のうきん短編 ヤンデレーナ   作:新世界のウサギさん

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1話 マイル、捕まる

 Cランクパーティ“赤き誓い”は今日に至るまで、様々な依頼をこなし、類稀なる功績を挙げてきた。そして今日も、彼女たちは無事に依頼を終えると、メンバーであるマイル、レーナ、ポーリン、メーヴィスはその疲れを癒すために宿で疲れを取る。

 しかしながら、その休憩はある人物においては束の間にもなりはしなかった。

 

「ねぇ、マイル」

「ん、レーナさん?」

 

 眠っていたマイルは夜中に突然起こしてきたレーナに誘われ、宿から夜の寝静まった町へと出る。魔術師のレーナ曰く、魔法に使える希少な鉱石が近くにあったと、その目を光らせていた。異世界からの転生者であるマイルは、転生後は英才教育のように、この異世界に関する知識を魔法の化身たるナノマシンより詰め込まれている。寝惚けた頭を可能な限りフル回転させて知識を捻り出す。

 レーナの言っている鉱石には全く心当たりが無かったマイル。レーナに隠れてナノマシンに聞いても、返ってくるのは否定的なものばかり。

 マイルはそれでもレーナの言っている話を信じて、彼女に付いていく。

 案内されたのは闇夜がより強調される森の中で、昼間とは異なり、枝も葉も暗闇に溶けた影となって、彼女たちの行く手を阻むようになっている。

 マイルは暗闇を晴らすべく魔法を使って明かりを灯そうとするも、レーナの顔色が変わる。

 

「駄目でしょ、そんな事をしたら……」

 

 レーナは明かりを点ける事をとにかく拒んだ。理由を聞いてもはぐらかされる一方で、進展は無いも同然だった。お人好しであるマイルはもう彼女に焦った理由を聞くのを取り止め、レーナの意向を汲んで不便な

方法を取る事を選んだ。

 

「こっちよ、マイル」

 

 それにしても、何故夜中が良いと言って聞かないのだろう。そう首を傾げるマイルには、レーナが危険を冒してまで夜道を出歩きたがる理由に合点が行かなかった。悪党たちが夜にあれやこれやと悪事を働くのに都合が良い。それはこれまでに見てきた悪党の傾向から納得できる。逆の視点に立てば、即ちそういった奴等が跋扈する危険な時間帯であるのは明白だ。

 マイルは様々な点において引っ掛かりがあるレーナの行動原理に疑問を持ちながらも、仲間の頼みを素直に聞き入れる度量をもって、彼女の魔石探しに加わる。

 

「ここら辺にあった気がしたわ。ちょっと見てくれない?」

「え、ええ……」

 

 口振りからして、夕方に通って気付いたのならばその時に言ってポーリンやメーヴィスにも手伝ってもらった方が良かったのではないのだろうか。マイルの抱くレーナへの疑問は雲のように膨張していく。

 レーナが指を差した黒い石を取って欲しいと言われ、疑念に焦らされながらも、仲間のためだと渋々それに手を出すマイル。

 手に取って調べたその石には、レーナが大層に評価していたような力は眠ってはいなかった。触る前からそんな気はしていたが、何らかのギミックが仕込まれている可能性もあり、何より仲間が嘘を吐いているなんて結論へ彼女は導かれたくはなかった。

 そんなマイルの淡い幻想は背後に立つレーナの不意打ちにより、意識と併せて打ち砕かれる。

 

「がはっ!」

 

 油断していたマイルを襲う杖の一撃。それは彼女の後頭部へと直撃し、なし崩しに彼女は地面に伏せる。いくら魔力や身体能力が高かろうと、抵抗もなく急所に一撃を見舞われては、その耐久力は凡人と大差は

なかった。

 

「あれだけヒントを与えたのに盲目的に信じちゃうマイル、本当に可愛い……」

 

 マイルの薄れ行く意識の先では、瞳から光を無くして薄ら笑いを浮かべるレーナがいた。

 

「こ、ここ、は……」

 

 マイルが目を覚ますと、そこは外の光が差し込まない、暗くじめついた密室が周りを取り囲んでいた。剣や四次元ポケットなど、マイルにとって武器になり得るものは残さず取り上げられた挙句、頼みの綱の身体は手錠と足枷に繋ぎ止められている。鎖なんて、とマイルが力で無理矢理抜け出そうとするが、その力が一向に入る気配が無い。しばらくそんな無駄とも言える抵抗を続けていると、密室だったこの一室に一条の光が差し、一人の少女が食事を持って入ってきた。

 

「レーナさん……」

 

 赤い髪にキリッとした目付きをした彼女。マイルをこんな部屋に監禁した張本人であるレーナである事はまず間違いはなかった。

 変身魔法も疑ったマイルだが、気配探知にも優れたマイルが常日頃側にいる彼女がすり替わったと気付かない程に精巧な魔法を使える人間がそう多いとも思えない上に、こうしてターゲットであろうマイルを捕らえた以上、いつまでもレーナのフリをしている理由も無い事から、その説は否定された。

 

「あら、もう起きたのね。流石はあたしたちを鍛えてくれたマイル。まあ、積もる話があるとは思うけど、マイルのためだけにあたしが作ったご飯。まずはお腹を膨らませましょう?」

 

 恍惚な表情を湛えるレーナはまずパンを千切り、マイルの閉じた口に当てる。マイルは細やかな抵抗を込めて、彼女の施しを断ろうと頑固になる。

 

