この戦争は負ける! 俺にはわかる!!   作:はせがわ

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女王陛下は国を憂う

 

 

「もしもし、フナキ軍曹ですか? わたくしです。ノリコです」

 

「はっ、こちらフナキ軍曹であります。ご機嫌麗しゅう、女王陛下」

 

 その日、帝国陸軍所属フナキ・ツヨシ軍曹は、祖国より遠く離れたこの南国の地にて、女王陛下から直々の無線を受け取った。

 

「ちょ……やめてください女王陛下なとど!

 公の場ならいざ知らず、貴方がわたくしをそう呼んだ事など、一度も無いでしょう!」

 

「お言葉ですが、小官は現在軍務の真っ最中であります。

 いち軍人、いち国民として、偉大なる我らが女王陛下を名前呼びなどと」

 

「許可します。いつも通りノリコとお呼び下さい。

 ……そうでないと、話も出来ません……」

 

「はっ、了解致しました。ではこれよりフナキ軍曹、陛下のご命令を遂行致します。

 ……で、なんだノリコ?

 俺は今、遠く南の島でお国への奉公をしている所だが」

 

「……」

 

 恐らく無線の向こうでは、見えてもいないのにビシッと敬礼していたであろう程のクソ真面目な声色。それが一瞬にして砕けた口調に変わり、皇居の自室にいるノリコはガクッと脱力する。

 真面目なのか、不真面目なのか、それともわたくしをからかっているのか。

 この男とは小学校からの付き合いであるが、このぶっきらぼうな口調と掴み所の無さは今も昔も変わらない。

 ノリコが若干18という異例の若さで、この国の女王として即位してからも、ずっと。

 

「えっと……今はお忙しいですか?

 急ぎの用というワケではないのですが……わたくし、貴方とお話をしたくって……」

 

「……」

 

「あの……! もしお忙しいのであれば、日を改めますから!

 ですのでどうぞ、遠慮なくおっしゃって下さい!

 ですが……もし、もしよろしければ……」

 

 国家の象徴であり、国の代表たる彼女と、一介の軍人である青年。そんな二人がこうして無線でやりとりをする事など、本来ならばとても考えられない事。

 しかしながら二人は幼少期からの幼馴染であり、ノリコにとってフナキ軍曹は、ほぼ唯一といって良い“気心の知れた友人“だ。

 日々女王としての責務や重圧と戦う彼女にとって、彼という存在は大切な心の支え。

 ゆえに信頼出来る従者にお願いをし、たまに内緒でフナキ軍曹へと無線で連絡をとり、こうして話し相手となってもらっているのだった。

 

「構わんぞ、今はどこからも弾は飛んできていない」

 

「――――ッ!」

 

「何か話したい事があるなら、話すと良い。

 俺などが相手で、気晴らしになるかどうかは分からんが」

 

「い……いえ! ありがとうございますフナキ軍曹! 感謝致します!」

 

 先ほど“無線の向こうで敬礼をしている“という話があったが、今のノリコはもう尻尾でも振っているんじゃないだろうか?

 朴念仁のフナキ軍曹をしても、そんな様子がアリアリと想像出来てしまう程に嬉しそうな声色だった。

 

「えっと! えっとですね軍曹! わたくしはですね!?」

 

「落ち着け。ゆっくり話して構わんぞノリコ。

 どうせこの軍務も今日明日では終わらん。いくらでも時間はある」

 

「は、はい! えっと……少しお水を頂戴します! 少々お待ちくださいませ!」

 

 コクコク……ぷはぁ。

「ふぅ」という声が無線から聞こえ、彼女が再びマイクへと向き直る気配が分かる。

 きっと皇居の自室では、コミカルな仕草で子犬のようにパタパタと動く彼女の姿が見られる事だろう。

 肩で切り揃えられた美しい髪。愛らしい桜色の唇。未だ幼さを残す可憐な容姿。その姿は正に白百合のよう。

 現在南国の戦地にいるフナキにも、遠く祖国にいるノリコの姿がアリアリと目に浮かんだ。

 

「お待たせ致しました軍曹。……それでですね?

 実はわたくし、貴方にご相談したい事が」

 

「なんだ? 一介の兵士である俺に、お前の悩みが解決出来るとは思えんが」

 

「いえ、聞いて下さるだけで良いのです。

 軍曹はどう思うのか……それを聞かせて下さるだけでも、わたくし……」

 

「ふむ、そういう事であれば。

 今日はなにやら深刻そうな声色だが、まぁ話すだけは話し」

 

「――――わたくし、この戦争ぜったい負けると思うんですけど(・・・・・・・・・・・・・・・)

 フナキ軍曹は……どう思われますか……?」

 

 

 ……。

 …………。

 ……………………。

 

 長い、とても長い沈黙が、無線で隔てられた二人を包んだ。

 

「というかわたくし……もう女王なんてやめてしまいたいのですが(・・・・・・・・・・・・)

 どうしたら宜しいでしょうか?」

 

「待て、ノリコ。いったん落ち着こう」

 

 滝のような冷や汗のフナキ軍曹。

 “鬼“そして“不死身の分隊長“と呼ばれ、敵はおろか味方にすら恐れられるこの男が狼狽える姿など、きっと戦場でも誰も見た事が無い事だろう。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 ――――大うどん帝国。通称UDON国。

