不思議の墳墓のネム   作:まがお

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前回のあらすじ

「組合長またやったな」
「千を超えるゴブリンがいるぞ」
「作戦を思いつきました」

『四武器』との合同依頼、決着編です。


激闘ゴブリン部族連合の王

 リ・エスティーゼ王国、バハルス帝国、スレイン法国。この三国の中間点に位置する城塞都市エ・ランテルより南方。

 都市と法国との間に広がる山脈付近の森林内は、明らかに例年と様子が異なっていた。

 

 ――ゴブリンだ。

 

 数メートル歩く毎に遭遇するのではないかと錯覚するほど、ゴブリンが異常に出没していた。

 森林内に大量にいるゴブリンの大半は、外敵に備えて巡回しているというより、トップの命令でとりあえずその辺に集まっているだけだ。

 そもそもゴブリンは人間に比べると知能が低く、集団で狩りなどはしても軍隊のように統制のとれた動きは基本的に出来ない。

 逆に言えばそんな彼らがある程度の纏まりを見せているだけでも、トップの影響力の強さが窺えた。

 

 

「な、何者だ!?」

 

 

 短絡的な他の同族とは違い、多少は知性を感じさせる顔付きをした一匹の幼いゴブリン。

 ゴブリンの亜種であるホブゴブリンは、思わぬ事態に刃の欠けたナイフを構える。

 ややカタコトの言葉で未知の相手を威嚇するも、その腰は恐怖で完全に引けていた。

 

 

「驚かせてすまないでござる。某は通りすがりのただの魔獣でござる。争うつもりはないので気にしないでほしいでござるよ」

 

「と、通りすがり?」

 

 

 獣道を悠々と歩いて現れたのは、オレンジ色の風呂敷を背負った四足歩行の大魔獣だった。

 太く発達した四肢に、頑丈そうな毛並み。

 全てを見透かすような黒く澄み切った瞳でこちらを見据え、大蛇のような長い尻尾をしならせている。

 それもただ強そうなだけではない。

 ゴブリンとは比べ物にならない知性を宿しているのを示すように、大魔獣は流暢に言葉を返してきた。

 

 

「随分と多くの者が集まっているようでござるが、何の集まりでござる?」

 

「決まってる。ニンゲンと戦いに行くんだ!!」

 

 

 完全に警戒を解くことは出来ない。

 しかし理性が高く敵意もないのが分かると、ホブゴブリンは調子に乗って大魔獣の質問に答えた。

 

 

「それは凄いでござるな。ゴブリンが多いようでござるが、他の種族の者はいないのでござるか?」

 

「聞いて驚け。俺たちゴブリンは三十の部族が集まって沢山いるんだ!!」

 

 

 目の前の存在や自分たちの"王"とは比べるべくもないが、それでも他の同族より自分は頭が良い自覚があった。

 そのため、ホブゴブリン――本人は自分の種族をただのゴブリンだと思っているが――は三十という数字に自信を持って答える。

 

 

「オーガも俺たちより少ないが沢山いる。トロールの奴らはもっと少ない。十体もいないくらいだ」

 

「ふーん。そうでござるか。こっちも森を通る以上、お主たちの長に挨拶だけさせてもらうでござる。間違いで襲われたら面倒でござるからな」

 

 

 トロールは正直近寄りたい相手ではないため、実はホブゴブリンも正確な数字は把握していない。

 ただ十体という戦力を聞いても、目の前の大魔獣は面倒という感情しか見せなかった。

 やはりトロールを一蹴出来るくらいの相当な実力があるのだろう。

 

 

「それもそうか。……わかった。多分、洞窟にいると思う。ここを真っ直ぐ行った先にある洞窟だ」

 

 

 争いを望んでいないのは自分も同じだ。

 これから人間の街に戦いを挑むのに、意味もなく戦力を減らす必要はない。

 それに"王"の居場所を伝えても問題ないと、ホブゴブリンは楽観視していた。

 

 

「でも態度には気をつけろよ。俺たちの"王"は()()だからな」

 

「忠告感謝でござる」

 

 

 ――仮にこの大魔獣が"王"に挑んだとしても、どうせ返り討ちに遭うのだから。

 

 

 

 

「すんなり通してもらえてよかったでござる」

 

 

 最初に出会ったゴブリンに教えられた洞窟を散策しながら、ハムスケは独り言のように呟く。

 するとそれに対して同意するように、僅かに背中を叩く感触が返ってきた。

 そう。実は今、ネムはハムスケの背負う風呂敷の中に隠れているのだ。

 

 

(本当にいっぱい。ゴブリンを数えるのは無理そう……)

 

 

 怪しまれないように前を向いて歩き続けるハムスケに代わって、ネムは慎重に辺りの様子を探っていた。

 ハムスケを見てギョッとした反応をするゴブリンやオーガが、そこら中にうろついている。

 自分まで見られているようで落ち着かないが、どうやら自分の存在はバレていないようだ。

 

 

(トロールは鼻が良いから、ちょっと危なかったなぁ)

 

 

