不思議の墳墓のネム   作:まがお

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前回のあらすじ

「動いたら撃つぞー」
「この子供、強いのでは!?」
「色々と危機一髪でござった」
「一緒に花火をしてくれてありがとう」
「……ネム、特訓頑張った。可愛いからシールをあげる」

今回はナザリック内でのお話です。


交渉人ネム

 目に映る全てが非日常。

 触れる全てが豪華絢爛。

 出会う全てが人ならざる者。

 感動する気持ちは未だ薄れずとも、今では慣れ親しんだ友達の家――ナザリック地下大墳墓。

 どこを見てもお墓とは思えない、夢のような凄い場所だ。

 まぁ全部で十層もあるらしい階層の内、自分はまだ半分くらいしか見た事はないけれど。

 

 

(あれもこれも全部ピカピカしてる。やっぱりどの部屋も凄く綺麗だなぁ……)

 

 

 割と色々な用事でナザリックに来ているネムだが、今回は『ネムの部屋』の企画ではない。

 冒険者としての訓練に来たという訳でもない。

 実はモモンガからではなく、その部下であるデミウルゴス経由で呼ばれたのだ。

 

 

「本日は私達一般メイドのためにお越し頂き、誠にありがとうございます」

 

「全然気にしないでください。それで、相談ってなんですか?」

 

 

 そして第九階層にある応接室で、何故かメイドから相談を受ける事になっていた。

 本当になんでだろう。

 

 

「御方のご友人であるネム様に、このようなお願いをするのは非常に心苦しいのですが……」

 

「実は私達一般メイドは、モモンガ様に労働条件の変更をお願いしようと思っているのです」

 

「ですが、何の考えもなくモモンガ様にお伝えする訳にもいかず、途方に暮れていたのです」

 

 

 対面に座って真剣な表情で口を開いたのは、右から順にシクスス、リュミエール、フォアイルという名前の一般メイド達。

 お揃いのメイド服を着ており、タイプは違うが三人とも凄い美人だ。

 でも、もう美人くらいで驚く事はない。

 だってここナザリックで、美人じゃないメイドを見た事がないから。

 

 

「そこで、是非ともネム様にご意見を頂ければと」

 

「私に?」

 

「はい。ネム様の天才的な閃きは、あのデミウルゴス様をも唸らせたと聞いております」

 

「智謀の王であらせられるモモンガ様も、ネム様の可能性を絶賛されたとか」

 

 

 メイドから聞かされたあまりの高評価に、もしや人違いではないかと思った。

 自分はモモンガやデミウルゴスと違い、知識も知恵も持っていない。

 当然、そんな風に褒められる心当たりもない。

 相談相手が本当に自分で合っているのか、ちょっと疑問に思ってしまう。

 

 

「どうかお願いします。モモンガ様からお許しを頂けるよう、ネム様の知恵をお貸しください!!」

 

 

 だけど、メイド達は本気で悩んでいるみたいだ。

 きっと異形種の集団であるナザリックだと、人間の意見も偶には聞きたくなるのだろう。

 少し迷った末に、ネムはそう結論づける事にした。

 

 

(何を変えてもらいたいんだろう? ナザリックでお仕事してる方達って、みんな嬉しそうに見えたんだけどなぁ)

 

 

 それにしても、労働条件の変更とはどういうことだろうか。

 あの仲間思いで優しいモモンガが、部下に酷い条件で無理やり働かせているとは到底思えない。

 メイドが実際に働いている様子も見た事があるけれど、みんな笑顔で生き生きしていたように思う。

 モモンガから直接指示を出された人なんかは、特にそれが顕著だったはずだ。

 

 

「そんなに大変なんですか?」

 

「それは……」

 

 

 ちょっとした確認のつもりで軽く質問しただけなのに、シクススの表情が悲痛に染まってしまった。

 同じようにリュミエールとフォアイルも、苦しげな表情で顔を見合わせている。

 

 

「私達の考えが不敬であるのは百も承知しております。御方の決定に異を唱えるなど、本来あってはならないことだと」

 

「メイド一同、御方のご命令ならどのような内容であれ、命を懸けて全うする覚悟は当然あります。ですがモモンガ様は……」

 

 

 一度深く息を吸ってゆっくりと吐いた後、神妙な表情を作って語り始めるメイド達。

 ――聞いてはいけない質問をしてしまったのかも。

 何か恐ろしいことを聞かされる気がして、ネムはゴクリと唾を飲み込んだ。

 

 

「休みを取るようにと仰るのです!!」

 

 

 聞き間違いだろうか。

 メイドの表情とセリフが合ってない。

 

 

「……お休み?」

 

「はい。四十一日の内、最低一日は休めと厳命されてしまったのです!!」

 

