不思議の墳墓のネム   作:まがお

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前回のあらすじ

「ナザリック移動要塞化計画だと!?」
「一つ目のATMゲットです。やはりネム様程の人間は中々いませんね」
「悪魔との交渉に失敗しました……」
「妹に毒を盛られた」

今回はエモット姉妹のほのぼの回です。


お友達からのご招待

 エンリ・エモットにはある疑問があった。

 それは妹が日頃からお世話になっている――自分達家族や村の大恩人でもある――モモンガについてだ。

 

 

「モモンガの住んでるとこは広いんだよ。今日はね、一緒に家の中で雪合戦をしたの!!」

 

「へぇ、雪かぁ。楽しそうだね」

 

「うん、冷たくて楽しかったよ。かまくらは作ってないけど、元からいっぱいあったよ」

 

(アゼルリシア山脈の近くに家があるのかな。――あれ、家の中? 近くの間違いだよね……)

 

 

 ネムはモモンガと一緒に冒険者として活動するだけでなく、時々モモンガの家に招かれている。

 そして、帰って来たらその日の出来事を、いつも楽しそうに語ってくれていた。

 しかし、仕事の合間や寝る前などに話す事が多いため、そう長い時間聞いてあげられる訳でもなかった。

 

 

(ごめんね、ネム。お父さん達も私も、ちゃんと時間を作ってあげられなくて……)

 

 

 あの事件以来すっかり『いい子』になってしまい、家族に甘える事のなくなった妹。

 それどころか家族の役に立とうと無理をしている雰囲気があり、我が儘も弱音も言わなくなった。

 たとえ夜中に悪夢で魘されても、一人でじっと我慢していた事があったくらいだ。

 だが幸いと言うべきか、そんな妹にもモモンガという心の支えがある。甘えるのとは少し違う感じだが、モモンガに対しては友達として気兼ねなく接する事が出来ているようだ。

 

 

「モモンガの家にはね、森があるんだよ。こんな太くておっきな木があって、その中がお部屋になってるの!!」

 

「木がお家になってるんだ。見てみたいかも」

 

「素敵な家だったよ。あと、大っきい犬? 狼かな? とにかく、モフモフしたのも沢山いたよ。アウラお姉ちゃんが飼ってるのを見せてもらったんだ」

 

「ペットが飼えるなんて、やっぱりモモンガさんの家は裕福なんだね」

 

「住んでる場所はお友達と一緒に作ったって言ってたけど、たぶんお金持ちだとは思うよ?」

 

(……あれ、家に森がある? 森に家があるの聞き間違いだよね。ログハウスでも建ててるのかな。森に住むなんて危なそうだけど……)

 

 

 今はまだ村の復興に忙しく、両親も自分も日中はあまり構ってやれない。

 ネムが冒険に行っている日もあるので、落ち着いて話せる時間は本当に限られている。

 しかし、モモンガとの出来事を話す時、妹は屈託なく――家族を気遣うために見せる作られた笑みではない――笑っている。

 その時だけは以前の天真爛漫なネムに戻っているようで、両親も自分も嬉しく思っていた。

 

 

「今日はね、モモンガの家の湖を見せてもらったの」

 

「良かったね、ネム。私は湖って見たことないなぁ――ん、家の?」

 

「凄かったよ。この家より大っきなゴーレムさんが沈んでたの!!」

 

「ゴーレム!?」

 

 

 ――だが、話の内容が理解出来ない。

 より正確に言えば、ネムの話す内容が毎回変わっていて、モモンガの家がどんな所かイメージ出来ないのだ。本当に謎の多い方である。

 

 

(……家の湖って言い回し、よく考えたら変じゃない? なんかおかしくない? 家より大きいゴーレムってどういう事!?)

 

 

 モモンガの人柄を考えると、ネムに危険が及ぶような事はしていないと思うが、一体どんな様子で遊んでいるのだろうか。

 今のところ分かっているのは、大きな家である事。大自然に囲まれていそうな場所にある事。沢山の部下と一緒に住んでいる事くらいだ。

 

 

「――ねぇ、ネム。モモンガさんってどんなところに住んでるの?」

 

 

 村の復興も僅かながら軌道に乗り、少しだけみんなの心にも余裕が出来てきた頃。

 迷いに迷ったエンリはある日の午前中、自分からストレートに聞いてみた。

 

 

「うーん、お城?」

 

「お城!?」

 

「でもお城じゃなくて、お墓だって言ってたかな」

 

「お墓!? ――あ、そっか。モモンガさんってアンデッドだから?」

 

 

 エンリはモモンガの正体が骸骨であるという事実を久しぶりに思い出した。

 それを意識しないのも無理はない。村で見かける時は肌の見えない全身鎧かローブ姿であり、ネムと話している様子も非常に人間臭い。

 エンリがちゃんとモモンガの素顔を見たのは、初めて会ったあの日くらいのものだ。

 

