メギド72オリスト「太古の災厄と新生する憤怒」   作:水郷アコホ

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59「消えない・消せない・消させない」

 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 どこか暗い所。

 あるいは色も光もあるのかも知れないが、それでも暗闇としか認識できない所。

 あるいは暗闇も溶けて消えたような所。

 

 

???

「……」

 

 

 眼を閉じていたいが、瞼が有っても無くても同じだった。

 嫌でも暗闇が分かる。

 ここが何もない所で、ここに自分が存在している事が分かる。しかし、ここがどこなのかはまだ分からない。

 

 

パエトン

「…… ……」

「…… すずしい」

「…… ずっと こうして いました ……。 いまなら わかります」

「ずっと ずっと こうして …… だからここは とても おちつきます」

 

 

 暗闇に、何かが現れたような気がする。

 実際に見ているのか、あるいは思い浮かべているのか、いずれにせよ、何かしらを認識した。

 

 

パエトン

「これは …… なんでしょうか」

「これは 『こうして』 では ありません」

「『こうして』 では こういうことは なくて …… ことばが うまく でてこない」

「ポー が いないと あたまの うごかしかたが わからないです ……」

「こまると ますます ことばが …… これは なんと いうのでしょうか」

 

 

 見えているにしろ、思い浮かべているにしろ、現れたそれはヴィータの姿をしていた。

 

 

パエトン

「あ …… おもいだし『た』 …… あ だし『ました』」

「これは むかし ずっとずっと むかし たくさん ありました」

「おもいだしました ちょっとまえにも ありました」

「あ …… あたま すこし つかえそう」

 

 

 ヴィータの姿は、恰幅の良い男性と、穏やかな佇まいの女性の輪郭を形作った。

 

 

パエトン

「これは …… おとうさんと おかあさん」

「いえ ポーの おとうさんと おかあさん」

 

 

恰幅の良い男性

「……!」

 

穏やかそうな女性

「……!」

 

 

パエトン

「やっぱり むかし たくさんあった こと です」

「しってること おもってること たくさん つたわります」

「やさしくて いつもいっしょで ふたりは おたがいをみていると とてもしあわせでした」

「ポーが うまれてから ポーといっしょが しあわせでした」

「ポーは おとうさんと おかあさんが だいすき おとうさんも おかあさんも ポーと おなじ」

「…… でも …… なにか おかしいですね」

 

 

 ポーの両親である事はわかる。輪郭もある。しかし、それ以上の細かな姿がわからない。

 幸せな記憶と、幸せな感情は伝わってくる。掛け替えのないだろう情報。しかし、「それだけ」しか伝わってこない。

 

 

パエトン

「これ むかしは こんなこと なかっ『た』 …… あ なかっ『たです』」

「たべたら もっとたくさん つたわります けど いま すこしだけです」

「おとうさんも おかあさんも かたちが よくわかりません」

「ポーのおとうさん ポーのおかあさん なぜ 『すくない』のですか」

 

恰幅の良い男性

「……」

 

穏やかそうな女性

「……」

 

 

 2人の姿が暗闇に消えていく。代わりに、最期に残った情報だけがパエトンに取り込まれる。

 

 

パエトン

「…… そうでした これは わたしも おぼえていたこと でした」

「ふたりは わたしが たべてました いつのまにか」

「いつもなら もう おもいだしません ポーのしってること いがい」

「おもいだしたのは なぜでしょうか ……」

「ふたりを また たべたのでしょうか すこし どこかにのこってたのでしょうか」

「すこししか のこってないから すこしだけ つたわるのでしょうか」

 

 

 暗闇に答えは無かった。既に残った情報の「取り込み」は完了している。後は取捨選択のプロセスを待つのみだった。

 

 

