不思議の墳墓のネム   作:まがお

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期間が空いてしまったので、あらすじ&簡単な設定のおさらい

「ドーモ、課金の竜王です」
「イグヴァルジが死んだ!?」
「私は無理せずがんばろっと」
「流石はモモンガ様……」

モモンガ  :ネムの友達。この物語の主人公、もしくはヒロイン枠。骸骨。
ネム    :モモンガの友達。時々凄いクリティカルを起こす。普通の少女。
デミウルゴス:至高のお考えと奇跡の発想を形にする。事の原因は大体この悪魔。

今回はタイトル通り、色んな悩みを抱える者達のお話です。


悩める者達

 スレイン法国の最奥に位置する神聖不可侵な領域。

 この部屋に入る事が許されているのは、神官長や各機関の最高責任者など、合わせて十五名にも満たない限られた人間のみだ。

 法国では一定以上の立場の者は給料が安くなる――私欲に塗れた者が上に立たない様にするため――仕組みになっている。

 つまり、ここにいる者達は皆、身を粉にして人類を守護する気概のある者だけだ。

 

 

「はぁ…… 歳のせいか、会議の内容を聞くだけでも泣きそうになりますな。そろそろ後釜を考えるべきだな」

 

「それは大変だ。心臓に毛すら生えた皆様がそうおっしゃるなら、ますますこの会議は若者には任せられまい。是非とも長生きして、神官長を続けていただかなければ」

 

「老後の余生を楽しむ暇もないとは。まったく世知辛いものだ」

 

 

 そんな彼ら自身の手によって磨き上げられ、清められた特別な空間は、神秘的な輝きに満ちている。

 しかし、その輝きに反して、円卓の上は淀んだ溜息で溢れていた。

 

 

「――消息不明になった陽光聖典の扱いはどうなっている?」

 

「竜王国からも救援の催促が来ておる。このままだと国が滅ぶとな」

 

 

 竜王国――国境にもなっている巨大な湖で隔てられた、法国の東に位置する国だ。

 この国は長い間、近隣にあるビーストマンの国から侵攻されており、国家滅亡の危機に瀕している。

 事態はかなり切迫しており、自国の力だけでは都市の防衛も満足に出来ていない。法国が秘密裏に兵力を貸し出す事で、ギリギリ耐えている状態である。

 

 

「今は第一班の班長だったイアン・アルス・ハイムを隊長代理として、予備隊員を指揮させている。……だが、正直なところ部隊としての練度がまるで足りん。竜王国への援軍として送り出すのは厳しいぞ」

 

 

 その竜王国への援助として、法国が毎年派遣していたのが陽光聖典である。

 だが、光の神官長を務めるイヴォン・ジャスナ・ドラクロワの顔には、厳しいどころかハッキリと無理だと書いてあった。

 

 

「竜王国への援助は諦めるしかあるまい……」

 

「また人類の生存圏が大きく狭まるのか。我々にとって、いや、人類にとってあまりにも大きい損失だ」

 

「いっそ『一人師団』だけでも派遣するか? あの者ならビーストマンの軍隊が相手でも戦えるはずだ」

 

「他の任務との兼ね合いを考えると、悩みどころだな。やはり陽光聖典の抜けた穴は大き過ぎる……」

 

「仕方あるまい。ニグンは一人の戦士としても、隊長としても非常に優秀な男だった。陽光聖典が以前の戦力を取り戻すには、相当な時間がかかるだろう」

 

 

 消息不明とは言ったが、陽光聖典の隊員が生存している可能性は低いと、この場の誰もが理解している。

 巫女姫の大儀式により第八位階魔法――〈次元の目(プレイナーアイ)〉を使用し、一度は捜索も試みた。

 しかし、ニグンを対象に魔法を発動する事が叶わなかった。

 人類では決して届かない神域の魔法が失敗するなどあり得ない。不発に終わった原因も分かりきっている。

 ――見つける対象が既にこの世に存在しないという事だ。

 そのため、神官長達の言葉には亡き戦友を悼む気持ちが入り混じっていた。

 

 

「それで、陽光聖典を全滅させた者達の正体は判明したのか?」

 

「私の方でも進展はなしだ。王国内部の情報を密偵に探らせたが、あの国の上層部はロクに調べてもいない。戦士長の報告がほぼ全てと言っていい。それすら眉唾ものの話と思われているようだがな。全く愚かな事だ……」

 

 