 

「どうだろう? 外からだとお墓には見えなかったよ。近くに倉庫みたいなログハウスもあったかな」

 

「ふーん、案外普通な感じなのかな」

 

 

 しかし、アンデッドだから墓地に住んでいるというのは普通なのだろうか。

 以前に聞いた時はキラキラした城だと言っていた気もするが、流石にそれは妹が夢で見た事と混ざっているのだろう。

 

 

「今日も雑草いっぱいかな?」

 

「この時期はすぐ生えてくるからね。栄養が取られないようにしっかり抜かないと」

 

 

 ネムは用事の時間まで仕事を手伝うと言い、エンリと一緒に畑に向かっていた。

 ――その途中、見覚えのある闇が突然二人の目の前に現れた。

 

 

「――ネム、迎えに来たぞ」

 

 

 真っ黒な穴から出てきたのは、素肌を完全に隠す格好をしたモモンガ。

 エンリも慣れてはきたが、地味に心臓に悪い登場方法だ。

 

 

「おはよう、モモンガ!!」

 

「おはよう、ネム。エンリも一緒か。二人で何を話していたんだ?」

 

 

 どうやら今日はネムと約束があったらしい。

 最近は冒険やら遊びやらで良く来るので、今日もと言った方が正しいかもしれない。

 

 

「お姉ちゃん、モモンガの家が気になるんだって」

 

「そうなのか? なら丁度いい。今日はエンリも一緒に、我がナザリックに招待しよう」

 

「い、いえっ!! 私には家の仕事もありますので――」

 

 

 実はアンデッドだという事を忘れてしまうくらい、モモンガは穏やかで気さくな方だ。これも社交辞令ではなく、本心からのお誘いだろう。

 けれど、流石に家にいきなり行くのは悪いと思い、エンリは断ろうとした――

 

 

「――エンリ、折角のご好意だ。仕事は私に任せて行ってきなさい」

 

「そうよ、エンリ。今日くらいお父さんと二人でも何とかなるから。偶にはネムと一緒に過ごしてきなさい」

 

「ちょっと、二人ともどこから聞いてたの!?」

 

 

 ――が、一足先に畑仕事に向かったと思っていた両親がいきなり口を出してきた。

 二人は当たり前のようにモモンガと笑顔で挨拶を交わしているが――偶然忘れ物でも取りに戻って来ていたのかもしれないが――まるで示し合わせたかの様なタイミングの良さだ。

 

 

「今さっきだよ。今年は徴兵もないから少し余裕があるし、本当に問題ないぞ」

 

「お父さんの言う通りよ。最近は税も軽くなったしね」

 

「でも……」

 

 

 それにしても、両親が異様に乗り気なのは不思議である。

 むしろ両親の性格なら、迷惑を掛けないように止める方だと思っていた。

 

 

「エンリにも予定はあるだろうし、無理にとは言わないが…… まぁ、日を改めて招待しても、私は一向に構わないぞ」

 

「無理しないでもいいよ、お姉ちゃん。帰ったらまた教えてあげるね」

 

 

 モモンガの隣で笑っているネムの顔が、一瞬だけ曇った気がした。

 ――そうか、両親は普段寂しい思いをさせているネムのために言ってくれたんだ。

 仮面で表情は読めないが――無くても骨だから分からないけど――モモンガもそれを分かっていて、自分の事も誘ってくれたのだろう。

 

 

「……モモンガさん、やっぱり私もお言葉に甘えていいですか?」

 

「ああ、もちろん歓迎するよ」

 

「やったー!!」

 

 

 妹がとても喜んでいる。

 恩人であるモモンガの家に行くのは少し緊張するが、これで良かったのだろう。

 妹とゆっくり過ごすのは久しぶりだし、モモンガ達に改めて御礼を言う良い機会でもある。

 そのまま笑顔のネムと手を繋ぎ、姉妹揃ってモモンガの家に招待される事になった――

 

 

「――ここがモモンガのお家だよ、お姉ちゃん」

 

「ようこそ、我がナザリックへ」

 

「……え?」

 

 

 モモンガの魔法で転移を何度か繰り返し、瞬く間に辿り着いたナザリックと呼ばれる場所。

 ――これは本当に『大きな家』程度で済まされる物なのだろうか。

 エンリは今、妹に騙された気持ちでいっぱいだった。

 もしかしたら夢を見ているのかもしれないと、自分の意識すらも疑った。

 

 

「あは、あはは……」

 

 

