鬼滅の刃VRONLINE~嵐翅異夢~   作:エイ

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一周目は筋トレがおすすめです

 世界に降り立った自分の手を眺めて、小ささにため息をつく。かわいい。ちひさきものはみなうつくし。ただし無力だ。修行しよ。

 そして、深呼吸をした。

 季節は初夏だろう。雨が降った後なのか、柔らかな熱気にのって草の匂いが強烈に鼻を刺激する。陽光は眩しく輝かしく、だが肌を焼き痛めつけるほどには強くない。さすがあまね様だ。良い季節に誕生日設定してくれたなぁ。

 耳には風が揺らす笹のざわめき、鳴き交わす鳥たちのつぶやき、虫や蛙たちの途切れない声が満ちている。田舎ではないところで育った人間には、これらの自然の音というのは本当は聞こえにくいものだと知っている。都会人ほどではないけど。

 だが、この肉体の耳には、いっそうるさいほどによく響く。ステータスの割り振りは間違っていなかった。自画自賛。

 VRあるあるだとは思うが、あまりのリアルさに、ここは本当に仮想現実だろうかと驚くし疑ってしまう。

 やっぱり全感覚解放は違うな。

 このリアルさを実装処理しているのは、自分の脳であって、サーバ側は情報を送っていているだけだと分かってはいるんだが、なんというか、運営にはやっぱりいつだって五体投地の感謝です。いつか課金すっからね。ちゃんと感謝を金で表すからね。具体的に言うと、2周めプレイキャラメイク時に。

 

 トンッと跳ねて、身体の動きを確認する。よし、感覚とのズレはない。

 確認が終われば、後は記憶のロードである。

 キャラメイクでは自分の肉体への設定は付けられるが、実は両親や生育環境への設定は、あんまり細かくは付けられない。R18版だと山なら木こり、町なら商家、村なら農民がデフォルトだ。両親も、どこに生まれても同じ顔、同じ性格をしている可も不可もない善人になる。

 R25版でもそんなに変わらないが、両親はランダムで善、無関心、虐待と3種類に分かれる。

 そして、R30版では、孤児設定も有りと聞いている。

 そういった、自分で決めたわけでもない、自分のバックグラウンドをどうやって知ればいいのかというと、ここで『ロードする』というコマンドを使うわけだ。

 

 自分がどこの誰で、どういう立場で、何をしているのか。

 サーバから送られてきている情報を、データではなく記憶として呼び起こす。これによって、より世界に、そして作り上げたキャラクター、演じる役割に移入させやすくする。

 うまいやり方だと思う。

 当然これは、自分で作ったキャラクターデータと決して矛盾しないように作られるので、こっちからの干渉が一切できないというわけじゃない。

 たとえば、顔に傷跡を作っていたら虐待親を引きやすいとか。寡黙無表情設定を作っておくと、無関心親を引きやすいとか。

 甘いもの好きだったら九州出身とかな。いや、正直これは多少地域性に対する偏見入ってると思うけど。

 基本は、自分が作ったキャラクターデータに合わせて作られる。そして、今、この場で過去がすべて決まっているわけじゃない。

 今から、自分が行うロールプレイに合わせて、過去は作られる。あるいは変化する。

 陰湿に振る舞えば、そう振る舞うだけの性格に育つ理由が生まれおち、明るく陽気に振る舞えば、そう振る舞うだけの理由が造られる。

 だから、今、ロードして得られる『記憶』は本当に必要最低限のものであり、これから先の未来と同じく、過去は今から作り出すものなのである。だから、基本的にリセマラという概念はない。何を引こうと、今から作りたせるのだから。

 

 ──ロードする。

 

「あ、ジイちゃん、待ってるかな」

 

 ふっと言葉がこぼれ落ちた。

 そうだ。祖父がいる。両親はいないが、まだ祖父がいて、自分を養ってくれている。

 山の中だから、水道も電気も通っていない。足の悪い祖父の代わりに、水を汲んで帰らねばならないのに、まだやってない。

 思い出した記憶が、さぁっと人格の表面に滑っていく。するんと自分自身に落ちていく。

 

