「砂をかけて悪口を言います」
「嫌がらせは戦いの基本だ」
「お花、綺麗……」
「相手が悪かったでござるな」
今回はデミウルゴスが玉座を献上するお話です。
おまけは前回の昇級試験をアインザックに報告した際の出来事です。
灼熱の空気漂う赤い世界、ナザリック第七階層――『溶岩』。
この階層の最奥にある赤熱神殿にて、マグマにも劣らぬ熱い情熱をもって作業に没頭する悪魔がいた。
「……完成です」
デミウルゴスは道具を置き、万感の思いが込められた言葉を噛み締めるように呟く。
彼の視線の先にあるのは白い玉座。
それもただの玉座ではなく、様々な生物の骨で作られた玉座だ。その精巧さは見事という他ないが、シンプルに言えば呪われそうな見た目をしている。
「図面通り。完璧な仕上がりですね」
あらゆる角度から玉座を見据える眼光は、完全に職人のそれ。
無論、これはデミウルゴス自身が座るために作製した物ではない。
至高の御方であるモモンガに献上するための物だ。
(いつ必要になるかは分かりませんが、御方がナザリック外で座られる際の玉座としては及第点でしょう)
素材に妥協はしなかった。
かけた時間も、持てる技術も、自分が捧げられる全てを惜しみなく注ぎ込んだ。
この玉座が自身の製作物の中でも、最高傑作である事に疑いはない。
むしろ最高傑作以外を献上するなど、不敬の極みだ。
(ですが……)
完成させた玉座を前に、デミウルゴスは顎に手をやり考え込む。
自画自賛にはなるが、玉座の完成度はかなり高いと思っている。
少し前のデミウルゴスならば、すぐにでもモモンガに自身の成果を披露していただろう。
(――御方がお気に召すかは別だ。念には念をいれるべきでしょう)
しかし、この世界で様々な失敗と成功を積み重ね、油断と慢心を捨てさり、一回りも二回りも成長したデミウルゴスは一味違った。
「期限がある訳でもありませんし、他人の目でも評価してもらう方が万全ですね」
モモンガへの献上品に万が一の不備も許さないと、客観的な意見を取り入れようとしたのである。
「もしかすると、より良い物を作るヒントになるかもしれません」
当然、問題があれば一から作り直す気も満々だ。
既に最終工程を終え、玉座が完成しているにもかかわらずこの念の入れよう。
慎重を通り越して狂気的とも言える、御方へ捧げる情熱がそこにはあった。
日々更新されていくデミウルゴスの忠誠心と知力は、今日も天井知らずである。
「この場合適任なのは…… やはりあの方でしょう」
自身が作り上げた玉座を評価するのに相応しい相手を思い浮かべ、デミウルゴスは早速その人物を招待する準備を始めるのだった。
◆
モモンガに関係することで外部に助言を求める。
そうなれば誰が呼ばれるかなど、もはや今のナザリックにおいては自明の理。
「モモンガ様に献上するべく製作した玉座でございます。是非とも忌憚のない御意見をお願いします」
「うわぁ。すごく、骨だ……」
アドバイザーとして選ばれたのはモモンガの友人であり、時として類稀な閃きと奇跡を無自覚で起こす少女――ネム・エモットだ。
なお、ネムを第七階層に招待するにあたって、地形ダメージなどを無効化する装備はしっかりと貸し出している。
「ええ。組木の技法を用いましたので、純度百パーセント、全てが骨で出来ています。素材もグリフォンやワイバーンなどの上質な骨の中から、更に良い部分だけを厳選しました」
