PARALLEL WHITE ALBUM2(仮題)   作:双葉寛之

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ついにやってきたライブ当日



EPISODE:20

「うっわぁ……、すごい人だかり……」

 

 御宿の、ビルに囲まれた中にある、行政施設の横にある御宿中央広場は、ヒートアイランド現象のせいだけだとは決めつけれない程の熱気に包まれていた。

 広場の周りにはアルコールこそないものの、ジュースやかき氷、ホットドックや焼きそば等、そして暑い日中であることを見越してか、タオルやリストバンドを売っていたり……縁日さながらの露店が並んでいる。

 花火大会に近いくらいの人の多さではないだろうか? そんな人口密度に思わずすごいと呟いた彼――小木曽孝宏は圧倒されていた。

 一緒に娘の初舞台を応援しに来た母、秋菜も想像していなかった観客の群れに人酔いを起こしそうな程である。

 今日は、軽音楽同好会としての最初のステージの日。HOTLIVEの予選開催日だった。

 

 HOTLIVEは、複数の楽器店が共同で開催するオーディション形式のライブである。予選を勝ち抜き、全国大会で優勝すればプロへの道も拓けるということでレコード会社も協賛している。つまり、それなりに広告を打ってあるイベントであり、特に御宿の野外ライブは入場料が無料なのはもちろん、広場という通りすがりの人らへの目のつきやすさが飛び抜けている。

 コアな音楽ファンや、出演するバンドのお客さん、遊びに来ていた家族連れやカップル。そして自分のような出演者の家族……。夏季休暇――いわゆるお盆休みの初日にあたる今日、会場は様々な類の人達でごった返していた。

 Tシャツといった普通の夏模様の服装の人が多いが、中にはイベントを満喫するためか、開放感も野外ライブの醍醐味と言わんばかりの露出度の人もかなりの割合で見かける。

 孝宏の斜め前の女性もチューブトップにジーンズ姿でステージに向けて手を降っている。

 目のやり場に困る。しかしかといって目をそらしてしまったら勿体無い。鼻の下を伸ばしている孝宏を秋菜はニコニコしながら見ている。

 

 

「あらあら、孝宏ったら。お姉ちゃんがこれを知ったら大変ね」

 

「うわわっ。な、何も見てないって!

 か、母さん、人酔いしていない? 大丈夫?」

 

「あなたのそういうころ、お父さんと違って残念よね。

 まぁ、黙っておいてあげましょう」

 

 家族第一主義で、浮気心も一切見せない秋菜の夫、晋と違って息子の孝宏はそれなりに助平なようである。

 父が、晋が全て正しいとは思わないが、母としては孝宏の見せる男性の(さが)というのは仕方ないと思いつつも少し複雑な心境ではあった。

 

 

「人の多さにはびっくりしているけど、大丈夫よ。

 それにしても……ライブってこんなに音が大きいのねぇ」

 

「ホント、すごい音だよなー。でもやっぱり生で演奏しているのを見ると迫力がすごいね」

 

 初めてライブ会場に来た秋菜は今ステージの上で演奏しているバンドの音量の大きさに驚いているが、御宿HOTLIVEは野外という条件もあり、あまりに激しいジャンルの演奏は認められていない。

 演奏している彼ら――十分POPだと言っていい程のロックサウンドなのだが、秋菜には十分大音量に聞こえていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「暑い……ダルい……。帰りたい……」

 

「冬馬ぁ、野外ライブなんだから暑いのは当たり前だろ。ほら、水分とって」

 

「誰のせいでこんなに疲れてると思ってるんだ、北原……」

 

「わたしも。こんなに疲れるとは思ってなかった……」

 

「そりゃ確かに俺のせいであることは否定できないが……。

 俺らの出番まで時間はまだあるんだからさ、無理して全部の出演者のライブを見ることはないだろ」

 

「だってぇ、他の人の演奏も見てみたかったんだもん。でもそろそろキツイ……」

 

「ほら、あの陣取った木陰のところで武也達待ってるからさ。戻ろう」

 

 かずさと雪菜の極端までの疲れよう――なんてことはない、いくら上達したといえど、一番不安が残る春希の完成度を高めようと明け方近くまで練習していたからだ。

 それに加えて参加者の集合は朝の8時。それから午前中はリハーサルだった。たくさんの出演者がいるため、音量のセッティング程度しか時間は取れなかったが……。

 そんなハードスケジュールのうえで、更に出演者の演奏を見ようというのだ。彼女らが疲れてしまってもそれは仕方がないことと言えた。

 彼ら、朝早くから集まった出演者の特権――広場の周りの好きなところの場所を確保出来ること。それを最大限に活かした軽音楽同好会は、真昼に丁度木陰になる絶好のポイントにビニルシートを敷くことに成功していた。

