夢の中で出会ったお友達
夢とは大抵がコントロール出来ないものだ。
ある時は訳もわからない存在に追いかけられたり。またある時は死んだ人や有名人など、ありえない組み合わせの人が集まって登場したり。
美味しそうな食べ物にかぶりつこうとした瞬間――味わう間も無く目が覚めてしまったりする事もある。
意識はあるのに何も思い通りにはいかない。寝ている時に見るのはそんな夢ばかりだ。
しかし、なんの変哲もない村に住む、ごく普通の少女――
――ネム・エモットはある日突然、変わった夢を見るようになった。
「……ここ、どこだろう?」
今自分が立っている場所はとても大きな丸い机の上だった。
その大きさは軽く走り回れそうな程で、光沢のある白い素材は何で出来ているのか分からない。
そして自分の足下――机の中央には見たこともない模様がデカデカと描かれている。
「すごい綺麗……」
キョロキョロと辺りを見回すと、これまた見た事がないほど豪華な造りの部屋だった。
角のない丸い部屋で、所々に模様の描かれた白い壁に立派な黒い柱が立っている。おまけに一箇所だけ壁に長方形の窪みがあり、黄金の杖のようなものまで飾られていた。
自分が今乗っている机だけで部屋の大半を占めているが、天井も非常に高く、この一部屋だけで自分の家よりも大きいだろう。
「えいっ。……全然痛くない。やっぱり夢だ!!」
軽く頬を抓ってみるが痛みは全くない。
自分は今夢の中で、どこかのお城にいるのだと思った。
自分の意思で動ける夢なんて中々見られない。しかもこんなに素敵な場所の夢を見る機会もそうはないだろう。
「よしっ、探検だ!!」
これは探検してみないと勿体ない。
手始めにあの金ピカの塊を近くで見てみよう。
机から降りるため、周りに並べられた高級そうな赤い椅子に足を下ろそうとした時――
「――はぁ、やっぱり誰もログインしてないか。今日も一人で金策かな…… っえ? 誰?」
――豪華な闇色のローブを着た骸骨が現れた。
「っおばけぇぇぇえ!?」
「はい、アンデッドですけど――っ危ない!!」
何の前触れもなく現れた骸骨に驚き、下ろしかけていた足を椅子から踏み外してしまった。
――このままだと頭から地面にぶつかるっ!?
「――っ!!」
自分の体が机から落ちていく感覚に恐怖し、思わず目をギュッと瞑ってしまった。
夢だからこれもきっと痛くないよね――一瞬のうちに祈ってみたが中々衝撃が来ない。
恐る恐る目を開けると、自分は真っ白な骨の手に優しく抱き抱えられていた。
「あっ!? いや、これは反射的に動いてしまって…… すみません!! 決して体に触ろうとした訳じゃ――」
そして何故か骸骨はとても慌てていた。
骨の顔に表情は存在しないが、その声から強い焦りが伝わってくる。
「助けて、くれたの?」
「――ですのでセクハラする意図はなくて…… え? いや、はい、そうですけど……」
急ぎつつも丁寧に自分を下ろし、そっと立たせてくれた骸骨に向き直った。
赤黒く光る骸骨の目――顔の目の部分の空洞が光っているだけなので、本当に目なのか分からないけど――を見つめながら、勇気を振り絞って尋ねてみる。
「……私のこと、食べたりしない?」
「食べるって、そんな事しませんよ。それにアンデッドは飲食不要だから、何も食べれませんし」
アンデッドは人を襲うとても怖い存在だ。
見かけても決して近づいてはいけないと、両親や姉から散々言い聞かされてきた。
(でも、ここは私の夢だからいいよね)
しかし、この夢に出てきたアンデッドは優しいのかもしれない。
今だってこうして自分を助けてくれた。
それなら自分がするべき事は一つだ。
「助けてくれてありがとうございます!!」
「んん? あれ、よく見たらアイコンが無い? NPCなのか? いや、でも会話出来てるし…… 表情だと!? マップにも表示されないって、一体どうなって……」
「どうしたの?」
自分がお礼を言うと、目の前の骸骨はよく分からない事を呟きながら考え込んでいる。
