不思議の墳墓のネム   作:まがお

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まずはユグドラシル編(本編)の方を先にご覧下さい。
こちらは時系列や本編との繋がりもあんまり考えていない、完全な番外編です。


その他
番外編 パンドラの箱


 モモンガとナザリックがこの世界に転移してから何百年という年月が経過した。

 この先もナザリックはあり続け、この世界は永遠に続く――

 ――誰もがその事に疑問を思っていなかったが、突如として世界は崩壊の危機を迎える。

 

 

「……我はついに蘇った。今度こそ我が悲願、叶えさせてもらおう!!」

 

 

 かつて最初にこの世界の理を穢した元凶。

 竜王(ドラゴンロード)を超える最強の竜――竜帝が蘇り、この世界に牙を剥いた。

 竜帝はこの世界に生きる、ありとあらゆる生物の魂を無差別に喰らい、自然すらも破壊しながらその力を日に日に増していった。

 竜帝の目的はこの世界を喰らい尽くし、蓄えた魂を使って新たな世界へ渡る力を手に入れる事。

 

 

「このままではこの世界ごとナザリックが滅ぶか…… 皆よ、竜退治に出掛けるぞ。アインズ・ウール・ゴウンの栄光と存続を懸けた、大冒険の始まりだ!!――」

 

 

 それを知ったモモンガはナザリックの総力をかけて挑んだ。

 しかし、どれ程の数を揃えようが、召喚したモンスター共々NPC達はほぼ一撃でやられてしまった。

 そしてモモンガと共に最後まで戦った守護者達も、尽くが竜帝の力の前に敗れ去っていく。

 この世界の真なる竜王達が使う恐るべき魔法――始原の魔法(ワイルドマジック)

 それすらも超えた竜帝の使う魔法――世界魔法(ワールドマジック)

 世界魔法の唯一の使い手である竜帝には、ナザリックのレベル百のNPCが力を合わせても手も足も出なかった。

 

 

「くっ、ここまでか……」

 

「お前を守る者はもういない。終わりだ、ぷれいやー」

 

 

 全身の骨が砕け、地に伏したモモンガを見下ろす巨体。

 抵抗する術を失ったモモンガの眼前に、竜帝のトドメの一撃が迫る。

 並の魔法では防御も出来ない全属性複合ブレス――モモンガは避けることも出来ず、その破壊の奔流に呑み込まれた。

 

 

 

 

 明るいような、暗いような不思議な感覚。

 自分が立っているのか、浮かんでいるのか、天地すらもあやふやな世界。

 

 ――モモンガ、モモンガ……

 

 自分の事を呼ぶ懐かしい声が聞こえる。

 閉じる瞼などなかったはずだが、それを開くように意識すると、途端に目の前の光景が鮮明になった。

 

 

「――君は…… ネム、なのか?」

 

「そうだよ。一緒に沢山遊んだモモンガの友達――ネム・エモットだよ」

 

 

 自分の目の前でニコニコと笑っているのは、少女の姿をしたネム。

 どういう事だろうか。彼女はとうの昔に天寿を全うしたはずだ。

 だが、今見ているこの姿は、自分とネムが初めて出会った時のままだ。

 

 

「俺もいますよー、モモンガさん」

 

「ペロロンチーノさん!? 貴方までいるんですか!?」

 

 

 そしてその横から現れたのは、黄金の鎧を纏ったバードマン。

 ギルドメンバーのペロロンチーノだった。

 

 

「幼女がいるんだから俺がいるに決まってるじゃないですか」

 

「ペロロンチーノという理由だけで押し通すのやめて貰えます?」

 

「モモンガさん、褒めたって何も出ませんよ。あっ、エロゲなら貸しますけど?」

 

「……ふふっ、相変わらずですね、ペロロンチーノさん」

 

「俺はいつだって『エロゲーイズマイライフ』ですから!! それより、ネムちゃんが話したい事あるみたいなんで、俺は少し黙ってますね」

 

 

 自分の記憶と完全に一致するペロロンチーノの挙動と言動。

 本当に懐かしいやり取りをした後、待っててくれていたネムに向き直る。

 

