メギド72オリスト「太古の災厄と新生する憤怒」   作:水郷アコホ

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53「わからない」

 ソロモンの力で、ベレトが消えていった壁穴の中へ転移したバルバトス。

 穴は、遠目には人ひとり通るのがやっと程に見えたが、実際に立ってみれば随分と広い。

 バルバトスが両手を広げて直立しても、縦横に2,3人ほど同じ姿勢で並べてまだ余裕がある。

 仮に穴の入り口を埋め立てるなら、体積にして成人男性の10や20人では足らないだろう。かつて通っていた水の量の壮大さを思わせる。

 

 

バルバトス

「ベレトは……入り口からじゃ見当たらない。もっと奥か」

「水晶のお陰で明かりには困らないが……酷い血痕だ……」

 

 

 所詮はヴィータ一体分。量自体は物語で想像させられるような夥しいものではないが、穴のそこかしこに巨大な筆で殴り書いたようにベットリと貼り付いている。

 幸いにコケは生えておらず、足を掬われる心配は少ない。全速力で穴を駆けていくバルバトス。

 

 

バルバトス

「居た……」

 

 

 走り続けた壁穴の途中、それらしい影を見つけ、声に出すバルバトス。

 語気は弱々しい。その時点でもう、精査するまでも無い有様なのが察せられたためだった。

 徐々にスピードを落とし、歩み寄り、ベレトの前までたどり着いたバルバトス。

 

 

バルバトス

「……ハァ……ハァ……!」

「……ベレト……」

 

 

 名前を口に出す以外、言葉にならなかった。

 古い洗濯機に放り込んだシャツのように、あるいは打ち上げられたクラゲのように、壁際で中途半端に斜めな状態で横たわっていた。

 周囲の床に、壁に、天井に、円を描くように血痕がなすりつけられている。流水で磨かれた岩の上を、投げられた勢いのまま、タイルの上の石鹸のように滑稽なほどクルクルと滑り、ここでようやく止まったのだろう。

 どこもかしこもヤスリをかけたようになり、手足はすっかり馬鹿げた方向を向いている。

 投げ込まれた時に穴の縁に叩きつけられたのだろう片足は、文字通り皮一枚で繋がっていた。

 

 

バルバトス

「……起きてくれ……ベレト……」

 

 

 ひざまずいて呼びかけるバルバトスだが、声に覇気も誠実さも無い。

「起きろ」と言いながら、どこを持てば起こした『形』になるのかわからず、冷たい岩肌に寝かせたまま声をかけることしかできなかった。

 

 

バルバトス

「……落ち着け、落ち着くんだ俺……!」

「くっ……良いか、ベレト。君はまだ生きてる。生きてるんだ、絶対に!」

「だから、これから俺が治療して……」

 

 

 ハッとなって自分の手元を見るバルバトス。

 ベレトを探す事に夢中で、そしてすっかり手慣れた感覚に、自分で気付いてもいなかった。

 バルバトスの手にはラッパ銃ではなく、上等な弦楽器が握られていた。

 

 

バルバトス

「意気込みすぎて……リジェネレイトの姿で……」

「は、はは……この状態じゃ、治療の『技』も満足に使えないな……」

「ははは……は…………」

「ふざけるなっ!! 馬鹿か俺はっ!!!」

 

 

 もう一方の手を握りしめ、砕かんばかりに足元へ叩きつけるバルバトス。

 

 

バルバトス

「こんな……こんなカストリ喜劇で終わらせてたまるか!」

「起きろ! 起きてくれベレト! ほんの一瞬だけで良いんだ!」

「君はまだ持ってるはずだ、『鍵』を……ポーの3つの『石』を!」

 

ベレト

「──」

 

 

 返事が無い。そもそも見つけた時から微動だにしていない。呼吸しているなら、胸なり肩なり動いているのを見逃すはずがない。

 徐々に冷静さを失い、ただひたすらに叫び続けるバルバトス。マスクを失った唇が冷気でひび割れ、凍った口腔粘膜のどこかが剥がれ血を溢しても気付かずに。

 