「すっごーい。デミウルゴスさん、本当に器用だね」
「ありがとうございます」
デミウルゴスの説明を聞き、ネムは只々その技術力に感嘆の声をあげる。
日々モモンガと接し続けた結果、ネムは骨系のホラーには高い耐性を獲得していた。
そのため普通の人間なら絶句するような骨で出来た玉座を見ても、恐れる要素はあまりないのだ。
「さぁ、遠慮はいりません。どんな些細な事でも構いませんので、ネム様の感じた事をそのままお聞かせ下さい」
「うーん…… 触ってもいいですか?」
「ええ、どうぞ。全力でお確かめ下さい」
ネムは玉座の周りをぐるりと一周しながら、手すりや背もたれの形状などを確認していった。
言われた通りに遠慮なく、色々な所を触りながらまじまじと見ている。
もちろんあらゆる面で自信はあるが、ネムが細部にまで真剣に目を光らせる様子を見て、デミウルゴスに僅かばかりの緊張が走った。
「凄くよく出来てるし、モモンガの見た目には似合うと思います」
まずは中々の高評価。
しかしまだ気は抜けない。ネムはまだ何かを言いたそうにしている。
「だけど…… なんとなくだけど、モモンガには合わない気がする、かも?」
「なるほど。似合うけど、合わないですか……」
ネムの少し遠慮がちな指摘から、デミウルゴスは素早く言いたい事の本質を悟った。
「つまりは死の支配者たるモモンガ様とデザイン面では調和が取れているが、モモンガ様の内面とは一致しないという事だね」
「うん。きっとそんな感じです」
モモンガの持つ魅力は語ればキリがない。
代表的なものを挙げれば、至高の叡智、圧倒的な力、絶対的な恐怖、畏れ多い程の慈悲深さ、それらを内包した筆舌に尽くし難いカリスマなどがある。
(ふむ。これはシモベとして仕える我々と、友人であるネム様の認識の違いでもあるようですね)
自身が製作した玉座は、きっと支配者としての御方の魅力を強く引き立たせる事だろう。
しかし、強さの中にあって温かく光る慈悲深さこそ、モモンガの真なる魅力であるとネムは考えたようだ。
(どちらも正しいですが、ネム様にとっては優しいモモンガ様の方が、より印象深いのでしょう)
参考になる意見ではあったが、この玉座の欠点という訳ではない。
完成度には太鼓判を押してもらえたので、この分なら問題はないと判断して良いだろう。
(これなら今日にでもモモンガ様にお渡しする事が――)
少しばかりの思案の末、デミウルゴスは自身の作品に不備がないことに安堵しかけた。
「ところでモモンガの体も骨だけど、骨で作って大丈夫なんですか?(骨が骨に座るのは座り心地が悪そう)」
「っ!? ……私としたことが、迂闊でした」
だが、ネムの口から出た何気ない指摘に、デミウルゴスは衝撃を受ける。
やはり彼女に意見を聞いて正解だった。
(何故気が付かなかった。御身を超える骨などこの世には存在しない。骨を素材として用いれば、必然最高の素材とは決して言えない物で作ったことに……っ!!)
デミウルゴスは自分の迂闊さを猛省する。
問題は素材の質の良し悪しだけではない。
コスト面で用意出来る素材に限界があるのは当然だが、少なくともモモンガに贈る物で骨を素材とするのは間違いだった。
(御方に手ずから作った物を贈るという行為に、私は知らず知らずの内に浮かれていたのか。送る相手の事を考える。そんな初歩的な事すら見落としていたとは!!)
