PARALLEL WHITE ALBUM2(仮題) 作:双葉寛之
暗い部屋で、すすり声をあげながら泣き続ける。
窓は閉めきっている。外の虫の声を聞きたくなかった。
タオルケットを頭から被り、くぐもった声を漏らして泣き続ける。
今の自分は、外との関わりを持ちたくなかった。
枕に顔を伏せ、カバーを濡らしながら泣き続ける。
きっと、窓を開ければ、同じ夜空の向こうにいる彼らと繋がってしまう。
抑えようとしても、必死に抑えようとしても、こみ上げてくる涙は止まらない。
枕から漏れ、壁で反射した泣き声が耳に入ってくる。
感情が昂ぶり、呼吸さえも忘れて嗚咽をあげる。
今は自分だけの世界に閉じこもっていたい。
自分の耳に入ってくる、わたしの泣き声。それさえも遮ることが出来ればいいのに。
――拓未くんをぶつつもりなんてなかった。
――冬馬さんに話すつもりじゃなかった。
――北原くんを罵るつもりなんてなかった。
けれど、自分の考えとは裏腹に身体が動いてしまう。自分の考えとはちぐはぐに言葉を紡いでしまう。
前は一方的に友人関係を絶たれた。
しかし今回は自分のほうから口火を切ってしまった。
また、失ってしまった。
二度と、大切だと思ってしまうような仲間を作らないって思ったのに。
寂しいからやっぱりと女々しく自分から加えてもらって自分から壊してしまった。
勇気を出せと自分の気も知らないで言ってきた拓未が嫌い。
冷たいふりしてる癖に温かく受け入れてくれたかずさが嫌い。
仲間だと言いながらのけ者にした春希が嫌い。
知っていただろうに告げなかった武也達が嫌い。
だが、そんな彼らより今めそめそと泣いている自分が嫌い。
――もう、どうしていいか……わかんないよ。
ひっく、ひっくと泣きすぎたせいでしゃっくりをあげながら呼吸をする雪菜。
携帯電話の着信音が鳴り響く。
”White Album”を着信音に設定しているのは――かずさと、春希だ。
通話に出ることなんて、出来やしない。
早く終わって、そう願ってから10秒ほど鳴り続け、電話は切れる。
履歴の表示は春希だった。
コールバックなんてしない、出来るはずがない。
再び電話が鳴る。次もやはり”White Album”
先程よりも長く鳴り響くが、ようやく観念してくれたのか電話は切れる。
それから何度も何度も電話は鳴る。
サブディスプレイに表示されるのは変わらず”北原 春希”
よほど何かを伝えたいのだろうか。
何度もかけてくるということは、必死に自分と関わりを持ちたいのだろうか。
雪菜は自分のことを『かまってちゃん』だと自覚をしている。
その容姿もあいまって、自分が望めば、周りは大抵のことをを叶えてくれる。
ミス峰城大付属というステータスはそれを更に加速させてしまうから嫌だった。
それに甘えてしまえば、自分はどんどん嫌な女に――人を操って利用する女になってしまうから。
例外だったのはミスコンに選ばれるくらい有名な自分だと知りつつも、そんなのお構いなしに――ただの小木曽雪菜として接する。強引だけど何故か自然で、嫌な気持ちにさせることがない男、拓未だった。
いつも自分を見てくれて、何でも頼ってこいと言ってくれる彼には自然に甘えることが出来た。
そんな彼から勇気を出せと言われ加入した同好会は、拓未と同じく自分を色眼鏡で見ることは無かった。
居心地が良かった。本当の『かまってちゃん』をさらけ出してもいい人達に囲まれるということは。
その中でも特に、春希とかずさに関しては格段の思い入れがある。屋上で歌った”White Album”録音越しの歌だったけど、ちゃんと自分を見つけてくれた春希。
電話をとって話したい。でもやっぱり話したくない。
裏切られたと思う気持ちと、こうやって自分に必死にコールしてくれるという気持ち。
嫌いと思ったのに、もう信じないと思ったのに。それを否定しようとしている自分に苛立つ。
「あぁもう! 何度も煩いよ! 北原春希のバカ!!」
目の前で光りながら鳴り響く携帯電話の着信音が、考えこむことを許してくれない。
『うあぁぁ!?
……いきなり人のことを馬鹿呼ばわりかよ』
「夜に、人の迷惑も顧みずに何度も何度も何度も……。
どう考えてもバカでしょ。常識知らずの大バカ野郎だよ北原くんは!」
『あぁ! そうだよ、俺は大馬鹿野郎だよ!!』
「バカだよ、バカよ。大嫌い!
