メギド72オリスト「太古の災厄と新生する憤怒」   作:水郷アコホ

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54「キミに還れ」

 ソロモンが指輪による召喚を実行すると同時、パエトンの手が捕獲の形でソロモンに迫った。

 しかし、同じく同時に空間の中央、今はパエトンの背後にある旗竿から炎が溢れ出し、爆発音と共に空間中へ一気に拡大、爆風に煽られたパエトンは大きくバランスを崩し、腕はソロモンから遠く離れた地点に着弾した。

 直後、ソロモンの顔に、細かな何かがバチバチと大量に叩きつけられた。

 

 

ソロモン

「うわっぷ、な、何だ!?」

 

 

 思わず顔面を庇って堪えるソロモン。

 痛みが収まって自分の体を確認すると、防寒具がそこらじゅう、木炭を被ったように黒い粉で覆われていた。

 

 

ソロモン

「何だ、これ……炭?」

「粉とかが撒き散らされてる所に火を点けると爆発するって聞いた事あるけど、砂煙って燃えるのか……?」

 

 

 岩肌に含まれていた金属が削り出され、高温の炎に晒される事で宙を舞う火種となった事までは、ソロモンの知識では見通せなかった。

 間一髪でパエトンの攻撃をかわせた事で一瞬ながら浮ついたソロモンの脳は、自身の衣服の異変に思考の優先順位を奪われ、バタバタと炭をはたき落とした。

 

 

ソロモン

「あっ、俺ばっか気にしてる場合じゃない!」

「気絶してるウェパル達も炭を被ってるはずだから、払ってやらないと……!」

 

???

「おいコラ! 呼びつけておいて儂を無視するな!!」

 

ソロモン

「!?」

 

 

 声が聞こえてからようやく我に返り、「思い出した」と言った様子で、召喚を実行した地点を見るソロモン。

 土壇場で託した「勝算」が、傷一つない姿で仁王立ちし、元気に眉間にシワを作っていた。

 

 

ソロモン

「ご、ごめんベレト、急にあちこち燃えるし爆発するしで、気が動転して……」

 

ベレト

「そんなのが言い訳になるか! 仮にも軍団を指揮するものとして肝っ玉が足りん!」

 

ソロモン

「う……返す言葉も……」

「でも、再召喚のお陰で傷も治ったんだな」

「本当に良かった。いつものベレトだ……!」

 

ベレト

「ぬっ!? ……う、むぅ」

「ま、まあ? 気持ちくらいは素直に受け取ってやらん事もないが……?」

 

ソロモン

「ははっ、何だか俺も調子が戻ってきた気が──」

「って、ベレト! 後ろ、後ろ!」

 

 

 ベレトの背後で、体勢を立て直したパエトンが上半身を捻って大きく振りかぶっていた。

 

 

ベレト

「む? ……ふん」

「眼窩にポーの顔を残すのみか。大方、全て飲み込まれれば取り返しも効かんと言う所だな」

「良いだろう、かかってこい。新たな儂の力、ちょうど試したくてうずうずしていた所だ」

 

ソロモン

「ちょ!? 真っ向から受ける気か!?」

 

ベレト

「良いから貴様は倒れた部下どもでも連れて離れていろ!」

 

ソロモン

「良くないよ! 幾らなんでもスケールが違いすぎる!」

 

ベレト

「心配するのと甘く見るのとを取り違えるな! 儂の死に場所は儂だけが決める権利を持っているのだ!」

 

ソロモン

「ムチャクチャ言ってどうにかなる問題じゃないだろ!」

 

 

 ソロモンとベレトが押し問答している隙に、パエトンが予備動作を終え、引き絞った腕を打ち込もうとした瞬間、パエトンの全身が大きく揺れた。

 突き飛ばされるようにパエトンが体を前方に傾け、攻撃のために備えていた腕を思わず降ろし、倒れかける体躯を支えた。

 

 

ベレト

「む?」

 

