メギド72オリスト「太古の災厄と新生する憤怒」 作:水郷アコホ
酒場に帰還したソロモン達。大歓声で出迎えられた。
シャックス
「たっだいまー! いやー、やっぱりぬくいのが一番一番」
酒場の男性
「おお、大した傷も無く戻られるとは」
酒場の青年
「寒さも落ち着いたって事は、撃退できたって事ですよね!」
ソロモン
「ええ。皆さんのお陰で何とか」
「それで、ウェパルは──」
探すと、暖炉の前にウェパルが佇んでいる。
ウェパル
「ハァ……」
モラクス
「寒がっちゃなさそうだけど、まだ何かダルそうじゃね?」
バルバトス
「相当弱ってたからな。まだ体力が回復しきってないのかもしれない」
ソロモン
「ウェパル、体調はどうだ。少しは──」
ウェパル
「暑い」
ソロモン
「え……?」
ウェパル
「もう大丈夫って言ってるのに、後から後から……」
ストールやらマフラーやらでグルグル巻きになり、湯気の立つ飲み物を手渡され、今では汗ばんで顔も赤みが差している。
例の酒場の少女が厚手のひざ掛けを持って来た。
ポー
「いいえ、まだ油断できません。寒さに負けると体の中まで弱っちゃうんですから」
「寒波は過ぎても、夜はまた冷え込みます。追い打ちでぶり返しちゃう事だってあるんですから、今は暖めまくって調子を取り戻さないと!」
酒場の老人
「すまんのう。この子は一度こうなると止まらんでな……」
ソロモン
「あはは……まあ、大丈夫なら何よりだよ」
ウェパル
「蒸し暑くて倒れそうなんだけど?」
ポー
「じゃあ、ぬるま湯を用意しますね。汗をジャンジャン流して、それからたっぷり休むのが大事ですから」
「お連れの皆さんも、寝る前はしっかりと──あれ?」
「ひい、ふう、みい……戻られてない方がいらっしゃるんですか?」
ソロモン
「ああ。それが……」
「(ウェパルがあんな格好にされてる前で、ちょっと話しづらいけど……)」
「仲間の一人が急に体調を崩しちゃってさ。もう一人の仲間についてもらう事にしたんだ」
「何でも、毒抜き前の水を飲んだ……とかで、今、助けたお婆さんの家に──」
ポー
「の……飲んじゃったんですか!?」
心からショッキングそうに食いつく酒場の少女。
一方、周囲からはベレトを心配しながらも、幾らか温度は低いというか、生暖かい。
酒場の人々
「あ~。飲んじまったか……キツいんだよなぁ」
「昔は週に一度は誰かやらかしたもんだよ」
「温まるもの用意してあげないとねぇ」
ポー
「こうしちゃ居られません。そんな体で夜のロンバルドをここまで歩いて来るなんて!」
少女がキッチンに駆け込み、ケトルを持ってくる。
ケトルを何か分厚い布で包んで酒場の出口へ。
ポー
「私、お客さんを迎えに行ってきます。お客さんはちゃんと安静にしてて下さいね!」
返事も聞かずに飛び出していった。
バルバトス
「白湯か何か届けに出たって所だろうか? 寒波は失せたとは言え、この気温じゃあ走っている間に冷めてしまいそうだけど」
酒場の婦人
「この辺りでは飲み物やシチューが簡単に冷めないように、中に清潔な石を一緒に入れるんですよ」
「石に熱が残ってますから、意外と暖かいままなんですよ」
バルバトス
「なるほど。生活の知恵というやつですね」
ソロモン
「所で……実は、毒抜き前の水ってのを飲むとどうなるかまでは聞いてないんだけど──」
「結局、俺の仲間は一体今、どんな事に?」
フォラスが酒場の老婆から聞いたそれと大体同じ説明を受けるソロモン達。
ソロモン
「──って事はベレトは今、熱が出たか、お腹を壊したか?」
バルバトス
「フォラスが運ぶ前に、何か元気に叫んでたはずなのを考えると、後者の可能性が高いだろうね」