 場の空気が変わり、神官長達の目にも険しさが戻る。

 気になるのは当然、陽光聖典を倒した存在についてだ。

 風花聖典が収集した情報に期待が集まったが、視線を向けられた風の神官長はゆっくりと首を横に振るう。

 

 

「リーダー格と思われる仮面の人物は、『モモンガ』と名乗る魔法詠唱者(マジックキャスター)。後は全身鎧の戦士、老齢の執事と魔法が使えるメイドが幾人か。……そして、左右で異なる色の瞳を持つダークエルフの子供。これ以上の情報は入っておらん」

 

 

 以前の会議でも伝えられた事が再度繰り返され、神官長達は苦しげに頭を捻る。

 王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ暗殺任務に従事した者達は誰一人帰らず、手を尽くしても僅かな情報しか得る事は出来なかった。

 

 

「一応過去数十年の記録も追ってみたが、該当する集団は近隣諸国には存在しない」

 

 

 この集団は非常に謎が多い。

 集めた数少ない情報によれば、転移の失敗により遠方からやって来た旅人とある。

 

 

「単なる旅人というのは、間違いなく嘘だな。ニグンには秘宝を託していたが、使う暇も与えずに倒したのだろう。惜しい事に秘宝も処分されてしまったのだろうな」

 

「我が国の精鋭中の精鋭を退けられる旅人など、早々いてたまるものか」

 

「もしや、二百年振りの神の降臨ではないか? 口伝で伝えられた周期的にはそろそろだろう」

 

「流石にそれはなかろう。村を救った後の行動があまりにも大人しすぎる。我らが六大神しかり、八欲王しかり、善悪にかかわらず神は強大な力を持つのだからな」

 

「その後の目撃情報が全くないのも異常だ。モモンガと思われる仮面の男は、時折カルネ村に現れているそうだが……」

 

 

 だが、この時点でかなり怪しい。

 失敗と言えど、複数人を長距離転移させる魔法を使ったと言うのだから。

 村人達は凄い魔法くらいにしか思わなかったのかもしれないが、これが本当ならば英雄の域を超えた逸脱者クラスの偉業だ。

 

 

「やはり、その者達はダークエルフの王族ではないか? 仮面を着けた王など聞いた事はないが、王族ならば護衛を兼ねたメイドや執事を連れていても、不思議ではあるまい。彼らの異常な戦闘力にも頷けるというものだ」

 

「あの裏切者と同じ瞳か……」

 

「エイヴァーシャー大森林のエルフ王とは別の血筋かもしれんな。どちらにせよ、特別な血を持っているのは間違いなさそうだ」

 

「目撃情報がないとすれば、トブの大森林に潜んでいる可能性も捨て切れないな。陽光聖典を全滅させる程の力があれば、あの森に住む事も可能だろう」

 

「業腹だが少なくとも敵対は避けるべきであろう。村を救う程度の正義感は持ち合わせているようだしの。場合によっては陽光聖典の件は水に流し、こちら側に勧誘する事も考えられますな」

 

 

 そして、神官長達が特に気にする情報の一つ――その場にいた闇妖精(ダークエルフ)の子供の瞳は左右で違う色だった。

 オッドアイは森妖精(エルフ)の王族に見られる特徴である。法国が現在戦争をしているエルフの国の王も同じ特徴を持っており、かなりの強者である事が知られている。

 故にその事を知る彼らは、陽光聖典を倒した事も含め、謎の集団の戦力に最大限の警戒をしていた。

 

 

「――そろそろ次の議題に移らせて頂きます。トブの大森林に現れた『ガーチャー・ドラゴンロード』なる存在ですが、エ・ランテルのミスリル級冒険者が一名殺害された以外の被害は報告されておりません。現在では――」

 

 

 多くの意見は挙がるが、どれも推測の域を出るものは無く、今後の方針を大きく動かす決め手とはならなかった。

 結局この謎の集団に対しては、情報を集めつつ静観の構え――つまるところ現状維持である。

 一つの議題で時間を浪費するわけにもいかず、明確な答えの出ぬまま会議は次々と進められていく。

 

 

「次に、ローブル聖王国に強大な悪魔が現れた件ですが…… なっ!?」

 

 

 議題を淡々と読み上げていた進行役の口が止まり、驚愕と嫌悪がその顔に浮かんだ。

 その様子を不審に思った参加者は、素早く次の資料に目を通す。

 そして、皆が進行役と似たような表情になった。

 

 

