逃げるべきか留まるべきか、それが問題だ。大問題だ。考える人のポーズ。
ここは給料もよく、居心地もいい。藤の家になるのであれば、もしかしたら筋トレをする暇はなくなるかもしれないが、それはそれとして出ていくほどではない。
問題は死亡フラグが立つかどうかと、ロールプレイ上の加点または減点になるかどうかだ。
死亡フラグは五分五分だ。基本的に藤の家は、隊士が見回りをしてくれるし、休む時に使うので、面倒事が増えたとしても安全性も上昇する可能性は高い。
R18版やR25版でも、これはもう運としか言いようがなかった。つまり乱数様のご機嫌次第。
なので、これは後で考えるものとする。
そうすると、逃げ出す、あるいは留まることのどちらが、キャラ設定として自然な行為かどうかが問題になる。
例えて言うなら、無惨様が紳士的で誠実だったらダメってことだな。無惨様ロールプレイとしては台無しだ。
だが、実際に無惨様が紳士的で誠実に振る舞うことができないのかと言われれば、そうではない、と原作ファンなら知っていると思う。
そのキャラクター性を裏切らず、そのうえで、そのキャラクターらしからぬ行動というのは、逆説的に称賛に値するロールプレイとみなされる。そのキャラクターを深く読み込まないとできないからだ。
さあ、考えろ。
逃げ出すほうがそれらしいか。
それとも、留まるほうがそれらしいか。
耳と勘の鋭く臆病で逃げ足の早い鬼舞辻無惨に相応しい行動はどれだ。
…………………………………………………………………………くっ。ぷふっ、だめだ。
鬼舞辻無惨とついただけで、死ぬほど笑えてしまって熟慮できない。ひどい。せっかく考えた初回プレイキャラの設定が笑いなしで見られない。それもこれも全部ラスボスが悪いんだ。
しかも、割と間違ってない気もするんだよなぁ。
珠代さんに臆病者って言われてたし。
逃げ足が早くなかったら縁壱さんに殺されてるだろうし。
そもそも耳は良い設定にしてるが、善逸には遠く及ばない悲しさ。勘も常人よりちょっと良いレベルだからなぁ。初回はどうしてもポイントが足りない……。
とはいえ、初回から善逸並みにする方法も無くはない。でも、そんな博打みたいなキャラメイクする必要もないしなぁ。善逸は善逸だからすごいし尊いのだ。それと、なるべく安定したステータスで無惨様ぶち殺したい。
だって、このゲーム、死んだらそのままキャラロストなんだもん。
せっかく育て上げたキャラを経験値ごと失う悲しさよ。クソゲーランキング上位もやむなしかな。
原作リスペクト派のキメツラー曰くの「鬼も炭治郎も生き返ってこないんだぞ!」を聞くと、頷かざるを得ないけどね。へなちょこプレイで炭治郎死なせた時の衝撃と言ったらもう……精神的に死ねる。原作主人公にかばってもらったあげく、そのまま死なせた絶望感と言ったら地獄とたとえてもまだ足りない。
原作では人は生き返らない。
それなら、こちらでも生き返るはずがない。
分かる。分かるよ。分かるけどね!
ああ、荒ぶってしまった。
ロールプレイでの減点も避けたいが、キャラロストもダメ絶対。体力と生命力を最優先で上げたのも、2周めで死ににくくするためなのだからして。
しかし、ううむ、マイナス面ばかりを考えても結論が出ないな。
それなら、プラス面はどうだ。何があるだろう。
と首をひねる。
まあまず、藤の家になれば鬼殺隊隊士が来る。
彼らの好感度を得ておくのは決して悪くない。好感度は持ち越されるし、隊士の好感度は高いほうがどのイベントもこなしやすい。
その一方で出奔した場合のメリットは何だろう。
むむ、特に無い気がする。するんだが、本当に大丈夫かと言われるとややこわい。もしかしたら、やっといたほうがいいこともあるかもしれない。R30版は初めてだしなぁ。
よし、一度ログアウトして、wikiってこよう。こういう時はwiki様に頼るに限る。
だが、ログアウトするためにはセーブ必須なので夜を待たねばならない。
ちょうどいいからセーブに関して説明しよう。
このゲームは睡眠で自動的にデータが保存されるため、夜寝れば、勝手に自動セーブされると思っていい。
このタイミングで『ログアウトする』コマンドを使えば、抜けられるというわけだ。具体的に言うと寝る前くらいに。
三年も過ごしたというのに起き上がれば一夜の夢。
昨今の仮想現実世界を作り出す技術は、そろそろ神の後ろ足くらいには届いているのではないだろうか。神が何足歩行か知らないが。
現実世界の時間と、仮想現実の体感時間が一致していないのは、こちらの脳で時間軸を処理しているためだが、そのため、現状のVRONLINEゲームは基本的にセーブ&ロードでのやり直しは不可能である。ただ、復活を実装しているゲームも多いので、キャラロストとはならない場合も多い。
このゲームも、復活は実装していないが、一応救済策らしきものはある。100周以上しないと使えない時点で「救済なんてしたくない死んだら
分かる。分かるよ。原作重視なら、復活なんてさせたくない。それはもう本当に分かるんだけどね!