自分が製作した玉座は、相手にとって絶対に最高になり得ない素材を使っている。
別の至高の御方ならまだしも、究極の美骨を持つモモンガに骨をプレゼントするなど、無謀にも程がある。
なんと恐ろしいことか。この欠点をネムに指摘されなければ、自分は二流品をモモンガに献上してしまっていただろう。
「そうなると、設計は元より素材から吟味し直す必要がありますね……」
改めて作るとなると、素材は何が良いだろうか。
様々な生物の死の瞬間を剥ぎ取り、恐怖と苦痛に彩られた死相の革張りはどうだ。
血管を編み込んで刺繍をするという手もある。
もしくは血液を魔法で凝固させ――
「じゃあ木で作るのはどうですか?(モモンガは珍しい物が好きだけど、家具は落ち着く物も好きって言ってた)」
「木製? ……なるほど!! とても良い案です」
――素晴らしい。
(木とは何を指しているのか、これは明白ですね。世界を体現する樹木――すなわち
ネムの提案には脱帽するしかない。
自分は御方の死のイメージに引っ張られて安直に素材を選んだが、彼女はしっかりとモモンガという存在の本質を理解して選んでいる。
(流石ですね、ネム様。世界に座すると考えれば、なるほど至高の支配者にのみ許されるだろう。ユグドラシルは実に御方に相応しい素材だ)
相も変わらず素晴らしい発想だ。
そのセンスもさることながら、モモンガは世界に腰掛けて当然という、揺らがぬ信頼が垣間見えるチョイスである。
まるで何も深く考えていないような表情で、これ程のアイディアを生み出すとは。
シモベとして素直に悔しいが、自分も見習いたいものだ。
「しかし、それは少々難しいかと」
「骨より木で作る方が難しいんですか?」
「いえ、そちらの加工の心得もありますし、協力者にもアテがあります。ですが技術面ではなく、最高の木材を用意する事が困難でして……」
だからこそ惜しい。
こんなにも素晴らしい案があるというのに、今の自分にはユグドラシルという最高の木材を手に入れる方法がない。
元の世界ならいざ知らず、この世界でユグドラシルという素材は稀少過ぎる。
研究は続けているが、世界を移動する技術はまだまだ確立できていないのだ。
「せっかくの提案を無駄にして申し訳ない。我が身の力の無さを悔いるばかりだよ」
この世界にユグドラシルが自生している可能性がない訳でもないが、一から探すのは困難を極めるだろう。
酷似した樹木の情報すらない現状では、ほとんど不可能と言ってもいい。
「別に最高級の木じゃなくても大丈夫だよ」
デミウルゴスが悔しさに拳を握りしめていると、ネムは笑って問題ないと言い切った。
「プレゼントなら気持ちも大事だと思います。それにこんなに作るのが上手なんだもん。デミウルゴスさんが頑張って用意した物なら、きっとモモンガも喜んでくれるよ!!」
「ネム様……」
自信有りげに胸を張ったネムによる激励が、デミウルゴスの心に深く響く。
――お前の忠誠心はその程度なのか。
――素材による不足は、技術と情熱で補え。
――たとえユグドラシルという素材が用意出来ずとも、モモンガのために今出来るベストを尽くせ。
きっとネムはそう言いたいのだろう。
(ナザリックに保管された素材を使うのは論外。この世界で最も稀少な素材はなんだ? アダマンタイト? いっそ同意を得てからハムスケの皮を剥ぐべきか? いや違う。ネム様が木を勧められたのには、何か必ず意味があるはず……)
ならば考えるべきだ。
至高のベストとは言えずとも、限りなくそれに近い至高のベターとはなんだ。
現状において最高の素材。自分が最大限の努力をすれば手に入れられる最高の木材は――
「――っ!! ありがとうございます、ネム様。このデミウルゴス、御方のために全身全霊でやり遂げてみせましょう!!」
「うん。頑張ってください!!」
