「モモンガ様、世界級アイテムをお貸しいただけないでしょうか!!」
「モモンガ様、父上と呼ばせてください!!」
「モモンガ様、私ハ指揮官トシテノ鍛錬ヲ始メマス!!」
(また俺の知らないところで何かが起こってる……)
今回もほのぼの&幕間っぽいお話です。
おそらく正体はバレバレですが、また奴が登場します。
時たま
ごく普通のこの村と、村に隣接するトブの大森林の境目あたりに、本日一匹の大魔獣が訪れていた。
「それじゃあ始めるよ」
「お願いするでござる」
その正体は、かつて大森林の南部を縄張りとしていた元『森の賢王』。
現在はネムの友達であり、冒険時の頼れる相棒にもなっているハムスケである。
「ハムスケ、どうかな?」
「もう少し上を頼むでござるよ……」
ハムスケは自身の腕――前脚を枕にしながら、だらりと地面に寝そべっている。
そして、ネムはそんな夢見心地なハムスケの背中の上に乗り、櫛を持った手を丁寧に動かして毛をすいていた。
「この辺?」
「あぁ、そこ、そこでござる……」
「この辺だね」
「ばっちりでござる。でも、もうちょっと強めでも構わないでござるよ」
「うん、じゃあちょっと強くするよ」
ネムは日頃の感謝を込めて、時々こうしてハムスケにブラッシングをしてあげていた。
一応伝説になるくらいの大魔獣なのだが、ゆるんだ声を漏らすハムスケからは、野生のカケラも感じられない。
「ふわぁぁ。やっぱりネム殿のブラッシングは最高でござるなぁ」
「えへへ、ハムスケは本当にこれが好きだね」
ネムにされるがままになり、感嘆の声を漏らすハムスケ。
気を抜いて半分以上目を閉じたその姿は、まるで少しだけ縦に伸ばした大福のような見た目であった。
「今の某にとって、これが一番の癒やしでござる」
「そうなの?」
「そうでござる。モモンガ殿の所で修行したら、数日は筋肉痛でござるからなぁ…… 某も休息が必要なのでござる」
疲れた様に息を吐くハムスケの言葉に、ネムはクスリと笑った。
どうやら仕事の報酬代わりに願い出た修行は、ハムスケにとって中々厳しいものらしい。
「ハムスケも大変なんだね」
「ここ百年で一番頑張ってるでござる。でもまぁ――」
これは一種の毛づくろいなのか、それともマッサージなのか、はたまた別の効果があるのか。
ネムとハムスケは一応「ブラッシング」と呼んでいるが、それが正しいかは分からない。
「――自分のために何かしてもらえるというのは、この上なく嬉しい事でござるな」
何を目的にした行為なのか、正直なところネムはよく分かっていない。
だが、それでもネムが手を動かす度、ハムスケは喜びの声をあげている。してあげる理由はそれで十分だ。
ともかく、ハムスケはネムの行う「ブラッシング」にハマっているのだから。
「じゃあ、こっちの方もやってあげるね――」
ハムスケの笑顔に嬉しくなって、ネムがせっせと櫛を動かし続けていると、不意に手元からポキリと嫌な音が鳴った。
「あーっ!?」
「ど、どうしたでござるか!? もしや某の毛が刺さったでござるか!?」
突然の叫び声に反応して、ハムスケはジタバタと手足の先だけを動かした。
慌てているのにネムが背中から落ちないのは、ハムスケが全身を揺らさない様に気を付けてくれたからだろう。
ネムはハムスケの上からゆっくりと滑り降りると、その手に握っていた物を見せた。
「どうしよう。櫛、壊れちゃった……」
「あちゃー。申し訳ないでござる…… 某の毛や皮膚は硬い故、普通より櫛が痛みやすかったのかもしれないでござるよ」
元々は人間用の道具なので、魔獣に使うのは無理があったのだろう。
櫛の歯は根本から幾つも折れてしまっており、もう毛をすくのには使えそうもない。
残念ながら修理も難しそうだ。
「――おや? こんなところで巡り会えるとは奇遇ですね、お嬢さん」
少女と一匹がしょんぼりしていると、急に二人の背後から一人の人物が現れた。
非常に目立つ黄色い服に、大きなリュックを背負った男性だ。
「……お主、何者でござる?」
「おっと。そう警戒なさらなくても大丈夫ですよ」