「急がなきゃ」

 

 走り出す足は、近くの川へと向かう。ジイちゃんのために急いでいる。だが同時に、走るというトレーニングで走力アップを狙う意識もある。

 そう、これは一応ジャンルはシミュレーションなのだ。訓練によってパラメーターを上げられる。普段の日常の動きでも意識したほうが効率はいい、と思う。

 体力値が0になったらぶっ倒れるか、最悪死ぬので、パラメーターには注意しなきゃいけない。

 そこで、このゲームがクソゲーランキング入りする理由の一つを紹介しようじゃないか。

 このゲーム、セーブ画面以外で、自分のパラメーターをチェックできない……どういうことだってばよ。

 まあ、確かに、この世界に作り上げた第二の自分を演ずる時にパラメーターチェックとか無粋にも程があるもっと役に入り込めと言われたら反論できないんだけど、ゲームとして、その仕様はどうなんだろう。

 死ぬ苦痛を受け入れてる時点で、相当気合こめたロールプレイだと思うんだけど。

 

 川についた。

 置いてある瓶を軽くすすぎ、水をたっぷりと入れて持ち上げた。腕力UPと唱えながらよっこらせと歩き出す。走るのは水がこぼれるからダメ。この状態で上げられるステータスは腕力と体幹。

 歩き方を工夫すると、忍び足という技能が得られる。ポイントを振ってなくても日常のどこかで得られる技能は取っておいて損はない。

 明日からは、遊んでいると見せかけて、山の猪やら鹿やら狸やらを掃討して微小ながら経験値稼ぎにいそしむぞ。

 

 と思っていたのだが、家に帰ると予定変更せざるを得なくなった。予想外です。真顔です。

 ジイちゃん、若干言葉が足りないし天然ボケながらも懸命に一人で孫を育ててくれた大好きなジイちゃん、なんでご名字が鬼舞辻なん? 

 なんで孫に無惨て名前つけとるん? 

 思わず白目剥いたよね。

 いや、あのラスボスとは関係ないとは思ってるよ? 

 思ってるけど、それはそれとして、災いを呼ぶ不吉極まる名前だよね。あまね様ヒドすぎないかな。この名前はただのイジメでしょう。

 

 まあ「ロードする」コマンドがいかに当てにならないコマンドか分かってもらえたと思う。

 こいつは本当に、最低限の情報しか降ろしてこないし、このゲームは降ろしてきた情報を認識させるタイミングが神がかってとぼけている。この邪神めが! 課金は次のタイミングでするって言ったでしょ! 

 とは言え、知性のステータスにもうちょい割り振っとけばもっと早く降りてきた情報かもしれない。次回のステータス振りの参考にしよ。

 

 いかになんでも名前が「鬼舞辻無惨」はない。

 大声で言うけど、これはない。

 ランダムで付けてもらえるデフォルトネームに、R18版およびR25版では、こんなひどい名前はなかった。そこそこカスッてくるのはあったけどね。

 富岡蔦子とか。

 竈門炭吉とか。

 一番ひどいと思ったのは、継国縁壱だった。周回も300回を越せば、そうそうやられやしないけども、黒死牟殿とのドキドキイベント増えすぎ問題。六眼異貌がふと気がついたら背後に居たりする毎日はもうごめんです。コワイ。見た目がコワイ。

 ちなみに、このゲームは乱数がちゃんと仕事をしているので、同じ名前同じステータス同じ見た目でプレイしても、ほぼほぼ間違いなく環境や展開が変わる。同じルートを進むのは至難の業だ。

 だから、すごいレアルートなのは間違いなかったんだけど、やってる最中は完全にホラーだった。

 レアだったなとは、思い返してこそ言える言葉なのである。

 

 そして、ここまで嫌がる理由もちゃんとある。「鬼舞辻無惨」という名前は、R18やR25でのデフォルトネームには入ってなかったが、自分で付けてプレイすることはできる。