――なるほど。そういうことですか。
◆
「――と、いう訳で、スレイン法国を襲撃しようと思います」
ナザリック第九階層のとある会議室。
デミウルゴスは集まってもらった守護者達とパンドラズ・アクターに向けて、急遽決まった作戦の説明を始めた。
「目的は配布した資料にも書いてある通り、法国が支配下に置いている巨大なトレント型モンスターの討伐、及び素材の確保となります」
「あー、そういえばトブの大森林に一体だけデカイのがいたね。人間達がテイムか支配か分かんないけど、なんかしてたから隠れて様子見だけした奴でしょ?」
「ソノ時ノ報告書ハ私モ目ヲ通シタ。タダ倒スノデアレバ、守護者ヲコレ程集メル必要モナイ強サダト思ウガ……」
「なんでわざわざそんなの狩るんでありんすか?」
「モモンガ様に献上する玉座を作るためです」
モモンガのためと聞き、皆の目の色が変わる。
いきなりの招集で僅かにダラけた雰囲気を見せていたシャルティアも、仮面を付け替えたかのように真剣な表情になり、背筋がピンと伸びた。
「至高の木材は入手出来ずとも、この世界において最強の木材なら手に入るんだ。妥協する訳にはいかないだろう?」
「そういう理由なら当たり前ね。御方への贈り物で手を抜く者などナザリックにはいないわ」
「当然でありんすね。もしそんな不忠者がいたら、わたしが即刻首を刎ねるでありんすえ」
「守護者の皆様方に加えて私が呼ばれた理由も分かりました。素材の採取、鑑定であれば、お任せを!!」
玉座の話がどこから出てきたのかなど、モモンガに仕えるNPCにとっては些事だ。
手のひら返しのようにも見えるが、御方の役に立てるという事実の方が重要なのだから。
「モモンガ様は以前『植物には旬というモノがある。そして旬とは、収穫量と質、二つの側面からタイミングが決まる』と仰られた。遅ればせながら、その真意の一端をようやく理解しました。――あのトレントの『旬』は今です」
デミウルゴスは過去のモモンガの言葉を引用し、この作戦の利点とモモンガの素晴らしさを語る。
今後強敵と戦う際の演習になること。
未知の資源を確保できること。
法国の秘匿された戦力を知る手がかりとなること。
法国の上層部にプレッシャーをかけられること。
万が一が起こっても、全て法国の責任にして有耶無耶に出来る状況であること。
つまるところ一石二鳥以上という訳だ。
「素材ノ収集ヨリモ、法国ヘノ牽制ト情報収集ガ主目的トイウ訳ダナ?」
「ああ。だが御方への献上品にも関わると言った方が、君達もやる気が出るだろう?」
「モモンガ様に対しても、法国に対する攻撃としても、今が最大の成果を得られるということね」
「その通り。これ以上この国に動かれると、周辺国家のバランスが崩されてしまうからね。介入するなら今だろう。もちろんモモンガ様にも確認に伺ったが、この作戦の許可は即座に頂けたよ」
デミウルゴスはアルベドの確認に頷きながら、モモンガの執務室を訪ねた時のことを思い出す。
『モモンガ様。例の件ですが、今動くべきと確信いたしました。よろしいでしょうか?』
『あの件だな?』
『あの件でございます』
『あの点が難しかったと思うが、どうだ?』
『あの点も、万事抜かりなく』
『……良かろう。私もそろそろだとは思っていた。デミウルゴス、お前に任せる』
『はっ。御身の御期待に恥じぬ結果をお約束いたします』
『うむ。ああ、そうそう。後で他の者も確認するかもしれんからな。報告書は分かりやすく、目的と内容と結果を端的にまとめて提出せよ』
実に無駄のない、非常に洗練されたやり取りだった。
本音を言えばもう少しモモンガとの会話を楽しみたかったが、それは自分の我が儘だろう。
「モモンガ様はこのトレントへの襲撃タイミング、私が立案する作戦を見越しておられた。つまりは法国の動きすらも完璧に予想していたという訳だ」
