不思議の墳墓のネム   作:まがお

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前回のあらすじ

「大事なのは気持ちだよ!!」
「なるほど。そういうことですか」
「さて、この椅子はいつ使ったらいいんだろうか……」

今回はハムスケの修行っぽいお話です。


ハムスケの武者修行

 カルネ村に程近いトブの大森林の一角。

 ちょうど良いサイズの切り株を椅子にし、雲の多い昼下がりの空を見上げているのは一人の少女と一匹の魔獣。

 

 

「空は広いでござるなぁ」

 

「そうだね」

 

 

 ネムとハムスケの間には、いつもであれば和気藹々とした会話があるはずだった。

 しかし、並んで座る二人の表情には揃って陰りが見える。

 

 

「……ネム殿。某は、自分の弱さを思い知ったのでござる」

 

「ハムスケ……」

 

 

 別にネムとハムスケは喧嘩をしているわけではない。

 ただ今は、どこか物悲しい空気が二人を包んでいた。

 

 

「森では長い間某の敵はいなかったでござる。モモンガ殿の所以外なら、特に人間には負けないと――驕っていたのでござるよ」

 

 

 ハムスケが何を言っているのか、ネムには直ぐに分かった。

 前回の冒険でクレマンティーヌと戦った際、自分達二人はモモンガが来るまで手も足も出なかった。それを悔しく思っているのだろう。

 

 

「もう同じ後悔はしたくないでござる」

 

 

 ハムスケは噛み締めるように呟いた。

 ネムはハムスケが弱いなんてちっとも思わない。むしろ弱いのはどう考えても自分の方だった。

 しかし、悔しかった気持ちは同じなので、安易に慰めの言葉もかけられない。

 

 

「だから某は修行の旅に出るでござる!!」

 

 

 ハムスケは拳を握りしめ、力強く立ち上がった。

 黒くて大きな瞳には、揺らがぬ覚悟が宿っていた。

 

 

「今のままでは駄目でござる。某は人間の強さを学んで、今より強くなるのでござる!!」

 

 

 報酬代わりにナザリックで修行をする事になった時とは違い、今回は強くなる事を心から渇望しているのが分かる。

 普段ネムと一緒にいる時は意識的に気を抜いて柔らかくさせている毛皮すら、ハムスケの決意を表すように硬く逆立っていた。

 

 

(本気なんだね、ハムスケ)

 

 

 寂しくなるけど、自分には止められない。

 強さを求めて修行の旅に出るなら、きっと長い旅になるのだろう。

 ――もっと一緒に遊びたかった。

 ――もっと一緒に冒険もしたかった。

 だけど我が儘を言わずに快く送り出してあげるのが、友達であり相棒である自分の役目だ。

 次はいつ会えるかも分からない。

 しばらくの間、ハムスケとはお別れなのだ――

 

 

「でも某だけでは人間の街に入れないので、ネム殿にもついて来てほしいでござる」

 

「じゃあモモンガも誘って一緒に行こっか」

 

 

 ――なんてことはなかった。

 ネムは安堵し、心からの笑顔を見せる。

 修行という目的はあるけれど、結局いつも通りの冒険みたいなものだ。

 

 

「次の冒険は三日後の予定だから、その時に聞いてみよ!!」

 

「ネム殿、かたじけないでござる!!」

 

 

 ネムはハムスケの爪先を掴み、がっしりと握手を交わす。

 晩御飯までに帰れるかは不安だけど、モモンガも一緒に行けたらきっと大丈夫だろう。

 もしもの時は家族に相談してお泊まりも検討しよう。

 

 

 

 

 バハルス帝国――リ・エスティーゼ王国の東に位置し、優秀な若き皇帝が治める専制君主制の国。

 その首都の名は、帝都アーウィンタール。

 

 

「どうしても注目されてしまうな」

 

「初めての場所だもんね」

 

 

 ナザリック外ではすっかり着慣れた鎧を纏い、モモンガはネムとハムスケと共に活気ある帝都の通りを進んでいく。

 

 

「モモン殿、ネム殿。改めて今日は某のためにありがとうでござる」

 

「モモンも一緒に来てくれてありがとう。私とハムスケだけだったら行くだけで日が暮れちゃってたよ」

 

「なに、私も帝国には興味があったからな」

 

 

 今回この国を訪れた目的は冒険者の仕事ではなく、ハムスケの武者修行である。

 ネムとハムスケが修行の地に選んだ理由も、闘技場があるからという安直な理由だ。

 

 

(組合長が俺達を遠ざけようとしてた国でもあるしな)

 

 

 正直なところ修行の効率が良いとは思えなかったが、たまには他国で見聞を広めるのも悪くないと、モモンガは二つ返事で同行を了承していた。

 そもそも基本的にモモンガは友人からの誘いを断らないのだ。

 

 

「それにしても王国とは随分と様子が違う。道は石畳みできちんと舗装されているし、街灯まであるぞ」

 

「ね、建物も新しいのが多くてすごく綺麗だよね」

 

「前に行った聖王国と比べてもかなり発展しているでござるな」

 

「首都であるというのも大きな理由だろうな」

 

 

 やはり治める者が優秀だと、街並みからして差が出るようだ。

 道ゆく人々の表情は明るく、店頭に立つ商売人達も希望に満ちた顔をしている。

 見回りをしている騎士や兵士からは、誇りとやり甲斐を持って仕事をしているのが感じられた。

 

 

(あれは…… カルネ村で見た偽装と同じタイプの鎧か)

 

 

 その中に見覚えのある鎧姿を見つけたことで、モモンガは思わずハムスケに乗ったネムの様子を窺った。

 

 