「ついでにその水もベレトが勝手に飲んだんだろう。他ならぬ現地住民が隣に居たならベレトを止めない訳が無い」
モラクス
「じゃあ出すモン出せば解決じゃねえか。心配して損したぜ」
ホッとしたり苦笑したり、とにかく大事ない事を素直に喜ぶ一行。
慌ただしい足音が聞こえてくる。
酒場のドアを乱暴に押し開いてフォラスが転がり込んでくる。
なぜか脇にポーを抱えている。
フォラス
「ちくしょう、全く何だってんだ!?」
ソロモン
「フォラス!? どうした。何があった!}
モラクス
「また幻獣が出てきやがったのか!」
フォラス
「違えよベレトだ!」
「この嬢ちゃんが酒場から来てベレトに世話焼いてくれたと思ったら──」
「何だか知らねえが急に嬢ちゃんに襲いかかって来て、慌てて連れて逃げてきた所だよ」
シャックス
「ベレベレがおかしくなっちゃった!? ナゾがナゾをナゾ?」
フォラス
「だと思ったけど、どうも正気ではあるみてえなんだよ」
「それでも理由聞こうとしても怒り散らすばっかりで──」
酒場の扉を蹴破らん勢いでベレトが飛び込んでくる。
騒然となる店内。
ベレト
「フォラス貴様っ! 止まれと何度も言っておるだろうが!」
「とっととその小童を置いてどけ! 儂はそいつに用があるのだ!」
フォラス
「こんな小さい子の襟首捻じりあげるトコ見て、ハイそうですかなんていくわけ無いだろうが!」
「俺だって『まずは理由を説明しろ』って何度も言ってるだろ。いい加減にしないと怒るぞ!」
ベレト
「まず儂の命令を聞くのがスジと言うものだろうが! 儂を誰だと──」
ソロモン
「ま、待てって二人とも。とりあえず落ち着いてくれ!」
モラクス
「もしかしてコレって、修羅場ってやつか?」
バルバトス
「このまま収拾が付かなければそうなるね」
「とりあえず、フォラス。まずはベレトの言う通り、その子を降ろしてやれ」
フォラス
「何言ってんだよ。そんな事したらベレトが──」
バルバトス
「ソロモンの言う通り、まずは冷静になるべきだ」
「君とベレト。場を収めるために行動できるのは君のはずだろう」
ポー
「あ、あのー……」
「私も、ちょっと恥ずかしいので、出来たら降ろしていただけたらと」
「何か粗相をしてしまったのなら、ちゃんとお詫びもしたいので……」
バルバトス
「ほら。本人もこう言っている事だし」
「それに、ここはもうソロモンの勢力圏内だ。ベレトがどういうつもりだろうと、手荒な真似は出来ないさ」
ソロモン
「えっと……フォラス。気持ちは凄くわかるけど、折れてくれないか」
「バルバトスの言う通り、この場は俺が何とかしてみるから」
フォラス
「……」
「確かに、俺とした事がちょっとパニクってたかもしれねえ」
「ベレト。お前の言い分通り、この子を解放する。その代わり──」
「何が気に入らなかったのか、この場でちゃんと説明しろ」
「それがスジってもんだ。そうだろ?」
ベレト
「フンッ。言われずともわかっておる」
ウェパル
「……人質交換?」
バルバトス
「確かにちょっと思ったけど、頼むから今はゆっくりしててくれ……!」
フォラスが少女を降ろすと、ベレトが大股で少女に迫ってくる。
真正面で対峙し、険しい顔で少女を見下ろすベレト。
不興を買った心当たりのない少女は、所在なさげに上目遣いを返している。
ベレトが少女の頬をつねった。
ポー
「ひゃっ!? い、いひゃいです!」
ベレト
「フンッ……やっぱりだ」
フォラス
「お、おいっ!」
フォラスが抗議するより早く少女から手を放すベレト。
ベレト
「文句があるなら貴様らもこの小童に触れてみろ」
「人の心配ばかりしておいて、こいつの方こそ氷のように冷え切っておるではないか!」