 それがノリコが女王を務める国の名称である。

 

 東洋の片隅にポッカリと浮かぶ、そこそこの大きさの島国であり、人口は約3億人。

 特に国産品らしい国産品は無く、小麦を始めとした食料のほとんどを輸入に頼ってはいるが、国民はみんなうどん大好き。

 もう空気とうどんと女王陛下さえあれば生きていける。うどん万歳。女王陛下万歳。そんな国民性の国である。

 

 そのうどん国がまさに“世界大戦“とも言うべき戦火に巻き込まれたのが、今からちょうど2年前。まだ先代のうどん陛下、ノリコの父が王であった時である。

 まぁ戦火に巻き込まれたというよりも……「避けては通れん」という事で自ら先制攻撃を仕掛けて開戦したのだが。

 

 開戦の理由を平たく言うと、当時「戦争やって利権とりてぇ」と考えていたある大国が、うどん国への小麦の輸入を全面的に禁止したからである。

 自分の国からだけでなく、うどん国のまわり全ての国に働きかけ、うどん国へ小麦が行かないようにしようと目論んでいた。

 それにブチ切れたうどん国が「うどん食わせろ」とばかりに小麦を手に入れる為に立ち上がったのが、この戦争の始まりであった。

 

 平和の為、秩序の為と、色々もっともらしい事を言いはしたものの……、その大国がそんな嫌がらせをうどん国に対してした理由は「先に殴らせる為」。

 戦争やって利権欲しいけど、ウチの国って民主主義やし……。国民みんな戦争には反対しとるし……。戦争なんて出来へん。

 あ! でもうどん国にいっぱい嫌がらせして、先に攻撃を仕掛けさせれば大義名分が出来るじゃん! 戦争出来るじゃん!

 そんな理由でうどん国は小麦を止められるという嫌がらせを受け、この大国との開戦に踏み切る事となった、というのが事のあらましである。

 

 ……まぁ正直、某大国側もこんな簡単に戦争が出来るとは(・・・・・・・・・・・・・・)思っていなかったようなのだが……。

 やつらの様子を見ながらじっくりと、段階的に小麦の輸入を止めよう。そんな風に考えながらやってたら、約2割くらいを止めた時点でいきなりうどん国は開戦に踏み切った。

 まだ全然余裕があると思われた、言ってしまえば「ちょっと少なくしてみたよ」位の時点で、うどん国の怒りは爆発したのだ。

 

 ――――てめぇ俺達からうどん奪う気か!! 俺達にうどん食わせねぇ気か!!

 

 うどんは我が民族の誇り、魂。

 その魂を奪うという事は、俺達を殺そうとしてんのと同じだ! 喧嘩売ってんのと同じだ!!

 

 ……そんな風にして我らがうどん帝国は、国力で言えばもう自国の何倍もあるであろう某大国に対して、宣戦布告をしたのだ!

 これには大国側も軽くビックリし、まだ戦争の為の準備も満足にし切れていなかったらしい。

 

 ちょうど国内において一番うどん作りで有名な某地域が、この大国産の小麦を使用していた事も大きな開戦理由のひとつだったのかもしれない。

「○○地域名産!」とか名乗っておいて、そのうどんは外国の小麦を使用して作られていたのだから。

 ――――自国の小麦など使わない。むしろ作りもしないのだ!

「小麦ではなく、我が地域の水と技術が凄いのだ! だからウチのうどんは美味いのだ!」と、某地域のうどん職人たちはそう言ってはばからない。

 

 ちなみに余談にはなるが、うどん国の国民達は、皆すべからく高血圧である。

 もう毎日のようにうどんを食い続けているうどん国の住民たちは、他の国々の人達に比べて圧倒的に塩分の摂取量が多い。高血圧なのだ!

 だから“血の気が多い“のかと言われれば、それの理由のひとつであったりなかったりするのかもしれない。

 

 まぁそんなこんなで始まった某大国との争いは、気が付けば世界の半数以上を巻き込んだ、まさに世界大戦とも言える戦争に発展してしまった。

 うどんを守るべく、うどん食いたさに勃発したこの戦争は、いま世界中の国々にえらい勢いで迷惑をかけている。

 

 そして極東の島国であり、純然たる海洋国家である我らがうどん国は、その四方八方を全て敵国に囲まれるという、もうとんでもない事態に陥っている。

 目も当てられない程のタコ殴りの目に合っているのだ。

 

 開戦してからすでに2年ほどが経つが……、未だうどん国がその領土を守り、“うどん国“という名称を維持しているのが不思議な位なのである。

 

 

「もう嫌なんです……この国……。

 わたくし女王なんて辞めてしまいたいのです」

 

「陛下」

 

 恐らく今、ノリコの頭上には“ずーん“みたいな影が落ちている事だろう。そんな雰囲気を感じ取り、思わず真顔で陛下呼びしてしまうフナキ軍曹。

 

「えっと……何故そんな事を言うんだ?

