不思議の墳墓のネム   作:まがお

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前回のあらすじ

「休日を廃止していただけました!!」
「スゴロク楽しかったね」
「NPC達と遊ぶ時間も悪くないな」

今回は冒険者モモンとネムのお話です。



組合長の企み

 ほぼ年中無休。今日も今日とて様々な人が訪れている、エ・ランテルの冒険者組合。

 一階は仕事を探す冒険者や、登録に訪れた新参者、仕事を頼みに来た依頼人で賑わっていた。

 二階は一階の喧騒に反して会議などに使われているスペースが多く、あまり騒がしい印象はない。

 

 

「二人ともよく来てくれた。いきなり呼びつけてすまなかったね」

 

 

 そんな二階にある応接室の一つに、現在一組の冒険者チームが呼び出されていた。

 

 

「早速だが、今日ここに来てもらったのは他でもない――」

 

 

 三人の役者が揃い、全員がソファーに座る。

 そして、静かな一室に緊張した空気が満ちる。

 組合の長であるプルトン・アインザックによる謀略――もとい真っ当な話し合いが、今始まろうとしていた。

 

 

「モモン君、ネム君。昇級試験となる依頼を受けてくれたまえ」

 

「いきなりですね」

 

 

 いつになく真剣な雰囲気を漂わせ、アインザックは対面に座る二人の銅級(カッパー)冒険者――モモンとネムに本題を切り出す。

 この交渉は組合長にとって一種の戦いであり、組合の将来に関わる重要な案件だ。

 それ故に準備は万全。話す内容も数パターン用意し、個人的に譲歩出来ることも事前にかなり練り込んでいた。

 

 

「これは組合からの命令と受け取って貰っても構わない」

 

 

 まずは流れを掴むための先制パンチ。

 顔の前で手を組んだまま、アインザックは表情の見えないモモンを見つめ続ける。

 

 

「緊急時を除き、依頼を受けるかどうかは個人の自由のはずです。組合長、何故このタイミングなのでしょうか?」

 

「本来ならその通りだ。うーむ、どこから話したものか……」

 

 

 モモンの纏う漆黒の全身鎧からは、僅かな動揺の音も鳴ることはなかった。

 想定通りと言うべきか、相手は軽い威圧を込めた「命令」の言葉に怯みもしない。

 

 

(性格は至って真面目。謙虚で理知的だが、商人のようにしたたかな面もある。それにこの質の高い装備。噂では尋常じゃない殺気を放ち、かなりの怪力を誇るらしいが……)

 

 

 非常に落ち着いた様子のモモンに、アインザックは他の冒険者と一線を画すものを感じる。

 巷では魔獣を操る少女の方に注目が集まりやすいが、やはりパートナーであるこの男もただ者ではないようだ。

 

 

(こっちは見れば見るほど普通だ。……運良く魔獣という力を得ただけの子供だな)

 

 

 当然モモンの隣には相方であるネムも座っているが、アインザックは意図的に視線をやらなかった。

 きっとこの少女が口を開けば、自分が意識して作り上げた場の空気は崩れるだろう。

 幸いにも少し緊張した表情ながら、今はお行儀良く座ってくれている。

 

 

(『蒼の薔薇』といい、時代も変わったものだ…… 私の現役時代でも、ここまで若い冒険者はいなかったからなぁ)

 

 

 海千山千のアインザックと言えど、ただの子供相手はやりづらいことこの上ない。

 だが、基本的にこういった交渉はモモンに任せている事も知っているので、ネムに話を振らなくても不自然には思われないだろう。

 

 

(元オリハルコン級冒険者の見立てでは、魔獣の力は間違いなく英雄級以上。かの戦士長にすら匹敵すると聞く。あのレエブン侯が御子息の将来の配下に欲しがるわけだ……)

 

 

 アインザックは二人の観察を切り上げ、たった今考えをまとめたようなフリをして再び口を開く。

 

 

「最近組合に、内外から少し苦情が来ていてね。知っているかね? まぁ愚痴にも近い内容だが」

 

