永夜の刃   作:マグロトロ

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黒死刀の正式名称ってなんなんだろう。
月輪刀と呼ぼう()


永遠の如き夜の唄-序

世界が沈む静寂の夜、月は憎たらしく私を嘲笑う。

目の前に広がる光景、赤い赤い水溜りに無造作に置かれた肉塊。

家族だった物達が肉に成り下がる。

それは唐突に現れた、化け物。角の生えた人型の怪物。

 

「今日はついてるなぁぁ?飯がこんなに食えるなんて」

 

舌を鞭のようにしならせる化け物がこちらにジリジリと迫ってくる。

私はまだ小さい、大人に敵うわけがない。

 

「お前は子供だからなぁ…選ばせてやるよ。」

「父親みたいに頭から喰われるのがいいか?母親のように足先からゆっくりと喰われるのがいいか…どっちがいい?」

 

手がガタガタと震える。どう足掻いても死ぬ、死にたくない死にたくない死にたくない…

勝てないなら逃げろ、逃げる時間を稼ぐ方法を探せ。

頭を回転させろ月詠、死にたくないのなら考えろ。

……そうだ。あれなら少しくらいは時間を稼げるかも知れない。

タンスの中に入っているあれさえ有れば。

 

 

「……一思いに殺されたい。ちょっと待ってて欲しい」

 

「そう言って逃げるガキが多いからなぁ。俺もついてくぜぇ」

 

「勝手にして」

 

化け物は私の後ろをついてくる、隙を見て逃げ出す事は不可能なようだ。

襖を開け、居間に辿り着く。失敗したらただ死ぬだけだ。

天井の収納箱に手を掛ける。背が足りないので麦酒の入っていた箱を段にして手を伸ばす。

 

「そこに何が入ってるんだぁ?」

 

「すぐに死ねるように」

 

化け物は不思議そうに収納箱を覗き込む。その瞬間を狙って段差から飛び降りるようにして収納箱を開く。

するとバサバサと音を立てながら大漁の紙が降って来た。

 

「なんだこりゃぁ!?」

 

化け物は紙を払い除けるのに必死で上から降って来る切り札の存在に気付かない。

自分の身長より少し小さいくらいの大きな刀が収納箱には入れられていた。それも鞘が無い状態でだ。

昔父親が質屋で買って来た大きな刀、赤い焼入れが施されている珍品だった。手入れもされずに放置されていた為所々錆びているが質量で化け物に突き刺さる。

 

「クソガキィ…!!テメェ鬼狩りかよ…!」

 

鬼狩り、そんな事はしてない。

ましてや親もそんな事はしていなかった。

 

背中から足にまで到達し、畳に突き刺さった刀を抜こうとする化け物。

しかし体勢上その刀を抜く事はできない、無理矢理抜くなら足を引き裂き胴を裂かなければならない。

今のうちだ、出来るだけ遠く遠く。コイツが追ってこない場所まで走るんだ。

 

 

 

 

私は無我夢中で雑木林を走った。風が冷たい、霜に焼かれた足が血を流す。

聞こえもしない声が聞こえる。それはあの化け物の声だったか、それとも家族の声だったか。

 

「そろそろ死んだらどう?」

 

その声はそう囁いて私を嘲笑う。嫌だ、死にたくない。

奇跡は起こったのだ、ならば諦めなければ救われる。そう母親が言っていた。

強く生きろ、辛いことがあってもそれを乗り越えるんだ。そう父親が言っていた。

死んでしまった家族の為にも私は死ぬ訳にはいかないんだ。

 

「あっそう。才能のないゴミが生きてても意味ないよ?」

「いつも逃げてばかり、自分の力に溺れて慢心して死ぬだけだ」

「そんなお前になんの価値があるんだよ?お前を生んだ両親が可哀想だよ」

 

寒さの影響かは判らないが記憶にモヤがかかったように思い出せない。

もう一つ、私は何かを忘れている様な気がする。それはとても大切な事だったような、違ったような。

 

「ほらね。そうやってお前は油断する」

 

目の前は崖だった。踏み止まろうと強く地面を踏み締めると足に激痛が走る、傷がまた悪化する。

奇跡的に止まれたがもう痛すぎて立ち上がれない。

 

「あっ」

 

地面に座った瞬間、崖が崩れた、つい口から声が漏れてしまう。

下が柔土だったから助かった。それに降り積もった雪がクッションになったらしい。もし岩肌だったらいくら小さい崖と言えど大怪我は免れなかっただろう。

心臓がドクンドクンと音を刻む、いつもより早いその音に苛立ちを覚えるが、そんな事はどうでもいい。

 

あの化け物からは距離を取った。こんな辺境まで来れば問題ないだろう。

正直な話、痛くて動きたく無い。問題ないと思いたいだけだ。

でも血塗れな身体、側に咲く彼岸花のお陰で来たとしてもバレない可能性も捨てきれない。

 

地面に寝そべりながら大きな月を見上げる。

綺麗な月だ、こんな私を見て嘲笑っている様にしか思えない私が憎たらしい。

もう帰る場所は無い、ならばあそこで死ぬのが正解だったのでは無いのか?

あの何処かで聞いた様なモヤがかかった声が導いた通りに。

 

死にたくないなんてほざいて、何をしようとしたのか。

いざと言う時には何もできず逃げ出すばかり、本当に声の言う通りだ。

こんな私で何かを為せるのか?いいや、為せるはずがない。

 

私に力が有れば、誰もを圧倒する絶対的な力。

人を守れる程の力が有れば私自身を守れるのだろう。

 

 

 

 

 

 

「……ほう…お前は……力を求めているのか」

 

「…それに……鍛えれば…一人前の剣士に慣れるかも…しれぬ」

 

「あの方も…喜んでくださるだろう…」




何年前の話なんじゃこれ

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