不思議の墳墓のネム   作:まがお

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前回のあらすじ

「なるほど。そういうことですかぞなもし」
「あのお婆さん友達じゃなかった!? 私寝ぼけてたのかなぁ」
「これでデミウルゴスさんもその人と上手くやれるよね!!」
「流石あの二人が作ったNPCだな」

ネムの行動範囲内かつ、何か起きても不思議ではない。そんな大変都合の良い場所……
お馴染みトブの大森林からスタートです。


霜(降り)の竜

 カルネ村より北方面に少し進んだ森の中、トブの大森林のとある場所――

 

 

(どうしよう)

 

(どうするでござるか)

 

(ど、どうすれば)

 

 

 ――一人と一匹と一体は、それぞれ予期せぬ出会いに頭を悩ませていた。

 お互いに顔を合わせてから、かれこれ一分くらいは無言で固まったままである。

 この異様な光景の始まりは、遡ること少し前――

 

 

 

 

 今日は冒険者の仕事もなく、今やるべき家での手伝いも終わっている。そしてモモンガと遊ぶ予定もない。

 端的に言って暇だったネムは、ハムスケを誘ってトブの大森林に散歩に来ていた。

 

 

「この辺に来るのも久しぶりだね」

 

「そうでござるなぁ。一時期とんでもない竜がうろついていたせいで、中々森の深くへは行けなかったでござる」

 

「もうそのドラゴンはいないんだよね。お家も戻さなくてよかったの?」

 

「うーん。某の使っていた洞窟も、今頃は他の者が住んでると思うでござるよ」

 

 

 ハムスケの背に揺られながら、のんびりとお喋りに興じるネム。

 甘そうな木の実を見つけて二人で食べたり、背負ったリュックから水筒を取り出して飲んだりと、なんとも気楽な散歩である。

 ここまで気を抜ける理由は単純明快。

 多くの魔物が住まう危険な森であろうと、ハムスケと一緒にいるネムが狙われる事はまずあり得ないからだ。

 

 

「一々取り返すのは面倒でござるし、このままでいいでござる」

 

「じゃあ今まで通りいつでも会いに行けるね」

 

 

 万が一魔物が襲ってこようとしても、知覚能力に優れたハムスケなら事前に察知して余裕で対処出来る。

 『東の巨人』、『西の魔蛇』、そして『南の大魔獣』――トブの大森林を支配する『三大』の異名は伊達ではないのだ。

 

 

「むむ、この先はちょっと魔物の気配が濃いでござるな。迂回するでござるよ」

 

「うん、分かった」

 

 

 それはそれとして、わざわざ危険に飛び込むつもりは全くないので、二人は他の生物の縄張りに入らないように気を付けていた。

 もちろん、それ以外にもちゃんと気を配っていたのだが――

 

 

「――っ!? ネム殿、上から何か来るでござる!!」

 

「え」

 

 

 ――いきなり巨大なモノが降ってきた。

 流石の二人もこの展開は完全に予想外である。

 ハムスケが叫ぶや否や、正体不明の何かは樹木を薙ぎ倒しながら近くの地面に激突し、その衝撃で周囲に突風が巻き起こった。

 

 

「っぬぅ!!」

 

「わっぷ!?」

 

 

 咄嗟に離れるのが間に合わなかったハムスケは、体勢を低くしながら薄く目を開いて未知の事態に対応した。

 同じくネムもハムスケの背中に慌ててしがみ付き、地面から伝わる揺れと突風に耐えた。

 

 

「イテテ…… まさか翼がつって落ちるなんて。久しぶりに飛んだせいかなぁ」

 

 

 突発的な風と揺れはすぐに収まり、代わりに聞こえてきたのは疲労混じりの呟き。

 ほんのりとした冷気を纏う青白い巨体――大きな音を立てて落下してきたのは、ハムスケを遥かに超えるサイズの生物だった。

 二人との距離は僅か三メートル程しか離れておらず、もし真下にいたらネムとハムスケはぺしゃんこに潰されていただろう。

 