 国民は皆“進め三億総火の玉だ“と言って戦っているじゃないか。

 陛下の為、お前の為にと命懸けで戦っているんだぞ?」

 

「それも嫌なんです!!」

 

 うどん国の国民達は老若男女を問わず、もう最後の一人になるまで戦い抜く覚悟を持ち、この戦争を戦っている。

 相手はあの超大国。略奪こそが我が文化と言わんばかりの、情け無用の残虐国家である。

 そうせねば、国が滅んでしまう。二度とうどんが食えなくなってしまう。

「そんなの死んだ方がマシだ!」の心意気を胸に、国民皆一丸となって戦っているのだ!

 

 あと我らのヒロインとばかりに、ノリコこと“うどん女王陛下“も、大変に国民に愛されまくっている。溺愛されまくっている。

 

 ――――陛下の為に死んで来いよ! うどんの為に死んで来いよ!

 

 これは出兵していく兵士たちが自らの親に掛けられる言葉の一例であるが、これは我ら国民の総意でもある。

 

「なんでわたくしなんですか! なんでうどんの為に死ぬんですか!

 何考えてるんですかウチの国民は! 故郷とか家族の為で良いじゃないですか!」

 

「陛下」

 

 陛下かわいい。うどんくらい可愛いよ! うどん粉のように白い肌!

 幼少よりそう言われ続けて育ったノリコは、この国の国民達はもう狂っているとしか思えないのだ。

 

「そもそもわたくし、あまりうどん好きではないのです!

 蕎麦とかパスタの方が好きなのです!」

 

「陛下っ?!」

 

 思わず飛び出した、陛下の問題発言。これを臣下の者達が聞いていたら卒倒物だろうが、大丈夫だったのだろうか?

 

「……ノリコ、めったな事を言うもんじゃない。

 気持ちは分かるが……少し声を抑えて喋るんだ」

 

「す……すいません軍曹。つい……」

 

「まぁお前の言う事も分からんでも無いが……、国民達の気持ちも分かってやれ。

 お前はこの国の象徴なんだ。

 家族や、郷土や、うどんと同じくらい、皆お前の事を想ってくれているんだ」

 

「……」

 

 “家族や郷土“の所まではシュンとしながらしおらしく聞いていたノリコだが、次に「うどんと同じくらい」の言葉が来た瞬間、プク~っと頬っぺたを膨らませてしまう。

 なんや、うどんと同じくらいって。お前もそう思っとるんか軍曹。

 

「まぁ確かに諸外国に比べて、少しばかり馬鹿かもしれんが……、

 それでも我が同胞達も捨てた物では無いぞ?

 俺は各国を回り、様々な国の人々を見てきたが……、

 うどん国民は皆一途で純粋。真っすぐな心根で頑張り屋だ。

 しかもその愛国心は他の追随を許さん。兵士としての練度は世界最高と言えるぞ?」

 

「……でもみんな、おバカじゃないですか」

 

「……」

 

 うどん国の兵士は、実は物凄く強い。

 練度、肉体、精神力。その全ては他国民の追随を許さない。

 ちょ~っとばかり貧乏な国なので、未だ旧時代的なボルトアクション式のボロっちいライフルが主兵装だったりするが……戦車だって対戦車戦を想定すらしていないような貧弱さであるが……それでも根性で頑張っているのだ。

 それこそが今日(こんにち)までこの国を永らえさせる事が出来ている、最大の要因であるのだ。うどん陛下万歳。

 

 しかしノリコの刺すような一言を受け、反論出来ずに黙り込んでしまうフナキ軍曹。

 屈強、根性、愛国心。そんな溢れんばかりの良い所はある物の……今ノリコが言った“おバカ“の一言が、全てを台無しにしていた。

 

「わたくしですね? いつも各地の戦況を、偉い人達に教えて貰っているのですが」

 

「ふむ」

 

「その……明らかにですね? 練度や装備どうこうではなく……、

 我が軍はその“おバカさ“によって敗戦しているように思えて仕方ないのですよ」

 

「……」

 

 この国の“うどん女王陛下“ことノリコは、軍における最高権力者でもある。

 大元帥という役職も持っており、この戦争における作戦行動の全ては彼女の許可を持って行われ、女王陛下の名の下に遂行される物だ。

 ゆえに流石に作戦立案まではしないまでも、ノリコは軍のエライさん達からいつも各地の戦況報告を受けているワケなのだが……。

 

「この前など、砂漠地帯を行軍していた我が軍の大部隊が、

 まだ次の補給地点まで数百キロ離れているにも関わらず、

 毎日のように砂漠の真ん中で大量の水を使ってうどんを茹で続け……。

 そのせいで水を全て使い切り(・・・・・・・・)、全員捕虜になったという出来事がありまして」

 

「……」

 

「えっと、わたくしよく分からないのですが……。

 なぜ砂漠の真ん中でうどんを茹でようと?

 なぜ命よりも貴重な水を、うどん茹でるのに使ってしまうのですか?」

 

 悲しそうな、でもどこか冷徹さを含んだ声で、ノリコ女王陛下が軍曹を問いただす。

 

「いや……うどんを茹でる時は沢山の水を使わないと、

 うまく塩分が抜けてくれんし」(白目)

 

「そのせいで、全員敵に捕まったんですよね?