「今更だがネムは帝国に来て良かったのか?」

 

「なんで?」

 

「その、一応王国とは戦争をしている間柄だが……」

 

「大丈夫だよ。冒険者の仕事でまた来ることがあるかもしれないし、私もそろそろ克服したから!!」

 

 

 ネムは胸の前で拳を握りしめて、大丈夫アピールをしてくる。

 モモンガは言葉を濁したが、本当に気にしていた部分は見抜かれたようだ。

 なんでもないような笑みを作るネムに、モモンガもそれ以上は何も言えなかった。

 

 

「この街の元気な様子を見るに、闘技場も期待出来そうでござるなぁ。血が滾るでござる!!」

 

「飛び込み参加はあんまり期待しない方がいいぞ。そんな都合よく演目の調整とかしてくれないだろうしな」

 

 

 ハムスケはこれから向かう闘技場にかなりの期待を寄せているらしい。

 ネムを乗せていなければこの場でシャドーボクシングでも始めかねない勢いだ。

 分かりやすく言葉に熱がこもっているハムスケに、モモンガは落胆が大きくならないように軽く水を差しておいた。

 

 

「そうでござるか…… そ、それでも猛者達の戦いぶりを見るだけでも、修行にはなるはずでござる!!」

 

「ハムスケやる気満々だね」

 

「確かに他人の戦いを見るのも良い勉強にはなるからな。種族ごとの耐性の有無。職業ごとのよく使われるスキルの知識。集団での基本的な立ち回りや戦法。知識はいくらあっても困らない」

 

「モモン殿の言葉には並々ならぬ含蓄を感じるでござるな。本当に百年も生きてないのでござるか?」

 

 

 モモンガもハムスケの意見には同意するところがあった。

 ユグドラシルでのPvPにおいて、相手の使う技を知っているのと知らないのでは勝率に大きな差があったからだ。

 

 

(『相手の攻撃を上手く避けるコツは、ヒヤッとした気配を感じた時に、すかさず身を躱すことだ』なんてことを真顔で言ってのける、全然参考にならない人もいたけどな……)

 

 

 ――情報があろうがなかろうが、何度戦っても勝てない某ワールドチャンピオンのような例外の猛者も存在したが。

 

 

「戦士としてはまだまだひよっこさ。私もこの世界のレベルや技を、今一度勉強させてもらうとしよう」

 

「モモン殿はどこを目指しているのやら……」

 

「上には上がいる。私なんて精々中の上だ。そもそも私は自分だけが特別強いとは思っていないからな」

 

「モモンはいっつもそう言うよね」

 

 

 モモンガは本物の特別を脳裏に思い浮かべ、ハムスケとネムの訝しむ視線にしみじみと応える。

 本当にあの人は強かった。

 いくらユグドラシルがDMMO-RPGとはいえ、仮想世界で攻撃の気配を感じ取れるのは人間を辞めてるとしか思えない。

 

 

「本当に上なんているのかな?」

 

「あの地のことを思うと、いないと言い切れないのが恐ろしいでござるなぁ」

 

「でもモモンより上って、もう戦ったらダメな相手だよね」

 

「同感でござる。きっとモモン殿の基準で下の下くらいでも、某達が戦ったら手も足も出ずに死ぬでござる」

 

「そんなに強くなって何と戦うんだろうね?」

 

「コソコソ言っても聞こえてるからな?」

 

 

 なんだか散々な言われようだが、ハムスケの予想は概ね当たっている。

 モモンガが下の下と評価するのは、プレイヤースキルもなく職業構成もめちゃくちゃな者。

 つまりは最低限レベルをカンストさせただけの存在である。

 

 

「こほんっ。……遠すぎる高みは一旦忘れるとして、某はこの地で一回り成長してみせるでござるよ!!」

 

 

 モモンガの強さ談義はさておき、闘技場は帝国の一大観光スポットであり、日々多くの選手がしのぎを削っている。

 人間の強さを学びたいというハムスケの希望を叶えるにはうってつけだろう。

 

 

「ネムは運も良いし、ギャンブルでもしてみるか?」

 

「そういうお金の使い方はしないって決めてるからダメ。見るだけでも楽しめるし、きっと勉強になるよ」

 

「そ、そうか」

 

 

 軽い提案のつもりだったが、キッパリと断るネムの真面目さがモモンガには少々眩しかった。

 というより、グサグサと鈴木悟の心に刺さった。

 一応モモンガ自身はリアルでもパチスロや競輪など、賭博に手を出したことは一度もない。

 ――が、ユグドラシルの課金ガチャに給料のボーナスを全額つっこんだ前科はあるのだ。

 

 

「いや、うん。そうだよな。今日の主な目的は戦いを学ぶことだ。欲に負けずに頑張るとしよう」

 

「うん!!」

 

 

 ネムの言葉を受け、モモンガは本題を心に刻む。

 情けない姿を晒すのは今更だが、それはそれとして積極的に駄目な所を見せたい訳ではない。

 モモンガは今日は大人として、節度ある振る舞いを心がけようと誓った。

 

 

「まだ見ぬ強者よ、待ってるでござるよー!!」

 

「ねぇモモン。今気づいたんだけど、ハムスケって闘技場にお客さんとして入れてもらえるのかな?」

 

「場所さえ空いてれば、多分……」

 

 

 帝都には闘技場だけでなく、帝国魔法学院、帝国魔法省、マジックアイテムが並ぶ市場など王国にはないものが沢山ある。

 目移りしたくなるものは多いが、寄り道もそこそこにモモンガ達は闘技場へと向かうのだった。

 

 

 

 

 関所を通った際の通行料――モモンガの魔法で近くまで転移して来たから、正規ルートだと本当はもっと払わないといけないはずだった――と闘技場の入場料。

 前回の仕事では追加褒賞を貰ったため、懐はかなり潤っている。

 とはいえ、この出費はネムにとって大きいものだ。

 

 

(ちゃんと見てしっかり勉強しなくちゃ!!)