 緻密な彫刻が彫られた巨大な扉が開き、妹に手を引っ張られながらその先へ一歩ずつ踏み出していく。

 モモンガから「ここは第十階層にある玉座の間だ」と告げられたが、もはやエンリの耳には届いていなかった。

 目の前に広がる常識を超えた光景に、エンリは引きつった笑いしか出てこない。

 

 

「あはははは…… こ、これは夢。夢なんですね……」

 

「夢じゃないよ、お姉ちゃん。ほっぺた引っ張ってあげようか?」

 

 

 一糸乱れぬタイミングで聞こえてきた「いらっしゃいませ」の挨拶。

 出迎えてくれたのは一人一人が美し過ぎる容姿を持った、何十人ものメイド達。

 磨き上げられた大理石のような床の上には、豪華な真紅の絨毯が敷かれている。

 そして高過ぎる天井を飾るのは、幾つもの旗と光り輝く高級そうなシャンデリア。

 

 

(ネムのばかぁぁぁあ!! 言ってた事と全然違うじゃない!?)

 

 

 エンリは泣きそうになった。

 自分はちょっと大きなログハウスに行く程度の心積もりだったのだ。

 森や湖などの自然に囲まれている場所を想像していたのだ。

 

 

(どうしよう…… 私、いつもの普段着なんだけど……)

 

 

 断じて、決して、絶対に、こんな神域に招待されるつもりではなかった。

 これならお墓に連れて来られた方が、まだ精神的にマシだったかもしれない。

 

 

「凄いでしょ、凄いでしょ!! もしお姉ちゃんがモモンガのお嫁さんになったら、きっとすっごい玉の輿だよ」

 

「ちょっとネムっ、何を言ってるの!?」

 

「モモンガは優しいし、すっごく優良物件だと思うけどなぁ」

 

「あっはっは、ネムは難しい言葉を知っているんだな。もしそうなったらネムは私の義妹だな」

 

 

 エンリはニタニタと笑う妹に、小さな角と尻尾が生えている姿を幻視した。

 ――小悪魔だ。

 我が妹ながら、とんでもない事を口走ってくれた。

 機嫌良さそうに話している二人は気付いていないのか、それとも自分にだけ向けられているのか。

 ネムが冗談を口にした瞬間から、自分は恐ろしい何かに見られているような気配を感じている。

 

 

(ネム、その冗談は不味かったんじゃないかな……)

 

 

 エンリは恐怖で背筋がピンと伸びていた。

 笑顔で控えているメイドからの視線ではない。獲物を狩るハンターの如き視線に、どこからか狙われている気がする。

 おそらくは嫉妬。それも殺気と思ってしまう程の凄まじい密度の嫉妬心だ。

 不幸中の幸いなのは、モモンガが先程の言葉をちゃんと冗談だと受け取ってくれている事だろう。

 

 

「――さて、立ち話はこれくらいにして、次は第九階層の娯楽施設に案内しよう」

 

「あ、あのっ!! やっぱり私はそろそろお暇させていただきます。え、えっと、私着替えてなくて、働いていたので汚れてて、今も汗臭いかもしれませんし!!」

 

 

 年頃の乙女としては最低の言い訳だ。

 だが、これはある意味まるっきり嘘という訳でもなかった。

 さっきから冷や汗が止まらず、服が湿って体に張り付いている。

 それに今着ている服もあまり綺麗な物とは言えず、こんな場所をこの格好のまま歩くのは自分の精神が耐え切れない。

 高そうな調度品を汚したらと思うと、さっきから気が気ではないのだ。

 

 

「あー、失礼。それは申し訳ない事をした。女性に身支度をする暇も与えずに連れてくるなど、配慮に欠けていたな……」

 

「いえいえ、お気になさらないで下さい」

 

 

 モモンガが紳士的なアンデッドで本当に良かった。これで何事もなく村に帰れる。

 ――ごめんね、ネム。

 妹を一人で置いていくのは心配だが、あれだけ仲良しで何度も来ているなら今回も大丈夫だろう。

 

 

「……お姉ちゃん、帰っちゃうの?」

 

「あはは…… 流石にこんな格好じゃね」

 

「ふむ。それなら――」

 

 

 ネムの顔を見て申し訳なく思ったが、エンリは既にこの家から退散する決意を固めていた。

 妹と過ごす時間は、また別の機会に作ろう。

 妹がお世話になっている事も含めて、恩人であるモモンガ達へのお礼などは、また日を改めてからしっかりとしよう。

 少なくとも私の心の準備が出来てから――

 

 

 

 

 辺りに立ち込める温かい空気と白い湯気。

 室内なのに開放感すら感じられる、豪華で広々とした空間。

 水気を帯びた床は石材が敷き詰められ、上質な桶や椅子が幾つも並べて置かれている。

 そして見た事もない巨大な浴槽に、なみなみと張られた綺麗なお湯。

 