「――なるほど、中の人有りか。そういうイベント、それかテスターかな…… ごほんっ。……我がギルドに迷い込みし者よ。君は一体どこから来たのかな?」
「ぎるど? えっと、住んでる村はカルネ村だよ」
さっきまでの優しげな声から一転、急に骸骨の声が低くなった。
でも怖い感じがする訳じゃなくて、カッコよくて大人っぽい男の人の声だ。
「カルネ村…… 聞いた事がないな。人間種しか行けない場所にあるのか? いや、それとも未発見の――」
再び骸骨が考えこもうとした時、急に自分の体が透け始めた。
「えっ、何これ?」
「なんだ、もう終わりか。結構短かったな。でも久しぶりにワクワクするイベントだったよ。運営も偶には粋な事をするんだな」
「うんえい?」
「いや、すまない。それを言うのは無粋だったな。……泡沫の如く一時だったが、中々面白かったぞ。少女よ、最後に君の名前を教えてくれないか?」
「私はネム、ネム・エモットです。バイバイ、骸骨さん――」
自分の名前を伝え、骸骨にお別れを言うとすぐに視界がぼやけてきた。
そして、何も見えなくなる。
――だよ……もう……ネ……
真っ暗になった視界に段々と明かりが入ってくる。
そして、自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
「――ネム、起きて。早くお母さん達のお手伝いしないと」
「……あ、お姉ちゃん。おはよー」
「うん、おはよう。さぁ、ネムも早く準備して」
「はーい……」
自分を軽くゆする姉の声で目を覚まし、目元を擦りながらベッドを出る。
眠気の残る頭でゆっくりと着替えていると、姉が心配そうに声をかけてきた。
「今日は珍しく寝起きが悪かったけど、体の調子でも悪いの? 大丈夫?」
「うん、大丈夫。あのねお姉ちゃん、お城に行く夢を見たの!! すっごく綺麗な部屋でね――」
昨日見た夢は不思議な感覚だった。今まで見た事のある夢と違って、何があったか今も鮮明に覚えている。
ネムは興奮で眠気を吹き飛ばしながら、夢の内容を楽しげに語るのだった。
◆
少女は夢の世界で変わった骸骨と出会った。
交わした言葉はほんの少しだけ。その時間もほんの僅か。
それはたった一度きりの不思議な夢――では終わらなかった。
次の日の夜、ネムは再び同じ夢を見る。
「……昨日と同じ場所だ。骸骨さんはいないのかな?」
ベッドに入って眠りについた後、いつの間にかまたこの場所に来ていた。
辺りを見渡しても昨日見た夢と変わらず、大きな机がある広くて豪華な部屋だ。
昨日と違いがあるとすれば、自分が机の上ではなく普通に床の上に立っている事くらいだろうか。
「――あれ、今日もいるのか?」
「あっ、骸骨さん」
辺りを確認していたら、前と同じようにいきなり骸骨が現れた。
「こんばんは。やっぱり同じ夢なんだね」
「ああ、こんばんは。確かネムだったな。夢、とはどういう事かな?」
この夢に出てくる骸骨は自分よりかなり背が高い。村に住む大抵の大人よりも大きいと思う。
でも出来る限り自分と目線を合わせようとして、わざわざしゃがんでから質問をしてくれる。
今も挨拶をしたらちゃんと返してくれたし、やっぱり親切な骸骨だ。
「違うの? ここは私の夢の中だよね?」
「夢の中? つまりネムは今寝ているのか?」
「うん。それにほら、ほっぺた抓っても痛くないよ」
ほっぺたを両手で引っ張り、痛くない事を骸骨に向かってアピールしてみせる。
すると骸骨はどこか納得したように「なるほど。そういう設定か……」と、小さく呟いていた。
「君はどうやら夢を見ている状態でここに迷い込んでいるようだな」
「ここは私の夢じゃないの? もしかして骸骨さんの夢?」
「私の夢…… ああ、そうとも言えるな。ここは私と仲間達で作った夢の結晶だ」
どうやら自分は凄い体験をしているようだ。
他人の――人ではないけど――夢の中に入れるなんて、まるで魔法のようだ。それも二回もだ。