「ぉおっ!! 流石は我が創造主。情報の少ない法国すら手の内とは」
「す、凄すぎてボクには、ちゃんと理解できないです」
まさに端倪すべからざる御方。
デミウルゴスは誇らしげに語り、モモンガを褒め讃える感嘆の声が守護者達からもあがる。
「今回の作戦では、参加者全員に
しかし、突如として守護者達は水をかけられたように驚き、会議室に異様な緊張が走った。
何故ならデミウルゴスは、ナザリックにある世界級アイテムの大半を持ち出すと言っているのだから。
「そこまでする必要があるのでありんすか?」
「直接戦闘をするつもりはないが、念のための保険だよ。法国には世界級アイテムに匹敵する切り札が、最低でも三つはあると予想している。我々レベル百に近い存在も、恐らく一人か二人はいるでしょう」
眼鏡の奥に光る、冗談とは思えない凄味。
「この世界で弱小種たる人間が絶滅していないという点が、どうにも引っかかってね。過大評価している可能性もあるが、油断や慢心は捨てるべきだ」
「わ、分かったでありんす」
法国を大した国だと思っていなかったシャルティアも、流石に二の句が継げなかった。
そして、デミウルゴスがそこまで言うならばと、他の守護者達も改めて襟を正した。
「まあ法国を襲撃とは言ったが、全面戦争をするつもりは勿論ないよ。厳密には法国の手札を一つ潰すが正しい。そのトレントは現在、エイヴァーシャー大森林付近に潜伏させてあるようだからね」
皆の頭に冷静さが戻ったのを確認したデミウルゴスは、落ち着いた口調で説明を再開した。
「法国は周辺国家の中であまりにも異質だ。六大神と呼ばれる存在、成り立ち、思想、軍事力、所有しているアイテムなどが不自然なのだよ。手札を潰して尻尾を出させる必要がある。恐怖公の眷属による情報収集の準備も進めてはいるし、全貌はいずれ掴めるだろう」
目的も理由も共有し、残るは具体的な作戦内容の説明を残すのみ。
「デミウルゴス、ちょっといい?」
会議が終盤に差し掛かった時、手を挙げる気配があった。
「前にモモンガ様がナザリックは表に出さないようにって、命令されたよね。野良のモンスターならともかく、国の支配下に置いてあるモンスターを狙うのはどうなの?」
「それもそうね。御方の御許可はいただいているようだけど、確かになんで許可が出たのかは聞いていなかったわ」
これまでの話をひっくり返すようだが、アウラの発言は至極まともだ。
ナザリックにおいて、モモンガの命令を無視する行動は許されない。
モモンガの名前に反応してか、パンドラズ・アクターの穴のような瞳がギラリと光っている気さえする。
「それに関する解決策も、既にモモンガ様とネム様が手本を見せてくださっている」
「手本?」
「ああ、なるほど。宝探しの件ですね?」
「その通り。モモンガ様の懸念はナザリックの存在が表に出る事によって、直接または間接的に敵対者が生まれることだ。我々は異形種の集団故に、何もせずとも相手は大義名分が成り立ち、敵対されやすいからね。ならば答えは簡単だよ」
パンドラズ・アクターだけが先に納得の様子を見せる中、他の守護者全員がデミウルゴスの言葉の続きを待った。
「――我々の存在を悟らせなければ良いのです」
アウラのもっともな疑問に対し、デミウルゴスは悪の組織の幹部らしい笑顔で応えるのであった。
◆
スレイン法国が秘密裏に支配下に置き、エルフの国殲滅作戦に利用されようとしていた巨大な樹木型モンスター――『ザイトルクワエ』。
その巨体は三十メートルを超え、触手による攻撃範囲は百メートルにも及ぶ。
さらにはステータスの中でもHPが測定不能レベルで異様に高く、ユグドラシルにおけるレイドボス級の存在といえる。
現地の者がまともに太刀打ちできるはずもなく、世界を滅ぼす元凶として法国からは『破滅の竜王』とさえ称されていた。
