「『完全なる狂騒・改(試作)』が暴発しました」
「悪い子だからわがままを言うよ」
「夢オチって便利だな」
今回は別の冒険者チームと仕事をするお話です。
「今日も楽しく安全に冒険といくか」
「うん!!」
聖王国での一件以来、初となる仕事の日。
真新しい鉄のプレートを身につけた少女は、以前よりも少しだけ胸を張って冒険者組合の扉をくぐった。
「おいおい、すげぇじゃねぇか」
そんなやる気に満ちたネムの前に、意味深な顔をしている男が現れた。
背中を壁に預け、ゆるく腕を組んだハゲ。
もといスキンヘッドに刺青がトレードマークの
「まさかもう追いつかれちまうとは。まっ、俺は初めから二人の凄さは分かってたがな。――けど油断は禁物だぜ?」
少しの諦めと羨望が入り混じった眼差しが、モモンガとまだ幼いネムに向けられる。
朗らかに笑った男は意識を切り替えるように、スッと表情を引き締めた。
「昇格して自信をつけ始めた頃が一番危ないんだ。……調子に乗って痛い目にあった奴も、反省すら許されなかった奴も、俺はごまんと見てきた」
男はどこか遠くを見つめている。
決して老いてはいない。
だが、若々しいとも言えない。
それなりに歳と経験を重ねているこの男も、昔は色々あったのだろう。
ポカンとした様子の二人に背中を向け、名も無き冒険者は軽く片手を上げて歩き出す。
「二人はそうならないことを祈ってるよ」
万年
きっと今のは彼なりの激励であり、若過ぎる芽に生き残って欲しいという親切心だったに違いない。
「あのおじさん、何しに来てたんだろう?」
「さぁ?」
それはそれとして、彼はネムやモモンガと違って冒険者が本業のはずである。
――今日はお仕事しなくていいのかな?
ネムは眩しく光る後頭部を眺め、モモンガと揃って首を傾げていた。
◆
冒険者組合の二階にある簡素な応接室。
自分の隣には膝に手を置いて行儀よく座るネム。
対面には初めて見る顔の女性冒険者。
そして年季の入った長テーブルの横には、いつもより険しい顔をした組合長プルトン・アインザックが鎮座している。
(呼び出されること多くない?)
モモンガは思わず溜め息をつきたくなった。
何故自分たちがここにいるのかなど、長々と語るまでもない。
いつも通りネムと依頼を選ぼうとしていたら、待ち構えていた受付嬢に捕まったのだ。
(ちゃんと試験を受けて鉄級になったばかりなのに、一体何が不満なんだか……)
呼び出しといい、説明が足りないことといい、昇級試験を受けろと言われた時とひどく状況が似ている気がする。
組合長とは数える程しか会ったことがないはずなのに、モモンガはこれが既に見慣れた光景にすら思えていた。
「君たちのホームではないにも拘らず、わざわざ来てもらってすまない。早速だが君たち『四武器』が見た情報を共有したい」
「はい。私たちはとある依頼でエ・ランテル南部の山岳地帯へ向かっていたのですが、その帰りに――」
自分の嫌な予感をよそに、組合長と見知らぬ冒険者の話はあれよあれよと進んでいく。
ふーん、南方の様子が変なのか。
へー、普段現れないモンスターが街道に出没していたのか。
ほー、念のため調査が必要なのか。
おー、ネムはちゃんと耳を傾けてて偉いなー。
――で、この流れはまさかのまたアレなのか?