 その結果。

 会う鬼、会う鬼ことごとく「貴様ごときがアァ、あの御方のオォォ、許せぬわアァァァ死ねェェェェェィ!」と名前が知られた瞬間からバフ3倍で攻撃してくる。

 ついでに鬼殺隊からは「背中を預けたくはないな」だの「お前には良くないものを感じる」だのと不審者扱いされる。後でデータ見たら好感度が名前を知られた時点で-10になってた。-10されるんじゃない。絶対値で-10になってたの。

 うん、上弦の鬼や鬼舞辻無惨に会う前、正確に言うと原作突入前に改名というか偽名をつけました。奴らがバフ3倍になったらなんて考えたくもなかったし、炭治郎の好感度が最初から-10とか心が折れる。原作主人公には好かれたい。だって原作好きだから。

 ウッ、思い出がつらい……心が乾く。

 

 ジイちゃん、大好きなジイちゃん、家出する孫を許してね。全部名前が悪い。家出して出身地隠して名前も変えて生きていきたいんだ。

 ごめんね、ジイちゃん、出ていく前に、水瓶は一杯にしとくからね。

 と、家の大ガメに汲んできた水を注いで、また川に走り出す。

 急がないと暗くなっちまう。大正時代、しかも山の中を舐めるな。街灯も人家のもたらす明かりもないなかで旅に出るほど無謀じゃないやい。

 

 川との行き来を繰り返すこと、およそ6回ほど。

 それから、旅支度を整えたのは良いものの、この目論見は崩れてしまった。

 ジイちゃんが帰ってきたからである。

 

「良い話じゃ」

「なあに、ジイちゃん。また騙されたの? ツボはもう足りてるから要らないよ」

「違う。奉公の話が来たんじゃ」

「ジイちゃん、お年なんだから無理はよくない」

「お前にじゃ!」

 

 ほう、奉公ね。

 詳しく話を聞くと、知り合いのお寺さんから回り回って、とある町のお金持ちへの奉公の話が来たらしい。

 え? 労基法? なにそれ美味しいの? 

 

 話を聞く限り、行くことで決定してるみたいなので、ジイちゃんの顔を潰さないようにと考える良い孫は拒めなかった。

 でもね、偽名は使いたいです。と、訴えると無邪気な瞳で「なんでじゃ?」と首をかしげられた。うちのジイちゃんは本当にかわいい。あれか、愛嬌たっぷり顔に作ったから、こういう身内を引いたんかな。

 この無邪気顔の作り方を覚えておいて活用しよう、と計算高くジイちゃんの顔を見つめつつ、冷静にでたらめな説明をする。

 

「だって、ジイちゃんの身内だって知られたら妙な勧誘されそうじゃない? 先日もジイちゃんたら、なんちゃら極楽教って人の話に引っかかって、結局炭を買いそこねたでしょ?」

「う」

「ジイちゃんは何も悪くないよ。人の善意につけ込むやつが悪い。でも」

 

 あえて、そこで言葉を切ってジッと見つめる。

 言いたいこと、分かるだろう? と忖度を求めたら、ジイちゃんはしょぼんとしながら頷いた。ごめんねジイちゃん。これも何もかも鬼舞辻無惨とかいう小者みたいな言動のラスボスが悪いんだ。許して。

 

 そういうわけで、町まで奉公に出ることになった。まあ筋トレはどこに居たってできる。少しずつ上げていこう。

 知力と魅力、交渉あたりは町のほうが上げやすかったような気がするから頑張ろ。

 ついでに金も欲しい。かなり金も欲しい。

 大事なことだから2回言いました。

 なんでかって言うと、ステータスUPアイテムが欲しいから。

 基本的に、その手のアイテムは鬼からのドロップやクエスト報酬でもらえることが多い。でも金さえあれば買えるし、手持ちの技能次第では作ることもできる。今回は薬学も医学も錬金も取ってないから作るのは無理。となれば、金さえあれば、という話になるわけだ。

 地道にトレーニングだけやっていてもパラメーターは普通に上がるが、効率よく上げられれば2周めからが楽になる。

 ええい、ゲームとして邪道だとか言わないでいただきたい。弱者プレイはR18とR25で十分だ。可能な限り強者プレイしたいです! 