至近距離に近づかれるまで、ハムスケは男の気配に気が付く事が出来なかった。
いくらハムスケが気を抜いていたとしても、魔獣の鋭敏な知覚を掻い潜ることなど、ただの一般人に出来る芸当ではない。
「私、この通りっ、怪しい者ではございませんから!!」
「怪しいでござるなぁ」
そのため、両手を大きく広げながら近寄って来た不審者に、ハムスケは少しばかり剣呑な声を向けていた。
「大丈夫だよ、ハムスケ。この人お店のお兄さんだよ」
「そうなのでござるか?」
「ええ、その通りです。以前エ・ランテルの方で少々縁がありましてね」
しかし、そんなハムスケの警戒を解くように、ネムは男の正体を告げる。
突然声をかけられたので少し驚きはしたが、ネムはこの人物を知っているのだ。
この派手な服装の男は、エ・ランテルの市場で露天を開いたり、わざわざ人通りの少ない場所で屋台を引いていた店主だ。
「そうでござったか…… 疑って悪かったでござる。突然現れた様に感じたので、某びっくりしたでござるよ」
「どうやら驚かせてしまった様ですね。私、かくれんぼが趣味なもので、つい…… それで、いかがなさいましたか、お嬢さん?」
「えーと、実は――」
改めて心配そうに尋ねてくる店主に、ネムは事情をかいつまんで説明する。
話を聞き終えた店主はふむふむと頷くと、背中のリュックを地面に置いて中身を漁り出した。
「――ならばっ、これはどうでしょう!!」
わざとらしい妙なダミ声を出しながら、店主は丸く握った左手を掲げる。
リュックの中から取り出されたのは、不思議な金属光沢を帯びたブラシだった。
「本日ご紹介するのはこちらのブラシ!! このように全体のフォルムはお洒落かつ大変スマートな仕上がりです。歯の先は全て丸く加工しており、お肌を傷つける心配もございません。更に軽量化の魔化を施してありますので、子供から大人まで誰にでも簡単にご使用頂けます。また本体は半分に折り畳む事ができ、持ち運びにも非常に便利でございます。丸洗い可能でお手入れも楽チン。耐久性にも優れ、非常時には鈍器として扱っていただく事も可能です。もちろん魔獣だけでなく、人間の髪にもお使いいただけます。この性能でなんとお値段たったの銅貨四十一枚!!」
「凄いですね」
「もはや早口言葉でござるな」
あまりに長い解説だったので、ネムはバッサリと感想をまとめた。
「今よりここは臨時の出張店です。この機会にお一ついかがですか?」
「ごめんなさい。とっても良さそうだけど、今はお金がないので買えないです」
ネムは丁寧に断ったが、本音を言えば財布が手元にあっても買わなかっただろう。
銅貨四十一枚という金額は、ネムにとって超大金なのだ。
「では閉店セールという事でタダで差し上げますよ」
「わっ!? 」
しかし、取ってつけたような理由と共に、店主はネムに向かってブラシを放り投げた。
店主の手元から離れ、緩やかな放物線を描いていくブラシ。
ネムは反射的に両手でキャッチしてしまったが、直ぐに店主に返そうとした。
「あの、流石にこんな高い物は……」
「どうか遠慮せずに受け取ってください。どうせ売れなくて処分に困っていた物ですし、私も店以外にやる事が出来てしまいましたから」
だが、ネムがブラシを返そうとしても、店主は苦笑を浮かべて首を振るだけ。
既にリュックも背負い直しており、ブラシを受け取る気はなさそうだった。
「お店はやめちゃうんですか?」
「はい。少なくとも、しばらくはお休みです」
綺麗で面白い物が沢山並んでいた、あのお店を見られなくなるのは少し寂しい。
顔見知りと言っても、自分は一度買い物をしたことがあるだけだ。
こうして高価な物を貰う事には申し訳なさがある。
「私は髪がな――ゴホンっ。私が持ち続けるより、きっと貴女に使って頂く方がブラシも本望でしょう」
「でも……」
ネムはこのままプレゼントとして受け取っていいのか迷った。
以前この店主は、店で売っている商品は全て手作りで、どれも自慢の一品だと言っていたからだ。
「……私のお店の最後を飾る商品、使ってくれませんか?」