そうだよ……
冬馬さんも、拓未くんも、わたしを騙して。
みんな大嫌い!」
『っ――
浅倉達の事を悪く言うな!!』
予想外の怒号が雪菜の耳につんざくように響く。
春希は拓未のことを快く思っていなかった筈なのに本気で怒っているように思える。
雪菜は逆に自分の怒りを忘れるほど戸惑ってしまう。
『俺を罵るのはいい。今回のことは、俺が……俺のせいで小木曽は怒っているんだろう?
悪いのは俺なんだ。だから冬馬や浅倉達の事を嫌わないでくれ。
それに、浅倉を悪く言う小木曽なんか例え冗談でも考えたくねーよ!!』
「き、北原くん……」
『俺、わかったんだ。お前が怒っている理由。小木曽、ごめんな』
「な、なんの事かしら。わたしさっぱりわからないわぁ」
『……なんでそこでお前がしらばっくれるんだよ。
俺、先週冬馬の家に泊まり込みだったんだ。ほとんど連日。
浅倉と冬馬に徹夜で、つきっきりで特訓してもらってさ。でも小木曽には恥ずかしくてそのことを言えなかった。
結果、仲間外れにしたことには変わりないのにさ、俺達は仲間だなんて言われたってきっと小木曽は白々しいと思っただろ。本当に、ごめん』
「冬馬さんから……」
『うん?』
「冬馬さんから、聞いたの?」
『冬馬には話していたのか……?
俺はちょっとさっきまでトラブルに巻き込まれてて、その時に偶然小木曽が起った理由が思いついたんだけど。
……そのおかげで今度はまた危機的状況が予想されるわけなんだが』
「……は?」
『いや、それはまた別の話!!
とにかく、俺の予想だったんだけどさ。間違いだった、かな?』
「……バレちゃったんだね。気付いちゃったんだ、北原くん」
『小木曽?』
「ごめんね、嫌な女だよね、わたし」
春希に、自分が取り乱した理由を気付かれてしまった。
よくよく考えれば、自分の知らないところで何かしてたから仲間外れだ! と喚いているのだ。
高校3年生にもなろう人間が。もう半年で18になろうとしている人間が。わーわーピーピーと泣き叫んだのだ。
冷静に考えれば考える程恥ずかしくなってきた。春希相手にだけじゃないのだ。かずさにも、そして拓未には平手すら振ってしまった。
恥ずかしさが過ぎれば今度は落ち込んできた。自分の幼さが見えてしまってどうしようもなく情けない。
ベッドの上で壁に背を預けながら座る雪菜。先ほどの悲壮とはまた違ったどんよりとした影が漂っている。
懺悔するように春希に言葉を紡ぐ、かずさにも昼間に話をしたことを。
急に悲しくなって、気がついたら拓未を叩いていた自分がいたことを。
「ああぁ。色々わかってきちゃった。やだやだ、傍から見たらわたし、幼稚に捉えて勝手にスネて喚いている痛い女の子じゃない。
ううん、傍から見なくても痛すぎるよぉ。格好悪すぎるよぉ……」
『……俺は小木曽のそういうところ、好きだけど』
「す、好きぃ!?」
いきなり好きとか言われて驚いた雪菜は思わずのけぞり後頭部をしたたかに打ち付ける。
可愛いと評される雪菜であれば「きゃっ」とか「いたぁいっ」とかいうところではあるだろうが……。
予想外の発言を受けた雪菜にはそんな可愛らしい悲鳴を上げる余裕はなく、「あだぁっ」という、なんとも品のない声を晒してしまった。
「す、好きというか! 嬉しいって意味でだな!