「すごーい!! ここは骸骨さんがお友達と作ったお城なんだね。ねぇ、どうやって夢の中でお城を作るの?」
「ふっ、君は中々面白いな。本来なら侵入者には罰を与えるところだが、君は盗賊でもないようだし見所がある」
「あっ、ごめんなさい。勝手に入っちゃいました」
「はっはっは、君の場合は仕方ないさ。もちろん許すとも」
この骸骨は見かけによらず優しい。
やっぱり夢の中のアンデッドは普通とは違うみたいだ。
それともこの骸骨が特別なのだろうか。
豪華な服を着ているし、お腹に赤い玉が付いてるけど、他のアンデッドを見た事がないので違いもよく分からない。
「ここは元々あったダンジョンを仲間達と攻略して、拠点にするために色々と改造したのだ。物作りが得意な仲間が多くてな。みんな凝り性だったから、随分と時間をかけたものだよ……」
「へぇー、お友達はすごい人だったんだね」
「ああ、みんな凄いやつばかりだったよ……」
夢の中で物が作れるなんて本当に凄い。自分はそんなこと出来ないし、試そうとする事すら出来なかった。
もしかしたら今なら――夢なのに自分の意思で動ける――何か作れるかもしれないが、残念ながら手元に材料がない。
お花があったら冠くらいは作れたかもしれないのに。
骸骨の語るお友達の話に感心していたが、一つ大切な事を忘れていた。
「骸骨さんの名前、なんていうの?」
「おっと、こちらだけ名乗っていないのは失礼だったな。――我が名を知るがいい。我こそはギルド"アインズ・ウール・ゴウン"の長であり、このナザリック地下大墳墓の支配者――モモンガである!!」
骸骨の見た目はちょっと怖い。
そして低い声を出している時は、頼もしくてカッコいい感じがする。
「よろしくね、モモンガ!!」
でも名前は意外と可愛かった。
◆
かつて日本国内で最高峰のDMMO-RPGと呼ばれたゲーム――『YGGDRASIL』
しかし、それも最近はプレイヤーの過疎化が激しい。
かく言うモモンガ自身がギルド長を務めるギルド――『アインズ・ウール・ゴウン』のメンバーも四十一人中、三十七人が引退してしまった。
ギルドに籍があり、なおかつアカウントを残している者は僅か数名。それもここ数年はログインすらしていない者達だけだ。
そんな状況でも、モモンガは仲間達との思い出が詰まったこのゲームを辞める事が出来なかった。
かつての仲間達がいつ戻ってきてもいいように、日々の忙しい時間をやり繰りしてギルドの維持費を稼ぎ続けている。
効率だけを考えた狩りを行い、稼いだ金貨を宝物殿に放り込む。つまらない金策のためだけにログインする毎日だ。
しかし、ある日からほんの少しだけ、モモンガはユグドラシルにログインする楽しみが出来ていた。
「――こんばんは、モモンガ。今日もお喋りしよ!!」
「こんばんは、ネム。今日も夢の中に来れたようで何よりだ。さて、椅子を用意しよう。〈
「ありがとう!! やっぱりモモンガの魔法は便利だね」
寝ている間だけモモンガの夢と繋がって、ナザリックの円卓の間に現れる――という設定の少女、ネム・エモット。
肩くらいまで伸びた髪を二つ結びにした、十歳くらいの小さな女の子だ。
初めて彼女を見た時はプレイヤーを示すアイコンがなかったり、表情が実装されていたりして驚いたものだ。
「お姉ちゃんったら酷いんだよ。ちょっと休憩してただけなのに、サボるなーって怒るんだもん」
ネムが来るとモモンガはいつも魔法で特製の椅子を二人分用意し、それに座って向かいあって話していた。
ネムは子供らしくコロコロと表情が変わり、その純真無垢な様子にはとても癒される。
モーションキャプチャーを使っているのかと考えもしたが、表情や体の動きの出力が綺麗すぎる。
恐らくアバターを動かしているのではなく、何かしらの方法で本人をそのまま投影しているのだろう。
「はっはっは、それはタイミングが悪かったな。それにしてもネムの世界は自然が豊かで楽しそうだ」