 

「久しぶりだね、モモンガ」

 

「ネム…… あぁ、本当に久しぶりだ。何百年ぶりかな…… ここは死後の世界なのか?」

 

 

 死んだはずのネムがいる。何故かあの頃の装備を着けたペロロンチーノがいる。

 その二つの理由から、少しだけ確信を持って問いかけた。

 

 

「さぁ? もしかしたら、ここはモモンガの見てる夢かもしれないよ」

 

 

 しかし、ネムは可愛らしく首を傾げるだけだった。

 ネムが子供の姿でいるのだから、確かにそうかもしれない。

 どちらにしろ今の自分には確かめようもない。そしてその必要もない。

 

 

「モモンガはどうしてここに?」

 

「……私は竜帝と戦って、最後の一撃をくらって死んだ――はずだ……」

 

「モモンガは消えちゃうの?」

 

「さぁ、今の私はどうなっているんだろうな? でも、こうして久しぶりに友達に、ネムに会えたんだ。こんな終わりも悪くない……」

 

 

 本当に心からそう思う。

 自分は随分と長く生きた。アンデッドに生きるという表現が適切かは怪しいが、確かに自分はあの世界を何百年と冒険し続けた。

 良い奴もいれば悪い奴もいた。面白い奴も、面倒な奴もいた。そんな出会いと別れを繰り返しながら、NPCと協力してナザリックも維持し続けた。

 ――本当に楽しかったんだ。

 そんな自分が友が生きていた世界のために戦い、最後にかつての友と再会できたのだ。

 確かに負けたのは悔しいが、自分にとってこれ以上ない程贅沢な終わりだろう。

 

 

「それでいいの?」

 

「いいも何も、私はもう負けたんだ。無理だったんだよ」

 

 

 何かを確かめるように、懐かしい瞳が自分を見つめている。

 

 

「私はもう本気で戦った。私の魔法では竜帝を倒せない。どう足掻いても奴に勝つ事は出来ないんだよ」

 

「モモンガなら出来るよ」

 

「無理だ」

 

「出来るもん」

 

「無理なんだよ。ワールドエネミーに一人で挑むようなものだ。最初から勝てる可能性なんかなかったんだ」

 

 

 そうだ。奴は強すぎた。

 レベル百のプレイヤーが三十六人いても、勝てるかどうか怪しい。

 まさに世界級と言うべき強さだった。

 

 

「出来るもん!! 負けたならもう一回挑めばいいんだよ。それに一度負けたからって、次も負けるとは限らないよ!!」

 

「……くっくく、あははははっ!!」

 

「もう、笑っちゃ駄目だよ!! ……あははははっ!!」

 

 

 ネムも自分と同じ事を思い出したのか、二人して自然と笑いが溢れてしまった。

 

 

「ああ、懐かしいなぁ。でも、ごめんな。いくらネムに言われても、今回ばかりは無理だ」

 

 

 ――あー、俺も幼女に応援されたいだけの人生だった……

 おい、ペロロンチーノ。黙ってるんじゃなかったのか。

 そう自分の喉元まで出かかったツッコミを、ネムとの会話に集中して無理やりに飲み込んだ。

 

 

「むぅ、前はこれで頑張ってくれたのに……」

 

「残念だったな。私に同じ手は二度通用しないぞ」

 

 

 頬を膨らますネムの頭をそっと撫でた。

 あぁ、彼女と話す時間はいつも癒される。過度に気を使う必要もなく、居心地がいい。

 年齢に関係なく、やっぱり自分にはもったいない程の良い友達だ。

 ついでにペロロンチーノもいい友達だ。

 

 

「じゃあ特別に、今回だけ私がタレントでモモンガを助けてあげる」

 

「ネムにそんなタレントはないだろう?」

 

「いいからいいから。うーん、むむむ……えーいっ!! はい、これでモモンガに勝つ可能性が生まれたよ!!」

 

 

 ネムは突然体をギュッと縮め、それを解放するように自分に両手を伸ばしてきた。

 可愛らしい動きだが、特に何かが起こった訳でもない。

 

 