ソロモン

「パ、パエトンがコケた……?」

「いや、パエトンがよろめく前に、微かにだけど、楽器みたいな音が……」

 

ベレト

「要らんマネをしおって……!」

「おい、召喚者。バルバトスだ」

「すぐここに引っ立てろ。こんなに遠く離れていては文句の1つも届かんからな!」

 

ソロモン

「バルバトスが? さっきの威力だと、リジェネレイトの姿か……?」

「でもベレトの回復のために飛んだはずなのに……とにかくわかった」

 

 

 パエトンが起き上がらない内に、急ぎバルバトスを呼ぶソロモン。

 やはりリジェネ体の姿で呼び出されバルバトスは、ベレトの姿を認めると安堵に顔を緩ませた。

 

 

バルバトス

「ベレト。凍傷も、他の傷もすっかり……」

 

ベレト

「ふんっ!」

 

バルバトス

「ぁいった!?」

 

 

 すかさずベレトがバルバトスの脛を蹴り飛ばした。

 

 

ベレト

「何をニヤついとる貴様! バルバトスのクセに儂の独壇場を邪魔しおって!」

 

バルバトス

「おっとっと……これは失敬。王のご帰還に一曲捧げずには居られなかったもので」

 

 

 わざとらしく恭しい礼を返すバルバトス。

 

 

ベレト

「貴様のおべっかなど誰も求めておらん! 召喚者から寝返る気も無いクセに!」

 

バルバトス

「ははは、これは手厳しいな」

 

ソロモン

「『寝返る』って、バルバトスは仲間であって、そういうのじゃ……」

 

ベレト

「そんな事は今はいい。バルバトス、さっきの『話』は間違いないのだな?」

「儂を焚きつけるためのデタラメだったりしたら承知せんぞ」

 

ソロモン

「『話』……?」

 

バルバトス

「ああ。少なくとも、俺の中では確信がある」

「もしおためごかしに終わったら、この場で大地に還して貰っても構わないよ」

 

ベレト

「ふっ、よく言った。殊勝な心がけだ」

「ならその時を、せいぜい心待ちにしているがいい!」

 

 

 パエトンに向き直るベレト。ソロモンとバルバトスも、悠々と起き上がったパエトンを見上げる。

 

 

ソロモン

「さっきの爆発とバルバトスの攻撃でも、まだ余り効いてないな」

 

バルバトス

「やはり、この大ホールに独奏では味気なかったかな」

 

ソロモン

「モラクスが与えた脚の傷も殆ど再生してる……」

「メギド体を構成してる途中でもあるから、多少のダメージは俺が送り込んでたフォトンで持ち直されてしまう」

「けど、このまま意識が戻らないパエトンを削り続けても、また飢えた状態に逆戻りさせるだけ……」

「ベレトを再召喚できたのは心強いけど、どうすれば……!」

 

バルバトス

「そのために、俺がジェントルマンもかなぐり捨ててベレトを起こしに行ったんだよ」

 

ソロモン

「じゃあ……見つけられたのか? 答えを……!」

 

バルバトス

「ま、後は結果を御覧じろってね」

「ベレト。ちゃんと『持ってる』なら、後は君に託すよ」

「万一ソロモンが反対した所で、今の内なら1対2だしね」

 

ベレト

「元より誰にも横取りさせるつもりはない。貴様は召喚者に侍っていれば良いのだ」

 

バルバトス

「心得た」

「ただし、この姿の俺には、実戦に耐えるような回復は無理だ」

「いくら自信があるにしたって、さっきみたいな『度胸試し』はギリギリまで取っておいてくれ」

「いや、そう『具申』しておきましょうか、魔王ベレト殿」

 

ベレト

「その気色悪い物言いを止めるなら、今回だけ聞いてやる」

 

ソロモン

「2人に何か作戦があるみたいなのはわかったよ。ただ、こんな時に言うのもなんだけど……」

「ベレト、無理はしてないか?」

 

