メギド72オリスト「太古の災厄と新生する憤怒」 作:水郷アコホ
ソロモン
「……ハァ~」
いつものアジトの廊下。ソロモンは、とある個室の前で壁に持たれかけ、困った様子でため息をついた。
通り掛かる者もないまま、この状態からだいぶ時間が過ぎているのを確認して、もう何度目か、個室の扉をノックした。
ソロモン
「ベレト、俺だ。本当に、頼むから一度、話をさせてくれないか?」
……。
返事の一つもない。出払っているのではないかというくらい静かだった。
ソロモン
「参ったな……」
「なあ、ベレト、頼むよ。さっきから何度も言ってるけど、本当に重要な事なんだ。でないと──」
???
「よお、こんな所にいたか」
廊下の向こうから呼びかけられ、個室への呼びかけを中断して振り向くソロモン。
ノシノシと言った表現が似合いそうな足音と共に、見慣れた巨漢が機嫌良さそうに現れた。
ソロモン
「ブネ、戻ってきてたのか」
ブネ
「おう、ついさっきな」
「もう2,3日か伸びるはずだったんだが、急に別件入ったとかでゴタつき始めてな」
「残りは日を改めて片付けるから、ひとまず一旦帰ってろとよ」
「情報共有がてら土産話でも聞いてやろうかと思って来たんだが……そっちはどうも辛気くせえようだな」
ソロモン
「数日前に依頼から戻ってから、ちょっとな……」
「っていうかブネ、もう既にすごい酒臭いぞ?」
ブネ
「良いじゃねえか、役得ってもんだ。記憶飛ぶほど呑んじゃねえから安心しな」
ソロモン
「バルバトスが言ってた通り、本当に仕事ついでに呑みまくってたのか……」
ブネ
「ばか言え、酒のついでに仕事してきたんだよ」
ソロモン
「すっかり出来上がっちゃってるなあ」
ブネ
「そんな事より、立ち話もナンだ。広間に来いよ」
「ロンバルドまで行ったって聞いたぜ。メギドには会えたか?」
ソロモン
「いや、今はちょっと、それどころじゃなくて」
「それに、メギドの話も今は……」
「……って、んん?」
ブネ
「何だ、気づかなかったのか?」
「まあ、アイツのあの感じじゃ、相手がソロモン王だろうと誤魔化したって無理もねえが」
ソロモン
「ちょ、ちょ、ちょっと待った!」
「その言い方……ブネ、ロンバルドのメギドと会った事あるのか!?」
ブネ
「まあな」
「ダメ元で聞き込んでみたつもりが大当たりでな。顔色変えて向こうから白状した時はたまげたぜ」
「顔色っつうか、もう顔まるごとか。こう、ガシャンって具合でな」
ソロモン
「……!!」
「い、いつ!? どこで!? 何で!?」
ブネ
「別に話すのは構わねえが……」
「場所、変えるぞ。廊下の隅っこでダラダラ話してたって気が滅入るだけだ」
ソロモン
「で、でも今は……」
ブネ
「お前の事言ってんだ。ここ来るまでに他の奴らから聞いたぞ、何時間ここで踏ん張ってるつもりだ」
「んな事したって変に頭が凝り固まるだけだろうが。お前がそれじゃ仲間も落ち着かねえ」
「誰を待ってるか知らねえが、部屋ん中の奴も却って出るに出られねえだろうよ」
ソロモン
「う……わかったよ」
・ ・ ・ ・ ・ ・
いつものアジトの広間。ソロモンとブネ以外に人影はない。
適当な席に着いて早々、ブネが広間据え置きの酒をグラスに開けた。
ブネ
「で、だ。とりあえず……結局、会えたのか、会えなかったのか?」
ソロモン
「会えたよ……会えたけど……」
「…………先に、聞いて良いか。ブネはいつ、どうしてパエトン……ロンバルドのメギドと会ったのか」
ブネ
「パエトン……あーそうだ、そういや確かそんな名前だったな」
「まあ良いぜ。廊下で一旦切り上げた時にもそういう話題だったしな」
「つっても大したこたねえ。王都に殴り込みに行く前にロンバルドに立ち寄って、それで会った。それだけだ」
ソロモン
「王都に殴り込み……最初にシバ達に追放メギドの存在を示したっていう、例の?」
「俺がブネ達と会う以前よりもっと前に、ロンバルドへ……」
「……もしかして、その格好で?」
ブネ
「気にする所そこかよ! んなもん少し考えりゃわかんだろ……」
「とにかく、あの頃は他のメギドや、メギドラルに対抗する手がかりを探して旅しててな」
「つっても、どこへ行っても収穫は無し。まあ調査なんて俺のガラでも無かったしな」
「だが、ふと思いついたんだ」
「記憶取り戻したメギドってのは、ヴィータの身に嫌気が差して、人里離れて不貞腐れてたりするんじゃねえか……」
「そう考えて、ロンバルドくんだりまで行って、宿を取った」
ソロモン
「もしかして、ポーとヤブさんの?」
ブネ
「ああ、そこだ。店主の名前はうろ覚えだが、娘の方はカンタンな名前してたから覚えてる」
ソロモン
「その、どうやって……ポーを?」
ブネ
「宿の娘がメギドだって分かったのは、全く偶然だ」
「これも何の事はねえ。ガキにしちゃ随分気が利くやつだったんでな」
「酒も入ってたんで、珍しく愛想きかしてみたんだ」
「おとぎ話半分で、追放メギドについて話してみた。で、『お前も何か知らねえか』って」
「そしたらさっき話した通りだ。正体表すわガタガタ震えて縮こまるわで」
「最初は酒の勢いで面白半分に宥めたりしてたんだが、どうも尋常じゃなくてな」
ソロモン
「(そうか。その頃にはヤブさんの所で働いてて、体の主導権も持ててるって事は……)」
「(ポーの両親を襲って、そんな自分を『恐れ』て、隠れていた頃だ)」
「(でも、ブネの目的は『パエトン』ではなく『追放メギドの情報』。微妙に石の『恐れ』の条件から外れてる)」
「(だからブネは何の抵抗もなく聞き出せて、しかもその質問は、パエトンにとって『的確』すぎた……)」
ブネ
「言い出した手前さすがにバツが悪くてよ、どうにか落ち着かせて、少し話を合わせてやった」
「詳しい事はだんまりだったが、とにかく正体を知られるのが怖くて仕方ねえらしい」
「まあ俺も、メギドに目覚めてしばらくはロクな事が無かったから、分からない事もねえ」
「だからまあ、その時の事は、いったん無かった事にした」
ソロモン
「仲間を……メギドを探してたのに?」
ブネ
「当たり前だろ。俺が会った時はまだ背丈からして7つかそこらだぞ」
「メギドラルと真っ向からやり合うためのメギド探しだ。数えるにゃ流石に幼すぎる」
「それに、俺なりに収穫もあったしな。ひとまずはそれで良しとした」
ソロモン
「収穫? もしかして大空洞に何かあったとか……」
ブネ
「なんだそりゃ? 追放メギド探しに来たのに、あんな3日ともたなそうなトコ探すかよ」
「仮にあそこにソロモンの指輪でもあるなんて聞いたって、一人で飛び込むにゃ無謀すぎる」
「収穫ってのは、まず1つ、確かに俺以外の追放メギドは存在すると分かった事」
「四方八方歩いて噂話がやっとの毎日だったからな。実入りはなくとも、随分と励みにはなった」