「……うむ。ことはエ・ランテル全体の危機にも繋がりかねないな。何もなければいいが、早急な調査が必要だろう。組合から君たち『四武器』に依頼する。原因の究明と解決を目的とした調査を頼みたい」
「了解しました。足が確保でき次第、至急調査に向かいます」
「頼んだ」
緊急の依頼だというのに、指名された冒険者の返事は実に淡々としていて迷いがない。
この情報を伝えに来た時点で、ある程度はこうなることも予想していたのだろうか。
神妙な顔をした組合長は小さく頷くと、そこで一度言葉を区切る。
「あー、それとだ。ミスリル級である君たちの実力は重々承知の上なんだが、この街の危機に我々エ・ランテルの冒険者組合が、何も手を貸さないという訳にもいくまい」
「それはつまり、サポートの人員を用意していただけると?」
「そのつもりだ。しかし困ったことに、今ウチの上位の冒険者は他の仕事に出ている者が多い……」
組合長の建前だらけの言い分に、指名された冒険者の面々も何かあると勘付いたのだろう。
若干怪訝な顔をしつつ、静かに成り行きを見守っている。
「だが、案ずることはない!! ここに一組だけ適任がいる。……やってくれるね?」
満を持してと言うべきか。
何も知らされずにこの部屋に連れて来られ、今まで無言を貫いていたモモンガたちに、組合長は急に目を向けた。
緊急時だから組合の規定通りだよ。そんな言葉が組合長の満面の笑みに書かれている気がした。
――おのれアインザック。
この敏腕上司またやりやがった。
仮にもミスリル級に頼む依頼の増援に、鉄級を放り込むとか何を考えているんだ。
実力云々じゃなくて、他の冒険者との軋轢とか人間関係を考えたことはあるのか。
異動先で上司と同僚の板挟みに苦労した営業マンの苦しみがお前に分かるのか。
その無駄に毛根が強そうな白いアフロも早々に薄くなってしまえ――
「最善を尽くさせていただきます」
「私もがんばります!!」
なんて言えたらどれだけスッキリするだろう。
一定のラインに達していないせいか、精神の沈静化が発動する気配もない。
モモンガは目上の人物である組合長に、何食わぬ顔をしながら心の中で暴言を吐くしかなかった。
「君たちならそう言ってくれると信じていた。では諸君、吉報を期待しているよ」
組合長は話は終わりだと手を叩く。
少し困惑気味の冒険者たちを無視し、緊急の会議はこれにて締めくくられた。
(呪術師の職業も取っておけばよかったかな……)
レベル百である自分の恨み言なら、多少は呪いとして届いたりするのだろうか。
純粋に頑張ろうと奮起しているネムの隣で、やさぐれ気味のモモンガはそんな詮のないことを思うのだった。
◆
エ・ランテルより南側の城門の外。
これから街に入ろうと検問に並んでいる商人たちの列を横目に、モモンガは肩が落ちそうになるのを堪えた。
相手チームの移動手段も滞りなく用意できたようで、立派な体躯の馬が鼻を鳴らして待機している。
少し落ち着きがないように感じるのは、近くにハムスケがいるせいでもあるのだろう。
(コネで仕事に割り込んだとか思われてたらやだなぁ……)
組合の応接室にいた相手チームのリーダーらしき人物が近づいてくるのが見え、モモンガはますます気が重くなった。
今さら嘆いても遅いのは理解しているのだ。
ただ頭で理解はしていても、無いはずの胃が重くなるのは止められない。
軽い挨拶代わりの自己紹介ですら、相手側から何を言われるのか戦々恐々だ。
(組合長も何考えてるんだか…… あんまりでしゃばる訳にもいかないし、寝ずの番以外で役に立てるか、俺? 今回は途中でネムを帰すのも無理だよなぁ)
相手は『四武器』という名のミスリル級冒険者チームで、普段はエ・ナイウルなどの他の街で活動しているらしい。
実績もさる事ながら、女戦士、女神官、男の盗賊、男の
異常の調査という依頼の内容から考えても、正直言って自分たちが無理やり付け足された感は強い。
「時間通りね。改めて、私が『四武器』のリーダー、スカマ・エルベロよ」
「ご丁寧にありがとうございます、エルベロさん。こちらも改めまして、代表のモモンと申します」
堂々とした立ち振る舞いで握手を求められ、モモンガは社畜の条件反射で挨拶を返した。
威圧感や厳つさはないが、はっきりした顔立ちで頼り甲斐を感じる女性だ。
思わず取引先の仕事のできるキャリアウーマンを連想し、腰を曲げて名刺を渡すポーズを取りそうになったのは内緒である。
「今回の指揮は基本的にウチらが取らせてもらうけど、意見があれば遠慮なく言ってちょうだい」
「了解しました。自分たちはまだまだ駆け出しの鉄級の身ですので、方針を決めていただけるのはありがたい限りです」
戦士であるスカマは鈍色のプレートアーマーに青いマントを装備しており、センター分けの長い黒髪が印象的だ。
ちなみに髪色はチームの宣伝目的で染めているだけで、元は王国民によくある普通の金髪だったらしい。
「こちらはチームのバランスも少々歪ですが、力になれるよう尽力いたします」
「あの魔獣が仲間なんだから、バランスもへったくれもないわよね…… でも貴方の剣にも期待しているわ」
「ありがとうございます。戦闘時には期待にお応えできるよう、張り切らせてもらいます」
ネムの側で待機しているハムスケを見やり、スカマは苦笑を漏らした。
冷静に分析して勝てないと判断したのだろう。
しかし、その声に侮りや嫉妬などの悪感情は感じられない。
ミスリル級からすれば明らかに格下である鉄級の自分たちにも、一定の敬意を払っているのが分かる。
色々な意味でありがたいことに、人間ができた理性的なリーダーのようだ。
「はじめまして。私は見ての通り神官をしてるリリネット・ピアニよ。怪我しちゃってもちゃんと治すから、気軽に言ってね」
「はい。ネム・エモットです。よろしくお願いします!!」
視線を悟られないフルフェイスの兜を最大限に利用し、モモンガはネムの方を確認した。
ちょうどネムと挨拶を交わしている女性の神官は、優しげで慈愛に満ちた笑みを浮かべている。
(見かけで判断するのは良くないが…… あの見た目で?)