ベレト

「んなっ……何だこんな時に……!? これから正念場なのだぞ、気が抜けるだろうが!」

 

ソロモン

「再召喚で服装も変わってはいるけど、こんな所で平気な装いには見えないよ」

「それに、防寒具だってもう全く身に付けてない。仮に不死者の力でごまかせても、体はヴィータなんだぞ?」

「こんな状況で『戦うな』とは言えないけど、戦力は正確に把握しなくちゃいけない」

「バルバトスにしたって、平気そうにしてるけど、口に血の跡があるし、喉も枯れてる」

 

バルバトス

「吟遊詩人としてはお恥ずかしい限りだが、俺は心配いらないよ」

「幸い、防寒具を着たままリジェネレイトも出来たし、喉も呼吸も、すぐに戦闘に支障を来すような事は──」

 

 

 突如、ソロモン達とパエトンとの間から、間欠泉のように冷水が噴き上がった。

 

 

ソロモン

「おわっ!?」

「そうだ。異常気象もまだ続いてるんだった。やっぱり、不利なのは変わらないのか……」

 

ベレト

「ふん……こんなものはなあ!」

 

 

 地団駄のように、足で岩肌を1つ踏み鳴らすベレト。

 パエトンの背後に突き立つ旗竿から、再び海のように炎が湧き上がった。

 空間中で乱発し続けていた異常気象が、広がる炎に飲み込まれては立ち所に収まっていった。

 

 

ミカエル

「アンビリーバボー……」

 

ガイード

「い、異常気象が……異常気象を飲み込んでる?」

 

 

 空間の片隅に避難していたミカエル達が、大炎上を前に呆気にとられていた。

 

 

ミカエル

「異常気象ではない。この『炎』は、志同じくする者の命の火だ」

 

ガイード

「えっと……お客さんらの誰かがやってみせたって事ですかね?」

「なら、ひとまずは安心って事ですかね? なんだか随分と剣呑に燃えちゃあいますけど……」

 

ミカエル

「安心はできるかもしれないが、安全ではないだろうね」

「ヴィータよ。この炎は恐らく、この戦いが終わる時まで尽きる事はない。燃え移らぬよう注意したまえ」

 

ガイード

「うへ……わ、わかりやした」

 

ミカエル

「そして……備えておくといい」

「あの『炎』がもし、彼らが『勝算』を手にした証なら……君もまた、決して無力ではなくなったはずなのだから」

 

ガイード

「は、はあ……?」

 

 

 ソロモンとパエトンとを隔てていた水柱も、まるで灯油のように見る間に炎を帯びて勢いを失っていった。

 

 

ソロモン

「何だこれ……炎が、異常気象を焼き尽くしてる?」

 

バルバトス

「周囲の地形や気象を変えるためのフォトンを、行程を完了させる前に炎の『薪』としてブン捕ってるって所かな」

「大したゴリ押しだよ。だが、この炎の勢いなら……」

 

シャックス

「う~~ん……あっついあっつい~……」

 

 

 ソロモン達の足元で横たわっていたシャックスが寝たままモゾモゾのたうって防寒具を脱ぎだした。

 

 

ソロモン

「シャックス!? 目が覚めたのか!」

 

シャックス

「あれぇ、モンモン? ここどこどこ……?」

 

 

 シャックスは頭から血を流している以外に大きな損傷は無かった。

 すぐさまシャックスの肩を掴んで起こし、呼びかけるソロモン。

 

 

バルバトス

「一応、余り揺り動かさない方が良いよ。シャックスとはいえ頭を打ってるからね」

 

ソロモン

「『シャックスとはいえ』って……」

 

バルバトス

「とにかく、寒さと衝撃で気を失ってただけのシャックスはこれで復帰だな」

「異常気象を抑制するだけでなく、空間の温度がどんどん上がってる。これならしばらく凍死の心配もなさそうだ」

 

ソロモン

「あ、そうか……!」

「そういえば、さっきの爆発があってから、酷い砂煙もすっかり消えてる。視界や呼吸もだいぶ楽になった」

「これならひとまず、『強力なメギドと戦う』って事だけに集中できそうだ」

 