「他にもっ、れ、連休なんて恐ろしいものまで提案されてしまい……」

 

「二十四時間でも辛いのに、それ以上の時間を御方のために働けないなんて。私達には耐えられません!!」

 

 

 これは困った。

 自分にはメイドの気持ちが全く理解出来ない。

 生きていくために毎日働かないといけないのは当たり前だけど、それでも自分は休めるなら休みたいと思う。むしろ遊びたい。

 休むのが嫌だなんて、ちょっとビックリだ。

 

 

(みんな優秀だけど放っておくと心配だって、こういう意味だったのかな)

 

 

 前に愚痴っていたモモンガの気持ちが、今ならよく分かる気がする。

 モモンガはちゃんと休ませたい。

 メイドはもっと働きたい。

 互いを思い合った主人と部下なのに、意見が真っ向からぶつかっている。

 

 

「その上モモンガ様は、使用していない部屋の掃除の頻度を減らせとも。このままでは日々の仕事量すら少なくなってしまいそうで……」

 

「せめて休みを百年に一度、四十一年に一度くらいならば…… 出来ることなら、休日は完全になくして頂きたいくらいなのです」

 

 

 モモンガはこの上なく普通な提案をしていると思う。

 だけどメイドの熱意が凄い。仕事したい欲が凄すぎる。

 このメイド達も実は人間じゃないそうだが、これがナザリックでは当たり前の感覚なのかもしれない。

 

 

「えっと、皆さんはお休みの日にしたい事とかないんですか?」

 

「ないですね」

 

 

 真顔で即答された。

 なんて真っ直ぐで曇りのない瞳だろう。

 ここまで言い切れるのは正直凄いとも思う。

 

 

「二人もそうよね?」

 

「ええ。休日なんてあっても特にする事はありません。ナザリックのシモベ全員が同意するでしょう」

 

「御方のために働く事が私達の生き甲斐ですから。それに――お休みを頂いても、何をしていいか分からないし……」

 

 

 きっとモモンガとメイド達の間には、何かすれ違いがあるのだろう。

 それとメイドの返答で一つ気になったこともある。

 助言という程のものでもないけど、とにかく自分の考えはまとまった。

 

 

「じゃあ、こういう時はやっぱりアレです!!」

 

「アレ、ですか?」

 

 

 想像もつかないのか、頭上にハテナを浮かべて首を傾げるメイド達。

 自分の思いついた内容は、とっても簡単で非常にシンプルなもの。

 そもそもお願いをしたい相手は、話の分かる優しい支配者モモンガだ。

 だから私の提案する、メイド達がやるべき事は――

 

 

 

 

 ナザリックの第九階層には、凡人の感覚からすると広過ぎるとしか言えない執務室が存在する。

 特筆すべきは広さだけでなく、その中身もだ。

 内装は高級感に溢れ、調度品の一つ一つに至るまで厳選された物が使用されている。

 その上部屋のどこを見ても塵一つなく、細かな所まで清掃が行き届いている。

 

 

「ふむ。なるほど」

 

 

 そんな絶妙に落ち着かない空間の主、死の支配者(オーバーロード)は意味深な独り言を呟いていた。

 

 

(流石はデミウルゴスの書類…… さっぱり分からん)

 

 

 もちろん、この独り言に意味などない。

 日々理想の支配者を目指すモモンガは、空いた時間に執務室で自分専用の椅子に座り、書類と睨めっこをするのが日課なのだ。

 

 

(はぁ、文句言っても変わらないんだけどな。えーと、王国の第三王女に首輪を付け、国全体の生産力向上を確認。これまでの作戦により皇帝の思考誘導に成功。帝国は立て直しを優先し、軍事行動を見送る方針を固める。現時点での人的資源、資源埋蔵量――)

 

 

 自身の斜め後ろに立ったまま微動だにしない、部屋付きのメイドから感じる熱い視線。

 こちらの一挙手一投足も見逃すまいとする気合の入りよう――もはや監視だ。

 おかげで読めない漢字や意味の分からない専門用語があっても、気軽に辞書を引く事すら出来ない。

 

 

(――よって両国からは約二十年間、一年毎に安定した資源の収奪が見込める、と…… え、どゆこと?)

 

 

 とにかく不審に思われないように演技をしているため、一枚一枚にかけられる時間も非常に短いのだ。極々平凡な自分の頭では、とてもではないが理解が追いつかない。

 せめて最初から少し時間をかけるようにしておけばと思っても後の祭りだ。

 

 

(っいかんいかん、次だ次。諦めるな、俺!! ……魔将という共通の敵を用意し、聖王女に人間種と亜人種の共存思想を植え付ける事に成功。資産家の貴族と商人から財を奪取し、南北の派閥の均衡を破壊――)

 

 

 つまり何が言いたいかというと、モモンガは大事な書類を流し読みせざるを得なかった。

 なんなら文章を読んだというより、紙に文字が並んでいるのを眺めているだけ。

 目が滑っているどころの話ではなかった。

 

 

(――にて特殊工作員の潜入を確認。また、聖王国で内乱の兆しあり。異形種動物園(仮)を作り上げ――んん? これ何の報告書だっけ?)

