不思議の墳墓のネム   作:まがお

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前回のあらすじ

「孫を見つけておくれ」
「とりあえず屋台で轢いておきました」
「読み書きのお勉強を始めたよ!!」

今回は前回の話の続きです。
骨と少女のハートフルな物語をご覧ください。




未来のお義兄ちゃんを探せ 後編

 エ・ランテルで最も腕の立つ薬師、リイジー・バレアレからの指名依頼。

 依頼者であるリイジーの孫――ンフィーレア・バレアレを捜索するため、大人の事情を無視して依頼を受けたモモンガ達。

 

 

「はぁ…… 君達のような将来性のある冒険者には、本当は他にしてほしい事があるんだがね」

 

「過分な評価には感謝いたします。ですが、私達はただの銅級(カッパー)ですから」

 

「昇級に興味のない冒険者なんて、前代未聞だよ……」

 

 

 白髪アフロのお小言を聞き流した後、モモンガは諸々の下準備を終えてから街を出た。

 時間短縮のために――本当に渋々だが――ネムと二人でハムスケに騎乗し、早速ある場所を目指して移動を開始する。

 

 

「ふふん。ついにモモン殿にも乗ってもらえて、某ちょっと感動してるでござる」

 

「良かったね、ハムスケ。モモンはあんまりハムスケに乗りたがらないもんね」

 

「そうでござる。某がこの背に乗せるのはお二人だけと、心に決めているのでござるのに」

 

「大人には色々あるんだよ……」

 

 

 モモンガが今までハムスケに騎乗するのを拒んできた理由はただ一つ。

 ――メリーゴーラウンドに一人で乗るオッサンには絶対になりたくない。

 周りからは凄い魔獣に乗っているように見えても、独身の成人男性であるモモンガの精神的には辛いのだ。

 だが、ネムと一緒なら絵面もそこまで悪くはないだろうと、モモンガは自分を慰めた。

 ――たとえ巨大なハムスターに自分が跨っているという事実に、なんの違いもないとしてもだ。

 

 

(予想通りではあったが、探知妨害も逆探知もなかったな。普通に魔法が通ったから、生きている事は確定、と……)

 

 

 本来ならネムと一緒に行う冒険者の仕事では、モモンガとしての力は使わない。

 だが、今回は事情が事情である。

 今はもう鎧を着直しているが、ネムとの相談の上、ンフィーレアの居場所を探知するために一度だけ反則技を使っていた。

 

 

(それにしても、彼は何故あんな遠い場所に……)

 

 

 そもそも魔法も無しに人探しとか、モモンガからすれば無理ゲーだ。

 現実ではゲームのイベントのように、都合よく目撃情報が集まる訳もないのだから。

 

 

(事件に巻き込まれたらしいが、普通に探してたら絶対に見つからなかったな)

 

 

 もしネムが冒険者をやる時の約束にこだわっていたなら、それもまた良いだろう。

 自力で探したいと希望していた場合、モモンガもそれに付き合う事自体はやぶさかではない。

 だが、早々に諦めていた事は確実である。

 

 

(そこに誘拐犯のアジトでもあるのか? 自力で逃げている途中――にしては、期間が長すぎるか……)

 

 

 実のところ、モモンガはンフィーレアの生死にあまり興味がない。

 精々レアな生まれながらの異能(タレント)の事が気になるくらいだろう。

 

 

「ンフィー君はこっちにいるの?」

 

「ああ、とりあえず生きてはいるようだ」

 

「良かった…… 早く見つけてあげなきゃ」

 

 

 だが、これはネムが珍しくお願いしてきた仕事なのだ。そういう意味ではンフィーレアが生きているという事実は喜ばしい。

 ネムがショックを受ける最悪の展開は避けられそうで、モモンガは内心でほっと胸を撫で下ろしていた。

 

 

「この平野を越えて、さらにずっとずっと先に行った所に反応があった。完全に国外だな」

 

「霧で真っ白だね。全然先が見えない……」

 

 

 ほぼ一年中霧が立ち込め、至る所でアンデッドが出現する呪われた土地――『カッツェ平野』。

 その手前まで辿り着いたモモンガは、霧で先の見通せない遥か遠く――エ・ランテルから南東にあたる方向を指差した。

 

 

「――よし。ハムスケ、ここを全速力で真っ直ぐ突っ切ってくれ」

 

「モモン殿、流石にそれは危険ではござらんか? この場所は嫌な感じがするでござる……」

 

「問題ない。お前のレベルならこの辺りの下級アンデッド程度、体当たりだけで倒せるから心配するな。これが最短ルートだ」

 

「某、スケルトンくらいならまだしも、ゾンビなどの腐っている奴にはあまり触りたくないでござるなぁ」

 

 

 ハムスターの顔で器用に困った表情を作り、難色を示すハムスケ。

 知能が高めなせいか、魔獣の割に妙なところで感性が人に近いようだ。

 だが、こんな所で立ち止まる訳にはいかない。

 モモンガはネムと一瞬でアイコンタクトを行い、渋るハムスケの説得を試みる。

 

 

「そっかー。ハムスケがいくら凄い魔獣でも、出来ない事はあるよね」

 

「そうだな。しかし、ネムの相棒である最強の魔獣、ハムスケなら出来ると思ったんだがなぁ」

 

「仕方ないよ。モモンガ以外のアンデッドは怖いもんね?」

 

