のうきん短編 ヤンデレーナ   作:新世界のウサギさん

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3話 マイルはあたしのマイル(終)

 マイルが監禁されてから、ナノマシンとの会話ができない状態が続く。マイルに堪能になったレーナの習得した封印魔術は粋を結集した特別性。その影響下に置かれているマイルはナノマシンにおける優位性を消失していた。二日、三日、それどころか遂に一週間。いつまでも逃げられないでいるのは魔法を失ったか弱き少女へとその身を落としていた。

 

「ナノちゃん、出て来て。お願い」

 

 マイルの消え入りそうな声は閉塞感ある箱の部屋で反響し、最終的には消え去るのが宿命。ナノマシンの欠片もその目には映らなかった。運動能力も監禁されているうちに低下しており、解放されたところでこの世界に転生してから散々頼っていた力には期待できない。マイル自身望んでもいない力だった。しかし、そういった授かり物には多かれ少なかれ適材適所がある事を、この窮地によって痛感するマイルは己を徹底的に哀れむ。

 枯れ果てた涙は天井から付かず離れず纏う滴が代わってくれる。

 マイルの頰にまで垂れる冷たい感触。

 冷やされていく身体。

 

「みんなとまた会いたい」

 

 マイルの前世である栗原海里の時はできなかった、腹を割って話し合える仲間に出会えた事を、それが元になって煮湯を飲まされている今ですら愛おしく思う。冷たくなっている身体に温もりが欲しかった。仲間という、どんな火よりも熱い友情を、彼女の捕らえられた身体はしきりに求めていた。

 

「マイル! レーナ様があんたとあたしとの愛の巣に帰って来たわよ!」

 

 マイルの想いに水を差すタイミングで、レーナが部屋に戻って来た。その手には食事が抱えてあり、食事の時間を初めて報せる。最早二人の間で定番と化した口移しにて、マイルは口にスープを流し込まれる。苦しさは相変わらず、それでも最初に較べたら大分慣れてきていて、そんな自分がやけに恐くなる。慣れとは即ち、調教の成果が出ている証拠。

 レーナのニヤニヤした不気味な表情は日に日にその時間を増やしている。マイルはレーナの思惑にまんまと嵌っている。かといって持ち札を最初から全て奪われた彼女には勝負の場に立つ資格すら与えられない。相手がどんなブタを持っていようと、彼女は勝負から降りるしかなかった。

 

「ぷは、マイル美味しい?」

「はい、美味しいです」

 

 マイルはレーナの機嫌を取り持つためにごまを擦りまくる。こんなコミュ障故の相手に合わせた所作ができるのは良くも悪くもマイルを生かしていた。

 逆らったら更なる調教をされると予期するだけで、服をも通り抜ける極寒の寒気が肌を凍り付かせる。幸いレーナはマイルの口車には乗りやすかった。それだけの重病故に彼女をコントロールする事は容易で、迂闊な行為で彼女の地雷を踏む、というパターンには陥らずに済んでいた。

 

「今日は女狐が寄らないように、あたしが側で寝るわ。リリィたちは言い包めてあるから、要らない心配は無用よ」

 

 レーナはメーヴィスやポーリン、リリィたちの前ではマイルをトラブルに巻き込んでしまった悲劇のヒロインを演じていると、マイルの前では恥も外部も無く高らかに力説する。

 それからマイルの口に突っ込んだスプーンの匂いを嗅ぎ、途端に狂う。レーナの行動にマイル以外の一貫性が無くなってきている。あれをするにもマイル、これをするにもマイル。すでにマイルが知る仲間想いで情熱を身に迸らせる彼女とは別人となっていた。

 

「手錠と足枷の鎖、外すわよ」

 