「愚痴、ですか?」

 

「例えば…… 『同じ銅級なのに、あの二人より遥かにショボい冒険者が来た』、『あの二人と同じランクに思われるのは辛い』などだ」

 

 

 アインザックは複数の思考を続けながら、少しだけ内容を誇張して伝えた。

 誇張していても嘘は言っていないのだから、この二人はそれだけ異質な冒険者ということだ。

 

 

「端的に言えば、君たちの能力は銅級に相応しくない。無論、褒め言葉の意味でだが」

 

 

 裏を返せば、組合始まって以来の逸材とも言える。事実、それだけの可能性はあるだろう。

 

 

「私達としては、無理せず堅実に仕事をこなしていただけなのですが…… そう言われると、少し申し訳なく感じますね」

 

「勘違いしないで貰いたいが、誰も君達を非難している訳ではない。当然組合としても君達を責める意図はないよ」

 

 

 素振りと声音だけは実にそれらしい。

 しかし、顔を隠したモモンが本当に申し訳なく思っているのかは、アインザックには判断しかねた。

 隣のネムをチラリと見れば「内容がピンときませんでした」と、顔に大きく書いてある。

 あんな魔獣を使役している割には、自己評価が低いのかもしれない。

 

 

「しかしだね、組合が優秀な冒険者を正しく評価していないと噂されるのは困る。そこで最初の話に戻るわけだ」

 

「そういうことですか…… ネムはどうしたい? 組合長はこう言っているが、規則として受けなければいけない訳ではないぞ」

 

「えっ、そうなの?」

 

 

 親しみのこもったモモンの気さくな問いかけに、黙っていたネムも自然な反応を返す。

 二人の醸し出すゆるい空気に緊張感が途切れそうになり、アインザックは空気を引き締めるタイミングを待った。

 

 

「昇級に関する規則には一言も強制だと書いていないからな。今回の話はあくまでも組合からのお願い、ですよね?」

 

「う、うむ。その通りだ」

 

 

 しかし、規則を盾にしたモモンの鋭い指摘に、組合長である自分は頷く事しか出来ない。

 組合から推薦する形での昇級もなくはないが、残念ながらそれをするには実績が足りない。

 

 

(くっ、規則を細かく確認している新人などいつぶりだ。しかも昇級にやる気が感じられん。もしやモモン君は富や名声に興味がないのか? 一体何を求めて冒険者になったんだ……)

 

 

 どうにもこのモモンという男は――以前話した時にも感じた事だが――相方であるネムの意思を最大限尊重したいらしい。

 

 

(女を使うという手もあるが、子供の前でそれを仄めかすのも不味いな。どう転ぶかは未知数でも、ネム君を説得する方が早いか……)

 

 

 二人は同じ村の出身という訳でもなく――モモンは出身地などが不明。正直顔もよく分からない――師弟関係などでもない。

 リーダーは間違いなくモモンの方だが、力関係は対等と考えていいだろう。

 魔獣を操る少女のインパクトで隠れているが、ネムよりモモンの方がよっぽど謎が多い存在だ。

 

 

「どうかな、ネム君。ランクが上がれば受けられる依頼の種類も増える。当然報酬もより高額になるぞ」

 

 

 ここはキッパリと路線変更するしかない。

 アインザックは厳格な雰囲気を消し、出来るだけ柔和な表情を作った。

 

 

「まだ少し遠い話だが、より上位の冒険者になればこちらも色々と融通を利かせられる。決して悪いようにはしないよ」

 

「あの、組合長さん。昇級試験って何をするんですか?」

 

「普段の依頼とさほど違いはないよ。組合から指定された仕事をこなすだけでいい」

 

 

 友人の魔術師組合長に見られたら「何を企んでいるのか」と、間違いなくツッコミを受けるだろう。

 だが、全ては組合を発展させるためだ。

 この二人には広告塔、組合の看板になってもらいたいのだから。

 

 

(モモン君とネム君なら人格は問題ないだろう。魔獣もいるから組合の名を広めるには申し分ない)