 

「……なんで?」

 

 

 エンリは一糸纏わぬ生まれたままの姿で、ナザリックの大浴場に立ち尽くしていた。

 もちろんタオルは手に持っているが、体を隠そうとする羞恥心すら驚きで抜け落ちていた。

 まぁ妹と二人っきりなので、そこまで気にする必要性がないという理由もあるが。

 

 

「お姉ちゃん、こっちだよ」

 

「あ、うん」

 

 

 エンリは同じく裸の妹に手を引かれながら、先程のやり取りを思い出す。

 

 

『ふむ。それならうちの大浴場にネムと一緒に入ってくるといい。ネムも興味があっただろ?』

 

『すぱりぞーとなざりっくの事だよね!! いいの!?』

 

『ああ、姉妹でゆっくり寛いでくるといい』

 

『やったー!! ありがとう、モモンガ!!』

 

『ふふ、風呂は良いものだぞ。私も大好きでよく入るからな』

 

 

 ――いやいや、どうしてこうなるの。

 お風呂というのは、開拓村などに住む一般的な平民にはあまり縁のない物である。

 カルネ村ではお湯を沸かすのも大変なので、普段は濡れた布で全身を拭く程度なのだ。

 

 

(あれだけのお湯を沸かそうと思ったら、どれだけ薪が必要なんだろう……)

 

 

 エンリは諸々の手間や燃料にかかる費用を頭に浮かべ、怖くなって途中で考えるのをやめた。

 自分達は圧倒的にお世話になっている立場であり、手厚くもてなされる身分でもない。こんな豪華なお風呂に入るなど予想外だ。

 ――ここに来てから予想通りだった事など、ただの一つもないが。

 モモンガは快く勧めてくれたが、本当に自分なんかが使っていい物なのだろうか。

 

 

「まずはここで全身を綺麗にして、その後でお湯に浸かるんだって」

 

 

 ネムが蛇口をゆっくりと捻ると、備え付けられたシャワーから心地良い温度のお湯が雨のように降り注いだ。

 ――なんて贅沢な設備なんだろう。

 妹もここを使うのは初めてのようだが、以前モモンガに色々と使い方を教えてもらったらしい。

 

 

「先に私が洗ってあげるね」

 

「ありがとう、ネム。でも本当にいいのかな? 私達が使っても……」

 

 

 ネムの提案は正直ありがたかった。

 自分では使い方が分からない物だらけだし、知らずに壊したらと思うと手が震えて触れない。

 

 

「いいの、いいの。甘えてばかりはダメだけど、好意は素直に受け取った方がいいよ? モモンガもその方が喜ぶよ」

 

「ふーん…… そういう物なのかな。ネムはモモンガさんの事、よく知ってるんだね」

 

「友達だもん。それに変に遠慮したら、モモンガも寂しい顔になるよ」

 

「顔は変わらないんじゃないかな……」

 

 

 意外な話――という程のものでもないのかもしれない。

 ネム曰く、モモンガは友人と作り上げたこのナザリックという場所を誇りに思っており、それをネムに披露するのが好きらしい。

 今までは周りが敵だらけで見せる相手もおらず、モモンガ達は異形種の集団故、お客さんもほぼ来たことがなかったのだとか。

 色々作り込んでみたものの、ほとんど使う機会がなかった施設も多いと話していたそうだ。

 

 

「かゆい所はない?」

 

「うん、大丈夫」

 

 

 エンリは妹にされるがまま、頭からつま先まで全身をピカピカにされた。

 使っている石鹸が高級なのか、既に自分達の体からは良い匂いしかしない。

 

 

「あっ、凄い。髪もサラサラになってる」

 

「しゃんぷーのおかげだよ。モモンガは髪がないから上手く説明できないって言ってたけど、髪専用の石鹸なんだって」

 

「へぇー」

 

「あとはこんでぃしょなーの効果だって。私もちゃんとは知らないけどね」

 

 

 自身の髪に指を通すと、一切の引っ掛かりがなくなっていた。頭髪の隅々まで潤いを取り戻し、傷んでいた髪の一本一本が元気になったように感じる。

 流石専用の石鹸。凄い効果だ。

 

 

「ふわぁぁ…… このお湯、良い匂いだねぇ」

 

「そうだねぇ」

 

 

 黄色い果実が浮かんだお湯にゆっくりと浸かり、姉妹揃って緩み切った表情をしていた。

 お湯から漂う柑橘系の香りが、とても爽やかな気分にさせてくれる。

 

 

「ああぁぁ、疲れが溶けていく……」

 

 

 最初は自分が入る事でお風呂を汚してしまわないか不安で、端の方に小さく縮こまっていた。

 だが、段々とお湯に浸かる気持ち良さに負けてしまい、しっかりと足を伸ばして堪能してしまった。

 