 

「この分だと本気でダイエットも考えなきゃな不味いかも…… あぁ、良かった。眼鏡は壊れてないみたいだ」

 

 

 巨大生物はどこか情けない印象の声を出しつつも、落下の衝撃をその身に受けてピンピンしている。

 見た目通りの凄まじい肉体強度と生命力だ。

 

 

(もしかして……)

 

(っ不味いでござるな。これは迂闊に動けないでござる)

 

 

 ネムとハムスケが捉えた全貌は、分かりやすくその正体を語っていた。

 ――皮膜のついた翼と全身を覆う鱗。

 ――爬虫類を巨大化したような見た目。

 ――大切そうに持っている小さな眼鏡。

 正直なところ眼鏡はよく分からないが、二人は相手の正体に思い至り息を呑む。

 

 

(想像してたのとちょっと違うけど、多分ドラゴンだよね)

 

(以前見たドラゴンよりはだいぶ弱そうでござるが、某でも勝てるかどうか……)

 

 

 数多の伝説で語られる最強の種族――(ドラゴン)

 ネムとハムスケの目の前にいるのはフォルムが丸いというか、お腹周りが弛んでぽっちゃりしているようにも見えるが、間違いなくドラゴンであった。

 そして運の悪いことに――

 

 

「よし、フレームも歪んでな――」

 

「あ」

 

「あっ」

 

 

 ――目が合ってしまった。

 ドラゴンが眼鏡の調子を確かめた時、ネムとハムスケは完全に存在を認識されてしまった。

 

 

(こっち見た…… 睨まれた!? 私とハムスケ、食べられちゃう!?)

 

 

 当然ネムは焦ってしまい、頭の中は大混乱。

 ナザリックでは神獣すらモフった経験のあるネムだが、いくら好奇心旺盛でも分別はある。

 ナザリックにいる異形種は特別――モモンガの仲間だから大丈夫なのだと、ちゃんと理解しているのだ。

 この森で初めてハムスケと出会った時も、恐らくモモンガが一緒にいなければあの対応は出来なかっただろう。

 

 

(ハムスケに全速力で逃げてもらう? でも、もし村まで追いかけてこられたら……)

 

 

 ネムにとって野生の魔物はもちろん恐ろしいし、ハムスケが警戒する程強そうなドラゴンともなれば尚更である。

 モモンガとの出会いから始まる様々な経験。

 ハムスケがいるという最後の希望。

 それらを心の支えにし、ネムはなんとか思考を止めずに己を奮い立たせているに過ぎなかった。

 

 

(ネム殿を守りながら戦うのは、流石に無理そうでござるな)

 

 

 一方、現状頼みの綱であるハムスケも、流石にドラゴンが相手では余裕がない。

 

 

(隙を見て逃げるしかないでござる!! ……ドラゴンに隙があるのでござるか!? いやいや、それでも逃げ切ってみせるでござる!!)

 

 

 妥当な判断と言うべきか、それともナザリックでの修行の成果と言うべきか。

 ハムスケの頭の中は逃走一色に染まっていた。

 まぁ仮に名も無き魔獣だった頃であっても、ハムスケはきっと即座に逃げる事を選んでいただろう。

 『森の賢王』と謳われた伝説の魔獣であっても、ドラゴンとは恐ろしい存在なのだ。

 

 

(駄目だ。このままじゃ逃げられないっ)

 

(しかし、逃げるとしたらどこに…… 某、モモンガ殿の家の場所は知らないでござる)

 

 

 竜に出会ってしまった少女と魔獣。

 普通ならこの時点で詰み。万事休すである。

 ――しかし、この状況に焦っているのは二人だけではなかった。

 

 

(……えっ、落ちたとこ見られてた!? しかも魔獣!?)