「普通だと思うけど? あっ、でも村の近くに大きい森があるよ。魔物が出るから入っちゃダメって言われてるけど」
このネムという少女のロールプレイは非常に完成度が高かった。
魔法や魔物など、ファンタジーな要素が入った世界観で暮らす普通の村娘。その設定を壊す事なく、されど自然体で話しているように感じられた。
「エンカイシっていう薬草があってね、カルネ村の特産品なんだ。潰して保存するんだけど、すっごく臭いんだよ」
「ほぅ、聞いた事のない薬草だな。そちらの世界特有のものかもしれんな」
恐らく彼女は運営が表情を実装させるためのテスターとして用意したのだろう。
まぁ、テスターにここまで練った設定を作るとは、運営はなんて無駄な所に力を注いでいるんだと思わなくもなかった。
しかし、相手が本気のロールをするならば、こちらも本気のロールで返さなくてはならない――
だが、いつしかモモンガはそんな事も忘れて、『モモンガ』として自然に『ネム・エモット』に接するようになっていた。
「はぁ…… 目が覚めても家の手伝いばっかり。雑草を抜いたりとか、畑の仕事はつまんないよ。私も冒険してみたいなー」
「残念、ここは夢の世界だからな。ネムがこの部屋から出られるなら、外の世界に連れて行ってあげたのだが……」
以前この円卓の間から出られるのか試したが、ネムがいる間は扉が開かないようになっていた。
テストプレイだからかもしれないが、きっと限定的な場所でしか表情などの高度な処理が出来ないのだろう。
「体が透けてきちゃった。今日はもうお終いだね」
「そのようだな。目覚めの時なのだろう」
ネムが消える――夢から覚める時は、いつも体が徐々に透けていく。
それがネムとのお別れの合図である。
「またね、モモンガ」
「ああ、またな、ネム」
ネムの姿が完全に消え、モモンガは一人円卓の間に取り残された。
「またな、か…… こんな会話、いつ以来だろうな」
久しく会っていないギルドメンバーとの思い出が蘇る。
彼らとはこの円卓の間で、延々とくだらない雑談に時間を費やしていたこともあった。
ちょうど今、ネムと話していた時のように。
「さてっ、ネムも帰ったし、金策のモンスター狩りに行きますか」
癒しの時間は終わりだ。
モモンガはギルドの維持費を稼ぐために、一人で狩場へと向かうのだった。
◆
ひょんな事から始まった、変わった骸骨――モモンガとの付き合い。
夢の中で何度も会って話していると、自分の住んでいる世界とモモンガの世界は別物だという事が分かった。
「そちらの世界に名前はないのか? ユグドラシルとかヘルヘイムとか」
「ないと思うよ?」
「なるほど、異世界という概念がないのかもしれんな。他の世界を認識していなければ名前も付けないだろうし」
モモンガはアンデッドなのにとっても優しい。それにいつも自分の話を真剣に聞いてくれる。
「私もモモンガみたいに魔法が使えるようになりたいなー。どうやったら使えるようになるの?」
「んー、モンスターと戦って強くなったら覚えられるんだが、ネムにはまだ危ないかもしれないな。ネムの周りには魔法とか変わった能力が使える人はいないのか?」
「村では誰も使えないよ。でも時々村に来るンフィー君は使えるみたい。タレントも持ってるよ」
「タレント? 何かのスキルか?」
「えっとね、生まれた時から持ってる能力みたいなモノ? どんな能力かは人によって違うみたいだけど、持ってない人の方が多いよ。ンフィー君は魔法の道具なら何でも使えるんだって」
「何だそのふざけた能力は。職業や特別な制約も無視出来るとなれば…… いや、どう考えてもチートだろ」
「ちーと?」
でも偶によく分からない単語を使う事がある。起きてから姉や両親に聞いてみても分からない事の方が多かった。
やっぱりモモンガは物知りだ。
「そういえばネムの世界にいるアンデッドってどんなの何だ? 最初に私の事をお化けって言ってたが」
「見た事ないからよく分かんない。だけど、お母さんは危ないから近づいちゃダメって言ってた。人を見ると襲ってくるんだって」