「ああ……マイル、マイル……やっとあたしだけのものになったと思ったのに。多分まだ躾をしていないのが悪いのね。じゃあ躾も兼ねましょうか」

「レーナさん! 何を!」

 

 マイルに拒まれたレーナはパンを食べさせるのを諦めたように、それを手元へ手繰り寄せたと思えば、口に含んで咀嚼をしながら、マイルに優しく口付けを始める。

 

「んんっ! んぐっ!」

 

 レーナの口から無理矢理食べ物を流し込まれた挙句、口内を舌で掻き回されるマイルが混濁する意識の中で唯一鮮明に映ったのは、レーナの死んだ魚のような目。死んだ魚とは違って、彼女はマイルだけを視界に収めようと躍起になっている。その瞳に反射されているのは、繋がれた鎖も、背後に控える壁も無く、レーナに蹂躙されるばかりのマイルただ一人だ。

 

「はぁ……はぁ……マイルの中に、あたしが入っていくのを感じられたわ。ふふっ」

 

 ようやく解放されたマイルはすでに心身への甚だしい負荷で満身創痍を迎えていたが、レーナはそれに反比例し、徐々にエンジンを掛けてきている。まだ始まったばかりだと言いたいように、マイルに食事を続けさせる。

 レーナのキャラクターである快活な面は形を潜めており、目の前でスプーンを子供のように振り回している今のレーナは打って変わって狡猾で、陰湿な印象を受けた。閉じ込められたこの部屋が、正しく彼女の秘めたる願望を体現していると言っても過言では無い。

 抵抗も虚しく、レーナに口移しでスープを飲まされるマイル。息がまたしてもできなくなり、目で苦しいと報せても、欲望に直走る彼女には見えておらず、またしても彼女の気が済むまでこの地獄のような食事会は何ラウンドにも渡って続けられた。

 

「美味しかったわよ、マイルの唇」

「はぁ……うぅ……助けて……ポーリンさん、メーヴィスさん」

 

 食後、あまりの苦しさから、ポーリンとメーヴィスに助けを求める声を涙ながらに発したマイルに反応したレーナ。彼女は食べ終え、空になった食器を無惨な姿になるように燃やすと、踵を返してマイルの肩に顎を置く。

 

「メーヴィス……ポーリン……あれ? 一人仲間外れがいるわよ」

「ひっ!」

 

 頼れる力を失ったマイルの精神は酷く脆いものへと変貌していた。それが彼女を更なる窮地へとこうして陥れていく。未だ奈落の底は見えず。地獄はまだ始まったばかりだった。

 レーナはマイルの首筋を据わった瞳を伴い、舐め回す。舐められた部分は外気に当てられて次第に冷えていき、冷えてきていた身体に更なる強烈な寒さをもたらす。まともな思考力が恐怖と寒さで徐々に奪われるマイルの口元は締まりが悪くなり、その端から垂れる涎が頻りにスカートを濡らしていた。

 

「はい、可愛いマイルちゃんに質問よ。赤き誓いにはあなた……マイル、ポーリン、メーヴィス、あと一人、このあたしがいます。さっき言い漏らしたあたしの名前は何でしょうか。早く言わないと、一日毎にあの憎き女たちを一人ずつ、消していくわよ……栗原海里ちゃん」

 

 レーナの口から出てはならないものが出てはならない名前が出て来た。マイルの前世である女子高校生の名前、栗原海里の名だ。マイルはそれなりにボロは出してはいたが、根幹に関わる事について話してはいない上、話さないように努めていた。しかしながらその甲斐も虚しく、隣に居座るレーナにマイルの事は全て知られてしまったようだ。

 

「マイル……ふふっ、怯えた顔をして、どれだけあたしを喜ばせてくれるの?」

 

 嗜虐的にマイルを嘲笑うレーナは“愛”と称したストーキングやマイルの力を封じるための修行を一週間前から行っていたらしい。彼女はいつの間にか、メーヴィスやポーリンはおろか、好意を向けられているマイルにすら気付かせない、狡猾なクレイジーサイコレズに成り果てていたのだ。

 マイルを拘束する拘束具には彼女が魔法を使う際に集められるナノマシンを瞬時に発散させ、同時に肉体の力をも低下させるとされる、レーナが最近会得したと言っていた魔術回路が組み込まれており、これがマイルが充分に力を振るえなかった理由であった。

 

「レーナさん、待って下さい! 私を、私を、放して!」

 

 全てを吐き出し、満足げな表情を浮かべているレーナは下ろしていた階段を上がり、光差す上階へと戻っていく。

 

「駄目よマイル……あたしが良いっていうまではそこに繋ぎ止めるって決めているから。しかしまあ……」

「え?」

「あたしの名前を呼んでくれたし、願いを聞き届けても」

 

 レーナの言い淀む姿に一縷の希望を見出すマイルは壁と繋がれた鎖を限界まで伸ばし、彼女に懇願した。惨めに、情けなく、彼女の強者だった頃の風格はすでに失われており、そこにいるのは自由を求める哀れな幼子が一人だけだ。

 

「本当ですか!」

「嘘よ」

 

 レーナは非情にも、マイルに向けて撒いた希望の種を即座に摘み、それを最後まで彼女の前でひけらかしながら、上へと去っていく。

 

「……私は一体、どうすれば」

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