「――終わってみれば、図体と体力がデカいだけの雑魚でありんしたね」
「でもただ勝つだけでなく、周囲に悟られずに暗殺するのには骨が折れたわ。私達の連携もまだまだ改善する必要があるわね」
「確カニ。派手ナ大技ヲ使エヌ状況デノ戦闘ハ、マダ不慣レト言ワザルヲ得ナイナ」
「ぼ、ボクも広範囲魔法に頼らない戦い方をもっと研究しなきゃって思いました」
「あたしも同じだなぁ。魔獣を大量に動員する訳にはいかなかったし、戦い方を考えないと」
「各々今後の課題は見つかったようだね。素材も確保する事が出来たし、十分な成果だよ」
つまりはこの世界で間違いなく最強の『木』だった訳だが、ナザリックの誇るレベル百の守護者達を相手にしてはひとたまりもなかった。
有体にいうと訓練のためにサンドバッグにされたのである。
「あの人間達の装備は奪わなくて良かったでありんすか?」
「迷いどころだったが、深追いすればどんな罠があるか分からないからね。時間も限られていたし、万が一装備やアイテムに盗聴や発信機となる機能があれば目も当てられない」
「この世界独自の魔法やタレントは、まだ調査不足のものが多いから仕方ないわ」
「法国は特に警戒が必要な国だ。『特定条件下で自殺させる魔法』のように、我々の知らない力は厄介なものだよ」
「あぁ、アレね。この世界に来てすぐの頃、ニューロニストが情報源をすぐに殺しちゃって大分ショックを受けてたよね」
「そうでありんしたね。はぁ。もう少し活躍して、モモンガ様に成果をお披露目したかったでありんす……」
「焦りは禁物だよ、シャルティア。今回は法国が洗脳系の世界級アイテムをほぼ確実に所持している事が分かっただけで良しとしておこう」
ザイトルクワエという名前すらも知られず。
そもそも脅威とすら認識されず。
法国にも悟られず。
素材だけ剥ぎ取られ、破滅の竜王は綺麗さっぱり消滅したのだ。
「……作戦中は確信がなかったので今言いますが、人間達の装備の件で、私一つ気になっている事があるんですよね」
反省会も兼ねた集まりのため、作戦に参加していた者は全員この場にいる。
そんな中、パンドラズ・アクターはオーバーアクションもせず、今まで不気味な程に空気と同化していた。
そして、神妙な雰囲気を醸し出していたが、意を決したように静かに口を開いた。
「漆黒聖典と思われる隊員の中で、ンフィーレア・バレアレ氏の装備が以前見た物と変わっていまして……」
「それがどうかしたのかい、パンドラズ・アクター」
普段の言動はどうあれ、その頭脳は優秀そのもの。そしてアイテムに対する造詣も、作戦参加者の中では最も深い。
作戦を指揮したデミウルゴスとしては、詳細を聞かないわけにはいかなかった。
「彼自身の強さはタレントを加味してもそこまででしたが、アレ、質が異常です。鑑定した訳ではないので、確かな事は私も言えませんが……」
いつも自信に満ち溢れた彼にしては珍しい。
歯切れの悪いパンドラズ・アクターに、デミウルゴスは視線で続きを促す。
「失礼。勿体ぶらずに言います。彼が装備していたものは、我々の装備よりも格上でした」
祝勝ムードの守護者達に、波紋が広がった。
ただ一人、法国の異質さを予想していたデミウルゴスを除いて。
◆
「皆様も既に耳にしているでしょうが、本日の議題、エルフの国の殲滅作戦について。誠に残念ながら延期となりました」
「延期ではなく、もはや続行不可能だがな」
「おのれ…… 一体何があったというのか」
スレイン法国の某所、神聖不可侵な領域。
円卓に座った神官長達、並びに各機関の長達の顔には、皆一様に何故だという疑問が満ちていた。
「支配した『破滅の竜王』。カイレと共に同行させた四名の漆黒聖典。先行して現地で行動していた火滅聖典の隊員達。これだけの人員を投入して失敗とは……」