「アクティブモンスターみたいだな。ネムも私みたいなのを見つけても近づいちゃダメだぞ。これでも
「うん、モモンガが特別なんだよね。夢の事は話したけど、モモンガの事はお姉ちゃんにも言ってないよ。誰にも言ってない秘密のお友達だね」
「――っ」
自分は何か変な事を言ったのだろうか。
普段からモモンガは口も開かずに喋っているが、今は完全に固まっている。
「どうしたの?」
「……いや、何でもない。そうだな、夢の中とはいえ、周りにも秘密にした方が良いだろう」
「えへへ、お友達だけの秘密ってなんか楽しいよね」
「ああ、友と秘密を共有するのは楽しいものだ。俺とネムは、友達だものな……」
秘密を持っている事が楽しいのか、モモンガはその時とても嬉しそうな声を出していた。
「じゃあ、今度はンフィー君の秘密も教えてあげる!!」
「おっ、他人の秘密をバラしていいのか?」
「どうせ周りは知ってるからいいもん。でも内緒だよ? ンフィー君はね、お姉ちゃんの事が好きなんだよ。隠してるつもりみたいだけどバレバレだもん」
「あっはっは、思い人の妹にバレているとは。ンフィーレアとやらも難儀なものだな」
「他にもね――」
その日は自分の目が覚めるまで、お互いに色んな秘密を話して過ごしていた。
◆
不思議な少女、ネムとの付き合いは意外なほど長く続いていた。それこそユグドラシルのサービス終了まで会えるんじゃないかと思うほどに。
ネムがこちらにやってくる時間はいつもバラバラだ。モモンガ自身も毎日同じ時間にログインしている訳ではないのに、なぜか毎回自分より先にいるのだ。
ネム曰く、この場所に来たら割とすぐに自分が現れるらしい。
自分の夢にネムが入り込む。そう設定されている事を考えれば、ほぼ同時に現れるのも道理なのだが、何とも不思議だ。
「一週間ぶりだな、ネム」
「えっ? 昨日も会ったよ?」
「あー、なるほど。私とネムの世界では時間の進みが違うらしい。いや、同じ時もあるから、この夢の世界はかなり変則的なようだな」
ただし、二人の世界は時間的には繋がっていない設定らしい。
これも夢の世界が繋がるという無茶な設定だからだろう。
ネムとモモンガの感覚が同じ時もあれば、片方だけ早かったり遅かったりする事もあった。
「久しぶり、モモンガ!!」
「ふむ、私の感覚だと二日ぶりだな」
「そうなんだ? 今日はね――って、ええっ!? もう体が透けてきた!? まだ全然話してないのに!!」
「残念だが、どうやら今日は早起きみたいだな。また次の夢で会えるのを待ってるよ」
「うん…… またね」
そしてネムがここにいられる長さもバラバラだった。
五分とない短い時間の時もあれば、三十分以上お喋りを続けていた時もある。
「お馬さんいけー!!」
「ふふっ、手綱はしっかり持っておけよ」
「うん!! 負けないよー!!」
ネムが現れるのは決まって円卓の間だったが、雑談以外にもゴーレムを使って遊んだこともある。
円卓の周りを周回する早さを競う、ちょっとしたレースを楽しんだりする事もあった。
「いただきまーす!!」
「どうだ?」
ある時モモンガは興味本位で、食べ物系のアイテム――インテリジェンスアップルをネムに渡してみた。
「――ん、何これ。味がしない…… 匂いもしないね。それにちゃんと齧ってるのに、齧ってないみたいな変な感じがする」
「んー、やっぱり夢だから食べられなかったか」
「せっかく甘いものが食べられると思ったのに……」
ゲームと現実で起こりうる差異も、夢の中という設定のおかげで違和感もない。
何度か情報サイトを漁ってみたりもしたが、ネムのような存在は噂にもなっていなかった。
自分が数少ないアクティブユーザーだからだろうか、もしくは話相手をするプレイヤーはランダムに選ばれただけかもしれない。
「やはりネムのように他の人の夢と繋がるというのは、かなりのレアケースのようだな。調べてみたが、他に同じような人はいなかった」