だが全体の印象としては、聖職者であることが疑わしいほどに色気が溢れている女性だ。
ケープとチューブトップを合わせたような服の構造のせいか、背中から脇にかけて素肌がチラチラと見えている。
大きくスリットの入った脚部は、網タイツに包まれた太ももがよく見える。
――本当に神官の格好か?
美人な顔立ちも相まって、口元のほくろすら扇情的な魅力を後押ししているようだった。
(アルベドと同じくらいありそうだな……)
そして何よりデカい。
服の胸元を押し上げて強烈に主張している二つの果実が、首から下げた土神の聖印を挟んでいる。
ちゃんと修道女の頭巾も被っているのに、その他が冒涜的過ぎてコスプレに見えるくらいだ。
「よろしく、ネムちゃん。ところでまだ成人はしてないと思うんだけど、何歳かな?」
「十歳です」
「十歳!?」
ネムの外見からある程度は予想は出来ただろうに、何が彼女の琴線に触れたのだろう。
驚きの声を上げたリリネットは何度か「十歳、十歳……」と呟き、重要なことを閃いたような顔に変化した。
その顔つきの変わりようは凄まじく、少なくとも十歳の子供に向ける真剣さではない。
「……ゴホンッ。ねえ、君と同年代の男の子を私に紹介してくれな――あたぁっ!?」
「そこまでにしときなさい、リリネット」
子供に対して真顔で男(の子)を紹介してくれとのたまう聖職者に、リーダーであるスカマから叱責のチョップが振り下ろされた。
籠手での一撃は加減されても痛かったようで、リリネットは何度も後頭部をさすっている。
一連のコントを見せられたネムは首を傾げつつ、なんとなく笑ってお茶を濁していた。
「もう、叩くことないじゃない。私は真剣なのよ?」
「あんたが
モモンガは業の深い女性の嘆きを聞き、ピンクの粘体と金色の鳥人間の姉弟を思い出す。
姉は
「フォローする訳じゃないが、あいつはあれで頭が回るし性格も良い。神官としての力量も確かだから安心してくれ」
濃い性格はギルドメンバーで慣れているのでドン引きとまでは言わないが、自分の「……えぇ」と、言いたげな視線を察したのだろう。
頭に布を巻いた軽装の盗賊は軽口を叩きつつ、ざっくりと仲間のフォローを入れてきた。
「それに中々の美人だろ? 男の趣味、つーか性癖を除けば文句なしの良い女だ。結婚すれば良い奥さんになるって、うちのリーダーも言ってた」
「そのたった一つが致命傷な気が…… っ失礼しました」
「ははっ、気にすんな。俺もそう思うし、知った時はみんなそんな反応だよ。まあ子供に直に紹介してくれって頼んでんのを見るのは、流石に俺も初めてだが……」
「……一応だが、リリネットが道を踏み外した事はない。……恐らく」
「今恐らくって付けませんでした?」
「ゴホンっ。彼女は仮にも聖職者だ。根が善良なのもあるが、ことの前に同意を得るのは大人としての常識らしい」
眉の辺りと耳にピアスを付けた如何にもな格好の魔法詠唱者も、難しい顔をしながらフォローを追加してきた。
仲間に対する信頼と不安がぶつかり過ぎである。
普段から割とツッコミ役に回りやすいモモンガだったが、それ以上の言葉を口にするのは避けた。
合法なら遠慮なく獲物に飛びつきそうなリリネットの性癖はともかく、なんだかんだ全員人は好いのだろう。
「お互いの緊張も解けたし、早速出発するわよ。目的地近郊の村で一度馬を預けてから調査を開始するわ。細かい打ち合わせはそこで――」
身内の性癖を晒したくないのか、それとも時間を無駄にしたくないのか。
スカマは軽く咳払いをすると、テキパキと指示を出して出発を促した。
「貴方たちは馬が怯えない程度の距離と速度を維持しながら付いてきてちょうだい」
「その辺りは心得ているでござるよ。委細、このハムスケにお任せでござる!!」
四武器の面々は馬で移動するが、自分たちはそんな手段を用意していない。というより、モモンガに乗馬のスキルなどない。
マジックアイテムを使用する手もあるが、他の冒険者の前でポンポン使うのも憚られた。