 

「お風呂って、こんなに良いものだったんだぁ……」

 

「お姉ちゃん、他にも色んな種類のお風呂があるんだってさ」

 

「じゃあ、後でそっちも行ってみよっか」

 

 

 エンリはゆっくりと息を吐きながら、湯船の中で全身を伸ばした。

 温かさが体にじんわりと染みてきて、体中の筋肉がほぐれていく感覚がする。

 ――うん、この快感には誰も抗えない。

 普通のアンデッドが風呂を好むのかは知らないが、モモンガが大好きだと言った理由もよくわかる。

 

 

「こっちのお湯も気持ち良い……」

 

「よく分かんないけど、光ってて凄いお湯だね」

 

 

 普段は働いている太陽も高い時間から、この超がつく贅沢行為。

 数種類のお風呂を楽しむなんて、貴族でも簡単には出来ないのではないだろうか。

 自分は歴とした平民だが、まるでどこかのお姫様にでもなった気分だ。

 

 

(食べ物をお湯に浮かべるなんて、モモンガさんはどれだけお金持ちなんだろう…… ま、いっかぁ)

 

 

 すっかり色んなお風呂を堪能して、身も心も完全にリラックスしてしまった。

 エンリは緊張が緩み切っていたのだろう。

 ――そう、完全に油断していた。

 脱衣所に戻ると脱いだ服がなくなっており、メイドに新しい服を渡されても、エンリはさほど考える事なく袖を通した。

 

 

「では、そのままこちらへどうぞ。先程の服はお帰りになる際にお返ししますね」

 

 

 見た目はそれほど華美ではないが、渡された服は肌触りが良くて着心地も最高だ。

 そういった魔法が掛かっているのか、サイズも自分達にピッタリである。

 

 

「気持ちよかったね、お姉ちゃん」

 

「そうだね、ネム」

 

 

 エンリとネムは二人でお揃いの服を着たまま、少し緩んだ笑顔でメイドの後についていった。

 磨き上げられた廊下を歩いていると、エンリは段々と体の火照りが冷めてきた。

 

 

(――あれ? 私、何しに来たんだっけ。よく考えたら、今とんでもない経験してるんじゃ…… というか、私まで更にお世話になってどうするの!?)

 

 

 ついでに冷静な思考も戻ってきた。

 

 

「ふふふ。その様子だと、お風呂は満喫してもらえたようだな」

 

 

 だがもう遅い。

 ここはメイドが開いた扉の先。

 自分は既に、魔王(モモンガ)の部屋に踏み込んでいる。

 

 

「とっても気持ちよかったよ!! ね、お姉ちゃん」

 

「は、はい!! あんな豪華なお風呂を使わせて頂き、ありがとうございました。とても気持ちよかったです」

 

「そうかそうか。それは良かった」

 

 

 今は自分の家にいるのだから当たり前だが、モモンガは仮面を着けていない。見た目は完全に骸骨の魔王だ。

 恩人であるモモンガを怖がる気持ちなど、エンリには全くない。だが、恐ろしい白骨の顔で優しい声を発してくる事には、凄まじいギャップを感じていた。

 今更ながら妹の胆力に驚く。

 最初にどうやって仲良くなり、最終的に友達にまでなったのだろう。

 

 

「実はささやかだが昼食の準備をしていてな。そろそろお腹も空く頃だろう。二人ともここで食べていくといい」

 

「前に言ってた、お友達が考えた特別なご飯?」

 

「中々鋭いな。正解だ。ネムが食べてくれれば、考案したアイツもきっと喜ぶだろう」

 

 

 この流れは不味い。

 モモンガが嬉しそうな声で提案しているので、妹は喜んでご馳走になるだろう。

 だが、自分までこれ以上お世話になるのは本当に申し訳ない。

 

 

「エンリはどうする? ネムとは別の料理も用意出来るが、何か好き嫌いなどはあるかな?」

 

「そ、そこまでお世話になる訳には…… 私は大丈夫です!! 全然お腹も空いていな――」

 

 

 ――ぐぅぅ。

 

 さほど大きな音ではない。しかし、部屋にいる者には確実に聞こえる大きさの音。

 口にした言葉とは裏腹に、私のお腹は素直に自己主張してきた。

 

 

「お姉ちゃん……」

 

「エンリ……」

 

 

 骸骨と妹のとっても温かい視線。

 お風呂から上がって一度冷めたはずなのに、再び顔が火照ってくる。

 何故だろう。そんな事はあり得ないはずだが、二人が同じ表情をしている様に見えた。

 

 

「……妹と、同じ物でお願いします」

 

 