「……これはどういう事だ? いや、ここに書かれている事は事実なのか?」

 

「諜報部による裏付けも取れているようだ。……信じがたいことだが」

 

「一夜にして南北に連なる城壁が崩壊。現れた悪魔達を聖王国の人間と、アベリオン丘陵の亜人が協力して倒したとあるな。その後、亜人達との和解と共存を聖王女が目指しているとも……」

 

 

 ローブル聖王国――法国の西にある国で、巨大な湾によって領土が南北に分かれる形をしている。スレイン法国程ではないが宗教色の濃い国だ。

 しかし、宗教の違いから衝突することが無いとは言えない間柄だ。

 また、両国の間には亜人の住む地域――アベリオン丘陵が広がっているため、それほど強い国交がある訳でもない。

 しかし、それらを踏まえてもこの情報はあまりに突飛過ぎた。

 

 

「くっ、百歩譲って亜人と共同戦線を張るのは理解出来る。先に襲われたのは亜人どもの集落だったようだが、結局勢いが衰えることなく城壁まで破られておる。そうでもしなければ倒しきれない程の悪魔だったという事だ」

 

「それについては私も納得はしないが理解は出来る。生き残るための最善だったのだろう。だがっ、何故その後に和解まで踏み切った。いや、踏み切れたのだ!?」

 

 

 聖王国は南北に連なる巨大な城壁を築き、それによって長年亜人の侵攻を防いでいた。

 国民はアベリオン丘陵に住む亜人の襲撃に日夜悩まされていたので、彼らの持つ亜人への悪感情は強いはずなのだ。彼らと古くから親交のあった人魚(マーマン)などの亜人を除けば、手を取り合うなどあり得ない。

 

 

「人喰いの化け物と手を取り合うなど、一体何を考えているのだ。あの聖王女は本気で亜人と仲良く出来ると思っているのか?」

 

「カルカ・ベサーレスか…… あの王女は確かに善良だが、帝国と違って強行な政策が取れる性格の王ではなかったはずだ。南部の貴族達の反発を抑えられたとも思えんが……」

 

 

 そもそも今代の王、カルカ・ベサーレスは聖王国の歴史上初の女王だ。

 性別や即位の経緯などを理由として、内心では認めていない貴族も多く、国のまとまりも良くはなかったはずである。

 

 

「聖王女に反発していた南部の主な勢力は、悪魔の手によって大多数が死亡。悪魔に応戦した聖騎士団は、あの有名な団長も含めてかなりの数が戦死しておるな」

 

「この報告も見るといい。何とも都合の良い事に、亜人達の中でも積極的に聖王国に侵攻していた種族は、今回の戦争でかなり数を減らしたそうじゃ……」

 

「なるほど。どう足掻いても互いに争っている場合ではない状態という事だな」

 

「そして聖王女に反発しそうな勢力は軒並み墓の下と」

 

「いくらなんでも話が出来すぎている。まるで何者かが聖王国と亜人を結ぶために、悪魔の襲撃を起こしたみたいではないか?」

 

「だが、一体誰が得をするというのだ? レメディオス・カストディオを筆頭とする聖騎士団や、丘陵に住む亜人はかなりの強者が揃っていたはずだ。それを相手にこれ程の被害を出した悪魔を、使役していた者がいるとも思えんが――」

 

 

 希望という名の出口が見えない、彼らの憂鬱な会議はその後も続く。

 各国で人の手によるものとは考えられない、資材などを狙った大規模な盗難が起こり、盗みの神の再臨が噂されている事。

 帝国もその盗難被害に遭い、今年は戦争を仕掛けられず、王国を併呑させる計画が遅れている事。

 リ・エスティーゼ王国の新たな王となったザナックが妙に優秀すぎる件。

 エルフの国との戦争の被害状況。

 法国の秘宝を盗み出した裏切り者の行方。

 

 

「――はぁ。いっその事『破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)』を使えるなら、王国の悪徳貴族を一掃してやりたい気分だ。その方が戦士長を暗殺するより、早く人類が纏まるのではないか?」

 

「滅多な事を言うものではない。どうせなら亜人の国に送り込んでやりたいものよ」

 

「どれも手が足りぬな。引退した聖典の者を呼び戻すか?」

 

「心苦しくはあるが、良い考えだ。決して無理強いは出来んが、せめて儂ら並の給料を払ってやるとしよう」

 

 

 人類の守り手らしからぬ冗談が口から滑るほど、彼らは精神的に疲弊していた。

 会議の中で何一つ吉報と呼べるものはなく、彼らの溜息だけが増え続けていくのだった。

 

 

 

 

 ネム・エモットの朝は早い。

 ――と、私は個人的にそう思っている。

 太陽が昇って空が明るくなった頃に、いつも眠気を堪えて頑張って起きている。

 父や母はもっと早く起きているみたいだが、自分にはこれが精一杯だ。

 毎日の仕事が決まっている訳ではないので、とりあえず朝は早く起きて、母や姉の手伝いをするのが私の日課となっていた。

 

 

(よしっ、今日も一日頑張ろう!!)