 戦わずして、部隊全滅したんですよね?

 いったい何しに砂漠へ? うどんパーティをしに行ったのですか?」

 

「……」

 

 その“砂漠でうどんを茹でた部隊“はフナキ軍曹とは違う連中だが、何故かフナキがノリコに責められているような気がする。

 彼はうどん国民達の良さを伝えようと、口下手ながらも奮闘していたつもりだったが、痛烈なカウンターを喰らってしまう。うどんだけに。

 

「そもそもですね? 私は各地の戦況の他、

 色々な軍備の資料なんかにも目を通しているのですが……」

 

「……」

 

「なぜ我が軍では、弾薬よりもうどんの備蓄の方が多いんですか?

 なぜ弾薬を沢山持って行かず、うどんやめんつゆを沢山持っていくのですか?」

 

「う……うどんは我らが魂だから」(震え声)

 

「戦争、してるんですよね?

 私たちは戦う為に行ってるんですよね? なぜ戦場にうどんを?」

 

 淡々と問い詰めていくノリコ女王陛下。もう軍曹はグゥの音も出ない。

 

「わ、分かった。うどんに関しては……お前の言う通りかもしれない。

 軍備の采配はお前の領分だし、思うようにしてくれて構わない。

 我が軍の同胞達も、必死で頑張ってはいるんだ。それで勘弁してくれないk」

 

「そもそもですね? これはうどんの問題だけではなく……、

 我が国民は、すこ~しばかり大らかすぎる(・・・・・・)のではないかと思うのですよ。

 優しいです。礼儀正しいです。立派な人達ばかりです。

 ……でもわたしくは少しばかり、みんなに言いたい事があるのですよ」

 

「……」

 

 もうしおらしかったノリコはどこにも居ない。儚げだった彼女はどこにも居ない。

 いま無線の向こう側に居るのは、青白い怒りの炎をその身に宿した、我らが女王陛下だ。

 

「この前ですね? 拠点防衛の任に着いていた我が軍の一個大隊が、

 敵の夜襲を受けて全滅したんですよ。

 抵抗する間も無く、成す術も無くやられてしまったんだそうです」

 

「あ、あぁ……。まぁ戦場ならばそういった事も」

 

「生き残った将校が言う所によると、どうやら見張りを立てたり、

 辺りを警戒したりといった備えを全くしていなかったようで(・・・・・・・・・・・・)

 彼いわく『俺達が眠いのだから敵も眠いはずだ! だから夜襲などある筈がない!』

 と思った……との事。これについて軍曹はどう思われますか?」

 

「……」

 

「少し……、少し大らかすぎではありませんか?

 夜は眠たいです。誰だってそうです。寝たいです。

 でもそこは……貴方がたが居るのは、戦場なんですよ? と」

 

 この国の兵士たちは、死ぬ時は必ず「うどん陛下万歳!」と叫びながら死ぬ。

 しかしながら今回ばかりは、それも叶わないまま沢山死んだ事だろう。みんな揃って夢の中にいたのだから。

 

「こういった話は、他にもあります。『神様の加護があるから安全だ!』とか言って、

 教会に火薬や弾薬などを全て保管していたら、

 教会の尖塔に雷が落ちて爆発したとか」

 

「……」

 

「某国に出兵した空挺部隊が、『雪積もってるし、飛び降りても大丈夫じゃね?』

 とか言って1000名もの兵士をパラシュート無しで降下させた所、

 その8割以上が骨折。そのまま捕虜となって作戦失敗とか」

 

「……」

 

「今のご時世、世界各国がしのぎを削って兵器開発をしている中……、

 わが国では最近『戦場でも美味しい物が食べたい!』というその一念から、

 フリーズドライ製法という技術を開発致しました。

 ……なぜ戦う力より先に、食べ物を? 弾薬も持たずに運んでおいて……、

 うどんだけでは飽き足らなかったと言うのですか?」

 

「……」

 

「少し……少し大らか過ぎではありませんか……?

 わたくし達は戦争をしているんですよ?

 国を、文化や言葉や土地や命や……そんな全ての物を守る為に戦っているんです。

 …………それを、ウチの国民達ときたら……!!」

 

 無線のスピーカーから、「うわあああああん!」という少女の泣き叫ぶ声が聞こえてくる。

 絶叫、絶叫だ。もう近年稀に見る程の慟哭であった。

 

「――――真面目にやって下さいッ! 真面目に戦って下さいッ!!

 この国は今、四方八方が敵だらけなんです!

 タコ殴りなんです! イジメられているんです! 国家滅亡の危機なんです!

 なんで真面目にやろうとしないんですか!」

 

「の……ノリコ」

 

「なんで作戦会議中に、海軍と陸軍のトップで腕相撲なんてしてるんですか!!

 そんな勝敗で作戦を決定しないで下さい! 最終的に酒瓶で殴り合わないで下さい!

 仲良くして下さい! 協力して敵国と戦って下さい!

 国家の危機ッ! なんですよぉぉぉおおおーーーっっ!! うわあああああん!!!」

 

 ガン泣き、女王陛下のガン泣きだ。

 軍曹はただただマイクを前に、その場で硬直している他無い。

 

「何が守るですか! 何が女王陛下ばんざいですか!