店主にとって大事なお店の締め括りが、本当にタダで良いのかは分からない。
最後の客となるのが、本当に自分で良いのかも分からない。
「ありがとうございます。大切にしますね!!」
「いえいえ。 ……少しでもお礼がしたかったのは、私の方ですので」
けれど、ネムはブラシを優しく握りしめ、店主の気持ちを汲んでお礼だけを伝えた。
――満足げに微笑んだ店主は、ネムにはよく分からない意味深なセリフを残したが。
「あのっ!! お店をやめたら、今度は何をするんですか?」
人間働かなくては食べていけない。お店をやめるという事は、別の仕事を始めるという事だ。
次にいつ会えるかも分からないので、ネムは率直に聞いてみた。
「んー、そうですね。私の新しい仕事を一言で表すなら――」
店主は顎に手を当てて少し考え込んでいる。
あれだけ素敵なアクセサリーが作れるのだから、きっと手先は器用なのだろう。
裁縫に鍛冶、大工や家具職人、もしかしたら料理人なんて事もあるかもしれない。
物作りが得意な神出鬼没の商売人は、次はどんな商売を始めるのだろうかと、ネムも予想しながら返答を待った。
「トレジャーハンターです!!」
「へ?」
しかし、返ってきたのはあまりにも予想外な答えで、ネムは思わずポカンとしてしまう。
(物作り、関係ないんだ……)
キメポーズ&キメ顔で言い切った店主は、ネムが再び口を開く前に、片手を振りながら颯爽と森の奥へと消えていくのだった。
「凄く良いブラシだね、これ」
「凄く気持ちの良いブラシでござったな」
さっそくネムが新しいブラシの使い心地を試してみると、店主の説明通りとても良いブラシだった。
何の金属で出来ているのかは分からないが、ハムスケも気に入ったようである。
そして、ネムが貰ったブラシを何となく眺めていると、ふと、先程話していた店主が心配になった。
「あっ。ねぇ、ハムスケ。あのお兄さん一人で森に入っちゃったけど、大丈夫なのかな?」
「さっきの店主の事でござるか?」
いつもハムスケが一緒にいるせいで忘れがちだが、トブの大森林は非常に危険な場所である。
ここは森と村の境界あたりなのでそれほどでもないが、もう少し奥に足を踏み入れれば一瞬で人外の巣窟に早変わりだ。
一般人だろうが冒険者だろうが、例外なく命の危険に晒される。
――もちろんモモンガは除くが。
「あれだけ気配を隠すのが上手なら、森のどんなモンスターにも見つからんでござろうな。だからそう心配しなくても大丈夫でござるよ」
「そっか。かくれんぼが趣味って言ってたもんね」
だが、ハムスケが珍しく太鼓判を押したので、ネムの心配はすぐになくなった。
ハムスケはこういった事で誤魔化しを言わない性格なので、あの店主はきっと無事なのだろう。
「それにしても、商売人にも凄い人間がいるものでござるなぁ。某に全く悟られずに、あれだけ近づける者はそうはいないでござるよ」
「そんなに凄かったんだ。実は元冒険者だったのかな?」
「そうかもしれないでござるな」
整えたばかりの毛皮をモフモフしながら、ネムは店主の誇らしげな姿を思い出す。
「……私も宝探しとかしてみたいなぁ」
最近家族の前では口にしない様にしている『我が儘』が、思わずポロリとこぼれ落ちた。
「モモンガ殿の家なら、宝くらいその辺に転がってそうでござるな」
「うん、ありそう。本当に転がってたりして…… むしろお家全部がお宝かも?」
「まぁ某は見つけるなら、宝より食べ物がいいでござる。金塊でお腹は膨れないでござるよ」
「あははっ、ハムスケらしいね。モモンガなら絶対食べ物より宝物の方だね」
ハムスケと他愛のないお喋りをしながら、ネムは考える。
自分は冒険者の仕事をたまにしているが、どれも出来る限り安全で堅実な依頼を選んでいる。
そもそもモモンガがいなければ、冒険者になろうとも思わなかったはずだ。
「モモンガ殿はもとより食べ物を食べないでござるし、いつも豪華な装備をしてるでござる。貴重な物にも目がないので、確実に宝物の方が好きでござろうな」
「でもモモンガって、実は地味な服装の方が落ち着くから好きなんだよ」