 

 

「浅倉もやっぱ眠そうだなって、……武也」

 

「あぁ、誰かさんのお陰で寝不足で仕方ねぇよ。

 飯塚もすっかりこの通りさ――もっとも、コイツにとっては天国かもしれんが」

 

「あたしにとっては地獄……というのは言い過ぎだけど、暑苦しいし痺れるし結構辛いんだけど」

 

 決して快適とはいえないものの、直射日光に比べれば木陰は遥かに涼をもたらしてくれる、そんな樹木により掛かるように腰掛けている拓未が顎で指すその先には武也が暑さなんて気にしないとばかりに眠っていた。

 その武也を膝枕している依緒が困り顔で自分にとっては天国なんかじゃないと悪態をつく。しかしその彼女が決して嫌な顔をしていない――むしろ喜んでいるように見えているのは拓未も春希も、そして雪菜達も指摘しないでいた。

 

 

「やっぱクーラーボックス持ってきて正解だったな。雪菜、水沢に飲み物と、保冷剤を2つ、タオルに巻いて渡してやってくれ」

 

「あ、そうだね。依緒もお疲れ様。飯塚くん朝まで頑張ってたからね、もうちょっと我慢してあげて?」

 

「まぁコイツが思っていたよりずっと、同好会に対して熱心だったのを見ていたからね。我慢されてあげるしかないよ」

 

「ホント、依緒から話を聞いていた飯塚くんとだいぶ印象違ったもんね。はい、これ。

 保冷剤は首とか手首とか、結構が良いところに当てたらだいぶ涼しくなるよ」

 

 受け取った飲料水で少しだけ喉の渇きを癒やした依緒は保冷剤を武也と自分自身、それぞれの首元に添える。

 空いているもう一方の手には団扇を持ち、武也に扇いであげる依緒。

 普段は活動的な、武也に対して口喧嘩することも多い、あえて言うなら男の子みたいにサバサバした性格の依緒が甲斐甲斐しく世話をするその姿は雪菜にとって意外だった。

 拓未のほうを向く雪菜。しかし当の拓未はその視線に気づくこと無く春希と話している。

 そうだよね、そういうもんだよね。ボヤきながら雪菜は淡い期待はするもんじゃないと嘆息した。

 

 

「けど、こんなに暑いのに、みんな本当にあの格好でやるの?」

 

「わたし達は峰城大付属高校の軽音楽同好会だよ。本来の目的は文化祭だもん、あっちのほうがわかりやすいよ」

 

「そういうものかなぁ……」

 

「あたしは、嫌だよアレ。ホント暑いって。これを提案した小木曽も、押し切られた北原に拓未も、許可した部長もみんなどうかしてるよ……」

 

「いや、俺は最後まで否定していたつもりだったけど……。コイツが根負けするから飯塚が許したんだ」

 

「お前全然強く否定していなかっただろ。浅倉がそれだから俺も大丈夫だと思ってしまったんだっての」

 

「あんた達……結構情けないんだね」

 

 雪菜に強く否定出来なかった男性陣を冷ややかな目で見る依緒。この暑い中、あんな厚手でステージに立って、倒れても知らないからね。そう言って彼女は保冷剤を額に当て直した。

 

 

「あー、いたいた!って、冬馬さん、げっそりしてるねぇ。さっき入り口にかき氷の出店があったよ。それとグッディーズもなめらかプリンアイスを売りに来てたよ」

 

「えっ、なめらかプリンアイス……!?」

 

「御宿店だけのオリジナルらしいけど。

……あれ、春希も拓未も、なんでそんな変な顔してんの?」

 

「あぁ、瀬能……いや、Noと言い切れない日本人らしい自分を不憫に思ってただけだよ

 ……ってお前なんていう格好」

 

「えー? 水着だけの人だっているじゃない。それに比べりゃ十分大人しい服装だと思うけど?」

 

「――なめらかプリンアイスは魅力的だが、かき氷はやはり鉄板。しかし御宿店限定は捨てがたい……」

 

 答えながら千晶に振り向いた春希が絶句したその格好。

 キャミソールにローライズと言っていいくらいのデニムホットパンツ。

 下着も微かに覗いている。

 なまじスタイルが良い千晶。水着だけの女性よりも遥かに扇情的な出で立ちだった。

 

 

「ま、千晶は出るとこ出てるし、外面だけは魅力的だからな。北原が目のやり場に困るのも仕方がないな」

 

「なぁに?……肩紐がキャミだけしかないのが気になるの?