 だれも真面目に戦ってくれないじゃないですか!

 あんなにわたくし、『戦争ダメ!』って言ったのにっ! お父様のバカ!!

 ――――みんなキライです! うどんもUDON国も大っ嫌いです!!

 うわあああああん!!!!」

 

 天を見上げ、スヌーピーもかくやという勢いで泣いているであろう女王陛下。

 今フナキ軍曹にも、なぜノリコがわざわざ無線で連絡を寄越してきたのかがようやく分かった。

 

 潰れそうだったのだ、我らが女王陛下は。

 不安と、悲しみと、心細さで、心が潰れそうだったのだ。

 

 ……というか、こんな悲痛な状況にあるにも関わらず、ぶっちゃけワンワンと大声を上げているノリコの泣き声は、もう「チョー可愛らしい!!」の一言! 見事に!!

 

 まぁフナキ軍曹にとっては、ノリコ陛下は大切な幼馴染であり、友人だ。

 そんな愛すべき大切な女の子を、いつまでも泣かせておくワケにはいくまい。

 

 フナキ軍曹はそう、静かに決意を固めた。

 

 

「――――ノリコ、俺が居る」

 

「……ふぇ?」

 

「俺がお前の為に戦う。女王陛下の為……泣き虫な幼馴染の為に戦う。

 戦果を上げてくるぞ」

 

 スピーカーから聞こえる、グジグジという女の子の鳴き声。

 それに向かって、極力優しい声で語り掛ける。

 俺はお前の兵士だ。俺はお前の為に戦うぞ、と。

 

「――――俺が守ってやる。一日……いや一分一秒でも、

 敵がお前の所に行かないよう……今から戦果を上げてくる」

 

「……ぐ、軍曹?」

 

「実はな? 今ちょうど敵陣の真っただ中なんだ。

 ここは敵キャンプの中央、今目の前には敵の司令部らしき大きなテントがある。

 あいつら全員、手榴弾で吹っ飛ばしてやる――――」

 

 

 そうニヤリと口角を上げる、フナキ軍曹。

 身体はドロまみれ、ズタボロの軍服。左大腿部と左椀に血まみれの包帯を巻き、その腹にも同じくどす黒く染まったサラシを撒いている。

 無事なのは骨と皮になるまで痩せこけ、しかしなおも闘志を失わぬ表情をしたその頭部くらいか。

 

 そんな一見すれば死体となんら変わらぬ姿の男が、地面に転がるまごう事無き死体の山の中にまぎれ、じっと息を潜めていた。

 

 というか、今までフナキ軍曹は戦友たちの死体にまぎれながら、こうしてノリコと話していた事となる。

 ちなみにこの無線機は、既に戦死して地面に倒れ伏している通信兵が背負っている物だ。

 彼はフナキ軍曹の部下であり、敵陣目指してここまで共に辿り着き、そしてついさっき力尽きたのだった。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「え……えっとフナキ軍曹?

 いま敵陣の真っただ中……というのは?」

 

「あぁ、いま英霊達の中にまぎれ、敵司令部襲撃のチャンスをうかがっていた所だ。

 連中、中々姿を表さない物でな? 誰も居ないテントを吹き飛ばしても、

 なんの手柄にもならん」

 

 ここは敵キャンプの中央付近にある、UDON兵達の死体置き場。

 恐らくは尋問だの拷問だのをして殺したのだろう。無造作に打ち捨てられた英霊達の中に、フナキ軍曹は紛れている。

 

「将校のやつらが来たら、テントごと一網打尽にしてやるつもりだ。

 そっちは今何時だ? この国では今、朝の7時頃だが」

 

「貴方っ……そんな状況でわたくしと話していたのですか!?

 もし無線の音を敵に聞かれたら、いったいどうするつもりで!!」

 

「なに、ヘッドホンは装着しているさ。

 やつらが起きてくるまで、良い暇つぶしになった。

 ちょうどひと花咲かせる前に、お前の声が聴きたいと思っていた所だ。

 これで心置きなく、戦友たちの所に行ける」

 

「心置きなく……?!

 軍曹、貴方……いったい何をするつもりですか!!」

 

「なぁに、今身体中に手りゅう弾を巻き付けていてな?

 連中が来たら、テントに突っ込んで行ってやろうと思っている。

 帝国軍人の魂、やつらに見せてやるさ」

 

 無線から、恐らくは手りゅう弾のピンの物であろうチャラチャラとした音が聞こえる。わざわざフナキ軍曹が鳴らして聞かせてくれたのだろう。

 

「な……何を考えているのですか軍曹!!

