不思議の墳墓のネム   作:まがお

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前回のあらすじ

「まさかの着地狩りされた」
「説教とか興味ないから刺しちゃった」
「思わず叫んじゃったけど、モモンガなら無事だよね?」
「モモンガ殿にあんなの効く訳ないでござるな」

長かった昇級試験編もついに決着です。





チームの力

 

 

「……ハムスケの行動は無駄ではない。ネムも決して役立たずなどではない」

 

 

 どうやってか空から降ってきた男は、衝撃で舞い上がった土煙の中からゆっくりと立ち上がった。

 虚飾のない自信に満ちた物言い。

 漆黒の全身鎧に真紅のマントという出立ち。

 重厚なグレートソードを二本も背負いながら、その重さを全く感じさせない自然な動き。

 なるほど。こいつが少女と魔獣がしきりに凄いと言っていた、モモンとかいう奴に違いない。

 

 

(クソが……)

 

 

 クレマンティーヌは本当に現れた救援を前に、驚きよりも憎悪や苛立ちに似た感情を抱いた。

 助けに来た目の前の戦士に対してではなく、打って変わって希望に満ちた表情をしている少女――ネムの方にだ。

 

 

「他にも色々と言ってやりたい事はあるが――」

 

 

 魔獣を操る稀少な才能。

 土壇場で助けが来る天運。

 甘い性格からして、どうせ家族にも愛されて育っているのだろう。

 孤独な努力の末に今の力を身に付けた自分と違い、ただ恵まれただけの少女に激しい不快感が湧き上がる。

 

 

「私の敵は、お前だ――なぁぁあっ!?」

 

「いきなり出て来て説教とか、興味ないんだけど」

 

「モモーンっ!?」

 

「モモン殿ぉお!?」

 

 

 とりあえず腹いせに少女の希望とやらを即殺。

 狙えそうな箇所が少なかったので、ヘルムのスリットにスティレットを深々とぶっ刺してやった。

 

 

「――くっ。いきなり刺すとか、登場シーンなんだから少しくらい話聞けよ。その服は飾りか?」

 

「宗教家に夢持ちすぎなんだよ。ていうか、何で死なないの?」

 

「企業秘密だ」

 

 

 またかよと思いつつ、クレマンティーヌは乱暴に振るわれた腕を躱す。

 自分の一撃は相手の目の部分、少なくともヘルムの下の顔面には届いたはずだ。

 しかし、どんなカラクリがあるのか、モモンは全くダメージを受けていないようだった。

 

 

(コイツ、空から降ってきやがった…… 『飛翔の靴(ウイングブーツ)』みたいなマジックアイテムでも持ってんのか? 装備も良いし、今の攻撃を防いだのも武技よりマジックアイテムの可能性が高いか)

 

 

 クレマンティーヌは一旦不要な感情を振り払うと、改めて漆黒の戦士を値踏みした。

 確かに見かけの上では、これ以上ないというほど英雄然とした雰囲気がある。

 ――だが、強者特有の気配はまるでない。

 

 

「それにしても、よく助けに来れたね。どうやってここが分かったの?」

 

「なに、途中でコレを拾ったからな。二人の救援信号に気が付いたという訳だ」

 

 

 というか、緊張感もない。

 仮にも人類最高峰の戦士である自分を前に、この舐め切った態度。

 戦士なら相手の気配や動きを見て、少しくらいは強さを推し量って然るべきだ。

 この男、相手の力量が読み取れないにも程がある。

 

 

「正直なところ、私だけだと気付くのが遅れたかもしれんが、パンド――猫の知らせがあったのでな」

 

「タイミング悪過ぎ。あともうちょっとであのガキをズタズタにして、殺すところを見せてあげられたのに」

 

「それはどうかな。お前如きにネムを殺せたとは思えんな。仮に私が気付かずとも、ネムのHPが四割を切ることは絶対になかったと思うぞ」

 

「ふーん。ま、なんでもいいや。随分と良い装備してるみたいだけど、どうせ私の敵じゃ――っ!?」

 

 

 はっきり言って魔獣の方が強い。

 どうせこいつも装備頼みの大した戦士じゃない――そう思ったのも束の間。

 不意打ちで抜刀された二本のグレートソードが、あわや自分の首を落とす寸前だった。

 

