「ハムスケにも報酬あげなきゃ」
「これは無理でござる」
「アルベド、謹慎三日間」
今回は派手な功績は立ててないけど、色んな所からネムが注目されつつあるよという話。
あとモモンガ様もナザリックでちゃんと働いてますアピールの話。
ナザリック地下大墳墓の第五階層「氷河」――その名が示す通りの氷雪地帯。
現在は維持費節約のため、このエリアの吹雪等のフィールドエフェクトは完全に停止させている。
そしてそれ以外にも、第五階層にはナザリックがこの地に転移してから、少しだけ様変わりした一角があった。
「さて、始めるか――」
元サラリーマンの
こんな光景を毎日目にしていれば、普通の感性を持つ者なら精神に異常をきたすだろう。
しかし、今のモモンガはこれだけの死体に囲まれても、道端で潰れた虫を見つけた程度の感情しか湧かなかった。
「ラスト一回。
もしネムが見たら泣き出すだろうなと思いつつ、モモンガは一日のスキルの使用回数を全て使い切る。
これはナザリックの戦力増強のため――死体を媒介にした召喚モンスターが、制限時間を過ぎても消えないと判明してから――基本的に毎日行なっている事だ。
モモンガは日課となっているアンデッドの作成を終えると、改めて周囲の死体の山を眺めた。
「なんというか、全然減らないな……」
辺り一面銀世界の寒々しい空間で、モモンガはボソリと呟く。
――拾い物や墓荒らしだけで、本当にこれだけの数が集まるのか?
気になったモモンガは顎に手を添え、ほんの少しだけ首を傾げながら考える。
(デミウルゴスは『戦場や墓地から拾って参りました』なんて言ってたけど、この世界ってそんなに戦争が多いのか?)
事実、死体集めの活動を行なっていないモモンガからすれば、疑問に思っても仕方のない量がここには保管されている。
リアルではとっくの昔に廃れた文化だが、築地に並ぶマグロを遥かに凌駕する数だ。
(まぁ、いくらデミウルゴスのカルマ値が低くても、流石に死体欲しさに戦争起こすような短慮はしないだろ。敵対のリスクを増やすだけだし。……むしろ裏から対立だけ煽ってその隙に、とかの方が――してないよな?)
ナザリックが表に出ないように注意しろと、以前デミウルゴスには告げてある。
しかし、デミウルゴスが外の世界で暗躍している様子が簡単に想像出来てしまい、報告書を流し読みしているモモンガは背中にヒヤリとしたものを感じた。
「やっぱりゲームと違ってどの死体も生々しいな」
保存されている死体は人間だけでなく、
――剥製にしたら立派な博物館が出来そうだなぁ。
どうでもいい事を思い浮かべ、モモンガが先程の嫌な予感を忘れようとしていると、件の悪魔が軽やかな歩調で現れた。
「――モモンガ様。いつもナザリックの戦力増強に御力をお貸しくださり、誠にありがとうございます」
「デミウルゴスか……」
やって来て顔を合わせるなり、深く頭を下げるデミウルゴス。
モモンガは気にするなと伝えるため、軽く手を振って応えた。
「顔をあげよ。私はナザリックの支配者として、当然の事をしているまでだ」
支配者然とした態度を取りつつ「一体どの口で言ってるんだ」と、モモンガは内心でセルフツッコミを入れる。
理想の支配者への道のりは未だ遠いのだ。
「私の助力など、お前の働きに比べれば些細なものだがな」
「ご謙遜を…… モモンガ様のお力添えは、決して些細な物ではございません」
ナザリックの維持に関する事はデミウルゴスに丸投げ。
運営の大部分はアルベドを筆頭に守護者任せ。
最近のモモンガの僅かな仕事は、最終決定のための書類――それもアルベドが精査済みの物――に判子を押すだけである。
正直なところ、上司としての務めを果たせているとは言い難い。
自分の勤務時間が非常に短いのは助かるが、これは普通に支配者失格だろう。
「現にモモンガ様にお作り頂いたアンデッド、『ショック・ウェイ=24』は現地の組織に入り込み、十分な成果を上げております」
「そ、そうか……」
――誰だよ。
デミウルゴスの口から知らない固有名詞が飛び出し、モモンガは必死に頭の中の記憶を探る。
しかし、作成時にノリで名前をつけたアンデッドなんか、モモンガが覚えているはずもなかった。
