メギド72オリスト「太古の災厄と新生する憤怒」   作:水郷アコホ

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55「誰がためのコレ」

 時間を遡って、ベレトがリジェネレイトする少し前。

 壁穴の中で、形振り構わずベレトに呼びかけるバルバトスと、意識の深淵に揺蕩うベレト。

 

 

バルバトス

「戦っている間も、『彼女を信じる』という君の感情は確かに共有されていた!」

「ポーに誰より執着していた君が、そう簡単に石を無くすはずが無い。今もどこかに大切に隠し持ってるはずだ!」

「あの石が必要なんだ! パエトンを、ポーを止めるために!」

「君にはまだ聞こえてる! そうだろう、不死者ベレト! 議席持ちの魔王が簡単に没するものか!」

「あの子を救えるのは君だけなんだ! あの石はなあ──!」

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

バルバトス

「ハァ……ハァ……ゲホッ!」

 

ベレト

「──」

 

バルバトス

「どれだけ経った……これで、何度目だ……」

 

ベレト

「──」

 

バルバトス

「それでも……何度だって……話してやるからな……!」

 

ベレト

「──」

 

バルバトス

「(わかってるさ。どんな馬鹿だって見ればわかる。もう、『立ち会えていた』なら幸運なぐらいだって事くらい)」

「俺にだって……意地くらいある……! もう打算も何もない、俺の勝手で、最期まで言い聞かせてやるさ!」

 

 

 楽器を構え、演奏を始めるバルバトス。

 

 

バルバトス

「はたから見れば酔狂だけど……こうでもしなきゃ、そろそろこっちの気力が持たない……」

「君も聞いていたんだ、覚えがあるだろう。ポーが好んでいた歌だ!」

「思い出せ! まだ何も終わってない!」

「いい加減、鬱陶しいだろう! やかましいだろう! それでも俺はここを動かない!」

「どうにかしてやりたければ、ソロモンを呼ぶんだ!」

「もう一度、最初からだ。あの石は──!」

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

ベレト

「ア・ノ・イ・シ・ハ──」

 

ベレト

「ポ……ノ・カ・ゾ・ク……ポーの、家族?」

 

 

 意識の外から流れ込む言葉が、バルバトスの虚像を通して暗闇のベレトへ伝わってくる。

 本を通して登場人物と対話するように、聞こえないバルバトスの言葉がベレトの頭に紡がれていく。

 

 

バルバトス

「そうだ。かつて地底湖でパエトンは限界を来し、ポーの両親を襲ってしまった」

「そしてパエトンの特性によって取り込まれ、取捨選択を経て捨てられた部分……それがあの石だ」

「正体は、大空洞に突入する前に話した通りだ。アンガーストーンの、いわば原型さ」

 

ベレト

「ふん。貴様らしくもない、安直に過ぎる答えだな」

「確かに、『石』の数といい大きさと良い、ポーの両親と腹の赤子を思わせる。そのくらいは儂も思った」

「ヤツが食った者の知性だの何だの、不要なモノを捨てるなら、その『残り滓』も必然、出てくるだろう」

「だが、それがアンガーストーンに変わるなど、まるで説明が付かん」

「それとも何か。貴様は、ポーの中のメギドがアンガーストーンを作ったとでも言いたいのか?」

 

バルバトス

「最初からそう言ってるつもりだよ。どこかおかしい所でもあるかい?」

 

ベレト

「あるに決まっとるだろうが」

「そもそもアンガーストーンはメギドラルの兵器だぞ。しかも元を辿ればあの赤い月だ」

「赤い月は古代大戦時に建造された。しかもエリダヌスとの関係を考えれば未完成も同然だ」

「あのメギドは護界憲章を知らなんだ、なら追放されたのはそれよりずっと以前のはずだ」

「仮にあのメギドが居た頃に赤い月の計画があったとて、知性も無く暴れる厄介者が計画に加担できるわけも無い」

「第一だ。ただの『残り滓』を何の必要があっていちいちアンガーストーンになど変えねばならんのだ。不可解だらけではないか」

 

バルバトス

「そうじゃない。パエトンが意図してアンガーストーンを『作る』んじゃないんだ」

「パエトンはアンガーストーンを『作ってしまう』。望むと望まざるとに関わらずね」

 

ベレト

「『作ってしまう』……?」

「『残り滓』がアンガーストーンと化すのは、ヤツが獲物を取り込む上での『仕組み』だと言うのか?」

 