 

 奉公に出たお屋敷は、その周辺じゃかなり大きなところで、ぽっと出の新入りにも優しかった。良かった。

 朝起きて服装を整え使用人食堂で朝食をかきこみ、後は指示に従ってやれあっちで何をしろ、こっちであれをしろだのと駆け回る日々。旦那様付きとか若様付きになればちょっと違うが、下っ端はそんなもんである。

 お仕着せは屋敷で与えてくれるし、ご飯もたっぷり美味しいものが出るし、お休みもあるし、お給金もきっちりもらえる。おまけに暇な時は、人目につかないところで筋トレもできる。いや、いい職場だ。

 強いて不満を言うなら、部屋が4人部屋でプライバシーの問題くらいか。臆病者という性格付けをしてしまった以上、人がいる時にはびくびく緊張していないといけない。慣れて仲良くするのも時間をかけないと不自然だ。

 そこまで気にしないやつは気にしないのだろうが、ここで手を抜くと、総合経験値がマイナスされる。ロールプレイ大事。特に初回は、経験値は多ければ多いほど嬉しいから手は抜けない。

 

「もうすぐ奥様が帰っておいでだから、服装に注意しなさい」

「は、はい」

 

 声は少し震えているが、笑顔で良い返事を返す人間に、嫌悪を抱くものはいない。

 ところで知っていたか、える、笑顔は魅力の値がちょっぴり上がる。ちょっぴりだけど。

 そして、びくついてはいるが、常に笑顔。声がどんなに震えても崩れない笑顔。スマイル0円。こういう人間は、人から見るとどうも哀れっぽいらしい。奥方といい若様といい、よくお菓子をくれる。すまない。ただのロールプレイ&ステータス調整です。トラウマとか無いです。不遇な人生も送ってないです。

 

 こうして、日々、仕事に勤しみながら原作イベントに関わらないよう細心の注意を払い、暇さえあれば筋トレ及びパラメータを上げる毎日。

 最初に、体力値にそこそこ振っておいた甲斐があって、健康面も問題ない。

 ステータスUPアイテムは、うん、お金がなかなか足りないですね。とりあえず生命力と体力メインで買えるだけ買っている状態である。そのへんのお店で買えるわけではなく、これ、いわゆる隠しショップでしか購入できない。実は、珠代さんの作っている薬なのだ。本来なら原作に関わりつつフラグを立てて、お店の場所や売っているタイミングを教えてもらって買う代物である。

 まあ、プレイヤーとしては否応なく暗記しますね。便利だもの。R30版にしかない店も恐らくあるが、それは2周め以降で教えてもらおう。

 偶然見つける客もいるらしいから、別段怪しまれてはいないと思う。

 いや、本当に規格外だな、珠代さん。鬼殺隊に流通させたいけど、鬼の作った薬を流通させるという、この字面からしてヤバい。これは無理ですわ。

 

 このように、どうにか平和に日々を過ごして3年。

 体力と生命力がカンスト目前で喜ばしい。特に、生命力は生命の危機から脱するたびに高くなるパラメータなので、上げるのは大変なのである。体力は走り回ってれば勝手に少しずつ上っていくけれども。

 神経をピンと張り詰めさせて過ごした日々にも転機がやってきた。

 そろそろ原作突入する頃だ。なんたって13歳だもの。お忘れかもしれないが、炭治郎と同い年です。

 ノータッチ予定なのになんで気にするかって言うと、原作好きだから。それと、先日、何があったのやら旦那様が帰ってきて曰く「扉に藤の家紋をつけるぞ」と言い放ったからです。おっと逃げ時かな。荷物まとめとこうかな、どうしようかな。

 臆病者の勘が唸るねぇ……。

 




農民プレイが否応なく町民プレイになるくらいのハプニングはVRONLINEあるあるです。むしろ隊士にならなくて済んだだけ幸運と主人公は思っています。まあまだ鬼舞辻無惨が死んでいないので、2周めには入れないのですが。

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