 

 

 翼の筋肉がつるという、非常に情けない理由で落ちてきたドラゴン。

 霜の竜(フロスト・ドラゴン)のへジンマールも同様に、あるいはネムとハムスケ以上に焦っていた。

 

 

(うわぁ、なんて強そうなんだ。それに深い知性を感じる瞳だ。体も土掘獣人(クアゴア)よりずっと大きい)

 

 

 へジンマールは思わず目を細め、ハムスケの姿を隅々まで観察する。

 実は最強種のドラゴンでありながら、へジンマールは荒事が苦手であった。

 世界中にいるドラゴンの中でも、自分は最低クラスに弱いとすら自覚していた。

 

 

(この森にはこんなのが普通に生息してるの? 本にも載ってなかったし、初めて見るんだけど……)

 

 

 元より本を読む事が好きという、ドラゴンにしては知識欲が高い珍しい性格で、そもそも戦闘経験もほとんどない。

 へジンマールにあるのは書物から得た知識と、長年の引き篭もり生活で蓄えられた分厚い脂肪だけだ。

 

 

(尻尾はかなり柔軟に動いてるのに、表面は岩みたいに硬そうじゃないか。毛皮もしっかりしてるし、俺のブレスとか効くのかな…… 爪も鋭いし、引っ掻かれたら痛そうだなぁ)

 

 

 純粋にレベルだけで比較した場合、へジンマールのレベルはハムスケより少しだけ低い。

 しかし、それを差し引いてもドラゴンという種族は、生まれながらあらゆるスペックに恵まれている。

 

 

(うわぁ、凄い見られてる。勝手に逃げてくれないかなぁ)

 

 

 そのため、実際にハムスケと戦ったとしても勝負にならない戦力差ではない。

 むしろ現状――守るべき友がハムスケの背中には乗っている――では、へジンマールの方が有利と言えるだろう。

 

 

(お腹を引っ込めて威嚇すれば――いやいや、もう見られてるから無理でしょ)

 

 

 だが、へジンマールは闘争本能を母親のお腹に置いてきたのか、根本的に戦う意志が欠けていた。

 

 

(うぅ、戦うのとか嫌過ぎる……)

 

 

 本人の自信のなさも相まって、初めて見る魔獣を前に戦意喪失するのも無理はなかったのだ。

 

 

(それにしても、上に乗っているのは髭がないからドワーフじゃないよな。人間種の、子供? ……意味の分からない組み合わせだ)

 

 

 そして、へジンマールが気後れしている理由はそれだけではなかった。

 ――肉体の不調。

 久しぶりの外出で体力を消耗しているだけでなく、現在へジンマールは筋肉痛で飛べない。

 唯一にして最善の戦法、『空から一方的にブレスを吐く』が使えないのだ。

 

 

(本当にただの人間なのか? なんか恐ろしいくらい力を秘めてそうな指輪も着けてるし……)

 

 

 さらに、ネムがいつも身につけている指輪に、ドラゴンの財宝を求める嗅覚が反応してしまった。

 デブっても竜。

 へジンマールは指輪の異常な質の高さを本能的に理解出来てしまい、これがまた酷い誤解を生んだ。

 

 

(あんなマジックアイテム普通じゃない。それを持っているという事は――あの子供も俺より強いのでは!?)

 

 

 人間の少女と魔獣と竜。

 そこには本来なら決して覆せない、種族としての絶対的な力の序列が存在する。

 しかし、偶然と必然が絡み合った結果――

 

 

(どうしよう)

 

(どうするでござるか)

 

(ど、どうすれば)

 

 

 ――お互いに相手を恐れあう、謎の状況が生まれてしまったのであった。

 

 

 

 

 早鐘を打つ心臓の鼓動。

 風の囁きがはっきりと聞こえる静寂。

 一秒一秒がやけに長く感じる膠着状態。

 

 ――食べられる。

 ――隙がないでござる。

 ――殺される。

 

 三者三様に命の危機を感じている中、まず最初に沈黙を破ったのはヘジンマールだった。

 

 

「い、いい天気ですね!!」

 

 