 

 

 いつも通りの日常を過ごし、現在の時刻は昼過ぎだ。

 今日はモモンガと冒険をする予定もなく、家族から急いでするようにと頼まれた仕事も残っていない。

 昔なら空いた時間――偶に仕事をサボったりもしてた――は近所の子と遊んでいたが、アレ以来遊ぶ事はめっきり少なくなった。すぐに遊びに誘える相手もおらず、今は完全に手持ち無沙汰だ。

 一人で暇を潰すのは寂しいしつまらない。どうせなら母か姉に、何か手伝える事がないか聞いてみよう。

 

 

『――ネム、聞こえるか? 私だ、モモンガだ』

 

 

 そう考えた矢先、突然頭の中に直接声が響いてきた。

 

 

「っうん、聞こえてるよ」

 

 

 ほんの少しだけ驚いたが、声の主は間違いなくモモンガだ。

 私は慌てる事なく、頭に手を当てながら落ち着いて返事を返す。

 

 

『いきなり連絡してすまない。今は話しても大丈夫か?』

 

「全然大丈夫だよ。どうしたの?」

 

 

 虚空に向かって急に喋り出した私を、家族は一瞬だけ怪訝な目で見つめてきた。

 だけど、会話の相手に思い至ったのか、直ぐに納得した様子を見せた。

 

 

『緊急の用事という訳ではないが、少しネムと話がしたくなってな。……もし時間があればでいいんだが、ちょっとだけ会えないか? もちろん用事があれば別の機会で構わないんだが』

 

 

 優しいモモンガらしい、私に気を遣った控えめなお誘いだ。でも声に元気というか、覇気がない事が少し気になる。

 もしかしたら、これは相談事でもあるのだろうか。

 

 

「うん、いいよ!!」

 

 

 ――自分の事を頼ってくるかもしれない。

 力になれるかは分からないけど、どんな話でも聞いてあげよう。

 困っているモモンガには少し悪いけれど、私の声は少しだけ弾んでいた。

 

 

「お母さん、お姉ちゃん、ちょっと出かけてくる!!」

 

 

 背中越しに「いってらっしゃい」の声を聞きながら、私は家を飛び出した。

 

 

 

 

 村のほど近く、小鳥のさえずりや野良猫の鳴き声、風の音が聞こえる落ち着いた空間。モモンガはご丁寧に魔法を使ってまで、周りに人がいないかを確認していた。

 今日の話はよほど他の人に聞かれたくない事なのだろう。

 周囲に誰もいないことを確認した原っぱに座りながら、モモンガはぽつぽつと語り始めた。

 

 

「実はな、周りの期待がめっちゃ重いんだ……」

 

「うんうん」

 

 

 私は「知ってる」という言葉を飲み込みながら、相槌を打ってモモンガに続きを促す。

 

 

「特に賢すぎる部下の…… ぶっちゃけるとデミウルゴスの考えている事が、本気で分からないんだ」

 

 

 予想通り相談事があったみたいだ。

 地味な茶色のローブを纏い、ぼんやりと空を見上げるモモンガには、なんとも言えない哀愁が漂っている。

 

 

「デミウルゴスさんの?」

 

「ああ。この前なんか、危うく世界征服を始めようとしてたし…… 今でも異世界を制覇しようと画策したり、挙句の果てに『ナザリック移動要塞化計画』とか、もう意味が分からん!!」

 

 

 珍しい事に今のモモンガは完全に素の声だ。

 冒険中や部下の前で使っている低めの声ではなく、口調も仕草も全部砕けている。

 

 

「世界征服は分かるけど、移動要塞って何のこと?」

 

「俺にも分からん。あいつが何を思って提案してきたのか、頭の良いやつの考える事はさっぱりだ。一体どこからその発想が出てくるのやら……」

 

 