「それもそうだな。かつて森の賢王と呼ばれたハムスケでも、苦手な物くらいはあるか。残念だが、私の見込み違いだったらしい……」

 

「うんうん。いつもと違って二人も乗せてるから、ハムスケも大変だもんね」

 

 

 ネムと一緒に胸の前で腕を組み、ハムスケの背中でうんうんと唸った。

 まぁ流石のハムスケでも、この程度の煽りでは――

 

 

「なぁっ!? そんな事ないでござる!! それくらい楽勝でござる!!」

 

「本当でござるか?」

 

「無理はしなくて良いんでござるよ?」

 

「出来るでござる!! 二人とも大船に乗ったつもりで、某に任せて欲しいでござるよ!!」

 

 

 ――ちょろい。

 これなら自分が魔法を使わずとも、移動に関しては何とかなりそうだ。

 ハムスケからは見えない位置で、骸骨と少女は笑顔でグッと親指を立てた。

 

 

「二人ともしっかり掴まったでござるか? 某の本気、とくと見るでござる!!」

 

 

 その後、ハムスケは数々のアンデッドを跳ね飛ばしながら、陽が沈むまでカッツェ平野を走り続けた。見た目はハムスターだが、猪突猛進という言葉が非常に似合う走りっぷりである。

 途中でモモンガの予想よりも強いアンデッドが出てきたが、それでもハムスケは果敢に立ち向かう。

 

 

「カッツェ平野、恐るるに足らずでござるー!!」

 

「ハムスケすごーい!!」

 

「ハムスターもおだてりゃ猫を噛むだな。……ん、微妙に違うか?」

 

 

 鎧袖一触――数々のアンデッドを打倒し、その日はハムスケの勝利の雄たけびがカッツェ平野に響き渡っていた。

 ちなみにモンスターを討伐した証――部位の回収を忘れていたと気づくのは、ネムが家に帰ってから数日後の事である。

 

 

 

 

 リイジーおばあちゃんの依頼――ンフィー君を探し始めて二日目。

 昨日の夜はモモンガの持ってきていた魔法の家で寝泊まりして、今日も朝早くから移動を始めた。

 

 

(あんな家があるなら、野営の道具ってモモンガには必要ないよね。なんで前に買ってたんだろう?)

 

 

 ふとしたモモンガへの疑問を思い出しつつ、周囲を軽く確認する。

 霧のある場所は抜けたけど、遠くに山が見えるだけでこの辺りはまだ何もない平野だ。

 だけど凄い勢いで景色が後ろに過ぎ去っていき、少しずつ周りの様子が変わっていくのが分かる。

 

 

「ハムスケ、まだ走れそうか?」

 

「某は、まだまだっ、平気でござる!!」

 

 

 激しい振動で体が揺さぶられ、強めの向かい風が自分の頬を絶え間なく叩く。

 ハムスケってこんなに速く走れたんだと、初日の頃は驚いていた。

 だけど二日目にもなると、そんな事を考える余裕もなくなってきた。

 

 

「ネムは大丈夫か?」

 

「――っうん!!」

 

 

 ハムスケにしっかりとしがみ付いているが、それでも常に風を浴びているため、口を開くのも大変だ。

 普段のハムスケは私を乗せてくれる時、スピードを随分と抑えてくれていた。だけど、今は本気の速度で疾走している。

 

 

(モモンガに魔法を使ってもらってまで探したんだもん。私もこれくらい我慢しなきゃっ)

 

 

 両手の力を緩めないように、自分を叱責して気合いを入れ直した。自分のせいで速度を落とさせる訳にはいかない。

 それでもモモンガが背中にいなければ、そしてハムスケの尻尾で固定されていなければ、私はとっくに振り落とされているのだろう。

 

 

「モモン殿、方向は本当にこのままで良いんでござるかーっ!!」

 

「ああ、今朝も一度確認した。ンフィーレアが移動していなければ、このルートで間違いない。もうそろそろ見えてくるはずだ」

 

「了解でござる!!」

 

 

 一人だけ平然としたモモンガの指示に従って、ハムスケはただひたすらに走り続ける。

 モモンガは骨だから、風を浴びて息苦しいとかもないのだろう。

 途中で何度か休憩を挟み、ついに目的の場所――『竜王国』のとある都市に辿り着いた。

 

 

「ひぃ、ふぅ…… こんなに走ったのは、生まれて初めてで、ござる」

 

 

 ここまで頑張り続けたハムスケは息も絶え絶えで、心なしか毛皮もふにゃりとしている。

 

 

「どうで、ござるか? 某、凄いで、ござ、ろう?」

 

「ありがとう、ハムスケ。ハムスケのおかげでこんなに早く着いたよ」

 

「なんのなんの。しかし、某は、ここまで、で、ござ――る……」

 

 

 べしゃりと音を鳴らし、地面と同化するように体を投げ出したハムスケ。

 二日に及ぶ全力疾走の繰り返しで、体力を使い果たしてしまったみたいだ。

 ここまで運んでくれてありがとう、ハムスケ。今はゆっくり休んでいいから――

 

 

「よくやった、ハムスケ。という訳で、これを飲むといい」

 

「むぐっ!?」

 

 

 モモンガはどこからか謎の液体が入った瓶を取り出し、瞳を閉じたハムスケの口に突っ込んだ。

 色々準備はしてきたって言ってたけど、それにしたって対応が早すぎるよ。

 

 

「――ぷはぁっ。おおっ、元気百倍でござる!!」

 