 へジンマールが選んだのは、戦うでも逃げるでもない。ましてや平伏するでもない。

 ――友好的接触(フレンドリー)

 ドラゴンらしからぬ逃げ腰――実に平和的な対応だった。

 

 

「っ!? そ、そうだね……」

 

「……森の中であろうと、こちらの姿は丸見えでござろうな。逃さないという訳でござるか」

 

 

 しかし、少女と魔獣の反応はイマイチ。

 人間と魔獣の表情にはあまり詳しくないが、それでも警戒されている事くらいは分かる。

 魔獣に至ってはこちらの意図を勘違いしている節すらある。

 

 

(あれぇ? 天気の話は鉄板だって、昔読んだ本に書いてあったはずなのに……)

 

 

 へジンマールは口を大きく開けて、優しくハキハキと話したつもりだ。

 ドラゴン基準で出来る限りの笑顔も浮かべたつもりだったが、二人には通じなかったようだ。

 

 

(魔獣も返事はしてくれたし、言葉自体はちゃんと伝わってたよな。なんでだ?)

 

 

 へジンマールは怪訝な顔をしているが、時と場合に相性やらの全てが悪かった。

 前提として人間や魔獣からすれば、ドラゴンとは自身を丸呑みに出来るほどの体格差がある。

 ただでさえドラゴンは恐ろしいのに、近距離で大口を開けられたら誰だってビビるに決まっているのだ。

 

 

(……しまった!? 挨拶と自己紹介が先だったか!!)

 

 

 だが、へジンマールの閃きは見当違いの方向に突き進んでいた。

 予想外の出会いに焦っていた事。

 長年に渡って他者とのコミュニケーションをロクにとっていなかった事。

 それらに加えて、少女と魔獣が初めて出会う種族だったという弊害もあったのだろう。

 

 

「おっ、わ、私はヘジ――」

 

 

 己の致命的な間違いに気付かぬまま、一人称を丁寧にするという詰めの甘い気遣いを付けたし、へジンマールは再び口を大きく開く。

 

 

「っ!? と、止まれってくださいです!?」

 

 

 しかし、同時に体が前のめりになってしまい、怯えた少女によってへジンマール渾身の挨拶は遮られた。

 そして、状況はさらに悪化する。

 

 

「そ、そそ、それ以上近づいたら――危ないことします!!」

 

 

 どう解釈しても不穏過ぎる叫び。

 少女は荒い呼吸を繰り返し、大きく開かれた目は潤みながらも据わっていた。

 

 

「ちょっ、えぇぇ!?」

 

「ネム殿!? ま、待つでござる!!」

 

「やるよ…… っ本当にやるよ!?」

 

「落ち着くでござる!! 某の背中で何かするのは勘弁して欲しいでござるよ!?」

 

 

 軽い錯乱状態だと思われる少女は、背負ったリュックを大急ぎで漁りだす。

 慌てふためく魔獣の制止も聞かず、少女は縋るような表情で何かを引っ張り出した。

 

 

(なんだアレ。棍棒、じゃなくて筒か? 微かに魔法の力を感じる…… マジックアイテム!?)

 

 

 勢いよく取り出されたのは、短い紐の付いた筒状の物体だった。

 そして、少女はその筒をへジンマールに突きつけると、反対側から伸びる紐を片手で強く握りしめた。

 

 

「人に向けたらダメって言われたやつだよ。何が起こるか私もよく知らないけど…… 多分凄い危険です!!」

 

「知らないんでござるか!? 余計に怖いでござる!! ネム殿っ、ほんとにやめるでござる!?」

 

 

 少女は涙目になりながら、へジンマールを精一杯睨んでいる。

 挙げ句の果てに、脅し文句のようなものまで言い始めた。

 

 

(あの魔獣ですら本気で怯えるマジックアイテムだと…… 不味い。これは不味いぞ)

 

 