ソロモン
「(正確には、俺たちがいま呼んでる『追放』メギドじゃなかったけど……)」
ブネ
「次に、人間離れしたナリのメギドも居る」
「それなら隠れて生活してても、素人にゃ見つからなくて無理はねえ。見つかりゃたちまち化け物扱いだろうからな」
「それに、格好がヴィータ離れしてもヴァイガルドに存在できるなら、『力』だって何とかなるかもしれねえだろ」
「俺としても、その後に仲間になった連中が羽だの角だの生えてるくらいなら何とも思わなくなったしな」
ソロモン
「言われてみれば、確かに……」
「今じゃそのくらい当たり前みたいに思えてるけど、そういう特徴って、ヴィータにとっての『常識』じゃないもんな……」
ブネ
「最後に……いや、細かく言えばもう一つあるか」
「とにかく、メギドの誇りだの闘争心だの、もう欠片も無えメギドも居るって気づけた事だな」
「好き放題でもなく、ヴィータとして呑気にやるでもなく、むしろヴィータにさえ怯えて暮らす奴もいる……」
「これに気付けなかったら、今頃は仲間内から、種族錯誤のガンコオヤジとでも言われたかもな」
ソロモン
「た、確かにブネは仲間のために厳しく出る事もあるけど、そこまで言う事は……」
ブネ
「もちろん一発脳天にくれてやったぜ。言い出したのはバルバトスだ」
「だいぶ付き合いも長くなった頃に、酒に付き合わせたあいつが言ったんだよ」
「あんまり俺がオトコマエなもんで、最初あった時はそんなやつなんじゃないかって少し身構えてたんだとよ」
ソロモン
「な、なんて事を……」
ブネ
「もう気にしちゃいねえよ、酒の席の失言なんてそんなもんだ」
「あの時ゃ『ちいと』ばかし強引に付き合わせちまったしな、嫌味の一つも出るもんだろうよ。話、戻すぞ」
「パエトンに会った頃の俺にとって、追放メギドの基準は俺自身しか無かったからな」
「そこ行けば、パエトンのお陰で助かったとも思ってるくらいだ」
ソロモン
「つまり昔のブネは、追放メギドは皆、ブネみたいにメギドラルにやり返そうってメギドばかりって思ってたのか?」
ブネ
「思う所についちゃ、それだけって事はねえが……ま、鵜呑みにされても困るが、そう思ってくれていい」
「考えなんざ人それぞれっつっても、メギドってのは死ぬまで戦ってなんぼが『普通』だしな」
「例えばフルフルなんざ、最初会った時には『こんなのがメギドかよ』なんて……」
「ああいや、今じゃそんな事は思っちゃねえからな」
「流石に自堕落が過ぎんだろとかは思うが……とにかく本人には黙っててくれよ」
ソロモン
「わかってるよ。皆それぞれの『個』があるんだ、合わない所が有っても当たり前だ」
「皆そこを折り合いつけて協力してくれてるわけだし……いざとなれば、『鏡の部屋』もあるしさ」
ブネ
「そこは冗談ナシで頼むぜオイ……示しが付かねえ」
ソロモン
「大丈夫。個人的な話は、俺からは絶対に言わない」
「それで、『細かく言えばもう一つ』って部分も、聞いても良いか?」
ブネ
「ああ。『王都ででも派手にやって、大物の興味を牽いてみるか』って、そこで決めたんだ」
ソロモン
「パエトンの件があって? 何か、少し飛躍してないか?」
ブネ
「俺の中では前々から考えてた事だ」
「俺一人でも戦うつもりでは居たが、兵数を繕うに越した事はねえ。だってのに収穫は皆無だ」
「その内、こんな事するより幻獣とでもやり合って少しでも鍛えた方が、まだ俺向きなんじゃないかと思い始めてな」
「そんな時に、本当に偶然中の偶然で見つけたパエトンがあのザマだ」
「これじゃあお手上げだ。メギド一人見つけるのも、見つけた後も、俺の性分じゃ思いも寄らねえ事だらけだ」
「だから諦めた。俺は俺に出来る戦いにだけ専念して、脇はヴァイガルドを護りたい連中に固めさせる事にした」
ソロモン
「それで、本来は敵だったハルマ達に素性を明かしに行ったのか」
「随分と思い切ったけど、結果としては正解だったのかもな」
「結局、メギド探し自体はバラムが何十年とかけるような大仕事だったわけだし」
ブネ
「72なんて数字飛び出した時は内心、メギド探しにかけた時間後悔するより先にホッとしちまったぜ」
ソロモン
「ははっ、あの時は『心強いな』なんて思ってたけど、真面目に考えると凄い数字だよな」
ブネ
「(ようやく気ぃ抜いて笑ったな……)」
「ま、その後はすぐにロンバルドを発ったから、パエトンとはそれっきりだ」
「パエトンの存在に集落が気づいてないなら、他に手がかりも望めそうになかったからな」
「強いて言えばパエトンに、俺なりに助言してやったくらいか」
ソロモン
「助言?」
ブネ
「急に俺に正体探られたのが何故だか相当コタえたみたいでな……」
「宿のオヤジに呼ばれてポーの方に早変わりするまで、結局ずうっと震えてたんだ」
「誰にも言わねえって何度も言ってんのに、それでも『またいつこんな事があるかわからないのが怖い』ってな」
ソロモン
「え……?」
ブネ
「頭がうまく使えないとかで、こんな事が起きると考えた事も無かった……とか」
「またいきなりこんな話されたら、またうっかり出てきて、ポーを悲しませるかもしれない……とか」
「ポーと比べると、とにかく悲観的だし卑屈な奴だったな」
ソロモン
「(ま、まさか……)」
「そ、それで、助言って言うのは……」
ブネ
「おっと、そうだったな。まあとにかくウジウジしててよ」
「どんどん自分で自分を追い込みに行くもんだから、ハッパかけてやったんだ」
「『誰に何と言われようが、お前さえ耳でも塞いで知らんふりしてりゃ絶対にバレねえ』」
「『今のだって、お前が正体見せずにポーに任せてたら、お前の事なんて思いつきもしなかった』……ってな」
ソロモン
「……!!」
ブネ
「お、おい何だよ。廊下で会った時よりひでえツラになってるぞ?」
ソロモン
「だから……だから、あんな事に……」
ブネ
「あー……何となく察しはついた」
「話してみろ、何があった?」
ソロモン
「実は……」
・ ・ ・ ・ ・ ・
ロンバルドで起きた一部始終を説明するソロモン。
パエトンの素性、限界を来していた事、一行が影響された「石」の力、そしてヤブが犠牲になった事。
ブネ
「あいつが、メギドとしちゃ俺達より大先輩だったとはな。まあそれはともかくとして」
「良かれと思って言った事だが……難儀なもんだな」
ソロモン
「ミカエルが、何度かポーに探りを入れてみたって言ってた。それでも怪しい素振りは全く無かったって……」
ブネ
「本当に頬っ被り決め通してみせたわけか。皮肉な結果だが、そこだけは大したもんだ」
ソロモン
「ブネの質問が『石』の条件から外れたからすんなり聞けたんだと思ったけど、多分それだけじゃなかったんだ」
「その頃はまだ、『石』の『恐れ』は今より強くなかった」