「おいおい、流石に……」

 

「可愛いは正義ですよ。この子が勝てると言ったら勝てるんです」

 

 

 キリッとした雰囲気を醸し出したペロロンチーノが、突然会話に乱入してきた。

 一点の曇りもない瞳で、この世界の真実を告げるように断言してくる。

 

 

「これで本当に勝てたらチートだな」

 

 

 何も変わった気がしない。でも何故だろう。

 もう一度だけやってみようと、立ち上がる気力が湧いてきた。

 

 

「そうだよ、ちーとだよ。タレントっていうのは何でもありだからね。私のタレントは『どんな可能性でも作り出せる』能力だよ」

 

「あっはっは!! つまりは不可能を可能にするって事か。ンフィーレアに負けず劣らずのチート能力じゃないか。ある意味超えているな」

 

「あくまで可能性だけどね。でも、だから私は夢の中でモモンガに会えた。だから私はモモンガとまた再会できた…… 私のタレント、間違ってないでしょ?」

 

「ああ、全くだ。ネムの考えは凄いな」

 

「えっへん。凄いでしょ。私の力はちーとなんだよ」

 

 

 その昔、自分がネムに教えた言葉を嬉しそうに連呼してくる。

 これは死ぬ間際に見ている走馬灯。もしくは既に死んだ自分が作り出した妄想かもしれない。

 自分が会いたかった友人達。彼らが優しく自分に語りかけてくる。

 ――あぁ、なんて都合の良い夢なんだろう。

 ネムがそんな生まれながらの異能(タレント)なんて持っていなかった事は知っている。

 でも、友達が背中を押してくれた事に違いはない。

 

 

「モモンガさん、イメージするのは常に最高の結末です。俺、バッドエンドとかより断然ハッピーエンド派なんですよ。バッドルートとかもプレイしますし、駄目じゃないんですけど、女の子が酷い目に遭うのは――」

 

「ペロロンチーノさん、もういいです。分かりましたから。」

 

 

 本当にどんな場所でもペロロンチーノは変わらない。いつも場を和ませようとしてくれる。

 

 

「はぁ、諦めていたのが馬鹿らしくなりましたよ…… ありがとう、ペロロンチーノさん」

 

「どういたしまして。頑張ってください、モモンガさん」

 

 

 偶に失敗して、姉であるぶくぶく茶釜さんに激怒されていたけど。

 自分にとってはそんな彼の姿も良い思い出だ。

 

 

「ネム…… 俺、もう一度だけ頑張ってみるよ」

 

「うん。頑張れ、モモンガ――」

 

 

 友達からこれだけの激励を受けたんだ。

 

 ――夢が覚めても、たとえ世界が違っても…… 私達は、ずっとモモンガの友達だよ。

 

 勝負を諦めて蘇生拒否などしていられない。

 もう一度やれるだけやってみよう――否、友達が出来ると期待する『モモンガ』に、敗北はありえない。そうだろう、ネム。

 さぁ、奴との決着をつけに行こうか――

 

 

 

 

 竜帝のブレスにより全てが消え去ったはずの大地。

 一度消滅したはずのモモンガは、その中心で再び立ち上がった。

 

 

「自動での蘇生…… アイテムか何かの効果か?」

 

 

 竜帝はモモンガが復活した事に対して首を傾げたが、大して驚いてはいない。

 他のプレイヤーから情報を得たのか、それとも似た効果のアイテムを知っていたのか。

 どちらにせよモモンガが復活した事は、竜帝にとって想定の範囲内だった。

 

 

「蘇ったところでどうするつもりだ? 過去のあいつらと違い、世界を冠する力を持たぬお前では、ぷれいやーと言えど我に勝つ可能性は皆無だ」

 

「随分とこちらの事情に詳しいじゃないか。確かに私にそんな職業(クラス)はない。だが、まだ手はある」

 

「ふむ、超位魔法でも使うのか? たとえ位階魔法を超えた力であろうとも、世界に干渉する事は出来ん。それにわーるどアイテムであろうとも、世界からの加護を持つ我には効かんぞ」

 

 