 筒に繋がった紐は緩く引っ張られており、些細な切っ掛けがあれば今にも何か起こりそうな雰囲気である。

 強力な攻撃魔法。竜にすら効果を発揮する猛毒。解呪不可能な呪い。

 引き起こされる悲劇はいくらでも想像が出来る。

 魔獣の尋常じゃない様子から、この少女の行動はきっとブラフではないのだろう。

 

 

「待って、待って下さい!? 私に争う気は一切ありませんから!!」

 

 

 ――迷っている暇はない。

 そう直感したへジンマールは即座に後退り、敵意がない事を必死でアピールする。

 

 

「……えっ? 食べないの?」

 

「いきなり現れたのはそっちでござろう。油断を誘っているのでござるか?」

 

「誤解です!! 私は人間を襲った事も食べた事もありません!!」

 

 

 怪しまれているがこの際魔獣は無視だ。

 少女の表情に微かな余裕と正気が戻った瞬間、へジンマールは畳み掛けるように頭を下げた。

 

 

「さっきも翼がつって落ちただけなんです!! 今も筋肉痛で飛べないし――そもそも私は弱くて戦えません!!」

 

 

 ――へジンマール、魂の雄叫び。

 ほんの僅かに残っていたかもしれない、竜種としてのプライドは綺麗に捨てさった。

 

 

「……どう思う、ハムスケ?」

 

「流石に怪しいでござるな」

 

「とりあえず話を聞いてください!! 実は――」

 

 

 だが、結果的にこの選択によって、生きる希望と僅かな猶予が生まれる。

 ヘジンマールは困惑している少女と魔獣に――ちょっとだけ都合良く脚色した――事情を説明するのだった。

 

 

 

 

「――と、いう訳なんです」

 

 

 長いようで短い、孤独で悲しい竜の物語。

 相手が話し終えるまでしっかり耳を傾けた後、ネムは握りしめていた『打ち上げ花火』をリュックに仕舞った。

 

 

「勘違いしてごめんね。へジンマールも大変だったんだね」

 

「そんな、急に落ちてきて驚かせたのはこっちですから!!」

 

 

 アゼルリシア山脈から来た霜の竜、へジンマールの話は中々辛いものだった。

 山の中にある城で生まれ、ずっとそこで勉学に励みながら暮らしていたへジンマール。

 他の親兄弟はともかくとして、本人は争いを好まず、本を読みながら平和に過ごしていたらしい。

 ――しかし、一緒に暮らしていた父親の機嫌が、()()()ある日から急に悪くなった。

 その後、へジンマールは些細なことで父親の逆鱗に触れてしまい、住処から追い出されてしまったそうだ。

 

 

「ふむ。血の繋がった親子で争うとは、ドラゴンとは厳しい種族なのでござるな」

 

「いやぁ、本来ドラゴンは集団で生活しないし、血の繋がりとか関係なく縄張り争いするのは当たり前で」

 

「でも急に追い出すなんて酷いよ」

 

「むしろ父上は甘いというか、時間をくれてた方というか、なんというか…… その、あはは……」

 

 

 自分とハムスケが同情しても、へジンマールは牙を見せて苦笑しただけだった。

 怒るでもなく、悲しむでもない。ただ仕方がなかった事だと認識しているようだ。

 父親に対する愚痴すら言わないなんて、ヘジンマールは本当に優しいドラゴンなのだろう。

 

 

「へジンマールはこれからどうするの?」

 

「どうしましょう。安全で静かに暮らせる所があれば良いんですけど……」

 

 

 一瞬モモンガを紹介しようかとも思ったけど、ナザリックは秘密にしなきゃいけない集団だ。自分が勝手にへジンマールに教える事は出来ない。

 もし良い案が纏まらなかったら、今度こっそりモモンガに相談するだけにしておこう。

 

 

「出来れば本とかも読みたいなぁ。ついでにご飯も楽に手に入る場所とか知りませんか?」

 

「ないと思う」

 

「弱いと言ってもドラゴンでござろう? へジンマール殿なら、この森でも問題なく生きていけると思うでござるが…… はっ!? この気配は――」

 