「両親を襲った自分への『恐れ』は確かにあったと思うけど、その頃はまだ『それだけ』で……」
「思いも寄らない所から秘密に勘付かれるっていう可能性に気づけていなかったんだ」
「だからブネの言葉でパニックになってしまった。体が変わっても気にしないロンバルドの人達に慣れていたし……」
「知性を得て間もないパエトンには、世の中は『わからない』事だらけだったから、尚更……」
ブネ
「俺が偶然パエトンを突っついちまったから、『いつか突然バレるかもしれない』というトラウマを抱えて……」
「『黙ってればバレない』と教えたもんだから、フォトンだの幻獣だのメギドだの聞いても目を背け続けた」
「何だか割り切れねえが、その点は事実だな」
ソロモン
「どこか『わからない』所から、突然、自分のやった事が明るみに出てしまうかもしれない」
「そしてもし秘密が告発されたら、矢面に立たされるのは必ずポーになってしまう……」
ブネ
「告発者が出てきたとして、普段から表に出てるポーがまず難癖付けられちまうだろうからな」
「それが分かっていながら、わけも分からねえ内に『やらかす』自分も信用できねえから、何もしない方がマシってか」
ソロモン
「そして、パエトンを『知られる』事も、パエトンがパエトン自身を『知る』事も『恐ろしく』なってしまった」
「ブネの時みたいに、不意に自分から正体を誰かに知らせてしまいかねない。それがパエトンの自己評価だから……」
「自分を見つめる事が、今以上の不安の種を際限なく見つける事としか思えなくなったんだ」
ブネ
「頭も肝っ玉もポーとそっくり同じってんなら、下手すりゃポーの欠点探しにもなりかねねえしな」
「しかもヘマした時に一番身近にいる奴がどんな思いするかだけは、鏡写しみてえによく分かるときたか」
ソロモン
「……出発前に、ブネから話だけでも聞けてたら、少しはパエトンの事を分かってやれたのに……」
ブネ
「……まあ俺が撒いた種とは言え、俺がその場に居たら、『誰がそこまでやれっつった』とでも言ってたかもな」
ソロモン
「一度、正体を知られてるブネが一緒なら、パエトンもすぐに姿を見せてくれてたかもしれない……」
ブネ
「……ハァ。かもな。面倒事が起きてるなら、手伝わせない理由も無えだろう」
ソロモン
「そうしたら、フォトンを与えて、パエトンの苦しみも和らげる事ができたかもしれない……」
「ヤブさんだって、あんな事には……ポーも……」
ブネ
「そこまでにしとけ」
「気持ちはイヤってほど分かるし、一度や二度『もしも』を夢見て口走るくらいは仕方ねえ、少しは付き合いもしてやる」
「だが言葉にし続けると、そのうち『縋る』ようになる。そうなったら二度と現実は直視できねえ」
「どのみち、パエトンはポーに両親を『食わせ』ちまった。それがある限り『もしも』は通らねえんだ」
「俺達と出会うのがもっと早かったら、お前の故郷も今頃は……お前が言いかけてるのはそういう話だ」
ソロモン
「……ごめん」
ブネ
「分かってんなら、続きを話せ」
ソロモン
「続き……」
ブネ
「パエトンが飢えて、見境なくして、宿のオヤジを殺して被害も出た。そんな事件だったのは分かった」
「パエトンはどうなった? 依頼の大本の幻獣は? お前が煮え切らねえツラぶらさげてる理由もだ」
「お前なら、不手際ばかり見返して『もしも』に逃げ込むような結果にだけはしなかったはずだろ」
ソロモン
「……そうだった。ブネがパエトンに会ったって聞いてから、すっかりパエトンの事ばかり意識してた」
「もちろん、戦ったよ。色々あって、暴走したパエトンと」
「ベレトの頑張りのお陰でパエトンが正気に戻って……皆、酷いケガだったから、アンドラスを呼んで……」
・ ・ ・ ・ ・ ・
時間を遡る。
大空洞最深部での戦いが終わり、召喚されたアンドラスがベレトを治療している。
パエトンのメギド体の抜け殻は、幾つかの小さな欠片がフォトンとなって消えていく所だった。
アンドラス
「それにしても……相当だね、これは」
「ベレトだけじゃなく君達全員、今回は随分無茶したねえ」
ウェパル
「別にこのくらい、いつもと大して変わらないわよ」
「無駄口叩いてないで治療に集中して。容態はどうなの?」
アンドラス
「うん、満場一致でベレトから治すって君達の判断、正解だったんじゃないかな」
「殆どフォトンが血と神経の代わりになってるようなものだね。『やせ我慢』でここまで出来るなんて感動ものだよ」
バルバトス
「『やせ我慢』……『技』で踏み止まる事とは違うのかい?」
アンドラス
「あれはあくまで、気絶とか、体に力が入らないと言った事態を堪えるものだろう?」
「同じ理屈の『技』だとしても、危篤の体を動かす事を『踏み止まる』とは言わないんじゃないかな」
「この状態、ヴィータとしてはとっくに『停まってる』。ガッツでどうこうって次元の向こう側のはずだよ」
ソロモン
「ア……アンドラス?」
アンドラス
「心配いらないよ。今しがたまで『動くということ』にはしてたんだから、体組織は何とか生きてる」
「なら俺の分野だ。治療もこれで完了、もう命に別条はない。ただ、目覚めるには時間がかかるんじゃないかな」
「停まったはずの体を強制的に起こし続けたようなものだからね。肉体的にもフォトン的にも休養が必要だと思うよ」
ウェパル
「……はぁ。全く、勿体ぶってないで無事って事だけ言えば充分じゃないの」
シャックス
「とにかくベレベレもこれで安心安心、良かった良かった!」
ソロモン
「ベレトの治療が終わったなら、他の皆も順番に頼むよ、アンドラス」
アンドラス
「喜んで。こんなになっても生きてられる実例を目の当たりにしただけで、もう気分が昂ぶってしょうがないんだ」
ウェパル
「これだからあんまり頼りたくないのよね……」
アンドラス
「まずはフォラスだ。俺が来てからこの短時間でチアノーゼ起こしてるのはマズイよ」
「しかも見るからに肋骨が原因だね。君も君でよく生きてたものだよ」
フォラス
「戦いが終わったと思ったら、どんどん痛んできて……やっぱり、息するだけでもヤバいやつだった……」
「だ、誰か……寝かしてくんねえか……しんどすぎて動けねえ……」
モラクス
「ちょ、そ、それなら早く言ってくれって!!」
アンドラス
「モラクスの傷も大概だけど、元気そうならひとまず良いかな」
「フォラスが終わったらウェパルだ。特に指、早めに処置しないと壊死しかねないからね」
フォラスの介抱と処置を始める仲間たちを見守るソロモン。
ソロモン
「さて……アンドラスには充分フォトンを送ったからしばらくは大丈夫として……」
視線を移すソロモン。
立ち尽くす大顎の少女にガイードが跪いて抱きつき、バルバトスとミカエルがそれを見守っている。
ソロモン
「バルバトス、そっちは落ち着いたか?」
バルバトス