 しょうがないなぁ、ここまでだけど、見せてあげるね」

 

「だああ、見せんでいい。紐をずらすな!」

 

「――何を迷う必要があるんだ。両方買えばいいじゃないか。でもプリンは3つは欲しいし、かき氷の他の味も気になる……」

 

「あはは、そういえば春希はお尻も好きだったっけ?ローライズに驚いていたのぉ?

 でもこっちはずらせないからね、ごめんね」

 

「だから見せなくていいっての!

 ったく、お前は誰にでもそんな態度して、少しは自分の身体を大切にしろよ」

 

「――けどこないだの海で食べ過ぎは懲りたしな……。あぁ、悩むっ……」

 

「誰にでもな訳ないじゃない――

 それより、意外だね。もっと緊張してると思ったのに。春希って結構大物?」

 

「……うん?

 いや、リハーサルの時はそれなりに緊張してたけどさ。徹夜明けってのと、皆のだらけっぷりを見てたらなんだか、すっかり忘れてた」

 

「――本番が終ってからまた買いに行くって方法も。いや、それまでに売り切れていたら……」

 

「ふふっ、いいね。その脱力感。十分に弾けるようになったから他のことが考えられるんだね。

 期待しているよ。見せてちょうだい。春希の、あんた達の作る舞台を」

 

「あぁ、これだけ頑張ったんだ。期待に応えられるかどうかはわからないが、全力を出すまでだよ」

 

「――そうだ!誰か連れて行って持ってもらえばいいんだ!……って、拓未は?」

 

「……浅倉なら、雪菜とかき氷を買いに行ったよ。ほら、あそこ」

 

「え……。あ、しまった! 待って、あたしも――」

 

 依緒の冷静な答えを聞いて慌てて指差す方向へ駆けていくかずさ。

 たかだか氷菓にどれだけ真剣に悩むんだよ。そんな雰囲気を残された3人は醸し出していた。

 

 

「……っていうか冬馬さんも出会った当初に比べて随分変わったよね」

 

「ホント、自分の出し方が上手くなったというか、素直になったというか」

 

「うん、素直になったよね。最初は凛としたっていうか、我関せずっていうか」

 

「そうだよねぇ。そんなイメージと随分変わった冬馬さんだけど、春希はどうかな? 前のほうがいいかな?」

 

「そ、そこでなんで俺に振るんだよ!?」

 

「……決まってるじゃない、メモ紙――」

 

「あぁああああ! お前、口を滑らすなよ。……ったく。

 冬馬が素直になる、いいことじゃないか」

 

 口を尖らせながらもっともらしいことを言う春希。しかし目は走って行くかずさをずっと追っていた、その視線を外すことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 これから始まるバンドを見に来たのか。それとも何かイベントを開催していると興味をもって来たのか。

 広場に次々とやってくる人達と、目当てのバンドの演奏を見終わったのか、帰る人達。

 露店が並んでいる広場の入口付近は出入りの流れがあるということも手伝って、特設ステージ前よりも人だかりが多い印象を拓未は覚えていた。

 そんな中、かき氷を食べたいと言いだした雪菜に付き合って拓未は人混みの中を歩いて行く。

 

 

「やっぱり露店にを見ると、イベントって感じがするよね。

 こんなに暑いからかき氷きっと美味しいだろうなぁ」

 

「そうだなぁ、こういう所で食べるのって何でかわかんねーけど上手いんだよな。

 俺としてはソフトクリームとかシャーベットのほうが好きなんだけどな。ちょっと気を抜くととコーンの下からポタポタと」

 

「あはは、拓未くんもそういう抜けたところあるんだ。

 これが夜の夏祭りとかだったりするとイカ焼き串焼き、そういったものも欲しく鳴るんだけどなぁ。

 さすがに今は食欲が」

 

「確かにボーカルが本番前に口にするのはあまり良くないけど、体力持たないぞ。焼きそばかって、分けて食おうぜ」

 

「あ、焼きそばもいいね――」

 

「小木曽、拓未。待って!」

 

「冬馬さん、どうしたのそんなに焦って」

 

「はぁ……はぁ。いや、2人になめらかプリンアイスを持ってもらおうと……」

 

「かずさ、お前こないだの事懲りてないのかよ……。ま、クーラーボックスあるからガツガツ食べるわけじゃないだろうけどさ」

 