パエトン

「…… やっぱり だめです」

「わたしは ポーの おとうさんを おかあさんを たべました」

「ポーは たくさん かなしみました ポーは たくさん わすれてしまった」

「たべないと だめです でも ヴィータでは たりません」

「ヴィータより たりるものを わたしは しりません だから ヴィータを たくさんたべる しか ありません」

「わたしは わるいことをします」

「わたしは いきてます だから わるいことを しなくちゃいけません」

「わるいことは しては いけません わたしは わるいことです」

 

 

 情報源が複雑であるほど、全体に僅かな綻びが生じるだけで、ただの複雑なだけの不条理の塊となる。

 経年劣化した両親の、どこか遠くを流れていくだけのような情報は、ただ失ったものと奪ったものの重みを再確認させるだけだった。

 

 

パエトン

「わたしは ポーを くるしませ ました」

「ポーは ヴィータを ころしました」

「ポーは わたしといっしょに おなかをすかせました」

「ポーは かなしいこと ぜんぶ おもいだしました」

「わたしは ポーに きえたく させました」

「わたしは わたしが ポーなので なにも きえないので ……」

「わたしは ……」

「…… なにか いますか あしもとに ……」

 

 

 何かが足を擦っているような感触が、あった気がした。

 どの脚かはいまいち判然としない。

 しゃがんでみた気になってみるが、何の姿も出てこない。

 

 

パエトン

「…… なにも ないですね」

「…… でも なにか さわってます」

「このへん …… あ なにかあります」

 

 

 手探りした気がして、何かが手に触れたような気がした。

 何十cmも無い気がして、柔らかいような気もする。

 柔らかいと傷つけてしまうかもしれないので、慎重に触れる心構えをした。

 抱き上げたつもりになってみると、これが存外に収まりが良いような気分になる。

 

 

パエトン

「…… あなたは かたちが ないのですか」

「じぶんの かたちを おぼえてないのですか」

「それとも しらないのですか」

 

 

 問いかけても返事はない。

 ただ、ひたすら腕の中で蠢いている気がする。

 

 

パエトン

「…… めが ないのに わたしを みているのですか」

「こんどは うでを のぼろうと していますね」

「あなたは …… あなたは たぶん わたしが こわくない きがします」

 

 

 感触が二の腕の辺りまでよじ登っている気がした。

 落ちるかもしれず、それは危ないので、そっと捕まえて腕の中に戻すよう意識した。

 姿形の見えないそれに顔を近づけ、眼を凝らす事に集中してみた。

 

 

パエトン

「…… なにも いません あなたのかたちを だれも みていないのですか」

「でも あなたは …… たぶん かわいい きがします」

 

???

「……」

 

パエトン

「…… なにか いいましたか」

 

???

「……」

「オ……ネ……エ……チャ……ン……」

 

パエトン

「…………」

「!!!???」

 

 

 今、腕に抱いているものを知っていた。ポーを通して確かに知っていた。

 紛れもない自分の記憶の中から声が聞こえてくる。

 

 

記憶の中の男性の声

「教えてやったらビックリするだろうなあ。『オネエチャン』が大空洞でどんな大冒険したのか」

 

記憶の中の女性の声

「そんな不思議そうな顔しないの。もうすぐ、嫌って言ったって『オネエチャン』になるんだから」

 

パエトン

「あ あ あ」

「あああ あ あ あああああ ……」

 

 

 理解すると同時に、音だけの記憶と、言葉のない感情が取り込まれる。

 

 

パエトン

「あ あ あな た は」

「きいてた んですか ずっと ずっと」

「つたわ つたわります あなたの ちょっとだけの ぜんぶ」

「なんで あなたは 『すくなく』 ないのですか わたしは わたしは あなたも ……」

 

腕に抱いているもの

「オ……ネ……エ……チャ……ン……」

 

パエトン

「ちがう わたし は …… いいえ ちがいます ポーでは ありません」

「ちがう わたしは ちがう わたしは ポーを ……」

 

???