「ああ。ガイードさんの方はそろそろ大丈夫そうだ」
「ガイードさん、野暮で済まないが、良いかい?」
ガイード
「ずずっ……ええ、はい。みっともないトコお見せしちまいまして……」
バルバトス
「とんでもない。あなたの呼びかけがあってこその成果なんだ。今、誰より輝いてるよ」
散々叫んで枯れた喉で、親類を救った歓喜に泣き吠え、今は鼻声まで混じっているガイードがゆっくり立ち上がって数歩離れた。顔面が涙やら何やらで眩しくきらめいている。
ソロモンがパエトンの前に歩み寄る。それに気づいたパエトンが、ビクリと肩を跳ねさせた。
ソロモン
「えっと……君は、パエトン……で、良いんだよな?」
パエトン
「……」
小さく頷くパエトン。俯いてチワワのように震えている。
バルバトス
「パエトンの方は、ずっとこの調子だね……」
「助けてくれたベレトを差し出した時から今までずっと、声もあげず、体を強張らせたまま震えっぱなしだ」
ソロモン
「怖がらなくて良いんだよ。すぐには難しいかもしれないけど……」
「俺達はむしろ、君を──」
ソロモンが穏やかに微笑んで、パエトンの頭をそっと撫でた。
ソロモンの掌にパエトンの震えが伝わる。
ソロモン
「──ん?」
「パエトン……大丈夫か? 何か、震えてるっていうより、時々……痙攣?」
ガイード
「な、なんですって!? まだ何か!?」
パエトン
「…… …… うっ」
ソロモンに伝わる感触は、確かに細かく震えてもいるが、断続的にほぼ全身をブルッと揺さぶっている。
よく見ると、大顎で目立たない首周りの筋肉が一際激しく蠢いている。
パエトン
「う む …… げ …… ぅぷ ……」
バルバトス
「あ……あーそうか、そうだった!」
「えーと……ウェパル、治療が終わってないかも知れないが、動けるならこっちに──」
ウェパル
「はいはい、見てたし聞いてた」
バルバトス
「ソロモン、ガイードさん、ミカエルも。俺たち男勢は一旦パエトンから離れるんだ!」
ガイード
「な、何だか、この慌ただしさ、覚えがあるような……」
ソロモン
「あ、そっか。ベレトがパエトンに『石』を飲ませたって事は……」
ミカエル
「ウープス、私としたことが……」
ウェパルが仲間が脱ぎ捨てた防寒具の上着を適当に拾い、パエトンの肩を取って人目から隠すように後ろを向かせた。
バタバタと移動を開始する男たち。足音を聞いて、手透きのモラクスとシャックスが寄ってきた。
シャックス
「なになに? どったのどったの?」
モラクス
「パエトンとウェパルだけ置いてって、何かすんのか?」
バルバトス
「別に面白い事じゃあないよ。二人もパエトンから離れ……いや、耳を塞いで、何も聞こえないようにするんだ」
ソロモン
「パエトンは食べたものの内、知性とかの不要なモノは取り込まないように出来てるんだ」
「不要なモノをまとめたのが例の『石』で、それを再び食べさせたから──」
ぉぅえぇぇぇぇぇぇ~~~ …… 。
ソロモン
「……つまり、こうなるから距離を取ってあげてたってこと……。説明してる間にタイミング逃したけど……」
バルバトス、ミカエル、ガイードは既にしっかり尊厳に配慮していたので尚更気まずいソロモン。
しばらくして、ウェパルとパエトンがパタパタと後始末を終えて、一行の元へ戻ってきた。
ウェパル
「全く、我慢してないで、伝えるなり隅に移動するなりすれば良かったのに」
パエトン
「す すみません ……」
バルバトス
「すっかり落ち着いたな。さっきまでの様子は、ずっと我慢してたからか……」
ガイード
「あー……はは、すまねえパエトン。俺が取り乱しちまったばっかりに……」
モラクス
「あ、そっか。要らねえモン吐き出したのがあの『石』だから、もう一度食わせてもそのまま吐いちまうだけなのか」
「まあ『石』が食ったモンの残りカスなんだから、ウン──」
ウェパルがモラクスの喉をパンチした。モラクスはもんどり打って倒れた。
ウェパル
「下品」
アンドラス
「ウェパル、モラクス。フォラスの治療が終わったから、次は君達の番だ」
呼びかけるアンドラスの脇で、ベレトの隣にフォラスが寝かされている。傷は治っても、低下した体力を整えるのに時間がかかるようだ。
まだ苦しそうな面持ちだが、血色はだいぶ良くなり、意識も明瞭なようだった。
ウェパル
「じゃ、ちょっと行ってくるわ。ほらモラクス、寝てんじゃないわよ」
「シャックスも来なさい。頭打ったんだから、中身はともかく傷口の治療くらいした方がいいでしょ」
シャックス
「はーい! 中身は心配いらないいらない、こーんなに元気だから!」
モラクス
「ぢょ……おま……ぐび、くびギマっでる……!」
自分が地べたで悶えさせたモラクスの襟を掴み、引きずっていくウェパル。
全身打撲のウェパルを案じてシャックスもモラクスの襟を握って手伝うが、極めて効率的にモラクスの喉に追い打ちをかけてしまっている。
ウェパルが歩きながらソロモンに振り向いた。
ウェパル
「それとソロモン、あんたもアンドラスにちゃんと診てもらいなさいよ」
ソロモン
「お、俺?」
それだけ言って再び去っていくウェパル。
ソロモン
「俺は、皆のお陰で大した怪我もしてないけど……」
バルバトス
「だからこそ、万全に守り抜けた事を確かめるべきだと言いたいんだよ」
「万一があったら、アンドラスが治療するためのフォトンも確保できなくなるからね」
ソロモン
「皆を信じてるからこそ念を入れろ……って事か」
バルバトス
「それに、何だかんだ指輪の酷使で、君の消耗も相当なはずだ」
「同性の医療組を追加で呼ぶよう頼めたはずなのに、ウェパルが黙って合わせてくれてるのも、その辺を心配してだと思うよ」
ソロモン
「そっか……わかった。モラクスの治療が終わった後にでも診てもらうよ」
「今は……」
改めて、パエトンへ向き直るソロモン。バルバトスもソロモンに倣う。
そして二人揃って不思議なものを見たような顔になる。
ソロモン
「モラクスがウェパルのツッコミ受けてた間に、ガイードさんがパエトンに謝ってたとこまでは見てたけど……」
バルバトス
「まあ、助けられた事に感極まったガイードさんに、パエトンが気を使って我慢してたのも事実なわけだけど……」
パエトンは、何だかモグモグしている。否、大顎は健在なので、ガジガジしている。
ソロモン
「えっと……パエトン?」
パエトン
「アグ アグ …… あっ ……」
「ゴキュッ はい なんでしょう か」
バルバトス
「何か、食べてた?」
ガイード
「保存食です。肉を寒空でガチガチにしたもので、大空洞に入る時は幾らか緊急用に持つんですが……」
「例の『炎』でココらすっかり暖まってますから、このままじゃ悪くなるかもなと、ふと思い出しましてね」
「よければ、皆さんもどうです。この後、歩いて帰らにゃなりませんし、精をつけるためにも」