「これでよし。ンフィーレアが移動すると厄介だ。さっさと見つけてしまおう。さぁ、行くぞ」

 

 

 ――ごめんね、ハムスケ。

 もうちょっとだけ頑張って。帰ったらいっぱいブラッシングしてあげるからね。

 

 

「でも釈然としないでござる……」

 

「どうした? 一本では足りなかったか?」

 

 

 ハムスケの頬袋がぷっくりと膨らんでいる。

 でもちゃんとモモンガの言った通りに歩き出すあたり、私の相棒は素直すぎる魔獣だと思う。

 

 

「モモン殿はストイックでござる」

 

「あはは…… きっとハムスケの成長のために必要なんだよ」

 

「そうなのでござるか?」

 

「うん、モモンなりの期待の表れだと思うよ。……たぶん」

 

 

 普段のモモンガはとっても優しい。それは間違いないと、私が保証する。

 だけど、お仕事中は自分達の成長のために、けっこう厳しいのだ。

 

 

『うーん、やはり独学では無理か。私もコキュートスに前衛の動き、剣技を教えてもらわないとな……』

 

『ネムよ、まずは一度チャレンジしてみると良い。心配するな、私とハムスケがついているぞ』

 

『ふむ。ハムスケも武技を覚えられるか実験、もとい訓練をさせてみるべきか……』

 

 

 冒険者をやる時に「必要以上の手助けはしない。すぐには手を貸さない」と、モモンガは宣言していた。

 モモンガは現状に満足する事なく、常に自分達が成長出来るかを模索している。とっても努力家なのだ。

 

 

『――貴様……今、ワザと足を出したな?』

 

『怪我をしたら直ぐに言うんだぞ。ポーションは腐る程持ってるからな』

 

 

 だから私の事もだけど、ピンチの一歩手前…… 二歩かな? いや、三、四歩くらい前かもしれない。

 とにかくモモンガは最初は見守ってて、一度実際に困った後にしか手助けしない――

 

 

『門限は親御さんの希望に合わせ、行き帰りの送迎も完備しております』

 

『お腹が空いた? しょうがないな。ほら、どうせ俺が食べる事はないから、ハムスケにやろう』

 

『新しい技をまた考えたから見て欲しい? どれどれ…… おおっ、凄いじゃないかネム!!』

 

 

 ――あれ? 全然厳しくない。むしろ助けるのも早すぎないかな?

 ちょっと訂正。冒険中もとっても優しいです。楽しい思い出しかないです。

 やっぱりモモンガは本人が思っているより、かなり人に甘いかも。

 

 

(思い返しても、特に困った記憶がない…… 私、本当に成長出来てるのかな?)

 

 

 最終的には絶対助けてくれると、モモンガの事は信頼している。

 モモンガの全力は見た事ないけど、何でも出来るのだろうと本気でそう思う。

 でも、それに甘えないようにしなきゃ。

 家族の役に立つためにも、私はお金をしっかり稼がないといけないのだから。

 

 

「むむむ…… モモン殿はそこまで某の事を考えてくれていたでござるか。ならば、もうひと頑張りするでござる!!」

 

「うんうん、一緒に頑張ろう!!」

 

 

 ハムスケが完全復活したところで、ンフィー君探しを再開だ。

 私達は情報を集めるため、早速街の人に聞き込みを開始した――

 

 

「すみません。ちょっと聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

 

「ああ、なんだい」

 

「実は――」

 

 

 老若男女を問わず、とりあえず片っ端から話しかける。相手は少し訝しげな様子だったけど、ほとんどの人は快く質問に答えてくれた。

 

 

「なんか、みんな元気がないね」

 

「ふむ。心なしか痩せている者が多いな。あまり豊かな土地ではないのか?」

 

 

 この街に着いてから小一時間。ンフィー君探しとは特に関係ないけど、少し気になる事がある。

 街の中ですれ違う人達は、みんなハムスケを見て驚いていた。だけどエ・ランテルの人達と違って、そこに明るさがない。

 全体的に活気がなく、俯いている人が多いように感じた。

 

 

「――ンフィーレア・バレアレ? いや、知らないな」

 

「えっと、じゃあこんな風に目が隠れてる男の人は見ませんでしたか?」

 

「ああ、それなら一応見覚えがあるぞ。最近この街にやって来た奴に、そんなのがいた気がする。ただ、アレは薬師って感じじゃなかったけどな……」

 

 

 何人もの人から情報を集めた結果、この街の住民ではない少年――ンフィーレアらしき人物が近くに滞在している事が分かった。

 最近この街に集団でやって来た旅人の内の一人らしいが、服装は作業着ではなかったそうだ。

 でも背格好や顔付きなどは似ているそうなので、ンフィー君の可能性は十分にある。

 

 

「本当にンフィー君なら、なんで別の国に来てるんだろう? 薬草集めかな?」

 

「事件に巻き込まれたらしいから、それはないと思うが…… 本物かは断定出来ないが、とりあえず泊まっている宿とやらに行ってみよう」

 

 

 話をしてくれた人の中には妙な表情をしていたり、会いに行くのはやめた方が良いと言った人もいた。

 だけど、確かめなければならない。何としてもンフィー君を連れて帰らなければならない。

 心配しているリイジーおばあちゃんのため、そして――

 

 

(お姉ちゃんをお嫁さんにしてくれる人、いなくなったら困るもんね!!)