 

「お返しだ」

 

「てめぇ……っ!!」

 

 

 反射的に仰け反って躱した顔の近くをグレートソードが通り抜け、剣圧で生じた風が頬を撫でる。

 危なかった。ほんの僅かでも反応が遅れていたら、あと少し油断が大きければ、頭と胴体がお別れするところだった

 

 

「どうした。早速余裕が崩れたぞ?」

 

「……確かにお仲間が信頼するだけの事はあるね。上手く隠してたみたいだけど、凄い身体能力だと思うよ。そりゃ自慢したくもなるだろうね。で・も……」

 

 

 数瞬前の自分を棚上げし、クレマンティーヌは力を隠していたモモンを呪うように睨んだ。

 思考を素早く切り替え、一度大きく後退すると意識を戦闘一色に染め上げる。

 

 

「このクレマンティーヌ様を舐めんなよ」

 

 

 クレマンティーヌは身につけていた修道服を引き千切って投げ捨てると、下に着ていたビキニアーマーのような軽装鎧をさらけ出した。

 大きく露出した足やお腹に新鮮な風を感じ、自分を縛る枷から解き放たれた感覚さえしている。

 

 

「ハンティングトロフィーか。悪趣味なものだ……」

 

「女性の体をじろじろみるなんて、変態だね」

 

 

 モモンの視線が自分の体に吸い寄せられたが、言動からして下心ではなさそうだ。

 自分の鎧に打ち付けられた冒険者プレート――大量の遺品に気が付いたからだろう。

 

 

「うんじゃ、いっきますよー」

 

 

 本来の動きやすさを取り戻したクレマンティーヌは、片手を地面に着けるほど前のめりになり、独自の突進の姿勢に入る。

 ――〈能力向上〉

 ――〈能力超向上〉

 魔獣と少女相手には、ここまでする必要はなかった。

 だが、異常な身体能力を持つモモンに対しては、手を抜くと足元を掬われる可能性があると判断したためだ。

 

 

(相手は大剣と全身鎧。至近距離で関節を潰す!!)

 

 

 体のバネを最大限に利用し、たった一歩の踏み込みで相手の懐へ入り込む。

 モモンの驚愕する顔が透けて見えるようだ。

 そのまま相手の武器のリーチを潰すように、密着状態で攻撃を繰り出した。

 

 

「ほらほらほらぁ!! さっきまでの威勢はどうしたのかなぁ!!」

 

「くぅっ!!」

 

 

 首、肩、肘、膝、どれも面白いくらいに攻撃が通る。

 全身鎧の中でも比較的防御の薄そうな、関節部分を狙った連撃をモモンは防ぎきれていない。

 

 

「はぁっ!!」

 

「そんな大ぶりじゃ当たんないよー」

 

 

 一撃必殺の急所狙いとヒットアンドアウェイが自分の基本戦法だが、相手の防御力の高さとマジックアイテムの存在を考慮し、今は手数を重視していた。

 攻撃や魔法などの完全無効化といった強力なマジックアイテムは、基本的に回数制限があるからだ。

 

 

(こいつ、全身鎧とは思えない動きだな……)

 

 

 クレマンティーヌは戦いながら、モモンの戦士としての技量を見極める。

 モモンの剣技は一見すると力任せの暴風のような、荒々しい大剣二刀流の乱撃。

 しかし、太刀筋には基本的な型、剣術の基礎と呼べるものがあった。

 言ってしまえば基本を修めただけの動きだ。

 

 

「これが英雄の領域に足を踏み込んだ私と、装備が強いだけの偽物との差だよ」

 

 

 小休止にクレマンティーヌは一度距離を取った。

 防具が硬過ぎて致命傷は負わせられなかったが、モモンの全身鎧には無数の傷が付いている。

 どの攻撃も鎧は貫通せずとも、あれだけ滅多刺しにしたのだ。

 悲鳴も上げずに我慢しているようだが、おそらく衝撃で体中が痛んでいることだろう。

 

 

「なるほど。二人を倒すだけのことはあるな」

 

「そっちは戦士としては駆け出しだね。うん、銅級(カッパー)のプレート似合ってるよー」

 

 

 戦いの組み立て方は少し光る物があるかもしれないが、剣を振るう技量自体は大したことがない。

 クレマンティーヌは冷静な評価として、モモンを身体能力が異常に高い初心者剣士と判断した。

 