「そうなのでござるか?」
「うん。あんな凄い所に住んでるのに、本当は部屋も小さめの方が良いんだって。不思議だよね」
あんな店主の様な大人は珍しいのだろう。
今ある仕事をやめてトレジャーハンターを生業にしようなんて、普通の人間はとてもじゃないが思わない。
少なくともネムには、日々を生きるために必死な開拓村の村人では、夢やロマンを追う生き方は出来ない。
「モモンガ殿は存在自体が不思議過ぎでござる。あらためて何者なんでござろうな?」
「普通に別の世界で生まれたアンデッドじゃないの?」
「その時点で普通ではないでござる」
「えー、そうかなぁ。モモンガは凄いけど、結構普通なところも多いよ?」
「骸骨が普通…… ネム殿は大物でござるな」
「きっと元は普通の人間だったけど、死んじゃってからいっぱい頑張って、それで凄い骸骨になったんだよ」
「ふむ、あれは果たして努力でどうにかなるレベルでござろうか…… 顎も少し尖っているでござるし、本当に元は人間だったのでござるか? モモンガ殿の異常な強さと覇気は、生まれながらのものだと思うのでござるが……」
「溜息とか、時々深呼吸もしたりしてるし、少なくとも死んじゃう前は人間だと思うけどなぁ」
――けれど、友達を遊びに誘う事くらいは出来る。
モモンガはレアな物やロマンのある物が好きだ。だからきっと宝探しにも興味があるだろう。
ネムは今度モモンガに会ったら、宝探しに誘ってみようと思うのだった。
「もし修行の末に力を得たのだとすると、一体どれほどの時を過ごせばモモンガ殿の様な強さに至れるのやら…… 三百年も生きていない某には、皆目検討もつかないでござる」
「モモンガは三十歳くらいだよ」
「まさかの歳下でござるか!? やっぱりモモンガ殿は生まれながらの強者に違いないでござる!!」
◆
リ・エスティーゼ王国、某所。
防諜対策が施された一室に集まったのは、冒険者チーム『蒼の薔薇』の五人のメンバー達。
室内にいる事もあって冒険者としての装備は外し、今は全員ラフな軽装で過ごしている。
テーブルに紅茶が置かれている様は、まるでちょっとした女子会のようだ。
しかし、見目麗しい女性達が顔を突き合わせていても、女子会にしては些か剣呑な空気が部屋には満ちていた。
「これまで潰した畑は六つ」
「だけど流通にほぼ変化なし」
「そう。やっぱり根本から断つしかないわね……」
そしていつの間にか老婆が一人、誰にも気づかれずにこの部屋に侵入していた。
老婆は彼女達の側の椅子に静かに腰掛けながら、ニヤニヤとした笑みを浮かべている。
「――んで、結局どうすんだよ」
男が羨む程の肉体美を誇る、見目逞しい筋肉質な女性――ガガーラン。
彼女は手に持ったティーカップの中身を豪快に飲み干し、対面に座るラキュースに問いかける。
彼女達が話し合っているのは、王国を蝕む裏組織『八本指』についてだ。
「奴らの拠点で手に入れた暗号の解読は自分達には無理だった。姫様の頭なら解けるかも」
「……ラナーは新国王であるザナック陛下の補佐、その他国内の事業で手一杯。現状では彼女に協力を頼むのは無理ね」
「ちっ、久々に眺めたかったのに」
「ならいっそゴリ押しでいくのはどうだ? 戦士団から手を借りてよ、堂々と殴り込みに行こうぜ。ラキュースの実家なら直接頼むツテくらいあんだろ」
「ツテ自体はなくもないけど…… ストロノーフ様はおそらく動けないわ」
ラキュースは両手をぎゅっと握りしめながら、疲労の感じる声音で質問に答える。
だが彼女の持つ正義感ゆえか、その瞳に諦めは微塵も感じられない。
「せっかく新しい王様に代わって国も良くなりそうだってのに。ちっ、八本指め」
「国の景気が良くなれば、当然悪党の懐も潤う。今は麻薬を買うだけの金が市民にも流れてる」
「むしろ悪党の方が潤う。奴隷部門以外は業績が右肩上がりのはず」
眉間にシワを寄せ、思わず悪態をつくガガーラン。
双子の忍者――ティアとティナは冷静なツッコミを入れた。
「ふんっ。これまでの様に奴らの小さな拠点を潰し続けても、嫌がらせにしかならんぞ」