うっぷ、思い出し涙が出てきてしまった。手ぬぐい手ぬぐい。ふぅ。
──ログアウトする。
同輩の寝息を聞きながら、
藤の家紋はまだ注文中なので、完成するまでは考えをまとめるために時間を使える。ありがたい。
ああ、ゲームの終了音が聞こえてくる。
夢から覚めるのか、あるいは、逆に夢を見始めているのか。
現実と仮想の半ばにて、ほんのひとときの思いがよぎる。吾が夢か、君が夢か、さて。
ああ、目が、ふらりと視界が回る……。
パチリと目を開いた。
見えるのは無機質な設定画面。そして闇。
ここはステーションだ。
ログアウトを意識すると、必ず現実で目覚める前にここに来る。設定を見直したり、本当にログアウトしていいかをシステムから問うてくるのだな。
現実と仮想の間と思えばいいかもしれない。
起きた時に、何を調べるべきだったか忘れちゃわないように、ここのメモ機能を使い書き残す。
他は、特に何か変更するような設定も今のところ無いので、さっさと本当に目覚めようと思う。
さらば仮想世界。
ただいま、現実。
起き上がった瞬間から、夢の記憶を忘れるようにゲームの記憶が抜けていく。
メモしておいて本当に良かった。
ディスプレイ上に浮かぶ、自分のメモを見ながら、あくびをして立ち上がった。
お仕事終わって、アスパラの苗を植え替えたら、今夜もログインしよう。早く1000回周回して、無惨様成り代わりコースやってみたい。
まあ、まだ一周目なので先は長いんだけども。
ようこそ仮想世界。
ステーションを通り抜け、ログインするは鬼滅世界。
神作品の中に、自らの分身を存在させられる喜び。色々不満がないとは言わないけれど、やっぱりこのゲームは神ゲーだ。
目を見開けば、四人部屋。
戻ってきた、と感じる。
どうも少し早い時間に目を覚ましてしまったようで、同室者はまだ寝ていた。
ちょうどいいので、wikiってきた情報を反芻する。この家を出る出ないに関係するメリットデメリットな。
結論から言えば、どっちもどっちだった。
プレイヤーだからしょうがないんだけど、どこに居ても鬼との遭遇可能性はある。乱数様の仕業です。
エンカウント率を下げられるスキルはあるが初回じゃ無理。鬼避けアイテムもあるけど、初回プレイではすぐ壊れるものしか手に入らない。そして、そんなものに割く金はない。真顔です。というわけで、安全性を取った。藤の家なら、剣士がおおむね居てくれるだろう。残留します!
逃げ出すのを中止したので、まとめかけていた荷物をこっそり解き、起き出してきた皆といつもどおりの仕事に戻った。
今日も生きていられる幸せを、このゲームでは常に感じていられる。ほんと神ゲーだな。これ。
藤の家紋を掲げても、意外にも日々の業務にはさほど差異はなかった。
せいぜい、なんだか常にお客人がいるなってくらい。
それと、傷薬などが各種用意されるようになったのと、藤の香が定期的に焚かれるようになったくらいか。好感度稼ぎは無理っぽい。
お客さん対応するのは、もうちょっと教育を受けている年上の先輩方だからなぁ。いや、こちらのお屋敷に奉公に出てから、文字なんかも教えてもらってるけどね。
知識はかなり低めにしかポイント割り振ってないから、現実の自分が知っているはずの文字でも読めないんだよ。文字の形は認識できるのに、その意味まで頭の回路が繋がってない感がすごい。
本来なら知っている言葉でも、ンン? ってなる。特にカタカナはそうだな。ふーしーぎー。
日々を勤しみつつ、時間があれば筋トレで各種肉体パラメータの底上げ。
お給金にわぁいと喜びながらも、使うものはステータスUP薬。
すごく……ストイックです……。
しかも、これだけ頑張ってるのに、まだまだ無惨をぶち殺すには不安過ぎる数値。とはいえ、体力と生命力はカンストしたから、基本、鬼にでもされない限り生き残れる目算はついた。欠損はあり得るので気をつけよう。考えるだけで蒼白です。
いやあ、珠代さんのお店ありがたいね。まあ、それ以外にもお薬を落とすプチイベやミニゲームをちょこちょここなしてるってのもあるけど。
ちなみに人間としての体力のカンスト数値は500です。
一般人は60~80が普通だと思う。村田さんクラスだと150くらいかな。いや村田さん何だかんだと生き残ってるからもうちょい高いかも。
柱ともなると300オーバーは当然だな。ばらつきはあるけど、500カンストしてる人もいないことはない。
生命力は100でカンスト。
これは生死をさまようような事態になった時に、生還するかどうかの判定に影響を与える数値だ。100まで行っておけば、基本は大丈夫。
よいこのみんな、即死しないよう気をつけような! はーい!
