程ベレトに殴り飛ばされた時同様、足元に火花を収束させ軌道修正を図っている。

 

 

モラクス

「同じ『手』っつーか、『足』は通さねぇよ!」

 

 

 モラクスが軌道上に先回りして斧を振り下ろし、足先諸共、地面に叩きつけた。

 

 

パエトン

「カッ!?」

 

 

 回転の勢いが止まらず、楔を打たれた足首を軸に膝を曲げ、地面へ後頭部をめり込ませるパエトン。

 だが、暴走する本能は些かも怯んでいない。仰向けに近い姿勢のまま両の腕を突き出し、輝く掌をモラクスに差し向けていた。

 

 

モラクス

「やべ……この後どうするか考えてなかっ……」

 

フォラス

「こっちだ!」

 

 

 パエトンの掌に視界の外から光弾が衝突し、照準を逸らした。

「技」の発射を中断したパエトンが、斧と地面に挟まれた片足首をそのままにバネ仕掛けのように素早く起き上がり、妨害の射手フォラスに注意を向ける。

 

 

シャックス

「モラクス離れて離れてー!」

 

モラクス

「おおっとぉ!」

 

 

 警告を聞いて反射的にモラクスが斧を手放して飛び退くのと同時、シャックスの剣鉈が、パエトンを背後から二度斬りつけた。

 一度目は牽制。「力」の3割弱ほどを乗せて切り上げ、軽い電撃で竦ませ判断力を鈍らせる。

 二度目は本命。返す刃に残りの「力」を乗せて地面まで一気に振り下ろし、着地と同時に炸裂させる。

 純粋な攻撃力と手数を重視する分、敵本体に電撃が浸透しづらいが、十分に蓄積された「力」は、炸裂と同時に敵の足元に纏わりつき、暫く残留する。

 無論、シャックスがそこまでの考えあってこんな「技」を編み出したはずもなく、勢いとノリ任せの内にこういった動作に落ち着いただけで、合理性は第三者が後から見た結果に過ぎない。

 

 

パエトン

「ガガ……!」

 

 

 何度か静電気に弾かれた時のように手足を翻させたパエトンだが、すぐに腕をシャックスとモラクスへと真っ直ぐ向け直し、固定させた。

 

シャックス

「あれあれ? 今度はあんまり効いて無い無い……?」

 

フォラス

「モラクスの斧の方にも電気が逃げちまったんだ!」

「それに少しくらいなら『痺れ』に強くったって、今さらそんなの幻獣にだって珍しくねえ、逃げろ!」

 

シャックス

「でもでも、逃げるって、どっちにどっちに!?」

 

モラクス

「こう足場がわりいと、撃ってくるまで走り続けるってわけにもいかねえし……撃ってきた瞬間に飛び退くくらいしか……!」

 

ウェパル

「……私が、行く!」

 

フォラス

「ウェパルは無茶す──」

 

 

 フォラスが振り向く前に、水しぶきを上げて空中高く飛び立つウェパル。

 

 

フォラス

「ぶはっ!? ……おい無茶すんなって!」

 

ウェパル

「(どうしてか、居ても立っても居られないのよね……)」

「(合って間もないただのヴィータなのに、『私があの子を止める』って、そうしたくて体が勝手に動き出しそうなくらい)」

「(けど……)」

 

 

 パエトンの位置から見て鈍角の高度にまで上昇したウェパルが銛を構え、宙を蹴ったかのように斜め方向に加速し、パエトンへと急降下していく。

 

 

ウェパル

「(けど……)」

「(せめてもっとヴィータ離れしてから暴れてくれれば、気が楽だったのに……!)」

 

 

 加速から到達まで、一秒もかからない距離だった。

 しかし、油断すれば幾度となく、矛先があらぬ方向へ揺らぎそうになる。ぐっと堪え、パエトンの額の「眼」へと照準を維持して突撃するウェパル。

 ヴィータの特徴が残る部位に刃を突き立てる抵抗もあったが、メギド体の形成を阻害するならば、既に「メギドらしい」部位を狙う事がより適切だろうとウェパルは予測していた。

 

 

パエトン

「……クァッ!」

 

ウェパル

「!?」

 

 