シャックス

「なになに、どったの……?」

「あ、思い出した! ベレベレは!?」

 

ベレト

「茶番に付き合っとる時間は無い!」

 

 

 更にもう一つ地面を鳴らすベレト。

 再召喚前と若干形状の変化した旗竿が、自らの吐き出す炎に押し出されて宙に飛び出した。

 

 

ベレト

「手伝え!」

 

 

 すかさず旗竿へと駆け出すベレト。

 率先して動いたベレトを、パエトンの瞳が捕捉した。

 

 

バルバトス

「了解!」

 

 

 すかさずバルバトスが楽器を奏で、音波に乗ったフォトンが、既に形成を完了したメギドとしてのパエトンの大顎を叩いた。

 パエトンの首が仰け反り、上半身が僅かに傾く。

 

 

バルバトス

「『知性』は失っても『学習』はできる。やはり、さっきの不意打ちほどフラついたりもしないか」

「ソロモン、フォトンだ! 今ので注意はベレトから俺達に向いたはずだ!」

 

ソロモン

「わ、わかった。とにかく、今は戦えば良いんだな!」

 

バルバトス

「シャックス、状況は自力で思い出してくれ」

「いや、思い出せなくても良いから、とにかくベレトの援護だ」

 

シャックス

「ん~、思い出せそうな、そうでもないような……」

「でもでも、ベレベレが元気だと何かイケそうな気がしてきた! 当たって砕けろー!」

 

 

 痛む頭を押さえていたシャックスだが、すぐに立ち上がってベレトを追うように突撃した。

 僅かな間にベレトがパエトンの足元に潜り込み、バルバトス達に気を逸らされていたパエトンは、完全にベレトを見失った。

 やむなく、ベレトに次いで目立つ動きで迫ってくるシャックスに狙いを絞り直すパエトン。両手を開いて突き出し、構えた。

 

 

ソロモン

「光弾が来る!」

 

バルバトス

「何とかするさ。足元の小兵に弱いのは良く分かった!」

 

 

 バルバトスが再び楽器を奏でる。今度は手短に、旋律か単なる音かの中間ほどの音波をパエトンの足先にぶつけた。

 被弾を感知したパエトンが、すかさず両手を自分の足元に向け直し、光弾を発射した。

 光弾が炸裂し、爆風に煽られるソロモン達。

 風が止んで再び確認すると、パエトンは自らの攻撃で足を一本吹き飛ばされ、その場にへたり込むような姿勢になっていた。

 着弾地点では、ガラス片のような鋭い薄氷が生まれては、同じく生み出される風で渦を巻いていたが、空間中に広がった炎から散った火の粉がかかると、踊る火ダルマとなって消えていく。

 

 

ソロモン

「じ、自爆した……!」

 

バルバトス

「期待以上の効果だ」

「モラクスの『足払い』が随分コタえたんだろうね。足元への攻撃に過敏になってるんだ」

 

ソロモン

「でもパエトン、脚のダメージよりも何か別の事を気にしてるような……」

「あ、パエトンの背中……燃えてないか?」

 

バルバトス

「俺も爆風のせいでハッキリとは見てなかったが、あれは多分……」

「シャックス、チャンスだ! どこでも良いから適当に叩いてみろ!」

 

シャックス

「了解りょうかーい!」

 

 

 剣鉈を抜いて、残る三本脚の手近な所に斬りつけるシャックス。

 勢いで剣鉈と脚との間に火花が閃いた直後、パエトンの背後を紅蓮の光が照らした。

 

 

ソロモン

「あれは……ベレト!?」

 

 

 パエトンの肩の高さまで飛び上がった旗竿の根本を、ベレトが握っていた。

 旗竿の先端の意匠から、鎖で繋がれたドクロのような輪郭を描きながら火球が飛び出し、パエトンの背中に食らいついた。

 更にそれと同時に、着弾地点近くで燃え盛っていた炎の波からも、同じく亡霊のように炎が集まりパエトンに纏わりついていく。

 

