メギド72オリスト「太古の災厄と新生する憤怒」 作:水郷アコホ
幻獣の予感と住民の危機に酒場を飛び出したソロモン達。
店先に飛び出した瞬間に思わず足を止めた。
一呼吸で口や鼻の粘膜が乾いていく。喉と胸が引き絞られる。執拗に瞬きしないと眼球にまでピリピリとした感覚が襲う。
シャックス
「うひぃ~……ささサ、さ、さサ、ささササササ……」
モラクス
「さみいっ! 空気が冷てえってより痛え!」
「これ、もしかしたら長くは戦えそうにねえかも……」
バルバトス
「異常気象とは言え──不覚にも、全員揃って北国をなめていたのかもしれないな」
「ソロモン、大丈夫か……?」
ソロモン
「正直……かなりキツイ。この格好を後悔したのは初めてかも……」
「だけど、まごついてる暇はない! まず幻獣の捜索とお婆さんの救助で二手に──」
集落の少女
「みなさーん、待って下さーい!」
酒場から少女と、ヤブと同年代程度の中年男性が飛び出した。両腕一杯に衣類を抱えている。
集落の男性
「幾らなんでもそんな格好じゃ無謀ですって!」
「大空洞調査用の防寒具を持ってきました。せめて上に着て下さい」
ソロモン
「す、すいません。助かります」
いそいそと着込んでいくソロモン達。着るだけでもかなり楽になった。これならしばらくは動き回れそうだ。
集落の少女
「そちらのお客さんもです! 裸足だなんて霜焼けどころか凍傷になって、足の裏無くなっちゃいますから!」
ベレト
「だから何で儂にだけそんな不細工な物を着せようとする!?」
「ええい放せ、そんな物動きにくいだけだ! 靴と上着だけで──わ、コラ、よさぬか!?」
少女が抵抗するベレトに器用に防寒具を着せていく。
ベレトだけ、防寒具の下に着る分の衣類まで用意されている。
この集落独特の物なのか、エルプシャフトの流行りから見ると些か洒脱さに欠ける物ばかりだ。
フォラス
「まあ、ベレトは一際薄着だし、モラクスみたいな基礎体力の塊でも無いからな」
「人一倍、念を入れるに越したことは無いか」
ソロモン
「と、とにかくこれで全員準備は良いな! 改めて班分けを──」
集落の男性
「待って下さい。婆さんを助けて下さるんなら、変に分かれない方が良いかと──」
「集落に異常気象が起きてる時は殆どの場合、怪物が集落まで降りてきてる時なんです」
バルバトス
「なるほど。ご婦人を助けるのは、同時にこの集落で幻獣を探すのと大差ないと言う事か」
「俺達は土地勘もないし、加えてこの寒さだ。下手すりゃご近所で遭難しかねない」
ソロモン
「そう言う事なら、全員で固まって動こう」
「お婆さんの家の方角と道順を教えて下さい。まずはそっちを探して見るので、2人は酒場に退避を!」
集落の男性
「はい。くれぐれも気を付けて。あいつら、本当にいい加減に飛び回ってるんで、気付くと背後を取られたりも珍しくないので」
「『ポー』、戻るぞ! 怪物は皆さんにお任せしよう!」
ポー(集落の少女)
「は、はい! こっちも終わりました!」
「じゃあ、あの、後はよろしくお願いします!」
3周りほど着膨れしたベレトに頭を下げる少女。ソロモンへ説明を終えた男性と共に酒場に引き返した。
ベレト
「うぬぬ……為す術もなく着せ替えられるとは……微妙に辱められた気分だ……!」
「ええいくそ! この怒り、幻獣どもに1000倍にして思い知らせてやる!」
シャックス
「おー、ベレベレいーないーなー。かわいいかわいい!」
ソロモン
「だいぶ時間を食ってる。冗談はそのくらいにして行くぞ!」
ベレト
「冗談なものか!!」
夜の集落へと駆けていく一行。
・ ・ ・ ・ ・ ・
老婆の家への道中。
モラクス