 

 

 今の組合にはミスリル級までの冒険者しかおらず、高難易度の依頼を多くこなす力はない。

 そのミスリル級の彼らでさえ、正直あまり伸び代が残っているとは思えない。

 きっと成長しても精々がオリハルコン止まり。最高位冒険者、アダマンタイト級になれる器ではないだろう。

 だからこそなんとしても二人のランクを上げ、難易度の高い依頼を受けてもらえるようにしたいのだ。

 

 

(……それに伝説の魔獣、『森の賢王』の力を遊ばせておくのは勿体ないからな)

 

 

 ネムの手持ちの魔獣は強くて話題性もある。組合としてこれを利用しない手はない。

 年齢不詳のモモンはともかく、ネムの年齢ならこの先長く冒険者を続けられるだろう。

 少なくとも自分が組合長を引退するまでは、一線級の活躍が見込めるはずだ。

 

 

「どうしようかな…… 私、まだあんまり経験積んでないし、成長出来てるか分かんない……」

 

「私としては銅級のままでも構わないぞ。昇級を急ぐ理由もないしな」

 

「まぁまぁ、そう結論を急がなくてもいいじゃないか。君達はとてもよくやっているとも」

 

 

 二人揃って冒険者らしからぬ謙虚な姿勢に、アインザックは新鮮味を覚える。

 傲慢で荒くれ者の冒険者より、個人的には人として好感も持てる。

 だが、ここで足踏みされては困るのだ。

 

 

「本当に悪い話ではないんだ。仮に依頼を失敗したとしても、普段の仕事以上にペナルティがある訳でもないしね。やるかどうかは依頼内容を聞いてから考えても遅くはないさ」

 

 

 素早く昇級させる事を目的とした、あからさまに怪しい依頼は頼めない。流石に他の冒険者も反発するだろう。

 裏を感じ取られれば、モモンが先んじて拒否する可能性もある。

 

 

「組合長。何か企んでませんよね?」

 

「おいおい、急にどうしたんだい、モモン君。企むだなんてとんでもないよ」

 

 

 アインザックが頭の中で様々な考えを巡らせていると、モモンが早くも踏み込んできた。

 やはり頭が回るようだ。

 この様子だと、こちらの意図にも薄々気づいているのかもしれない。

 

 

(ちっ、中々鋭い。普通なら飛び付くだろうに、昇級にどれだけ慎重になっているんだ…… しかーし!! 私を甘く見てもらっちゃ困るよ、モモン君)

 

 

 だが、気づいていようがいまいが問題はない。

 要は彼らの力を分かりやすく周りに示せればいいのだ。

 如何に実力を隠そうとも、依頼の道中などで()()強大な敵と遭遇してしまえば――

 

 

(森の賢王なら、きっと二つ名持ちの亜人でも討伐出来るはずだ。そして、そこまで有名な存在を倒せば、その事実は隠蔽出来ない。そうすれば……)

 

 

 ――強敵の討伐を理由にして、文句なしの昇級が出来る。

 上手くいけば簡単に飛び級すらさせられる。

 冒険者は実力主義だ。たとえ魔獣の力に頼りきりだろうが、強大な敵を倒したという実績さえあれば問題ない。

 今はまだ幼く侮られようとも、力に見合った評判など後からついてくるだろう。

 

 

「私は二人ならもっと上を目指せると確信しているよ。そんな君達の能力を鑑みて、今回の依頼は――」

 

 

 ――魔獣を使ってさっさと偉業を成し遂げてこい。

 アインザックは腹黒い本音を笑顔で覆い隠し、二人に昇級依頼を受けるよう促すのだった。

 

 

「ねぇ、モモン。これ前にもあったよね」

 

「ああ。受けるのが確定しているパターンだ」

 

「ん? 二人とも何か言ったかね? 質問ならいくらでも聞こうじゃないか。そうそう、おすすめの携帯食料だが――」

 

 

 

 