 

ソロモン

「な、何だあれ……?」

 

バルバトス

「リジェネレイトしたんだから、新しい『力』以外に無いだろう?」

「シャックス、炎で怯んでる今のうちだ。手あたり次第にジャンジャンやってくれ!」

「ただ、大掛かりな『技』は控えるんだ。今の内は、力の余波がベレトの『炎』に飲まれて十分なダメージにならないかもしれない。それじゃあ効率が悪いからね」

 

シャックス

「よくわかんないけどわかったー!」

 

 

 旗竿を持って着地したベレトにパエトンが光弾の照準を合わせるが、掌がベレトに向いた頃には、シャックスが這いずる虫のように無軌道に足を攻撃して回る。

 しかもたまに電撃を交えて強制的に注意を惹いてくる。ベレトを狙っていた腕をシャックスに向け直そうとすれば、今度はベレトから、パエトンの巨体を揺さぶる勢いで火球が打ち込まれる。

 示し合わせたように、シャックスとベレトの立ち回りも無駄が削がれていき、一つの機械のようにスムーズかつ無傷でパエトンにダメージを与えていった。

 

 

ソロモン

「き、効いてる……2人だけでパエトンを翻弄できてるぞ……!」

 

バルバトス

「良くも悪くも本能任せの攻撃だからね。動きが読めて来るほど、素早い2人の方が先んじれる」

「いい加減に拳を振り回したくらいじゃあ、もうあの2人は当たってくれいないだろうね」

「癇癪起こして光弾でも乱射したい所だろうが、それは俺の妨害で自滅に終わったばかりだ」

「懐に潜り込んだ2人を狙っても、やはりパエトン自身が巻き込まれてしまう……って所か」

 

ベレト

「まずは暴れられんように身動き封じるのが先だ。脚くらいまとめて『もぐ』くらいのつもりで行け!」

「召喚者もだ! 呆けとらんでフォトンを回せ!」

 

ソロモン

「わ、わかってるよ!」

「それにしても、『力』って言ったって、シャックスが攻撃する度にあんなにボンボンと……」

「他の仲間が使う『技』と比べても、かなり派手な感じって言うか……」

 

バルバトス

「不死者にして元・議席持ちの面目躍如って所かな。原理は多分、イポスとかの『技』と一緒さ」

「仲間が特定のフォトンを消費した時、溢れ出た余波を引き金に、最適化された攻撃動作を行うよう体にフォトンを『設定」するんだ」

「もちろん、フォトンを力に変えた以上はそれだけに留まらないだろう」

「例に上げたイポスなら、それだけでなく自分の力を底上げしてるらしいけど、ベレトの場合がアレって事だろうね」

「多分、仲魔の攻撃を引き金にした『技』を更なる引き金として、周囲の炎を呼び寄せているんだ」

 

ソロモン

「見た目は派手でも、実態は他の仲間と同じ能力の範疇って事か」

「確かに、パエトンを怯ませる攻撃って意味なら、さっきからバルバトスもやって見せてるけど──」

「でも、最初に異常気象を巻き込む『炎』が現れた時、俺はまだベレトにフォトンを送ってなかった」

「幾ら不死者だからって、あんな大掛かりな『力』を扱うフォトンを自前で賄えるのか……?」

 

バルバトス

「一言で言うなら……『怒り』かな」

「ヴィータは感情で体内のフォトンを増幅させる。ラウムが暴走した時と一緒さ」

「ベレトにとって、フォトンを湯水のように呼び起こす感情と言えば、『怒り』以外には無いだろうし」

「多分、元々ベレトの能力の一つなんだろうね。普段からたまに勝手に攻撃してるし」

 