 耳まで真っ赤に染まっているであろう私は、そう呟くのが精一杯だった。

 

 

 

 

 食事の席に着いているのは三人。

 二人の少女は横並びに座り、テーブルを挟んだ向かいにはモモンガが座っていた。

 ネムはワクワクとした表情で、これから食べられる料理を心待ちにしているようだ。

 エンリは少し緊張した様子だが、それでも興味は抑え切れないのか、目の前に置かれた物をしげしげと見つめていた。

 

 

(エンリにはネムとは別の料理の方が良い気もしたが…… まぁ本人が同じ物を望んだんだし、それでいいか)

 

 

 銀で出来たドーム状の蓋――クローシュとかいう名前らしい――を給仕役のメイドが取り去ると、二人は揃って感嘆の声を上げた。

 

 

「本日のメニューは至高の四十一人のお一人、ペロロンチーノ様が考案された『至高のランチプレート』でございます」

 

 

 中から現れたのは美しく盛り付けられた料理――ハンバーグ、エビフライ、ナポリタン、フライドポテト、タコさんウィンナーにオムライスだ。

 そして用意されたデザートは、生クリームとさくらんぼが添えられたプリンである。

 どれも食欲をそそる香りを漂わせているが、村に住む人間には馴染みのない物ばかりだろう。

 

 

(へー、俺も実物は初めて見るな。でもこれって、完全にあの手のゲームからの知識なんだろうな……)

 

 

 一枚の皿の上にメインとなる料理が複数あるという、モモンガもリアルでは見た事も食べた事もない贅沢なメニューだ。

 これを考案したペロロンチーノも、恐らく二次元でしか見た事がないはずだ。

 

 

「うわぁ、凄い……」

 

「これを、私達が……」

 

 

 エンリとネムはどれから手をつけたら良いのか、二人して迷っている風に見えた。

 この料理を初めて食べる人にとって、それは当たり前に通る道と言える。

 料理の一つ一つはミニサイズになっているが、子供の好きそうな食べ物がこれでもかとワンプレートの中に凝縮されているのだから。

 

 

「さぁ、コース料理でもなんでもないし、マナーなど気にせず好きに食べてくれ」

 

「これも食べられるの?」

 

 

 そして極め付けは、オムライスに刺さった小さなギルドの紋章旗。

 ネムが疑問に思うのも無理はない。食べ物に旗が刺さっているなんて、普通に考えたら意味不明だ。

 この世界の人間――しかも辺境の村出身――からすれば、どうしたらいいか分からないに決まっている。

 

 

「その旗はただの飾りだから、食べる時は外していいぞ」

 

 

 モモンガが声をかけると、二人はフォークとスプーンが一つになった可愛らしい食器を手に取った。料理そのものだけでなく、細部のアイテムにも凝っているらしい。

 ちなみに小さなおもちゃもセットで準備されていたが、流石にそれはモモンガの判断で省いておいた。

 こんな物まで用意しているとは、ペロロンチーノはこの料理を再現するにあたって相当なこだわりがあったようだ。

 このレシピを何のために用意していたのかは、友人の名誉のために深く考えないでおくが。

 

 

「――っ美味しい!!」

 

 

 ハンバーグを口に入れた瞬間、カッと目を見開いたネム。

 噛み締めるように咀嚼して飲み込むと、満面の笑みで美味しさを表現してくれた。

 これにはモモンガも眼福である。

 

 

「流石はナザリックが誇る料理長だな。うむ。このお茶の香りも素晴らしいぞ、シクスス」

 

「あぁ、勿体なきお言葉に感謝いたします」

 

 

 モモンガは同席しているが食事は出来ないため、メイドが入れてくれた飲み物の香りだけ味わっていた。

 いつもの事なので自分は慣れつつあるが、一般メイドはモモンガの言葉に過剰に反応している。

 感激のあまり、目の端に涙が浮かぶほどだ。

 

 

(そこまで反応する程の事じゃないと思うんだけどな…… やっぱり活躍の場が少ないシモベ達にも、何か新しい仕事を考えるべきか)

 

 

 アンデッドの肉体になってから食欲などの欲求は消えたが、物を食べられない事を残念に思う気持ちがない訳ではない。

 だが、今は目の前の二人の顔を見るだけで、モモンガも十分に食事の時間を楽しめていた。

 

 

「ん〜、本当に美味しいです!!」

 

「こっちのも凄く美味しいよ、お姉ちゃん!!」

 

 

 エンリも緊張はどこかに吹き飛んだようで、すっかりナザリックの料理の虜になっている。

 美味しそうに料理を頬張る顔はネムとそっくりで、モモンガは姉妹の似ている姿を見て微笑ましく思った。

 

 

「……あの、私の顔に何かついてますか?」

 