原作の動きが分からないが、後3年も待てば、無惨が死ぬはずだ。
それまでは、しっかりと2周めのための禁欲プレイをしよう。
日々を勤しみつつ、時間があれば筋トレで各種肉体パラメータの底上げ。
お給金にわぁいと喜びながらも、使うものはステータスUP薬。
すごく……ストイックです……。
ついでに言うと、日中にしか外出せず、夜は部屋で筋トレか勉強。
もらった藤のお守りも肌見放さず、寝るときですら首にかけている。
すごく……ストイックです……を通り越して病的ではないか、となぜか心配されている。
「お前は真面目でよく務めてくれている。その、いつも何かに給金を使い果たしているようだが、まさか遊女に貢いでいたりとか誰かに脅されたりとかしてないか。そうか。ないのならいいんだ。だが、何か悩みがあれば遠慮なく言いなさい」
はい。分かりました。
特に何もないので、何も言うことないけど。
ジイちゃん譲りの無邪気顔でにっこり微笑んでおいた。
「いつも鍛えるか勉強してるよなぁ。じゃなきゃすぐ寝ちゃうしさ」
だって暇じゃん。
2周めプレイのステータス上げもあるけど、それ以上に夜は何もすることがないのだ。逆に聞くけど、他に何すんの? 夜遊びは断固お断りさせていただく。
ジイちゃん譲りの無邪気顔でにっこり微笑んでおいた。
補足すると、こういう暇な時間は『スキップする』コマンドで飛ばしてしまう事もできる。
暇な時間だけではなくて、日々のルーティーンワークもスキップ対象にできるから、イベントだけ楽しむということも可能だ。
ただし、パラメーターは一切上がらない。
お仕事で走り回ってるのをスキップしてしまうと、お仕事で力仕事をしようと『腕力』は上がらないし、帳面仕事に励んだとしても『知力』の数値に変動はない。
それはあまりにもったいないので、少なくとも初回プレイの今回は『スキップする』コマンドは封印している。
せめてある程度ステータス上げをしてからじゃないと、色々もったいないんだよなぁ。
1周めは我慢するが、原作ファンとしては、ぜひとも2周めからは原作に関わりたい。たとえ少々力不足でも、死なずにさえいれば3周めには行けるのだから。
wikiによれば、R30版では『輪廻の絆』が周回以外でももらえるらしい。ミニイベントや番外ステージが増えてるってことだな。
R25版やR18版を通ってきた者向けの救済策なのだろうか。
さらっと読んできただけでも、かなりのパラメータを要求されていた。だが、もしかしたら1000周せずとも、無惨ポジ成り代わりルート行けるかもしれない。
どうしたって、かなり条件が厳しいけれども。
たとえば「迷宮を突破して隠し宝箱までたどり着け!」だとか「隠しステージの裏ボスを倒せばランダムで落ちる」だとか色々あるんだけど、それは本当にありがたいんだけど。
迷宮出現条件が「周回30回以上」とか「精神値:200以上」とかなんだよなぁ。難しい。
隠しステージも「煉獄杏寿郎の葬式に3回以上参加」とか「感覚全解放の設定のみ」とか、そもそも前提条件の縛りもきつい。
素直に1000周周回も視野に入れておいたほうがいいかもしれない。
早く全部のステータスをカンストして、戦闘だけでも楽をしたいもんである。
藤の家とはなったが、驚きの和やかさ。
こうして、このまま平和に何年か過ごせれば、平和な農民(町民)プレイで終わるはずだった。
終わらせたかった。平和に過ごしたかった。心の底から、このお屋敷で残り何年かを大過なく暮らしたかったと思う。
だがしかし、好事魔多し。月に叢雲花に風。花に嵐。さよならだけが人生だ。人生航路は凪の日ばかりではない。
……ないのだよ!
血涙が出ますね!
災いは忘れた頃にやってくる。
さようなら、良い思い出をありがとうございました。
今日この日をもって、鬼舞辻無惨(人間)は出奔いたします。
2周めは原作沿いになるので、原作完結しないと行けないような気もします。
1001周目のほうが書きやすいかもしれないし、番外編で、いわゆる2ch風にこのゲームの評判とか感想とか文句とかをやってみたい気もします。
狂人ばかりがやっている感がありますが、普通の人も、鬼舞辻無惨を長生きさせよう企画とかやって、鬼殺隊皆殺しにしたりしています。
感想や評価ありがとうございます。
とても励みになります。