ソロモン

「確かに普段のベレトも、与えてないのに攻撃のためのフォトンを勝手に手に入れてる……」

「『怒り』で増幅されたフォトンを使ってるって可能性は確かにあるけど──」

「でもそれなら、ある意味いつも通りじゃないか? ここまで極端な『力』の理由には微妙なような……」

 

バルバトス

「だろうね。それにそれだけ激しい感情なら、例の『石』をベレトが持ってる以上、俺達も何か影響されてるはずだし」

 

ソロモン

「『だろうね』って……何で急に他人事なんだよ?」

 

バルバトス

「『わからない』からだよ。俺達はパエトンの『恐れ』を共有した時、回りくどく考えながらようやく『恐れ』を自覚できた」

「感情を『受け取る』事ができても、よっぽど以心伝心でも無ければそれだけじゃ『わからない』」

「あるとすれば、俺達には共感までは出来ないようなベレトだけの特別な『怒り』か……」

「流石の俺も、そんな『憶測』する程度が精一杯だよ。言っただろ? ベレトの心は、ベレト自身にだって簡単にわかるものじゃない」

 

ソロモン

「うーん……とにかく、影響が無いなら今はそれで良いか」

「何か、バルバトスがそんな嬉しそうに『わからない』って言うの、珍しいな」

 

バルバトス

「ははっ、そうかもね。それこそ、『石』の影響かもしれないな」

「ただ、強いて言うなら……」

「シャックスは気絶する前、パエトンとポーが二心同体だからと、戦うのに消極的だったはずだ」

 

ソロモン

「あ、そういえば」

 

バルバトス

「頭の傷が深刻とかで無い限り、流石のシャックスもそんな事まで忘れたとは考えにくい」

「今までの感情にシャックスだけが大して影響されなかったのに、今度はシャックスに明らかな変化がある」

「そこがベレトの感情の『正体』だったり……まあ、だからと言ってどうする事も無いけどね」

 

ソロモン

「……そうだな。俺達はあくまで『仲間』で、そこまで互いの心に踏み込む権利はない」

「今は、ベレトなりに何か得られるものがあって、こうして戦ってくれているなら──」

「あっ、そうだ、戦うと言えばモラクスが……!」

 

バルバトス

「そういえば居ないな。やられたのか?」

 

ソロモン

「俺を庇ってくれて、向こうの壁に……」

「って、『炎』が……!」

 

バルバトス

「すっかり燃え広がって、迂闊に通り抜けられそうにないな……」

「モラクスには悪いが、今は指輪から地道に呼びかけるしかない」

 

ソロモン

「くっ……いや、ベレトにいつもの『技』を使ってもらえば何とか!」

「あ、でもリジェネレイトしてるから、もしかしてバルバトスみたいに……」

 

バルバトス

「いや、多分あのベレトにもモラクス達を立ち直らせる『技』は使えるんだと思う」

 

ソロモン

「でも、呼んで早々にベレトはパエトンと戦おうとしてばかりだし……」

 

バルバトス

「仮に『手』が施せないからって、ベレトも一顧だにせず戦いに行くほど薄情じゃない」

「まずは皆を立ち直らせるのが先決なのは分かってるはずさ」

 

ソロモン

「けど、さっきから見てる限りじゃ、復活の『技』を使う様子は無さそうだけど」

 

バルバトス

「状況が分かっていれば、助けられない事に断りくらいは入れるさ。つまり……」

「使えないんじゃない。『まだ』使えないんだ」

「少し話が変わるが、さっき俺がベレトに言われて、パエトンの顎を叩いて牽制したろう?」

「あの時、まだ君は俺にフォトンを回して無かった」

 

ソロモン

「そう言えば、咄嗟だったし、ベレトを呼ぶ前まで空間にフォトンを集めてたから、その残りかと思ってたけど……」

「ベレトに言われてから『技』を使ったって事は、あの時のバルバトスの『技』に使ったフォトンは、ベレトから?」

 