 

 

 内容など三割も頭に入っていない自信がある。

 流石に致命的なミスは犯してないと信じたいが、既に一昨日処理した内容は記憶の彼方だ。

 

 

「……どれも順調のようだな」

 

 

 モモンガは吐き出したい溜息の代わりに、虚しい強がりを漏らす。

 日々積み重ねられていく山のような書類を前に、記憶力なら多少自信のあったモモンガもお手上げである。

 平凡な営業職だった元サラリーマンに、会社の幹部クラスの仕事がいきなり出来る訳がないのだ。

 

 

(色々見て一つだけ分かった。デミウルゴス、めちゃくちゃ暗躍してる)

 

 

 難解な報告書と企画書の読解。

 自分を見守るメイドへの支配者アピール。

 肉体的には疲労しないアンデッドだが、二つの苦行を同時にこなす事で、モモンガの精神は少しずつ削られていくのだった。

 

 

(――ん? また書類の追加か?)

 

 

 その後も諦めずに書類と格闘を続けていると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。

 すると、部屋付きのメイドは待ってましたとばかりに、意気揚々と自らの仕事に取り掛かる。

 

 

「モモンガ様。メイドとネム様が面会を求めております。労働体制の件についてご相談があるとのことです」

 

 

 部屋に誰かが訪ねて来るたびに、まずはメイドが確認して、それから自分に許可を求める。

 モモンガからすれば意味のない、正直二度手間としか思えないやり取りだ。

 

 

(俺が直接返事をした方が早いのに…… こういうのが上に立つ者の威厳に繋がるのか? 偉い人の感覚は分からんな。……誰か本気で俺に帝王学とか教えてくれないかなぁ)

 

 

 しかし、メイド達はこの行為を非常に好んでいるようなので、何も言わず彼女達の好きにさせている。

 だが、日頃からそんな風に思っていたせいだろう。

 

 

「通せ」

 

 

 モモンガは深く考える事もなく、反射的に入室許可を出してしまっていた。

 ちなみに、この如何にも支配者らしい傲慢な返事も、メイド達からは大変好評である。

 聞くところによると、支配されている感があって最高らしい。

 

 

(全部が全部似るって訳でもないだろうけど…… うん。これ以上考えるのはやめとこう)

 

 

 ――彼女達の創造主は、少しMっ気でもあったのだろうか。

 モモンガは軽く頭を振って嫌な想像を振り払うと、少しでも威厳が出るように座る姿勢を調節し、訪問者が現れるのを待った。

 

 

「モモンガ様。この度は私達一般メイドに拝謁の機会を与えて頂き、ありがとうございます」

 

「よい。顔をあげよ。お前達が何を考えているのか、率直に聞かせてくれ」

 

 

 並んでお辞儀をする三人のメイドからは、普段接している時とは違う緊張が感じられる。

 一般メイドは四十一人もいるので名前を覚えるのに苦労したが、努力の甲斐あって今では全員の顔と名前が一致しているのだ。

 ――部下の名前を覚えられない上司は嫌われる。

 ハウツー本にも書かれていた内容だが、鈴木悟の社会人経験から考えても必要な事だった。

 

 

(……短髪がフォアイル、眼鏡ロングがリュミエール。もう一人はシクスス、だったよな)

 

 

 この三人は一体どういう人選なのか、モモンガは声を出さずに軽く頭を捻る。

 リボンの色からして創造主もバラバラのはずだが、たまたま手の空いている三人が来たという認識でいいのだろうか。

 

 

「貴重なお時間を割いて頂き、その上でこのようなことを申し上げる無礼を先にお詫びいたします。――っ私達は、現在の業務について、モモンガ様にお願いがございます!!」

 

「丸一日の休日を廃止して頂けないでしょうか!!」

 

「日々の仕事量も減らさないで欲しいのです。私達を、もっと御方のために働かせてください!!」

 

 

 決死の表情で言葉を紡ぐメイド達。

 あらかじめ打ち合わせでもしていたのか、三人は言葉を詰まらせる事もなく、テンポ良く順番に意見を伝えてくる。

 自分に意見する――悪く言えば命令を拒否する三人の姿に、モモンガは良い意味で驚いた。

 

 

(おおっ。内容はアレだけど、これはNPCにとって大きな進歩、成長じゃないか?)