 

バルバトス

「戦っている間も、『彼女を信じる』という君の感情は確かに共有されていた!」

「ポーに誰より執着していた君が、そう簡単に石を無くすはずが無い。今もどこかに大切に隠し持ってるはずだ!」

「あの石が必要なんだ! パエトンを、ポーを止めるために!」

「君にはまだ聞こえてる! そうだろう、不死者ベレト! 議席持ちの魔王が簡単に没するものか!」

「あの子を救えるのは君だけなんだ! あの石はなあ──!」

 

 

 ただそこにあるだけの物体のようなベレトに、縋り付くように捲し立てるバルバトス。

 懸命の声が、虚しく壁穴に反響していく。

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

ベレト

「……」

「…………ん?」

「何だ、ここは……真っ暗ではないか」

「確か、儂は……」

「……眠いな。ダメだ、考えがまとまらん」

「ふっ……眠いから何も思い出せないなど、まるでアイツのようではないか」

 

ベレト

「……ん? ああ、何だったか……確か……」

「そうだ、こうやって何が何だか分からぬ間に、取り留めのない事に頭が流されて、まるでアイツに……」

「アイツ……とにかく、『アイツ』みたいだと、そう笑っていたところだったな」

「ここがどこで、何がどうなっているかもまるで分からず、なのにまるで驚きも焦りも無い……」

「そもそも、アイツの事を考えたから、それで何が可笑しくて……」

「アイツ……ん? 『アイツ』が思い出せん……」

 

 

ベレト

「……そうか。つまり、儂は今、『そういうこと』なのだろうな」

「……ふふ。やはり、所詮は脆弱なヴィータの肉体だな」

「誇り高きメギドの頃であれば、儂にかかれば『こんなこと』など……『こんな』?」

「……むぅ、眠い。ゆっくり記憶にも浸れんとは……こんなもの、力さえあれば……力……」

「儂の、『力』……?」

 

 

 

ベレト

「力……チカラ……何の話だったか……」

「儂の力は……儂の……誰の力を言っておる……?」

「儂は……儂を、取り込んで……いや、取り込まれ……?」

「儂が、どっちで……アイツは……何の話だ……」

「……涼しいな。体の内の火照りが失せていく。悪くない……心地いい眠気だ……」

「何か、後には退けん事があったはずだ……が、まあ……」

「今は、いい……こんな忙しない頭など、とっとと休めて眠りたい」

「何のために意地など張りたかったのか……今はまるで『わからん』」

 

 

 

 

ベレト

「…………ん?」

「何だ? この期に及んで、こんな所に誰ぞ謁見でも来よったか?」

「……バルバトス?」

「おい。何でよりによって貴様なのだ……貴様のツラなど拝まねばならんこっちの身にもなれ」

「全く、こういう時くらい、せめてアイツ……あの……さっきまでの『アイツ』と別の方の、例のイレズミの……」

「おい何だ、さっきから口をパクつかせて。言いたい事でもあるのか?」

「『全く聞こえん』ぞ」

 

 

 

 

 

ベレト

「……まあ、良いか。この際、貴様でもなんでも」

「元より、怒りをぶつける為だけに生を選んだようなもの。前のめりに進んでこそのコレだ」

「『どこでどんな風に』など、そういえば考えた事も無い。なら、これはこれで、良しとしてやろう」

「ふっ……アイツの名前が出てこんのに、貴様の名だけ咄嗟に出てきた事も含めてな」

「今はただ、『清々しい』気分だ……胸につかえて、焼け石のようだったモノが、『何もなくなった』ように……」

 

 

 

 

ベレト

「……いや、まだ何か『つかえて』おるような?」

「何だ? 何も聞こえんのに『騒々しい』ぞ」

「貴様か、バルバトス? そういえば貴様、そういう……『何かアレ』をやっとったはずだしな」

「相変わらずアホか魚みたいにパクパクしおって……ええい、わかったわかった」

「せめてもの余興だ。聞こえんなりに聞いてやる。全く、どいつもこいつもどこまでも世話の焼ける……」

 