バルバトス

「恐らく条件は一つ。取り込んだ対象が『生物』……より絞り込んでも、比較的高等な『動物』である場合だ」

「『動物』を取り込んだ時、パエトンは取り込みを終えた後、アンガーストーンを吐き出す」

 

ベレト

「要は、メギドなり幻獣なり食えばアンガーストーンが後に残る──」

「ならメギドラルはそれを拾って、『怒り』だけを共有するように改造し、赤い月として固め直したと?」

 

バルバトス

「ああ。赤い月での一件以降のメギドラルの動向が、根拠の一つだ」

「石を撒き散らすだけでヴァイガルドの生態系を歪められる。未踏地という巨大な実験例もある」

「これをメギドラルが見落としているとは考えにくい。それに感情を偏らせる点も大きい」

「それこそ王都襲撃の時にアンガーストーンを仕込まれてたら、被害はあの程度じゃ済まなかったはずだ」

「なのに、アンガーストーン絡みと思しき事件はあれ以降、殆ど無い」

「やりたくてもやれないんだよ。アンガーストーンの原材料は、赤い月で殆ど使い尽くしたんだ」

「唯一の生産者をヴァイガルドに放り捨てて既に1000年が過ぎた。残った備蓄もとっくに散逸してるだろうさ」

 

ベレト

「むぅ……まあ、そこは納得してやってもよかろう」

「だが、だったら何故、アンガーストーンが『作れてしまう』のだ」

「所詮は『残り滓』だぞ。魂までフォトンとして取り込まれて、後の残りなど干物どころか籾殻も同然ではないか」

「そんなものにどうして、持ち主の感情を垂れ流しにする力など備わっているというのだ」

 

バルバトス

「パエトンが切り捨てたモノが、そういうモノだからだよ」

 

ベレト

「くだらん前置きを挟むな。まどろっこしい職業病などドブに捨ててしまえ」

 

バルバトス

「パエトンにとって必要のないモノ、あるいは取り込んではならないモノ……」

「既に話した通り、それらは知性、記憶、感情と言ったモノだ」

「植物や菌類にあるかは怪しいが、少なくとも『動物』には大なり小なり備わっているはずだ」

「だから『動物』を取り込んだなら、邪魔な知性は抽出して吐き出す。しかし、魂自体はエネルギーとして取り込む」

「つまり、その生き物の『魂』と、その生き物を形作る『知性』とは別々のものだ。ここまでは良いね?」

 

ベレト

「つまり、食ったやつそのものではなく、そいつの歴史のようなものだけ捨てられる、という事で良いか?」

 

バルバトス

「ああ。ついでに俺流に言わせてもらえば、『石』を構成しているのは歴史というより、『情報』の集積体だ」

「そして『石』には、魂という原動力は無くとも、『情報』という『仕組み』は残っている」

 

ベレト

「ポーが大空洞を離れても、水晶や異常気象の『仕組み』が残ったように、か……」

 

バルバトス

「『仕組み』はフォトンのような『原動力』さえあれば動く」

「『知性』という『仕組み』の原動力は『魂』。魂とは一種のフォトン……」

 

ベレト

「……む?」

「ちょっと待て、それはつまり……あの『石』に残った『仕組み』は──」

 

バルバトス

「『石』は生前の、『知性』としての『仕組み』がまだ残っている」

「『石』に残る感情の『容れ物』が、持ち主のフォトンに反応して、持ち主の感情をまず『受け取る』んだ」

 

ベレト

「儂が考えとると言うのに話を進めるな!」

「クソッ、結局はこいつが『勝手に話して』いるだけなせいで、中途半端にテンポが合わん……」

 

バルバトス

「自然と共にフォトンが循環するように、エネルギーのやり取りには微量のフォトンが付随する」

「そして、感情を始めとした『情報』もまたエネルギーだ」

「溢れんばかりの『感情』が言葉なり態度なりで自身の外へと放たれるなら、『情報』の発信にはフォトンとエネルギーが伴う」

「後の事は、そんなに不思議な事じゃない。送って、受け取れる。それはフォトンも同じ事なんだから」

 

ベレト

「指輪でフォトンを受け渡しするように、感情も同じ『仕組み』を有している……」

「そうまで力説されては、儂とて有り得ないとまでは言い切れんが……」

 

バルバトス

「そしてメギドもヴィータも感情を伝え、察し、共有するもの。時には押し通しもするけどね」

「ともあれ『石』は受け取った『感情』を、生前の『仕組み』に従って分かち合おうとする」

「感情と共に持ち主から受け取ったフォトン、それに乗せて、自然の循環に任せるように、感情は無作為に周囲へ発信されるんだ」

 