 

 

 もし部屋に来たのが彼女達だけならば、ナザリックにもついに労働組合が出来たのかと、ホワイト企業化が進んだ事をもっと素直に喜んだだろう。

 NPC達の自主性が発揮された事――嘆願内容は理想の真逆だが――にも心から称賛しただろう。

 

 

「お前達の気持ちは理解した。それで……」

 

 

 メイド達の言葉をしっかりと受け止めた後、モモンガは彼女達から視線を少しだけ下にずらす。

 

 

「お仕事中に邪魔してごめんね。モモンガ」

 

「いや、丁度休憩するつもりだったから気にしないでくれ」

 

 

 そこには、興味深そうに執務室を見回しているネムがいた。

 メイドが命懸けの嘆願に来る。そんなことで命を懸けて欲しくはないが、NPCなのでそれはまだ理解出来る。

 

 

「……ところで、何故ネムも?」

 

 

 だが、ネムがいる理由は皆目見当もつかなかった。

 そもそもネムはナザリックの位置を知らないし、仮に知っていても気軽に入れるような場所でも構造でもない。

 つまり仲間の誰か――おそらく指輪を所持しているデミウルゴス――が連れて来たのだろう。

 

 

「メイドさんからお仕事のことで相談されたの。だから話し合いのお手伝いをしようと思って」

 

「な、なるほど」

 

 

 両手を腰に当てて堂々と胸を張るネムを見て、モモンガは困惑した。

 ここに至るまでの流れを、正直まるで察する事が出来ない。

 しかし、ネムを交渉人として全面に押し出すとは、仕向けた奴は中々の策士に違いない。

 メイドがそんなことを考えるとは思えないので、諸々の黒幕もきっとデミウルゴスだろう。

 

 

「ねぇ、モモンガ。モモンガはメイドさんに休んで欲しいんだよね?」

 

「その通りだ。今のままではあまりにも休みが少ないからな」

 

「でもメイドさんはお休みにする事とか、やりたい事がないんだって」

 

「……そうなのか?」

 

 

 唐突に始まったネムの交渉――というより、教えてもらった事実をそのまま告げているような感じがした。

 モモンガがメイドの方に顔を向けると、その表情からは肯定の意思が見てとれる。

 

 

「他の者が御身のために働いている時に、無為に過ごす事は非常に耐え難く…… 上手く休むという事が出来ませんでした」

 

「御身にお仕えする事が私達の存在意義です。休みを過ごせと申されましても、それ以外のことには疎くて何も思い付かず…… 私も自室で二十四時間ただ待機していました」

 

「休日を用意されたのは、何か御身の深き御考えがあってのことだとは理解しております。ですが、私も何をするべきかまでは分からず……」

 

 

 普段はメイドとして完璧な立ち振る舞いを見せる彼女達が、スカートの裾を握りしめている。

 それに加え、思い思いの言葉で伝えられた気持ちには、どれも共通する点があった。

 

 

「モモンガ様のご期待に添えず、誠に申し訳ありません!!」

 

 

 三人の謝罪の言葉が自身の耳に強く残る。

 創造主より与えられた役割が、NPCにとって何よりも誇りに思っている事は知っていた。

 仕事を奪い休みを与える事が、メイド達から不評である事も分かってはいたのだ。

 

 ――何をしたらいいか分からない。

 

 だが、メイド達の抱える心の底からの本音を、モモンガは今初めて理解出来た気がした。

 

 

「そうか。そうだったのか……」

 

「っ!!」

 

 

 モモンガはゆっくりと立ち上がり、口をキツく結んで俯いたままの三人に近づいていく。

 自分が目の前に立ったことで、メイド達は親に叱られそうになる子供のように体を硬くした。

 そして、モモンガはそんなメイド達の頭に手を伸ばし――

 

 

「すまなかったな」

 

 

 ――そっと撫でるように優しく触れた。

 

 

「私はナザリックに住まう皆を、お前達のことを家族のように思っている。……子供のような存在であるお前達には、仕事以外の時間も持って欲しかったんだ」

 

 

 モモンガの脳裏に浮かんだのは、メイド達の創造主の一人であり、仕事に忙殺されていたギルドメンバーのヘロヘロ。

 モモンガは嘘偽りのない本音を告げながら、今だけは支配者としてではなく、親代わりのつもりで順番に彼女達の頭を撫でていった。

 

 

「しかし、与えるべきは中身の無い休息ではなかった。休みを有意義に使うための知識を、楽しいと思える喜びを先に教えるべきだった」

 

 

 気付いてみればひどく簡単なことだった。

 休みを与えて丸投げする事は、NPCにとっては灯りも持たず暗闇に放り出されるようなものだ。

 

 

「……体を休めるだけの休日なんて、つまらないよな」

 

 