 お手上げとばかりに両腕を上げ、そのままモモンガは寝そべる様に後ろに倒れ込んだ。

 こんな姿を見せるのも非常に珍しい。

 モモンガは支配者だから、ナザリックではいつも気を張っているのかもしれない。

 きっとカルネ村の村長より何十倍も重い責任と期待を一人で背負い続けて、疲れてしまったのだろう。

 

 

「デミウルゴスさん、とっても賢いよね。そういえば、この間も勉強を教えてもらった時に何か思いついてたよ」

 

「そうなんだよ。頭良過ぎなんだよ。こっちが全く身に覚えのない作戦とか、ガンガン進めててさ。でも周りの部下はみんな優秀だから、上手くいってるみたいなんだ」

 

「上手くいってるならいいんじゃないの?」

 

「いや、深読みのし過ぎで何故か俺の手柄になってる時もあるんだぞ? ……そんな先の事まで考えてないって!! 端倪すべからざるってなんだよ!? こっちは小卒の一般人なんですけど!! ――ふぅ」

 

 

 モモンガは思いの丈をぶちまけ、糸が切れた様に突然止まった。

 本人がどう思っているかはともかく、学校を卒業したアンデッドは一般人に含まれるのだろうか。

 

 

「俺、みんなが思うような超人でも、完璧な存在でもないんだけどなぁ」

 

 

 モモンガは自信なさげに呟くが、そんな事はないと思う。

 少なくともモモンガ自身が思っているより、モモンガはずっと凄い存在のはずだ。

 

 

「でもモモンガも魔法とか色々出来るし、凄いと思うよ?」

 

「使える種類には自信があるが、魔法くらい俺以外の誰かでも出来るさ。はぁ、もう俺が支配者やらなくても、全部あいつに任せれば良いんじゃないかなぁ……」

 

 

 弱音を吐くモモンガと一緒に寝転がりながら、ナザリックにいる面々を思い出す。

 みんなモモンガの事をとっても尊敬していて、モモンガの事を大切に思っていて、モモンガの事が大好きだ。

 たぶん支配者を辞めるなんて言ったら、全員が大慌てになるんだろうな。

 

 

「正直に言ったら駄目なの? 分からないって伝えたら、ちゃんと教えてくれると思うけど。デミウルゴスさん、教えるの上手だよ?」

 

「それは――駄目だ」

 

 

 弱々しかったモモンガの声に、少しだけ力が戻った。

 

 

「どうして?」

 

「……失望、されるのが怖い。それに、彼らの期待を裏切りたくないんだ」

 

「完璧じゃなくても良いと思うけどなぁ。私もナザリックのみんなも、そんな理由でモモンガの事を嫌いになったりしないと思うよ?」

 

「それでもだ」

 

 

 私の横でおもむろに空へ向かって手を伸ばし、モモンガはそのまま何も掴んでいない手をぎゅっと握りしめる。

 

 

「――俺は我儘だから、彼らの前では理想の支配者であり続けたいんだ」

 

 

 モモンガはそう言って微笑んだ。

 仮面を着けていて顔は見えないけど、きっと優しい笑顔なのだと思う。

 

 

「いつバレるか分かんないけどな」

 

「きっと大丈夫だよ。それに本当になりたいなら、今から理想の支配者を目指せばいいんだよ」

 

 

 これは絶対になれる。

 だって、既にナザリックのみんなにとって、モモンガは理想の支配者なんだから。

 デミウルゴスがあれだけ色々絶賛していたから間違いない。むしろ誉め言葉しか聞いたことが無い。

 あとは本人が気付くだけだ。

 

 

「そうか、今からか…… ゲームが現実になったんだ。ロールも本物に出来るかも、しれないな」

 

「ろーる? 支配者なのは元からじゃないの?」

 

「いや――ああ、そうだな。私は『アインズ・ウール・ゴウン』のギルドマスターだ。……それだけは、今も昔も変わらない、誇っていい事だよな」

 

 

 モモンガはどこかスッキリした様子で、自分で発した言葉を噛み締めていた。

 

 

「随分と弱音を吐いてしまったが、ここで話した事は内緒だぞ?」

 

「うん!! 二人だけの秘密だね」

 

「ああ、私とネムだけの秘密だ」

 

 