 

 

 それだけにネムは今回の観戦を楽しいだけでなく、実のあるものにしたいと思って意気込んでいた。

 デミウルゴスから貰ったノートとペンも持ってきており、本気で戦闘の勉強をするつもりだ。

 

 

「魔獣の当日参加枠はなかったでござるかぁ。予想はしていても残念でござる。それに某だけ入場料を多く取られたでござる。場所を取りすぎてるからでこざろうか?」

 

「くっ、情報収集が甘かった。今日の試合の賞品にルーン文字の刻まれた武具があると知っていたら、私も参加したのにっ」

 

 

 そんな真面目な少女の隣では、早くも諦め切れなかった煩悩まみれの二人が項垂れている。

 

 

「戦ってみたかったでござるなぁ……」

 

「現地産欲しかったなぁ……」

 

「もう試合始まるよ?」

 

 

 周りに人の少ない角の席を用意してもらったが、ここだけ明らかに会場の熱気とかけ離れた空気感だ。

 こんな調子でちゃんと試合が見られるのか、ネムは少しだけ心配になった。

 

 

「――はぁ、なるほど。人間達はあんな風に某の周りを動いていたのでござるか」

 

「レベルは低そうだが堅実な連携だな。前衛が無理なく後衛をカバー出来ている」

 

「みんな相手の周りをぐるぐる回ってるね。足を止めないのが基本なのかな?」

 

 

 しかし、試合が始まるとモモンとハムスケは気持ちを切り替え、三人はそれぞれ別の視点で真剣に試合を観戦していた。

 

 

「おおっ、死角を突いた見事な一撃でござる!! こうして見ると実戦じゃなくても学ぶことが多いでござるなぁ」

 

「中々上手いな。〈閃光(フラッシュ)〉を使った目潰しのタイミングも悪くない。まあかつての私の仲間ほどではないけどな」

 

「お互いに細かい指示は何も言ってなさそうなのに息ぴったりだ。すごいチームワークだね」

 

「色々と工夫があるのでござるな。昔人間と戦った時は尻尾で全部薙ぎ払っていたから、相手の意図とか全然考えてなかったでござるよ」

 

 

 全身鎧をつけた重装備の人間対人間の、力と技巧を凝らした真剣勝負。

 凶暴なモンスター同士が己の爪や牙、肉体をぶつけ合う原始的な戦い。

 冒険者のような格好の人達がチームを組んで、一体の強そうなモンスターに挑む。

 観客を飽きさせないように、命懸けの試合内容は多岐にわたっていた。

 

 

「あの魔法使いの人、モモンガに比べたら魔法が地味だね。普通の人が使う魔法ってやっぱりあんな感じなの?」

 

「第三位階までが主流らしいからなぁ。〈魔法の矢(マジック・アロー)〉の弾数からの予測だが、あれでもこの世界だと十分優秀な部類だと思うぞ」

 

「個人の技量も中々でござるが、弓使いも神官も含めて確かに連携が上手いチームでござる。あの二刀流の戦士みたいに、某も武技が使えたらいいのでござるが……」

 

 

 ネムも次々と繰り広げられる戦いに目を凝らし、たまに疑問をモモンガ達に伝え、時には感動のままに声援と拍手を送った。

 目で追い切れない場面も多くあり、試合の全てを理解できたとは言い切れない。

 それでもネムは必死で戦う人々の熱量に圧倒された。

 

 

「モモンガ、今の魔法は何であっちの方を狙ったの? ピンチなのはもう一人の方だったのに」

 

「目の付け所が良いな。さっきのは一見すると戦士が優勢に見えるが、実はあのモンスターには斬撃が通りづらいんだ。だからもう一人の神官戦士の方はワザと隙を晒して――」

 

 

 そして、見聞きした内容をノートにまとめながら、自身の体験として少しずつ積み重ねていった。

 

 

「大っきい狼みたいなモンスターとの戦い凄かったね!!」

 

「人数差のある多数対一の戦い。狼殿はあと一歩でござったなぁ。某、非常に勉強になったでござる」

 

「ハムスケのそれは冒険者目線か? それとも狙われた側としてか?」

 

 

 こういった試合に事故はつきものだが、幸いにも今日は目を覆うようなケガ人は出ていない。

 おかげで流血がそこまで得意ではないネムでも、純粋な競技としての側面を楽しめている。

 一応勉強という名目で訪れてはいたが、普段はお目にかかれない演出のある戦いに三人は夢中になっていた。

 

 

『ご来場の皆さま。大変お待たせいたしました。これより本日のメインイベント!! 登場するのは"天武"のリーダーにして闘技場無敗の天才剣士――エルヤー・ウズルス!!』

 

 

 いくつかの試合が行われて小休止があった後、司会者が今日一番のテンションで声を張り上げる。

 魔法の道具で大きく拡散された声は、闘技場中に興奮を伝播させていった。

 

 

『そして対する挑戦者は、かの有名な王国戦士長に匹敵するといわれる凄腕の剣士――ブレイン・アングラウスだぁ!!』

 

 

 誰もが知るビッグネーム――私達は両方とも知らない――らしい二人の剣士の登場に会場が沸き上がる。

 そんな中、ネムは戦いの場に立った無精髭の男を見て、薄ぼんやりとした記憶がよみがえった。

 

 