 彼らはもうギルドの付属品ではなく、意思のある生きた存在。

 ――されど、与えられた設定(生き方)以外を知らない。

 生まれたての子供のような存在なのだから。

 

 

「だったらメイドさんも一緒にモモンガと遊べばいいと思うよ。今からでも!!」

 

 

 メイドはモモンガの言葉に感極まって目尻が光っていたり、頭を撫でられた衝撃で赤面して口をパクパクさせている。

 そんなシモベ達の過剰な反応にはもう慣れたのか、ネムはメイドの反応を気にすることなく、目をキラキラと輝かせながら提案してきた。

 

 

「楽しかったらきっとまた休みたくなるよ。お仕事もしたいならその分後でいっぱいしたらいいんだよ!!」

 

「遊びと仕事の両立、か」

 

 

 ネムの願望が若干入っている気がしなくもないが、なんて真っ当な意見だろうか。

 しかし、忠誠心の塊であるナザリックのシモベ達が、そう簡単に休みを選んでまで遊ぶとは思えない。

 

 

「うん。両方の意見のいいとこ取り」

 

「……私の意見はどの辺だ?」

 

「メイドさんを遊びに誘うところ。ちょっと強引だけど、一回くらいは支配者だしいいよね?」

 

「なる、ほど…… ん? 俺遊びに誘いたいって言ったっけ? いや、自主的に休むという目的を考えればあながち間違いでもない、のか?」

 

 

 思えないのだが、ネムの自信満々の態度を前に、何故か反論が出てこなかった。

 それどころか段々とネムの案に乗っても良いんじゃないかと思えなくもない気がしてきた。

 

 

「ゴホンッ。悪くない提案だが、それでは問題の解決にはならないな」

 

「えー、なんで?」

 

 

 なんて巧みな交渉術――モモンガが友達という存在に甘いだけ――だと思いながらも、モモンガはなんとかネムの雰囲気に流されずに踏みとどまる。

 いくら友人の提案でも、公私混同でナザリックに関わる事を決める訳にはいかない。

 

 

「仮に一度は私の誘いで遊んだとしても、結局仕事だけを続ける者もいるんじゃないか?」

 

「遊ぶよりお仕事の方が好きなら、それはそれでいいんじゃないの?」

 

 

 ――仕事が生き甲斐で何が駄目なの?

 だが、自分の反論はネムに一刀両断された。

 それはモモンガの今の価値観を打ち壊す考え方だった。

 

 

「モモンガもメイドさんがお仕事すること自体は反対じゃないでしょ」

 

「それは、そうだが……」

 

 

 メイド達の無言の応援を背中に浴びながら、ネムは自然体でモモンガにたたみかけてくる。

 ナザリックの存在に言われても決して納得は出来なかっただろうが、外部の存在であるネムに言われたのは衝撃だった。

 

 

(確かに、ホワイトブリムさんのように好きな事を仕事にしている人もいる。忙しくても、警察官という仕事に誇りを持っていた、たっちさんだって……)

 

 

 ゲームが現実となったこの世界で、ナザリック内で相談できる相手のいなかった自分の思考は、どこか凝り固まっていたのかもしれない。

 

 

「モモンガはみんなに好きな事をして欲しいんだよね?」

 

「……ネムの言う通りだ。ははは、まったく、ぐうの音も出ない――私の負けだな」

 

 

 年中無休のナザリックの現状を知った時、無意識に鈴木悟の心はそれを良くないものだと断定していた。

 休みがない事を勝手に不幸だと決めつけ、形だけの休日を押し付けた。

 

 

(馬鹿だなぁ俺。なんで最初に考えなかったんだろう。休めって命令を出す前に、もっと話し合えば良かった……)

 

 

 いや、もしかしたら自分が嫌だっただけかもしれない。

 ナザリックのために働き続ける彼らを見る事が――誰も自分と同じ気持ちを共有してくれない事が。

 

 

(支配者らしくある事と、俺の理想を押し付ける事は別だよな。……有給取る日を勝手に決めてくるクソ上司じゃあるまいし)

 

 

 しかし、無理に自分の知るホワイト企業を真似する必要はなかったのだ。

 みんなが幸せになれる、ナザリック流のホワイトな環境作りを目指せばいい。

 

 

(自分の思う幸せと、彼らの望む幸せが違っても良かったんだ……)

 

 

 働きたいだけ働かせて、それ以外の楽しみは自分が新たに教えればいい。

 自分はきっかけを、彼らに知る機会を用意する。それくらいのお節介は許されるだろう。

 

 

(ただ少しだけ、NPCにも俺の思う楽しさを知ってほしいと願うくらいの我が儘は、言ってもいいですよね。皆さん……)

 

 

 それでもナザリックに奉仕する生き方を望むなら、そこから先は自分が強制する必要もない。

 