 直撃まで何十分の一秒かという一瞬、パエトンの首が持ち上がり、ウェパルの軌道上を大顎が出迎えた。

 ウェパルが成り行きを理解した時には、既に銛の先端に食いつかれていた。

 速攻を狙ったはずの自分が、無防備な宙吊りになっている事に数秒経ってから気付く。

 突撃を受け止めたパエトンは微動だにせず、ウェパルの方が反動で、柄半分ほど先端側へ移動してしまっていた。

 

 

ウェパル

「くっ……! ヴィータの頚椎で出来る芸当じゃなかったわよ、今の……」

 

 

 このまま様子を見るか、武器を手放して距離を取るかとウェパルが逡巡する間に、轟音と仲間の悲鳴が飛び交った。

 

 

モラクス

「ぐあっ!?」

 

シャックス

「ウェパ……あぶぁぶっ!」

 

 

 ウェパルが視線をパエトンから周囲へ向けた時には、悲鳴の主2人の姿は無かった。

 もうどこかの壁に激突している頃なのだろうが、異常気象が遠近も高低も無く続く空間内では、音では行方を探れそうにない。

 それでもウェパルは、無意識に2人を探そうとする自分を制し、パエトンを睨んだ。次に最も危険なのは、自分に他ならない。

 敵を散らし終えたパエトンの足元で光が炸裂し、足の一本を留めていた斧が10cmほど遠くへ弾け飛んでいった。そしてゆっくりとウェパルの銛に水晶の手が添えられ……。

 

 

ベレト

「でやあっ!!」

 

ウェパル

「ベレ……っ!?」

 

 

 すぐさま口を噤んだウェパル。

 ベレトの渾身のタックルでパエトンがよろめき、銛を捕えた手と顎とが緩み、解放されたためだ。

 銛の刃先が食われていない事を瞬時に確認したウェパルは、ただでさえ荒れた足場に不意に異常気象が発生しても対処できるよう、神経を尖らせながら着地した。

 喫緊の修羅場を脱した所に頭痛が重なり、再び膝を折るウェパルの元に、難を逃れたフォラスが駆けつけた。

 

 

フォラス

「ウェパル! 大丈夫か?」

 

ウェパル

「すぐに立て直すから、今は大声出さないで──」

 

ベレト

「ポーっ! いつまで! 儂の手を! 煩わす気だぁっ!!」

 

ウェパル

「……なんて、言うだけ無駄よね」

 

 

 パエトンを勢いそのまま押し倒したベレトは、マウントポジションからパエトンの顔面を何度も殴りつけている。

 

 

フォラス

「お、おい、ベレト。女の子の顔をそんなに……」

 

ウェパル

「私も見てて気分の良い光景じゃないけど……私達の方が遠慮しすぎなのかもね」

「手足と顎以外はまだポーのままだから気は引けるけど、ヴィータが素材って言っても本質はメギド体だもの」

「ヴィータ体よりも丈夫だし、フォトンさえあれば傷一つ無く回復させるのも簡単だし」

 

フォラス

「そりゃあまあ、どっちみち傷つけちまわなきゃならねぇし、でなきゃこっちがやられる状況でもあるが……」

 

 

 ウェパルとフォラスは、ベレトに加勢すべきか手を拱いていた。パエトンを攻撃する事への抵抗は、それを自覚している今、それほど問題ではない。

 しかしパエトンがベレトに食らいつこうとすれば、ベレトは起き上がる頭部へ一直線に拳をかち合わせ、跳ね返した。

 パエトンが両手を振り回せば、目もくれずに腕に拳を叩き込んで軌道を捻じ曲げ、あるいはその初動を先んじて制した。

 光弾を放とうとすれば、その手首を掴んで力ずくでパエトン自らの顔面に叩きつけさせ、暴発した『技』をパエトン自身に受け止めさせた。

 足先から『技』を放って反動で抜け出そうとすれば、タイミングを合わせて、両の拳を組んでパエトンの顔面に振り下ろし、頭を岩肌に埋め込ませて留まらせた。

 ベレトの一挙手一投足が、パエトンの抵抗を殺しながら確実にダメージを与えていた。

 

 

ウェパル

「どうなってんのよ、あれ。最初からベレト一人で良かったってこと?」

 