 玉砕など許しませんっ! ただちにその場を離れ、転身なさい!!」

 

「いや……そうは言っても、もうロクに動く事が出来んのだ。

 大腿部裂傷、左腕貫通銃創、全身数十か所の打撲や裂傷に加え、いま腹にも鉛玉が埋まっている。

 ここから帰るだけの体力は、もう残っておらんよ」

 

「……ッ!」

 

「そもそも血を大量に失った事に加え、もう7日以上何も飲み食いしておらんしな。

 どの道ほうっておいても、あと数時間で俺は死ぬ(・・・・・・・・・・)

 最後は帝国軍人らしく、華々しくいくさ」

 

 ため息をひとつ、しかしとても暖かな声色で、フナキは淡々と自らの状況を語る。

 対してノリコは、ただただ絶句するばかりだ。

 

「……というか、さっきは7日と言ったが……この戦いが始まって以来、

 俺達はもうロクな食い物も水も摂ってはおらんぞ。

 実はこの戦いの初日、やつらの艦砲射撃によって島の食料庫が駄目になってな。

 ここ2週間ほど、ほとんど飲まず食わずだ」

 

「!? あ…貴方いったい何を言って……?」

 

「本当だぞ? 俺達は敵兵を殺しては、

 そっからチョコだの水筒だのを奪って飢えをしのいでいたからな。

 まぁチョコも水筒の水も、部隊全員で分ければ、一人ひと舐めと言った所だが。

 しかし部隊は俺以外全員英霊となってしまったし……、

 今後もし敵兵を倒す事が出来れば、その時は独り占め出来るやもしれん」

 

 絶望はある。頭は真っ白になり、言われている言葉を上手く理解出来ない。

 しかしノリコはふと、本当にふと、たった今思った事を彼に尋ねてみる。

 

「えっと……フナキ軍曹?」

 

「ん? どうしたノリコ」

 

「貴方はいま、全身怪我だらけで、大量に血を失い……、

 しかも腹部に銃弾を受けたんですよね?

 その上もう2週間近く、ほとんど飲まず食わずの状態なんですよね?」

 

「そうだな。我ながらえらい状態になったもんだ」

 

「あの、フナキ軍曹……? 貴方は何で生きているんですか(・・・・・・・・・・・・・・)?」

 

 キョトンとした顔でノリコは訊ねる。

 確か彼女の記憶では、人間が水なしで活動できるのは、4日かそこらだったハズだ。とても彼が生き抜いてきた14日日という期間を生きる事は出来ない。

 しかも彼は現在、少なくとも全身に“3か所“の致命傷を負っている。失った血の量など、もう計算したくも無い。

 

 彼を心配していた事も忘れ、とてもプリミティブ(根源的)な疑問を投げるノリコ陛下。対してフナキ軍曹は、なにやらのほほんとした声でほがらかに応える。

 

「うむ、この島に来て初めて知ったのだが……。

 どうやら俺は傷が治りやすい体質であるらしい(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「何を言ってるんですか貴方は! 真面目に応えて下さい!!」

 

 思わず「ムキー!」っと怒鳴ってしまうが、フナキ軍曹は今ものほほんとした声だ。

 

「いや、本当なんだ。俺もビックリしている。

 初戦で左足に怪我を負った時などは、医師が俺の姿を見るなり、

 黙って自決用の手りゅう弾を置いて去って行った程なのだが……」

 

「初戦で?! 一日目ですでに致命傷のを?!?!

 しかもその医師……、ろくに診察もしないまま首を横に振ったのですか?!?!」

 

「あぁ、俺が流した血で、地面一帯がどす黒く染まっていたからな。

 こちらに駆け寄って来ながらチラ見で俺の状態を判断し、

 俺の下に辿り着くなり、手榴弾をポンと地面に置いたよ」

 

「タッチダウンですか!! そんなラグビーみたいな渡し方がありますか!!

 何をトライしているのですか!!」

 

「まぁそのまま自決するかどうか、一晩悩んだんだが……、

 まだロクに敵兵ぶっ殺してないし、とりあえず味方陣地まで匍匐前進で帰れたら、

 もうちょっとだけ生きてみよう。

 そう思ってやってみたら、なんか半日がかりでなんとか帰れてな?

 俺を残して立ち去っていった部下も『ぐ、軍曹?!』とか言って驚いてたよ」

 

「そりゃあ驚きますよ! 死んだ物と思ってたでしょうから!

 涙ながらに別れを告げたのに、次の日匍匐前進で上官が地獄から帰って来たら

 そりゃあ驚きますよ!」

 

「とりあえず鞄に入ってた日章旗で左足を縛って、

 次の日から擲弾筒撃ちまくってたよ。敵兵を200人くらい殺したぞ」

 

「なに戦闘に復帰しているのですか!! 休みなさい! 貴方は負傷兵でしょうが!

 ……しかもなぜ敵兵ぶっ殺せるんですか!!

 200人て! もし他国だったら鉄十字勲章が貰えますよ?!?!」

 

「あれからも裂傷を負ったり、左腕に銃弾喰らったりもしたんだが……、

 不思議な事に布で縛っておけば、何故か次の日には動かせるようになるんだ」

 

「貴方はいったいどうなっているんですか!!

 どんな身体の仕組みをしているんですか!! ロクに栄養も摂っていないのに!!」

 

「あ、そういえば栄養だったら、ひとつ良い物を食っていたのを思い出したぞ?