 

「それで、その初心者を倒し切れない貴様はなんだ? まさか本職はシスターです。とでも言うつもりか?」

 

「役立たずのガキと冒険者ごっこしてるお山の大将が。装備が強いからって調子に乗ってんじゃねぇぞ」

 

「はははっ!! 負け犬の遠吠えとはまさにお前のことだな。お前はその役立たずと罵る相手に時間を稼がれ、救援まで呼ばれてしまったのだからな」

 

「そんなに早く死にたいの? 武技すら使えない半端な技量のくせに……」

 

 

 しかし、何故か底が見えない相手の余裕に、一種の不気味さを薄らと感じる。

 このまま会話を続けても苛立ちが増すだけだと、クレマンティーヌはわざと見逃してやったという台詞を飲み込んだ。

 

 

「それが何か? こちらは一人も欠けていないんだ。私達とお前、どちらが優秀かは言うまでもないよなぁ?」

 

「あァ? 偉そーに言っても、ただの負け惜しみじゃん。役立たずが何人集まろうが、このクレマンティーヌ様に勝てるはずがねぇんだよ!!」

 

 

 場数だけは踏んでいるのか、ムカつくほどに口が達者な奴だ。

 

 

「ならば三分だ。三分以内に作戦を立て、私達チームの力でお前を倒してやる。それをお前に対する復讐としよう」

 

 

 モモンが急に指を三本立てたかと思えば、自分に背中を向けて堂々と仲間の元へ駆け寄っていった。

 敵を完全に視界から外すあまりの無謀さに、神経を尖らせていたクレマンティーヌですら呆気に取られてしまう。

 

 

 

「負けるのが不安ならば、今すぐ邪魔しに来ても構わないぞ?」

 

 

 しかも、ムカつく捨て台詞のおまけ付きだ。

 

 

「……いいよ。その安い挑発に乗ってあげる」

 

 

 クレマンティーヌは伝わるかも分からないくらいの声量で、独り言のように小さく呟く。

 向こうがその気なら、最後の悪足掻きも真正面から潰してやる。

 相手の策を全て打ち破った上で殺せば、この苛立ちも少しは晴れるだろう。

 

 

(何がチームだ。ビーストテイマーなんかに、仲間に頼る甘ちゃんに、私が負けるはずねぇんだよ……)

 

 

 クレマンティーヌは怒りを募らせながら、無防備なモモンの背中を穴が空くほど睨み続けた。

 

 

 

 

 息を呑むような激しい剣戟の応酬の末、モモンガは軽い足取りで戻ってきた。

 

 

「ネム、ハムスケ、力を貸してくれ。戦士の私だけでは、アイツを倒すのは少々難しい」

 

 

 助けに来てくれたモモンガも、クレマンティーヌを倒す事は出来なかった。

 むしろ戦士としての戦いなら、追い込まれてすらいたのだろう。

 

 

「……すまないでござる。某はもう動くのも厳しいでござる。あの女の武器から出た火と雷の魔法にやられてこの様でござる」

 

「ふむ。それは使える情報だな。ネムはまだやれるか?」

 

 

 きっとここで自分が無理だと言えば、モモンガは鎧を脱ぎ去ってしまう。

 冒険者モモンとしてではなく、モモンガとしてあっさり敵を倒してしまうのだろう。

 

 

「もしもまだ動けるなら、一人で勝てない俺を手伝ってほしい」

 

 

 本音を言えば戦うのは怖い。

 魔法でやっつけてくれと、モモンガに縋りたくなる自分がいる。

 だけど、モモンガは「力を貸してくれ」と言った。自分なら出来ると信じてくれている。

 冒険者を始めた頃、自分はモモンガが困ったら助けると約束したのだ。

 何が出来るか分からないけど、モモンガが一緒ならまだ頑張れる気がする。

 

 

「うん!!」

 

 

 冒険者ネム・エモットは、借り物の勇気を胸に再び立ち上がった。

 

 

「ありがとう、ネム。これで私達の勝利は決まったな」

 

「でも、どうしたらいいの?」

 

「よし、二人ともよく聞いてくれ」

 

「某もでござるか?」

 