「ええ、それはもう素晴らしい働きでございます」
「ほぅ。デミウルゴスがそこまで言うとはな。念のため、お前の口から聞かせてもらおうか」
「はい。とある裏組織で、不敬にも『不死王』を名乗る愚か者がいたのですが……」
「ふむ」
「ショック・ウェイはその低俗なアンデッドを誅殺し、見事幹部の座を奪い取る事に成功いたしました」
「ふむ。……え?」
良い顔をするデミウルゴスに対して、モモンガは非常に返答に困った。
大胆過ぎる潜入捜査である。
いや、どう考えても潜入の域を超えているだろう。
「組織内でもその力は畏怖され、評判も上々との事です」
「あー、お前の作戦の役に立ったなら何よりだ。一応確認するが、問題はないのだな?」
――アンデッドが力業で幹部に成り代われる組織って、絶対ロクなところじゃないだろ。
面接に合格した新入社員というより、物理的に面接官を倒して入ってきた侵入者員だ。その組織のトップはなぜ認めたのか。
モモンガが人事部なら、そんな奴絶対にお断りしたい。
「御安心ください、モモンガ様。彼は今『不死王』ではなく、『金の亡者』という二つ名を名乗っておりますので」
「私は他人がどんな二つ名を名乗ろうが気にしないが、その気遣いには感謝しよう」
「おぉ、なんという寛大な御心。勿体なきお言葉です」
――何に安心したらいいんだ。
違う。そうじゃないと言いたいが、デミウルゴスの笑顔を前にそれも憚られる。
NPC達とは出来るだけコミュニケーションを取ってきたつもりだが、モモンガは未だに彼らの琴線に触れるポイントを把握し切れていなかった。
もし外の存在で偶然に『ウルベルト』や、他のギルドメンバーと同じ名前を名乗る別人がいたら、どこの誰であれ抹殺されてそうである。
(資金調達の名目でやってる計画だけで、一体いくつあるのやら…… やっぱり報告書を読み直した方がいいのか?)
膨大な書類の束を読み直す自分の姿を想像し、モモンガは頭を抱えたくなった。
こればっかりはネムを頼る事も出来ない。
(そもそも判子を押す時点でもう少し注意深く読むべきか…… でも、難しくて分からないんだよなぁ。急に処理が遅くなったら怪しまれるし、質問出来る人もいないし……)
モモンガはギルドメンバーの中で、特に頭の良かった人達を思い出す。
少し癖のある人ではあったが、ギルド内最年長だった『死獣天朱雀』がいれば確実に泣きついていただろう。
リアルで大学教授をしていた彼の経験が、ナザリックの賢者達にどこまで通用するのかは疑問だが。
「それにしても、流石は御身お手製のシモベですね。ショック・ウェイは外貨の獲得、裏社会での情報収集など、マルチな活躍をしております」
「え、そんなに?」
――なんだその有能っぷり。
モモンガは思わず本当に自分が作ったアンデッドなのか疑問を抱いた。
デミウルゴスが胸を張るくらいだ。そのアンデッドは中々役に立っているのだろう。
(戦力を増やせればいいなくらいの考えだったのに、どんだけ有効活用してるんだ)
そして自分よりスキルで作った量産型の方が優秀そうな事実に、モモンガは若干ショックを受けそうになった。
だが、よく考えてみればナザリックのNPCも、大半が作った仲間達より優秀である。自分が生み出したパンドラズ・アクターも、アレな部分を除けば非常に優秀と言える。
――うん。現実が理想に負けるのは仕方がない事だ。
モモンガはNPCと自分の能力の差に理由を付け、不甲斐なさを無理やり飲み込んで納得させた。
まぁ、一部創造主よりポンコツなNPCがいる事は否めないが。
「ふふふ。私もより一層精進しなければなりませんね」
「ははは。これ以上デミウルゴスに働かれては、他の者達の立つ瀬がなくなってしまうな」
――既に自分は立つ瀬がないけどな。
モモンガはこの世界に来てから自分がやった事を振り返るが、基本的にネムと遊んでいるだけだった。
冒険で稼いだ額を全て合わせても、きっと一日分の維持費にもならないだろう。
ナザリックの維持に関しては、本当に自分は役に立っていないと実感する。