よってネムは元より、今回は必然的にモモンガもハムスケに乗ることになる。
「ささ、モモン殿も乗ってくだされ」
「モモン、置いてかれちゃうよ?」
「俺も変わらないか……」
巨大なハムスターに跨るおっさん。
断じて自分が望んでのことではないが、自分も人のことを笑えない状態だなと、モモンガは心を無にするのだった。
◆
幸いにも道中はモンスターの襲撃もなく、スカマたち一行は午前中に森林の調査を始めることができていた。
現在地は森林外周部の開けた場所。
隠密行動に優れた盗賊がとあるポイントの偵察に向かっているので、今は彼が戻るまで待機している状態だ。
(空気がピリついてる。付近で異常が起こってるのは間違いなさそうね)
スカマは肌で感じ取った感覚に目を細めた。
染みついた戦士の勘とでもいうべきものが、身を置く森林の異常を知らせてくる。
この森はトブの大森林ほどの魔境ではないが、危険なモンスターとの戦闘は覚悟しておくべきだろう。
(彼は本当にただの新人なのかしら)
スカマは他の仲間と交替で休息を取りながら、今後の行動と謎の多い助っ人のことを考える。
戦闘になればあの魔獣はかなりの戦力になるはずだ。それは間違いないだろうが、モモンの方は実際どの程度動けるのだろうか。
(装備はどう見ても駆け出しの鉄級が使うレベルじゃないのよね)
道中に彼の剣の腕を見る機会がなかったのは、幸運でもあるが悔やまれる。
落ち着いた立ち振る舞いはベテランを思わせるが、単に歳を食っているだけで強さもそうとは限らない。
もし鉄級の戦士に毛が生えた程度の実力なら、サポートに回らせるのが無難だろう。
(元傭兵? でも話し方には学というか礼節を感じる…… 付け焼き刃でもなさそうだし、要人お抱えの元騎士とか? そんなのよりもっと…… まさか、ね)
しかし、これまた戦士の勘――よりも更に本能に近い部分が警鐘を鳴らすように、モモンの得体の知れない強さを想像させた。
まるで未知の怪物に恐怖するような――
「さっきから何考えてるのかな。仕事のこと? それとも彼らの素性が気になってるとか?」
「両方よ」
仲間に話しかけられ、スカマの思考は途切れる。
自分が悩んでいる風に見えたのか、何の気なしに近づいて来たリリネットはそのまま隣に腰を下ろしてきた。
「モモンさんは真面目で紳士的だし、ネムちゃんもすっごく素直で良い子よね。……魔獣を"力"として捉えていないのは危なっかしくもあるけど、私は真っ直ぐで好きよ」
「それは同感ね。こう言ったら失礼だけど、二人とも冒険者じゃないみたい」
「それも純粋で夢があって結構結構。あとは私に男の子を紹介してもらえれば言うことないわね」
冗談めかして――半分くらい本気だろうが――とぼけるリリネットのおかげで、ほんの少し自分の気分も晴れた。
冒険者同士の余計な詮索は御法度。正面切って聞く気がない以上、悩むだけ無駄ということだろう。
「……まったく。せめて仕事が終わってからにしなさい」
「はーい。そのためにも無事に仕事を終えないとね。私の幸せのために!!」
人の機微に寄り添える彼女のこういうところは、同性から見ても本当に良い女だと思う。
リリネットの視線の先には、魔獣の背中に乗りながら辺りを警戒している少女がいる。
そしてその少女を優しく見守るように、さり気なく側に立っている全身鎧の姿がある。
チームメイトというより、親戚の子供を見ているおじさんのようだ。それとも歳の離れた兄妹だろうか。
途端にさっきまでの自分の想像が馬鹿らしくなってきた。
「そういえば彼の黒髪は珍しかったわね。あなたと違って地毛みたいだし」
「本人もあまり知らないみたいだけど、多分南方の血が入ってるんでしょう。王国戦士長もそっちの血が混じってるって噂もあるし……」
冒険者組合での顔合わせの際に、モモンが少しだけ兜を外したことを思い出す。
顔付きは良く言えば穏やかで、若くも老いてもいない三十前後の冴えない男性。