「クックック…… 奴の弱点は短絡的な思考、煽り耐性のなさ、防御の薄さ、攻撃バリエーションの少なさ、挙げればキリがないな。二人には重要な役割を担ってもらう。さぁ、存分に嫌がらせをしようじゃないか――」

 

 

 なんだか悪い顔をしているモモンガを見て、不思議と勝てる自信も湧いてきたのだった。

 

 

 

 

 似た者同士でチームを組んでいるのか、モモンはネムと似た方法で作戦会議をしている。

 顔を寄せ合ってコソコソと、まるで子供のお遊びだ。

 何を話しているかまでは聞こえないが、どんな作戦を立てても無駄に決まっている。

 魔獣は既に戦闘に参加出来ないほどボロボロ。

 ネムは操る魔獣がいなければそもそも戦力外。

 救援に来たモモンはただの脳筋。

 技術はないがやたらと硬いモモンを囮にして、さっさと逃げ出すのが一番現実的な策だろう。

 

 

「待たせたな。では早速、私達の本気を見せてやろう!!」

 

 

 話し合いは終わったのか、モモンは両手を大きく広げながら一人で突っ込んで来た。

 さっきの攻防で何も学んでいない馬鹿なのか、それともこちらを馬鹿にしているのか。

 虚仮威しでしかない、正直隙だらけの動きだ。

 

 

「……本気も何も、さっきと全然変わってないじゃん」

 

 

 自分が待ってやった三分を返せ。

 クレマンティーヌは激昂しかけた精神を鎮め、この戦士モドキに格の違いを分からせることにした。

 

 

「距離ってのは、こうやって詰めるんだよ!!――〈疾風走破〉」

 

「っ!!」

 

 

 武技による爆発的な加速で距離を縮めた自分に、反射的な動きでグレートソードが振るわれる。

 やはりこの男は咄嗟の判断が甘い。

 反応が遅い訳ではなく、変な話が剣士になりきれていない歪な動きだ。

 ――〈不落要塞〉

 ――〈流水加速〉

 甲高い音を立てながら右のグレートソードを弾き、神経を加速させて左のグレートソードを掻い潜る。

 

 

「っ!? ゔぇっ、目が、って砂利!?」

 

「隙アリだ!!」

 

 

 そのままモモンの首を刺し貫き――とはいかなかった。

 顔の周りを舞い散る砂が視界を滲ませ、口の中にジャリジャリとした不快感をもたらす。

 いくら〈流水加速〉を使っていても、空中に舞う砂粒を一つ一つ躱すのは物理的に不可能だ。

 モモンの方はヘルムの下にゴーグルでもしているのか、その中でも平然と斬りかかってきた。

 

 

「ふざけやがって……」

 

 

 馬鹿力で振るわれたグレートソードを〈不落要塞〉で弾き返し、一度仕切り直す。

 砂が入った痛みに目を細め、口に入った砂を吐き出した時、不自然に舞った砂の正体に気づいた。

 

 

「これでもくらえー!! ばーか、あほー、まぬけー」

 

 

 モモンの頭上に、魔獣の尻尾で支えられたネムが浮いていた。

 さらには見え見えの挑発と共に、握りしめた砂をせっせと投げつけてくる。

 ハムスケはネムを降ろしては持ち上げてを繰り返し、砂を補充させる動きに淀みはない。

 ぐったりとした様子から体は限界だと思っていたが、まだ尻尾は動かせたらしい。

 

 

「目潰しなんて小賢しい真似しやがって」

 

「相手の嫌がる事をするのは戦いの基本だろう?」

 

「こんな砂遊びで腕が鈍るほど、戦士は甘くねぇんだよ!!」

 

「唾を吐き散らしながら言っても説得力はないぞ。随分と精彩を欠いているようだが?」

 

 

 舞い散る砂を無視し、クレマンティーヌは再びモモンに接近する。

 相手のグレートソードを紙一重で捌き、徹底的に関節を狙い続ける。

 極限の集中力を持ってすれば、こんな砂遊び如き妨害にはなりえない。

 

 

「おへそ丸出しの変な服ー。プライド高いのに余裕がなくて、モモンに手も足も出てないぞー」

 

 

 上から浴びせられる挑発も同様だ。

 反撃されない絶妙な高さを維持しているのが、憎らしいと言えば憎らしい。

 だが、子供の言葉に乗せられるほど、自分の精神力は弱くない。

 