 

 へジンマールの今後をみんなで話し合っていると、急にハムスケが振り返った。

 それに釣られて自分も後ろを確認したが、ハムスケの視線の先に特に変わった様子はない。

 雑多な草木が生い茂っているだけの、森林内によくある光景だ。

 

 

「どうしたの? 何もないよ?」

 

「いや、すぐに分かるでござるよ」

 

「確かに、もの凄い宝の気配が近づいて来てるような……」

 

 

 しかし、ハムスケだけでなくへジンマールも何かを感じ取ったらしい。

 再度自分も集中してみるが、気配なんてものはさっぱり分からない。でも念のため一緒になって身構えておく。

 そのまま全員でその場所を見つめ続けていると――草木が捻じ曲がって左右に分かれた。

 

 

「ヒィッ!?」

 

「あー、やっぱりでござるか……」

 

 

 無理やり草木をかき分けたのではなく、草木の方がその存在を避けて動いた。

 そんな不思議な光景と共に現れたのは、大きな黒い狼――神獣のフェンリル。

 植物が動く光景に驚いたのか、それとも出てきた存在を恐れたのか。へジンマールは短い悲鳴をあげて震えている。

 ハムスケは苦手な知人に会った時のような、何とも言えない感情を吐き出していた。

 

 

「あれ? ネムとハムスケじゃん。こんなとこで何してんの?」

 

 

 そして、そのフェンリルに当然の如く跨っているのは、自分と似たような背丈の飼い主。

 特徴的なオッドアイの瞳を持つ闇妖精(ダークエルフ)、モモンガの部下の一人であるアウラだった。

 

 

「暇だったから散歩してたの。アウラお姉ちゃんは?」

 

「あたしは巡回のお仕事だよ。この森には資材置き場とかもあるし、定期的に異常がないか確認しないとね」

 

 

 アウラはそう言いながら手で輪っかを作ると、そこからヘジンマールを覗き込んだ。

 何に納得したのかは分からないが、同時にへジンマールに対する警戒心も消えたように見える。

 気が抜けた様子のアウラは無造作にフェンリルから飛び降りると、危なげなく私の隣に着地した。

 

 

「ところでそのドラゴン、ネムのペット?」

 

「その通りです!!」

 

「違うよ?」

 

「間違えました!! 私はネム様の下僕でございます!!」

 

「もっと違うよ?」

 

「アレに所属する超越者の方々を前にした時の感覚…… へジンマール殿の気持ちは、某にもよくわかるでござるよ……」

 

 

 流石はナザリックの階層守護者。野生のドラゴンが相手でも全く気負いがない。

 でもそんなアウラとは対照的に、へジンマールは緊張と怯えでガチガチだ。

 頭も回っていないのか、ものすごい勢いで間違った返事を返している。

 

 

「冗談です!! 本当は友達です!! そうですよねっ、ネムさん!?」

 

「うん。へジンマールは友達だよ」

 

 

 ドラゴンの表情は読み取りにくいけど、今のへジンマールは非常に分かりやすい。

 きっとこの目が伝えているのは『懇願』だろう。

 なんでそんなに必死なのかは分からないけど、私は空気を読んでみた。

 

 

「ふーん。弱いけどドラゴンだし、良い皮が取れそうだから持って帰ろうかなって思ってたんだけど…… ネムの友達ならしょうがないか」

 

「か、皮!? で、でも、つまりは見逃していただけるん、ですよね?」

 

「ちょっと勿体無いけどね」

 

 

 実は危機一髪だったみたい。

 アウラの感覚的には、人間が鹿などを獲るのと同じようなものなのだろうか。

 ドラゴンであるへジンマールですら、狩猟の獲物認定されていたようだ。

 

 

「た、助かったぁ。本当にありがとうございます!!」

 

「うんうん、力の差が理解出来るのは賢い証拠だね。面倒がなくてこっちは助かるよ。でもさ、姿というか性格というか…… アンタ本当にドラゴンなの?」

 