「あっ。あっちのおじさん、道端で刀をぶんぶん振り回してた人だよ」

 

「……どこかで会ったか?」

 

「モモン殿に強い武具が欲しいと頭を下げた者ではござらんか?」

 

「モモン、色々アドバイスしてたよ?」

 

「あー、思い出した。そんな人いたなぁ。ならこの試合に出てるのも納得だ。けどそんなに有名な人だったのか……」

 

 

 あの時は何事かと思ったが、ブレインは今も強い装備品を求めて頑張っているらしい。

 記憶が鮮明になり、ネム達の気分がスッキリしたところで司会者から両選手の補足説明が入った。

 ブレインの対戦相手であるエルヤーには仲間がいるようだが、今回は一対一で戦うみたいだ。

 

 

『――さらに今回はなんと、特別ルールを設けております!! 両選手の提案と同意により、賭けが成立いたしました』

 

 

 どよめきで一瞬だけ会場が騒がしくなる。

 闘技場に通い慣れてそうな人も含め、ほぼ全ての観客が驚いていることから、どうやら異例の発表らしい。

 司会者の続きの言葉を聞き漏らすまいと、先程よりも会場全体が静まっていくのが分かる。

 

 

『……勝者は全てを手に入れ、敗者は名誉だけでなく富も失う。お金、アイテム、そして武具――お互いに所有する財産を全て賭けていただきます!! まさに魂を賭けた一世一代の大勝負だぁ!!』

 

 

 司会者が発表した選手同士の賭けの内容に、静まっていた会場は再び爆発的に沸き上がった。

 これまでにないギリギリの試合が見れると、観客は大歓声をあげて非常に盛り上がっている。

 ネム達はその波に乗れなかったが、まるで建物すら震えているようだ。

 

 

『まさかこの大一番に賭けてない方なんていませんよね? 賭けの締め切りはもう間もなくです。まだの方はどうかお急ぎを』

 

 

 司会者の煽り言葉につられ、慌ただしく席を立って受付に走る人の姿も見えた。

 きっとあの人達も少なくない金額をこの試合に賭けるのだろう。

 会場を包む興奮とは裏腹に、自分に置き換えて考えると一周回ってネムは怖くなった。

 頑張って貯めている貯金。

 お気に入りのブラシ。

 なによりモモンガに貰ったパチンコと指輪――たった一度の試合で全てを失うなんて嫌だ。

 

 

「うわぁ。ドロップアイテム一つどころか、持ち物全賭けのPvPとか絶対やりたくねぇ……」

 

 

 モモンガも自分の立場で想像したのか、素の声を漏らしながらブルリと震えた。

 絶対負けるはずがないモモンガが拒否するくらいだ。

 会場の反応からしても、彼らがやろうとしている事は異常なのだろう。

 

 

「持ち物を取られるのは辛いでござるが、そもそも戦いで負けたら全てを失うのは当たり前でござろうに。そんなに興奮するところがあるでごさるか?」

 

「そう考えると自然界の掟って怖いな」

 

「ハムスケは肝が据わってて凄いね」

 

「そんな風に改まって感心されると照れるでござるよー」

 

 

 ハムスケは弱肉強食の自然界を生きてきただけに、司会者の話を聞いても首を傾げてケロリとしていた。

 流石は元『森の賢王』。戦いに対する認識と覚悟が人間とは全然違う。

 ハムスケの疑問はさておき、ネムも最後の試合を目に焼き付けようと、中央に立つ二人を注視した。

 

 

『それでは――試合開始ぃぃ!!』

 

 

 熱狂する会場の空気が冷めやらぬまま、ついに試合開始が宣言された。

 呼応するように観客席からブレインとエルヤーの名前が連続して叫ばれる。

 純粋な声援ばかりでなく「お前に有り金全部賭けたんだぞー!!」、「負けたら破産だぁ!!」などの、必死すぎる声もちらほらと聞こえてくる。

 

 

「これが、全部賭けちゃった人達の戦い……」

 

 

 本日最注目の試合。

 凄い剣士の真剣勝負。

 両者共に使う武器は一振りの刀のみ。

 ネムは非常にハイレベルだと思われる戦いに、ゴクリと唾を飲み込む。

 

 

「速くて全然わからないや」

 

 

 これまでの試合とはまるで違う。

 薄々予想はしていたが、まさしく目にも止まらぬ――目に映りすらしなかったクレマンティーヌよりは遅いかも――戦いだ。

 ネムに理解出来る数少ない情報は、金属をぶつけ合うようなキンキンとした音がする事だけであった。

 

 

 

 

 昼の時間はとうに過ぎたが、夕暮れにはまだまだ遠い時間帯。

 闘技場では目ぼしい試合が全て終わり、客席からぞろぞろと人が動き出している。

 そんな人混みの中、聞こえてくる話題は今日の試合のことばかりだ。

 

 

「いっぱい見れて楽しかったね!! 最後の試合だけちゃんと見えなくて残念だったけど。でもやっぱりちゃんと見えなくて良かったかも……」

 

「無敗の剣士エルヤーだったか? 思いっきり両腕が斬り飛ばされてたからな」

 

「しかも瀕死のところをチームメイトらしき者達に足蹴にされて、酷い有り様だったでござる」

 

 

 モモンガ達も例に漏れず、試合の感想を言い合いながら闘技場を後にしようとしていた。

 

 

「あれは驚いたな。試合が終わって助けに来たのかと思ったら、『もうお前の物じゃない』とか叫びながらゲシゲシ蹴ってたな」

 

「そんなこと言ってたんだ。仲間の人と喧嘩してたのかな? あの人ツルツル滑ってて凄かったのに」

 