 口元に指を一本立てるモモンガに、私も元気よく笑い返した。

 簡単なことだ。

 モモンガの気持ちは最初から決まっている。

 部下の信頼には応えたい。でも失敗したら、嫌われたらどうしようと、誰にも言えず不安だっただけだ。

 なら、私は今のモモンガをそのまま応援してあげればいい。

 いつかモモンガがみんなと話せる時が来たら、今日の悩みは杞憂だったと笑い話になるだろう。

 

 

「さてっ、そろそろ帰らなきゃな」

 

 

 会った時より元気を取り戻したモモンガは、勢いをつけて起き上がり、ローブに着いた草や砂利を払った。

 

 

「ありがとう、ネム。愚痴ばかりこぼしてしまったけど、聞いてもらえてすっきりしたよ」

 

「どういたしまして。モモンガが困ったらいつでも聞いてあげるよ」

 

 

 私は大した事は言っていない。

 でも、モモンガの力に少しでもなれたなら、ちょっとでも恩返しが出来たなら嬉しいな。

 

 

「頼もしいな。愚痴を聞いてもらう側になったのは本当に久しぶりだ。……私がネムの様に、素直に自分の気持ちを話せていたら、今頃、ヘロヘロさんくらいは――」

 

 

 私も立ち上がって胸を張っていると、モモンガが小さな声で何かを呟いた。

 私の顔をじっと見つめながら、誰か別の人の事を思い出しているみたいだ。

 

 

「――いや、考えるだけ無駄だな。こぼれたミルクは元には戻らない、か」

 

「え、なんて? 牛乳こぼしたの?」

 

 

 しかし、その懐かしむ様な雰囲気もアッサリと消えてしまった。

 一瞬ポカンとした様子だったモモンガは、直ぐに楽しそうに笑い始める。

 

 

「はははっ、何でもないさ!! 今の私にはネムという最高の友人がいて、幸せだと思っただけだ」

 

「えー、モモンガ絶対違う事考えてたでしょ!!」

 

「いやいや、嘘は言ってないぞ?」

 

「その顔は嘘をついてる顔です」

 

「仮面なんだが」

 

「仮面の下はお見通しだよ」

 

「ただの骨なんだが」

 

「えっと、じゃあ目が光ってるから――」

 

 

 その後も結局、取り留めのない事を二人で話し続けた。

 帰ると宣言してから話し込んでしまう。これは友達と一緒にいればよくある事だろう。

 ――暇だったはずの私の時間は、あっという間に過ぎていくのだった。

 

 

 

 

 何者かが近づく気配を察知し、ツァインドルクス=ヴァイシオンは閉じていた瞼を開く。

 そこにいたのは一人の人間だ。

 腰に立派な剣を携えた老婆が、老いを感じさせない足取りでこちらに歩み寄ってくる。

 

 

「久方ぶりじゃな、ツアー」

 

「相変わらず気配を消すのが上手いね、リグリット」

 

 

 久しぶりにこの地を訪れた友人――リグリット・ベルスー・カウラウ――は、悪戯が成功した子供の様にニヤリと口角を上げた。

 竜の感覚は他の生物より遥かに鋭い。ましてや『白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)』である自分は、他の竜と比較しても格段に知覚能力などが優れている。

 そんな自分に全く気付かれず、ここまで近づける者はそうはいない。

 そして竜王を驚かせるためだけに、その卓越した技術を使おうとする人間はもっと少ないだろう。

 

 

「まぁ、わしはあそこに置いてる友に会いに来ただけだがね」

 

 

 リグリットが部屋の隅にある中身の無い白金の鎧を見やりながら、いつもの皮肉を浴びせてくる。

 その話はそろそろ時効にしてもらいたいと思いつつ、変わらない友人とのやり取りに喜びを感じ、ツアーは牙をむき出しにして苦笑を返した。

 

 

「――ところで君に依頼があるんだが」

 

 

 かつて渡した指輪がなくなっている事。

 共通の知人をネタにした過去の思い出話。

 少しだけそれらの雑談に興じた後、ツアーは真剣味のある声で話を切り出す。

 

 

「冒険者はとっくに引退したよ」

 

「そうか…… それでも君にお願いがある。世界を汚す力――ユグドラシルのアイテムや、ぷれいやーに連なる者。それらの痕跡を探して欲しい」

 

「……百年の揺り返しか。会ったのかい?」

 

「明確にそうだと断言できる存在は見つけていない。ただ、何かが起こっている気がする」

 

 