 

 

 ――未来のお義兄ちゃんを捕まえるために。

 ただでさえ姉は恋愛ごとに疎いのだ。

 放って置いたら本人が気付かないうちに、チャンスと婚期を逃してしまうかもしれない。

 姉の周りには歳の近い男性がいないから、将来有望株のンフィー君を逃す訳にはいかないのだ。

 

 

「この部屋だね」

 

「さて。本人かどうか、ご対面だ」

 

 

 集めた情報から辿り着いた宿屋。

 その人物の部屋に案内され、軽く扉をノックする。

 

 

「――お待たせしました」

 

 

 返事と共に扉が開かれ、中から現れたのは――

 

 

「まさか、僕の事を最初に見つけ出すのが君だったなんてね」

 

 

 ――変態さんだった。

 

 

「へっ、んフィー君!?」

 

 

 その顔も声も、正真正銘ンフィーレア・バレアレだ。

 だけど、その格好がおかし過ぎる。

 ンフィー君は全身に妙な装飾品を付け、フリフリのスカートを履いている。

 

 

「ネムちゃんが冒険者になってたなんて驚いたな。そっちの人はお仲間かな?」

 

「う、うん…… 冒険者仲間のモモンだよ」

 

 

 一体ンフィー君に何があったのだろう。驚いたはこっちが言いたかったセリフだ。

 こんな服装をするくらいなら、薬草臭い作業着の方が何倍もいいと思う。

 

 

「いつかはこんな日が来る事も予想はしていたよ。思ったより随分と早かったけどね…… さぁ、中へどうぞ」

 

「お、お邪魔します」

 

 

 思わず「変態」と、口に出さなかった自分を褒めてあげたかった。私、えらい。

 ――でもこんなお義兄ちゃんは、ちょっと嫌だなぁ。

 

 

『――お揃いのを着てみたんだけど、変じゃないかな?』

 

『わぁ…… 綺麗だよ、ンフィー』

 

『ありがとう。エンリも体が逞しくなってきたね。腕なんか僕より太くて良い筋肉がついてるよ』

 

『そうかな? 毎日外で畑仕事を頑張ってるおかげかな』

 

『僕もエンリのために、家で――』

 

 

 ――駄目だ。とんでもなく不気味な未来だ。

 妙に生々しくて、少しあり得るかもと思ってしまった事が余計に嫌だ。

 

 

(あれ、普通逆だよね……)

 

 

 姉とペアルックのスカートを履いたンフィーレアを想像してしまい、私はほんの少しだけ鳥肌が立った。

 

 

 

 

 横並びに座るモモンガとネム。その対面には一応ンフィーレア・バレアレらしい少年。

 その少年の姿を初めて見た瞬間、モモンガはヘルムの中で顎が外れそうになった。

 あまりに驚き過ぎて、思わず精神の鎮静化が起こったほどだ。

 

 

(この意味の分からない格好。いや、これらの装備品はまさか……)

 

 

 少年の身につけている物は、和洋折衷なんて言葉ではすまなかった。

 和風、洋風、中華風など、リアルにある国の様々なテイストが混ざっている。

 さらには古代の物から近未来にありそうな物まであり、産み出された年代すらも異なっている。

 おまけに漫画に出てきそうなファンタジーな装飾、男物から女物のデザインまで、ありとあらゆる物をごちゃ混ぜに身に付けている。

 一言で言えばヤベーやつとしか言えない。

 

 

「あー、ンフィーレアさん。で、よろしいでしょうか?」

 

「そうですね。ンフィーレアとは捨てた名前。既に死んだ者の名ですが、私は元ンフィーレア・バレアレで合っています」

 

 

 しかし、一応確認のための会話を挟みながらも、モモンガはある確信があった。

 ――これはユグドラシルのアイテムだ。

 こんなチグハグな格好をする人達を、モモンガは以前にも見た事がある。

 それはユグドラシルの初期、まだ装備の見た目を統一する方法が一般的ではなかった頃。

 頭や腕などに分かれている装備の内、各シリーズの最も強い部分だけを組み合わせて、性能重視で装備していたプレイヤー達が少なくなかった。

 

 

(あれはおそらく装備条件が厳しい装備のはずだ。女性専用の装備まで使えるとは…… 本人のタレントも関係してるんだろうけど、これは凄いな)

 

 

 ユグドラシルではドロップ品だけでなく、プレイヤーメイドの装備品も普通に売り買いされている。

 そのため、それらの装備をそのまま混ぜて使うと、見た目に統一感がなくなる事はよくあったのだ。

 まぁそれでも、目の前の少年ほど酷い見た目は中々いなかったが。

 

 

「私達はあなたの祖母である、リイジー・バレアレさんから依頼を受けた冒険者です。孫である貴方を探して欲しいと」

 

「おばあちゃん、すっごく心配してたよ。一緒に帰ろう、ンフィー君」

 

 

 祖母からの依頼である事を告げると、彼は悲しさと嬉しさが混ざったような表情をした。

 

 

「……隊長、彼らに少しだけ事情を話す事を、許可していただけませんか?」

 

 

 少しだけ考え込み、真剣な顔付きに戻ったンフィーレアが軽く後ろに視線を向ける。

 そこには一人の青年が立っていた。

 ずっと同じ部屋にいたのに、モモンガは全く気が付かなかった。巧妙に気配を殺していたのだろう。

 

 

「……分かりました。与える情報は最小限に抑えてください」

 

 