「実力は中々のモノでござったが、どう見ても嫌われてたでござるな」

 

「痴情のもつれでもあったのかもな。そういえば武人建御雷さんと弐式炎雷さんは、あんな感じの忍者とか侍系の技が好きだったな」

 

「モモンの友達?」

 

 

 多くの人が並んで進んでいるため、一般客は闘技場から出るだけでも少し時間はかかる。

 ハムスケの巨体を警戒しているのか、モモンガ達の周辺は心なしか歩みも遅い。

 

 

「ああ。なんだったか、足を動かさない歩法となると『すり足』だっけ? でもあいつは〈縮地・改〉とか言ってたような……」

 

「某もあの妙な足捌きは気になったでござる。もし習得できたら、今より快適に二人を乗せて動けるはずでござる」

 

「じゃあ頑張って覚えてね!!」

 

「任せるでござる!!」

 

「どんだけ快適でも私はあんまり乗りたくないぞ」

 

 

 雑談を続けながら狭くも広くもない通路をゆっくりと進んでいき、ついに闘技場外の空気に触れた。

 会場は熱気がこもっていたためか、新鮮な外の空気はほんの少し涼しく感じる。

 

 

(ん? この人だかりは……)

 

 

 解放感から三人揃って深呼吸をしていた時、モモンガは日常の喧騒とは少し異なる様子を周囲から感じ取った。

 

 

「どうやら間に合ったようですね。皆さま、お騒がせして申し訳ありません。道を空けていただけますか?」

 

 

 人混みのカーテンが左右に別れた。

 その中心に立っているのは、爽やかな声に劣らぬ淡麗な容姿をした金髪の男性騎士。

 少し後ろには、その騎士が乗ってきたであろう馬車も一台止まっている。

 

 

(これぞ騎士って見た目だな。……巡回の兵士達とは明らかに装備が違う。階級が高いのか?)

 

 

 モモンガの予想通り、その騎士の纏うアダマンタイト製の全身鎧は皇帝直属の『四騎士』の証。

 高い実力と地位を示すものであり、人々が素直に彼の指示に従った理由だった。

 羨望の眼差しを集める騎士は堂々とした歩みで、そのまま真っ直ぐこちらに向かってくる。

 そして、通り過ぎる事なくモモンガ達の目の前で止まった。

 

 

「皇帝陛下からの使いで参りました。ニンブル・アーク・デイル・アノックと申します。モモン様、ネム様、ハムスケ様ですね。よろしければ、これから一緒に来ていただけないでしょうか?」

 

 

 物腰柔らかなお誘いでありながら、断れなさそうな雰囲気を醸し出す『皇帝』の二文字。

 モモンガとネムは衝動的に自身の背後をチラリと確認した後、お互いに顔を見合わせる。

 ここに至って間違えようもなく、ニンブルが見ているのは自分達のようだ。

 

 

「私達、なんかしちゃった?」

 

「身に覚えはないでござる」

 

(魔法で国境は越えたけどな)

 

 

 まるでアポ無しで取引先の社長秘書が会いに来たかの如く衝撃。

 わざわざハムスケの名前まで呼ばれた事から、相手がこちらを多少なりとも調べているのは明白だ。

 

 

(皇帝の使者を無視するのは流石に不味いか…… ネムと一緒にいると本当にイベントに事欠かないよ。――よし。冷静になるんだ、俺!!)

 

 

 このまま黙り続ける訳にもいかず、モモンガは小声でヒソヒソと話しているネムとハムスケから離れるように一歩前に進み出る。

 

 

「――ゴホンっ。いきなり質問を返すようで申し訳ありません。我々はただの冒険者なのですが、一体どのような御用件でしょうか?」

 

 

 モモンガは内心でビビりまくりながらも、冒険者モモンに営業マンをプラスした仮面を意識して被り直すのだった。

 

 

 

 

 帝都アーウィンタールの中央に位置する皇城。

 馬車から降りたモモンガとネムは、これから足を踏み入れる城の威容に圧倒された。

 ちなみにハムスケは馬車に乗れるはずもなかったので、自力で馬車と並走してついて来た。

 

 

「どうぞ、こちらへ」

 

 

 心なしか凛とし始めたニンブルに先導されて敷地に入ったモモンガ達は、互いに口も開けず黙々とその背中について行く。

 

 

(こんなに広いのに息が詰まりそうだ。ただ話がしたいだけって、絶対嘘だろ)

 

 

 率直に言えばこの城よりナザリックの方が数段豪華な内装をしているとは思う。

 しかし、自分達で作った物かどうかの差は大きい。自分には縁の無い場所だという自覚もあり、モモンガは精神の安定化が起きない程度に緊張していた。

 そして、緊張しているのは隣のネムも変わらないようだった。

 礼儀としてハムスケに乗るわけにもいかず、自分の足で歩いているネムの表情はかなり硬い。

 どこに意識を割いているのか、左右の手と足を同時に動かす見事な緊張っぷりだ。

 

 

「いやぁ、闘技場と違ってここの通路は某にも通りやすい広さでござるなぁ」

 

 

 普段と変わらないのはハムスケくらいだろう。

 魔獣に同じ感覚を求めるのは無理だろうが、その神経の太さが今は少し羨ましい。

 

 

「そこまで緊張なさらずとも大丈夫ですよ。陛下は寛大なお方ですので。特にネム様のような子どもにはお優しい方です」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

 こちらの緊張を察してか、ニンブルは歩き続けながら優しい視線を送ってきた。

 その気さくな声かけのおかげで、ネムは僅かながら表情が緩んだようだ。

 

 