 

「えーと、あとは…… 自分で自分の服破いてもったいない。縫い物下手そう。犬とか苦手そう」

 

 

 ――しかし、非常に鬱陶しい。

 戦闘中にノイズが走っているのも事実だった。

 防御の薄い箇所に段々と攻撃が直撃しなくなってきている。

 さっきは圧倒出来ていたモモンに対し、互角とも言える戦いになってしまっていた。

 

 

「攻撃が直線的だな。読みやすくて助かるぞ」

 

「てめぇみたいな雑魚に小細工は必要ないだけだっつうの」

 

 

 目の前のモモンに集中しなければならないのに、上から絶え間なく降ってくる砂と罵声――半分くらいただの感想じゃねぇか――に、クレマンティーヌは僅かだが調子を狂わされていた。

 

 

「性格が悪い。口も悪い。自分で自分のことお姉さんとか言っちゃう。顔が砂まみれ。若づくり」

 

「あーもうっ!? ビーストテイマー風情がっ!!」

 

 

 そして、モモンという底の見えない化け物との戦闘において、その僅かな調子の狂いは致命傷となる。

 

 

「意識をそらしたな?」

 

「っ〈不落――!?」

 

 

 ――武技が間に合わない。

 自分の意表をつき、直前まで打ち合っていたグレートソードを捨てたモモンの拳が、ゼロ距離から腹部にめり込んだ。

 

 

「――がはっ!? ぉお、おぇ、ぐぞ、クソがぁ……」

 

「勝負あったな」

 

 

 溜めのないパンチとは思えない威力が腹から広がり、自分の体に異音を響かせる。

 まるで負のエネルギーを直接ぶち込まれたような、痛覚だけでは表す事の出来ない苦しみ。

 クレマンティーヌは思わず後ろへ数歩よろめき、蹲るように膝をついた。

 

 

「今の私は冒険者だ。非常に不本意だが、このまま降伏するなら、抵抗する力を奪った後で衛兵に突き出してやろう」

 

「まだ、まだ終わってない……」

 

 

 内臓を掻き回されたような不快感を、胃液と一緒に血反吐として吐き出す。

 こんな仲良しごっこをしてる奴らに負けたくない。

 あんな子供の援護のせいで負けたなんて、断じて認めない。

 兄と同じ魔獣使い(ビーストテイマー)なんかに、死んでも負けるものか。

 

 

「こんくらいで!!――」

 

 

 お腹の鈍痛を精神力でねじ伏せ、全身の筋肉に力を込める。

 クレマンティーヌは自分を見下ろしているであろうモモンを睨むべく、憎悪を込めた表情で顔を上げた。

 

 

「一体いつから、某が動けないままだと思っていたでござるか?」

 

 

 しかし、自分を見下ろしていたのはモモンだけではなかった。

 深い知性を感じる魔獣の瞳。

 その瞳の奥に、完全に復活した闘志が見える。

 

 

「これなーんだ」

 

 

 自分の頭に浮かんだ疑問に答えるように、少女が空になっているポーションの瓶を自分に見せつけてきた。

 

 

「嘘っ、あの重症であり得ない!!」

 

 

 クレマンティーヌは即座に現実を否定する。

 あり得ない。砂を集める合間にネムがポーションを使ったのだとしても、こんな短時間に重症を治せるポーションなんかある訳がない。

 

 

 

「PvPにおいて重要なのは、どれだけ上手く相手に虚偽の情報を掴ませるかだ」

 

「苦しませるのは趣味ではないので、さっさと諦めるでござるよ」

 

 

 モモンの淡々とした物言いが、クレマンティーヌの精神を追い詰める。

 ハムスケの飄々とした物言いが、クレマンティーヌを苛立たせる。

 何も言わないネムの眼差しが、クレマンティーヌの憎悪を掻き立てる。

 今のこのコンディションで、魔獣とモモンを同時に相手取ることは難しい。

 個々ならば絶対に負けないのに、何故、どうしてこうなった。

 

 

「ネムに気を取られ過ぎて、ハムスケを回復させていたのには気づかなかったようだな?」

 

「……く、なめるなぁぁあっ!!」

 

 