仮面を着けた赤ずきん――深紅のローブを纏ったイビルアイは、厳しい意見を述べる。
残念ながらこれはイビルアイだけの私見ではなく、蒼の薔薇の皆が感じている事でもあった。
「やるなら最低でも幹部クラスを潰さないとな。だが、貴族との癒着が激しい奴らのことだ。すぐに釈放されて終わる可能性もあるぞ」
「それでも、以前よりはマシなはずよ。貴族派閥より、新王であるザナック陛下の方が発言力も強いわ」
「王派閥に奴らと繋がっている者がいないと良いがな」
事実、ザナックが新国王となってから国の景気は目に見えて良くなったが、腐敗の原因が完全に消えたわけではない。
汚職に手を染める無能な貴族と、それらを利用する八本指はまだまだ健在だった。
あと二、三回ほど収穫期に戦争を仕掛けられたら、王国は国力が下がり切って完全に詰むだろう。
今年は何故か帝国からの宣戦布告がなかったので助かっているが、ギリギリの状態に変わりはなかった。
「――相変わらず、ラキュースはおてんば娘のままだねぇ。むしろ前よりおてんばが増したんじゃないかい?」
暗い雰囲気を打ち消すように、突然老婆が快活な声を出して場の空気を壊した。
ラキュース達も話の手をピタリと止め、声の聞こえた方に顔を向ける。
注目を集めた老婆――リグリット・ベルスー・カウラウは、彼女達の困惑する表情をそれは楽しそうに眺め返していた。
「久しぶりね、リグリット。――って歓迎したいところだけど、どうやって入ってきたのよ? 一応ここ、会員制のしっかりした宿なんだけど」
「気配がなさすぎて忍者もびっくり」
「むしろリグリットの方が忍者」
ラキュース達に若干責めるような目を向けられても、リグリットは笑って受け流した。
彼女達は他人に聞かれたくない話をするために集まっていたのだが、リグリットの人となりは知っているため、不法侵入された当の本人達もどこか気の抜けた対応だ。
「なんだ、婆さんは冒険者を引退したんじゃなかったのか?」
「もちろん引退したさ。わしをいくつだと思ってるんだい。泣き虫の嬢ちゃんに後を任せてからは、のんびり余生を楽しんどるよ」
「誰が泣き虫だ、リグリット!!」
「そりゃあんたに決まっとるじゃろ。なんなら昔話でもするかい? 一緒に旅をしてまもない頃、お前さんが夜に一人で――」
「そ、その話はやめろぉぉっ!?」
普段の尊大な態度が崩れ、イビルアイは幼い少女のように悲鳴をあげた。
今では伝説となっている十三英雄の一人にして、実は蒼の薔薇の初期メンバーでもあったリグリット。
特にイビルアイとは古くから親交があった事もあり、リグリットがイビルアイをからかうネタには事欠かない。
本気の実力なら王国最強と言っても過言では無いイビルアイなのだが、両者の力関係は明らかだった。
「んで、婆さんは何しに来たんだよ。昔話がしたいってんなら、後で酒場で付き合うぜ」
「たまにはそれも悪くないねぇ」
「はぁ、リグリット。本当にただ昔話をしに来たわけでもないんでしょう?」
「若いもんがせかせかするんじゃないよ。まあ、知人に頼まれて少し探し物をね。王国の近くを通ったもんだから、会えたらあんた達にも聞いてみようと思ったのさ」
あっさりとここに来た目的を話すリグリット。
八本指の対策会議で疲れていた彼女達は、休憩がてらリグリットの話を聞く事にした。
「最近現れた強い奴を知らないかい? 目立った存在なら、人でも魔物でもいいんだがね」
「目立つような奴?」
「何か心当たりはあるかい? ラキュースの魔剣みたいに、強いマジックアイテムを持ってる奴でもいいんだ」
「強いマジックアイテムねぇ…… パッとは思いつかねぇな」
「私のキリネイラムと同等っていうと、伝説に謳われるレベルよね」
リグリットの質問に皆が首を傾げた。
ラキュースの所有する魔剣は、かつて十三英雄の一人が持っていたとされる物だ。
『四大暗黒剣』の一振りであり、夜空の闇を凝縮したかのような刀身を持ち、現代の鍛冶師では再現できない破格の性能を誇っている。
そして暗黒剣というだけあって、それなりにいわく付きの武器だ。