(会社で聞く「無礼講」と同じくらい信用出来ないセリフだ…… 念のためハムスケが何か壊さないか見張っとくか)

 

 

 まあその言葉を鵜呑みにするほど、社畜経験者であるモモンガは能天気ではなかったが。

 そのままニンブルに従い歩き続けること数分。

 ハムスケが同席する事も考慮されたのか、モモンガ達は城の中庭に案内された。

 

 

(どこまで本気かは分からないけど、一応歓迎はされているようだな)

 

 

 派手さはないが花壇には季節の花が咲き誇り、全体的にシンプル目に整えられている。

 一角には日差しよけのパラソル、白い丸テーブルと椅子も一揃い用意されていた。

 側にはワゴンと給仕も控えていることから、ここで話をするつもりなのだろう。

 

 

「陛下、御三方をお連れいたしました」

 

「ご苦労。後ろに控えていろ。さて、君達がエ・ランテルで有名な魔獣のいる冒険者チームだね」

 

 

 モモンガ達を出迎えるように反対側から現れたのは、二十代前半と思しき好青年。

 主従関係が感じられるニンブルへの返答とは違い、こちらには分かりやすい好意が声音から伝わってくる。

 

 

「こんなに早く会うことが出来て嬉しいよ。この場は非公式なものだ。君の兜もそのままで構わないから、どうか気を楽にしてほしい」

 

「お気遣い頂きありがとうございます。こちらこそお会いできて光栄です。私の名はモモン、それから仲間のネムとハムスケと申します」

 

 

 急な呼び出しはともかく、表面上だけでも礼節のある人物のようだ。

 暴君でなかったことに内心で少しホッとしつつ、モモンガはネムの負担を減らすべく一人で紹介を済ませた。

 

 

(この若さと見た目で王様やってるのか。しかも超が付くくらい優秀とか……)

 

 

 それにしてもなんと絵になる男だろうか。

 艶のある金髪に鮮やかで切れ長の瞳。

 リアルの芸能界でもアイドルとして十分に通用しそうな顔の造形。

 威厳ある服装を難なく着こなし、モデルのようにスタイルも良くて足も長い。

 

 

「噂でしか聞いたことがなかったが、実際に会うと三人とも期待以上のものを感じるよ。おっと、今更だがこちらも一応名乗っておこう」

 

 

 まさに眉目秀麗。

 爽やかで親しみやすい笑顔が印象的で、顔面偏差値の高いこの世界でも更に容姿が整っているように思えた。

 

 

「私がこの国の皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスだ」

 

 

 自然体に見えながらも自信に満ちた所作。

 民から畏怖と尊敬の両方を得ている、歴代最高と名高い帝国の統治者。

 ――自分とは違う、生まれながらの本物の支配者。

 

 

(天は二物を与えずって、嘘じゃん……)

 

 

 この男こそ、モモンガ達を呼び出した張本人。

 バハルス帝国の皇帝である。

 

 

 

 

「いやぁ、冒険者の貴重な休息日にすまないね。突然の呼び出しに応じてくれたことに、あらためて心から感謝するよ」

 

 

 私は今、人生で二番目くらいに貴重でビックリするような体験をしている。

 

 

「皇帝陛下直々のお話しがあるとのことでしたが……」

 

「そう身構えなくても大丈夫だ。拍子抜けさせてしまうかもしれないが、本当に会って話がしてみたかっただけなんだ」

 

 

 私達を呼び出したのは、この国の皇帝。

 この国で一番偉い人が、私の目の前で朗らかに笑っている。

 

 

「私は前々から君達に興味を抱いててね。伝説の魔獣を仲間にしている冒険者チームなんて、他に聞いた事もなかったのさ」

 

「なるほど。確かにハムスケほどの魔獣は探しても中々いないかもしれません。冒険者チームの一員ともなれば、唯一無二と言っても過言ではないでしょう」

 

「某の同族がどこかにいるなら、某が知りたいくらいでござる」

 

「残念ながら帝国でもハムスケ殿ほど立派な魔獣の目撃情報は聞いた事がないな」

 

 

 城の中庭で皇帝と同じテーブルを囲み、私はモモンガやハムスケと共に談笑している。

 

 

「噂によればモモン殿もその鎧に恥じない剛力の戦士なのだろう? 是非ともこれまでの君達の活躍を聞かせて欲しい」

 

「陛下のご期待に添えるものかは分かりませんが…… そうですね、これまでやった仕事で――」

 

 

 といっても、緊張で何を話せばいいか分からないから、自分はひたすら軽食とお菓子を食べて果実水を飲んでいる。

 どれもこれも自分一人で食べるのが勿体無いくらい美味しい。

 ナザリックで食べた物とそっくりなプルプルしたデザートもあった。甘くてとっても美味しいけど、味や舌触りは少し違う物のようだ。

 

 

「――ふ、くくっ。あははっ!! まさか伝説の魔獣と一緒に工事現場の手伝いをしていたとは!! そんな活躍は予想もしていなかったよ」

 

「ハムスケが仲間でも、我々が駆け出しの冒険者という事実に変わりはありませんので。それに仕事が早くて真面目だと、二人とも現場で評判が良かったんですよ?」

 

「それはそれは。その仕事ぶりを私も生で見てみたかったよ。かの大魔獣が題材だというのに、今の話を聞けば吟遊詩人も歌う際に苦労しそうだ」

 

 

 ユーモアを交えたモモンガの分かりやすい説明を聞き、皇帝は心から楽しそうに笑っている。

 皇帝と対面しても気負いなく話せるなんて、流石はモモンガだ。

 

 

「君達なら強力なモンスターを相手にしても十分対応できると思うが、あまりそういった依頼を受けていないのには何か理由があるのかい?」

 