「いや、すまないな。本当に美味しそうに食べてくれているものだから、嬉しくてね」

 

 

 食事の手が止まったエンリに、モモンガは軽く謝りながら反省する。

 エンリの年齢は確か十六か十七歳くらいだったはずだ。こんな風にまじまじと見られれば、気恥ずかしくもあるだろう。

 

 

「お姉ちゃん、ほっぺにソース付いてるよ」

 

「えっ、嘘!? って、ネムも付いてるじゃない!!」

 

「あ、本当だ。あははは――」

 

 

 姉妹で仲良く食事をしながら笑い合う少女達。

 きっとこの姿を見れば、ペロロンチーノは涙を流して感動するのだろう。

 もしかしたらタブラ・スマラグティナも、料理の内容も含めてギャップ萌えとして喜ぶかもしれない。

 

 

(それにしても、ユグドラシルでデータが存在しないはずの味はどうやって決まったんだろうな。食材ごとにあるフレーバーテキストも、そこまで詳細には書かれていなかったはずだが……)

 

 

 二人ともメインの料理を綺麗に平らげ、残すところは後一品。

 決して他所では味わえないであろう、至極のデザートだ。

 

 

「甘ーい」

 

 

 クリームの白色、カラメルのべっ甲色、薄いクリーム色の本体。プリンを彩る三色が織りなす甘美なハーモニー。

 その上質で強烈な甘みに、エンリは口の中を優しく蹂躙されていた。

 

 

「デザートもとっても美味しいっ。料理長さん、やっぱりすごーい!!」

 

「あぁ、こんな甘さがあるなんて…… 幸せだなぁ」

 

 

 村で食べられる甘味といえば、果物などが精々だろう。

 二人はプリンを口に入れる度、ウットリと幸福に満たされた顔をしていた。完全に骨抜きである。

 ――ちなみにプリンを食べた時の表情は、エンリの方が確実にネムより緩んでいた。

 

 

(ぶくぶく茶釜さん、やまいこさん達と同じで姉か…… まぁしっかり者でも、エンリだってまだまだ子供だよな)

 

 

 最後に残った一口、赤いさくらんぼまで二人はしっかりと味わってくれた。

 きっと二人ともこの料理を食べるのに相応しい少女だったのだろう。

 食べ終わった後の彼女達の幸せに満ちた表情は、何よりもそれを証明していた。

 

 

「ご馳走様でした。どれも本当に美味しかったです、モモンガさん」

 

「ごちそうさま。凄く美味しかったよ、モモンガ」

 

「ふふふ、ありがとう。私も見ていてお腹いっぱいになれたよ。二人が気に入ってくれて、本当に良かった」

 

 

 それにモモンガ自身は、どんな年齢の人間がこれを食べようと構わないと思っている。お酒と違って人体への影響がある訳でもないし、ちゃんとしたルールがある訳でもないのだ。

 

 

(これは言わぬが花、だよな……)

 

 

 モモンガは空気の読める紳士的アンデッドである。

 この料理の通称が『お子様ランチ』であるという事は、エンリには最後まで伝えなかった。

 

 

 

 

おまけ〜モモンガはモテモテ〜

 

 

 今日はモモンガに招待され、姉と一緒にナザリックを色々と見て回った。久しぶりにお姉ちゃんとずっと一緒だったので、とても楽しかった。

 ご飯も凄く美味しかったし、誘ってくれたモモンガには本当に感謝しかない。

 姉も驚かせることが出来て今日は大満足だ。

 

 

「もうこんな時間かぁ……」

 

「楽しい時間はあっという間だな。二人ともまた招待するよ。さて、家の前まで送るとしよう」

 

「ありがとうございます、モモンガさん」

 

 

 

 名残惜しいがもう直ぐ夕暮れになる。

 そろそろカルネ村に帰ろうと思った時――

 

 

「――あら、もう帰るところなのね」

 

 

 

 ――凄い美人が現れた。

 

 

 

「アルベド、何か緊急の報告か?」

 

「いえ、折角ですからお客様にご挨拶をと思いまして」

 

 

 久しぶりに会ったけど、やっぱりアルベドは凄い美人だ。白いドレスが良く似合っている。

 

 

「貴方がネムの姉のエンリね。私はナザリックの守護者統括、アルベドよ。そして――」

 

 

 あと、姉の前に立つと色々と差が凄い。

 

 

「――モモンガ様の妻です!!」

 

 

 アルベドがハッキリと姉に向かって宣言した。モモンガは独身だったと思うけど、最近結婚したのだろうか。

 本人に聞こうと思ったら、モモンガは口をぱっかりと開けてフリーズしていた。

 

 