 なんやかんやで昇級試験を受ける事になってしまった私達。

 試験用の依頼というだけあって、行き帰りも含めるとそれなりに長い期間を必要とする仕事内容だった。

 ハムスケは気にする素振りもなかったけど、事後承諾になってしまったのが申し訳ない。

 

 

「報酬は普通のお仕事とあんまり変わんないんだね」

 

「仕事自体も難しくはなさそうだ。おそらくこの試験の本質は、見知らぬ土地でも問題なく行動出来るか、といったところか。でも行くだけで一週間かかるかもって、詐欺じゃないか?」

 

「その辺は組合長さんも曖昧だったよね。時期とか行く人によっても変わるのかな?」

 

「某が全力疾走すれば、もっと早く着けると思うでござるよ!!」

 

「だとしても時給で割ったらいくらだよ…… とりあえず夜ごとにネムは家に帰れるようにするべきだな」

 

 

 だけどモモンガの大人の事情――「通勤時間とか仕事の拘束時間が長過ぎるのはブラックだよな」――によって、今回だけちょっとズルをする事にした。

 

 

「よし。場所の確認完了っと――〈転移門(ゲート)〉」

 

 

 王国と目的地の間には、とても広い丘陵地帯――アベリオン丘陵が存在する。

 そこには魔物や沢山の亜人が暮らしており、人間にとって超の付く危険な場所らしい。

 ハムスケなら勝てない事もない。倒しても問題のない強くて有名な亜人もいると、組合長が何故か色々と力説していた気がする。

 一応、闇小人(ダークドワーフ)のような人間種も多少は住んでいるとかいないとか。

 ともかく地道に歩いて進むとしたら、丘陵を抜けるのに早くても数日はかかっただろう。

 

 

「うーん。どこも情報系魔法の対策がほとんどされてない。これでは鏡と〈転移門〉を使えばどこでも簡単に行けてしまう」

 

「もう着いちゃった」

 

「相変わらずデタラメな魔法でござるな」

 

 

 しかし、自分達の移動時間はまさに一瞬。

 長い道のりをモモンガの魔法で丸々無視して――組合長の思惑も知らず知らずにぶち壊して――辿り着いたのは、王国の南西にある『ローブル聖王国』という国。

 モモンガの魔法を見られないようにするため、厳密には国の少し手前辺りというべきか。

 

 

「どちらにしろ、やはりこれは自重しないと面白みに欠けるな」

 

「うん。魔法は便利だけど、なんかもったいない気もするね」

 

「楽なのは良いのでござるが、某の出番もなくなってしまったでござる……」

 

 

 私達の昇級試験に指定された依頼は、この国の工事現場でのお手伝い。資材の運搬に見回りなどを加えた、いわゆる雑用係である。

 なんでも丘陵と国土の境目にある大事な城壁が壊れてしまったらしく、ものすごく人手が必要になっているらしい。

 でも、冒険者の昇級試験がそんな内容で本当にいいのだろうか――

 

 

「うわぁ、すっごーい。エ・ランテルの門よりずっと長くて大っきい」

 

「ほぉ、デカイな。まるで万里の長城のようだ」

 

 

 やっぱりハムスケの姿は周りの注目を集めたりもしたけど、何事もなく仕事場に辿り着いた。

 そして、私とモモンガは二重の意味で息を飲む。

 

 

「デッカイでござるなぁ。某もこんなに大きな物は初めて見たでござるよ」

 

「ねー、すっごく大っきいよね!!」

 

 

 視線の果てまで続く長大な城壁の感想は、ただただ大きいの一言に尽きる。

 ハムスケも魔獣の感性なりに、目の前の建築物が凄い物だという事は理解しているみたいだ。

 しかし――

 

 

「だが、一体何があればあんな風に壊れるんだ? 自然に劣化して崩れたようには見えないが……」

 

 

 ――城壁は文字通り穴だらけであった。

 古くなって自然と壊れたのではなく、強い力で無理やり吹き飛ばしたような壊れ方だ。

 モモンガも壁の状態を見て、首を傾げて不思議そうにしている

 

 