「特に理由はありませんが…… 堅実に経験を積もうとは考えております。あとは、単に機会に恵まれなかったのもありますね」

 

「君達がまだ鉄級(アイアン)とは組合も見る目がないな。これから噂されるであろう活躍を楽しみにしておくよ。……ところで今日の午前中は闘技場を見物していたそうだね。ネムさん、我が国の誇る大闘技場はどうだったかな?」

 

 

 会話に入っていない自分を気遣ってくれたのかもしれない。

 モモンガとの会話がひと段落すると、皇帝は自分にも話題を振ってくれた。

 

 

「色んな戦いが見られて凄かったです。とっても勉強になりました」

 

「ネムは熱心に記録も書いていましたから。演目も多彩で私も楽しめました」

 

「それは良かった。あれは我が国でも人気の観光地だ。君達にも気に入ってもらえて嬉しいよ。それにメモまでとってるなんて、ネムさんはとても勤勉だね」

 

「今日は勉強目的だったので頑張りました!!」

 

「ふふふ。闘技場に来て賭け事以外に熱心になる人なんてそうはいないよ。うちの部下にも見習わせなくては」

 

 

 ニンブルから聞いていた通り、皇帝は優しくてとても話しやすい。

 偉い人はもっと近寄りがたいのかと思っていたけど、真に立派な王様はみんなこうなのかもしれない。

 

 

「私も時々闘技場には足を運ぶんだが、最近はあまり行けていなくてね。冒険者目線での見方にも興味があるし、少しそのメモを見せてもらっても構わないかな?」

 

「はい。どうぞ」

 

 

 リュックからノートを取り出して見せると、皇帝はパッと顔を輝かせた。

 見られて困る内容は何も書いていない。ただ文字の勉強にも使っていた物だから、最初の頃の形の悪い字が見られないか少し緊張する。

 

 

「ありがとう。……うん。少し見ただけでもネムさんが真剣に試合を観察していたのがよく分かる」

 

 

 皇帝は真剣な顔でノートを少しだけペラペラと捲ると、成果を褒めるように微笑んでくれた。

 

 

「ちなみに今日の試合だと、どれが一番印象に残ったんだい?」

 

「えっと、今日のだと――」

 

 

 すっかり緊張が取れたネムは、モモンガやハムスケも交えて皇帝と色々なことを談笑した。

 皇帝の仕事の時間が来るまで、楽しいひと時を過ごす事が出来たのだった。

 

 

 

 

「あのネムという少女、怪しいな」

 

 

 限られた側近しかいない静かな執務室。

 親しみやすい好青年という仮面を置き、辣腕を振るう皇帝としての顔でジルクニフは断言した。

 

 

「全身鎧のモモンではなく、子供の方がですか?」

 

 

 側にはニンブルと秘書官のロウネ・ヴァミリネンが控えており、実際に歓談の場を見ていたニンブルの方は少し驚いたような反応を返した。

 

 

「モモンにも多少の隠し事はあるだろうな……」

 

 

 ジルクニフは前々から魔獣を使役する冒険者には目を付けており、出来ることなら配下に引き入れようと考えていた。

 まだまだ冒険者としてのランクが低い現状で、直接会う事が出来たのは僥倖といえるだろう。

 情報局があらかじめ得ていた情報と比較しても、モモンから直接聞いた話に齟齬はない。

 むしろ誇張が抜けて控えめですらあった。

 

 

(冒険者というより、私に顔を覚えられたくない商人のようだった)

 

 

 モモンは礼儀を弁えているのに最後まで兜を外さなかった。そこに違和感はあるが、国家権力という面倒ごとに巻き込まれるのを嫌っての防衛反応だろう。

 謙虚な者や自分の力に自信がない者、もしくは脛に傷を持つ者がやりがちな行動だ。

 

 

「だが奴はこちらを警戒して一線を引いていただけだ。会話に慣れた様子ではあったが、いきなり呼び出された冒険者としては妥当な反応だな。それに引き換え、魔獣を従えていたあの少女はどうだ?」

 

「なるほど。戦った訳ではありませんが、確かにあの魔獣の強さとあの少女は釣り合いが取れているとは思えませんでした」

 

「我が国の騎獣部隊でも己より強い魔物は従えられないのは常識。どちらがより怪しいかと言われると、確かに少女の方になりますね」

 

「……正直ヒヤリとしていましたね。護衛が私だけでは、いざとなれば十五分も保たなかったでしょう。アレに対して友達など、よく言えたものです」

 

 

 ニンブルとロウネはそろって頷いた。

 武官と文官。分野は違えど二人は自分が認めるほど優秀で、理解も頭の回転も早い。

 

 

「あの子がお菓子や飲み物を目にし、口にした時の反応を覚えているか?」

 

「覚えてるも何も、普通に美味しそうに食べていたと思いますが……」

 

「年相応で子供らしい反応だったと思います」

 

 

 だが、常識人過ぎて少女の外見に騙されている。

 真実を見抜く直感や洞察力はまだまだ甘いようだ。

 

 

「あの目は未知への興味ではなく、菓子や飲み物の味を元から知っている者がする期待の目だ。それに口に入れた瞬間、ほんの僅かだが落胆があったぞ。想像した味と違ったとな」

 

 

 ジルクニフは王族として生き抜く中で、幼い頃から培った観察眼には自信があった。

 あの少女は以前にもアレを食べた事があったのだろう。

 ――開拓村の平民には決して手が届かない、高級な嗜好品であるはずのプリンを。

 

 

「それは…… 流石に陛下の考えすぎではありませんか?」

 