 違う。ネムの存在なんて関係ない。

 違和感を訴える体の悲鳴を無視し、クレマンティーヌは三本目のスティレットに手をかけた。

 限界を超えた力を振り絞り、モモンの全身鎧の隙間目がけて一直線に刺突を叩き込む。

 ――〈人間種魅了(チャームパーソン)

 自分のスティレットには〈魔法蓄積(マジックアキュムレート)〉の付与が施されており、第三位階までの魔法を込めることが出来る。戦士である自分の切り札だ。

 そして、自分が今使ったのは攻撃系ではなく、()()()()の魔法だ。

 

 

「……」

 

「……アハ。アハハッ!! ざまぁみろ。油断してるからだよバーカ!!」

 

 

 スティレットが深く刺さったまま、無様にも棒立ちするモモンに勝ち誇る。

 勝利の女神なんてものは信じていないが、自分は賭けに勝った。

 魔法の効果に抵抗される心配もあったが、結果は見ての通りだ。

 

 

「さぁ、モモン。武器を遠くに投げ捨てて」

 

「ああ、分かった」

 

「回復手段があるなら、それもちょうだい」

 

「ああ、分かった」

 

 

 モモンはあっさりとグレートソードを手放した。

 あくまで友人と認識させる程度なので過激な事はさせられないが、武器を捨てさせたりポーションの受け渡しくらいなら可能だ。

 だが、自分の命令に躊躇いなく了承する仲間の姿に、きっとネムとハムスケは絶望しているだろう。

 

 

「あー、うん」

 

「相手が悪かったでござるな……」

 

 

 しかし、二人は自分に憐れむような視線を向けている。

 ――不味いと気付いた瞬間、自分の両肩はモモンにがっしりと掴まれていた。

 

 

「お、お前……っ!?」

 

「言っただろう? 如何に虚偽を掴ませるかだと」

 

 

 拘束から逃れようとすると万力のような力で締め上げられ、肩が砕けて激痛が走る。

 だらりと垂れた腕には力が入らず、もう武器を握ることも出来なくなった。

 

 

「お前らが私に勝てたのは、装備が良かっただけだ……」

 

「はいはい。ハムスケ、尻尾でこいつを拘束してくれ。このまま衛兵の詰所に持っていこう」

 

 

 逃げる力も残ってはいない。

 それでも最後に残ったプライドで、悲鳴をあげることも命乞いもしなかった。

 

 

「チームの力なんて認めない。そこのガキの弱さで、いつかアンタ死んじゃうかもねぇ」

 

「大した強情さだ。理由は知らんがネムだけは認めたくないらしいな」

 

「魔獣や仲間に頼るだけの奴が強いわけない」

 

「ネムは私なんかより立派な強さを持っているさ」

 

「綺麗事ね。どうせいつか本当に弱い奴は切り捨てられる…… 魔獣がいなきゃ、そのガキに価値なんてないんでしょ?」

 

 

 そもそも命が惜しいとも思わない。

 自分に残った運命はどれにせよ極刑だけだ。

 

 

「流石の私も、こう何度も友を侮辱されると我慢の限界だな……」

 

「冒険者だからどうのこうの言ってたのはどうしたのかなぁ? まぁ殺したかったら殺せばー?」

 

 

 モモンの纏う雰囲気に怒気を感じ、少しだけ苛々をやり返せた気がした。

 しかし、気分が良かったのもここまで。

 自分は凶悪な自爆スイッチを連打していたらしい。

 

 

「……貴様がネムより強いというのなら、この私に立ち向かってみろ!!――〈絶望のオーラⅡ〉」

 

「っ!?!?」

 

 

 ドスの利いた声を出した漆黒の戦士は――漆黒のローブを纏う本物の化け物に変身した。

 骨の手にはまった指輪が一つ外され、今まで感じていなかった強者の気配が溢れ出し、濃密すぎるそれは"死"の気配と同じだった。

 さらに、漆黒聖典として活動していた頃にも味わったことのない、本物の恐怖を体に注ぎ込まれた。

 

 

「ふん。口ほどにもない」

 

「モモン!! ハムスケが泡吹いて倒れた!?」

 

「あっ」

 

 