「凄いけどボロボロだよね。いっぱい焦げ目も付いてるし、どうやって壊れたんだろう。火事?」

 

「もう壁として機能してないでござる。あそこなんて人の群れが普通に素通り出来るぐらい、大穴が空いてるでござるよ」

 

 

 ネムが指を差した所は壁が黒く変色しており、城壁の一部は融解したように形が歪んでいた。

 ハムスケが言うように損傷が酷いところでは、横に五十メートル程の範囲で壁がごっそりとなくなっている所さえあった。

 

 

「正直に言えば、壊す方法はいくつか思い浮かぶ」

 

「やっちゃ駄目だよ?」

 

「自白でござるか?」

 

「いやいや、そんな無駄なことしないし、してないから。あくまで私にも可能というだけだ」

 

「これだけの破壊痕を見て平然と自分にも出来ると言えるのが、モモン殿のヤバいところでござるな。もはや驚きもないでござる」

 

 

 モモンガの凄さは今に始まった事ではないので、正直私もあんまり驚かない。

 そこまで派手な魔法を使っているところは見た事がないけど、モモンガが出来ると言うならその通りなのだろう。

 

 

「うーん。この規模の破壊が行えるとしたら、やはり現地の存在も侮れないな。ナザリックは表に出さなくて正解だった。仮にこのレベルの敵対勢力が出て来た場合の対処は……」

 

 

 少し気になるとすれば、そんな凄いモモンガでも過去には何度も色んな人に戦いで負けているらしい。

 特に友人の一人である聖騎士には、ただの一度も勝てなかったそうだ。

 やっぱりアンデッドだから、いくらモモンガが凄くて優しくても、聖なる力みたいなのには弱いのかもしれない。

 

 

「――っゴホン。まぁわざわざ調べずとも、噂くらいは勝手に入ってくるだろう。さぁ、早速仕事の手続きに行こうか」

 

「はーい」

 

「道中で活躍できなかった分、某も頑張るでござるよ!!」

 

 

 考え事に没頭しかけたモモンガが咳払いをしたところで、私達は再び歩き出す。

 この国は神官や聖騎士がいっぱいいるみたいだし、もしモモンガの正体がバレたら大変なことになりそうだ。

 自分達が目立つチームだという自覚はある。

 うっかりバレないよう、私がモモンガの分も気を引き締めなくちゃ。

 

 

 

 

 初めて訪れる国での仕事だったが、エ・ランテルで似たような現場は経験済み。

 その時と同じようにすればいいと、ネムとモモンガは二手に別れて効率よく作業を進める事にした。

 そして、モモンガが異常な怪力を見せつけ、周囲の度肝を抜いている頃。

 別の作業をしているネムとハムスケのペアも、さほど苦労する事なく仕事をこなしていた。

 

 

「ハムスケ、次はあっちだって」

 

「分かったでござる」

 

 

 国が違ってもネムのやり方は変わらない。

 いつものようにハムスケの背に乗り、工事現場を右へ左へ忙しく動き回っていた。

 

 

「――聞いたか。また死体と行方不明者が出たってよ」

 

 

 そんな折、休憩中の人達の雑談が偶々二人の耳に入った。

 

 

「もうこれで何人目だ。……やっぱり亜人どもが出入りし始めたからじゃないのか?」

 

「バカ。それ以上はやめとけ。融和政策の批判、下手すりゃ王族批判につながるぞ」

 

「分かってるけどよ。犯人は亜人だと思わないか? 腹の中に収まっちまえば、証拠なんか見つかりっこないだろ」

 

「いや、中には食われずに滅多刺しにされてた死体もあったらしい。一口も食べないなんて、亜人にしては手口が変だと思うね、俺は」

 

「先の悪魔との戦いでは協力したんだし、全員が話の分からんやつではない証拠だろう」

 

「城壁を破壊した悪魔を倒せたのも、亜人と聖騎士様や神官様が協力したからだしな」

 

「どーだか。俺は正直言って亜人達を信用しきれない。つい最近まで丘陵の奴らとは争ってたんだからな」

 

 