『今すぐ動ける中で最高の冒険者たちだよ』という、エ・ランテルの冒険者組合長からの強引な紹介。
最初は自分たちミスリル級の受けた仕事に、駆け出しの鉄級が加わることは懐疑的だった。
助っ人というより、点数稼ぎや箔付けのために参加させたのではないかと。
(アレは反則よね。まあ少なくとも、本人たちが力に驕った冒険者じゃないことだけは確かだったけど)
しかし、彼らが連れている大魔獣を見て理解した。
――アレは強い。勝てないと断言できる。
軽く彼らと言葉を交わしてからは、組合長も考え無しに推薦した訳ではなかったのだと、スカマも考えを改めていた。
仕事をするなら今はそれで十分だ。
彼らのチグハグさが無性に気になるという点は一向に変わらないが、仕事のパートナーとしては多少信用してもいいだろう。
「――おおーい、戻ったぞ」
ちょうど良いタイミングだ。
若干疲れが滲む仲間の声を聞き、スカマは余分な考え事を切り上げる。
「ふぅ、やっと気が抜けるぜ。見つかるようなヘマはしなかったが、今回の調査は中々骨が折れそうだ」
「お疲れさま。とりあえず一息ついてちょうだい」
一仕事を終えた仲間の顔には、安堵と困窮が入り混じっていた。
どうやら無事に持ち帰ったのは、朗報ばかりではないらしい。
◆
「モンスターの行動範囲はかなり変化してると見て間違いない。俺が見たのはゴブリンが大半。あとはオーガとトロールが少々ってとこだ」
ハムスケを含めた大勢の移動だと森にいる存在を刺激し過ぎるため、一人で偵察に向かってくれた盗賊が帰ってきた。
報告を始めた彼の顔からは、ベテラン冒険者特有の落ち着きが感じられる。
初の合同依頼で緊張気味の自分とは大違いだ。
「そいつらに追いやられたのか、本来森にいるはずのモンスターの姿があまり見えなかった」
「一時的でも生息地が変わるほどか」
「ああ。奴ら、森林内をかなり広く陣取ってるぞ。おかげでリーダー格の棲処と思われる洞窟は手付かずだ。流石の俺もお手上げだよ」
「良くない状況なのは察してるわ。覚悟は出来てるから、もう少し具体的に言いなさい。悪い知らせがあるんでしょ?」
どうやらこの付近の異変の原因は、森の中にいるゴブリンたちが関係しているようだ。
盗賊の報告をみんなで円になって聞きながら、ネムは段々と不安が高まってくるのを感じ取っていた。
「悪いな。……実は目視で確認した範囲だけでも、千はくだらないゴブリンがいた」
盗賊の神妙な声音に、一人と一匹を除いて皆が息を呑んだ。
ネムも冒険者になりたての頃、連携の訓練と称して三人でゴブリンと戦ったことを思いだす。
その時は群れからはぐれた個体だったり、多くとも精々二、三匹の集まりだったから、そこまでの脅威には思えなかった。
(カルネ村に住んでる人よりずっと多い……)
だけど数の暴力とはよく言ったものだ。
相手が弱いモンスターの代名詞であるゴブリンとはいえ、戦いにおいて数とはそのまま強さである。
例えば単に石を投げるだけでも、数が増えれば立派な攻撃になる。
千匹から同時に石を投げつけられたら、盾も鎧も無い自分だとあっさり死んでしまうかもしれない。
「まったく、どっからかき集めたんだか。あんだけいりゃあ、ゴブリンの討伐報酬でも小金持ちになれるぜ」
「他のモンスターが追いやられて森から溢れるのも納得の数ね」
途方もない数の敵を実際に見てきただけに、盗賊の声には呆れすら含まれていた。
自分としては、ゴブリンを狩って小金持ちというのもアリかもしれない。
「繁殖しやすいゴブリンだとしても、流石に多すぎる。複数の部族が集まったと考えるのが妥当か」
「それ程の規模だと纏めているのはトロールかしら? もしかして上位種?」
「俺が確認したトロールは六体。そん中に上位種はいなかったな」
それだけの数のモンスターを、一体どんな存在が率いているのだろう。
異形種の集団であるナザリックのことが、チラリとネムの頭をよぎった。