 あのな? 足に大怪我を負った後、次の日から傷口にウジ虫が湧いて来たんだよ。

 毎日それを食ってたからじゃないか(・・・・・・・・・・・・・・・・)?」

 

「?!?!」

 

 何気ない声で語られる、フナキ軍曹の衝撃の告白。思わずノリコは絶句してしまうが、フナキの言葉は淡々と語られていく。

 

「この島の付近は制空権も制海権も敵軍に取られてるし、

 もう援軍も物資も来ないだろう? 何も食う物が無いんだ。

 だから島にいる“毒を持たない生き物“は、蛇だろうがヤモリだろうが虫だろうが、

 もう何だって食っていたんだよ。俺達であらかた食い尽くした自負があるぞ。

 そして、動物の死体は腐ったら食えないが……しかしそこに沸いてくる虫は別だ」

 

「……!」

 

「知ってるか? ディス〇バリーチャンネルで秘境サバイバルをやってるあの外人も、

 食うのに困った時は、迷う事無くウジ虫を食うぞ。

 ウジ虫っていうのはそんなポピュラーな食材なんだ。

 ……別に美味いとは言わないが、なかなかクリーミーで味わいがある(・・・・・・・・・・・・)

 お前もいつか食ってみると良い」

 

「たべません! 何があってもぜったいに食べません!!

 乙女をなんだと思っているんですか貴方は!!」

 

 敗戦国濃厚とはいえ、腐っても国の代表だ。

 もしそういう事態となったら、その前に迷う事無く自らの頭を撃ち抜こう。

 ノリコはそう固く決心する。乙女の矜持という物があるのだ。

 

「この日までに左足はやられ、左腕も撃たれ、腹に銃弾も喰らったが……。

 でも人間、やれば結構動けるもんでな?

 ここに来る途中、白兵戦で3人ばかり敵兵を殺したよ」

 

「なに白兵戦やってるんですか! 貴方いまロクに歩けないんでしょうが!!」

 

「いや……見つかりそうだったのでやむを得ずだ。

 とりあえず一人を速攻で銃剣で刺し、傍にいたもう一人に組み付いて刺し、

 最後に向かってきた敵兵に銃剣投げつけて殺したよ」

 

「なんで殺せるんですか!! たしか敵兵は自動小銃持ちでしょう?!

 全身致命傷で、旧式小銃しか持ってない人間が殺したらダメです!

 しかも3人相手に!」

 

「まぁなんやかんやしつつ、腹に銃弾喰らった次の日から夜通し4日かけて、

 この敵陣地まで匍匐前進で這って来たんだ。今更引き返せんよ。

 敵兵が起きてきたら、いっぱい手榴弾持ってテントに突っ込もうと思う。

 女王陛下ばんざい」

 

「夜通し4日?! お腹に銃弾喰らってから4日間ですか?!

 ……えっ、もしかして貴方、死なないんじゃないですか?!?!

 いけます! いけますよ軍曹!! たぶん虫とか食べてちょっと寝たら、

 お腹の傷も回復しちゃう感じなんじゃないですか?!

 ……おねがいです! そんな事言わずにワンチャン帰りましょうよ!!

 がんばってそこから帰ってみましょうよ軍曹!!!!」

 

「無理だ、俺は今日ここで死ぬ。女王陛下ばんざい。

 ……おっ、そろそろ敵兵達が起き出して来たな。

 それでは交信を終了する。オーバー」

 

「軍曹ッッ!! いやっ! 切らないで軍曹ッッ!!

 ぐんそぉぉぉおおおーーーーーーーーっっ!!!!」

 

 ノリコ陛下の叫びも虚しく、プツリと交信が切れる目の前の無線機。

 

 どれだけ泣こうが縋ろうが、その日は再び軍曹に繋がる事は無かった。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「はい、こちらフナキ軍曹です。女王陛下」

 

「……あぁ、やっぱり生きていたんですね。

 なんとなくそんな気がしていたので、改めてかけてみました、軍曹」

 

 

 3日後、再び戦地にいるフナキ軍曹へと無線連絡を行ったノリコ陛下。

 するとまるで何事もなかったかのような声色で、フナキ軍曹の声が無線から聞こえてきた。

 

「とりあえず、その陛下呼びを止めて下さい。

 それからフナキ軍曹? あれから貴方はどうなったのですか?」

 

「了解、陛下のご命令を遂行致します

 ……あぁ、あれから敵兵どもが起きて来やがったので、

 あのままもうしばらく死体の中で様子を伺っていたのだが」

 

 本当に何も無かったかのような声で、フナキ軍曹は淡々と経過を報告する。それを聞いてもう脱力してくる心地のノリコである。

 

「俺が様子を伺っていると、なにやらアイツら給水塔のある手洗い場で、

 のんきに歯磨きやらウガイやらをし始めてな」

 

「ほう、いわゆるモーニングルーティーンというやつですね。

 紳士の嗜みです」

 

「何を言っている。俺達皇軍は、ロクに水も飲まず戦い続けていたと言うのに。

 アイツらが『がらがらがら! ぺっ!』と水を吐き出したのを見た瞬間、

 俺は視界が真っ赤に染まってな? その時から記憶が定かでは無いんだ」

 

「?」

 

 水も無く戦い続けていたフナキ達に対し、不謹慎な事を言ってしまったと反省しそうになったノリコ。しかしなにやら、後に続く言葉がおかしい。

 視界が真っ赤になった? 怒りで我を忘れたという事だろうか?