「うーん、もしかしたら私、そういうタレントを持ってるのかも?」
「あー、あのゲームバランスぶっ壊れのチート能力か。何でもありすぎてビックリしたよ」
「えー、モモンガの魔法の方がすごいよ。絶対ンフィー君よりすごいもん」
こうしてゲームの中でネムと会った回数は、もう数え切れないほどになっている。
時たま本当にネムは異世界の住人で、夢の世界から来たのではないか――モモンガはそんな馬鹿な妄想すらも浮かぶようになっていた。
本当に馬鹿げた妄想だ。
「あっ、時間みたい。またね、モモンガ」
「ああ、じゃあな、ネム……」
金策に費やす時間より、この少女とのなんでもない時間の方がはるかに楽しい。
しかし夢はいずれ覚める――ユグドラシルにも、静かに終わりの時が近づいていた。
◆
ある時から、ネムは夜になると早く寝るようになった。
以前ならもっと起きていたいと、しぶしぶベッドに入っていたのに最近はやけに素直だ。
それどころかまるで遊びに出掛ける時のように、寝るのを楽しみにしている節すらあった。
最初は家族も不思議そうに思っていたが、一度その理由を聞くと納得したように笑い、気にする事はなくなった。
「今日は会えるかな……」
自分には変わったお友達がいる。とっても優しくて物知りなお友達だ。
それは村に住んでいる人ではない。その友達には夢の中でしか会えず、実は人ではなくアンデッド。別の世界に住んでいる豪華な服を着た真っ白な骸骨だ。
だから骸骨――モモンガの事は誰にも言っていない秘密の友達なのだ。
――今日もモモンガに会えるといいな。
そんな期待を持ちながらベッドに入り、目を閉じる。
そして段々と眠気がやってきて、自分は気がつくと大きな机があるいつもの部屋にいた――と、思っていたら違う場所だった。
「あれ、いつもと違う…… 別の夢かな」
天井はありえないほど高く、キラキラとした飾りがいくつもぶら下がっている。
壁には沢山の大きな旗が垂れ下がり、見たところ全部別の図が描かれていた。
左右に太い柱が立ち並び、中央には見たこともないほど長い絨毯が敷かれている。
そしてその真っ赤な絨毯の先に階段のような段差があり――
「モモンガだ!!」
――黄金の杖を持ったモモンガが、大きな椅子に座っていた。
ネムは体験した事のない感触の絨毯の上を通り抜け、すぐさまモモンガに駆け寄る。
「こんばんは、モモンガ。今日はいつもと違う場所なんだね。でも、ここもすっごく綺麗!!」
「ああ、ネムか。もう会えないかと思っていたよ……」
いつもと違う場所だったから不安だったが、どうやらここもモモンガの夢らしい。
モモンガのすぐ側には白いドレスを着た黒髪の女性がおり、少し離れた所には数人のメイドと執事が待機していた。
「あっちの人達もそうだけど、このお姉さんも動かないね」
「……そうだな。ここは夢だ。だから私とネム以外は、動かないのだろう」
「やっぱりそうなんだ。でもこのお姉さんすっごい美人だね」
「確かに美人だな。でも実はビッ――いや、何でもない。彼女はアルベドというのだが、どんな性格だと思う?」
モモンガにクイズのように尋ねられ、アルベドという女性の事をじっと見つめてみた。
頭に角が生えていて、腰には黒い翼がある。でもスタイルが良くて、髪が長くて綺麗で、本当にビックリするくらいの美人だ。
「うーん…… アルベドさんは――」
どんな性格か考えていると、ふと最近姉に怒られた事を思い出す。
そして、咄嗟に自身の願望が混じった答えをだした。
「――妹に甘くてとっても優しい!!」
「くっくく、そうか、妹に優しいか…… そういえばネムには姉がいるのだったな。はははっ、それはそれで良いギャップだろう。面白いし、そうしておこう。前のやつより何倍もマシだ」
モモンガは自分の答えが面白かったのか、声を上げて笑うと素早く手を動かして、よく分からない何かをしていた。
その後、少しだけ無言の時間が続く。いつもなら椅子を用意してくれて、すぐに雑談を始めるところだが、今日は何かおかしい。