「六体なら私たちだけでもやりようはあるわ。一体ずつ仕留めていけばいいし、心強い助っ人もいることだし」
「でも遠目に見たが洞窟の方もモンスターが頻繁に出入りしてた。そこにまだまだ潜んでる可能性はある」
もしモモンガみたいな凄い存在が相手なら、正直撤退するしかないんじゃないだろうか。
下手をすれば逃げることすら無理だ。
スカマとリリネットが得られた情報から考察を続ける中、魔法詠唱者の男は無言で渋い顔をしている。
「……偵察を任されておきながら情けないが、正直戦力の上限が読めない。オーガくらいならまだしも、トロールがあと十体も二十体も出て来たら流石に不味いぞ」
「根こそぎ討伐して問題解決というのは難しそうね。ゴブリンが集まった原因の調査だけして戦闘は避けたいところだわ」
ゴブリンは言わずもがな。一般人からすれば恐ろしい巨体を持つオーガも、冒険者であれば鉄級や銀級程度の力で十分倒すことが出来る。
ただし、問題はトロールだ。
オーガと同等の巨体に、オーガ以上の筋力。
さらには高い再生能力まで持っている。
冒険者でも
「トロールに有効な酸や炎系の魔法ならば私も扱える。万が一遭遇して戦闘になっても勝てぬ相手ではない。……それでも敵の数によっては魔力が先に尽きてしまう可能性の方が高いだろう」
ようやく口を開いた魔法詠唱者も、殲滅は現実的ではないという結論に至ったのだろう。
最近少しは魔法についても勉強したので、普通の人の魔法が万能でないことはネムも理解している。
闘技場を観戦したことで実感したが、魔力というのは本気で戦えば簡単に尽きるらしい。
「ただのトロール程度なら何匹いようが負ける気はしないでござるが、某は炎も酸も使えないでござるからなぁ。倒すのに時間がかかりそうでござる」
「工夫すればなんとかなるぞ。斬撃や殴打が効きにくいなら尻尾で絞め落とせばいい。呼吸を封じて窒息死させれば再生能力など関係ない。即死技というやつだな」
「おおっ、それなら某でも余裕でござるな」
こんな時でも二人の安心感はすごい。
ハムスケはこれまで野生で戦い続け、生き抜いてきた実績と自信がある。
モモンガは慎重派な割に色々と凄すぎるから、どんな相手でも負ける不安とは無縁そうだ。
それを抜きにしても対応力が高いというか、モンスターとの戦いを熟知している。
魔法以外でも本当に知識が豊富だ。
「引き際を見誤る訳にはいかないけど、現時点ではまだ調査不足ね。戦闘を考慮して、一度戻って応援を要請することも視野に入れるべきか……」
「これ以上の冒険者が集まれば、ゴブリンたちも勘づくんじゃないか?」
「どこかで戦闘を行うにしても一度撤退するにしても、敵のリーダーくらいは確認しときたいわね」
冒険者たちが議論しながら頭を捻る中、ネムも真剣に現状を打開する方法を考えていた。
モモンガが突撃すれば勝てる――なんて身も蓋もない考えは捨て去り、冒険者として自分たちに出来ることはないか。
(とにかくトロールの数とか、洞窟の中の様子がわかればいいんだよね……)
状況を整理してみよう。
森にはゴブリンやオーガ、トロールなんかのモンスターがたくさんいる。
敵に見つかる度に戦ってはキリがないし、いずれは数の差に押しつぶされてしまう。それに冒険者が来ていることも悟られない方がいい。
でも気になる洞窟は森の中心部にあって、そこに警戒対象のトロールが何体くらいいるのか知りたい。
できれば集団のリーダーも確認したい。
(戦ったら音でバレちゃうから、すぐ周りから集まってくるよね。でも全く見つからないのは無理だし……)
こんな状況で、洞窟の内部を探るにはどうすればいいか。
――かなり無理がある。
ゴブリンたちに見つからずに森の中心部に行くのは、よほど運が良くない限り不可能だ。
誰か囮役の人がわざと騒いで、その隙に探ってみるのはどうだろう。
多分これも無理だ。流石に全部の目が向くわけじゃないだろうし、囮をした方が死んでしまう。
(なんだったっけ。たしか前に聞いたのは、木を隠すには森の中?)