 竜帝はかつての経験から、プレイヤーの使う手口が粗方分かっていた。

 それ故に慢心とも取れる態度を崩さない。

 

 

「ふふっ…… クソ運営もふざけたアイテムを作った挙句に『世界の可能性はそんなに小さくない』とか言いきってたな……」

 

「お前何を…… この状況で何故笑える?」

 

「ふんっ、世界の加護だと? 笑うに決まっているだろう」

 

「世界の力を操る我に対抗する術など、お前にはないはずだが?」

 

 

 竜帝はモモンガを完全に圧倒して倒した。確かに一度は殺したのだ。

 しかし、何故か負けたはずのモモンガに諦めた様子が見えない。死ぬ前に見せた絶望の雰囲気がなくなっているのだ。

 先ほどまで死んでいたモモンガの余裕の理由が分からず、竜帝は僅かに苛立ちを見せる。

 

 

「今の私には友の加護がある。たかが世界如きに――私の友がくれた可能性が、負けるはずがない!!」

 

 

 だがその苛立ちも直ぐになくなる。

 竜帝には今のモモンガの言葉が、ただの虚勢にしか感じられなかった。

 

 

「くははははっ、死の恐怖でとうとう狂ったか。ぷれいやーよ、長きにわたって強者であり続けたお前は、いつの間にか自分に敗北はないと驕っていたのではないか?」

 

「私は驕ってなどいないさ…… 俺は今も昔もこれからも、何一つ変わらない」

 

「本気で言っているとしたら、とんだ思い上がりだな。そんな虚勢で我に勝てるなど、まったく無駄な事を……」

 

「本当に無駄かどうか、虚勢かどうか…… この魔法を見てから言うんだな!!」

 

 

 眼窩に赤黒い光を灯しながら、モモンガは竜帝に勝つための方法を考えていた。僅かでもいい、勝てる可能性がある手段を。

 モモンガ玉を使っても、恐らく同じ世界級(ワールド)アイテムを持つ竜帝には通用しない。

 たとえ〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉で相手の弱体化を願っても、世界の加護とやらに守られた竜王にはきっと弾かれる。

 だから竜帝に勝てる可能性を、自分が一番に信じるものを願う――

 

 

 

俺は願う(I WISH)!!――友よ、俺に力を貸してくれ!!」

 

 

 かつて自分のボーナスを全て課金に注ぎ込み、やっとの思いで手に入れた超々レアアイテム。

 流れ星の指輪(シューティングスター)を使い、モモンガは超位魔法〈星に願いを〉を発動させた。

 

 

「……」

 

「どうやらお前の最後の手段は不発に終わったようだな」

 

 

 巨大な立体魔法陣が現れ、それが光り輝き弾けた後――何も変化は起きなかった。

 竜帝はそれを見て僅かながら落胆し、モモンガを再び葬ろうと大きく息を吸い込む。

 

 

「今度こそ終わりだ、ぷれいやー」

 

「……これを使うなら、詠唱は必須って言ってましたよね――」

 

 

 モモンガを一度は消滅させた、竜帝の恐るべき全属性複合ブレス。

 その一撃がモモンガを再び呑み込もうとし――

 

 

「――弱者の嘆きよ。理不尽に抗う意思よ。世界に変革をもたらす決意よ…… 我が友の奥義となりて、世界を壊す力をここに顕現せよ!!――」

 

 

 ――〈大災厄(グランドカタストロフ)

 

 

 モモンガから放たれたのは、純然たる破壊のエネルギー。憎悪によって形作られ、呪詛が物理的な現象を伴うほどに凝縮された力とでも言うべきもの。

 その純粋にして膨大な力は竜帝のブレスを撃ち破り、そのまま竜帝の肉体を破壊の渦に巻き込んだ。

 

 

「ぐがぁぁあぁっ!? ……ぐっ、我のブレスが押し負けただと!? いや、その力はまさかっ!?」

 

「どうした。まだ終わりじゃないだろう?」

 

 

 モモンガの放つ覇気に竜帝は僅かに後ずさり、自身のとったその行為に怒りが吹き出した。

 ダメージは確かに大きいが、それだけだ。まだまだ致命傷には程遠い。

 竜帝は自らを奮い立たせ、不快な感情を吐き出すように切り札を切った。

 