バルバトス
「ああ、うん。後でいただこうかな……えっと、パエトン」
「遠慮なく食べられてるって事は心配ないと思うけど……どこかまだ、苦しかったりはしないかい?」
パエトン
「くるしい …… くる しい …… あー えー ……」
ソロモン
「だ、大丈夫か……?」
ミカエル
「腹ペコのレディ……いやパエトン。難しく考えなくとも、ノープロブレム」
「『地底湖の天使』を砕いた時のような、誰かを襲ってしまいそうな……」
「そんな気さえしなければ、イエスと答えると良い」
パエトン
「あ はい それなら だいじょうぶです」
「めがさめたら フォトンのおなかは だいじょうぶでした」
バルバトス
「ふむ……滅多に肉体を使って来なかったから、言葉を理解したり文章を考えるのに慣れてないんだな」
「というか、語弊はあるが……『高度な脳がある』という事自体に慣れてない感じかな」
パエトン
「でも からだのおなかが ……」
バルバトス
「あー、ついさっき、お腹をカラにしたばかりだしね……」
「というか、もう胃が大食いに適応しちゃってるんだろうな。どのみち食べた物はフォトンにしちゃうし」
ソロモン
「ははっ、落ち着いていられるなら良いんだ。俺も頑張った甲斐があったよ」
ガイード
「はっはっは、コレなもんだから、つい皆さんに断りも無く物あげちまって……これだけはポーと全く変わりませんよ」
「あっ……いや、その……」
今、表に出ているのがパエトンである事の意味に考えが至り、口ごもるガイード。
ソロモン
「気にしないでください。どのみち、俺たちから聞くつもりでしたから」
「パエトン。今、ポーはどうしてる?」
「君とポーが体を共有……同じ体で生きているなら、ポーも生きてくれていると思うんだけど……」
パエトン
「……」
「ポーは います …… いると おもいます」
「でも どこにいるか もう わかりません」
「わたしにも みえないところに ポーは い『る』 …… あ い『ます』」
バルバトス
「ポーの魂は確かに君の中にある。けれど、君にはもう、呼び出す事ができない……」
「それどころか、今どんな気持ちでいるかも分からない、存在を感じ取る事もできない。そういう事だね」
「やはり、ポーには過酷すぎたか……」
ソロモン
「ポーの心までは助けられなかった、か……」
「(ベレト……)」
パエトン
「……」
「…… アグッ」
バルバトス
「ふふっ、この流れでも食べるのか」
パエトン
「あ すいません まだ おはなしちゅうでした か」
バルバトス
「いや、良いんだ。ほとんど終わっていたようなものだったからね」
「それに君もまだ、長く集中し続けるのは難しいだろう。君は君のペースで居るのが、今は一番良い事だ」
パエトン
「そうなのですか では もっとたべます アグッ」
ガイード
「つまり、ポーの心みたいなものが、ずっと深い所に閉じこもっちまってる……みたいなもんですよね?」
「そういう事でしたらつまり……ギリギリセーフって事ですかね?」
ソロモン
「セ、セーフかな……?」
ガイード
「だって、ポーはまだ生きてるって事でしょう?」
「あの子は強くて賢い子です。あっしらが『普通に』帰りを待ってれば、そのうち戻ってきてくれますよ」
「そりゃあ、その……今まではパエトンのお陰だったみたいな所もあるんでしょうが……」
「ですが、人目はばかる事情なんざ、ここじゃ珍しくもありませんから」
「ポーならそのうち分かってくれますよ。『よくいる誰か』から、別の『よくいる誰か』になっただけだって」
ソロモン
「……そうかもな。今は消えてしまいたいくらい辛くても、生きてさえいれば立ち直れる日もくるよな」
バルバトス
「まあ……うん。ポーがロンバルドに生まれ育ったのは、本当に幸せな事だったのかも知れない」
「パエトン。ポーのためにヴィータと共に生きていく事は、できそうかい?」
パエトン
「…… わたしは あたまが …… 『わからない』ので …… じしんが ありません」
「でも …… がんばります ポーが つらくても どうしても つたえなくちゃいけない ことが あります」
バルバトス
「良い返事だ。一段落ついたら、君の事情は話せる限りガイードさんに教える。困ったらちゃんと頼るんだよ」
「彼は君のために命を張った真のヒーローだ。君の何を『知った』って、君が『恐れ』るような事は絶対に起こらないのさ」
ガイード
「おう! 任せてください!」
シャックス
「モンモーン、ドラドラが皆の治療終わったってー!」
バルバトスが詩人らしい誇張を添えてパエトンを勇気づけている中、シャックスの声が飛んできた。
振り向くソロモン。シャックスが元気に手を振り、アンドラスが興味深そうにこちらを見つめている。モラクスはまだ喉を気にしている。
ソロモン
「あ、もうそんなに経ってたか」
アンドラス
「そこの新顔の子を除けば、後は君ら、ヴィータとハルマ含めて四人だけだ」
「俺としては、真っ先に重傷のハルマってのを診てみたくてたまらないわけだけど」
ミカエル
「アイムオーケイ。私なら心配無用だ」
「これはヴィータを護り導く者の『勲章』。痕も残らず自然治癒するまで、愛でるように大切にしておきたい」
バルバトス
「(『勲章』か……ハハ、これは流石に適わないかも)」
ミカエル
「それに、ソロモン王との誓いもあるからね」
ソロモン
「あ、あーそうか、そういえば」
「えーっと、アンドラス。メギドとハルマの力が干渉し合わないとも限らないから、ミカエルの治療は無しで頼む」
アンドラス
「なるほど、それは残念。じゃあ『力』抜きで、持ち合わせだけで応急処置ってとこでどうだい?」
「ヴィータなら眠る事もままならない大火傷だ。いくら何でも放置ってのは落ち着かないからさ」
ソロモン
「それならまあ。ミカエルも、良いよな?」
ミカエル
「オーケイ!」
バルバトス
「ガイードさんも念の為、診てもらってくれ。物言いは危なっかしいけど、ああ見えて彼は名医だからね」
ガイード
「そうですな。案内役としても、万一があっちゃコトですし」
ソロモン
「じゃあ、ひとまずパエトンと皆で行って、最後にパエトンも……」
バルバトス
「いや、あと一つ、パエトンと話したい事があるんだった」
「ミカエルとガイードさんは先にアンドラスの治療を受けておいてくれ」
ソロモン
「え? それなら向こうで一緒に治療を待ってる間にでも……」
バルバトス
「すぐに済むからこそさ。シャックス達が割り込んだりすると間延びするだろう?」
ミカエル
「ンー、アイシー。だが『確かめる』なら手短に、と助言しておこう」
「少しずつ人が離れていっては、あどけないレディを寂しくさせてしまいかねない」
バルバトス