「トブの大森林から秘密裏に移動させた苦労が水の泡だ」
「新たに漆黒聖典に加入させたあの者に、これまで誰一人扱えなかった曰く付きの武装まで持たせたのだがな」
「嘘か真か、大罪者の忌まわしき遺産と呼ばれるあれらか」
神官長の一人が悔しげに呟く。
法国としてもエルフを殲滅する大規模な作戦だったため、作戦の前後で出来る限りの手を尽くした。
にも関わらず、作戦は始まる前に失敗。
その上、破滅の竜王を利用した作戦が失敗した理由は、謎に包まれている部分が多いからだ。
「運が悪かったと言えばそれまでだが、あまりにも口惜しい!!」
失敗の始まりは、小さな不運から。
破滅の竜王を連れてエルフの国に向かう途中、
そこで最悪な
不幸中の幸い、カイレは気絶程度の軽傷で済んだが、破滅の竜王に指示を出してコントロールする事が出来なくなった。この時点でエルフの国を殲滅する作戦は破綻している。
さらにこれまた
交戦していたゲリラ部隊のエルフも取り逃してしまったらしい。
「もう言うな。カイレや秘宝は無事なのだ。こちらの人員に損失がほぼなかった事を喜ぶしかあるまいよ」
「せめて、破滅の竜王が消滅した原因くらいは知りたいものだったが……」
ここから先は完全に未知の部分だ。
法国の部隊が一時撤退してから数時間もしない内に、カイレが『ケイ・セケ・コゥク』で支配下に置いていたはずの破滅の竜王が消滅していたのだ。
魔獣の乱入のせいで破滅の竜王を監視しておく斥候すら一時的に撤退していたので、現場を見ていた者は誰もいない。
カイレも意識を失っていたため、いつ、何が、どのように消滅させたのかが完全に不明なのだ。
「あんな化け物を消滅させたとなると、手を下した者の予想はある程度出来るがな」
「エルフ王では流石に無理だろう」
「では、あれを滅ぼせる強さとなると『
「以前トブの大森林で発見された『ガーチャー・ドラゴンロード』なる存在かもしれんぞ。強さは不明だが、今は行方知れずのはずだ」
三人寄れば文殊の知恵と言えど、判断すべき情報がなければ何人いようとまともな答えなど出るはずもない。
各々が想像に想像を重ねただけの意見が飛び交い、任務失敗の焦燥から次第に収拾がつかなくなっていく。
「人類の敵ではなく、我らの神が再臨して倒してくださったと思いたいものだ……」
そんな時、一人が漏らした愚痴をきっかけに、全員から弱々しいため息が出た。
答えの出ない議論を続ける気力も失せ、会議はお開きとなるのだった。
◆
おまけ〜ちょっとした後日談〜
「モモンガ、今日はなんか嬉しそうだね?」
「分かるか? 実は部下の一人からプレゼントをもらってさ」
デミウルゴスから玉座を貰った次の日のこと。
機嫌の良さが溢れていたのか、ネムにあっさりと指摘されたモモンガはちょっとだけ自慢したくなった。
「へー、どんな椅子を貰ったの?」
「緻密な彫り物がされたアンティーク風の木の玉座なんだが、これが中々趣があるんだよ。硬い木製なのに、座ると凄いしっくりくるし。私の友人、ウルベルトさんの趣味を思い出すデザインが所々にあったりしてさ――」
あれは本当に凄い出来栄えだった。
非常に丁寧に作り込まれ、自分が座るともの凄くフィットする。座る人の事を第一に考えた形状で、その上デザインにも妥協を感じさせない。
芸術性と実用性の両方を兼ね備えた、本気の情熱を感じる作品とすら思えた。
「良かったね、モモンガ」
「ああ。ぶっちゃけ使うタイミングには困るんだけど、心を込めた贈り物って感じで嬉しかったな…… あれ、俺最初に椅子を貰ったなんて言ったっけ?」
ニコニコしているネムを前に思わず饒舌になってしまったが、モモンガはふと最初の会話を思い出す。
「えーと、言ってたよ。それよりっ、デミウルゴスさん、作るのにすっごく頑張ったんだろうね!!」
「デミウルゴスが作ったって言ったか?」