最初に声をかけた時も、モモンガはどこか元気が無いように思えた。
「ネム、一つ私の我儘を聞いてくれないか?」
「なぁに?」
「……私は今日、ここで消える。だから最後まで一緒に残っていてくれないか?」
椅子に深く腰掛けたモモンガの言葉。
その意味が一瞬分からなかった。
「消えるってどういう事?」
「そのままの意味だ。私も、そしてこのナザリックも消えてしまう。私はいつも見送る側だった。だから……」
「そんなっ、なんで、なんで消えちゃうの!?」
「夢はいつか覚める。当然のことなんだよ。……私はそんな当たり前の事にすら目を背け、いなくなった仲間を待ち続ける哀れな男だったんだ」
モモンガの声はどこか疲れたようで、寂しげだった。
「また友達に会ったり、新しい友達を作ったりも出来ないの?」
「そんな事は出来ないさ。それに新しい友達なんか、こんな俺に出来るわけもない……」
「モモンガなら出来るよ」
「……無理だ」
「出来るもん」
「無理なんだよ。ここを作った仲間達も、もうここには――来ないんだよっ。ユグドラシルが、ナザリックが消えたら、もう会えないんだよっ!!」
今まで聞いた事のないモモンガの叫び。
私は我慢出来なくなって、椅子に座るモモンガに飛びついた。
"はらすめんとこーど"とかいうのがあるらしく、抱きつくのは止められていたけど、今はガツンと言ってあげなくちゃいけない。
「出来るもん!! この夢が覚めるならまた次の夢を見たらいいんだよ。それに夢が覚めても、それで友達じゃなくなる訳じゃないよ!!」
「それは……」
「別の場所なら友達にまた会えるかもしれないよ。それに新しい友達もきっと出来るよ。私はここを作ってないけど…… 私とモモンガは、友達になれたよ?」
「――っ!?」
モモンガはゆっくりと、恐る恐る私の頭に手を置いた。
「……ああ、どうして私は忘れていたんだろうな。そうだな、この場所がなくても友達は友達だ。『
その時、タイミング悪く私の体は透け始めてしまった。
「そんな…… 体が……」
「良いんだ。こちらも丁度終わる頃だ。ネム、本当にありがとう。君は俺に新しい可能性を教えてくれた。『またどこかでお会いしましょう』、か――ふふっ、仲間たちもこんな気分だったのかな」
――まだ起きたくない。
今のモモンガを放っておけないと思ったけど、モモンガは穏やかにお礼を口にした。
もう十分だと、まるで心残りが消えたみたいに。
だから、モモンガが昔を懐かしむように呟いた一言に、私はあえて返事を返した。
「うん、また会おうよ。今度はモモンガが私の夢に来てくれても良いよ」
「あっはっは!! そうか、こんな私を誘ってくれるのか…… ありがとう。もし別の世界で会えたなら、今度は一緒に冒険をしよう。狭い部屋なんかじゃなくて、広い外の世界で一緒に遊ぼう」
「約束だよ!! 私、いっぱい寝るから、モモンガもちゃんと来てね」
モモンガと指切りをしようと思ったが、残念ながら既に手首から先は完全に消えている。
でも、モモンガはちゃんと口に出して言葉にしてくれた。
「ああ、約束だ。俺の四十一人目の友、ネム・エモットよ。君に会えて本当に良かった。どうかこの素晴らしい友に、ネムの未来に栄光あれ……」
「またね、モモンガ――」
最後に告げたのはさよならではない。
「ネム、またな――」
モモンガは消えると言っていたが、私はその言葉より後からした約束の方を信じる。
完全なお別れではなく、再会の約束を取り付け、私の意識は途絶えた。
――きて……もう朝……ム……
真っ暗になった視界に、段々と明かりが入ってくる。
そして、自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
「――ネム、起きて。今日もお手伝いしないと」
「お姉ちゃん、おはよう……」
見慣れた家の天井。いつも通りの姉の姿。
私は完全に夢から覚めた。