なのに自分に対しての高すぎる評価だけは覆らない。期待を裏切らずに済んで嬉しいやら悲しいやら、本当にどうしてこうなった。
(でも一度任せた事だし、今更もっと手伝うって言っても邪魔だろうしなぁ。……それにもし言ったら「自分達に何か不手際が!?」とか、本気で面倒な事になりそうだ)
そしてこの先もデミウルゴスが万能過ぎて、自分が役に立てる事はあまり無いだろう。
彼らに勝っていると自信を持って断言できるのは、精々PKに関する知識や技術くらいだ。
しかし、それをNPCに伝授しなければならない様な事態は起こってほしくない。
なのでネムを見習い、自分も出来る事をコツコツとやるべきだろう。
(うん、適材適所って大事だよな。支配者やってる俺が言えた事じゃないけど……)
せめてアンデッド作成だけはこれからもやり続けようと、モモンガは心の中で固く誓ったのだった。
◆
エ・ランテルの冒険者組合の一角。
大量の依頼書が張り出された掲示板の前で、一人の少女が背伸びを繰り返していた。
その数歩後ろには、少女の奮闘を見守る漆黒の全身鎧を纏った大柄な戦士が待機している。
組合ではお馴染みとなった
「と、届かない…… あとっ、ちょっ、と!!」
目当ての依頼書に背伸びでは届かなかったのか、最終的にネムはぴょんぴょんと跳びながら手を伸ばしていた。
「取れたっ。モモン、これなんかどうかな?」
自身の身長を超える絶妙な高さと格闘した末、ネムは何とか目的の紙を剥がすことに成功した。
そのまま手に取った依頼書を隅々まで確認しながら、ネムは自分に問いかけてくる。
「採掘場で見張りをしてくれる冒険者を募集中だって」
「見張りか。それは作業員の監視という事か?」
「うーん…… どっちかっていうと、モンスターとか野盗に対しての見張りみたい。もし戦闘になったら、ランクが上の冒険者さんが代わりに対応してくれるって書いてあるよ」
ネムがデミウルゴスに勉強を教わる様になってからしばらく経つが、読み書きはずいぶんと上達したようだ。
まだスラスラと読めている訳ではなさそうだが、依頼書の説明はもっぱらネムの仕事の一つとなっている。
本人も出来ることが増えたためか、読み上げる姿は心なしか誇らしげに見えた。
「後は、えっとね、色んな連絡係も兼任してやるみたい。簡単なお仕事だから、一時間で銅貨三枚だって」
「……安いなぁ。まぁ別に構わないぞ」
報酬はかなり少ないが、モモンガの目的はネムと仕事をする事なので問題はない。
依頼を選んだネムにしても、報酬は少しでも家計の足しになればと思っている程度だろう。
(ネムのチョイスはいつも謙虚だな。そこまで気にしなくても良いのに、基本的に自分が役に立てる内容の仕事を選んでいるように思える……)
意外と聡いネムの事だ。もしかしたら余りにも多過ぎるお金を手に入れてしまうと、村という小さなコミュニティの中では、却ってマイナス要素になりかねないと考えているのかもしれない。
(そこがネムの良いところでもあるよな。みんなを騙して無理くり支配者やってる俺なんかより、よっぽど誠実だなぁ)
おそらくこの依頼は初心者に向けた物だ。
駆け出しが他の冒険者と知り合いになれるよう、組合が配慮として用意した側面もある物ではないだろうか。
自分とネムは冒険者になってから一年未満。実際の能力はさて置き、駆け出し用の依頼を受けても周りから悪くは思われないだろう。
「――モモンさん、ネムさん、ちょっとすみません。組合長からお二人にお話があるそうです」
確認を終えて依頼書を持っていこうとした時、小走りで現れた受付嬢から声をかけられた。
銅級の冒険者を組合長が呼んでいる――モモンガは何となくだが、嫌な予感がした。
上司からの急な呼び出しなんて、大抵は悪い知らせだと相場が決まっているのだ。
「モモン君、ネム君、わざわざ呼び出してすまないね。とりあえず二人とも座ってくれたまえ」
「お気遣い頂き、感謝いたします。冒険者組合の長である貴方から直々とは、おそらく重要な話と予想しましたが」
冒険者組合の二階にある部屋に通され、二人は組合長のプルトン・アインザックと向かい合う。
ネムがほんの少し緊張しているので、モモンガは相手の視線を自分に向けさせるように、あえてどっしりと構えた。