 この辺では珍しい黒髪を長く伸ばした、隊長と呼ばれた十代くらいの若い男。彼はンフィーレアからのお願いに、やれやれと言うように頷いた。

 しかし、一挙手一投足すら見逃さないとばかりに、分かりやすくこちらを見つめている。

 室内でもみすぼらしい槍を手放さないあたり、彼はこちらを警戒しているのだろう。

 

 

「ありがとうございます。モモンさん、ネムちゃん。少しだけこれまでの事をお話しします」

 

 

 ンフィーレアは隊長に軽く頭を下げると、こちらに向き直って姿勢を正した。

 

 

「端的に言うと、僕は一度死にました。だけど、神のお導きによって蘇ることが出来たんです」

 

「蘇った…… まさか、蘇生魔法!?」

 

「ええ。ですから、僕は生まれ変わったんです。偉大なる六大神に仕える聖職者になり、人類救済の為に生きると決めたんです」

 

「そ、そうなのですか……」

 

 

 ンフィーレアから語られる突飛な経緯に、モモンガは無難な返事しか返せなかった。

 リアルではほとんどの宗教が廃れていたが、取引先のお偉いさんが熱心な信者だったこともある。その際は話題選びにもえらく気を使ったものだ。

 そんな経験からモモンガは「その格好のどこが聖職者だよ」とか、「現地に蘇生魔法を使える組織があったのか」とか、色々な言葉は何とか飲み込む事に成功していた。

 

 

(年中作業着のちょっと奥手な目隠れ系男子って聞いてたんだけどなぁ。ネムの反応からして本物なんだろうけど……)

 

 

 ネムから聞いていたンフィーレアの人物像と、目の前の彼はあまりにも違いすぎた。

 前髪を伸ばして目を隠しているところはそのままだが、見た目も思想も違い過ぎる。

 実は魔法か何かで洗脳されているんじゃないかと思うくらいだ。

 その可能性を考慮すると、死んで蘇ったという話すらも真実かどうか判断できない。

 

 

「ンフィー君、街には帰ってこないの? ……お姉ちゃんの事も、いいの?」

 

「……ネムちゃん、僕はもうンフィーレアじゃない。『万能魔具』として、神に信仰を捧げる一人の聖職者に過ぎないんだよ」

 

 

 ネムの問いかけに対する反応から、ンフィーレアにはほんの少しだけ未練があるように感じる。

 それでも彼の決意は固いようで、新しい人生を歩み続けるという気持ちは変えられなかった。

 

 

「エンリ達が安心して暮らせるように、この世界から亜人や異形種を滅ぼさないといけないんだ。実はこの街にいるのもビーストマンと戦ってきた帰りで――」

 

「そこまでです。それ以上は必要ありません」

 

 

 これ以上は不味いと判断したのか、それとも適当なところで切り上げさせたのか、隊長がンフィーレアにストップをかけた。

 ユグドラシル産らしきアイテムの出所など、彼らの所属してる組織の正体が気になるが、今のモモンガはモモンとして静観するしかない。

 

 

「すみません、隊長。そうだ、ネムちゃんにお願いがあるんだけど、いいかな?」

 

「お願い?」

 

「うん。おばあちゃんに手紙を、ンフィーレアの遺書を届けて欲しい。すぐに書くから、少しだけ待ってて――」

 

 

 ンフィーレアだった少年は過去と決別するように、素早くだが丁寧に手紙を書き始めた。

 その迷いを感じさせない様子に、モモンガはこれ以上の説得は無理だと判断する。

 

 

「ネム、残念だがンフィーレアの意思は変わらんだろう。結果を報告するために戻ろう」

 

「うん。そうだね……」

 

 

 ネムもそう感じたのか、少し寂しげな表情を見せた。

 そしてンフィーレアの手紙を受け取り、大切にリュックに仕舞い込むのだった。

 

 

 

 

「ネム殿、元気出すでござるよ。ネム殿はちゃんと依頼をやり遂げたでござる」

 

「うん……」

 

「そうだぞ、ネム。こうして手紙を預かる事も出来たんだ。戻ったらネムがンフィーレアの様子を伝えてやると良い。孫が生きていると知れるだけでも、きっとリイジーさんは満足するだろう」

 

「うん……」

 

 

 行きと違って緩やかな速度で進むハムスケ。

 ネムは下を向いて何か考え込んでいたが、モモンガは好きなだけ悩ませてあげることにしていた。

 仕事には成功も失敗も、よくわからない結末になる事もある。どう折り合いをつけるかは本人が決める事だ。

 まぁネムがあまりにも悩み続けるようなら、元気付けるためにモモンガはあの手この手を尽くすのだろうが。

 

 

「……ねぇ、モモン」

 

「ん、なんだ?」

 

「モモンは、えっと、モモンガはまだ結婚してないよね?」

 

 

 突然の質問。

 ネムの言葉は、モモンガの思考を一瞬だけ停止させた。

 

 

「……え?」

 

「恋人もいないよね?」

 

「まぁ、そうだが……」

 

「ふーん……」

 

 

 追い討ちの質問。

 ネムの言葉は、無意識にモモンガの急所を貫いた。

 ちなみに質問はこれで終わらなかった。

 やたらと異性に関する質問をされ続け、モモンガの心中はまったく穏やかではない。

 

 

(……なんだ!? この質問の意図はなんだ!? 彼女いない歴=年齢のアンデッドに、ネムは一体何を求めているんだ!?)