「ポーを生かした。お前がだ。だから今、そうしているのだ」

 

パエトン

「…… ど どなた ですか」

 

 

 背後を振り向いた気がするし、目の前に居たかもしれない。

 とにかく、見覚えのある人影が、ぼんやりと浮かんできた。

 

 

見覚えのある人

「酷く次元の低い、単純な知性だったからこそ、時を経ても『日持ち』したのだろうな」

「多少損なっても、単純故に要点を失わず、持ち主の愛情を受け取り続けて」

 

パエトン

「あ あなたは しってます」

「もしかして わたしは あなたも ……」

 

見覚えのある人

「人違いだ。ここにあるのは、お前が受け取った情報を勝手に写し込んだ幻にすぎん」

「ここには『お前たち』しか居ない。お前が一番よく分かっているはずだ」

 

パエトン

「……」

 

見覚えのある人

「そんな事より答えろ。腕の中のそいつは何だ」

「いや、少し訂正する。そいつは、お前たちにとってどんな存在だ」

 

パエトン

「わたし たち ……」

 

 

 再び腕をよじ登ろうとしている虚無を見下ろす。

 

 

パエトン

「わたし には なんというのか わかりません」

「でも …… たいせつです とても たいせつです」

「いまは ポーと あたまが いっしょなので わかります」

「たいせつに したい …… したかった わたしも」

 

見覚えのある人

「結末はどうあれ、だ」

「お前があったからこそ、そいつはお前たちを知ったのだ」

「お前があったから、そいつは誰も欠かすこと無く、家族と出会えたのだ。お前を含めてだ」

「お前が『お前たち』であろうと、何も『わからない』そいつに区別などあるまい」

「お前の大切なそいつもまた、お前の事はさぞ大切だろう」

「……そのお前は、これからどうする?」

 

パエトン

「…… ……」

「…… けせない」

「…… あなたの あなたの きもちが すごく つたわります ……」

「わたしの なかにも おなじきもちが ありました …… あなたの きもちで やっと わかりました」

「ポーが きえたくても わたしが きえたくても」

「もう ずっと まいにち だれかの たいせつを ころして それしかなくても」

「けせない …… ポーは けせない …… このてにある たいせつを だいすきを つたえなくちゃいけない ……」

「いつか ぜったいに いつか おなじことを …… 『こうして』 おなじことを おもっていた はずなのに ……」

「う う ううう うううう う うう ……」

 

 

 ヴィータなら涙でも流していたかもしれなかった。

 もしかしたら本当は、声なんてあげていないのかもしれない。

 

 

見覚えのある人

「……」

「なら行くぞ」

 

パエトン

「うあうっ」

 

 

 掴まれて、引っ張られた感じがした。

 多分、だらしなく開けていた口や頬に指をかける具合に。

 そのまま引きずられている気がする。

 

 

パエトン

「あ あの ど どこへ いくのですか」

 

見覚えのある人

「どこでもいい! まずは行くぞ!」

「この先に、己の望む世界など作れぬとしても、やはり無駄だったと省みるだけで終わろうともだ!」

「ハナから怒りでも災厄でも永劫撒き散らして、憎まれのたうち回る事だけ求められて生まれたのだとしてもな!」

 

パエトン

「…… それは なにも みえないのではないですか」

「どこかへ いくための あるくところも ないのでは ないですか」

 

見覚えのある人

「だからどうした。理不尽と思うなら『怒れ』。何も見えずとも手足が無くとも、怒る事ならできる」

「それも含めてどこぞの『お高くとまった連中』の手の上で、初めから意思も行動も定められた枠の内であってもだ」

「それでも怒りだけは、『認めぬ』という事実だけは、間違いなくお前の刻む『望み』なのだからな」

 

パエトン

「おこる のは …… よくわからない です」

 