「実は君達を指名した依頼が入ってね。その件で相談しておこうと思ったんだ」
「指名依頼、ですか?」
リイジー・バレアレから指名された一件の様な例外を除けば、確かに銅級の冒険者に名指しの依頼がくるのはほぼあり得ない事だ。
しかし、それでもその程度の内容なら、個別で話すほど重要な事だとは思えなかった。
銅級である自分達相手にわざわざ組合長が説明をするのだから、まだ何か理由があるのだろう。
「ああ、それも三件もだ。竜王国に帝国、王国内の都市エ・レエブルからそれぞれ依頼が来ている」
「それは…… 素直に光栄ですと、受け取っていいのでしょうか?」
「モモン、それってどういう意味? 指名依頼って凄いんじゃないの?」
モモンガの率直な意見は、怪しいの一言に尽きる。
首を傾げたネムはキョトンとしていて、あまり複雑には考えていないようだ。
ネムの反応に毒気を抜かれたのか、アインザックは少しだけ表情を緩めて口を開いた。
「そこまで身構えなくてもいい。組合でも依頼の裏は取ってあるとも。どれも真っ当な所からの依頼ではあったよ。……その上で、竜王国からの依頼と帝国からの依頼は、断ってくれて構わないと思っている」
「理由をお聞きしても?」
「竜王国からの依頼は、とある場所への物資の護送。だが、あの国の内情から考えて、間違いなく道中で戦争に巻き込まれる」
「戦争とは、それは穏やかではありませんね」
「君達を指名したのも、ネム君の相棒の噂を聞いてのことだろう。それに指名とはいえ、銅級なら安上がりという理由もあるだろうな」
費用対効果を考えれば君達以上にお得な冒険者はいないと、アインザックは軽く笑う。
「なるほど。しかし、冒険者が国家間の争いに関わるのは禁止されているはず。私達もそれは当然理解しています。何故巻き込まれると断言するのですか?」
「……竜王国の戦争相手がビーストマンだからだよ。方便としてモンスターの討伐という依頼なら、冒険者が合法的に戦争に参加出来てしまうという訳だ」
アインザックが溜息混じりに告げた理由は、確かになるほどと思わせるものだ。
だが、冒険者組合の長であるアインザックからすれば、冒険者を国から切り離すルールに抜け穴があるのはあまり嬉しい事ではないらしい。
「相手の本命はそちらという事ですか」
「私はそう考えている。おそらく向こうに着いたら、そのままなし崩し的に戦線に加わってくれと頼まれるだろう」
他国から依頼が来るのは怪しいと思っていたが、想像以上に危険な仕事だった。
こんな依頼がくるなんて、伝説の魔獣――ハムスケの影響力は良くも悪くも大きいのだと、改めてモモンガは実感した。
「一応確認するが、受けるかね?」
「お断りします」
「私もあんまり受けたくないです」
こんな依頼受けるはずがない。
冒険者の仕事に多少の危険が付き纏う事は、自分も理解しているしネムも納得している。人やモンスターを殺すことに、モモンガ自身はさほど忌避感もない。
だとしても、大勢の人が死ぬ血みどろの戦争なんかに、間違ってもネムを参加させてたまるものか。
「ああ、分かっているとも。こちらで適当な理由を付けて丁重にお断りしておこう。それで、帝国の方の依頼なんだが、帝国内を巡回する騎士の任務に同行して欲しいそうだ」
「こちらも何か仕事内容に裏が?」
「いや、仕事自体はそれ程危険な物ではない。ただ、単純に距離が遠いし、期間が少し長くてね」
竜王国からの依頼を断ると、アインザックは随分と安心した様子を見せた。
そしてその流れのまま、如何にもネムを気遣っています感のある表情で話を続けてくる。
「ネム君は今もカルネ村に住んでいるのだろう? 帝国に長期滞在するのは辛いのではと、老婆心で思ったまでだよ」
しかし、この説明はどこか腑に落ちない。
仮にも冒険者組合の長が、そんな理由で指名依頼を断らせるだろうか。
ネムがまだ幼いという事を差し引いても、アインザックの対応は違和感があった。
「君達が良ければ、こちらの依頼も失礼のないように組合から断っておくが?」
「ふむ……」
まるで、この依頼を受けて欲しくない――自分達を帝国に行かせたくないかのようだ。