バルバトス

「ベレト的には、ソロモンを頼るなり何なりして自分の期待通りに動けって程度の意味合いだったと思うよ」

「ただ、フォトンを得られた時の感覚があってね。送られたというより、たまたま受け取ったという方が正確かな」

「多分、ベレトが何らかの『技』を使った時に溢れたフォトンの中で、たまたま俺の『技』一回分に当たる量が俺の方に流れて来たってだけだ」

 

ソロモン

「『技』一つで、バルバトスの『技』に使えるだけのフォトンがダダ漏れに……?」

 

バルバトス

「君のベレトの技に対する『派手』って印象は、ある意味間違ってないのかもしれない」

「恐らく、指輪の支援があろうと『炎』を使わなかろうと、1つ1つの『技』にとんでもなく燃費がかかるんだ」

「あるいは『怒り』のせいでフォトンの制御が不安定で、フォトンが過剰に溢れてしまうか」

「いずれにせよ、普通ならとっくにメギド体になれるくらいのフォトンを得ても、貯蓄が追いつかないんだ」

 

ソロモン

「ベレトらしいと言えばらしいけど、大味すぎる……」

 

バルバトス

「まあ、あのベレトに節制なんて言葉も似合わないしね。そこは『個』としてうまく付き合っていくしかないさ」

「とにかく、大技のために呑気にフォトンを貯めてる間にパエトンに襲われたら元も子も無い。だから、戦いながら機を伺っているんだろう」

 

ソロモン

「もしかして、最初にベレトがパエトンの攻撃を正面から受けようとしたのって、大技を優先するために?」

 

バルバトス

「可能性はあるね。どんな備えがあったかまでは推測しかねるけど、一発くらいもらっても仲間の復活までこぎつける算段があったのかも」

「それを、恐らく俺の援護を機に計画を変えたんだ。口では厳しいコメントを頂いたけれども」

「俺がフォトンの供給源たるソロモンを護っていれば、指輪を通してフォトンを確保できる」

「『度胸試し』なんて危険な賭けに出なくとも、多少の待ち時間を我慢すれば、より確実に大技が使えるってね」

 

ソロモン

「そういう事なら、ベレトに優先的にフォトンを……!」

 

バルバトス

「気持ちは分かるけど、ここは冷静になってくれ」

「パエトン自身の攻撃で足を吹き飛ばした以外、まだパエトンの行動を封じる有効打は打ててないんだ」

「今はシャックスとベレトの2人で足止めできていても、パエトンは『学習』できる」

「焦って味方の戦力を偏らせるのは危険だ」

 

ソロモン

「急に片方が弱れば、すぐに対策されて、この状況を崩されるかもしれないって事か」

「2人だけじゃ、戦法も単純だからなおさら……」

 

バルバトス

「そうだ。加えてシャックスはダメージが残ってるし、要のベレトの『技』は仲間の攻撃という引き金ありきだ」

「少なくとも今、モラクスに凍死の危険は無い。『炎』も壁際まで焼き尽くすほど無節操に広げてはいない」

「姿が見えないとはいえ、状況はウェパルとフォラスと同じなんだ。2人の扱い同様、今は『信じる』しかない」

 

ソロモン

「そうか。ウェパルは、バルバトスが治療しても目を覚まさない……バルバトスも、気が気じゃないのは一緒なんだな」

 

バルバトス

「治療したいのは山々だが、治療しても無力とあってはね……」

「だから……今は、こうさせてもらうよ」

 

 

 楽器を構えたバルバトスが、フォトンを乗せずに曲を奏で始めた。

 

 

ソロモン

「この曲……ポーが歌ってた歌?」

 

バルバトス

「曲自体は俺も何度か演奏した事があってね。まあ、ポーが聞いたものとは多少アレンジがあるかもしれないけど」

「とにかく、しばらく俺にフォトンは要らない。ベレトの『技』で皆を呼び覚ますには、今は配分を絞った方が良い」

「俺の分は、何かあっても出来るだけ自力で凌げるよう、シャックスとベレトに使ってくれ」

「とはいえサボるつもりもない。怪我人の助けにもなれないなら、せめてこのくらいは、ね」

 