 マイルに了解を得て、レーナが彼女を繋ぎ止めていた鎖を外していく。マイルは変わらず力を行使できない。魔力封印の根元は手首足首に固定された枷にあり、人並みの自由を一時的に手に入れても、抵抗する力は皆無だった。ブランクあるマイルがレーナを倒す事は確実に無理で、挑んだところで返り討ちに遇い、その報復措置としてより酷い仕打ちを受けるのが関の山。廃人にされるリスクを承知で、勝ちの目が無い愚行に走る勇気は疲弊したマイルには持ち得ず、ただ笑みを浮かべるレーナの足元を見る以外に選択肢を見出せなかった。

 

「逃げちゃダメよ……逃げたらメーヴィスとポーリンを殺しに行くから」

 

 レーナはマイルの弱点を知り尽くしており、すべからく彼女の行動は縛られる。人質を取られ、見えない糸に操られるがままに、マイルは草木が生茂る粗雑な道を歩かされていた。

 魔獣にいつ襲われてもおかしくない鬱蒼と続く獣道。マイルか普段より容易く葬ってきた彼らも、武器も能力も失った裸一貫では太刀打ちできない強敵となり得る。案の定、凶獣ベヒモスに取り囲まれ、窮地に立たされるマイル。普段なら勝てるはずの相手に喰われる末路を直近に見定め、右往左往と素人の動きで慌てる彼女に襲い掛かる獣たちが一斉に燃え出すのは彼女が木の側で蹲っている頃であった。

 

「ファイアーボール!」

 

 詠唱破棄からレーナお得意の炎魔法が森を紅く照らす。たちまち焼き尽くされた獣から、炎は木に延焼し、餌を得たそれは尚の事激しさを増す。しかし、マイルの指導により、相反する氷魔法をも習得したレーナは森の火事における消化もお手の物。

 

「アイシクルランス。これはマイルからあたしへの、あたしからマイルへの愛の象徴」

 

 しかも彼女の魔法はマイルが監禁されてから、マイルの想像を絶する強さを得ている。彼女の愛は力の限界をも越えてしまうのか。例えマイルが全力であっても、ここまで育った彼女を止める事は至難であると彼女には断言できる。

 

「マイルはあたしのもの。女狐はもちろん、お前たちにも渡さない」

 

 灰になった屍へ向けて、ぶつぶつと眼を暗闇の沼に沈ませながら呟くレーナの先導を受け、マイルが辿り着いたのは湯が沸く溜まり場であった。マイルは現代で見たものと重ねて、これは温泉だと断定する。レーナの束縛による恐怖を忘れるには、このように現実逃避に勤しむのが一番であった。

 

「マイルとあたし、二人きりで身体を清めるわよ」

 

 頰を赤らめ、八重歯を輝かせるその表情はこれまでのレーナである反面、瞳に映る世界はマイル以外の景色を消去している。欠伸が身体に溜まった疲れを教えてくれる。もうすっかり夜更けなようだ。

 早く帰って今夜までの悪夢を忘れたい。レーナから逃げる方法は現状、夢想が織り成すファンタジー世界ただ一つ。流されるまま、訪れた微睡に溶けたいマイルの願う間も束の間でしかなかった。

 

「マイルのくれた水着ってやつ。すんすん……あぅぅ……」

 

 達観したマイルが俯瞰的視界を忘れるレーナの所業が、彼女の瞳をも闇に溶け込ませる。レーナがマイルが常用していた四次元ポケットを巧みに使っていた。憤りを通り越して虚無感に曝される。レーナはポケットからも匂いを吸引し、一度倒れて激しい痙攣を起こしていた。マイルにしてみたらとても生々しい瞬間で、仲間が狂っているそんな姿を肉眼に収める事は相当堪える。

 

「マイルっ、まいっ、あっ! あっ! 好きっ、スキィ!」

 

 ポケットを投げ出し、飛び出て来た水着を布団のように腹部に被ったレーナがのたうち回る。まるで水場に揚げられ、酸素不足に喘ぐ魚。そのような仰々しい動作がマイルの気を引かせるが、狂ったレーナにはその程度は些末事に過ぎず、却ってレーナを暴走を加速させるトリガーになる。

 

「マイル、逃げちゃダメって言ったわよね」

 