少しだけ考えこみ、モモンガは一つの考えに思い至った。
(ああ、なるほど。引き抜きを警戒しているのか…… この男も中々食えない性格をしている)
自分の隣で少し不安気な表情で座っている少女――強大な魔獣を従えていると周りに思われている――ネムの将来性だ。
わざわざ別室に呼んだ理由も自分達を気遣うフリをしながら、単にこの依頼を受けないように誘導するためだろう。
(会社にもそんな上司がいてたな。まぁ、直接対応してくれているし、この人は根が悪い人ではないと思うが)
確かに会社としては、将来有望な若手社員の転職は防ぎたいと思うだろう。
逆に考えれば組合長が自分達の鞍替えを危惧する程度には、帝国というのは良い国なのかもしれない。
あくまでモモンガの想像なので、もしかしたら全く別の理由という可能性もあるが。
「……モモン、どうするの?」
「もちろんこれも受けないさ。帝国は流石に遠いしな」
以前の依頼で遥か遠くの竜王国まで行った身でありながら、モモンガは何食わぬ顔で距離が遠いからと言い切った。
組合長の思惑が何にせよ、モモンガは元々帝国へ行く依頼を受けるつもりは全くなかった。
「もしかしてネムは受けたかったか?」
「ううん、モモンが受けたくないならそれでいいよ!!」
モモンガが何気ない口調で尋ねると、ネムは安心した様に強い口調で断言した。
自分が受けたいと言えば、ネムは無理をして着いてきたかもしれない。だが、やはり内心では行きたくなかったのだろう。
先程『帝国の騎士』というワードが出てから、ネムの様子が少しおかしかった。
もしかしたら、カルネ村で帝国の騎士――実際は法国の兵士の偽装――に襲われた時の事を思い出していたのかもしれない。
「そうかそうか。では、最後のエ・レエブルからの依頼だが、これは是非とも受ける事をお勧めするよ。内容の方だが――」
先程までとは打って変わった明るいトーン。
明らかに最初からこれだけを受けて欲しかったのだと伝わってくる。
あまりの分かりやすさに、ネムと顔を見合わせ苦笑いが出たほどだ。
「どうだね? 報酬も悪くないし、二人にとってきっといい経験にもなると思うよ。ああ、エ・レエブルに行くのは初めてかな。心配しなくても質問があれば聞こうじゃないか」
アインザックの熱弁ぶりを聞いて、これは断れないと確信するモモンガだった。
◆
指名依頼の一つを受ける事に決め、エ・ランテルを出発してから数日。
私達はあえて街道を使わず、おおよそ人が通れる道とは言い難い道を進んでいた。
ちょっと危険な森の中で楽しくキャンプ――もとい野営を行ったり。
獣道とすら言えない場所も無理矢理に通り抜けたり。
たまに遭遇したモンスターをハムスケが倒したりもした。
「やっぱりハムスケは速いね」
「ふふんっ。某の足腰は修行により日々進化しているのでござる」
そして、私達はついに大都市エ・レエブルにたどり着いた。
道無き道を踏破してきたため、既に私は冒険者の仕事を終えた気分だ。
「へぇ、すごーい。前より走るのが上手くなったのかな? 乗っててもあんまり揺れなかったよ」
「それは良かったでござる。アウラ殿の魔獣から走り方について指摘されたのでござるよ。それにカッツェ平野を全力疾走する事に比べたら、あの程度の道は簡単過ぎたでござる」
「関所も一箇所しか通ってないから、ちょっとだけ節約にもなったな」
本来なら先ずはエ・ランテルから西にあるエ・ぺスペルに向かい、そこから北へ進んでエ・レエブルを目指すのが普通らしい。
でも、私は組合で地図を見せてもらいながら道筋を説明してもらった時、斜めに真っ直ぐ進んだ方が早いと思ったのだ。
(戻ったら組合長さんに、ちゃんと真っ直ぐでも行けたって自慢しなきゃ)
その場で「一直線に進むのは駄目?」と、聞いてみたら、組合長は呆然としていた。
馬鹿な子供を見ている様な、呆れながらも優しい目になっていたのを覚えている。
たぶん、机上の空論みたいな事を言いたかったのだろう。
「結果的に早く着いたし、ネムの判断は正解だったという事だ」
「えへへ。モモンも聞いてくれてありがとう」