 

 

ベレト

「……うーむ、やはり何かが小うるさいな」

「眠りに落ちる前のようだった頭が少しスッキリと……は、しておらんか。だが、何というか、流され方が変わったような……?」

「とにかく、儂に『つかえて』いる何かがあるのは、気のせいでは無い気がしてきた……少なくとも貴様でない事は間違いないが」

 

 

ベレト

「『イシ』? 今、何か言ったかバルバトス?」

「やっと聞こえるような話をするようになったか……いや、『読めて』きたのか?」

「もしや貴様、さっきから同じ話ばかり繰り返しているんじゃないだろうな?」

「聞こえぬ話と知った上で、儂がぼんやり見聞きするだけでも、いずれ伝わるように……」

「こいつがそんなネチっこいマネをする理由……ソロモンか?」

「ソロモンから何か『勝算』があって……あっ、名前思い出せた!」

「うぬぅ……微妙に『腹が立つ』が良いだろう、もっと話してみろ」

 

ベレト

「えーと……『何度』……『でも』……『いつまででも』……『話してやる』……? 『俺の勝手』……?」

「ア・ノ・イ・シ・ハ……」

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

モラクス

「アニキーっ! こっちだー!」

「シャックスもフォラスのオッサンも見つけたー!」

 

ソロモン

「今の声……モラクス!」

 

 

 声の聞こえた方から、パエトンの巻き起こす粉塵にかき消されそうになりながら、こちらへ走るモラクスが見えた。

 武器とヴィータ2人を抱えているのみならず、捜索の合間に異常気象にも巻き込まれ、足取りは非常に緩慢だった。

 

 

ソロモン

「よくやってくれた! 召喚でこっちに呼ぶ!」

 

 

 指輪でモラクスを召喚するソロモン。

 3人まとめての転移だったが、座標がズレてソロモンの背後に転移した事以外は問題もなく、すぐに互いの状況を確かめ合う。

 

 

モラクス

「へへっ……二人とも、気は失ってるけど、まだ息してるぜ」

「これなら、バルバトスのアニキに頼めば……って、バルバトスのアニキは?」

 

ソロモン

「済まない。今、ベレトを助けに行ってる。何か進展があれば、向こうから呼びかけてくれると思うけど……」

 

モラクス

「それならしょうがねえって。アニキの謝る事じゃねえよ」

「あと何か、途中でミカエルがピョンピョンしてるの遠くから見かけたけど、アレは大丈夫なのか? 色々と」

 

ソロモン

「ああ。ガイードさんと二人して、陽動を買って出てくれたんだ。モラクスと、パエトンのために」

 

モラクス

「案内のオッサンもか!? まあ、アニキが任せてるんなら、大丈夫なんだろうけど……」

「とにかく、すぐには回復できそうにないのはわかった」

「俺がパッと見た感じだと、二人ともすぐに死ぬような怪我はしてないっぽい。アニキは2人が凍らないように起こしてやってくれ」

 

ソロモン

「分かった。先に治療したウェパルもさっきから目を覚まさないし、どこまで出来るかわからないけど……」

「でも、モラクスは?」

 

モラクス

「もちろん、もう一働きしてくるに決まってんだろ!」

 

ソロモン

「だ、大丈夫なのか……?」

「モラクスも、防寒具がもう半分以上ダメになって、自分で気付いてないかもしれないけど、体も震えてるぞ」

 

モラクス

「だったら、なおさら動いて体を暖めないとだろ?」

「それに、本当は指とか感覚が鈍くなって……多分、ベレトみたいな事になってるんだと思う」

「けど、今すぐに戦えるのは俺しか居ねえんだ!」

「バルバトスのアニキが戻るまで、アニキたちが狙われねえように俺が時間を稼ぐ!」

「それに黙って座り込んでたって、こんな所じゃろくに回復だってしねえだろ? 肉もねえんだし」

 

ソロモン

「……わかったよ」

「でも、最悪の事態だけは避けたい。状況が変わらなくても、本当に危ないと思ったら──」

 