 

「我のブレスを破ったくらいでいい気になるなよ…… 本気の力を見せてやる!! 世界魔法〈天地破壊撃(ワールドブラスト)〉!!」

 

 

 それは世界を破壊するかの如き魔法。

 その名が示す通り、天も地も破壊し尽くす事が出来る究極の一撃。

 その莫大なエネルギーは球状に圧縮され、モモンガという個に向けて放たれた――

 

 

「正義降臨――〈次元断層〉」

 

 

 ――だが、モモンガはその一撃に対して、腕を振るっただけで防いだ。

 全てを破壊し尽くすはずの球体は、モモンガを一切傷付けられず、次元の彼方へ消えたように消滅した。

 

 

「そんな馬鹿な!? あの一撃は我の最大攻撃だぞ!! ふ、不可能だ、防げるはずがない!!」

 

「不可能か…… 私はそんな不可能をやってのける人を知っているよ。そして可能性があるならば、今の私に出来ない道理はない」

 

 

 絶対破壊の一撃を防いだモモンガは、ゆっくりと竜帝に近づいていった。

 狼狽る竜帝に対して、まるで何事もなかったかのように静かに歩いていく。

 そして、竜帝の巨体に向けて、何も持っていないはずの両腕を構える。

 

 

「誰かが困っていたら、助けるのは当たり前…… 私には真似できませんよ。――仲間の敵が私にとっての悪だ。友情こそが私の正義だ!!――」

 

 

 ――〈次元断切(ワールドブレイク)

 

 

 真っ直ぐに振り下ろされたモモンガの両腕。

 竜帝にはモモンガが振るった手の中に、確かに一振りの剣が見えた――

 ――その瞬間、竜帝の世界がズレた。

 次元を切り裂く一撃は、強靭な耐久力を持つ竜帝の体に特大の裂傷を与えた。

 竜帝の巨体から血が間欠泉のように吹き出し、体を支えきれなくなって崩れ落ちる。

 

 

「――かはっ…… 何故、お前がその力を使える!? それは世界を冠する力を持つ者だけの技だ!! それを二つもだと!? ありえん、絶対にありえん!!」

 

 

 竜帝は血を吐きながら、自分に起こった現実を受け入れられずに叫ぶ。

 モモンガを常に見下ろしていた頭は地に落ち、戦いの中で初めて二人の視線が同じになった。

 

 

「答えを教えてやろう。課金アイ――友情パワーだよ!!」

 

「ふ、ふざけるなぁぁぁ!!」

 

 

 罵声を浴びせながらも竜帝は勝つ事を諦めず、残った力を集めて体の傷を再生させようとしていた。

 竜というのはどんな生物よりも頑丈で、生命力が高くしぶとい生き物だ。

 竜帝は自身の持つ能力を考えれば、一分もあればとりあえず肉体の血は止まるはず。それから反撃をすれば良いと考える。

 しかし、その前にモモンガは動き出した。

 

 

「私のMPも限界が近い…… これが私の最後の魔法だ――〈あらゆる生ある者の目指すところは死である(The goal of all life is death)〉〈心臓掌握(グラスプ・ハート)〉」

 

 

 モモンガは両腕を大きく広げ、自身の奥の手――即死魔法を強化する特殊技術(スキル)を発動させる。

 するとモモンガの背後には巨大な時計が現れた。

 そして、その時計の上には、薄らと少女の姿が――

 

 

『――いーち、にーい、さーん、よーん、――』

 

 

 時計の針が一つずつ進むのに合わせ、少女は勝利へのカウントダウンを刻む。

 モモンガにこの声は届かない。それでも少女は友達の姿を見守り、その勝利を信じている。

 

 

『――じゅーう、じゅういち…… やっちゃえ、モモンガ!!』

 

「竜帝よ、これで終わりだぁ!!」

 

 