 

「よし!! お前達、休日の件は一度白紙に戻そう。後日改めて協議すると約束しよう」

 

「あ、ありがとうございます!!」

 

「その代わりと言ってはなんだが、すまないが今は私の休憩に付き合ってくれ。早速だが、一緒に遊ぶとしようじゃ――」

 

 

 一番重要なのは、彼ら自身が幸せに感じるかどうかなのだから――

 

 

「っ話は聞かせてもらいましたぁぁあ!!」

 

 

 新たな一歩を踏み出すモモンガの宣言と、メイド達の歓喜の声をかき消すように飛び出してきたのは、一つの人影。

 モモンガは即座に察した。至高の御方であり、唯一絶対の支配者であるモモンガの言葉を遮る者など、ナザリックではそうはいない。

 

 

「……さぁ刻は満ちた。今こそナザリックの歴史が動く瞬間!! この場に皆様方が集ったのはまさに運命!!」

 

 

 片方だけ袖を通した黄色い軍服。

 頭から爪の先まで演技が染みついた動き。

 埴輪顔の丸い口から溢れ出る厨二ワード。

 未だ心の折り合いつかぬ自らの過去を前にして、モモンガは目を離せない。

 というか、周りのメイドやネムの反応が怖くて見れない。

 

 

「ならば、私の力を振るうに相応しい…… ですよね?」

 

 

 彼こそナザリックの全NPCの中で、誰よりも自分の子供であると言えなくもない存在。

 

 

「私の創造主、モモンガっ様!!」

 

「うわぁ」

 

 

 ――パンドラズ・アクター。

 避けては通れぬ息子の奇行に、モモンガのやる気はグッと下がった。

 

 

 

 

「ぅおぉ、まさに感無量。『話は聞かせてもらった』――このセリフ、一度言ってみたかったのですが、中々良いものですね!!」

 

 

 ポーズをキメながら踵を打ち鳴らし、派手に登場した乱入者に困惑するネムとメイド達。

 同じナザリックに属する者だと気配で察しているようだが、メイドの「誰だコイツ」的な視線は冷え切っていた。

 自らの頭に触れ、モモンガの手の感触を名残惜しげにしているメイドに至っては、視線に殺気すら混ざっている。

 

 

「あれ? なんか見たことあるような、どこかで会ったような…… 気のせい?」

 

 

 何も知らないネムだけが、首を傾げつつも純粋な好奇心でパンドラズ・アクターを見つめていた。

 初めて見る異形の者に対しても、その目に不安や恐怖といった感情はほとんど浮かんでいない。

 これまで数々の異形種と出会っているだけあって、素晴らしい順応能力である。

 

 

「お前ちょっっっと、こっち来い」

 

「あーれー」

 

 

 そんな彼女達を置き去りにし、モモンガは流れるような動きでパンドラズ・アクターを壁に追いやった。

 いわゆる『壁ドン』――魔法職とは思えない、実に見事な体捌きである。

 コキュートスとの訓練の成果がこんなところで活かされるのは、モモンガとしても非常に不本意であったが。

 

 

「――で、何しに来たんだ?」

 

 

 モモンガは周りに聞かれないように、少し離れた壁際で声を潜めてパンドラズ・アクターを問い詰める。

 

 

「oh、この超近い距離感。やはり私はモモンガ様にとって特別なのでございますね。なにせ私はモモンガ様がお造りになられた唯一のMU・SU・KO。……仕方ありません。皆様からの嫉妬は甘んじて――」

 

「はよ言え。というか、いつから居たんだ?」

 

 

 空気が読めるのか読めないのか、一応パンドラズ・アクターも声量は抑えてくれている。

 身振り手振りのうるささに関しては、言うまでもないが。

 

 

「ネム様がお越しになられた時点からです。もしや私のsecret missionの出番かと思い、ずっと不可知化してスタンバイしてました!!」

 

「最初からじゃねーか」

 

 

 小声でツッコミながらも、モモンガは諦めの気持ちが混ざった溜息を吐いた。

 

 

「聞けばモモンガ様は遊興、遊戯をお望みとのこと。ここは私の出番だと思い、差し出がましくも羨ましい空気をぶち壊して混ざるべく派手に登場させて頂きました」

 

「申し訳ないのか開き直ってるのかどっちだ? まぁいいや。それで、何か良い案でもあるのか?」

 

「それはもう、もちろんでございます!! これでも私、一人チェスに一人オセロ、一人ツイスターゲーム、一人スゴロクまでやり尽くした遊びのプロを自認しておりますので」

 

「あ、うん。じゃあなんか良さげなゲーム持ってきてくれ。あとそれ人前で言うのは禁止な」

 

「畏まりました!!――」

 

 