 百年の周期でこの世界に現れるようになってしまった『ぷれいやー』の存在。

 強大な力を持つ彼らは、この世界の在り方すら容易く歪め、周囲に多大な影響を及ぼしてきた。

 これは自分の父である『竜帝』の過ちであり、だからこそ実子である自分の手でケリをつけなければならない問題だ。

 

 

「お前さんにしちゃ歯切れが悪いね」

 

「周期的にはそろそろだと思うけど、ぷれいやーらしい目立った者には会えていないからね」

 

「リーダーの様な例もある。今はまだ、成長前なのかもしれんの……」

 

「かもしれないね」

 

 

 愁いを帯びた表情を見せるリグリットは、昔一緒に旅をした十三英雄の仲間を思い出しているのだろう。『死者使い』と呼ばれたリグリット自身も十三英雄の一人だ。

 かつての十三英雄の中で、誰よりも弱く、最終的に誰よりも強くなった者。

 仲間達から『リーダー』と呼ばれていた者は、ユグドラシルから来たぷれいやーだった。

 

 

「依頼は分かった。わしも情報を集めるとしよう。願わくば、今回もリーダーの様に世界に協力する者である事を祈るよ」

 

「ああ、頼むよ。私も、そうであって欲しいと思うよ」

 

 

 六大神と呼ばれた者達がいた。

 八欲王と呼ばれた者達がいた。

 口だけの賢者、十三英雄のリーダー、呼び名すら残っていないぷれいやーも過去にはいたのだろう。

 善悪にかかわらず、自分は彼らを見極めなければならない。その者達が世界を歪める力を持つ存在なのかを。

 

 

「……どちらの側にせよ、放置するわけにはいかないからね」

 

「仮に悪の存在であろうと心配はいらんだろう。おぬしは己に縛りさえかけなければ、この世界で最強の存在なんじゃからな」

 

 

 リグリットは快活に笑いかけてくるが、ツアーは軽く返事を返す事が出来なかった。

 ぷれいやーの強さだけではない脅威を知っているだけに、慢心も軽視も出来ない。

 

 

「そうだと良いんだが……」

 

 

 ツアーはリグリットに曖昧に応えながら、決意を固めるように頭の中で別の事を考えていた。

 彼らに対して憎しみは無くとも、慈悲をかけるつもりもない。

 この世界に迷い込んだ責任はこちらにあるとしても、ぷれいやーがこの世界にとって異物である事実は変わらない。

 

 

(善悪など関係ない。ぷれいやーが世界を汚すという事実が重要なんだ。私が世界を守る――)

 

 

 ぷれいやーの中には話が通じる者もいた。

 悪と呼ぶに相応しい者も、心根から善なる者がいた事も認めよう。

 だが、彼らが世界を汚すなら、私は彼らを滅ぼす。決して蘇生などさせやしない。

 過去にもそうしてきたように、彼らを消す事に躊躇いはない。

 彼らが世界を歪める動機に興味はない。私は世界を歪める存在を許す訳にはいかないのだ。

 

 ――そう。私が世界を守るのだ。

 

 

 

 

おまけ〜やっぱり支配者は辛いよ〜

 

 

「モモンガ様、各国にまいた種が芽吹いてきたようです」

 

 

 まるで悪の組織の幹部のように――実際にその通りだが――何かを企む笑顔を見せるデミウルゴス。

 嗚呼、家庭菜園並みの気軽さで、悩みの種を国家事業並みにバラまかないで欲しい。

 

 

「ほぅ…… そのようだな」

 

 

 微妙に言葉の足りない報告会。

 モモンガは内心の不安を押し殺し、支配者らしい所作で静かに頷いてみせた。

 例の如く、モモンガはこの悪魔が何を話しているのか、一ミリも理解はしていない。

 

 

「今代のバハルス帝国の皇帝は歴代最高と言われているようですが、人間にしては実に素晴らしい。中途半端に賢いおかげで、非常に行動が読みやすくて助かっております」

 

「ナザリック一の智者であるお前にかかれば、手のひらで転がせぬ人間の方が少ないだろうに」

 

 

 何のことかはサッパリ分からないが、帝国の皇帝は被害者役として内定を貰っているらしい。

 酷い目には遭うのだろうが、国家滅亡といった派手な事にはならないはずだ。

 せいぜい物資やお金をナザリックに横流ししてもらうくらいだろう。たぶん。

 デミウルゴスにはナザリックの存在がバレない様に、敵対者を作らないようには言ってあるのだから大丈夫なはずだ。きっと。

 

 

(優先すべきはナザリックの存続だ。ある程度は仕方ない。だが、お前は出来る子だと信じているぞ、デミウルゴス!!)