自身の持つ数少ない知識を総動員し、ネムは熟考を重ねる。
テキトーなゴブリンを捕まえて、ハムスケの魔法で情報を聞き出すのはどうだろう。
賭けの要素が強いのでダメだ。ゴブリンはあまり頭が良くないので情報の信憑性が薄いし、都合よく情報を持ってるかも分からない。余計に警戒されるのがオチだろう。
(やっぱり自分たちの目で確認しないと、知りたいことは分からないよね……)
もっと単純に考えてみよう。とにかく洞窟に入れたらいいんだ。
見つかったらダメなんじゃなくて、戦闘になったらダメなんだ。
そもそも調査に来た人間がいるとさえバレなければ――閃いた。
「はい!! 洞窟の中を調べる作戦を思いつきました」
思いついた勢いのまま、ネムは真っ直ぐに手を挙げた。
冒険者とはいえ紛れもなく子供の自分に、興味と懐疑的な視線が集まる。
「ありがたい。今はとにかくアイディアが欲しいからな。ネム、聞かせてくれ」
尻込みしかけた自分を予想していたかのように、助け舟は自然とやってきた。
話しやすいようにモモンガが作ってくれた流れに乗り、ネムは意を決して考えた作戦を口にする。
「――これなら洞窟に入れると思うんですけど、どうですか?」
周りの反応は分かりやすかった。
無言で考え込む者。
流石に無理があるのではと困惑する者。
意外に上手くいくのではと感心する者。
作戦の実行者。つまりはネムの身を心配する者。
「なるほど。盲点をついた良い考えだと思うでござるよ」
「確かにハムスケの存在って、普通に考えたら野生側だよな。馴染みすぎて考え付かなかった……」
そんな中でモモンガとハムスケはしきりに感心してくれた。
ネムは思わず緩みそうになった顔を、仕事中だと引き締め直す。
「失敗してもこちらの存在はバレないでござろうし。某はネム殿に従うでござる」
「私も良い案だとは思う。それなら人間の襲撃を警戒されることはない。微妙なラインだが内部の偵察も可能だろう。……情報漏洩という面でのリスクは低いが、危険はあるぞ」
「大丈夫だよ。任せて!!」
「……分かった。私もネムの案に一票だ。どうでしょう。他に有力な案がなければ、一度この作戦を試させてもらえないでしょうか?」
『四武器』たちの考えが賛成と反対で分かれる中、モモンガとハムスケは自分の意を汲んで賛成してくれた。
根拠のない自信しか示せなかったけど、それを信じてくれたのだ。
気を緩めまいと思っていたが、結局ネムはその言葉に破顔していた。
「わかったわ。代案もないことだし、一度やってもらいましょう」
最後までリリネットは心配そうな顔をしていたが、それを口にすることはなかった。
冒険者として過度な心配は礼儀に反すると思ったのかもしれない。
「準備を整え次第、出発よ」
「はい!!」
ネムは意気込みを示すように強く返事を返す。
全体の意見がまとまると、チームリーダーのスカマの号令で自分たちは作戦に向けて動き出した――
相変わらずの組合長でした。
モモンガが『漆黒の英雄』になってないので、スカマは黒髪のままだったり、地味に色んなズレが出てくる・・・
『四武器』は良いキャラなので、是非ともネムと組み合わせたくてやりました。
原作だとナーベラル一人で片付けたらしい?ゴブリン部族連合の話が元なので、かなり想像で書いてます。