「もちろんさ。メギドでも立派な女性だ。間違っても俺はそんな思いはさせないよ」
ミカエル
「グッド。では、行こうか友よ!」
ガイード
「……ああ、あっしですか? それじゃあ」
無駄に悠々と歩き出すミカエルと、後に続くガイード。
ソロモン
「それで、バルバトス。まだ何か……それも今の内に話さなきゃいけない事なんて有ったか?」
バルバトス
「大ありさ。手短にと言われてるからね、説明は省く。ソロモンも一緒に聞いてくれ」
軽く咳払いし、一呼吸置いてからパエトンに語りかけるバルバトス。
バルバトス
「パエトン、まず先に覚えておいて欲しい事を話す」
「君の言う『フォトンのお腹』が今、『大丈夫』なのは、ここにいるソロモンが君に沢山のフォトンをくれたからなんだ」
パエトン
「そ そうなのですか どうも ありがとうございます」
ペコリとソロモンに頭を下げるパエトン。
ソロモン
「あ、うん。どういたしまして」
バルバトス
「さて、確かめたいのはここからだ」
「君のその『フォトンのお腹』、後どのくらいの間、『大丈夫』が続くか分かるかい?」
パエトン
「どのくらい ……」
ソロモン
「あ……強制起動か!」
バルバトス
「そうだ。パエトン、よく聞いてくれ」
「もしかすると君の体は今、君が思うよりずっと沢山のフォトンが無いと動き続けられないかもしれないんだ」
「だけど、もしまた君がお腹を空かせても、その時ソロモンは忙しくてすぐに駆け付けられないかもしれない」
パエトン
「じゃあ きゅうにおなかがすいたら …… こわいですね」
バルバトス
「俺たちもだよ。だから、何となくでも分からないかな?」
「今あるフォトンで、君はどれだけの間、ヴィータと一緒に生活できそうか……」
パエトン
「どれだけ …… あー ……」
「…… ごめんなさい わかりません」
バルバトス
「……良いんだ。君にとって、これからの生活は『わからない』事だらけなんだから」
「じゃあ……嫌な事を思い出させてしまうけど、落ち着いて、よく考えてほしい」
「二年前、君が地底湖でその体を動かした時と比べて、今はどのくらいお腹が空いている?」
パエトン
「にねんまえ …… にねん からだ …… あ」
「あ あー …… うー …… うう ……」
目の使い方を忘れたように視線が遠くなり、水晶の指をひっきりなしに揺らし始めるパエトン。
ソロモン
「(……これか。だからガイードさんを遠ざけたのか)」
「(パエトンが、また今回みたいな事になるまでの猶予期間……バルバトスは予想してたんだ)」
「(パエトンが曖昧にさえ答えられない可能性を。そしてそうなったら、『比べるモノ』を出すしかない)」
「(二年前、両親を『食べた』時の事を……)」
バルバトス
「落ち着いて。まだ答えなくていい。考えなくていい。まずは、ゆっくりと呼吸してみるんだ」
ソロモン
「(あの時にパエトンが得たフォトンはヴィータ二人分……)」
「(パエトンのその後の二年を考えれば、気休めにもなってないはずだ)」
「(つまり、両親を襲って目覚めたその時が、飢餓の限界とほぼ同じ状態のはず)」
「(地底湖から助け出されて両親を襲うまでの期間が約1年だけど……)」
「(それはあくまで、地底湖でフォトンを充分に供給され続けた上での一年だ。さっきの今でそこまでは期待できない)」
「(二年前に初めて『記憶』を得たはずのパエトンは、それ以前の記憶が怪しい。二年前から当て推量するしかないんだ……!)」
パエトン
「う …… も もうだいじょうぶ です」
バルバトス
「そうかい? でも、もし少しでも辛いようなら……」
パエトン
「あ いえ あのときと くらべると 『もうだいじょうぶ』 です」
バルバトス
「え? あ、ああ、そっち」
ソロモン
「えっと……『どのくらいお腹が空いてるか』って質問で、答えが『もう大丈夫』?」
パエトン
「あのときは おなかがすいたこと で あたまがいっぱいでした」
「くるしいし こわいし かなしかったです」
「でも いまは まったくありません とても だいじょうぶな かんじです」
「あ ちょっと わかりました あしたとか あさってとかは だいじょうぶです」
ソロモン
「んー……単純に考えれば、結構余裕がありそうだけど……?」
バルバトス
「パエトンに考える自信が付いてきたな。だったら……」
「今日から夜が七回くらい来た頃は、どのくらいお腹が空くと思う?」
パエトン
「なな …… えー ……」
「そのくらいなら まだだいじょうぶ だとおもいます」
「どんなに おなかがすいても きょうみたいには なりません」
バルバトス
「ふむ……よし、信じよう! ひとまずそれだけあれば何とかなるだろう」
ソロモン
「何とか……?」
バルバトス
「そのくらいの時間があれば、休息も取れるし、今後の予定をやりくりする余裕もある」
「7日後辺りに改めてロンバルドに出向いて、フォトンを供給する周期をパエトンと協議し直せば良いのさ」
ソロモン
「あ……ああ、そうか。ひとまずの猶予が分かれば充分だったな」
バルバトス
「こんな心身共にボロボロの状態で、いっぺんに結論が出せるわけないだろ? そんな風に判断力も鈍ってるんだから」
ソロモン
「面目ない……」
バルバトス
「じゃあ、パエトン。これで話は終わりだ。皆の所へ行こう」
パエトン
「あ はい」
ソロモン達がアンドラスの元へ移動しようとした矢先、モラクスが駆け付けてきた。
モラクス
「ア、ア、アニキ! のんびりしてねえで早く!」
ソロモン
「ど、どうしたモラクス? 早くも何も、今からそっちに……」
モラクス
「そうじゃなくて仲間! 火ぃ点けられる仲間呼んでくれ、早く!」
ソロモン
「火? ……あ、そういえば段々冷え切ってきてる!」
バルバトス
「空間をここまで温暖にしたベレトの『炎』も、途切れてから結構経ったしね」
「君には今の今まで、可能な限り防寒具を着通してもらってたから、却って気にするのを遅らせてしまったか……」
モラクス
「このままだと眠りっぱなしのベレトが凍死しちまうかもしれないって……!」
パエトン
「!」
モラクス
「後アンドラスの手がかじかんできたってキツそうにしてたし、ウェパルがすっげえ機嫌悪くなってる!」
ソロモン
「そういえば、アンドラスにはここがどんな所かさえ説明してなかった……」
「まずいな、本当に頭が鈍っちゃってみるみたいだ……えっと、その……バルバトス」
バルバトス
「済まないが、俺は戦ってる途中から、こればかりは覚悟するしかないと考えてたよ……」
「防寒具も戦闘中に大半が損失したし、予備含めて折半するにしても限度があるからね」
ソロモン
「だよなあ……」
バルバトス
「とにかく、治療は一旦後回しだ。モラクスの言う通り、すぐに火を起こせる仲間を呼ぼう」