「言ってたよ」
「……なんか知ってるよな?」
「知らないよ?」
絶対にネムは一枚噛んでいる。
しかし、モモンガに半ば確信を持たれつつも、ネムは頑なに認めない。
「そうか。まぁいいや。ありがとう、ネム」
「なんで私に?」
「なんとなく、言いたくなっただけだよ」
本当に勘のようなものだが、自分はまた助けられた気がしていた。
◆
おまけ〜組合での報告〜
エ・ランテルの冒険者組合の長、プルトン・アインザックが未来のアダマンタイトを昇級試験に送り出して数日後。
「おや? モモン君、ネム君、忘れ物かい? 君達は数日前に出発したばかりだと思っていたが」
「依頼を終わらせてきました」
「……は?」
新品同様、傷一つない全身鎧を纏ったモモンが組合に現れた。
ジョークにしては少々出来が悪い。
もしやまだ出発していなかったのか、理由があって途中で引き返して来たのかもしれない。
さてはこの男、頭は回るがジョークのセンスは少しズレているな。
「あー、何か手違いがあったのかな。指定された場所は聖王国だが…… 場所か日数を間違えたのか?」
「ちゃんと聖王国で三日間お仕事してきたよ。おっきい城壁がある国ですよね? 内側には小さな砦も並んでました」
肌の調子も良く、疲れた様子が微塵もないネムが、まるで実物を見てきたかのように説明してくる。
情報収集もしていて偉いな。その通り、聖王国は亜人の侵攻を防ぐために城壁がある国だ。でもここからだと凄く遠いんだ。
そろそろ嘘だと言ってくれ。
「あ、アベリオン丘陵を往復する経路だぞ。仕事も含めてたった五日で帰って来たのか!?」
「急ぎましたので」
「ハムスケが凄く頑張って走ってくれました」
おいやめろ。そんなの誰が信じるんだ。
この話をそのまま記録したら、書類に不備があると思われてしまうじゃないか。
「そんな馬鹿な!? っゴホン。すまない、取り乱した。それで、道中で何か起きなかったかね? 強大なモンスターに襲われたりとか、名のある亜人と戦ったりとか!!」
「特には何もなかったですね。なぁ、ネム」
「うん。これっぽっちも戦わずに働いただけですよ」
一縷の望みをかけて確認してみたが、私の計画は失敗したようだ。
もういい。心を落ち着けて淡々と処理しよう。
一応問題なく依頼はこなしたのだから、普通に昇級はさせられるはずだ。
「それから組合長。向こうの冒険者組合で追加報酬をいただいたので、こちらがその証明書です。なんでも仕事をすごく頑張ったことへの褒賞だとか」
「っ褒賞!? えっ、何故? いや、頑張ったから?」
落ち着けるか。
なんで工事現場の仕事を頑張っただけで追加報酬が貰えてるんだ。
しかもなんだこの署名。自分の記憶違いでなければ、超大物の神官の名前が記載されているんだが。
ケラルト・カストディオといえば聖王国の最高司祭で、女王の片腕的存在じゃなかっただろうか。
二人は何をしてきたんだ。こんなものを見せられて、私は一体どうすれば――
◆
「組合長の顔がコロコロ変わってたのは気になるが、無事に昇級できたな」
「うん。これからは鉄級冒険者だね!!」
哀愁漂う組合長から「おめでとう」の言葉を貰い、無事にモモンガとネムは鉄級への昇級を果たしたのだった。
モモンガは素敵な椅子をゲットしました。
ネムの提案がなければ「私自身が椅子になる事こそが正解だったのだ」なんて展開もあり得たかも。
ちなみにネムが最後知らないフリをしていたのは、意見を言っただけの自分がデミウルゴスの努力に水を差したくなかったからです。
おまけでのやり取りを経て、モモンガとネムはついに鉄級冒険者になりました。
一応モモンガ達も聖王国での三日間の仕事を三日目の夜に報告するのはまずいと思い、報告自体は日をずらしました。移動時間の違和感はハムスケを理由にしたゴリ押しです。