「お前はそう思うか。まあ冒険者をやっているのなら、街で甘味に触れることもあろう。では、あの子が書いた試合の記録を見てどう思った?」

 

「陛下が見ていたノートですか。私は少し離れていたので内容をしっかりとは見ていませんが、一般的な王国語で子供の割には綺麗な字を書いてるとしか……」

 

「もしや陛下が気にされるほど優れた内容だったのですか?」

 

 

 現場にいなかったロウネはしかたないにしても、実際に会ったニンブルはまだ違和感に気づけないようだ。

 あの如何にも純真無垢な少女の姿を見たからこそかもしれないが。

 

 

「文法を含め、文字、文章が綺麗すぎる」

 

 

 ノートの内容を思い出そうとしていたニンブルに、ジルクニフはピシャリと言い切った。

 

 

「王国の識字率は我が国よりずっと低いんだぞ。教育機関もない辺境の村に住む子供が、何故そこまで読み書きが出来る? それに随分とノートの紙質も良かった」

 

「っ!?」

 

「なるほど。素質云々ではなく、環境と本人の能力が噛み合っていませんね」

 

「そうだ。あの子は生まれながらに才能があり、魔獣を従える事が出来た。そこまではいい。タレントの可能性やマジックアイテムを考慮すれば、年齢を除けば冒険者としてあり得なくはない話だ」

 

 

 二人とも自分の言わんとしている事を遅まきながら理解したようだ。

 この手の話はロウネの方が精通している分、衝撃も大きかったらしい。

 

 

「――だがあの子は、いや、彼女はどこで読み書きを習ったんだ? あの書き方は独学で自然と覚えたものではなく、学問として教えを受けて学んだ者の書き方だ」

 

 

 田舎特有のなまり、いわゆるローカルな癖や荒さがない丁寧な文章の書き方。

 ネムという少女が書いていたノートの中身は正しくはあるが、正し過ぎて怪しい。

 上質な紙なのに文字の練習として使われた痕跡もあった。貴族でもない辺境の地に住む平民の子供が使う物としては不自然だ。

 

 

「あの子の両親は村長のような役職でもなく、普通に畑を耕していると言ったのだ。それが真実なら、読み書きを学べる環境があるとは思えんな」

 

「情報局にもう一度情報を精査するようにお伝えしておきます」

 

 

 自分の意図を理解し、言葉にせずともロウネは動いてくれる。やはり優秀な秘書官だ。

 少女の不自然さを暴いただけで満足したいところだが、自分はこの国の皇帝だ。

 相手に裏があるならあるで、それすらも飲み込んでこの国の利益を考えなければならない。

 

 

「あのガゼフ・ストロノーフすら戦場で勧誘した陛下が、何故声をかけなかったのか理解致しました」

 

「ああ。初めはあの魔獣の力を取り込もうと思っていたが、少し様子見をさせてもらう。私は身分や種族にはこだわらないが、獅子身中の獣になられては困るからな」

 

 

 あれ程の力だ。何故冒険者をやっているのかは分からないが慎重に動くべきだろう。

 高待遇で囲う。恩で縛る。弱みを利用する。

 どれにせよ帝国の力になるなら、相手の正体が何であっても構わない。

 

 

「他国の間者か。没落貴族の末裔か。はたまた謎の組織の一員か…… あの少女の背景には、少々裏があるようだ」

 

 

 ジルクニフは真実に迫る探偵のように確信をもって呟いた。

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん、ただいまー!!」

 

「お帰りなさい、ネム。今日はどうだった?」

 

「うん。帝国の闘技場に行って、いっぱい勉強して、その後皇帝陛下にお城でお茶とお菓子をご馳走してもらったよ!!」

 

「へぇ…… なんで皇帝が出てくるの!?」

 

「ハムスケが有名だからかな?」

 

 

 一部の隙もなくただの平民であるエモット家は、今日も平和だった。

 

 

 

 

おまけ〜初めての武技のお披露目〜

 

 

「見聞を広め、特訓に特訓を重ねた某の新しい技。とくとご覧あれでござる!!――武技〈縮地・未完成〉」

 

 

 気合いを入れて叫んだハムスケは、四足歩行の体勢のまま微動だにしていない。

 ――しかし、体はきちんと前に進んでいた。

 

 

「凄いよハムスケ!! 全然揺れてない!!」

 

「そうでござろう。そうでござろう?」

 

「武技、なんだよな?」

 

 

 歓声をあげるネムにハムスケは非常に得意げになって応えた。

 ハムスケは手足を全く動かさず、背中に乗せたネムに一切の振動を与えることなく、まるでホバークラフトのようにスライド移動しているのだ。

 

 

(これは…… 昔あった百円で動く乗り物みたいだ)

 

 

 ――しかし、遅い。

 ネムが普通に歩いた方が速いんじゃなかろうか。

 遊園地で遊ぶ子供を見守る親の気持ちはこんな感じなのだろうと、モモンガは至極どうでもいい事を思った。

 

 

「ハムスケ、それは真っ直ぐ以外には進めないのか?」

 

「ちょっとまだ無理でござる」

 

「じゃあせめて、もうちょっと速く動くとか……」

 

「それもまだ無理でござる」

 

(乗り物にすら負けてる……)

 

 

 ついに武技を習得したハムスケ。

 しかし、強くなる道のりはまだまだ遠かった。

 

 

 




ハムスケの乗り物としての性能が少しだけ上がりました。
マークしていた冒険者が帝国に現れたので、勧誘しにきた皇帝。
ジルクニフは超優秀で洞察力とかも凄い。
でもナザリックが絡むと何故か深みにハマってしまう苦労人イメージです。

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