「アニキ、ストップ。そこの陰に誰かいる!」
ソロモン
「本当か。でかしたモラクス」
バルバトス
「あのご婦人だ。可哀想に、蹲って寒さに震えて──いや、震えては居ない?」
ソロモン
「とにかく安否を確かめる。行くぞ!」
夜闇に紛れた人影を確認すると、確かに酒場に居た老婆だった。
バルバトス
「お怪我はありませんか。我々が来たからにはもう大丈夫です」
酒場の老婆
「あらあら。心配かけちゃってごめんなさいね。私なら平気ですから」
「怪我も無いですし、伊達にロンバルドで暮らしちゃ居ませんからこのくらいの寒さ、へっちゃらよ」
モラクス
「ほんとかよ。なら何でバアさんこんな所で座り込んでたんだ?」
酒場の老婆
「それがねぇ。急にこの天気でしょ」
「怪物が出たと思ったけど、みんな酒場に出ちゃったからどこも鍵が閉まってて、急いで家に帰ろうとしたんだけど──」
ソロモン
「まさか、怪物に襲われて──?」
酒場の老婆
「いいえ。それが、いつものと違う怪物に会っちゃった物だから、ビックリしてここに隠れてたの」
フォラス
「いつものと違う怪物──?」
「他に幻獣と言やあ……まさか、俺たちが追いかけてた──」
ズチャリと足跡が聞こえた。重く、遅く、水っぽい。
音の方を振り向くと、散々追いかけて逃げられた、あの幻獣のシルエット。
モラクス
「幻獣!? クソッ、こんな近くまで来て気付かねえなんて……!」
バルバトス
「慣れない環境だ。勘は鈍るものと思っておく方が良さそうだ」
「だが、待てよ? 何か様子が……」
フォラス
「こんな夜中じゃハッキリと見えねえが、何かみすぼらしいっつうか、痛々しいっつうか……」
ソロモン達に視認できる距離まで、ノロノロと歩み寄ってきた幻獣。
そこでボタッと倒れ、幻獣は事切れた。
ソロモン
「これは……何が起きたんだ?」
「ここまで全員一緒に行動してたから、誰かが途中で倒したなんてはず無いし──」
バルバトス
「俺たちが馬車で追っていた時も、逃げ切るまでこいつは無傷だったはずだ。なら答えは1つしかない」
「纏わりついた霜。えぐり取られた様な全身の傷。襲われて逃げて来たんだ──本星の幻獣から!」
周囲を見渡すソロモン達。よく見ると、周囲に半透明の物体が幾つかフワフワと漂っている。
酒場の老婆
「あらやだ……これよ! こいつらが大空洞から出てきた怪物よ!」
バルバトス
「油断したな──聞き取り不足のまま、追ってきた幻獣のイメージに引きずられて、簡単に目につくタイプだと勝手に思い込んでいた」
シャックス
「おー、何だかおっきなクラゲみたいですなー」
ソロモン
「戦闘準備だ! フォラスはお婆さんを安全な所へ」
バルバトス
「いや、情報からすれば相手は無軌道に漂っている。目に付く程度の物陰に居た方が良い」
「それとフォラス。できそうならご婦人から、幻獣の特徴についても聞き出してくれ」
フォラス
「任された。歩けるかい、おカミさん」
酒場の老婆
「え、ええ。でも気を付けてね。その怪物と一緒にいると目眩がして気が遠くなるの」
「倒そうとしてもすぐ元通りになるし、それに──」
フォラス
「続きは俺が聞くから、まずはこっちに!」
ソロモン
「(倒そうとしても、元通りに……?)」
※ここからあとがき
各キャラの老婆への呼び名に少し悩みました。特にフォラス。
フォラスの普段の口調からすると「婆さん・お婆さん・お婆ちゃん」とかになりそうですが、年齢や立場、所帯持ちな所からすると「お母さん」みたいな呼び方もありそうかなとも思います。
しかし「お母さん」は家族が居ながらそれはそれで紛らわしいので、間を取る感じで「おカミさん」としました。