 

 

 ネムは普段から好奇心旺盛な子供だと思っていたが、今聞かれている事は明らかにいつもと毛色が違う。

 

 

「そっかー、モモンガには恋人もいないんだね」

 

「モモン殿も某と同じでござったか。お互いに早く番を見つけたいでござるなぁ」

 

 

 ネムの表情が一瞬だけニヤリと緩んだ気がした。心なしか声も弾んでいるように聞こえなくもない。

 残念ながら、ハムスケにネムと一緒に跨っているモモンガの位置からは、ネムの顔がしっかりと見えないので断言する事も出来ないが。

 

 

(これはアレか…… 交際経験の一つもない大人は頼りにならないと、言外に言われているのか?)

 

 

 前に乗ったネムは普通に笑っているのか。自分が笑われているのか。

 それとも、笑顔に見えたのは気のせいなのか。

 

 

(いや、もしかして営業に自信があると言いながら、ンフィーレアをちゃんと説得しなかった事を責めているのか? くっ、アイツを縛ってでも連れて帰るのが正解だったかもしれん……)

 

 

 話の意図が読めずに悩む骨。

 どこか悪戯っ子な表情を浮かべる少女。

 何も考えずに歩き続ける魔獣。

 

 

「じゃあ、モモンガは結婚に興味ある? もしかして今好きな人がいるとかは?」

 

「いや、急にそんなことを聞かれてもだな……」

 

 

 ネムとモモンガはハムスケの背にゆったりと揺られながら、数日をかけてエ・ランテルに帰還していくのだった。

 ――もちろん、その間もネムからモモンガへの際どい質問は、奇襲のように繰り返されていたとか、いなかったとか。

 

 

 

「おや、もう戻ったのかい。それで孫は、ンフィーレアは……」

 

 

 予想よりも早い帰還に驚きの表情を見せ、その後心配そうな声で尋ねてくるリイジー。

 リイジーは過去の経験から、最低でも二週間はかかると踏んでいた。にもかかわらず早すぎる結果報告のため、最悪のパターンを想定しているのだろう。

 

 

「……貴方のお孫さんは、宗教にハマってました」

 

「ンフィー君、スカートを履いてました。でも元気そうだったよ」

 

「はい?」

 

 

 モモンガは悩ましげに、しかし自分が見聞きしたままをリイジーに伝える。

 ネムもドストレートに、自分が見たンフィーレアの感想を伝えた。

 

 

「おばあちゃん。はいこれ、ンフィー君からのお手紙」

 

「我々も中身は知りませんが、遺書だそうです。おそらく貴方へのお別れの言葉などが、そこには書かれているのではないでしょうか」

 

 

 ぽかんとした顔のリイジーに、ネムはずいっと手紙を差し出した。

 リイジーは手紙を受け取ったものの、中々状況が飲み込めていないようである。

 

 

「ちゃんと生きてたから心配しないで!! ンフィー君、人類救済のために頑張るって言ってたよ!! 変な格好だったけど」

 

「今は薬師ではなく、本人は聖職者だと言ってましたね。いささか個性的な服装でしたが」

 

「ウチの孫、本当に大丈夫なのかい?」

 

 

 リイジーは懐疑的な表情になったが、手紙を開くとそれも崩れていった。

 孫の直筆の手紙を読み進め、筆跡と内容からそれを書いたのが本人だと分かると、ふっと口元に笑みを浮かべた。

 

 

「二人とも、感謝するよ。あんたらのおかげで、わしも胸のつかえが取れた。まったく、薬師としての道を捨てるなんて、あの孫は……」

 

 

 柔らかい笑みを浮かべるリイジー。

 モモンガも手紙の内容は本当に知らない。どんな言葉が綴られてあったのか、どこまで事情を説明しているのかも分からない。

 しかし、リイジーのその顔は、大切な孫を応援する優しい祖母としての顔だった。

 

 

「――どうせ神を信仰するなら両方を極めんか!! わしの教えを無駄にしおって、あの馬鹿孫が…… 聖職者になるなら薬師と両立しろと、次に会ったら締め上げてやるからね!!」

 

 

 天に向かって咆える老鬼も見えた気がしたが、モモンガとネムは華麗にスルーである。

 

 

「これで依頼は達成だな」

 

「うん!! 手伝ってくれてありがとう。でも私、全然力になれなくて……」

 

「なに、今回の依頼の成功はネムの協力があってのことだ。私一人ではあれほどスマートな聞き込みは出来なかっただろう。ネムが話しかけた時の方が、明らかに相手も警戒心が解けていたしな」

 

「そうかな?」

 

「そうだぞ。私とハムスケだけなら、話しかけても絶対逃げられていたぞ。竜王国でンフィーレアをすぐに見つけられたのは、間違いなくネムのおかげだ」

 

「えへへ、それなら私も役に立てて良かった!!」

 

 

 リイジー・バレアレからの指名依頼――『ンフィー君を探せ』――これにて完了である。

 

 

 

 

 

おまけ〜悪魔がアップを始めたようです〜

 

 

「――えっと、これが接続詞で、こっちの『らーじあ・えれ』の意味が邪眼で、主語がこれだから…… 『我が邪眼によって貴様は破滅する』かな? デミウルゴスさん、邪眼ってなんですか?」

 

「邪眼というのは、特殊な能力を有する眼の事を指す言葉の一つだね。魔眼などと呼ばれる類いの物もあるが、邪眼の場合は何かを見る力ではなく、視線によって相手に不幸、害、呪いなどを与える意味合いが――」

 

 