「あれ…… ネム、涙の跡がついてるけど、怖い夢でも見たの?」
「えっ?」
心配そうに自分の顔を覗き込む姉。
顔に手を当てると、乾いているが確かに目の下に跡がついていた。
「……全然怖い夢なんかじゃないよ。楽しい夢だったよ」
「そうなの? どんな夢だったの?」
「んー、内緒っ!!」
今回の夢での出来事は姉に話さなかった。
これは友達と私の、二人だけの約束だ。
――秘密にすると言った訳じゃないけど、
私が内緒にすると決めたのだ。
「次も同じ夢を見れたら、その時はお姉ちゃんにも教えてあげるね」
大丈夫。ちゃんと約束もしてきた。だからきっと、また会える。
ちょっとした願掛けを胸に秘め、私はベッドから飛び起きた。
しかし、この日を境に、ネムが不思議な夢を見る事はなくなった。
夜、どんなに早くベッドに入っても。
昼間、何度お昼寝を繰り返しても。
ネムが夢の中でモモンガに会う事は、もう二度となかった。
◆
寒い冬が終わり、カルネ村にも暖かな春がやってきた。
最後に夢の中でモモンガと約束をしてから、私は夢を見ていない。
厳密には夢を見る事もあったけど、モモンガに会う事はなかった。
私にとっての楽しみが一つなくなり、いつもと変わらない――不思議な夢を見る前の――以前の平凡な生活を繰り返している。
いつもの朝。
普段と同じ昼。
何度も期待しながらベッドに入った夜。
どこの村にもあるような、普通の日々だ。
しかし、その平凡な毎日すらなくなってしまう瞬間が、突然に訪れた。
「ネムっ、もうちょっとだけ頑張って!!」
自分を励ましながら走る姉に手を引かれ、ただ必死に足を動かした。
姉の声に応える余裕もない。もう敵が――二人の騎士がすぐ後ろまで迫っている。
(なんで、どうして……)
今日もいつもと変わらない朝のはずだった。
しかし、なんの前触れもなく、急に現れた騎士の集団が村を襲ったのだ。
村のみんなは剣を持った騎士に斬られ、沢山の人が血を流して倒れていた。
そして、自分たちを逃す時間を稼ぐため、騎士達に突撃した両親。
(お父さん、お母さんっ……)
後ろを振り返る余裕はなく、父と母の二人が無事でいるかも分からない。
それでも森まで行けば隠れてやり過ごせるかもしれない。
それだけを信じて、自分は姉と一緒に走り続けた。
「――あっ!?」
「ネムっ!?」
だけど現実はあまりもに残酷だ。
私の体力は限界を超え、姉の足の速さについていけなくなり――とうとう足を地面に引っかけて転けてしまった。
そんな私を姉は見捨てる事なく、私を守るように咄嗟に覆いかぶさった。
(怖い、怖いよ。お姉ちゃん……)
数秒と経たず、二人の騎士は私達に追いついた。
全身を鎧に包まれた騎士は、既に剣を振りかぶっている。
――ああ、ここで死んじゃうんだ。
私を強く抱きしめる姉に、自分も離れないように強く抱きしめ返した。
せめて姉と二人一緒に、出来るだけ痛くないように死ねる事を祈りながら――
「――〈
――まだ自分は生きている。姉も斬られた様子はない。
すぐ側で鉄の棒を落としたような、鎧を着た人が崩れ落ちるような金属の音が響いた。
――あの声は、もしかして。
姉の体の隙間から恐る恐る顔をだす。
倒れている騎士はピクリとも動かず、完全に死んでいた。
そして、もう一人の騎士は凍りついたように固まり、私達の後ろにいる
握った剣の切っ先が震えているのが分かり、後ろにいる
「――ふぅ、何とか間に合ったか」
でも違った。私には全く怖くない。
「私の夢はもう終わってしまったけど…… また、会えたな――」
自分を抱きしめる姉も、鎧に身を包んだ騎士さえも、絶望を目にしたように震えている。
そんな中、私にだけは別のものが見えていた。
「――約束を果たしに来たぞ、友よ」
私の目には、間違いなく
モモンガに新しい友達が出来るルート。
ゲームにのめりこみすぎたモモンガならではの話でした。
呼び捨てに出来る関係性も意外と新鮮かもしれない。
あと個人的にネムは最強だと思う。