 時計の針が回り切り、十二のカウントダウンが終わった時、モモンガは大きく広げた両腕を閉じようとする。

 その腕の中にあるのは――魔法の効果で竜帝の本物の心臓とリンクした――特大の心臓。

 それを押し潰そうと、モモンガは渾身の力を込めた。

 

 

「ぐぅぅぅうっ!! 我が、負けるはずがぁぁぁあ!!」

 

 

 しかし、竜帝の最後の抵抗により、その心臓を押し潰す事が出来ない。

 

 

「くっ…… このスキルで強化しても、抵抗されるのか!!」

 

 

 ――即死判定が失敗する。

 モモンガがそう思った時、誰かがその腕を支えてくれた。

 

 ――モモンガさん……

 ――ギルマス……

 ――モモンガお兄ちゃん……

 

 モモンガに力を貸すように、沢山の手が、触手が――様々な異形種達がモモンガの周りに集まった。

 

 

『モモンガ、お友達のみんなが手伝ってくれるよ。あと一押し、頑張れ――』

 

 

 そして小さな子供の声が、モモンガには聞こえた気がした。

 本当に声が聞こえた訳じゃない。

 本当に姿が見えた訳でもない。

 それでもモモンガは、確かに仲間の存在を感じる。

 

 

「みなさん…… 力をお借りします!!」

 

 

 モモンガは最後の力を振り絞るように、再び心臓に力を込めた。

 そして友の幻影と力を合わせ、竜帝の心臓を一気に押し潰した――

 

 

「――がはっ!? ……なぜ、この我が……たった一人の、ぷれいやー程度、に――」

 

「……一人ではない。たとえ住む世界が違っても、どれほど昔であっても…… 死して尚、私の友でいてくれた者達が力を貸してくれた」

 

 

 モモンガは既に事切れている竜帝に答えた。

 最後まで仲間もおらず、たった独りで野望のために戦い続けた竜帝に。

 

 

「貴様は私にではなく、私の友との絆の前に敗れたのだ――」

 

 

 こうして、世界を滅ぼそうとした竜帝との戦いは終わった。

 ナザリックの最高支配者。生と死を超越した至高なる存在。

 我が創造主モモンガ様によって世界は救われた――

 

 

 

 

「――という物語を作ってみたのですが、如何でしょう?」

 

「……」

 

「ネム様から聞いたモモンガ様との出会い。そしてお二人の冒険からインスピレーションを受けて執筆いたしました。いやぁ、ネム様と話す度に私の中の可能性という名の妄想の翼が空高く舞い上がり非常に美しく加速いたしまして――」

 

 

 ――なぁにこれ。

 モモンガは繰り返し精神抑制が発動し、開いた口が塞がらなくなっていた。

 

 

「――強大な敵に立ち向かうモモンガ様の勇姿。仲間が敗れていき、最後はお一人で戦いに挑む悲劇的なシーン。超絶スペクタクルな技の数々。そしてラストは熱い友情による勝利!! 全てを兼ね備えた完璧な仕上がりと自負しております」

 

 

 次々とポーズを変えながら、見所を力説するパンドラズ・アクター。

 ――黒歴史が更なる黒歴史を作ってきやがった。

 モモンガは精神を揺さぶられ続けながらも、なんとか再起動を果たす。

 

 

「守護者とかあっさり負けてるけどいいのか?」

 

「物語にインパクトを与えるため――というか、物量戦で勝っても面白くないので」

 

「あー、何というか、設定ガバガバじゃないか? 最後の魔法とかさ」

 

「それは確かに仰るとおりかと…… ですが、これはフィクションで御座います。なのでカッコいい演出を重視させて頂きました」

 

「カッコいいか、これ?」

 

「勿論ですとも!! それにこれはモモンガ様のこの地における、記念すべき一殺目の魔法!! 是非とも使うべきかと思いまして」

 

「いや、何だその一殺目って…… 私は人間だろうが何だろうが殺す事に躊躇いはないが、殺しが好きな訳でもないぞ」

 

 

 モモンガは自分が創造したはずなのに、パンドラズ・アクターのセンスについていけなかった。

 気になるところも、ツッコミどころも満載である。

 言いたい事が飽和して物語に対する意見の中から溢れ出し、むしろパンドラズ・アクターという存在にツッコミを入れたい気分であった。

 まぁ、そんな事をすれば全て自分に返ってくるので、モモンガに出来るはずもないのだが。

 

 

(なんて妄想だ…… 異形種が寄ってたかって特大の心臓を押し潰すとか、B級ホラー映画かよ。少なくとも見た目だけならこっちが悪役だよ。というか、コイツ目線でもペロロンチーノさんはああなのか。一体どこまで言葉の意味とか理解しているんだ?)