 普通の村ではあまりお目にかかれない、綺麗な紙とペンで真剣に勉学に励む少女。

 側にはインテリジェンスアップルを丸ごと使用した、美味しそうなリンゴ飴が置かれている。

 丁寧にコーティングされた飴が絶妙に光り輝いているこのデザートは、ナザリックが誇る料理長が特別に調理した至高の逸品である。

 ネムは時々それを舐め齧りながら、教鞭をとるデミウルゴスの話を熱心に聞いていた。

 

 

「――持ち主が死んだ場合、摘出された眼球は力を発揮しなくなる事も多い。つまり、それらの力は己の眼を媒体としたスキルと考える事も出来る。そういった能力を持つモンスターだと、例えばギガント・バジリスクの石化の視線は有名どころだね」

 

「へぇー。そのギガント・バジリスクは強いんですか?」

 

「ナザリックの者からすれば雑魚と言っていいが…… そうだね、ハムスケより少し弱いくらいだろう」

 

 

 王国語を学ぶために使っている教材は既製品ではなく、全てデミウルゴスのお手製である。

 そのため普通に生活していれば使わない単語や例文、その他の知識も多々盛り込まれているが、そこは悪魔の趣味だ。

 

 

「ハムスケもやっぱり強いんだ。ところでデミウルゴスさんの眼も魔眼ですか?」

 

「私の眼は魔眼ではないよ。偉大なる創造主によって創造された、自慢の眼ではあるがね」

 

 

 好奇心旺盛な少女の質問に対する返答として、デミウルゴスは指先で少しだけ眼鏡をズラす。

 そのさり気ない動作には、創造主に生み出された事に対する誇りが満ちていた。

 

 

「創造主さん、凄い…… とってもキラキラしてて、宝石みたいで綺麗です!!」

 

「お褒め頂き感謝します。ネム様は素晴らしい審美眼もお持ちのようですね」

 

 

 あくまで優雅にデミウルゴスはお礼を返す。

 至高の御方であるウルベルト・アレイン・オードルによって、頭の天辺から爪先まで創り上げられた肉体。

 その中でも創造主が細部までこだわりを持って作った眼が美しいのは当然である。

 当たり前の事と認識はしているが、それはそれとして少女の真っ直ぐな賛美は悪魔にも心地が良かった。

 

 

「ネム様に少しお聞きたいことがあるのですが……」

 

「なんですか?」

 

「これはちょっとしたクイズとしてお考え下さい――」

 

 

 その日の指導がひと段落ついたところで、デミウルゴスは少女の知恵を借りるために声をかけた。

 

 

「――貴方にとって大切な方達が、重要な仕事をするために家を出ました。貴方はその間、家を守るように留守を任されました」

 

 

 例え話として説明しながらも、これでは何を指しているか丸わかりだ。

 流石にネムにもバレバレだろうと、自分で話しながらデミウルゴスは思った。

 

 

「留守を任された者達のために、たった一人だけ主人が家に残ってくれました。その主人は素晴らしい方で、貴方の事も非常に大切にしています。それでも、貴方はもう一人の大切な方に会いたいという気持ちがあります」

 

 

 重い口を開くたび、気分が沈んでいく。

 この世界の情報を集めていく内に、デミウルゴスはこの世界に創造主達がいない可能性が高い事に気づいてしまった。

 ナザリックのシモベ達を危険な目に遭わせないように、目立つことを避けているモモンガならまだしも、それ以外の至高の御方が世界にその名を轟かせないはずがない。

 なのにその痕跡を全く見つけられない。

 

 

「しかし、どれだけ待ち続けても、大切な方は帰ってきませんでした……」

 

 

 つまり、至高の御方々が既に元の世界で亡くなっているという、最も外れて欲しかった予想が真実である可能性はより濃厚になった。

 自身を遥かに超越した叡智を持つモモンガでさえ、一度はもう会えないと諦めたほどだ。

 仮に御方々が生きていても、自分達は見捨てられたのかもしれない。

 ナザリックの仲間内でするにはあまりにもデリケートな問題である。一種の爆弾と言ってもいい。

 主人であるモモンガに負担を掛けないためにも、無策のままにそう易々と相談は出来ない。

 

 

「……そんな時、ネム様なら、どうなさいますか?」

 

 

 だからこそ、モモンガの友人であるネムに話を聞いて欲しかったのだ。

 ――モモンガを救ったネムならば、何か良い考えが浮かぶのではないか。

 このやり方はデミウルゴスらしくはない。

 しかし、希望的観測に過ぎないと分かっていても、デミウルゴスはネムの持つ可能性に賭けてみたくなったのだ。

 

 

「うーん…… その人を探しに行って、見つけたらそのお仕事を一緒に手伝います」

 

「一緒に、ですか……」

 

「力になれるかは分からないけど、仕事が早く終われば帰ってきやすいですよね。それに、もし大切な人が家族とかだったら、やっぱり力になりたいです」

 

 

 ネムが返したのは実にシンプルな回答。

 デミウルゴスは自身の固まった思考に、微かにヒビが入った音が聞こえた。

 心のどこかで、自分では至高の御方の役には立てないと、諦めてはいなかったか。

 帰って来てもらう事を望むばかりで、自らがその隣に立とうとは考えもしなかったのではないか。

 

 

「……世界中を探しても、その方を見つけられなかったら?」

 

「えっと、夢の世界みたいな別の世界に探しに行くとか?」

 

 