フォラス

「多分、不死者の力ってやつじゃねぇかな」

「パエトンが暴走してるってんなら、見た目の割に複雑な攻撃はして来ないって考えられる」

「ここまでの戦闘でパエトンの動きを読んで、潤沢なフォトンに任せて、不死者の身体能力で追いついてるのかもしれねぇ」

「幻獣と戦ってる時のベレトも、体は丈夫じゃないが素早さと腕っぷしは相当だしな」

 

ベレト

「こんな! 貧相な! ヴィータ体でもなぁ! 『力』と! 『誇り』が! あればぁっ!」

 

 

 パエトンが両腕を持ち上げ、ベレトの頭を挟み潰しにかかった。

 ベレトはすかさず虚空を抱きしめるように腕を交差させ、迫る水晶塊に己の拳を打ち合わせて拮抗させた。もはや手首に手袋の残骸が残るだけの裸の拳骨は、頭からボタボタと血を滴らせている。

 尚も押し潰そうとするパエトンの腕が、しかし微動だにしない事に力を緩めたのを感じ取ると、拳を開いて手首を捕えた。

 そのまま腕の交差を解き、今度はパエトンの両腕がクロスする形となる。同時に、パエトンの掌を持ち主の頭の両脇に叩きつけた。掌は岩肌にヒビが入るほど強く押さえつけられ、振りほどこうとしても、体勢の不利も有ってかベレトの体を多少揺する程度にしかなっていない。

 パエトンの動きを封じたまま、ベレトが頭を大きく後方に反らせ、パエトンの額の『眼』目掛けて打ち下ろした。

 一発ごとにパエトンの首から下が反動で軽く跳ね上がる。逆に自分の額に血が滲んでいるが、構わず頭突きを繰り返すベレト。

 

 

ベレト

「お前は! 儂の! 家臣であろうが! 狼狽える前に! 礼を尽くせ!」

「お前は儂の何だ!? 儂は誰だ!? 儂の名を言ってみろぉっ!!」

 

ウェパル

「何か無茶苦茶いってるわよ……」

「どうする? 作戦としては加勢するべきでしょうけど」

 

フォラス

「今は任せてやろう。意識が戻るまでの時間稼ぎができてりゃ、十分なはずだ」

「俺達は今のうちに、モラクスとシャックスの様子を見に行こう。動けるか?」

 

ウェパル

「了解。今なら走るくらいなら問題もなさそうだし」

「ここでこんなウルサイもの見てるよりは気も紛れるわ」

 

 

 ウェパルが立ち上がった所で、バルバトスの声が届く。

 

 

バルバトス

「フォラス、ウェパル。モラクス達が吹き飛ばされた方角を指示する。見つけ次第連れて戻ってくれ」

 

フォラス

「おう、丁度そうしようって話してたとこだ」

「ベレト一人残す事になる。何かあったら、流石に頼むぜ」

 

バルバトス

「もちろんさ。そのための後方待機でもあるんだ」

 

フォラス

「よし。行くぞ、ウェパル」

 

ウェパル

「ええ。私はシャックスを叩き起こしてくるから、モラクスをお願い」

 

 

 二手に分かれて走り出すフォラスとウェパル。

 

 

バルバトス

「ソロモン、聞いての通りだ」

「場合によっては俺もここを離れる。念の為、ミカエルを頼る事も考えておいてくれ」

「ここから見る限り、この状況でもガイードさんは無傷だ。ミカエルのお陰だろう」

「マトが集中してしまうリスクはあるが、戦うと決めた以上、ミカエルも協力を惜しみまで、は……?」

 

 

 バルバトスの前方に立つソロモンから返事は無く、背を向けたまま振り向かない。

 何やら自分の指輪をジッと見下ろしている。

 

 

バルバトス

「ソロモン、聞こえてるかい!? もしかして、フォトンを操作する負担が……」

 

ソロモン

「あ、いや、大丈夫だ。ちゃんと聞こえてるし、まだそこまでは消耗してないよ」

 

 

 慌てて顔だけ振り向き答えるソロモンだが、すぐにまた指輪に視線を戻した。

 

 

バルバトス

「なら良いけれど……指輪がどうかしたのかい?」

 

ソロモン

「それが……」

「ベレトがパエトンにのしかかって、遠目からでもペースを握ってるって思えた辺りで……」

「フォトン操作で手一杯だったから直接見たわけじゃないし、もしかしたら見間違いかもしれない。でも……」

「ほんの一瞬だけ、指輪が光ったような気がするんだ」

 

 

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