ベレト

「『何故アンガーストーンに』などと考えるようでは、見かけで高を括って本質が見えておらんという事か」

 

バルバトス

「ああ。形が『石』のように見えるからって、パエトンが吐き出すのは単なる石コロじゃない」

「石に力が宿るんじゃない。逆なんだ。元から力を持つソレが『形』になったんだ」

「そこにはかつて一つの個性を個性たらしめていた、全てが凝縮されている」

 

ベレト

「ならば、より大きな『情報』であるほど、詰め込まれたモノの形も大きくなる……」

「高い知性、強い感情、膨大な記憶の持ち主を食うほど、巨大な『石』を吐く」

「大きければ単純に、感情というフォトンを取り込む容量も増す」

「だが砂粒ほどしか無ければ、どれだけ数を揃えても、影響させるだけの感情もフォトンも収まらない」

「アンガーストーンの機能とも、確かに似通うものがあると言えるか」

 

バルバトス

「恐らく、メギドを取り込んでから吐き出された『石』は、ポーの『石』と比べて遥かに大きいだろう」

「ヴィータの内包する『情報』なんて、メギドと比べたら余りに小規模だからね」

「メギドの『石』が巨大なお陰で、アバドンや幻獣の大軍団を仕込めるだけの巨大な体積を確保できた」

「だが、改造され、一つに混ぜ合わされ、そして砕かれた赤い月のアンガーストーンと違い、ポーの『石』は純粋な知性の塊だ」

「単純に置き換えるなら、石一つにつき、一人のヴィータが感情をあらわにして見せているのと一緒さ」

「少なくとも、同じヴィータに影響を及ぼせるだけの力を持っててもおかしくない」

 

ベレト

「パエトンが食ったモノで、要らぬモノは石のような姿となって吐き出される……」

「それっぽっちの中で、たまたま知性という『仕組み』が綺麗サッパリ丸ごと吐き出されておった……」

「食った果実から、種だけを芽吹ける状態のまま吐いて捨てるようなものか……?」

 

バルバトス

「改めて言うよ。ポーの持っていた『石』は、ポーの家族達の人格を形作っていた、知性や記憶そのものだ」

「ここまでの説明が伝わっているなら、君がどうすべきかも、薄々分かってきているはずだ」

「ところでベレト。食べ物から栄養だけを取り込むにはどうすれば良いと思う?」

 

ベレト

「き、急に何だ、そのややこしい言い回しの問答は?」

「食い物を取り込めば良いというだけなら、食える部分を余さず食えば──」

「ん……? だが果実の種は食えはするが栄養にはならん。そもそも食った物の幾らかは結局出ていくのか……」

「いや、そもそも食う物にカビだの毒でも混じってたらどうする?」

「毒だけ除いてから食うなど並大抵で出来る事ではないぞ……」

 

バルバトス

「答えは、『そんなこと不可能』だ」

「栄養にならない物は排出され、毒なら可能な限りは体の中で解毒しようとする」

「つまりだ。『これから吐き出すようなもの』が含まれていても、まずは一旦『取り込む』必要がある。この意味が、分かるね?」

 

ベレト

「……!」

「食った者が抱えた知性も記憶も、一度は魂の一部として『取り込む』……!?」

 

バルバトス

「根拠はまず一つ。パエトンの名は、パエトンを討伐せんとするメギド達が名付けたあだ名だ」

「知性のない当時のパエトンにそれが分かるはずがない。しかしパエトンは、ミカエルから名を呼ばれて『自分の名』だと理解した」

「そしてもう一つ。今もパエトンは、桁外れのフォトンを得ながら正気に戻る気配が無い」

「なのにポーの両親を『取り込んだ』時は、たかだかヴィータ2体ちょっと程のフォトンで我に返った」

「拒絶するポーの心が踏みとどまらせたのかとも考えたけど、俺達が見たポーは完全に、パエトンの渇望に踊らされていた」

「つまり……」

 

ベレト

「それなら分かる……!」

「己を討たんと迫る追手を片っ端から食い、奴らが己を何と呼んでいるのか、繰り返しその記憶に触れたからだ」

「すぐさまメギド共の記憶を切り離したとて、それに触れたという事実が、あだ名の意味と共に、僅かな記憶力に焼き付いたからだ!」

 

バルバトス

「ポーの家族を『取り込んだ』時、飢えに塗り潰されながらも、ポーと共有した自身の知性が、家族の『全て』を共有した」

 