 キリッとした雰囲気を見せる、パンドラズ・アクターの普段と何一つ変わらないドヤ顔。

 段々と悲しくなってきたので、モモンガはツッコむのをやめた。

 

 

「この人数ならやはりコレでしょう!! ルールも至ってシンプル。サイコロを振り、その目に従って進み、誰よりも早いゴールを目指すのです!!」

 

 

 その後、パンドラズ・アクターが宝物殿から持ってきたのは、ギルドメンバーの誰かが作ったであろうオリジナルのスゴロク。

 モモンガも初めて見るそれのサイズは中々大きく、テーブルの大部分を占領している。

 使用するサイコロや駒、ボードの隅々まで凝った意匠を凝らしていることから、製作者の強いこだわりが感じられた。

 

 

「これが至高の御方々の遊戯……」

 

「面白そう!!」

 

 

 メイドは色んな意味で畏れ多いと緊張気味。

 ネムは通常運転で知らない遊びに興味津々。

 

 

「いささか運の要素が強い遊びではありますが、これならば皆が平等に楽しめると思います」

 

「ギルメンが作ったって聞くと、そこはかとなく不安はあるが……」

 

「では、早速始めましょう!!」

 

 

 しれっと自分の隣の席に着いたパンドラズ・アクターも含め、モモンガ達は六人で遊び始めた。

 

 

「――四、五、六!! このマスはなんて書いてあるの?」

 

「えー、なになに『左隣のプレイヤーは、自分の二つ左隣の人をお姫様抱っこする』だな。なんだこの内容……」

 

「お、御方に私がですか!?」

 

「えー、シクススずるーい!!」

 

「これは羨ましい!! お嬢様、今だけ私と席を交換しましょう!!」

 

「あははっ。メイドさんにもモテモテだね、モモンガ」

 

 

 最初はぎこちない雰囲気だったが、パンドラズ・アクターとネムが程よい緩衝材となり、意外なほどゲームは盛り上がった。

 創造主としては手放しで喜べないが、パンドラズ・アクターの芝居がかった言動――他のシモベからすれば完全に不敬――も良かったのだろう。

 それらはメイド達が気兼ねなくゲームに参加するのに、一役も二役も買っていた。

 

 

(こういうのも、悪くないな……)

 

 

 他の業務に戻らねばならないからと、メイド達が参加出来たのは一度きりだったが、短い時間でも楽しんでくれたように思う。

 そしてモモンガ自身も、かつて自分が仲間達と過ごした時間のようで楽しかった。

 

 

「初めてやったけどスゴロクって面白いね」

 

「製作者の意図というか願望が透けて見えたが、ゲームとしては中々面白かったな」

 

「はい!! Ich bin sehr zufrieden(とっても大満足)!! でございますっ!!」

 

 

 今後彼女達が自主的に休みを欲しがるかは分からないが、NPC達にも少しだけ遊びの良さを伝える事が出来ただろう。

 モモンガはじんわりとした温かさを感じながら、休憩時間を満喫したのだった。

 

 

 

 

おまけ〜伝言ゲーム〜

 

 

 モモンガへの直談判という大役を任され、結果的に御方の遊び相手という極上の褒美を賜った三名のメイドがいる。

 ナザリックに属する者なら誰もが羨み、興味を持たずにはいられない内容である。

 

 

「ねぇ、もう聞いた? シクススの話」

 

「あ、ネム様にもご協力頂いた件よね?」

 

「うん、私も聞いた。リュミエールとフォアイルも一緒に行ったやつでしょ?」

 

 

 当然、その噂は瞬く間に広まった。

 事の始まりが一般メイドだったということもあり、一般メイドの間で情報が浸透するのは特に早かった。

 今や三名のメイド――シクスス、フォアイル、リュミエールの行動の結果は、ナザリックの食堂で最も耳にする旬な話題と言えるだろう。

 

 

「羨ましいわよね。でも私達のような一般メイドにまで目をかけて御慈悲をくださるなんて、流石はモモンガ様だわ」

 

「私達のことを家族だって。お仕事の件も聞き入れてくださったみたいだし、なんてお優しいのかしら……」

 

「じゃ、じゃあアレも聞いた? モモンガ様の御手に触れられると、天にも昇るような――」

 

 

 ――ただし、噂には尾ひれがつきもの。

 互いに興奮し切った状態で話せば、全てが正確に伝わる訳がない。

 メイドからメイド、その他のNPC、そして守護者達へと、内容が伝言ゲームのように伝わり――

 

 

「モモンガ様!! ここは私と二人っきりでご休憩はいかがでしょうか? モモンガ様の妙技を是非この身で体験したく!!」

 

「え?」

 

「モモンガ様!! そんな事より、わたしと野球拳で戯れるのはいかがでありんしょうかえ?」

 

