メギド72オリスト「太古の災厄と新生する憤怒」 作:水郷アコホ
遠く北の果て「ロンバルド」──。
未だ、数多の冒険者を試す彼の地。
まだ見ぬロマンを求め、その地に挑み続ける一組の男女。
いつしか二人の間には、宝石のように愛らしい娘が生まれた。
これはそんな親子の、愛と奇跡の物語──。
バルバトス
「とまあ、そんな語り出しから始まるお話なんだけど──」
ベレト
「さっさと説明しろ! まどろっこしい職業病などドブに捨ててしまえ! さっきから儂に向けられる視線が生ぬるくて適わん!」
バルバトス
「(そこまで言うか……)」
ウェパル
「まさか、お話のふるさとでおひねり巻き上げようってんじゃないんでしょ。私も興味ないからパス」
バルバトス
「と、まあそんな訳で、今回は流石に自重しないと寒々しい仲間達からドヤされそうだ。楽しみはまたの機会に」
「かいつまんで説明すると、だ。まず奇跡の御子──つまりポーは、ロンバルドに住む探検家夫妻の一人娘だ」
「ある時、両親の大空洞調査に同行したポーは、崖から足を滑らせ遥か下方……未だ未踏の奥深くへと転落してしまった」
集落の男性
「そうそう。いやあ、あの時は集落中で大騒ぎでしたよ」
集落の老人
「今となっては懐かしい思い出じゃなあ」
モラクス
「いやいや、何か扱い軽すぎねえ!? 子どもが真っ逆さまって事だろ?」
ソロモン
「よ、よく無事だったな……」
ウェパル
「っていうか、そんな危険な所に子供連れてく親もどうなのよ」
「昔話って事は、今よりもっと幼い頃でしょ? バカだったの?」
ポー
「あ、いえ。それは、私からわがまま言ったんです……」
「いつもお仕事忙しくて構ってもらえなくて、『だったら私もお仕事するんだー』って……」
フォラス
「あー、あるある。そりゃあ責められねえや」
ウェパル
「親バカ……?」
バルバトス
「まあ色々疑問はあるだろうが今は後に回して、確かに話の中でも大事件だったよ」
「娘が見通せぬほど奥底へ消えた後からは、分厚い氷を突き破るような音だけが崖下から響いてきたって続くくらいだしね」
フォラス
「おい、激突してるじゃねえか……」
ベレト
「まさか、ここに立っているこいつは、もう……」
シャックス
「お、オバケバケ……!?」
ポー
「ちゃ、ちゃんと生きてますから!」
バルバトス
「とにかく、集落をあげてポーを助けようと動き出してからが奇跡の始まりさ」
「まずは危険極まりない大空洞の調査と整備が一気に進んだこと」
「ポーが落ちた場所へ一本道が開通するまで、かかった期間はなんと僅か一年」
シャックス
「それって~~……短いの?」
バルバトス
「とんでもなく短いらしいよ。底の見えない程の崖と同じ深さというだけで、炭鉱町では語ると驚きや疑惑でしばらくザワつくくらいだ」
「当時のヴィータの技術では考えがたい快進撃だったそうで、お話では、この時に培ったノウハウを王都が直接使いを寄越して買い上げたとか」
酒場の婦人
「お金のやり取りとかは無かったわねえ」
「ただ、技術を提供する代わりにって、近くの街までの道を整備してくれたり、定期的にキャラバンを遣わしてくれたり、色々良くしてもらってるわ」
酒場の男性
「実際に掘り返したあっし達でも未だに信じられないくらいですから、まあ仕方ないでしょうねえ」
「あの時は大空洞を研究しに逗留してた学者さん方も惜しみなく手伝ってくれましたから、そのお陰でしょうかね」
酒場の老人
「あれこそロンバルドの──いいや、ヴィータの底力ってもんじゃよ!」
バルバトス
「なるほど。その技術の見返りが、ここしばらくで生活が向上した一因って訳か」
「さておき、今は続きだ。無事にポーの眠る崖下まで辿り着いた住民たちに第二の奇跡が訪れた。売り捌いて余りあるほどの名水だ」
「ポーが落ちた時、確かに氷を砕く音がした。その後、極寒の大空洞で水が凍てつかないはずが無い。しかしだ」