「なに、面白いと思ったから賛同したまでだよ」
だけど、モモンガは私の提案を否定せずにゴーサインを出してくれたのだ。
やっぱりモモンガは普通の大人より話が分かる。
「うんうん、現実になったせいでつい忘れかけてたけど、道中のショートカットはRPGの基本だよな。まぁ、私達にしか出来ないやり方だが」
「あーるぴーじー?」
「ああ、別に気にしなくていい。ハムスケのおかげだと言いたかっただけだ。個人的にはあんまり乗りたくはないけどな…… さて、早速依頼人に会いにいくとするか」
私達は一息ついた後、指定された場所に向かって歩き出した。
今回の依頼は、既に冒険者を引退した元オリハルコン級の人達に会う事だ。
なんでも自分達が現役の頃、見る事が叶わなかった伝説――森の賢王をこの目で確かめてみたいとかなんとか。
「どんな人達だろうね?」
「どんな古強者であろうと、きっと某の威容に恐れ慄くはずでござる!! 普通はそうでござる!!」
「修行した時のこと気にしてるのか?」
あとはハムスケと一緒に冒険するに至った経緯などを、後学のために直接聞かせてもらいたいらしい。
でも、森に連れて行ってくれたのはモモンガだし、私はハムスケに「友達になろう」って言っただけだ。
本当に何かの参考になるのだろうか。
◆
「――こりゃ凄い。噂には聞いていたが、本当に何の誇張もなく強大な魔獣だ」
とある屋敷の庭で、ハムスケを見上げた一人のおじさんが感嘆の声を漏らした。
周りにいる他の四人のおじさん達も、似たり寄ったりの表情で驚いている。
「この気配…… 確かに伝承に違わぬ力を感じる。噂に尾ひれが付いていないとは、恐れ入ったよ」
「深い知性を感じさせる力強い瞳…… 賢王と呼ばれるのも納得だ」
「伝説になるのも頷ける。ははっ、そんなのが相棒だなんて、お嬢ちゃんは凄いな」
指定された場所は大きな庭のある屋敷だったが、依頼人の持ち家という訳ではないらしい。
おじさん達の今の雇い主が持っている、複数ある別荘の内の一つだと言っていた。
こんな立派な家がいくつもあるなんて、おじさん達の雇い主は相当お金持ちなのだろう。
「挨拶が遅れてすまない。かの伝説の魔獣と対面して、みんな年甲斐もなく興奮してしまったよ。私はボリス・アクセルソン。このチームのリーダー的な役割をしている――」
五人のおじさん達は職業には元が付くけれどと言いながら、簡単な自己紹介をしてくれた。
えんじ色の鎧を着た聖騎士――ボリス・アクセルソン。
剣を四本も持っている剣士――フランセーン。
ハルバードを持ったちょっとゴツいめの神官――ヨーラン・ディクスゴード。
緑のローブを着た如何にもな魔術師――ルンドクヴィスト。
飄々とした雰囲気の盗賊――ロックマイアー。
「訳あってヘルムを外せないので、このままで失礼いたします。私の名はモモン。見ての通り戦士です」
「初めまして、ネム・エモットです。私は…… なんだろ? とにかくこっちが相棒のハムスケです」
「某がハムスケでござる」
おじさん達はみんな人が良さそうで、尚且つ村の人達よりも精悍な顔付きをしている。
見た目から予想すると、全員が四十歳は過ぎていそうだ。
でも流石は元高ランクの冒険者。体付きはしっかりしていて、既に冒険者を引退しているとは思えないくらいだった。
「それにしても参ったな。後輩に落胆されぬように全員装備を整えてきたが、君の全身鎧やグレートソードと比べると見劣りしてしまうな」
戦士として同じ鎧を着ているからか、ボリスはモモンガを眺めながら苦笑していた。
確かに私もボリスの装備より、モモンガの方が強そうでカッコいいと思う。
「はははっ、まったくだ。最近の若いもんは凄いな」
「いえ、これは仲間のおかげで奇跡的に手に入れた物なので、恥ずかしながら私の実力とは無関係です」
「君は銅級とは思えないくらい落ち着いた雰囲気をしているな。冒険者にしては珍しいくらい物腰が丁寧で謙虚だし、大したものだ」
「俺の元盗賊の嗅覚が告げてるね。その武器も防具も、さぞかし名のある職人が作ったもんだろう。俺が現役だったら是非とも狙いたい程のお宝だ」
「ふふっ。では今日は一日、盗られないように気を付けておくとしましょう」