 男達は木陰に座り込み、集中すれば少し離れていても聞き取れる声量で話している。

 真偽はどうあれ、徹底して内緒にする程の内容ではないのだろう。

 

 

「行方不明の奴も、早いとこ弔ってもらえると良いんだが……」

 

「そういや、この間めちゃくちゃ可愛い神官様を見かけてよ。俺も死んだらあんな人にお祈りしてもらいたいね」

 

「不謹慎なやつだな。……で、どこで会った?」

 

「城壁に近い、家屋も残ってないような被害の大きかった辺りで――」

 

 

 ネムは通り過ぎる際にちらりと顔を見た程度だが、その表情は興味と猜疑、嫌悪感がないまぜになっていた。

 後半は言うまでもなく、女性への興味が十割だったが。

 

 

「城壁を壊したのは悪魔の仕業だったんだね。でもあんまりイメージ出来ないなぁ」

 

「そうでござるな。あと気になるのは、行方不明者に亜人との確執でござるか…… 場所が場所なだけに、普通にあり得そうな話でござる」

 

「争っても良いことないのに……」

 

「縄張りやら食料やらの事情があるのでござろう。生きるとはそういうものでござる」

 

「モモンガのところはみんな仲良しなのにね」

 

「アレは例外ではござらんか? 普通は異なる種族で仲間になるなどありえないでござる」

 

「えー、ハムスケと私も普通に友達になれたよ?」

 

「自分で言うのもなんでござるが、某は理性的で賢いでござるからな」

 

「あはは、『森の賢王』だったもんね」

 

 

 ネムとハムスケが雑談をしながら次の作業場に向かっていると、二人に真っ直ぐ近づいてくる気配があった。

 

 

「少しよろしいでしょうか?」

 

 

 迷いのない声で自分達を呼び止めたのは、一人の女性。

 全体的に肌の見えない地味な服装で、その上フードを深く被っているため顔が見えない。

 体型と声で女性だと判断はしたが、少し怪しげである。

 

 

(綺麗そうだけど、顔を見られたくないのかな?)

 

 

 しかし、フードに押し込むように隠された金髪には艶と光沢があり、微笑を浮かべた口元はとてもきめ細やかな白い肌をしていた。

 少なくとも、日頃から農作業に明け暮れるような農民ではないのだろう。

 工事現場が似合う人とも思えないが。

 

 

「はい、なんですか? 現場のお手伝いなら何でも言ってください!!」

 

「いえ、そうではないのです。貴女とその魔獣がとても親しげに見えたものですから、気になってしまって」

 

「某とネム殿がでござるか?」

 

 

 ネムは返事をしながら素直に凄いと思った。

 荒事に慣れた冒険者ですらハムスケと会えば身構えるというのに、この女性は凛とした様子を崩さない。

 目の前でハムスケが喋った事には少し驚いたようだが、それでも怯えは感じられない。

 

 

「はい。私は知らなければならないのです。弱き民に幸せを、誰も泣かない国を。そして、亜人達とも手を取り合える未来のため……」

 

「未来のため?」

 

「私が聖お――っおほん。えっと、そうね。難しいことは抜きにして、お二人はどうやって仲良くなったのかしら?」

 

 

 一瞬だけ思い詰めた雰囲気を感じたが、女性はすぐに明るい調子に切り替えた。

 

 

「どうやって…… どうやってだっけ、ハムスケ?」

 

「別に特別なことはしてないと思うでござる。自然とネム殿とは仲が深まったでござるよ」

 

「一緒にお散歩したりとか、お昼寝とかはしたよね」

 

「そうでござるな。某はネム殿にブラッシングしてもらう時間も好きでござるよ」

 

 

 参考になりそうな話は伝えられなかったが、女性は頷きながら真剣に耳を傾けてくれる。

 どうやらよほど亜人と仲良くなりたいらしい。

 

 

「とにかく色々お話ししたりとか、一緒にいてたら仲良くなりました。人と仲良くなるのと、そんなに変わらないと思います」

 