「流石にミカエルも協力してくれるだろうさ。後はソロモンの負担も考えると、なるべく少人数で大火力な……」
パエトン
「あ あの ……」
ソロモン
「あ……ああ、いや、パエトンは何も悪くないんだ。気にしなくて大丈夫だから……」
パエトン
「そうではなくて ですね …… ひを つければ いいんです か」
ソロモン
「え、ああ、そうだけど……でも、ただ火を起こせば良いって事でもないんだ。そもそもここは火種も燃料も無いし」
「この大空洞の寒さに負けないくらい強くて、しかも皆が火傷したりしないように出口まで暖め続けないと」
パエトン
「やけど しないで つよく ひを つける ……」
ボンッと、空間中で爆音に似た音が一斉に沸き立った。
空間の壁の水晶一つ一つが、無事なものから叩き折られて壁の模様と化したものまで、一軒家を丸ごと飲み込めそうな炎を生み出し、メラメラと音を立てて踊らせている。
突然の変化に狼狽する一行。
ソロモン
「な……い、異常気象!?」
バルバトス
「そ、そうか……パエトンが正気に戻っても、水晶はあくまで仕組みなんだ!」
「だから、大空洞のフォトンが失われてベレトの妨害も無くなった今、また……」
パエトン
「あ いえ わたし ひを つけられるみたい です」
バルバトス
「へ……?」
パエトン
「なんとなく できる きがしたので えっと …… 『えい』って かんじで できました」
ソロモン
「……バルバトス?」
バルバトス
「……俺も、だいぶ疲れてたみたいだ……」
「パエトン、そういう事なら……火の近くから俺たちの方に、髪が少し揺れるくらいの風を一緒に送れるかな?」
パエトン
「かぜ かみのけ …… えい」
微動だにせずパエトンが掛け声をあげると、バルバトスの注文通りに、水晶から流れ出したそよ風が一行を取り囲んだ。
炎の熱気を纏った風は、遠くソロモン達に届く頃になっても蒸し器の湯気のような温度を伴って肌に纏わりついた。
シャックス
「おー、暖かくなってきた!」
ウェパル
「寒いよりはマシだけど、なんかすごいジットリしてない?」
フォラス
「水源の洞窟なんざ湿気の宝庫だからなあ、そこは我慢しとけ」
「それに岩に寝っ転がってる俺には、まだまだ背筋がつれえよ……」
アンドラス
「えっと……そろそろ誰か、ここがどんな無茶な場所なのか教えてくれないかなあ?」
モラクスが仲間たちの歓声を聞いて、目を輝かせながらパエトンの手を取った。
モラクス
「す……すっげーなパエトン! 何だ今の、これどうなってんだ!?」
パエトン
「どう …… えっと …… あー ……」
バルバトス
「パエトンがちゃんと表に出て、そして大空洞の中に居れば、とにかくこんな事ができるって事だよ」
モラクス
「そっか、とにかくスゲエって事だな!」
「なあ、もしかしてここから地上に着くまで、こんな風に水晶使って大空洞暖められたりするのか?」
パエトン
「あ はい なんだか できる きがします」
ソロモン
「で、でも、フォトンは大丈夫か?」
パエトン
「えー …… あんまり おなか すかないので だいじょうぶです たぶん」
ソロモン
「いや、多分って言われても……」
バルバトス
「その『多分』を前置くしかないけど、俺も大丈夫だと思うよ」
「ポーが表に出てた頃から異常気象はあったし、大空洞のフォトンをパエトンに送る事も出来ただろう?」
「大空洞の水晶と今のパエトンは、別々のフォトンで動いてると見てほぼ間違いない」
「仮に水晶に『指令』を下すのにフォトンを使うとしても、それはあくまでごく僅かにすぎないはずだ」
「それを受けて起こす異常気象は、元から水晶と大空洞のフォトンで賄われているんだから」
ソロモン
「理屈で考えればそうだろうけど……パエトンにも自分でどうやってるのか分かってないみたいだし……」
バルバトス
「それは恐らく、俺達が腕や内蔵をどう動かしてるかなんて聞かれても困るのと一緒だよ」
「ほんの数年前までずっと大空洞として生きてきたパエトンの『感覚』で水晶を操作してるんだ」
「つまりだ。むしろ魂だけの状態でも使えるくらいに『指令』のフォトンは微量とも考えられるじゃないか?」
モラクス
「ダメだったらその時また考えようぜ、アニキ?」
「パエトンだって腹減ったんならそのくらいちゃんとアニキに言うだろうしさ」
パエトン
「はい フォトンなら いつでもたべたいです」
バルバトス
「おっと待つんだパエトン。いつでも食べたいなんて言っちゃうと、却って中々もらえなくなってしまうぞ?」
「とにかく俺もモラクスに賛成。途中でパエトンが空腹になるなら、改めて道中でフォトンをかき集めて送るしかないさ」
「当初の予想よりも、うんと安全に帰還できそうなんだ。心配なのは俺も同じだけど、ここは妥協する他ないと思うよ」
ソロモン
「……わかった。こんな状態で悩んでても、ロクな答えも出なさそうだしな」
「でもパエトン。水晶を操ったせいでお腹が空いたって思ったら、ちゃんと言ってくれよ」
「その時は、水晶を割って、出てきた分の水晶をパエトンに送る。ちょっと複雑な気分ではあるけど」
パエトン
「はい ほんとうに おなかがすいたときだけ いいます」
バルバトス
「よーしよし、これでまた一つ、頭を上手く使えるようになれたね」
アンドラス
「ソロモーン、必要な情報はひとまずフォラスから聞いた」
「話がまとまったようなら、治療を受けるか移動を始めるか決めてもらえるかい?」
ソロモン
「おっと、わかった、今行くー」
アンドラスに呼ばれて、再び歩き出すソロモン達。
バルバトス
「……」
努めて快活そうな表情を維持しながら、先程までのやり取りを一から思い返すバルバトス。
バルバトス
「(……ポーが自分とパエトンの事に折り合いを付けられる日は、確かに来るかもしれない……)」
「(あの子が……あの子が本当に、ソロモンが見知ってきた人達のように『強い』ヴィータだったらね)」
「(俺の考えが当たっているなら、ポーと同じ価値観を持つパエトンも薄々、俺と同じ事に気づいてるだろう)」
「(ある日突然『親を喰い』、『養父を殺し』、『悪魔』の片割れと化していた……)」
「(しかも、『特別』に帰りを待たれる存在にも『なってしまった』。それも見知った人達から『よってたかって』……)」
「(そんな場所に自ら帰れるのは、『誇り』を持てる者だけだ。自分が帰りを喜ばれるべきと信じられる者だけ……)」
「(だが彼女はもう、『誇りあるただのヴィータ』としては生きられない)」
「(ヴィータ『だった』彼女の苦痛は、本質をメギド側に置くパエトンの比じゃないはずなんだ)」
「(立ち直れるのか? 柔軟さを持つには、もう幼くない。寛容になるには若すぎる。そんな彼女が、本当に……)」
「(いっそ、彼女とは『全くの他人』で、それでいて対等に信じ合えるような人間が居たなら……)」