――聖なる力を扱う神官であるはずのラキュースは、何故かこの魔剣を妙に気に入ってるようだが。
「これと同レベルのアイテムを持ってる人なんて、噂でも聞いた事ないわね」
「そうかい。まっ、強すぎる力を持つ物はあまり見つからない方が、世のためではあるんだがね」
そう告げながら、リグリットは頭の中で別のあるアイテムを思い浮かべる。ラキュースの叔父、アズス・アインドラが所有する魔法の鎧だ。
実はアズスの持つ鎧は、アダマンタイト級の持ち物としても群を抜いて希少で強力な物だ。
ある意味その鎧の出どころを知っているリグリットは、同じようなものが見つかっていない事に少しだけホッとした。
「おい、リグリット。それはツアー絡みの探し物だな」
「そうだよ。時期的にそろそろだからね」
「そうか。もうそんなに経ったのか……」
仮面でその表情は見えずとも、イビルアイの声にはどこか慎重さと哀愁が含まれている。
深く考え込むその姿は、一人だけリグリットの事情を察している様でもあった。
「人以外でもいいなら、トブの大森林に現れたドラゴンはどうだ?」
「ドラゴンか…… どんな奴だったんだい?」
「あれは強いなんて生易しいもんじゃなかったぞ。偶々依頼で森に行った時に出くわしたんだけどよ。でも最近現れたというか、そいつは目覚めたって自分で言ってたけどな」
ガガーランのドラゴンという発言に、リグリットは少しだけ目を細めた。
そして、続きを話そうとしたガガーランよりも早く言葉を発したのは、目だけ笑っている双子の忍者だった。
「イビルアイが『私達で十分対処出来る。キリッ』って言った奴」
「でも実際に遭遇したらイビルアイが真っ先に『早く逃げろ』って泣き叫んだ奴」
「私は別に泣いてない!! それにあんなのは予想外だと言っただろ!?」
「『この魔獣より強くても、竜王クラスという事はない。キリッ』だっけ?」
「森の賢王がやめとけって、助言までくれたのに」
「お、お前らぁ……」
真顔の双子が代わる代わる繰り出した煽りを受けて、ワナワナと震えだすイビルアイ。
「『私は第五位階の魔法が使える。最強の魔法使いだ。キリッ』って、子どもに自慢してたのに」
「『どんなドラゴンが相手でも、私なら問題ない。キリッ』ってドヤ顔してたのに」
「捏造するな!! そこまでは言ってないだろ!!」
しかし、双子の忍者の口は止まらない。
蒼の薔薇最強の
もっともティアとティナが付け足した内容のおかげで、リグリットはどんな状況になったか大体は察する事が出来たのだが。
「くっ、かかか…… 相手がドラゴンと知りながら慢心したとは、お前さんも随分と思い上がったもんじゃのう」
「ち、違うぞ。あれは慢心じゃなくて――」
慌てて弁明をしようとするイビルアイを見て、リグリットは笑いを堪えるように口元を隠す。
ちなみに今は抑えていてるが、リグリットも今度会った時はこのネタでイジル気満々である。
「はいはい。ティアもティナも、イビルアイをいじめるのはその辺にしなさい。あれは私達の総意よ。強いて言うならリーダーである私の判断ミスね」
「どちらにせよみんな無事で良かったじゃないか。目覚めたというなら、恐らくわしの探し物とは無関係だろうよ」
「尊い犠牲はあったけど」
「生き返らせたからノーカン」
リグリットとしてはもう少し詳しく話を聞いても良かったが、イビルアイが完全にへそを曲げてしまっている。
彼女はいつも以上にローブを深く被り、枕を握りしめて部屋の隅に行ってしまった。
リグリットも情けとして、今日の所はこれ以上その話を蒸し返すのはやめておいた。
「ああそうだ。期待の新人って事なら、トブの大森林にいる伝説の大魔獣、『森の賢王』を使役してる冒険者がいるぞ」
「確かに期待の新人ね。でもあの子、あくまでも賢王とは友達のつもりだったわよ」
ガガーランの挙げた冒険者の事を思い出したのか、ラキュースは笑ってそれに同調している。
だがその表情は、屈強な冒険者を思い浮かべているというより、何か可愛らしいモノをイメージしている様な柔らかい笑みだ。
「今は
「あの魔獣の力があるなら、最低でもミスリルはいけるでしょうね」