 マイルをキメていたレーナが彼女の世界から戻って来ていた。動揺していたマイルは不覚にも腕を掴まれ、湖畔において押し倒される。ぬかるんだ土壌に寝かされ、水気をたくさん含んだ湯気を浴びる。湯に浸かるまでもなく、服諸共びしょ濡れになってしまった。

 

「逃げる気なんて、そんな!」

 

 思うところがあったマイルは必死に弁明し、レーナに許しを乞うも、理性を失った彼女には取り付く島も無く、一方的に彼女の欲の捌け口にされる。

 

「あんたの言葉を借りると、言語道断かしら。それじゃあ御託は置いといて、あたしから海里への、お仕置きターイム」

 

 レーナはまたもやポケットから取り出したマイルの剣を巧みに操り、彼女の服を斬り裂いていく。

 

「いや、いや……」

「マイル、マイルゥ!」

 

 服が斬られていくマイルの内に溜め込まれた恐怖。それが外見が破けるのと時を同じくして、沸騰した湯水のように飛び出す。

 

「嫌! レーナさん恐い! ポーリンさん、メーヴィスさん! 誰か助けて下さい!」

 

 レーナからの解放を心から吐き出すマイルの声も虚しく、この深い森の、それも奥に位置する湖畔では誰の耳にも届きはしない。マイルに無駄だと分からせたいのか、止めようとはせずに冷静に彼女を俯瞰するレーナ。結局レーナの抱いていたであろう思惑通りに事が運び、マイルの叫びは無駄に終わった。

 

「ひぐっ、うぐっ、たしゅけて、いや、いやぁぁ」

 

 服が破かれ外見は下着姿、顔に至っては涙に顔を腫らしている。レーナから逃げ出したい。それだけが生涯の願いにまで昇華したマイルには保つべき信念すらも失われている。

 

「あたしはあたしを否定するマイルも大好物よ。隙は無いから安心して泣きじゃくりなさい。赤ん坊のようにね」

「うわぁぁぁぁぁぁぁん! こわいよ! 助けて!」

「うふふふ、マイル本人の匂い、格別よ」 

 

 泣き疲れ、そのまま眠ってしまったマイルの身体を好き勝手に弄り、満足したような笑みを讃えてから、レーナは監禁場所とは違う方角、赤き誓いの拠点へとマイルを抱えて向かう。

 

「助けて……」

「マイルったら、すっかり子供になっちゃって。良いわね。あはっ、予定より早い仕上がりだけど、上々だわ」

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 レーナに運び込まれ、宿屋で目覚めたマイル。彼女において、かつての面影が消えてしまう程の変化があり、顛末を知らないメーヴィスとポーリンに衝撃をもたらす。

 

「これが、マイル……」

「マイルちゃん……」

「れーな、れーな」

「マイル、誤って崖から落ちたみたいなの。打ち所が悪かったみたいで記憶が無くなって……あたしが、あたしが!」

 

 レーナはメーヴィスたちにいきしゃあしゃあと出鱈目を吹き込み、惑わせようとしていた。レーナの思惑は彼女の裏を知らないピュアなこの二人を簡単に欺く。自然に身体を起こす事よりも簡単なこの仕事は苦労も知らずに大成を迎える。

 

「そんな事があるのか! あると、言うのか……」

「マイルちゃんの症状がここまで酷いとなると、取り敢えずお医者さんに見てもらわないわけには」

「いやー! こわい! こわい!」

 

 ポーリンが手を伸ばし、ベッドに横たわるマイルに触ろうとするが、マイルは突如として叫び、彼女の差し伸べた手を拒んだ。メーヴィスに対してもそんな態度は変わらず、徹底して彼女たちを拒絶する。唯一、諸悪の根源であるレーナに擦り寄っていくマイル。彼女はレーナから被った被害を綺麗さっぱり、都合良く全て忘れていた。

 

「マイルがあたしに、うひっ……おっと、マイル……可哀想に。あたしの所為だ! あたしがマイルを一人にしたばっかりに!」

 