 あまりの衝撃に心がヒビ割れ、長年培ってきた人格もろともガラガラと音を立てて崩れていく。

 発狂する程の恐怖から心を守るため、自身の肉体が静かに意識を閉じようとする。

 完全に意識が落ちる前に、クレマンティーヌはモモンに臆面もなく話しかけるネムを目にして思った。

 

 

(……だからビーストテイマーなんて嫌いなんだよ。そんな奴受け入れるとか、お前の方が、よっぽど狂ってるじゃん――)

 

 

 確かに、この少女は強い。

 

 

 

 

 

 クレマンティーヌとの死闘が終わった後、事後処理が非常に面倒だった。

 自分が勢い余ってアンデッドの姿を見せてしまったため、非常に燃費の悪い魔法で記憶を修正。

 連続殺人犯として衛兵に突き出したはいいが、意識を取り戻したクレマンティーヌは非常に澄んだ目をしていた。

 

 

「お花、綺麗……」

 

 

 自分達ですら「誰だコイツ」と言いたくなる程の変わりようだった。

 そのせいで逆にこっちが犯人を偽装しているんじゃないかと、真面目に疑われたりして大変だった。

 クレマンティーヌの身に付けていた証拠。

 そしてネムによる見事な弁明がなければ、どうなっていたことやら。

 

 

「まずは御礼を。この地の平和を乱す凶悪犯を捕まえていただき、本当にありがとうございました」

 

 

 次に、クレマンティーヌを捕らえた事に関連して、聖王国の冒険者組合で秘密裏に会談することとなったこの女性――ケラルト・カストディオ。

 

 

「そして、申し訳ありません。御三方の功績を奪う事になるのですが、あの者のことは、どうか内密にしていただけないでしょうか」

 

 

 茶色の髪を長く伸ばし、整った顔立ちをしている神官なのだが、親しみは全く抱けない。

 

 

「極秘ですが、犠牲者の中には一般人や亜人だけでなく、神官や聖騎士も含まれております。あとは…… お分かりいただけますか?」

 

 

 裏のある善人とでも言うべきか。

 言質を取らせない話し方や、理知的な雰囲気と合わせて、どこか腹黒い感じがする。

 要はメンツを守るため、下級の冒険者ではなく自分達が捕らえた事にしたいのだろう。

 

 

「ええ、まぁ、そういうことなら。ネムも構わないか?」

 

「うん? よく分かんないけど別に良いよ」

 

 

 面倒ごとは避けたいので、モモンガは二つ返事で了承した。

 本当になんでこんな人がここにいるのか。

 見たところ高位の神官のようだが、そういう人は首都の方にいるものとばかり思っていた。

 

 

「ありがとうございます。ほんの気持ちですが、本来の報酬に加えて褒賞も追加させていただきます。ああ、お二人が聖王国の人間なら、本当はスカウトしたいくらいです」

 

「あはは…… ご冗談を」

 

「うっふっふっふ……」

 

 

 慈悲に満ちた笑顔だが、見せかけ過ぎてこれっぽっちも安心出来ない。

 これは口止め料だ。「分かってますよね?」と、モモンガは物凄い圧をかけられている気がした。

 

 

 

 

「はぁ、なんだかカルネ村の風景を見ると安心するな」

 

「昇級試験、最後は大変だったもんね」

 

 

 カルネ村付近に転移で戻り、ハムスケは一足先に森の住処へ。

 村の牧歌的な雰囲気を噛み締め、モモンガはほっと一息をつく。

 

 

「なぁ、ネムは…… その、何歳くらいまで冒険者をやろうと思ってる?」

 

「私?」

 

 

 一応普段通りに見えるネムと別れる前に、モモンガはおずおずと切り出した。

 あんな目に遭ったばかりなのに「冒険者をやめてもいいんだぞ」と言えない自分を、心底卑怯だと思いながら。

 

 

(本当に弱いな、俺は……)

 

 

 ネムが冒険者をやる大きな理由は、興味もあるだろうが、家族のためだったはず。

 つまりはお金を稼ぐためだ。

 本人は忘れているのかもしれないが、ネムには既に莫大な財産がある。

 はっきり言って、冒険者を続けなければいけない理由はないのだ。

 

 

「うーん。大人になるまでかな? 大人になったら村でやらなきゃいけない事も増えると思うし」

 

「そうか……」

 

 

 大人になったらもう遊べない。

 そんな気がして、モモンガは少し寂しく思った。

 