 自身の考えが音を立てて崩れていく。

 デミウルゴスはネムの答えに、新たな可能性を見出した。

 創造主達は亡くなった可能性が高いと勘違いしていたが、単に住む世界の繋がりが断絶されただけなのではないか。

 そうだ、必要な情報は既に示されていた。

 至高の御方のまとめ役、モモンガ様は仲間が死んだと明言した訳ではない。会えない事を嘆いておられただけだ。

 そして、私達シモベの成長を喜び、望んでいる節があった。

 

 

(至高の御方はリアルとユグドラシルを移動していた。『あーべらーじ』や、『えろげー』なる世界に移動されていた方もおられたはず…… つまり、我々も同じ移動手段を手に入れる事が出来れば――)

 

 

 自分達シモベは"そうあれ"と、完成された状態で生み出された。しかし、そこから更に成長し、至高なる御方と同じステージを目指すべきだった。

 対等の存在になろうとするなど、不敬と思われるかもしれない。

 だが、対等になろうとする努力を怠れば、サポートする事もままならないではないか。

 何も出来ないシモベ風情が、ただ創造主に帰ってきて欲しいと望むなど、傲慢にもほどがある。

 

 

(……なるほど。そういうことですか。モモンガ様の仰った『――未知の世界を冒険し、一つ一つ制覇していくのも面白いかもしれないな』の真意とは、ただの世界征服などという、ちっぽけな物ではなかった)

 

 

 欠けていたパズルのピースが埋まっていき、面白いように答えが見えてくる。

 そうだ、自分達は一度異世界に転移したのだ。二度目が出来ないはずがない。創造主達の住む世界に転移することも不可能ではないはずだ。

 

 

(――お言葉通り、未知なる世界を制覇する。まさかこの世界に来た時点で、他の異世界への移動を見越しておられたとは……)

 

 

 答えが分かってくると、それだけの未来を見据えていた主人に、これまで以上の尊敬の念を抱かずにはいられなかった。

 ――いったいあの方は、どれ程の高みにおられるのか。

 モモンガの真意に気づいた興奮で、デミウルゴスは段々と息すらも上がってきた。

 

 

「でも、お留守番もしないといけないんですよね…… そうだっ!! モモンガみたいに、お家ごと持っていくのはどうですか?」

 

「ははは、それは流石に――っ!?」

 

 

 ネムが笑顔で繰り出した提案。

 笑って否定しかけたが――デミウルゴスの脳に電撃が走った。

 ナザリック地下大墳墓はユグドラシルのヘルヘイムから、理由は不明だがこの世界に転移してきた。

 つまり、ギルドホームである()()()()()()()()()()()()()と、既に実証されている。

 

 

(なんという常識破りの発想…… これが普通の人間に出来る発想なのか!? あ、あり得ない。明らかに普通ではない…… モモンガ様のように洗練されていないとはいえ、流石はネム様。まったく、末恐ろしい方だ……)

 

 

 完全に盲点だった。

 この発想にある種の恐怖すら感じ、顔に一筋の冷や汗が流れた。

 これはデミウルゴスだけでなく、同等の知能を有するアルベドでも思いつかなかっただろう。

 

 

「……デミウルゴスさん?」

 

 

 拠点を防衛するために生み出された自分達では、拠点そのものを移動させる事など絶対に辿りつかないアイディアだ。ましてやこのナザリックを丸ごと動かすなど、誰が考えつくというのだ。

 

 

「あのー、デミウルゴスさーん?」

 

 

 この方法ならば、創造主より与えられたナザリックの守護という使命を放棄する事なく、その上で至高の御方を探しに行ける。

 自身の存在意義を保ったまま、創造主の手伝いにも行ける。なんと素晴らしい事か。

 

 

「もしもーし、聞こえてますかー?」

 

 

 万が一創造主達が既に亡くなっていたとしても、最後に死んだ世界を見つけ出せばいい。

 その世界で蘇生魔法を行えば、成功する可能性もかなり高まるはずだ。

 

 

「……フフフ、フハハハハっ!! 素晴らしい!! ありがとうございます、ネム様。おかげで私のやるべき事がはっきりいたしました」

 

「ど、どういたしまして?」

 

「少々急用が出来ましたので、失礼させていただきます」

 

 

 一点の曇りもない、実に晴れ晴れとした気分である。

 思わず優雅さに欠ける笑い声を上げてしまったが、今のデミウルゴスにそんな事を気にする余裕はない。

 異世界へ転移する方法。ギルドホームを移動させる方法。他にも研究すべき事は山のようにある。

 

 

(モモンガ様からあれだけヒントを頂いておいて、この体たらく…… これ以上お待たせする訳にはいかない。一秒でも早く計画書を作り、モモンガ様にお見せしなければ!!)

 

 

 デミウルゴスは感動でスキップしたくなる衝動を抑えながら、足早に自身の守護する階層に戻っていった。

 

 

 

「……結局、今のクイズの正解ってなんだったんだろう?」

 

 

 この場に取り残されたのは、状況を全く理解出来なかったネムただ一人。

 少女は疑問に満ちた声をぽつりと漏らしたが、それに応えてくれる者は誰もいなかった。

 

 

 




聖女クレマンティーヌならぬ、聖人ンフィーレアの誕生です。
でもンフィーレアの出番が今後もあるかは不明です。

無茶ぶりな研究を任せても、彼ならきっとやり遂げるに違いない。
そんな謎の信頼を感じさせる忠臣デミウルゴスでした。



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