どこにでもは無い、ちょっと、いやかなり廃れた古本屋。滅多に客など来ず、店には店主が1人いる程度。ページをめくる音しか鳴らない。そんな静かな古本屋。
今日も朝から夜までただただ本を読み続けていた店主だったが、
「こんばんわー」
カランコロン、とベルの音が店の中に響く。
それと同時に、可愛らしげな声が響いた。来客だ。
「あぁ、ゆずちゃん。こんばんわ。いらっしゃい」
ゆずちゃん、と呼ばれたのは店に入ってきた制服の少女だ。肌は雪よりも真っ白であり、それとは反対に髪と瞳は真っ黒。真夜中に出会えばつい唾をのんでしまうような外見をした少女だ。
「店主さん、お久しぶりです。前にお話ししていただいたお話しを記事にしたら大好評でした。なのでお礼を言いに来たのです」
ゆずちゃんがこの古本屋を尋ねたのはこれが初めてではない。かといって常連というわけでもない。ただ、少し前に迷い込み、店主から話を聞いて、何も買わずに出て行ったただの客。
「あぁ、あのお話しね。どうも。お礼を言われるほどないよ。どうせこの店はいつでも閑古鳥が鳴いているから、店主の僕も暇でね」
店主はそう言って笑った。そしてその後にこの静けさが好きなんだけどね、と微笑みながら付け足した。店の店主としてその向上心の無さはどうなのだろうか。
「はい、なのでお礼として今日は何か本を買っていこうと思っているんです。」
「そうかい。それはありがたいね。前回話した様な内容の本が良いのかな?」
なんと、この少女は本を買ってくれると言うのだ。今日は1週間ぶりの客が来た日で、2カ月ぶりに本が売れる日になるだろう。
「いえ、前回のお話しでも悪くは無いんですが、わたし、実は部活に入ることになったんです」
「へぇ。それはいいね。青春時代は短いから、精一杯謳歌するといいよ。それで、何の部活だい?」
「はい。オカルト研究部です」
「へぇ、とっても似合ってるよ」
高校生に対してオカルト研究部が似合っている、というのが誉め言葉なのかは定かではないが、店主なりの誉め言葉であった。
「なので、怪談というか、ミステリーはお話しがあると助かります」
「それならあの本棚の当たりがそうだから、好きに見て行っていいよ」
店主が店の一角を指さす。そこには本がぎっちりと詰め込まれた本棚と、本棚に入りきらなかったであろう、溢れた本が平積みされていた。
「はい。ありがとうございます」
ゆずちゃんはその本棚へ向かっていき、そして平積みされた本から一冊ずつ手に取って中を見ている。
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「あれ?」
ふと、ゆずちゃんの動きが止まった。どうやら本棚の本を物色していた最中に何かが気になったらしい。
「どうしたんだい?」
店主はゆずちゃんに声をかける。声をかけるが決して自分が座っている椅子から立ち上がりはしない。座ったまま、その場で声をかける。
「はい。えっと。この本、作者の名前が無いんです。それに、出版社も。タイトルと本文しかありません」
ゆずちゃんがそう言いながら持ってきたのは一冊の青い本。まるで青空の様な青い表紙の本。
「あぁ、この本か。懐かしいな」
店主はゆずちゃんが持ってきた本を受け取り、ページをパラパラとめくりながら言葉を零す。
「店主さん。この本知ってるんですか?」
「勿論。僕はこの店の事なら全て知っているよ。これは僕の知り合いが書いた本さ」
店主は本のページから一切目を離さず、ゆずちゃんにそう言った。
「店主さんのお知合いですか。でもなぜタイトルと本文だけなのですか?普通本にはお名前などが載っているのですが」
ゆずちゃんは不思議そうに首をかしげて店主に問いかける
「あぁ、それはね。彼が作家では無いからさ。彼が聞いた物語を、本にしただけだからね。出版社から出したわけじゃない。だからこの本はここに、この世界に一冊しかないんだ」
「世界に一冊だけの本ですか」
「あぁ、世界に一冊だけの本さ」
ゆずちゃんは興味深そうに本を受け取る。だが、まだ疑問は残っているだろう。
「なるほど。この本は個人で作ったのですね。ではなぜ作者名が載っていないのですか?」
ゆずちゃんは再び不思議そうに首をかしげて店主に問いかけた。当然の疑問だろう。
「それはね、彼が作者を名乗る程の人間ではないから、らしいよ」
「作者を名乗る程の人間ではない?」
「うん。そう言っていたね」
「不思議な人なんですね。本を書いたなら、それは作者では?」
ゆずちゃんはまたまた再び不思議そうに首をかしげて店主に問いかけた。至極当然の疑問だろう。
「さぁ、彼なりのポリシー的な物なんじゃないかい?プライドとも言えるけどね。なぜ作者の欄に名前を書いていないのか、確かに気になるけど僕もその理由は良く知らないよ」
「なるほど」
ゆずちゃんは小さくそう言うと、本の表紙をじっと見つめた。
「店主さん」
「なんだい?」
ゆずちゃんは店主に目を向けず、本の表紙をじぃっと見つめたまま、店主に声をかけた。
「これ、少し読んでみてもいいですか?」
「あぁ、いいとも。勿論。読んだ末に買っても、買わなくてもいいよ。時間がある限りじっくり読むといい」
「ありがとうございます。失礼します」
ゆずちゃんはそう言うとカウンターの近くにあった、上段の本を取るためであろう小さな脚立に腰を掛けた。
そして彼女は本を膝に置き、すぅっと息を吸い込んで本に向かい合う。
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その本は不思議な本。まるで青空の様な真っ青な表紙に、大空に浮かぶ雲のような、あるいは空からやってくる冷たい雪のような、またあるいは大空を飛ぶ鳥の翼の様な真っ白な文字で、こう書かれている本だった。
「偶像と白猫と英雄と」
放クラの小説のはずが一切放クラが出てこない一話目。
次の話からはちゃんと出てくるので安心してください。