「そうですか。やはり歩み寄り、互いを知る事から始めなければなりませんね。人も亜人も、心がある事は変わらないのですから」

 

「うん!! 亜人だけじゃなくて、きっと仲良くなれる悪魔とかアンデッドも探せばいると思うよ!!」

 

「悪魔と、アンデッドですか……」

 

 

 女性がぽかんとしてしまい、ネムは口走った事を軽く後悔した。

 しまった。本心から出た言葉だったが、少なくとも最近悪魔に襲われたばかりの国の人に言うべきではなかった。

 

 

「えと、その…… ごめんなさい」

 

「あ、すみません。怒っている訳ではないのです。まさかこの国でそんな言葉を聞けるとは思ってもみなかったので」

 

「世界は広いでござるからな。どの種族にも変わり者はいるでござるよ」

 

「ええ。実際に人と仲良くしている貴方が言うと、とても説得力がありますね」

 

 

 どう謝るべきか迷ったが、女性は気分を害した様子もなく大丈夫だと笑ってくれた。

 

 

「善なる悪魔、生者を憎まないアンデッドも探せばいるのかもしれません。もしかしたら分かり合うことも…… そのような存在と仲良くなる事は、立場上推奨は出来ませんけど」

 

 

 常識と異なる意見を真っ向から否定せず、きちんと受け止めてくれている。

 苦笑で濁してくれた女性の対応には、偏見を持たない優しい性格が表れているようだった。

 

 

「……実を言うと私も、亜人達と分かり合いたいと願いながら半信半疑だったのです。ですが、貴女の言葉に勇気をもらいました。ありがとうございます。小さな冒険者さん」

 

「お役に立てたなら良かったです」

 

 

 嘘ではないのだろう。

 どんな理由で亜人と仲良くなろうとしているかは分からないが、女性の声は決意に満ちている。

 

 

「それとごめんなさい。訳あって私は顔を見せる事も名乗る事も出来ないけれど、これは貴女へのお礼です――」

 

 

 女性がそっと腕を伸ばし、自分の頬に手を翳した。

 そして女性が小さく何かを呟くと、手の平から暖かい光が僅かに発せられる。

 

 

「なんですか、今の?」

 

「ふふっ、綺麗になれるおまじないですよ。でも内緒にしてくださいね。多分私しか使えない、特別なものなので」

 

 

 最後まで顔を見る事は出来なかったが、女性はとても嬉しそうに去っていった。

 

 

「さっきの者、もしかしたら貴族など、高貴な身分の者かもしれないでござるな……」

 

「え、どうして?」

 

 

 改めて次の作業場に向かっていると、ハムスケが自分にだけ伝わるように小声で呟いた。

 

 

「某達が話している間、少し離れた位置から複数の見張るような視線を感じたでござる。おそらくはあの女性の護衛でござろう」

 

「へー、全然気づかなかった」

 

 

 流石はハムスケ。視線や気配には敏感だ。

 今も物珍しさから多少の視線は集めているはずなのに、僅かな違いが分かるのだろう。

 

 

「でも本当に偉い人だったのかな?」

 

「少なくとも護衛はいたと思うでござるよ」

 

 

 しかし、貴族がこんな現場に足を運ぶわけがない。お忍びで出かけるにしても、もっと楽しそうな場所を選びそうなものだ。

 そう思いかけたが、ネムは一緒に仕事をしている支配者(モモンガ)のことを思い出した。

 

 

「じゃあ領主様とか? 国がどうとか言ってたし。誰かのために真剣なところとか、ちょっとモモンガに似てたかも」

 

「ふむ。ならきっとあの者も支配者――この国の女王でござるな」

 

「えー、流石にそれはないよー」

 

 

 ハムスケと冗談を言い合いながら、ネムは先程の女性を思い返す。

 妙に真剣で、真面目で、言葉には重みがあった。

 それでいて、何か大きなものを背負っているような不思議な人だった。

 

 

「ネム殿、何してるでござるか?」

 

「んーん、なんでもないよ」

 

 

