PARALLEL WHITE ALBUM2(仮題) 作:双葉寛之
「おかえり、随分遅かったんだな……って。3人共、どうしたんだ?」
公園の木陰を陣取った軽音楽同好会の”楽屋”に戻ってきた拓未、雪菜、かずさを見て春希は疑問の声をあげた。
笑いながら帰ってきた拓未の腕には紙袋に包まれたたくさんの――おそらくなめらかプリンアイス。ツンとすまし顔の雪菜は焼きそばが3つ。そして赤面して不貞腐れているかずさは現在進行形で消化中のいちご練乳味のかき氷を手にしていた。
「はい、春希くん。お昼ごはん替わりの焼きそばだよ。
あ、飯塚くんも起きたんだ? 何か口にしておかないと持たないかもしれないけど、寝起きに食べれる?」
「ふぁぁ……。お、ありがとう雪菜ちゃん! いやぁ、雪菜ちゃんに気を使ってもらえるのは嬉しいねぇ」
「武也。あんた、今まで甲斐甲斐しく世話してたあたしにたいしては何も言うことが無いわけ?」
「あ、あぁ。依緒。ありがとう。少しゴツゴツとして固かったけ――イタタタ!」
気恥ずかしさからか余計なことを口走った武也の頬を依緒が抓る。
まさか依緒が膝枕をしながら団扇を扇いでいてくれていたとは思っていなかったのだ。
目が覚めて瞼を開けたら依緒が覗き込むように見つめていた……その時の慌てようは曜日ごとに彼女がいると豪語するような所謂”チャラい男”で通している武也からは想像がつかないほどウブな反応を見せていた。
「ありがとう、雪菜。で、なんで雪菜と冬馬は不貞腐れているんだ?」
「それがさ、ちょっと聞いてよ、春希くん。誰だって友達のお父さんと会うときはお行儀よくするでしょ?
なのに拓未くんったらさ――」
プリプリと怒った顔を作りながら拓未の父親と会ったという話を始める雪菜。
雪菜のいう”お行儀”よくしている所を拓未が相変わらず猫を被っていると言ったことについての不満だった。
「女ってのは、いくつも顔があって当然なのにそれが男はわからないんだよねぇ」
「瀬能さんのいう意味とはちょっと違うと思うけど……。別に演技じゃないし、キャラ作ってるわけじゃないのにさ。時と場所と相手をわけまえているだけなのに酷いよね!」
「あぁ、いや。悪かったって。雪菜。そう拗ねるなよ。
それにかずさも怒るなって。まさか素直に”おいちゃん”とか言うとは思わなかったんだって」
「あたしは、自分もそうだけど、友達の父親というものに会ったことが無かったんだ。緊張くらいするさ」
「わかったわかった。まぁ、親父も悪いやつじゃなかっただろ? 今度会った時も仲良くしてやってくれよ。
緊張といえば、北原、飯塚。お前らもうすぐ本番だけど大丈夫か?」
「あー、いや。寝起きで緊張感はこれっぽっちも。直前になるとさすがにどうかはわからないが……」
「今までの扱きがきつかったからかな。緊張が無いといえば嘘になるけど、まぁ大丈夫かな」
「お前ら、結構大物なんだな。……おい、千晶。お前初舞台の時どうだった?」
ここまで大きな大会が初陣なのに緊張の色を見せない2人。自分の最初の時はかなりビビっていたのだが、それは自分が特別に臆病だったのだろうか。不安になってきた拓未は経験者である千晶に同意を求めるように問いかけた。
「初めての時? やっぱり痛かったかなぁ――って痛い~! ホントに叩かないでよ。
初舞台の時は、セリフ飛んじゃってさ、それがきっかけで連鎖していって大変だったよ。
先輩が上手くアドリブ効かせてくれて修正したけどさ。酷い出来だったかなぁ」
「だよなぁ、やっぱそうだよな。俺も最初のライブは頭が真っ白になって何も出来なかった。もうガッチガチに緊張しちまってなぁ。やっぱりそれが普通だよな。」