見覚えのある人

「なら見て覚えろ。丁度いい。どこへだろうと踏み出す理由もそれで一つ出来上がりだ」

「それも見えんというなら聞いて学べ。どうやら今際の際だろうと耳だけは残るらしいからな。だから聞け」

「何も見えぬなら聞け。動けぬなら聞け。落ちるだけでもまずは聞け」

「どこで何をしようとお前の勝手だが、まずは耳を澄ませろ」

 

パエトン

「みみ ……」

 

 

 暗闇の虚像を少し忘れて、音を探す。

 

 

パエトン

「おと ……」

「…… きこえます なにか …… きいたことが あります」

「うー うー うー うーー …… しってる おと ポーと ききました」

 

見覚えのある人

「聞こえたなら早く行け。殺した者の待つ地でも、崖の底でも聞こえる方に」

 

パエトン

「…… はい いっしょに いきます ポーの ために」

 

見覚えのある人

「違う。お前が先に行け。三文芝居はここまでだ」

 

パエトン

「え ……」

 

見覚えのある人

「『伝えたい』事があるのだろう。先に行ってたっぷり聞いてこい」

「音ならここまで届く。こんな所にも押し寄せるくらいに、お前が『取り込んで』きてやれ」

 

パエトン

「あ ……」

「は はい」

「じゃ じゃあ ……」

 

見覚えのある人

「パエトン」

 

パエトン

「え あ は はい」

 

見覚えのある人

「『パエトン』行ったら、『ソレ』が何かちゃんと説明しろよ」

 

パエトン

「そ …… それ とは」

 

見覚えのある人

「まあ遅かれ早かれ吐かされるだろうがな『ポー』」

 

パエトン

「あの わたしは ポーでは ……」

 

見覚えのある人

「良いか、お前『パエト ン』カなのだからな『ポ ー 』」

「この先『パエ、ト ……ン』がどうなろうと、務めも果たさんで『…… ーー 』の好きになど絶対にさせん」

 

パエトン

「あれ …… えっと あれ れ ……」

 

見覚えのある人

「良いか! こ『 エト  ーン』でちゃんと『ポー  ーー ー』てるからな!」

「お前が『望む』限り、『パエトー ー  』の声だけは消させはせん!」

 

パエトン

「あ これ もしかして ……」

 

見覚えのある人?

「……ポ……ォ……ォォ……ォ、ォ……ーー……」

 

パエトン

「この 『声』 あなたじゃなくて ほんとうの ……」

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

知っている声

「パエトォォォーーーーーン!!」

 

パエトン

「!!!」

 

知っている声

「ポォォーー! パエトォーーン! 一緒に帰るんだー!」

「お前たちと一緒に生きてみたいやつが、たくさん待ってるんだぞぉーー!」

「パエト……ごっほ、ごほっ!」

 

少しだけ知っている声

「ドンッ、フォーゲット・ブリーズ! もう一度だ、必ずや君の声は届いている!」

 

 

 口から何か、細いものがヌルリとこぼれ落ちた。

 3つの瞳が、口から出た物が指先である事と、そのボロボロの持ち主が落ちていくのを見た。

 このままだと「口」に落ちていくのを本能で理解した。いやしかし、今しがた口から出ていったはず。でも間違いなく、落ちてはならない「口」がある。

 

 

パエトン

「……!」

 

 

 考えるよりも前に行動していた。落ちそうな人は、落ちる前に助けないとと、そう学んでいた。

 反射的に差し伸ばした手が、取り囲んでいた物をガラガラと砕いた。

 気を失った傷だらけのヴィータを抱えたまま、10メートルほど下方に難なく着地していた。腕の中の命にも、全く支障なく。

 

 

パエトン

「……」

 

 

 辺りを見回すと、何人かのヴィータが疲れ切った様子でこちらを見ている。

 視界の端に『火』が見えたが、岩だらけで火種もないので、一瞬で消えた。

 楽器を持ったヴィータが、驚いたような顔でこっちを見ていた後、微笑んで楽器を構え直した。

 

 

パエトン

「……」

「…… しってる おと ……」

 

 

 

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