「う、うるさいな。持ってくれるくらいいいだろ」

 

「わかったわかった。けどお前も何かメシ、口にしろよな。本番までにエネルギー持たないぞ」

 

「あたしは、甘いモノが主食だから大丈夫」

 

「冬馬さんそれって、ブドウ糖と糖分を考え違いしてないかな……」

 

 カレーは飲み物と豪語する人達ばりにきっぱりと甘味が主食と言い切るかずさに苦笑する雪菜。

 雪菜が苦笑するのも無理は無い。何せ、コーヒーに山盛り3杯入れてなお、まだ少し苦いと言う程なのだ。

 本人はその苦さを残すところが大人っぽいと思ってるらしいが……。

 以前、明らかに砂糖のせいで水量が増した、コーヒーと呼ぶのもおこがましいそれを誤って口にした時の事を思い出す拓未。

 そりゃ確かに、あれだけの量を摂取すればかなりのカロリーにはなるだろう。しかしそれだけ甘いものを口にしながらも虫歯1つないのが拓未には不思議だった。

 

 そんなことを考えながら歩く拓未に聞き慣れた声が耳に入る。

 

 

「――今日、お休みでしょう? 大体部署違いですし、なんで課長が来てるんですか?」

 

「――確かに部署は違うが、結構ウチの人間は来ているはずだぞ。。それに今日はもともと見に来る予定だったからな」

 

「――もう、私は仕事ですから、この後予定がありますからね」

 

「――おいおい、俺はなんで口説いても無いのに振られてるんだ?」

 

 透き通るような声の女性の後に聞こえた男性の声。思わず拓未はその声の主を探そうと振り向く。

 

 

「親父っ――」

 

「おお、拓未。出番はまだか? あ、お前。サラダを野菜室に入れてるならそう書き置きしてろ。気付いた時はパサパサだったんだぞ。勿体無い」

 

 親父、と呼ばれた男、浅倉晃弘は拓未に気づくと2日前の晩御飯のサラダに気付かなかったと文句を言い始めた。

 この場の雰囲気に全くそぐわない話を持ち出す晃弘にがくっと転げそうになる拓未。

 2人きりの父子家庭ではあるが、その関係は良好だった。どちらかが家にいるときは食事の準備をするくらいに。

 もっとも、多忙な父ということは理解しているので用意するのはもっぱら拓未の仕事ではあったが。

 

 

「いや、ここで話すことじゃねーだろそれ。なんでここにいるんだ?」

 

「そりゃ雪菜ちゃんの初ライブって聞いたら見に来るしかないだろ。そうじゃなくてもウチは協賛しているからな、視察も兼ねているわけだが」

 

「あら、ご子息ですか?」

 

「ああ、すまん岩本。こいつが息子の拓未だ」

 

「はじめまして、ナイツレコードの営業部広報課の担当、岩本です。課長――お父さんとは部署が違うけど仕事上いろいろとお世話になっています。

 ……あなたがあのTAKUMIね。色々噂は聞いたことあるのよ」

 

 ナイツレコード、数あるレコード会社の中でも中堅に位置するその企業。父、晃弘はその営業企画課の課長だった。

 イベントやキャンペーンを提案していくその部署は、広報課に橋渡しをする仕事も多い。岩本と名乗る女性が語った内容は、社交辞令も含んだ挨拶ではあったが、部署違いといえど父と関わりのある人間であった。

 

 基本的に、年上の綺麗な女性というものに弱い拓未は突然の父の知り合いという岩本と会って緊張する。

 確かに関わりがあるとしても、先ほどのやりとりはただの担当と別部署の課長が話すにしては気さくだった。

 焦った拓未は晃弘に小声で話しかける

 

 

「お、おい親父。……まさか、再婚を考えて付き合っているとかじゃ――痛ぇっ」

 

「馬鹿野郎。なわけないだろ。お前何野暮なことを考えてるんだ」

 

「っつぅ、ならいいんだけどよ。

 ……いやぁ、岩本さん、すみません。浅倉の息子、拓未です。ってか噂って?」

 

「あら、あなたはインディーズ界隈じゃ結構有名なのよ。凄腕のマルチタレントって」

 

「そ、そうなんすか。確かに色々なバンドに関わりはしましたけど」

 

 曜子が動画で自分が演奏してる姿とクレジットを見たと言うくらいなのだ。それなりには知られているだろうが。まさか業界の人、それもただの広報担当に知られているとは思わなかった。