「んん?」

 

 

 ――最終的に『休みを取れば御方に抱いて貰える』に改変されていた。

 あまりの報連相の噛み合わなさに、モモンガも絶句である。

 

 

「あーら、シャルティア? いきなり会話に入ってきて邪魔をしないでくれるかしら。私はモモンガ様と大切な話をしているの」

 

「ふんっ。なにが大切な話でありんすか。わたしは器の小さいアルベドと違って御身を独り占めしようとは思いんせん。懐の大きさが違いんす!!」

 

「ぷっ、懐の大きさ? そんな小さな胸を張っても説得力がないわよ。兄か姉を作って出直してきなさい」

 

「こんな性悪が妹だなんて、ニグレドも大変だこと」

 

「……偽乳が」

 

「……指輪没収されたくせに」

 

「なんだとこのヤツメウナギぃ!!」

 

「やんのかこの大口ゴリラぁ!!」

 

(よし。今のうちに逃げるか)

 

 

 ナザリック内でモモンガとの休日を巡って一悶着も起こったが、それはまた別のお話。

 

 

 

 

「己ノ為ニノミ時間ヲ費ヤス。守護者トシテ許シ難イガ、大局ヲ見据エレバ或イハ…… 私モ休日ヲ利用シ、更ナル武ノ高ミニ挑戦スルベキダロウカ」

 

「いいんじゃない? あのバカ二人と違って、コキュートスのは立派な戦力増強の一環になるでしょ。あたしも休みを貰って、久しぶりにペット達と集団行動の練習でもしようかな」

 

「ぼ、ボクも図書館で勉強してみようかな。至高の御方が残された資料もあるみたいだし」

 

「それが良いと思うね。休日を用意されたのには複数の意図があると思うが、我々の成長を促すのもその一つだろう」

 

「じゃあデミウルゴスは他にどんな意図があるって気づいたの?」

 

「私如きでは全てを読み取ることなど出来ないが…… モモンガ様は『遊び』を重要視されていた。我々の通常時の防衛に遊び――つまりは余裕を持たせることで、非常時における柔軟性を持たせたかったのではないかな。望ましくは無いが、守護者の何人かが動けない非常事態も今後は起こるかもしれない。休日の導入は、そんな時に対応するための予行演習とも捉えられるだろう」

 

「なるほどー。流石はモモンガ様。本当に色んな事をお考えになられてるんだね」

 

「フム。戦場デハ常ニ五体満足デ戦エルトハ限ラナイ。場合ニヨッテハ不足シタ戦力デ挑マネバナラヌ時モアルダロウ。ソノ際ノ訓練ダト思エバ実ニ理ニ適ッテイル」

 

「私も初めはここまでは想像できていなかったがね。もしかしたら、メイド達が休日について私に相談を持ち掛け、私がネム様を紹介するまでの流れすらも、御方のご計画通りだったのかもしれない」

 

「最初から休日の意図を伝えなかったのも、一般メイドにも考える力を付けさせようとしたからかな?」

 

「その可能性は非常に高いと思うよ。己の力で問題を解決しようとする能力というのは重要だからね」

 

 

 モモンガの気持ちが正しく――「なるほど。そういうことですか」――広まり、自主的に休みを取ろうとするNPCが、ほんの少しだけ増えたとか増えなかったとか。

 

 

 

 

「固定の休日の制度を廃止したら、何故か自主的な休みを希望する守護者が増えたんだけど……」

 

「良かったねモモンガ。きっとみんなにもモモンガの気持ちが伝わったんだよ」

 

「なんかそんな雰囲気でもないような気がするんだよ」

 

「じゃあメイドさんから話を聞いて自分も遊びたくなったとか?」

 

「アルベドとシャルティアのは、遊びじゃ済まなそうで怖いんだが…… それにコキュートスは休日使って戦闘訓練してるんだぞ? それもえらくハードな内容で」

 

「戦うのが好きなんじゃない?」

 

「うーん。まぁ本人が望んで好きなことしてるなら良いか」

 

「うん。良いと思う!!」

 

 

 ホワイトナザリックへの道のりは、まだちょっぴり遠い。

 

 




ネムの提案――小細工抜きでお願いする。
リアルで生きていたモモンガ、ナザリックのNPC、現地人のネム。
それぞれの仕事や休日に対する価値観の違いをイメージして書いてみました。
ネムの後押しもあり、原作とは違ってアインズ様当番を作らず休日を強制しない方向に。
日々重要な職務(掃除)に励み、昇進(支配者の簒奪)を目指す向上心もある。
仕事だけでなく、プライベート(バーの常連で普通にお酒とか飲む)も充実。
モモンガ様のご意志に一番沿ってるシモベって、実はエクレアでは?

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