ソロモン

「ガイードさんと同じように、ポーとパエトンに呼びかけるのか」

 

バルバトス

「もちろん、ベレト達がパエトンに動きを見切られたり、危険が迫ったりすればすぐにでも動くよ」

「ただ……『使い物』になるかは、自分でも怪しいけれどね」

 

ソロモン

「な、何で急に弱気になるんだよ。その姿のバルバトスなら、火力もいつものベレトに負けてないはずだろ?」

 

バルバトス

「今は多分、シャックスと同じく、『石』の影響で『ちょっかい』くらいは出せる」

「けどね……実はついさっきまで、俺は一度もパエトンに攻撃していなかった」

「出来なかったんだ。後方で軍師に徹したのも半分くらいは言い訳だよ」

 

ソロモン

「……相手が、ポーだからか」

 

バルバトス

「……ベレトやシャックスのように、悩みながら戦う事さえ出来なかった」

「その点では、俺がパエトンと戦う事への『恐れ』は人一倍に重いのだろうね」

「シャックスは勢い任せで突っ込めたようだが、俺はさっきの2,3発でさえ、胸が締め付けられたよ」

 

ソロモン

「それで良いはずじゃないか?」

「俺達の目的はパエトンを『倒す』事じゃないんだ」

「それに、こうして呼びかける事だって全く無駄とは限らないだろう? ジズの時だって──」

 

バルバトス

「俺は、プロメテウスみたいに、歌や音楽『そのもの』で何かを変えるような能力はない」

「卑屈になってるつもりはない。でも事実だ。ジズにしたって、『プロメテウスの歌』だから届いたと考えるのが妥当な状況だった」

「俺には俺にできる役割だって幾らもあるだろう。けど、この状況で俺は『できる』側じゃないみたいだ」

「何が悪いとか、どうすれば良いとか、そういう問題よりもずっと根深くね」

 

ソロモン

「……」

 

バルバトス

「情けないようだけど、ここまでもここからも、サポート一辺倒がやっとだ」

「ガイードさんのもどかしさが良く分かるよ……異常気象が無くたって、今は戦いの真っ只中だ。ベレトの声さえ届かなかった」

「『聞こえないだろう』なんて、言われるまでも無い。でも、俺が俺を保てる内は、落とし所はこれがやっとなんだ」

 

ソロモン

「……」

「バルバトス。ベレトは、ポー達を止める『鍵』を、持ってるんだよな?」

 

バルバトス

「ああ。そのために動きを抑えた方が得策なのも確かだ」

 

ソロモン

「なら俺は、バルバトスが悔やむような事なんて何も無いと思う」

「パエトン達を止めるためには、フォトンを維持して、ベレトが好機を掴むまで持久戦を続けるしかない」

「仲間の救助を優先するなら、パエトンを少しでも長く妨害しつつ、ベレトがフォトンを蓄えるのを待つ。どっちにしても持久戦だ」

「なら、この状況でバルバトスの立場は、勝つために絶対に必要なものだ」

「バルバトスは間違いなく、今できる最高の役割を果たせてる。俺には、そうとしか思えないよ」

 

バルバトス

「……」

「……ふふっ、全く、君ってやつは」

 

ソロモン

「な、なんだよ急に?」

 

バルバトス

「何でもない」

「所で、神経が昂ぶってて、このままでは本調子で曲が弾けないかもしれないんだ」

「お邪魔でなければ、一席、付き合ってもらえるかい?」

「俺と、そしてベレトが見つけた『鍵』について、整理もしておきたいしね」

 

ソロモン

「あ……さっき2人が言ってた、『話』か!?」

「そ、それなら是非頼む!」

「戦況を見極めなくちゃならないから、どこまで聞いていられるかわからないけど、要点は絶対に聞き逃さない!」

 

バルバトス

「ありがとう。では、お付き合いいただこうか──」

 

 

<GO TO NEXT>

 

 


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