 

「一話目と最終話で同じ技を使うのは中々良いアイディアかと思ったのですが……」

 

「え? これ最終話なの!? 全部で何話あるんだよ!?」

 

 

 まさかの超大作。

 モモンガは思わず素の声が出てしまった。

 

 

(駄目だ。色々な意味で耐えられない。何この技の口上。ウルベルトさんは厨二病全開だから割と言いそうだけど、たっちさんのこれはないわー。はぁぁぁあ、だっさいわー。いや、正義降臨とかは普通にやってたけどね、あの人も――)

 

「お望みとあらば、一話目からダイジェストで語って――」

 

「いやっ、結構だ」

 

「Wenn es meines Gottes Wille!!」

 

 

 ドイツ語に罪はない。ついでにパンドラズ・アクターも一切悪くない。

 悪くないのだが、自身の創造物が口を開く度、モモンガは大ダメージを受けていた。

 

 

「我ながら中々の大作に仕上がったかと。これを本にしてこの世界で売れば、ナザリックの維持費も稼げ――」

 

「却下だ」

 

「これを劇に――」

 

 

 モモンガは全速力でパンドラズ・アクターを壁際に追い詰める。

 この作品を世に出す事。それだけはさせる訳にはいかない。

 

 

「却下だ」

 

「あっ、ドン」

 

「いいな、絶対だぞ。これを捨てろとは言わん。お前が頑張って書いた作品だ。だが、他人に見せるのは却下だ!!」

 

 

 モモンガは自分の作った作品でもないのに、まるで自分の黒歴史を晒すかのような非常に恐ろしい気分だった。

 NPCは創造主に似る。全員でもないし、完全とも言い難いが、NPCの中には似ている部分がある。それを知っているからかもしれない。

 しかしモモンガはこいつは違うと言いたかった。

 NPC達も日々成長している。と、いう事は、パンドラズ・アクターのやっている事も全てが自分の書いた設定のせいとは限らないんじゃないかと。

 

 

「さり気なく私の努力を認めてくださるところが素敵で――」

 

「分かったな」

 

「承知いたしました。モモンガ様」

 

「よし。では私はそろそろ行かせてもらう」

 

 

 しかし、それとこれとは別である。

 モモンガはパンドラズ・アクターに詰め寄り、この物語を外に出さないようにかなり強く念押しした。

 「はい」を選ぶまで先に進めないRPGの如く、死の支配者(オーバーロード)上位二重の影(グレータードッペルゲンガー)に「はい」しか認めない返事を要求し続けていたのだった。

 

 

(はぁ、無限増殖する黒歴史ってヤバくないか? 俺の精神的に…… あぁ、ネムに早くも愚痴りたくなってきた……一緒に冒険したい……)

 

 

 ――ナザリック内の誰にも言えないモヤモヤを晴らしたい。

 ナザリックの宝物殿を出たモモンガは大きく肩を落とす。

 小さな友達のもとへ、今すぐにでも行きたくなるモモンガだった。

 

 

「ふむ、我が創造主は他人に見せるのは駄目だと仰られた…… しかし、誰かに意見を貰わねば、これ以上のクオリティ向上は望めませんね……」

 

 

 

 パンドラズ・アクターはモモンガが去った宝物殿で、作品の出来を向上させる方法を一人で考えていた。

 他の守護者に見せれば面倒な事になるので却下。ならば――

 

 

「――ネム様に見ていただきましょう。彼女ならばモモンガ様の御友人ですし――他人ではありませんよね?」

 

 

 モモンガは詰めが甘かった。

 

 

 

 




読んで頂きありがとうございました。

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