二人の話を聞き、リグリットは考え込んだ。
珍しい部類だが、魔獣を使役する者は普通に存在する。それこそ帝国の軍隊でも、魔獣に騎乗する部隊があるくらいだ。
「……それほどの存在を使役する冒険者がいるとはねぇ」
それでも不可解な点はある。
魔獣などの使役自体は不可能でなくとも、そういった能力や技術は、基本的に自分より弱い存在しか従える事が出来ないのだ。
つまり、弱い人間が強力な魔獣を従えるのは、まず無理なのである。
(もし噂が本当なら、『森の賢王』は人が従えられるような存在じゃない…… 少しきな臭いね)
自身もアンデッドを使役出来るので、ある程度は使役に関して必要な力量差の推測ができる。
ユグドラシル産のアイテムの関与を疑ったリグリットは、心の中で調査対象としてメモをした。
「なぁ、そっちの話を続けるのもいいけどよ。俺たちの仕事もちょっと手伝っちゃくんねぇか?」
「こんな年寄りを捕まえて何やらせようってんだい。まぁいいか。情報のお礼に、ほんの少しだけ手伝ってあげるとするかね」
ガガーランからの思い掛けない提案。
少しだけ考えたリグリットは、ちょっとしたお礼と、裏社会での情報収集も兼ねるつもりで了承した。
一応理屈をつけてはみたが、本当の理由の大部分は、彼女達に対する情があるからだろう。
「マジかよ。ははっ、こりゃなんでも言ってみるもんだな!!」
「これで私達も楽が出来る」
「諜報活動代わりによろしく」
「主体はあんた達だよ。わしはちょびっと手伝うだけさ」
「でも本当に心強いわ。ありがとう、リグリット」
打倒八本指に向けての作戦会議。
何か妙案が浮かんだ訳でもなく、状況が良い方向に進んでいる訳でもない。
だが、まさかの展開でリグリットの助力が決まり、蒼の薔薇の面々は少しだけ歓喜の表情を見せるのだった。
「ふんっ。あんなのは例外中の例外だ…… 竜王クラスじゃなきゃ、私だってドラゴンの一匹や二匹くらい……」
だだし、部屋の隅っこに蹲り、ぶつぶつと呟いているちびっ子は除く。
◆
おまけ〜残念でポンコツで――そして可憐な吸血鬼〜
「――はじまりました『ネムの部屋』。今回のゲストはシャルティアさんです!!」
「よろしくでありんす」
ネムの元気な掛け声と共に、何処からか流れる「るーるるー」という肉声のBGM。
見た目だけで言えば、二人の少女が笑顔で座っている可愛らしい光景だ。
「わたしはアルベドと違って出来る女でありんす。気楽に楽しくお話しするとしんしょう」
「はい、よろしくお願いします」
以前アルベドが謹慎を言い渡された事を知っているためか、シャルティアは自信満々な様子だ。
「じゃあ何からお話ししますか?」
「そうね、ならネムとモモンガ様のアレコレについて聞きたいでありんす」
「モモンガのこと?」
二人の共通する話題を考えれば、それに行き着くのは必然とも言える。
そして、モモンガの寵愛を狙うシャルティアが、モモンガと仲の良いネムに話を聞きたいのも当然である。
なので今回はこの企画としては珍しく、ネムが質問される側になった。
「気になっていたのでありんすが、モモンガ様とはいつどこで知り合ったのでありんすか?」
「モモンガとはナザリックの円卓で会いました。初めて会ったのは、確か私がまだ九歳の時だったかな?」
「出会いはナザリックと…… それで、普段は会って何をしていたのでありんすか?」
「いつも私が寝てから会ってたけど、お喋りしてる事が多かったです」
「寝てからお喋り?」
ネムの言葉をどう受け取ったのか。少し言葉を繰り返して考え込んだシャルティアは、急に両手を顔の前で組んだ。
「――なるほど。そういうことでありんすか」
シャルティアはしたり顔で、某深読みの悪魔の様な事を呟いた。
考えるまでもないが、まず間違った結論に至ったのだろう。
「ネム、大丈夫でありんす。今みたいにオブラートに包んでくれても、わたしはキチンと理解していんすよ」
シャルティアは何かを察した優しい笑みを浮かべ、ネムに寄り添う聖女のような雰囲気を出す。
「寝てから会う――これは一種の隠語でありんすね」