ベレト

「ポーを呼び覚ましたのは、フォトンではない……家族の記憶か!」

 

バルバトス

「溶け合ったモノは容易に分離できない。魂から切り離せる猶予は、そんなに長くないはずだ」

「ポーの肉体に残る『情報』を後から捨てられなかったのも、気付いた時には完全に定着していたからだろう」

「それから2年を共に過ごしたパエトンという存在は今、ポーと同じ『情報』で構成されきっている。そして──」

「2年前、そのパエトンを正気に返した『鍵』は、『仕組み』として今も君の手に残っている!」

 

ベレト

「『仕組み』……『石』!!」

「そうか、『石』の中には家族の……ポーを呼び戻した『情報』が丸ごと残っている!」

 

バルバトス

「パエトンにとって何の栄養にもならないとしても、まずは『取り込む』。そういう『仕組み』のはずだ」

「寒々しくても、敢えて言うぞ。『石の意志』を届けるんだ! 気に食わなければ後で足蹴にでもしてくれ!」

「物質と化した今、時間も経って、真に彼らを築いてきた『情報』も風化しているかもしれない。それでも……!」

「魂さえ失ってまだ、彼らの『心』の一欠片でも残っていてくれたなら──!」

 

 

 暗闇に更にもう一段ブレーカーを落としたように、バルバトスの虚像が突如として消えた。

 

 

ベレト

「…………」

 

 

 さっきまで、五体満足でバルバトスの言葉を読み取っていたつもりのベレトは、ぼろきれのような形で虚無に横たわっていた。

 むしろ、先ほどまで見ていたものの方が、胡蝶の夢か何かだったのかもしれない。

 そもそも、自分が相対した気になっていたのは本当にバルバトスだったのか。自分は本当に話など聞いていたのか。

 つい直前までの自分とバルバトスがどのような形で存在していたのか、夢の後のように覚えがなかった。

 何もないはずの空間で、無が更に別のものへと溶けていっているような気がする。

 ひときわ強く燃え盛っていた頭の中まで、急速に暗くなり、どうしようも無く眠い。

 

 

ベレト

「…………」

 

 

 瞼を、動くがままにゆっくりと閉じる。

 こうしていると、ポーが変身する直前、同じように目を閉じていた事がチラリと脳裏をよぎり、すぐさま消え去っていく。

 

 

 

 

 

ベレト

「また……眠いな」

「涼しい……何もない……指一本、意のままになるものさえ……」

「やはり……心地いい……腹の立つ余地もない……」

 

 

 

 

ベレト

「こんな、進退窮まってからなあ……」

「あんな大真面目な面で、下らんシャレまでかましおって……」

「石とは……勝算とは……儂とは……」

「今更……怒りもへったくれも……」

 

 

 

ベレト

「なのに……なのに、だ……」

「何故だろうな……こんなに、清々しい気分だと言うのに……」

「『コレ』は何だ……どういう事だ……誰の、何のつもりだ……」

 

 

ベレト

「……そうは……」

「そうは思わんのか、ポー!! ええオイ!?」

「この期に及んで! 煮返す程のハラワタが有るかもわからんで! だのに燃え滾る『コレ』は何だ!!」

 

ベレト

「『わからない』等とは言わせんぞ! 『ここに居る』お前にだけは!」

「這い上がりもせずこんな所で無様に『つかえて』いる理由が他にあるものか!』

「『コレ』はお前のモノだ! そしてお前のモノは儂のモノだ!」

「引きずり出してでも吐かせてやるからな! 儂の求めはお前の務めなのだ!」

「今すぐにでも、おもいしらせてやるからなあ! ポー!!!」

ベレト

「モタモタせんと、とっとと呼べぇ!」

「儂に『ぶつける』先を提供するのが、貴様の役目だろうがぁぁぁーーーー!!!」

 

 

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※ここからあとがき

 言い訳するつもりではありませんが、嵐の暴魔イベは未履修だったりします。
 他にもチラリと話題に出したシャミハザイベも復刻待ちですし、常設イベの幾つかも未消化だったりします。
 なるべくストーリーが食い違わないよう、ネットで拾える情報であらすじを確認した程度です。

 ですが、ジズのリジェネイベを読んだ後だと、ちゃんと読んでから作るべきだったかなと。
 あらすじ的に多少ジズと被るかなという印象はありましたが、リジェネイベの掘り下げやダイジェストを見ると、多少どころじゃなさそうな……。
 それでもひとまず、大筋は予定通りに書き上げていくつもりです。


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