 

 

 この世界に来てから自分の精神はアンデッドよりになり、人間に対して同族意識はない。鈴木悟の残滓とも言えるものが、心の片隅に少し残っているだけだ。

 それ故に未だ顔も知らぬ皇帝に対して、心の中で申し訳程度に合掌した。

 

 

「資金集めの作戦はどれも順調です。大局に影響は少ないと思いますが…… モモンガ様、現在の作戦状況ですと、どれから仕上げていくのが良いと思われますか?」

 

(俺が理解している前提なんだろうけど、もう作戦名すら言わなくなったな…… どの作戦も知らないよ!! お前の出した報告書いくつあると思ってるんだ。俺が覚えきれるわけないだろう……)

 

 

 デミウルゴスはモモンガの智謀を期待して楽しそうに尋ねてくるが、モモンガは心の中で悲鳴をあげていた。

 ネムと話して癒されたはずの精神が、ガリガリと音を立てて削られていく。

 

 

「……植物には旬というモノがある。そして旬とは、収穫量と質、二つの側面からタイミングが決まる。あとは分かるな?」

 

 

 もう破れかぶれである。

 モモンガはギルドメンバーの一人、ブルー・プラネットが熱心に話していた事をうろ覚えに引用し、デミウルゴスに答えを丸投げした。

 本当に自分は一体何を言っているのか。

 

 

「――なるほど。そういう事ですか」

 

 

 狙い通りだが悲しいかな。どうやらデミウルゴスの頭の中で、都合良く答えに変換されたようだ。

 お前は今の話から一体何を閃いたというのか。本当に会話の相手は自分なのだろうか。

 

 

「おぉ、流石はモモンガ様。無数にある選択肢の中から、こうも瞬時に最適解を導き出されるとは……」

 

「世辞は良い。これくらいお前もわかっていた事だろう?」

 

 

 デミウルゴスに心から褒められる度、騙しているモモンガの罪悪感は膨らんでいく。

 そして、教えて貰った知識をくだらない言い訳に使った事を、心の中でしっかりギルメンに謝罪した。

 ついでに早く詳細を教えてくれと、目の前の悪魔に本気で祈った。

 

 

「ご期待に添えず、誠に申し訳ありません。私の想定していたやり方では、モモンガ様の望む成果に遠く及ばず…… 私では――」

 

(分かってはいたけど、俺に対するハードルが高過ぎる…… その評価はどこから来ているんだ? 設定されている訳でもないのに)

 

 

 事実無根の高評価に、モモンガは頭をひねった。

 そして、悲痛な顔をしたデミウルゴスが下げた頭を眺め、モモンガの無いはずの胃が破裂しそうに痛みだす。

 

 

「――法国を人類の敵に仕立て上げるのに、最低でも倍の期間を要した事でしょう」

 

「ぇ?」

 

 

 悪魔の放った〈胃掌握(グラスプ・ストマック)〉は致命的な一撃となった。

 知ったかぶりの対価としてはあまりにも痛い。

 許容限界を超えたモモンガの幻想の胃は壊れ、精神の安定化が幾度となく繰り返される。

 

 

「矜持を奪われ、守るべき存在に石を投げられる。……その時に彼らがどんな表情を見せてくれるのか、非常に楽しみですね」

 

 

 顔を上げた悪魔の、非常に愉悦に満ちた笑み。

 ――これ、アウトなやつだ。

 自分が何か押してはいけないスイッチを押してしまった事を、モモンガは遅まきながら理解した。

 どうしようもなく、一分の隙も無く、完璧に自分の自業自得である。

 

 

(資金集めの話は何処いった!? もしかして異世界を制覇する方の話に繋がってたの!?)

 

 

 『理想の支配者』に至るまでの道のりは、果てしなく遠い。

 

 

(本当に俺はこんな調子で理想の支配者になれるのか? うぅ、無いはずの胃が痛い…… すまん、ネム。また愚痴らせてくれ……)

 

 

 されど、モモンガが再び『(ネム)』を頼るまでの道のりは、そう遠くなかった。

 

 

 




中々ネタがまとまらず、今回は少し暗めの話になりました。
基本的にネムを話に登場させる都合上、各国のあれこれとか守護者の出番が少ない事はご容赦ください。ネム優先です。
デミウルゴスがやっている全ての事を、モモンガ様が知る日は来るのだろうか……


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