しかし実際は寄り添うどころか、相互理解から最も遠い存在となった。
「つまりピロートークというやつでありんしょう? そのまま言うのが恥ずかしいなんて、なんて可愛らしいんでありんしょうか」
「まくらのお話?」
シャルティアの頭の中は淫靡な色で埋め尽くされており、もはや聖女ならぬ性女である。
さらに残念なことに、お互い致命的なすれ違いに気付かぬまま、会話は進んでしまった。
「あら、失礼。わざわざぼかしたのに、確認するのは無粋でいんしたね。さぁ、そのまま話してくれて構いんせんから、続きを聞かせてくんなまし」
「えっと、あとはお喋りだけじゃなくて、モモンガの出してくれたお馬さんに乗ったり」
「モモンガ様の馬並みに!?」
ネムはモモンガの持ち物である動物型ゴーレムに、遊びで乗せてもらった話をしただけだ。
たったそれだけの話なのだが、シャルティアはゴクリと喉を鳴らす。
シャルティアの異様とも言える食い付きに、ネムは少し不思議に思った。
「も、モモンガ様の馬並みは、一体どんなありんすでありんしょうかぇ!?」
「んー、普通の馬よりちょっと大きくて、石みたいに硬かったよ」
「ハァハァ、大きくて、硬いんでありんすね……」
ネムの説明に目を見開き、言葉と息を荒くするシャルティア。
馬を模した石のゴーレムなので、普通に大きいし硬いのも当たり前である。
「それでどっちが早くゴール出来るか遊んだりもしました」
「どちらが早くイケるかの勝負だなんて、羨まし過ぎるでありんす……」
これはネムが夢の中でナザリックに遊びに来ていた頃の話だ。
ゴーレムを使ったレースで勝負していたというだけの健全な話である。
「何回戦したんでありんすか?」
「その時は一回だけだったと思います」
「モモンガ様は回数より質を重視するんでありんすね。ちなみに勝ったのはどちらでいんしょう?」
「私の方が早くゴールしました!!」
「はぁ、流石はモモンガ様。その手の妙技に関しても、至高の領域におわすという事でありんすね」
ネムは自慢げに答え、シャルティアは納得したように頷いた。
円卓の周りを一周するレースをした際、勝ったのは確かにネムである。
「ネム、お願いでありんす。次にヤる時は私も誘ってほしいでありんす!!」
「いいですよ?」
何故か土下座しそうな勢いで頼まれたネムは、深く考えずに了承した。
当然ネムは純粋に遊びに誘われたと思っている。
シャルティアの妄想は一ミリもあっておらず、ここまで会話が成立していたのは奇跡である。
「やったでありんす!! これで念願のモモンガ様との複数プレ――」
歓喜しながら立ち上がったシャルティアは、いきなり背後からがっしりと頭を掴まれた。
掴まれている頭に触れた硬すぎる指の感触、そして何よりも至近距離で感じる至高のオーラから、シャルティアは誰が自分を掴んでいるのか悟る。
「――そこまでだ、シャルティア」
――
自らを支配する圧倒的な上位者としての声で、モモンガに耳元で囁かれたシャルティア。
ご褒美にしかならない仕打ちを受け、シャルティアの下着は少し不味いことになった。
「あっ、モモンガ」
「すまないな、ネム。シャルティアも非常に疲れている様だから、今日のところはここまでだ。分かっているな、シャルティア?」
「は、はいでありんす……」
深読みと勘違いを重ねた結果、シャルティアは謹慎三日となった。
ちなみに氷結牢獄に入れられたシャルティアは、モモンガにネムとの会話の中での勘違いを教えられたが、それでも満足した表情をしていたらしい。
「あれほどのご褒美を頂けたのでありんす。これっぽっちも悔いはありんせん」
ことの経緯を知ったアウラからは「馬鹿じゃないの?」と、呆れながら言われたそうだ。
そういえば国王は第二王子ザナックに変わったけど、『八本指』がまだ壊滅してないと思い出したので、ちょろっと話に出してみました。
おまけではついにシャルティアが深読みスキルを発動です。
この世界の翻訳が上手く働かなかったのか、それともシャルティアの煩悩が強すぎたのか、結果はご覧の通りでした。