――って小木曽、何今の、大丈夫?」
「いたた……気にしないで……。
好きって、嬉しいってどういう意味よ?」
『うっ、気にしないで……』
「どういう意味よ?」
『……今までの小木曽の周りの――学園のアイドルで皆に分け隔てなく優しくて、静かに微笑んでいるようなお嬢様っていう小木曽雪菜しか知らない奴ら相手とは違ってさ。
俺らには甘えたり、大声をあげて笑ったり。逆に怒ったり、泣いたり、叫んだりするってのは俺達に本当の小木曽を見せてくれているってことだろ? それって嬉しいじゃないか』
「そ、そうなの……?」
『そうだよ。それってきっと小木曽が、俺達の事を仲間だって心から思っているからなんだろうって思う。
そう思ってくれるってのは嬉しいことじゃないか。
それなのに、俺達は……いや、俺は自分の可愛さの為に小木曽に隠し事をしてさ、結果傷つけてしまっただなんて。
もともと下手なんだから包み隠さずにバラせばいいのにさ……。
小木曽、お前を悲しませて、本当にごめん。
仲間外れだなんて思っていない。結果として今回のような事にはなってしまったけど、俺は小木曽のことを本当の仲間だと思っている。その気持ちは間違いじゃない』
過去の出来事を思い出させたからって、スネていじけて喚いて。皆に迷惑を掛けてしまった自分に春希は本音で語ってくれている。
心から謝って、そして同時に仲間なのは間違いじゃないと言ってくれている。
嬉しかった。
自分が感情を剥き出しにしてもきちんと答えてくれる春希が。
仲間のことを悪く言うなと逆に怒り返してくれた春希が。
真摯に話を聞き入れて謝り、自分を受けれいてくれる春希が。
だから、自分も本当の事を話そう。
昔の、かつて周りにいた友達の事を――。
「中学の時のわたしは、大人しいお嬢様なんかじゃなくて。
むしろ騒いだりすることのほうが多い、本当に普通の女の子だったんだ」
『……うん』
「友達もたくさんいてね。結構かまってちゃんで、今思うとうざったい性格だったかも知れないけど、そんなわたしを受け入れてくれる仲良しグループもあって」
『あー、うん』
「……なによ?
でね、そんな仲の良い子達とお誕生会したり、私のあの狭い部屋で皆でパジャマパーティしたり、休みの日は御宿の雑貨屋に買い物に行ったり、ずっと一緒にいるような仲間がいたの」
『部屋に、飾ってあった写真?』
「そうそう私の隣にいたのが美知子、見たっ?」
『いや、隣が誰だかとか全然知らないけど……』
「そ、そうだよね、何言ってるんだろわたし」
『それで、その仲間は?』
「うん、すごく好きだった。同じ高校に行こうねって話してたんだ、3年前の今頃までは」
『えっ――』
「3年前の、夏休みが終わって。そんな仲が良い、一生涯の友達だって思った関係は簡単に壊れちゃったんだ……」
雪菜は夏休み明けて男子バスケ部のキャプテンから告白されたこと。
その男子を1年からずっと片思いを寄せていた――振られてもそれでも諦めきれなかった仲良しグループのリーダー格の女の子。
もちろんその子がずっと、告白してきた男子のことを好きなのは雪菜だって知っている。
だからきちんとその男子にはお断りをしたのだが、リーダー格の女の子はやはり不愉快だったのだろう。
自分の好きな男が好きだと思っているその相手は、自分の友人。
大人の女性でも複雑な気持ちを持ってしまうその関係は、思春期の彼女にとっては到底受け入れることが出来なかったのだろう。
グループ内での雪菜に対する無視、仲間外れが始まる。
高校も、大学も、社会人になってもずっと友達。そう思っていた関係はたった一人の男子生徒の一言だけで簡単に瓦解してしまった。
暴力沙汰があったわけじゃない、ただ一方的に無視されただけ。
しかし何よりの友達と思っていた仲間が、一緒に笑いあった翌日から一転して自分のことを一切無視する。
自分が悪いことをしたわけでもないのにたった一晩で崩れ去った”大の仲良し”という関係は、深く雪菜を傷つけた。
「――それから、私は1人だけ付属を受験することにしたんだ」
『そんな、そんなことって、酷いじゃないか』
「うん、今でも悲しいよ……」
『だから、小木曽は高校では一歩引いて壁を作っていたのか』
「うん。 本当は写真も捨てたほうがいいかもしれないんだけど、どうしても出来ないぐらい未練がましいんだよね、わたしは。だったら、最初から、親しくないほうがいいかなって。
でも、出会っちゃった、皆に。
あの日、”White Album”を歌った自分を受け入れてくれたあなた達とすれ違いたくはないのっ
わたしは、もう……仲間外れは本当に、嫌なの!」
『っ……』
「……本当に、全部話しちゃった。私の隠していたこと、全部知られちゃった。
これはね、拓未くんにも話したことなかったのに」
『あ、あのさ。小木曽。
今から大事なことを言うからさ、ちょっとお願いを聞いてくれないか』
「北原くん? お願いって」
『カーテン開けてさ、窓も開けて』
どうして窓を閉め切っていることをを知っているのだろうか。
外の音が全く聞こえなかったから予想がついたのだろうか。
不思議に思いながらも雪菜は言われる通りカーテンを開き、窓ガラスのロックを外してスライドする。
冷房を入れた部屋とは違う、やや蒸し暑いような、そんな外の空気が部屋の温度を交換する。
『右側の電柱の街路灯の下を見て』
春希の言葉に反応するように言われた方向に目を向ける。
灯りの下をみた雪菜は、はっと息を飲んだ。
「き、北原くん!?」
「……俺は、小木曽から、絶対に離れたりしないから!」
『俺は、小木曽から、絶対に離れたりしないから!』
一瞬遅れて電話からも同じセリフが聞こえてくる。
慌てた雪菜は咄嗟にカーテンを閉める。
何故、春希がここにいるのだろう。彼は何時からここにいたのだろうか。
「ね、ねぇ、何時からそこにいたの!?」
『なんで隠れるんだよ……。
電話が繋がって少ししてから、いたよ。
ホントは会って話そうと思ったんだけど、なんだかそんな雰囲気じゃなくてズルズルと』
通話を始めてからもう2時間近くは過ぎている。夏とはいえ、ずっと外で春希は話していた。
ずっと近くで、電話越しに話していた。
「ちょ、ちょっと待って。すぐ降りるから!」
慌てて通話を切ると、雪菜は髪だけ簡単に整えて外の春希にも聞こえるんじゃないかというくら音を立てて階段を降りていった。
「小木曽、こんばんは」
「こんばんはじゃないでしょ!