「なんだよ浅倉、脅すなよ。そんなん言われたら緊張してくるだろ」
「あ、いや悪い。全然関係ないところで自信をなくしてきたもんでな、つい」
◇
「おーい、拓未さん。姉ちゃーん!」
人混みの中から自分を呼ぶ声を見て振り返った先には孝宏がいた。姉の初ライブを応援しに来たのだろう。
暑さからかびっしょりと汗をかきながら。手を振って走ってきた。
しかし、この姉にしてこの弟。朗らかな性格に加えて整った顔立ちは家系なのだろうか。中学校では相当モテるであろうこの少年が、隣に彼女を連れて歩いていないのが不思議に思えてならない。
「おう。孝宏、応援しに来てくれたのか、ありがとうな」
「拓未さんのライブってさ、ビデオは見たことあるけど生は初めてだからさ。すげぇ楽しみにしてるよ!」
「嬉しい事言うじゃねぇか。まぁ今回はベースだからな、俺はあまり活躍することはないが。
それよりキーボードとギターも見てやってくれ。
っていうか、せっかくのイベント事なのにお前は彼女も連れていないのか?」
「俺、受験生だよ? 勝負の夏に彼女連れ回して遊び呆けていたらなんて言われるかわかったものじゃないって。
まぁ、確かに彼女はいないけどさ……。いいよね、エスカレータ式の学校は受験と縁が無くて」
「上に行けるのは成績と素行がまともなやつだけさ。ほら、喉乾いてるだろ、そこのクーラーボックスに――」
「拓未くん、こんにちは。元気にしてました?」
「秋菜さん!」
孝宏に遅れてやってきた秋菜に声を掛けられる拓未。
きた、メインヒロインきた!これで勝つる!そんなことを口に出してしまいそうなほどテンションが跳ね上がった。
そうだ、小木曽家は家族の繋がりが強いのだ。娘の舞台となれば弟のみならず母親だって当然来るだろう。
辺りを見回す。どうやら父親――晋はいないようだ。これは神が与えてくれたチャンスなのではないだろうか。
「秋菜さんに来てもらえるなんて、こりゃもう優勝するしかなくなったな。
ささ、暑かったでしょう。冷えたジュースとお茶がありますよ。どっちにします?
おい、お前ら。秋菜さんが来てくれたぞ。きちんと挨拶しろ――あ、孝宏。お前は水道水な。そこの蛇口の」
「ちょっ、酷くね!?」
こんにちは。と挨拶をする一同。加えて武也、依緒、千晶は初めましてと自己紹介をした。
かずさ、依緒、千晶と美女揃いの集団をみて孝宏は勝ち取ったジュースを握ったまま固まっている。
「うっわぁ……。姉ちゃんの友達。レベルたけぇ……」
「この子が雪菜の言ってた孝宏くん?」
「えー、嘘。ジ○ニ系じゃない。可愛い!
中学生? おねーさんと一緒に応援しようねーっ」
「え、ちょ。うわっ」
きゃーきゃーといいながら孝宏に抱きつく千晶。露出が激しい上に大きな胸に顔が埋められ苦しそうだが同時に幸せそうな顔を浮かべる孝宏。
高校は何処にするの? 峰城だったらキャンパスと隣同士だから帰りに遊びに行けるねー。
胸に包まれる孝宏は志望校は決まっていなかったが思わず峰城にしようかと揺れてしまう。
女性陣の中でも一番のスタイルを誇る千晶だ。武也と拓未はもちろん、普段はくっつくなと文句を言う春希でさえも孝宏を羨ましく思ってしまう。
「ちょっと、孝宏。お姉ちゃんの前で情けない顔を見せないで!」
今まで静かだった雪菜がきつい口調で孝宏を注意する。だらけた顔を見せるな、しっかりしろと姉らしく、毅然とした態度だ。
しかし、手にした割り箸を孝宏に向ける――指し箸はエチケット的によろしくないし、余程一心不乱に食べていたのだろうか。口と歯には青のりが付いている。
姉として弟を叱る。青のりまみれの学園のアイドル。なんかもう、いろいろとダメだ。
「っておい、雪菜。ボーカルが直前にそんなに食べたらダメだって!