「(そんな都合の良い人間が居てくれていたなら、ポーも『メギドを宿すただの誰か』として……)」
「(……よそう。これ以上はただの妄想だ。もう手は尽くされてる。後は現実を信じ続けるだけだ)」
・ ・ ・ ・ ・ ・
時間を戻して、アジトのソロモンとブネ。
ソロモン
「その後は、特に心配してたような事も無く、パエトンのお陰で大空洞を出られたよ」
「幻獣は、帰り道では一匹も見かけなかったけど、何しろ規模が規模だから、今後の経過次第だ」
「でもフォトンが欠乏したらすぐに死んでしまうし、司令塔の幻獣も倒せたから、絶滅は時間の問題だよ」
「パエトンも、当分は幻獣退治に専念するって、現地に留まった」
ブネ
「お前にしちゃ珍しくお粗末な撤収なのはともかく……聞いた限りじゃ割と丸く収まってんじゃねえか」
「だったら、後は何がそんなに気がかりだってんだ?」
ソロモン
「ベレトだよ……」
ブネ
「ベレト? そういやさっきの話じゃ気絶したまんまだったな。まだ眠りこけてやがるのか?」
ソロモン
「いや、逆なんだ」
「皆の休息とか王都への報告のために、その日の内にポータルを設置してアジトに戻ったんだ」
「そうしたら、ベレトは次の日の昼頃に目を覚ました」
ブネ
「ほぼ丸一日か。お前の話で聞いたよか深刻じゃなかったみてえだな」
ソロモン
「それも違うみたいなんだ。アンドラスの見立てでは少なくとも3日は目覚めないだろうって……」
「普通のヴィータならそれくらいはかかるはずで、アンドラスもそのつもりで準備してた」
ブネ
「3日が1日にって事は、そりゃあ……」
ソロモン
「『解剖して調べるのがダメなら、後はもう不死者だから回復が早かったとでも思っとくしかないね』だってさ」
ブネ
「まあ、そういう時は毎度『とりあえずフォトン』で片づけてるしな……」
「だが、『目覚めた』って事は意識もハッキリしてんだろ? ますますお前のツラがわからねえ」
ソロモン
「……それから今日まで、俺、ベレトの顔を一度も見てないんだ」
「俺だけじゃない。アジトで暮らしてる仲間たちも、一度か二度くらいしか……」
ブネ
「ペルペトゥム常駐組だから……なわけねえか」
ソロモン
「ああ。ペルペトゥムの仕事にも全く参加してない」
「ベレト、殆ど部屋から出てないみたいなんだ。目覚めてから、今日までずっと」
ブネ
「そりゃあ……確かに、何をヘソ曲げてんのかくらいは気になるな」
「ベレトが目覚めた日に、お前何かやらかしたんじゃねえのか?」
ソロモン
「俺もそう思ったんだけど、全然心当たりがない……」
「そもそも、ちょっと会話しただけなんだよ」
「フラッと俺の所来て『ポーはどうなった』って聞くから、説明しただけで」
ブネ
「説明はどこまでした?」
ソロモン
「出来る限り、全部。ベレトは何でか、ポーの事を気に入ってたから、真面目に話したつもりだよ」
「ベレトのお陰でパエトンが戻ってきたけど、ポーはまだ時間がかかりそうな事とかも……」
「とにかく、ポーではなくパエトンとしてではあるけど、ちゃんと助けられたって事は伝わったと思う」
「なのに、話せば話すほど何か……悲しそうっていうか、俺を恨めしげに見てきて……」
ブネ
「何だそりゃ……?」
「お前の口ぶりからすると説明の仕方が悪かったって風でもねえし、説明不足ならベレトから聞き直すだろうに」
ソロモン
「説明し終わったら、『そうか』ってだけ答えて、またフラフラ自分の部屋に……」
ブネ
「……とにかく、何か気に入らねえってだけにしては普通じゃねえな」
「こういう事はユフィールの仕事じゃねえのか?」
ソロモン
「うん。ユフィールに頼んで、ベレトの部屋を訪ねてもらったんだけど、取り付く島も無かったって」
「本人の中で整理できない事があるのかも知れないから、時間が解決するのを待とうってユフィールが」
ブネ
「だったら、言われた通りに取り敢えず放っとくべきだろうよ」
「つまり、お前がさっき突っ立ってたのはベレトの部屋の前って事だろ。何をうるさくしてたんだ」
ソロモン
「俺も、良くないとは思ってるよ……」
「俺だってあんな感じで塞ぎ込んだら、変に気にかけられても気まずいし、負担に感じると思う」
「でも、どうしても今日明日の内にベレトと話をつけないとマズイんだよ。だから今日は朝から張り込んでて……」
ブネ
「マズイって何がだ」
ソロモン
「それがさ、実はパエト──」
???
「ソロモン、ソロモンは居るかい!?」
広間の向こう、ゲートへの通路から声がする。
ソロモン
「!! この声、バルバトス……という事は……!」
「ごめん、ブネ。話は一旦後で!」
ブネ
「お、おい?」
いそいそと席を立ち、通路へ向かうソロモン。
ちょうど広間に到着したバルバトスを出迎え、何やら語らい始めるソロモン。
ソロモン
「バルバトス、帰ってきたって事は……って、フォラスは?」
バルバトス
「自宅に直帰したよ。愛する家族に会うのも控えて頑張ってくれたからね」
ソロモン
「じゃ、じゃあ……!?」
バルバトス
「ああ、朗報だ。十二分にこちらの要求を通せた。『期日』の延長も正式に決まったよ」
ソロモン
「よ……良かった……!」
バルバトス
「やれやれ、もうちょっと自分勝手なくらいで丁度いいって言ってるだろ?」
「ま、そこが君の長所ってやつなんだろうけどさ」
ホッと脱力して、天を仰ぐソロモン。
通路の向こうから更に一人、広間に訪れた。
アンドラス
「取り込み中のとこ悪いけど、通してくれるかい? 火に当たりたくってしょうがないんだ」
ソロモン
「ああ、アンドラス、お疲れ」
アンドラス
「おや、久しぶりに元気そうじゃないかソロモン」
ソロモン
「そうなんだよ、バルバトスとフォラスのお陰だ。後はベレトと会えれば万事解決なんだ」
アンドラス
「ベレト? ああ、そういえば、ここ何日か……それだったらさ──」
にわかに賑わい出す3人。
それをグラス片手にぼんやり眺めるブネ。
ブネ
「しょぼくれてたと思ったら、何だってんだ急に……まあ、元気そうなら何でも良いけどよ」
※ここからあとがき
メギドは進化するたびにヴィータ離れしていくので、パエトンは超進化するほど暴走中の姿に変わっていく方が作者の趣味的にも合致しているのですが、話の流れとしてはこっちの方が良いと思い、暴走時の姿をパエトンのデフォとしました。あくまで二次創作ですし。
もし進化によるヴィジュアル変化を真面目に考えるとしたら(あるいはパエトンが登場するような二次創作を更に思いついたら)辻褄合わせて星1をヴィータ寄りという形にするかもしれません。
例えば、「ヴィータに近い姿に変わる事には成功したけど、今度は暴走時寄りの姿(より力を活かせる姿)に戻る方法がわからなくなった」とか。
もしくは、更にヴィータ離れさせるか。