「探検隊達が見たのは、一面に佇む深い深い地底湖だったのさ。どうしてか一年中、一欠片の氷さえ張る事もなく、かつてない規模の水が得られるようになった」
ソロモン
「じゃあ、その事件がきっかけで王都でもロンバルドの水が流通するようになったって事か」
「人生何が起こるかわからないもんだな……」
ヤブ
「もっと言えば、地底湖の水だけを余所へ売る分にして、私達は昔ながらの方法で水を採り、使っています」
「売り渡す量の多さってのもありますが、不思議な事に地底湖の水は毒抜きの必要が無くそのまま飲めるものでしてね」
「より清潔な水を売り物にして、以前から生活する分の水を賄えてきた我々は技術を絶やさないようにと。そういう所です」
バルバトス
「それは良い事を聞いた。同業に先んじて新ネタを仕入れられたよ」
「そして、いよいよお待ちかね。第三の奇跡こそが、今こうして俺達の前に立っているポー自身さ」
「話に曰く、ポーは地底湖の水面で、落下したあの日と何一つ変わらぬ姿で揺蕩っていた」
「最初は寒さが遺体の損傷を防いだのだと思った人々だったが、彼女を回収し、一年ぶりに娘を自宅で寝かせてやると──」
「するとどうだろう。翌日には、ほんの一日眠っていただけのように起き上がり、両親に笑顔を見せてくれたのさ」
ヤブ
「そこはちょっと誇張入ってますね」
「実際には落ちた時の傷も多少はありましたし、次の日に起き上がったポーと言えば集落の皆の前で、寝ぼけ眼で開口一番『お腹すいた』ですから」
酒場の人々
「「「ハハハハハ!」」」
ポー
「お、お、おとうさん、そこはせめてあの、お話のままで……」
シャックス
「いやー、いい話でしたなー。めでたしめでたし!」
ソロモン
「いや、肝心の部分がまだ全く触れられてないから……」
ベレト
「そうだ! いつまでくだらん前置きを続けるつもりだ!」
「ただ生き返っただけだと言うなら、小童のこの体は何だ!?」
「こうして話している今もまだ、こいつは道端の石ころのように冷たいのだぞ!」
ポー
「あ、あの、頬っひぇたちょっと、いひゃいです……」
フォラス
「離せってベレト、物のついでみたいに幼気な子に手を上げるんじゃない」
「ともかく、俺もポーが生きてたって所までは地元の噂で聞いたぜ」
「詳しい経緯はともかく、『まさに奇跡だ』ってんで一時期話題だったからな。吟遊詩人が『取材』を始めたのもそれからだろう」
「そのお話に伝わってない部分──お前さんはちゃんと知ってるって事で良いんだよな。バルバトス?」
バルバトス
「もちろんさ。それと、伝わってない訳じゃないよ」
「話の席では『尺』ってのが大切でね。中だるみしないように省かれる事が多いってだけだ」
「大体は第三の奇跡でオチにして綺麗にまとめるが、この話には続きがあるのさ」
「奇跡というには些か不思議すぎるが、それでも奇跡としか言いようのない続きが──ね」
ベレト
「だから勿体つけるなと言っとるのだ! いい加減にせんと──」
ポー
「あのー……これの、事……ですよね?」
ポーが自らの髪を掻き上げている。
額を晒したポーの姿に、一行が息を呑む。
ソロモン、ウェパル、モラクス、バルバトス
「!?」
フォラス
「な、何だ……『眼』!?」
ポー
「目玉じゃないみたいです。触っても痛くないですし」
ポーの額には、漆黒の丸い鉱石のような物体が植わっている。
鉱石の中央奥深くに、星のような橙色の点が1つ彩られ、それは瞳のようにも見えた。
バルバトス
「……ハッ!」
「そ、そうそう。奇跡の御子が目覚めて数日後、その額に第三の瞳が生まれ、肌は白磁のように輝いたと言われているんだ」
「それも比喩ではなく、御子の体は本当に一級の宝石か焼き物に入れ替わったのだ──とね」
「『奇跡の御子』なんて如何にも神秘的な二つ名が付いたのもそう言う訳さ」
「(しかし、本物は初めて見たが……何だ?)」
「(あの『眼』を見た時、一瞬胸騒ぎが……)」
ポー
「えっと、大体そんな感じです」