もう、暖かいからってずっとそんなところにいたら身体壊すよ」
「言いそびれたんだよ」
「……すこし、歩こっか」
割りと、いや本気で雪菜は心配して怒っているのだが、春希は少しも堪えずに悪いと思った態度を取らない。
軽く目眩を覚えながらもこういう春希には何を言っても無駄だと思い出す。
「それで、さ。
さっきのはどういう意味?」
「さっきの、って?」
「その……は、離れないって言ったこと!」
「あ、あぁ。あのこと……」
「適当に口が滑ったって顔してるけど」
「そ、そんなことない!」
「じゃあどうして言ったの? ねぇ!」
「……ホントに、言葉のとおりだよ。俺は小木曽から離れないよ。
仲間外れなんて絶対しない。ずっと、ずっと、小木曽がもう絶交だって言うまで離れることはないから」
「本当に?」
「本当に」
「夏休みが終っても、文化祭が終っても、一緒にいてくれる?」
「いるさ、一緒だ」
「一緒に、笑いながら卒業式を迎えてくれる?
春は、笑いながら
「当たり前だろ。約束する」
「約束、信じちゃうからね?
……ウソはもう、嫌だよ」
「大丈夫だ。絶交なんて絶対ない」
じわっと雪菜の目に再び涙が浮かぶ。
家に帰ってから、部屋に閉じこもってから、仲間に裏切られたと思って流した涙とは違う。
それは、絶対に仲間外れにしないという宣言を受けての――嬉しさに溢れる涙。
「あぁ、もう。泣くなって
小木曽、手を出して――約束の、握手をしよう」
「今日はこれが最後だもん。
明日からは、いつもどおりのわたしできっといられるから……だから今だけ」
約束だからね。春希に念押ししながら手を取り、握手をする。
しっかりと握り返してくる春希。
涙を拭くことを忘れてその感触を確かめる雪菜。
自分を包んでくれる春希の手は意外と大きな事に雪菜は安心感を覚える。
「よし、約束した。明日からもよろしくな。
……。
――って、小木曽?」
「……」
「小木曽……さん?」
握手した手を離さない雪菜に不安を覚え始める春希。
「わたしはぁ、確かに小木曽っていう苗字だけど、名前は小木曽じゃない……」
「いや、そりゃ小木曽小木曽さんっていう人はいないと思うけど」
「……」
「小木曽ぉ」
「名前は小木曽じゃないよ……」
「どうしろっていうんだよ……」
「わかってるでしょ……私の言ってほしいこと」
「どうしても?」
「やっぱり心から思っての約束じゃなかったんだね。
仲間だって言ってくれたのに……」
再び目に涙を溢れさせヒクッヒクッと泣き始める雪菜に春希は狼狽する。
「あぁもう。雪菜! 約束は絶対だ!
雪菜を仲間外れにしない!」
「……えへへ、よろしくね! 春希くん!」
途端に笑顔を浮かべる雪菜に春希は自分が騙された事に気付く。
文句を言おうにも、怒るに怒れないといった表情をみて雪菜は満足した。
――春希くんがわたしを騙したことはこれで帳消しにしてあげる。
――嘘泣きでチャラだからね。今日は泣いているって言ったこと、嘘ついてごめんね。
明日の、明日の練習からは素直な自分でいるから。そう雪菜は心に近いながら握ったままの春希の手を強く握り返したのだった。
今回だけ、EPISODEがおかしな形になりまして……。見苦しい。
いや、サブタイトルだけじゃなくて中身も見苦しいのですが。
とりあえず新着投稿という形にしていますが、明日にはEPISODE:18.5に統合します。
1万5千文字ほどになりますがお許し下さい。