 

「こちとらうどんを茹でる水にすら事欠いていたと言うのに、

 やつらは毎日『がらがらがら! ぺっ!』だぞ?

 そんなの許せるかノリコ?」

 

「うどんはともかくとして、それからどうなったのですか?

 どうやら今声を聞いている限り、貴方は無事でいてくれたようですが……」

 

「あぁ、どうやら俺は奴らの姿を見た途端、

 足が動かぬ事も忘れ“奴らに突進していったらしい“。

 手榴弾がある事も忘れ、その場の4人をこぶしで撲殺した。

 その後に駆け付けてきた敵兵に小銃で首を撃ち抜かれ(・・・・・・・)

 そのまま病院施設に担ぎ込まれたようだ」

 

「……」

 

 ツッコミたい……もうすでにツッコミ所は山のようにある。

 しかしここは我慢の子。とりあえずノリコは最後まで彼の言葉を聞いてみる事にする。

 

「どうやら敵側の医者は首を撃ち抜かれた俺を見て、

『まぁ99.9%は無駄だろうが』とか言いつつ、病院に運んだようなのだが……、

 次の日ベッドの上でムクリと起き上がった俺を見て、大そう驚いていたよ。

 我が軍には“生きて虜囚の辱めを受けず“という教えがあるな?

 俺はあの時、死ぬつもりで戦い、そして生き残ってしまったのだ。

 だから目を覚ました時は俺も、「敵に情けをかけられた!」と思い、

 病室で暴れ回ってやったんだが」

 

「そうですか……、それで? いったいどうなったのです?」

 

「とりあえずその場の者達を撲殺し、近くにあった武器庫と飛行場を爆破してから、

 抜け出してきたんだ。

 あの病院の警備兵どもは、恐らく“捕虜を殺してはならない“と思い、

 俺に引き金を引くのを躊躇ったのだろうな……。

 だがそんな情けを俺にかけた事こそ、アイツ等が死ぬ事となった原因と言える」

 

「警備の兵を素手で殺し、ついでに武器庫と飛行場を爆破し、

 歩いて味方陣地まで帰って来たのですか……なるほどなるほど」

 

「ついでに病院内にあった食料や包帯も、持てるだけかっぱらってきたぞ。

 もうこの島には、俺の他に生き残った者は数少ないが……、

 それでもこれで我が軍はまだまだ戦える。

 ――――期待していてくれ、ノリコ。俺は立派にお国に奉公してみせるぞ」

 

「そうですか……そうですか軍曹……。そう……ですか……」

 

 前言撤回。先ほどは後でまとめてツッコもうなどと考えていたが、もう言葉も出てこない心境だ。

 

 わたくしの幼馴染は、得体の知れない不死身の生体兵器でした。

 敵兵ぜったいぶっ殺すマンでした。

 

 ノリコはただただ、アホのように無線に耳を傾けているばかりだ。もう何を言う気力も湧いてこない。

 

「とは言った物の……さすがに首まで撃たれてしまえば、今後戦闘は厳しいな。

 ここはひとつ、また根性出して敵陣まで匍匐前進してみるか。

 あの作戦司令部のテントに、もう一度殴り込んでやるぞ」

 

「!?!?」

 

「死に花を咲かすは、武士の本懐。

 ――――見ていてくれノリコ。俺はうどんの為に立派に死んでみせる。

 あと、お前の為にも」

 

 まるでついでのように言われた、自分の事。

 実は密かに(バレバレかもしれんが)淡い恋心を抱いていた幼馴染の言葉を聞いた瞬間、あのテントで敵兵のウガイを見た軍曹の如く、もうノリコの視界は真っ赤に染まった。

 

 なんでうどんの為に死ぬねん。

 なんでわたくし、うどんのついで(・・・)やねんと。

 

 

「 ――――いらないんですよそういうの!!!!

  もう貴方、さっさと泳ぐなり軍艦かっぱらうなりして本土に帰って来なさい!!

  これは大元帥命令です!! 」

 

「!?!?」

 

 極端なんですよ、貴方がたは。

 国やうどんや女王陛下の為に「よっしゃ!」とばかりに死ぬ心意気があるクセに、バカだわ優しいわ吞気だわで、戦に敗戦しまくる。

 

 かと思いきやわたくしの幼馴染は、常識人かと見せかけて生粋の戦狂い。命知らずで不死身の馬鹿野郎だ。

 わたくしの気も知らないで――――

 

 

「 この戦争は負ける! わたくしには分かる!!

  みんなうどんを喉に詰まらせて死んじゃえばいいのです!!

  わたくしは、パスタをお腹いっぱい食べて死にます!! 」

 

 

 

 大うどん帝国、ノリコ女王。彼女の叫びが皇居に木霊する。

 

 ……この時のノリコは知る由もないが、この無勝必敗に思える国家存亡をかけた大戦争は、その後も全うどん国国民たちの熱き想いとか愛とか根性とか努力により、あと2年くらいは余裕で続く事となる。

 

 どうか彼女には、胃薬でも飲んでがんばって欲しい。

 

 女王陛下ばんざいなのであった。

 

 

 


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