「ロンバルドは寒いので、体の表面がどんどん冷たくなっちゃって……」
ソロモン
「そういえば、最初に会った時から今まで、ポーは外でも酒場でもずっと厚着だったけど……」
ポー
「はい。知らないお客さんを驚かせちゃわないようにって」
「あと、私の冷たさでお部屋が冷えちゃったりしちゃうので」
「私自身は何とも無いんですけどね」
白い髪と白い肌を、毛皮と綿をふんだんに使った衣類で覆うポー。手先までミトン状の手袋で隠している。
ソロモンやベレトが普段着でくつろげる程に暖房の効いた酒場で、だ。
ヤブ
「私が、なるべく着とくように言ったんですよ」
「事件が広まってから、ここも観光客が時折来るようになりましてね」
「そうなると来る人来る人、ポーが冷たいってんで驚いて心配して、それで説明してとキリが無いもんで」
バルバトス
「うーむ。原因の一端を担ってしまったのは俺達、吟遊詩人の怠慢だな……肝に銘じておくよ」
「とにかく、そう言う訳だ。『驚いて心配してくれた』方々も、これで一安心かな?」
ベレト
「ぐ、ぐぬぬ、ぐぬ、ぐ……そ、そういう事は早く言わんか! たわけ共が!」
酒場の青年
「いやあ、すいません。何か、そんな空気じゃ無さそうだなってなっちゃって……」
酒場の婦人
「でもこんなに心配してくれる人も珍しいわねえ」
「強がって見せてるけど、きっととても心根の優しい子なのね」
酒場の老人
「うむ。『ツッパリ』というヤツじゃな」
ベレト
「だ、だ、誰が優しいものか! 軽々しく褒めるな!」
「それにその『ツッパリ』とか言うのは絶対に儂の担当じゃない!」
ウェパル
「でも、『ハイそうですか』って片付けるには話が無茶苦茶すぎない?」
「明らかに『普通じゃない』事が起きてるのに、他の人達は何とも思ってないわけ?」
フォラス
「同感だな。ポーが何とも無いってんならそれで充分って所はあるが──」
「奇跡の生還までは百歩譲って信じるにしても、そこから先は作り話でも無ければ普通は有り得ねえくらいの大変身だ」
「集落全体としてはポーの件、どう考えてるんだ?」
酒場の老人
「いやな、ワシらも最初は驚いたんじゃがのお」
酒場の婦人
「でも、ロンバルドなんて元は訳ありの人達ばかりだったじゃない?」
「体が他の人と違うなんて珍しくも無かったから、ポーが何とも無ければ別にねえ」
「しかもスベスベのお肌よ。姿形は昔と何も変わってないのに何だか見ててため息が出るくらい綺麗で。むしろ良い事ずくめじゃない」
ヤブ
「まあ、そこのお嬢さんにとっては『アイス』みたいだった訳ですがね」
シャックス
「ほー、納得納得。通りでおいしそうだと……思い出したらまた……ウヒヒ♪」
ポー
「ヒイッ……さ、流石に美味しくはないですから!」
ソロモン
「モ、モラクス、シャックスを取り押さえろ!」
モラクス
「わかった!」
シャックス
「待って待って、食べない食べない!」
ウェパル
「バカばっかなの……?」
フォラス
「体が人と違うつっても、五体が不自由とか生まれた時から毛むくじゃらみたいな話くらいなら聞くが……」
「おおらかってレベルじゃねえな……」
バルバトス
「ま、良いじゃないか。現にこうして1人の少女が救われた。それが全てさ」
「よしんば『何かある』としてもだ。事件の日から今までの数年、主だった事件は今回の幻獣騒ぎのみ」
「現状で考えるには、『俺達が危惧する関係』がある可能性は低いんじゃないか?」
ソロモン
「(こんな突飛な事、メギドやハルマの介入でも無ければ考えにくい。けど──)」
「(バルバトスの言う通りだ。こんな辺境の果てで起きた事故にそんな力が意図的に働いたのだとしたら、全く『理由が見出だせない』)」
「(精々、アバドンみたいな古代の遺物にポーが接触して偶然その恩恵を受けたとか、そんな『それっきり』の話だ)」
「(でも──)」
「(ポーの額の眼──もとい、石。どこかで見たような気がするんだよな……それも良くない形で)」