 休業しなかったらプロのバンドユニットにスカウトもあったかもしれない。まぁ、そんな訳は無いよなと拓未は馬鹿な考えをしたと自嘲する。

 

 

「おじさん、お久しぶりです。ご無沙汰してます」

 

「雪菜ちゃん。こちらこそご無沙汰してるよ。小木曽さんには息子がお世話になってて申し訳ない。

 いやー、それにしても相変わらず可愛いねぇ。ウチの息子と替わって欲しいと何度思ったか。

 今日は雪菜ちゃんの初ライブだって聞いたからね。応援してるよ」

 

「あのカラオケの空気の読まなさっぷりを考えりゃライブは大丈夫だろ――痛っぅ」

 

「もうタ拓未くん! ――おじさんが応援してくれるなんて嬉しいです。頑張りますね!」

 

「あぁ、写真もたくさん撮っておくよ。現像したら、拓未に渡しておくからね。

 それと、そちらの綺麗なお嬢さんは?」

 

「ハ、ハハハ、ハイ!」

 

 人見知りだといっても限度があるだろう。拓未はかずさをみて苦笑してしまう。

 顔を真赤にしながら「はい」だなんて普段使わない言葉を言おうとするからなんべんも噛んでしまうのだ。

 相手は自分の親父なんだから緊張することはないのに。そんな考えをかずさが読み取れるはずもなく、彼女は暑さ以外の汗をかきながら挨拶を続ける。

 

 

「は、はじめまして。オトウサン、っあ……いや! おじさん。

 た、拓未さ、んとは、おおお同じバンドで、一緒に……り、ます。

 冬馬……かずさ、です」

 

 教師にだって敬語を使うことが稀なのだ。慣れない言葉を苦労して紡ぎ出そうとする挙動不審なかずさに笑いが出る拓未と、逆に心配してしまう雪菜。

 思わずおとうさんと言ってしまったせいでかずさは更に顔を茹でダコのように赤くしてしまっていた。

 

 

「――冬馬……ね。

 かずさちゃん、こちらこそはじめまして。拓未の周りにはこんな可愛い子ばかりだなんて、いや驚いた。

 そんなに緊張することはないよ。なに、バカ息子の、拓未の”おいちゃん”と思うくらいでいいんだからね」

 

 

「ハ、ハイ。

 あ、いや。……うん」

 

「それじゃ、課長。私は先方さんと会う予定がありますから。

 拓未君とそのお友達も頑張ってね、応援してるから」

 

 随分と時間が経っているみたいだ。岩本は約束の時間が迫っていると晃弘と拓未達に挨拶をすると運営スタッフのいるテントに向けて歩いて行った。

 自分達もかき氷をかって春希達のところに戻らなくてはいけない。ライブ初心者の人間が放っておかれるのは心細いはずだ。そう思った拓未は自分達も買い物を終わらせて戻ると晃弘に伝える。

 

 

「おう、わかった。拓未、お前達は何時にやる予定なんだ?」

 

プログラム(予定)じゃ15時。あと1時間と少しってところかな。

 ……親父も、ただ来たってワケじゃないんだろ。ま、それでも俺らの時はきちんと見ていてくれよな」

 

「当たり前だろ、雪菜ちゃんとかずさちゃんのステージを見に来たんだからな。

 それじゃ、二人とも、思いっきり弾けておいで、楽しい想い出になるよう暴れてくるといいよ」

 

「はん、都合いいこと言っちゃって」

 

「はい、おじさん。見ていてくださいね」

 

「う、うん……また、ね。”おいちゃん”」

 

 ブフッ! そんな音を出して拓未と雪菜は”おいちゃん”発言に噴きだした。

 

 

 

 

 

 拓未達がさった後、広場に向かう晃弘の内ポケットが震える。

 着信音を鳴らしながら振動する携帯電話。取り出しボタンを押しながら受話器部分を耳に当てる。

 

 

「よぉ……。そうか、着いたか。まさかお前が誘ってきて、しかもきちんとやって来るだなんてな。

 ――いや、そう怒るなよ。それじゃ、広場のステージから少し離れた時計の下で。そう、そこで待ち合わせるか」

 

 

 携帯電話を閉じ、ポケットにしまうと、晃弘は新たに指定した待ち合わせ場所に向かい、歩き出した。

 

 

 

 

 




まだ出番の前だからか、話に抑揚がない。
次回、EPISODE:20.5で挽回したいです。したいです……。


いや、したいのはホントです。出来るかどうかは別です……。
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