 ふと、自身の頬を触ってみる。

 思い込みかもしれないが、おまじないの効果は本当にあるのかもしれない。

 

 

 

 

おまけ〜気になる乙女心〜

 

 

「ただいまー」

 

「おかえり、ネム」

 

 

 夕陽が沈んだ頃、我が家の小さな冒険者が家に帰ってきた。

 仮にも仕事帰りだというのに、元気な笑顔を見せる妹の姿は微笑ましくもあり、同時に冒険時の様子がちょっぴり心配にもなる。

 ないとは思うが、モモンガやハムスケに仕事を任せっぱなしにしていないだろうか。

 

 

「今日のお仕事はどうだった?」

 

「あのね、今はローブル聖王国で昇級試験を受けてる最中なんだよ。でも夜くらい家に帰って家族に顔を見せた方が良いって、さっきモモンガが送ってくれた!!」

 

(モモンガさん、相変わらずだなぁ。でもそれって、冒険者としてどうなの……)

 

 

 まるで軽い休憩に立ち寄ったと言わんばかりだが、妹が告げた国はカルネ村から遠すぎる。

 並の人間より人間らしい――少々やり過ぎな――配慮をしてくれるモモンガに、エンリは心の中で苦笑した。

 

 

「へぇ、凄いね、ネム。無事に昇級出来るといいね」

 

「うん!!」

 

「でも頑張るのもいいけど、無茶はしちゃダメだよ? お父さんもお母さんも、ネムが無事に帰ってきてくれる事の方が大切なんだから」

 

 

 指摘するべきなのかもしれないが、妹の笑顔を前にそれも憚られる。

 自分達家族もネムと毎日会える方が安心するし嬉しいので、結局モモンガについ甘えっぱなしになってしまう。

 

 

「ちゃんとやってるから大丈夫だよ。モモンガとは別々に作業する事もあるけど、ハムスケとはいつも一緒だし」

 

「それなら安心だね」

 

「モモンガより私の方が色々気を付けてるくらいだもん」

 

 

 なんとも自信有りげな様子だ。

 色んな体験を通して、妹も立派に成長しているのだろう。

 

 

「お姉ちゃん?」

 

 

 ふと、エンリは衝動的に妹の頬をつついた。

 子供らしいハリと潤いがある。健康的なもちもちとした肌だ。

 しかし、なんだか綺麗になっていないだろうか。

 今朝よりもツルリとしていて、きめ細やかな気さえする。

 

 

(気のせいかな…… 私とネムの肌、こんなに違いがあったっけ?)

 

 

 次に自分の頬に手をやった。

 当然シワがあるわけもなく、妹の肌と同様にハリもある。

 年齢もさほど離れておらず、ほぼ同じ生活をしている血の繋がった姉妹だから当たり前だ。

 だが、今触れた妹の頬と比べると明らかに違いがあった。

 

 

「ねぇ、ネム。最近モモンガさんのところで何かやった? その、美容に関するようなこととか……」

 

「何もしてないよ?」

 

 

 自分だってまだ十六歳。肌のトラブルを必死なって気にするような歳ではない。

 しかし、若くとも自分はもう成人の年齢だ。

 念入りにお手入れをするような性格ではないが、少しでも綺麗でいたいという女性として人並みの願望はある。

 ナザリックの美人過ぎるメイドを見た時は、ちょっぴり憧れも抱いた。

 

 

「お姉ちゃん。私、ハムスケみたいにほっぺに物は入れてないよー」

 

「もうちょっとだけ触らせて」

 

 

 姉妹同士のスキンシップを言い訳に、なけなしの乙女心はご利益を求める。

 急に綺麗になった理由が分からないエンリは、六つ歳下の妹の頬を暫くムニムニし続けたのだった。

 

 

 




組合長ならネムとモモンに対して何か手を打つだろうと考えましたが、飛び級の思惑は初手でご破算となりました。
謎の女性が使ったおまじないは信仰系の魔法。本職より美容技術の方に秀でた凄く良い人です。
次回も引き続き昇級試験編の予定です。
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