残念ながらロックマイアーの鼻は調子が良くないみたいだ。
その武器も防具も、モモンガが毎回魔法でパパッと作っている物だ。
「――ルンドクヴィスト殿は沢山魔法を覚えているのでござるな。某は数が少ない故、羨ましいでござる」
「それは光栄だ。私が使える魔法は確かに六十を超えるが、それをかの森の賢王に褒められるなんてね」
「それって多い方なんですか?」
「そうだね、並の魔法詠唱者よりは手札が多いつもりだよ。現役こそ引退したが、研鑽は怠っていないからね」
情報は時として武器になる。それはモモンガもよく言っている事だ。
だから私も冒険者として色んな知識を増やすために、ハムスケとルンドクヴィストの雑談に参加する事にした。
ありがたい事に私の初心者丸出しの質問でも、ルンドクヴィストは優しく答えてくれる。
「日々錬磨を続けるその心意気は立派でござるな」
「私は第三位階までしか使えないから、位階で比べるとハムスケさんには負けてしまうけどね」
個人で使える最高の魔法が第六位階。
ごく一部の天才が長い修練の果てに、第五から第四位階を扱えるようになる。
第三位階は普通の才能を持っている人が努力で覚えられる限界だと、この前デミウルゴスに教えてもらった。
つまり、この人は凄く頑張った人だろう。
「便利そうだけど、ハムスケはあんまり魔法使わないよね?」
「尻尾で殴った方が早いでござるからな」
「そうなのかい? 種類が少ないとはいえ、第四位階が使えるのだろう?」
「某の魔法は格下にしか通用しない物ばかりでござるよ……」
でも、魔法を使えない自分が言うのもなんだけど、ルンドクヴィストはベテランなのに使える魔法の種類が少なく感じる。
それとも本当はもっと使えるけど、手の内を明かさないようにしているのだろうか。
だってこれは秘密だけど、モモンガは七百個以上の魔法が使えるはずだ。
やっぱり魔法を使える人が周りに少ないせいか、いまいち平均的な実力というのが分からない。
「ふふっ。ハムスケさんの魔法が通用しない相手など、ほんの一握りでしょうに」
「意外といっぱいいると思うでござる」
「確かにいっぱいいるかも」
「……君達は意外と慎重派だな。才能ある新人の冒険者にありがちな慢心がない。うん、冒険者としては良い心構えだ。その気持ちを忘れなければ、きっと長生きできるよ」
他にもおじさん達は、色々と冒険の役に立つことを教えてくれた。
それからハムスケとおじさん達が模擬戦をして、高度な連携のお手本も見ることが出来た。
「――くぅ、文句無しに強い!! 現役ならもう少しやれたと思うんだが、やはり歳には勝てんな……」
「いやはや、これ程とは…… 現役時代に会えなくてむしろ良かったかもしれんな」
「完敗だ。伝説をこの身で体験出来て、おじさん達も満足だよ」
「なんの、お主達のチームワークも見事だったでござる。某が今まで戦ってきた人間の中でも、トップクラスの強さでござった」
結果はハムスケの勝ちだったけど、おじさん達も十分凄いと思う。
上手く説明は出来ないけど、チームとして完成された動きだった。
ちなみにモモンガとおじさんの一人が手合わせをしたら、一撃で木剣が折れてしまい、周りが大笑いする結果になった。
受け止めたおじさんは腕をプルプルさせてて、全然笑ってなかったけど。
「ありがとう、モモンさん、ハムスケさん。本当に良い経験になった。さて、次はネムちゃんにお話を聞かせてもらおうかな」
「わかりました。えっと、ハムスケと出会ったのは――」
今度は私の出番だ。依頼で頼まれていたハムスケとの出会いの話を、少しだけぼかしながら説明すると――
「嘘、だろ!?」「……まさかタレント?」「はははっ、そうか友達か!! それは盲点だった!!」「なるほど。討伐対象となる魔獣に対話を求める冒険者は稀だろうからな」「ましてや相手は伝説の魔獣…… 本当に凄い子だ」
――驚愕したり、真顔になったり、笑ったり、みんなバラバラの反応が返ってきた。
参考になったのかは分からないけど、ともかくこれで依頼は達成だ。
(実はモモンガって私が思ってるより、もっともーっと凄い?)