「は、初めまして、ネムの姉のエンリ・エモットです。前に村を助けてくださり、本当にありがとうございました。モモンガさんには妹もいつもお世話になっていて…… えと、その、こんなお綺麗な方と結婚していたんですね」

 

「ええ、そうよ。私こそがモモンガ様のつ――ぐぼぉっ!?」

 

 

 美女が発してはいけない系の声が漏れた。

 声と一緒に鈍い音が鳴ったかと思ったら、急に視界からアルベドの姿が消えてしまった。

 

 

「――モモンガ様、わたしもご挨拶に参りんした」

 

「そうか…… 手短に頼むぞ」

 

 

 代わりに現れたのも、これまた超が付く美少女だった。

 前にペットを見せてくれたアウラもそうだけど、ナザリックには綺麗な人が多い。

 モモンガは諦めたような雰囲気で、どこか遠いところを眺めていた。

 

 

「初めまして、ネム・エモットです」

 

「うふふ、中々可愛らしい顔でありんすね。ネムとはいつか会ってみたいと思っていたでありんす」

 

 

 一瞬だけ何か鈍器の様な物を持っていたように見えたけど、きっと見間違いだろう。

 ニッコリと微笑み、優雅にスカートの裾を摘んでいる彼女の手には何もない。

 

 

「わたしの名前はシャルティア・ブラッドフォールン――」

 

 

 フリルやリボンの装飾が多いボールガウンに身を包んでおり、アルベドのドレスと違って肌の露出は全然ない。

 見た目は自分より少し年上くらいだろうけど、とても綺麗な顔をしている。髪は銀髪で、真っ白な肌に紅い瞳が特徴的だ。

 アルベドが妖艶な美女だとしたら、この人は可憐な美少女といったところだろう。

 

 

「――モモンガ様の妃でありんす!!」

 

 

 またしても似た様な宣言だ。

 モモンガのお嫁さんっぽい人が増えてしまった。

 

 

「モモンガのお嫁さんなんですか?」

 

「そうでありんす。さっきのアルベドの言葉は聞き流して構わないでありんすよ」

 

 

 どれが本当の事かは分からないけど、モモンガがモテモテだということは分かった。

 実はモモンガの顔って、人じゃない目線からだと凄くイケメンなんだろうか。

 

 

「そう、わたしこそがモモンガ様の真の――げぇっふぅ!?」

 

「シャルティアぁぁ…… 不意打ちとはやってくれたわね」

 

「くっ、最初にふざけた事をぬかしたのはそっちでしょ!! この大口ゴリラぁ!!」

 

「そっちこそ何が妃よ!! このヤツメウナギがぁ!!」

 

 

 いきなり目の前で取っ組み合いの喧嘩が始まってしまった。

 思わず姉と顔を見合わせるが、あまりの形相に割って入る気も起きない。

 美人はどんな表情でも綺麗だというけれど、限度はあるらしい。

 

 

「はぁ、アルベドもシャルティアも何をやってるんだか…… 二人の言ったことは冗談だ。気にしなくていいぞ」

 

「うん。モモンガはまだ結婚相手募集中って事だよね?」

 

「勘弁してくれ……」

 

 

 額に手を当てて、深くため息をつくモモンガ。

 とっても美人な部下の人達からこんなに好かれているのに、結婚願望はあんまりなさそうだ。

 でも、外堀を埋められそうになってて大変そう。

 

 

「お姉ちゃんじゃ無理だね」

 

「ん? ネム、何か言った?」

 

「なんでもないよ、お姉ちゃん。……いつか素敵な人と結婚出来るといいね」

 

 

 背後では何かがぶつかり合う音が連続で響いている。きっとあの二人が目にも留まらぬ速さで殴り合っているんだろう。

 

 

「……私、なんでそんなに心配されてるの?」

 

「周りに結婚出来そうな男の人、全然いないよ?」

 

 

 姉では色んな意味で対抗するのは無理だと、私は悟った。

 ンフィーレアを逃したのは、この姉にとってつくづく惜しかったかもしれない。

 

 

 




鳥「妹を利用して姉を家に連れ込み、両方ともひん剥くとは……」
蛸「姉の年齢が絶妙なところが素晴らしい。流石はギルド長、ギャップ萌えを分かってますね」
鳥「お子様ランチを使った時間差の羞恥プレイとか流石っすわ。いつ教えてあげるんですか? 妹の前でバラすんですか?」
骨「おい」

いつも沢山の感想&評価ありがとうございます。
小ネタへの反応、色んな共感、ツッコミ等があってとても嬉しいです。
モモンガ様に自分のいれた紅茶を振る舞えたり、直に褒められるチャンスが回ってくるので、ネムが来る事を一般メイドは大歓喜してます。
姉妹をスライム風呂に入れるネタは流石に書けなかったよ……



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