「自分の身も顧みずに人の顔色に従って媚を売って、それで居場所でも得たつもりか!」
「儂は貴様のようなそういう態度が、この世の何よりも気に食わんのだっ!!」
ポー
「あ……あ~」
酒場の人々
「「「あ~……」」」
ベレト
「な、何だ貴様ら!? 何だその『まあ仕方ないな』みたいな気の抜けた声は!」
ヤブ
「えーっと。それはですね──」
住民たちの不可解で微妙なリアクションの中、ベレトと少女の間にシャックスがヒョイと割り込む。
シャックス
「どれどれー。ピトッと……」
「ウワッ、ほ、本当にちべたいちべたい!」
フォラス
「冷たいつったって、そりゃ外走って俺達の所に来たんだから多少は……」
手袋を外して、ベレトがつねった頬を労るように触れるフォラス。
フォラス
「っ! こいつは……!」
「(酒場に入ってもう幾らも経つのに、触れた指が痛くなるくらいに冷てえ……正直、ヴィータの体温じゃないぞ!)」
シャックス
「でしょでしょ。この子、見た目も真っ白いし殆どアイスだよ」
「……アイス……暖炉でアイス……じゅるり♪」
ポー
「ひぇ!?」
モラクス
「いやいやいや、ヴィータ見て食欲湧くのは流石におかしいだろ!」
シャックス
「でもでも、この子、髪の毛もお肌も真っ白で、それに何だかとってもスベスベしてるんだよ!」
「もう殆ど出来たてのアイスだよ。本当に食べたりしないけど、食べるのもったいないない!」
モラクス
「何いってんだこいつ……」
酒場の青年
「ははは……アイスと来たか。新しいなあ」
酒場の婦人
「でもちょっと解る気もするわね。こっちじゃ冷たいデザートは馴染みが薄くて思いつかなかったけど」
バルバトス
「あー……なるほど。大体察しが付いた」
「とりあえず、モラクス。シャックスを遠ざけてくれ。ポーが怯えてしまう」
モラクス
「お、おう」
シャックスの退場で場を仕切り直す。
バルバトス
「えー、おほん。とにかく──ベレト、フォラス」
「結論から言おう。俺の推理が正しければ、ポーは『全く心配いらない』」
フォラス
「マ、マジで言ってんのか?」
「ベレトが言うような『冷え切ってる』なんてレベルじゃなかったぞ。ハッキリ言って異常だ」
ベレト
「心配などと言った覚えはない。人に寒さがどうだの言っておきながら、こいつは──!」
バルバトス
「まあ、まずは俺の話を聞いてくれ。とりあえず『答え合わせ』からだ」
「ロンバルドの皆さん、お騒がせして申し訳ない。けど、この二人が求める真実のため、どうか皆さんに今暫くお力添えを頂きたい」
「単刀直入に聞く無粋を許して欲しい。ポーの体が冷たい事に驚いた両名だが、実の所──」
「『どんなに冷たいとしても、それは別に珍しい事ではない』。いかがかな?」
酒場の人々
「(うんうん)」
思い思いに首肯する住民たち。
バルバトス
「ご協力に感謝を」
フォラス
「ど、どういう事だ……?」
ベレト
「小童が、日頃から凍死体のような体で生きているとでも言うのか……?」
ソロモン
「なあ、バルバトス。俺にもさっぱり訳がわからないんだけど……」
バルバトス
「んー。職業柄、もう少し勿体つけたい所だけど──まあ仕方ないか」
「フォラス。君は知ってるはずだぞ。馬車で俺の見せ場を取りかけたじゃないか」
フォラス
「馬車で……?」
「あっ──あれの事か。じゃあ、ポーが……!?」
バルバトス
「そう言う事だ」
「今、吟遊詩人の格好のネタとしても広まっている『奇跡の御子』という話がある」
「そのモチーフとなった。いや、『奇跡の御子』まさにその人こそが……ポー、君だね」
ポー
「えっと……はい。自分で言うのも恥ずかしいですけど、そう呼ばれてるらしいです」