 

 やっぱりナザリックに所属しているのは、色々と凄い方達ばかりだ。

 アウラは異形種ではないけれど、異形種の集団の一員なだけあってスケールが違う。

 

 

「あ、はい。他の兄弟より争いを避けてきた自覚はありますが、間違いなく自分を産んだ親は霜の竜です」

 

「へぇ、育ち方でこんな差が出るんだ。経験値の量が違うのかな? まっ、いいか。うん――」

 

 

 助かったと安堵するへジンマールに、悪意のない表情でニッコリと笑いかけたアウラ。

 

 

「――()()()()()()()()()()()()、見逃しといてあげるよ」

 

 

 その後、へジンマールは安住の地を求めて、遠い遠い土地へ旅立っていったそうだ。

 

 

 

 

「――ってことがあって、すっごいビックリしたよ」

 

「うわぁ。アウラからも報告は聞いてたけど、よく無事だったな。でも花火でドラゴンを脅すとか、そっちの方に驚きなんだが…… ネムはブラフの天才か?」

 

「え? ブラフってなんのこと?」

 

 

 森でドラゴンに出会った話をモモンガにすると、別の意味で驚かれてしまった。

 ちなみに花火を使っても精々火傷を負わせられる程度で、間違いなくドラゴンは倒せないと教えられた。

 自分は本当に綱渡りの状態だったようだ。あんなことをすれば普通は火に油を注ぐだけだから、次からは冷静に対処出来るように気を付けないといけない。

 まぁドラゴンと遭遇するような事態はもう二度と起きないと思うけど。

 

 

「いや、何でもないよ。そのアイテムは天気の良い夜に使えばきっと綺麗に見えるぞ。あとは大きな音が鳴るから、周りの人にはあらかじめ説明しといた方がいいかもな」

 

「うん、わかった!! せっかくだしモモンガも一緒に見ようね。今日の夜とかはどう?」

 

「一緒に…… っあぁ、そうだな。私も今日の夜は空いている」

 

 

 どんな道具もちゃんと使うのが一番だ。

 今まで中々使う踏ん切りがつかなかったから、これを機に使ってしまおう。

 それで花火をくれたお店の人に、いつかまた会えたら感想を伝えよう。

 

 

「楽しみだなぁ。早く夜にならないかな。でも、もし雨が降ったらどうしよう?」

 

「その時は天気くらい、魔法でちょいと変えればいいさ」

 

「やっぱりモモンガは凄いね。うん、モモンガならそう言うと思ってた!!」

 

 

 家族や村のみんなも、きっと花火を見た事がないから驚くだろう。

 花火って、どんな音が鳴るんだろうか。

 夜空に咲く花って、どんな匂いがするんだろうか。

 

 

「……なぁ、ネム。実は、私も花火を沢山持っているんだ。だから…… それも一緒に使ってもいいか?」

 

「モモンガも持ってるの? じゃあみんなでいっぱい見れるね!!」

 

「……ああ、是非とも一緒に見て欲しい。――ふふっ、はははっ!! うん、任せてくれ。何発でも、何十発でも、何百発でも派手に打ち上げてやろうじゃないか!!」

 

「あはは、それはやり過ぎだよー」

 

 

 モモンガは見た事があるみたいだけど、花火をやると決まってとても嬉しそうだ。

 どれくらい長く咲く花なんだろうか。

 空のどの辺に咲くのだろうか。

 光の花には触れるのだろうか。

 種はあるのか、大きさは、色は、形は――本当に楽しみだ。

 

 

「一緒に花火を見よう、か。 ……俺に機会をくれて、本当にありがとう、ネム」

 

 

 

 

おまけ〜少女の特訓〜

 

 

 報酬と称した実験――もとい強くなるための修行で、ハムスケがフェンリルを筆頭に数々の魔獣に追い回されている時。

 

 