 

「でも、冒険者をやめても偶には冒険に行こうね」

 

「え?」

 

「行かないの?」

 

 

 しかし、そんな自分勝手な気持ちを、ネムはあっさり吹き飛ばしてくれた。

 

 

「……ああ、もちろん行くとも。支配者にも村人にも、休日や息抜きは必要だからな!!」

 

「うん。やっぱり休みは遊ばなきゃ!!」

 

 

 全く、自分は何度ネムに教えられたら気が済むのか。

 こんな単純な事さえ忘れているとは情けない。

 生きるだけで精一杯のリアルではないのだから、理由など抜きに自分から誘えば良かったのだ。

 

 

「ネムが大人になっても、よぼよぼのお婆さんになっても…… ハムスケも連れて、俺と一緒に冒険に行こう」

 

「えー、お婆ちゃんになったら流石に足腰が辛そう」

 

「ははは、魔法で大体はなんとかなるぞ」

 

 

 だって、自分達は友達なのだから。

 誘うくらい、遠慮なくすればいい。

 断られたら、その時はその時だ。

 

 

「なんなら死んだ後もどうだ?」

 

「もう、そんな先のことは気が早いよー」

 

 

 夢の続きはまだまだ終わらない。

 この世界では自分達が望む限り、ずっと一緒に遊べるのだから。

 

 

 

 

おまけ〜ifルート 保険が発動していた場合〜

 

 

「ホント興醒め。魔獣も無駄に足掻くし。友情ごっことかくだらない。テメェも役立たずの雑魚らしく、手足潰してさっさと拷問してやんよ!!」

 

 

 殺気立ったクレマンティーヌがネムに襲いかかり、スティレットが柔らかな皮膚を突き破りそうになった瞬間――ネムの手にある指輪が眩い光を発した。

 ――モフり。

 クレマンティーヌは突然の出来事に驚愕する。

 スティレットから伝わる手応えは、明らかに人体を貫いた感触ではない。

 

 

「魔獣の、召喚?」

 

 

 赤、青、オレンジ、ピンク色をしたカラフルな丸い体型の魔獣が、クレマンティーヌの前に四体も現れていた。

 その内の一体にスティレットが突き刺さったわけだが、羊のようにも見える魔獣は鳴きもしない。

 絵に描いたような糸目のまま、こちらを向いて静かに佇んでいる。

 

 

「え、前が見えない!? モフモフのこれなんなの!?」

 

「こ、これは何でござるか、ネム殿!?」

 

 

 ネムはその魔獣達の中央で埋もれているのか、困惑の声は聞こえても姿は全く見えなかった。

 クレマンティーヌは現れた魔獣から距離を取り、現状の把握に努めようとする。

 最初はこの少女が呼び出したのかと考えたが、守られている本人すらも知らぬ事態らしい。

 

 

「――『身代わり羊の指輪(リング・オブ・スケープシープ)』が発動したという事は、ネム様が致命傷を受けそうになったという事……」

 

 

 突如として鋭く響いた指パッチンにより、クレマンティーヌは音が鳴った方向へ意識を持っていかれた。

 そして、全く状況を整理出来ぬまま、さらなる急展開がクレマンティーヌの脳を強く殴りつける。

 

 

「発動を知らせる細工をしていて正解でしたね。御方が楽しめる範囲を超えたトラブルですので、僭越ながら私が直接処理させていただきます」

 

 

 そこに立っていたのは四本指の異形。

 黄色い軍服に身を包んだ、人型の怪物。

 

 

「――覚悟はよろしいですか。お嬢さん(Fräulein)?」

 

 

 真っ黒な二つの穴が、終わりを告げるように自分を見ていた。

 

 

 




ナザリックも認める御方の友人ネムですが、実は日頃は専用の監視や護衛はいないのです。
冒険中はともかく、普通にカルネ村で暮らしてたら危険はほぼないですし。
原作のモモンガ様ならガチガチに用意しそうですが、今作ではネムは庇護すべき存在というより、普通の友達として対等でいたいという願いをイメージした扱いです。
友人を監視するのは気分も良くないはず。過剰に敬われるのも嫌なので村も要塞化してません。
なんて思いつつ、保険は必ずかけているのがモモンガ様ですね。


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