半分こにする話だっただろ。そこでやめとけよ?」
「だって、お腹すいていたしこの焼きそばすごく美味しかったんだもん。
大丈夫だって、わたしカラオケ行ってもこのくらい普通だよ?」
「そうかもしれねぇけどよ。さすがにこの暑さと本番前は……」
「いや、雪菜。浅倉のいう通りにしよう。はい、お茶」
全部食べても平気(そもそも半分は拓未の分だという話だったが)だという雪菜に対して強く出れないでいる拓未に替わって春希が止めに入る。
「うーん。わかったよ。じゃあ残りは終った後だね」
「おい春希、珍しいな。お前が浅倉の肩を持つなんて」
「確かに自分でもそう思うけどな。けど、バンドの事に関してはアイツは間違ったことはいわないしな」
意外な行動に出た春希に話しかける武也。同じように驚いていた拓未だったが気持ちを切り替えると、メンバーに打ち合わせの確認をすることにした。
「いいか、もうすぐ本番だ。最後の打ち合わせをするぞ。まず曲の入り方だが――」
本番が、始まる。文化祭だけのバンドと思っていたが、いつの間にか夏休みにこんな大きな会場で初ライブをすることになった軽音楽同好会。そんなに緊張していないといっていた春希と武也だが、時間が迫ってくると共に身体が強張り、息苦しくなるような、鼓動が早くなるような感覚を覚え始めていた。
「多分な、さっきより緊張してきているはずだ。打ち込みだから皆の都合お構いなしに正確なテンポだし、全体のリズムを変えての修正ってのは出来ない。
だが、心配することなんて何もないぞ。なんせ、自分でいうがベテランのベースに。コンクール全国大会で優勝したピアニストがいるバンドだぜ?
北原、飯塚、それに雪菜。お前らは安心して初めてのライブを楽しめばいいんだ」
「拓未」
「……北原?」
「正直、だんだん緊張してきたけど、お前を頼りにしている。
同じ場所で寝て、同じ飯を食べて、一緒に練習……っていうか指導してくれたお前をいつまでも余所余所しくするなんて出来ないよ。名前で呼ばせてもらってもいいか?」
「だな、俺も自分が壊しておいてなんだけど、空中分解してどうしようかと焦っていた時に現れて助けてくれた事とか、ギターのこととかいろいろ教えてくれて感謝してたしな。俺も呼ばせてもらっていいかな」
「……ったく、春希、武也。……お前らまだ早ぇーよ。
カッコつけるのはステージの上だけにしろよな」
バレていないだろうか。顔をそむけて照れ隠しのようにしてみたが拓未は内心では非常に驚いていたし、嬉しさのあまり涙が込み上がりそうになっていた。
いろんなバンドを渡り歩いている学校の外では素直でいられた拓未だが。自らの素行の悪さという自業自得ではあるが、悪名の広まった自分は疎まれていた。
そんな自分に、学園生活で名前で呼び合えるような仲間が出来るとは思っていなかったのだ。
「ならよ、その理屈でいうと、かずさのことも名前で呼ばないといけないよな。
な、かずさ?」
「え、あ、あたし!? ……わかったよ。
今までの練習とか、楽しかったよ。本番も楽しみにしているよ……春希、部長」
「あ、あぁ。冬馬……じゃなくて、か、かずさ。よろしく」
「俺は変わらず部長なのか……」
「ねぇ、冬馬さん。わたしは、名前じゃダメかな?」
「小木曽……。ダメ、じゃない。
あんたの歌は気持ちよくてさ、落ち着いた気分でピアノが弾けたのは3年ぶりだったよ。
雪菜、あたしのことも名前で、……名前で読んで欲しい」
「かずさ!」
感極まりかずさに抱きつく雪菜。余程嬉しかったのだろう、なんどもかずさの名前を呼んでいる。
依緒とも親友として付き合っているつもりではあるし、千晶には指導してもらったり仲良くしている。しかし、同じ目的を共にする女の子同士、名前で呼びあえるのは雪菜にとって夢みたいなものであった。
「かずさ。わたし、嬉しいよ。これでやっと、私達本当の仲間になれたような気がするの」
「泣くことないでしょ、雪菜。あぁもう、本番前に目を赤くしちゃダメだって」
だってだってと、いいながら抱きついたままの雪菜の髪を撫でるかずさ。
そろそろ時間だと千晶が告げる。数組前のバンドが演奏を終わらせようとしていた。
随分とお待たせしました。期間が開くとどういうふうに書いていいかわからず手間を取りました。
いや、ほんと久しぶり過ぎて全然書けない。少しだけエターが頭をよぎってしまいました。
EPISODE:20.5はライブが終わるまでの内容の予定です。よって続きは今回の途中から書き足す形になります。