「……説明は以上。あとは練習あるのみ」

 

「はいっ」

 

 

 相棒であるネムはというと、毎回遊んで過ごしていた訳ではない。

 同じくナザリックにある闘技場で、ネムは的にむかって一心不乱にパチンコを撃ち続けていた。

 

 

「……ネムが使っているのはマジックアイテムのパチンコ。必要以上に強く引き絞っても威力や飛距離は変わらない。……だから必要最小限の動作で撃てばいい」

 

「こうですか?」

 

「……そんな感じ。それを連続で行う」

 

 

 そして指導にあたっているのは戦闘メイドの一人、シズ・デルタ。

 ユリ・アルファを長女とする『プレアデス』の姉妹の中では――エントマとどちらが姉かを日々争っているため――五番目か六番目の妹である。

 『ガンナー』や『スナイパー』などの職業(クラス)を保有しており、遠距離武器の扱いに長けた狙撃手である。

 

 

「……うん、上手。でも弾を手に持つ時、標的から目を離してはダメ。……標的を視界に捉えたままリロード、弾の補充を出来るようにならないといけない」

 

「はいっ!! 頑張ります!!」

 

「……えらい」

 

 

 無表情で淡々とした物言いだが、ここにシズの姉や親しい者がいれば、彼女の機嫌の良さに気が付いただろう。

 指導のためというのもあるが、今のシズは普段よりも何割か増しで饒舌だ。

 それにネムと接する際にどことなくお姉さんぶっており、本人の発する雰囲気も随分と柔らかい。

 

 

「弾を見ないで構えて、そこからすぐに狙うの難しいなぁ」

 

「……精密射撃も大切だけど、牽制のための早撃ちも必要。相手を近寄らせないために、多少外してもいいからとにかく数を撃つべき。……大丈夫、ネムなら出来る」

 

 

 理由として挙げられるのは、ナザリックにおけるシモベの共通認識――ネムが御方の友人であり恩人であるという事。

 他にもシズがモコモコした物や可愛い物が好きで、ネムがストライクゾーンに入っている事。

 そしてなによりも、ネムから「シズお姉ちゃん」と呼ばれた事が大きかった。

 

 

「……長距離狙撃の場合は狙撃位置も重要。狙いやすいのは標的と水平の場所。でも索敵も兼ねるなら相手より高度を取る方がいい。……逆に標的より低い位置からは弾道の関係で難しい」

 

「じゃあ低い所から高い所を狙うより、高い所から低い所を狙った方がいいんですか?」

 

「……断言は出来ない。遮蔽物や天候、使用する武器、周囲や相手の状況による。……それにこの世界の物理法則は不可思議。落下による加速度が無限に上がっていく可能性、空気抵抗の存在等、証明や計算が出来ていない事象も多い」

 

「……つまりどういうこと?」

 

「……ネムのパチンコで狙える範囲なら、何も気にせず撃てばいい」

 

「わかりました!!」

 

「……うん。頑張って」

 

 

 そんなこんなで二人は終始真面目に、和やかに訓練を続けたのであった。

 

 

 

 

「ただいまー!!」

 

「お帰りなさい、ネム。今日もモモンガさんの所で遊んできたの?」

 

「もぉ違うよー。今日はちゃんと特訓してきたもん」

 

「そうだぞエンリ。ネムも冒険者なんだから、特訓くらいするさ」

 

「ふふ、そうだったね。あれ、襟のところ何か光ってない?」

 

「これ? これはシズお姉ちゃんにね――」

 

 

 家に帰ったネムの服には、真新しい『1円シール』がきらりと輝いていたとか。

 

 

 




モモンガがいなかったら、流石のネムでも異種族交流は苦労するというお話でした。
ネムの幸運も凄いけど、へジンマールの地雷回避能力も大概凄い。
ちなみに花火はネムだけでなく、村人やナザリックの仲間達(不可視化した状態)と共に鑑賞し、モモンガにとってとても嬉しい思い出となりましたとさ。


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