 レーナはまたもや罪悪感に苛まれる自分を演出していた。この前とレーナの手法は変わっていないが、マイルというサンプルがいるだけで効果は何倍にも膨れ上がる。

 

「その件なら私にも責任がある」

「私も例には漏れませんね」

「れーな、れーな、好きっ」

「それにしてもマイルの奴、レーナには心を開いているんだな」

「そうですね。理由は分かりませんが。強いて言うなら、レーナちゃんが分かり易い性格をしているからでしょうかね」

「ポーリン、どういう事?」

 

 ポーリンが示唆していた理由とやらは当事者であるレーナには手に取るように分かる。レーナの魔法による記憶改竄。レーナにされた悪行の数々。その“レーナにされた”という事象を丸々レーナ以外の人物の仕業と置き換えた。これで初々しいながら、マイルが向ける好意は魔法の対象外に置かれているレーナに集中する事となる。後は監督責任を掠め取り、じっくりレーナ色に育て上げるだけだ。

 

「どうやらあたしの言う事しか聞かないみたいだし、あたしが一人で医者に連れて行くのが良さそうね」

 

 昼食を終えて、レーナはマイルを連れてリリィの宿から出て行く。彼女が足を運ぶのは診療所からは外れた森の奥。元仲間を再度欺いたら仕上げだ。

 マイルを再教育し、レーナの思い通りになる女に仕立て上げる。数日に分けて改竄魔法を応用、改竄した記憶をベースにかつてのマイルを再構築していく。レーナを彼女だと、マイルに重点的に刷り込みを行う形を取り、彼女に捏造された記憶。人気の無い森の一点で、マイルもまた、新たな目覚めを迎えるのだ。

 

「レーナ、さんが、いち、ばん、さい、こう、の、かの、じょ」

「そうよ、他の奴は敵……あたしがあんたの最高の女なの。しっかりと覚えなさい。この世界の鉄則よ」

「は……い、レーナ、さん、好き、好き、好き」

 

 レーナがスパンを熟考して洗練された再教育の計画は、数日を経て見事に成功を収めた。

 

「行きますよレーナさん!」

「ちょっと速いわよマイル! あたしはあんた程機敏に動けないんだから」

「レーナさんが焦ってる。可愛い……可愛いよぉ」

 

 レーナとマイルは公に恋人と名乗り、メーヴィスやポーリンを寄せ付けない程に盛り上がっていた。依頼は必ずパートナーで受け、いかなる強敵もマイルのチートとレーナの強大な魔術で蹴散らしていく。

 

「マイル、偶には私たちと仕事に」

「メーヴィスさぁん、ごめんなさいね。私にはレーナさんという最高の先約がいるんです。諦めて下さい」

 

 マイルは意思の光を失った瞳で下卑た笑いを浮かべ、外で甲斐甲斐しく準備を進めているレーナの元に急ぐ。

 

「レーナさん、私たちの式はいつにしますか?」

「一ヶ月後でどうかしら。まだカップルに成り立てだし、親交をもう少し深めてからでもその先は遅くは無いわ」

「マイルが更におかしく……」

「あれでは元に戻ったとはとても思えません」

 

 赤き誓いはあれから半分に切り裂かれる寸前で踏み留まっている。マイルがレーナに傾倒し始め、レーナからも無視されるようになったメーヴィスとポーリンが空中分解寸前で繋ぎ止めている状態だ。

 

「私にはレーナさんしかいません。決断は早い方が嬉しいです」

「もう、マイルはせっかちね」

「えへへ、レーナさんが私をこんなにしたんじゃないですか。もう私たちはラブラブなんですよ。深く愛し合っているなら道はただ一つ、結婚して、子供を作る。私の魔法なら二人の間に子供を作るのは、ふふっ、簡単ですよ」

 

 マイルを掌握した今、レーナとマイルが結ばれるのは時間の問題。

 

「やっと念願のマイルが手に入った。ああ、あたしのマイル」

 

 たった一枚の衣服から芽生えた狂気。些細なきっかけといえど、暴走した心は例えレーナ自身にも制御できない。

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