モラクス

「わかってるって。俺だってアニキの──」

「あぶねえっ!!」

 

 

 粉塵が、砕かれては降り積もり、まだ舞い上がってを繰り返し、いつの間にか先も見通せないほどに立ち込めていた。

 その向こうからパエトンの拳が横薙ぎに飛び出した。

 モラクスとミカエル達を探して暴れまわる内に、すぐ近くまで移動してしまっていたらしい。

 モラクスを背後に召喚したためにパエトンに対して背を向けていたソロモンは全く気付いていなかった。

 振り向いた時には、咄嗟に間に割り込んだモラクスの姿は無く、何かが壁に激突する音だけが耳に届いた。

 

 

ソロモン

「モ……モラクスっ!?」

 

 

 拳の角度から軌道を推測し、モラクスが飛んでいっただろう方向を確認するソロモン。

 パエトンの立つ砂塵まみれの方角よりは見通しやすく、壁面に貼り付くモラクスの斧が視認できた。

 数秒の間を置いて、斧が壁から剥がれ落ち、その向こうから、壁に深くめり込み、力なく項垂れるモラクスが現れた。

 

 

ソロモン

「モラクス……召喚に応じてくれ、モラクス……!」

「くっ……!」

 

 

 呼びかけても、フォトンを送っても手応えが無い。

 観念して、モラクスを追いやった拳の、その根本を、持ち主を睨むソロモン。

 モラクスを殴った姿勢のまま、やはりジッと静止しているパエトンの姿が、霞みながらもしっかりと見て取れた。

 

 

ソロモン

「うっ……」

「(この威圧感……森で猛獣と出くわしたみたいな……いや、それ以上だ)」

「(動きたくないのか、こっちが見えていないのか、こっちの出方を伺っているのか……)」

「(どれでも同じだ。迂闊に動いたらやられる……!)」

「(ミカエルはメギドに手出しできない。このままじゃ、動いて殺されるか、動かずに凍死するか……)」

 

 

 何度か覚えのある、死の実感から来る脱力感を堪えるソロモン。

 

 

ソロモン

「(焦るな、今まで通りなら、すぐに動いたりはしないはず)」

「(戦力ならまだ、バルバトスが……)」

「(ダメだ! 考えなしに呼んだって、道連れにするだけだ!)」

「(じゃあ、それってつまり、新しく仲間を呼んでも、状況を理解してもらう前にパエトンに狙われて……)」

「(くそっ、焦るな! 焦るんじゃ──)」

 

 

 ソロモンの間近で、まるでパエトンに存在を知らせるように何かが光った。

 粉塵の向こうで、確かにパエトンの眼が、ポーの額の眼がソロモンを捉えた。

 

 

ソロモン

「うわっ!? こんな時に何が……!」

「……!」

 

 

 光の正体を確認して、すぐに冷静さを取り戻したソロモン。

 自分の左手が寒色の光に包まれている。しかし、ソロモンはその光に、燃えたぎるような熱い何かを胸に覚えた。

 パエトンが、モラクスを殴り終えた姿勢のまま、ゆっくりと腕を上げ直している。

 

 

ソロモン

「これは……『勝算』だ! 間に合ったんだ!」

「そうだ。その『力』なら、皆を立て直してくれるはずだ……!」

「受けてくれ、お前だけが頼りなんだ……ベレト!!」

 

 

 ベレトが打ち捨てられる前、こぼれ落ちて突き立っていた旗竿の、その根本から、血潮のように炎が舞い広がった。

 

 

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※ここからあとがき

「性能がストーリーに関わる関係上、リジェネは基本無し」
「ヴィータ体の名が公式で出ていない追放メギドはヴィータ名を出さない」
 このルールで書くつもりでいたので、当初はベレトにリジェネまでさせるつもりはなかったのですが、メインタイトルがこれでリジェネ無しは羊頭狗肉の感があるので何とか考えました。

 今後ともメギド二次を書くとしたら、リジェネしてもおかしくない話を書いていきたいですが、明確なリジェネは控えるつもりです。


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