この依頼は学べる事がいっぱいあって、本当にお得な良い依頼だったと思う。
ハムスケも何かの自信を取り戻せたらしく、凄く満足気だった。
沢山お話を聞かせてくれたおじさん達や、この依頼を推してくれた組合長にもとっても感謝してる。
だけど不思議な事に、他の冒険者のことを知れば知るほど、モモンガの方が遥かに凄いという結論に行き着いた。
(でも、前にモモンガは自分の事、中の上くらいの強さだって言ってたよね……)
世界はとっても広いみたいだ。
私の知らない事がまだまだ沢山ある。
モモンガの言う自分より強い人達って、どんな姿をしているのだろうか。
私は出来るだけ強い姿を頭の中で思い描こうとして――
『がおー。私こそが世界最強の魔法使い、ビックモモンガだ!!』
――山より大きい超巨大骸骨が誕生した。
うん、今のモモンガよりも強そうだ。
これはただの自分の想像だけど、可笑しくなって思わず一人でニヤニヤしてしまう。
「どうした、ネム?」
「ふふっ、なんでもないよ」
大きくなってもモモンガはモモンガ。
やっぱり私の中では、一番凄いのはモモンガのままだった。
◆
おまけ〜モモンガを癒そう〜
とある日の昼下がり。
モモンガはネムに言われるがまま、楽なローブを着た格好で横になっていた。
「……えーと、なんでこの姿勢?」
「いいからいいから」
――ネムの膝枕で。
それに加えて周りに誰もいないのでモモンガは仮面すら着けておらず、ネムの顔を下から直に見上げる形になって少しだけ恥ずかしい思いをしていた。
しかし、ノリノリのネムに押し切られてしまう。モモンガは友人からの押しに弱いのだ。
(また何か思いついたんだろうけど、この状況は……)
無心になる事も出来ず、友達に膝枕される骸骨ってどうなんだろうと考えてしまう。
友達うんぬんを抜きにしても、歳下の女の子に膝枕されているという状況がモモンガとしてはかなり気まずかった。
それでもアルベドやシャルティアから迫られる事に比べれば、「喰われる」心配がないだけ随分と安心は出来るのだが。
「支配者でお疲れのモモンガが休める良い方法を考えたんだ」
(休める方法、か。ナザリックの皆にも聞かせてやりたいよ。あいつら本当に休もうとしないんだよなぁ……)
ネムの心遣いは素直にありがたいと感じる。本当に自分は助けてもらってばかりだ。
でも、この状況は全く落ち着けない。
悪い事をしている訳ではないのに、『たっち・みー』がサイレンを鳴らして飛んで来そうだ。
「ハムスケにブラッシングしてあげてる時、すっごくリラックスした顔をしててね。櫛の刺激が気持ちいいんだって。それで思いついたんだ。モモンガにもしてあげようって」
「私に毛皮はないぞ?」
「うん、知ってるよ。だから代わりにこれ!!」
自分には毛皮どころか、髪の毛一本すら残っていない。
モモンガの頭の中で一瞬だけ「ハゲ」の二文字が浮かびかけた時、ネムが高々と右手を掲げた。
その小さな手には、一本の細い木の棒のような物が握られている。
「それは……」
「耳かきだよ。これならモモンガもきっとリラックス出来るよ!!」
「……なるほど。私は骨だから汚れる事はないが、耳の掃除は人にして貰うと落ち着くし、意外と良い案かもしれんな」
ネムの言葉を聞いて、モモンガは嬉しさを感じると共に感心していた。
モモンガは飲食が不可能だが、香りは感じるので紅茶やアロマを楽しむ事もある。
代謝がないので体が汚れる事もほとんどないが、気分がさっぱりするのでお風呂にだって入る。
自分はアンデッドの肉体になってから様々な娯楽が味わえなくなったが、耳かきはこれらに加わる新しい癒しになる可能性がある。
「じゃあ横向いて」
「ああ、せっかくだからお願いするとしよう」
モモンガは少しだけワクワクしながら、頭の側面を上に向けた。
他人に耳かきをされると、逆に不安になる人がいるかもしれない。
だが、自分にはレベル百に相応しいだけの防御力と、常時発動型の特殊技術がある。
仮にネムがどれだけ不器用でも、木製の耳かき棒程度でこの身を傷つける事は不可能だ。
そもそもアンデッドは恐怖を感じにくい。
よって自分はこの世の誰よりも安心して、耳かきを楽しめるはずだ。
「……ねぇ、モモンガ」
「ん、なんだ?」
顔がとても近いせいか、ネムの息遣いがはっきりと分かった。
骨に直接触れる指先が、これから始まる耳かきの期待感を精神の沈静化が起きない程度に高めてくれる。
「私の声、聞こえてるよね?」
「もちろん聞こえてるぞ」
「うーん……」
すぐ側から聞こえる、ネムの息を潜めたような小声。
なんとなくだが、耳をじっと見つめられている気配を感じた。
しかし、一向に耳かきが始まらない。
「耳どこ?」
困惑気味なネムの言葉でモモンガは悟る。
骨でも楽しめる癒しの新規開拓は、まだまだ難しそうだ。
最終手段が巨大化とか、ベタな怪人が好きです。最後は爆発すると尚よし。
実は指名依頼の真の依頼人はレエブン侯でした。
愛する息子リーたんの将来を考え、引退後に力になってくれそうな若い冒険者を探してます。
ネムの思い付きも偶には上手くいかない事もある。
最後のおまけはモモンガ様に「耳を塞げ」って命令された場合、耳が無いシモベはどうするんだろうという疑問からのネタです。