 途中で一度だけトロールに怪しまれかけたが、「非常食が入ってるだけでござる」という、ハムスケの見事な機転で事なきを得た。

 ついでに冒険者が特に危険視していたトロールを数えてみたら、少なくとも十二体は見かけた。

 最初に出会ったゴブリンはよく喋るゴブリンだったが、感覚は随分と大雑把らしい。

 

 

(うぅ、ひどい臭い……)

 

 

 ハムスケが奥へと進むたびに、結構な頻度で足元からパキパキと小骨が折れる音が鳴っている。

 そこら中に散らばった骨などから腐敗臭がしており、ネムは鼻を摘んで顔を顰めた。

 

 

(この臭いの中で私に気づきかけるって、相当鼻が良くないと無理だよね。その割にコレが平気だなんて変なの)

 

 

 ここの魔物は掃除をしたり、臭い消しを使ったりはしないらしい。モモンガのピカピカな家を少しは見習ってほしいものだ。

 これなら薬草のキツイ匂いの方がマシな気もするが、鼻が良いトロールなどは腐臭を気にしないのだろうか。

 

 

「入り口で見た感じより、中は広いでござるな。わざわざ灯りを置いているのは、人間の真似ごとでござろうか……」

 

 

 洞窟内は真っ暗かもと今更ながら心配していたが、ネムが問題なく見通せる程度には灯りがある。

 雑な造りの松明や古びたランプなど、統一性のない光源が沢山置かれていた。

 おそらく拾ったり盗んだりして手に入れた物を、適当に配置しているのだろう。

 

 

「ト、止マレ。誰モ通スナ、言ワレテル。ココ、王ノ場所」

 

「某は挨拶に来ただけでござるよ。王とやらは不在でござるか?」

 

 

 洞窟内をある程度進んでいったところで、一匹のトロールがハムスケの前に立ち塞がった。

 ハムスケを相手に中々の度胸だ。

 その先に扉はないが、門番のような存在なのだろうか。

 

 

「今、イナイ。太陽、沈ム前ニ戻ル」

 

「タイミングが悪かったでござるなぁ。ちなみにどこへ行ったのでござる?」

 

「太陽、沈ム方。闇小人(ダークドワーフ)ニ会イニ、一人デ出テ行ッタ」

 

「ふむふむ。じゃあ某はもう帰るでござる。ところで、洞窟を出る道はこの一本のみでござろうか?」

 

「ソウ。コノ洞窟、アンマリ道ナイ」

 

 

 不審がられない程度に話を引き延ばし、ハムスケはゆっくりと反転しようとしている。

 ネムはその隙に風呂敷に空けてある穴の狭い視界から、出来るだけ情報を持ち帰ろうとしていた。

 岩の壁。不揃いな松明。水が入っていそうな甕。歪んだ木製のテーブル。

 王の場所と言いつつ、多少の家具があるだけで、あまり他の場所と違いがないようにも思える。

 ネムがギリギリまで目を凝らして観察していると、トロールの斜め後ろの壁際に気になる物を見つけた。

 

 

(あの椅子…… もしかして玉座?)

 

 

 テーブル近くの小さなボロ椅子とは違う。

 かなり粗い作りだが飾り付けがしてあるため、上位者が座るような椅子に見えなくもない。

 ネムの知る玉座との完成度は天と地ほども差がある。ここにはデミウルゴスのように手先が器用な者はいないらしい。

 モンスターとはいえこれ程の規模の集団。そういう物があること自体は不思議ではないが、どうにも違和感がある。

 

 

(リーダーはトロールじゃないかって話してたけど、あれじゃ絶対座れないよね……)

 

 

 なにせ椅子が小さ過ぎるのだ。

 人間でも大柄な大人が座るにはちょっと窮屈そうで、ちょうど自分くらいならぴったりと思われるサイズ感だ。

 

 

「早ク帰レ。王、忙シイ。明日、朝、戦イニ行ク」

 

「なんと。それに巻き込まれるのはごめんでござる。どこを襲うのでござる?」

 

「知ラナイ。王、決メル」

 

「……王とは何者でござる?」

 

「ワカラナイ。見タ目、ゴブリン。デモ、有リ得ナイ。王、強イ」

 

 

 聞き取りにくいトロールの言葉が、ワンテンポ遅れてネムに状況を理解させる。

 なんて雑な王様だ。モモンガが聞けば、きっと部下との"ホウレンソウ"がなってないと指摘するだろう。

 

 

(朝から…… しかも明日!? どこ狙うかも知らないの!?)

 

 

 ゴブリンの話と合わせると、ここのモンスターたちは人間を襲うために集まった。

 王とやらは夕方頃に西から戻ってきて、明日の朝には人間の住む場所へ進軍を開始する。

 

 

(明日なら場所くらい伝えといてよ!!)

 

 

 動けないもどかしさを感じながら、ネムは頭の中で憤慨する。

 どうしよう。今はもう正午を過ぎている。

 ネムはハムスケの背中を押して合図し、出来る限り早く戻ってほしいと伝えた。

 相手の王と鉢合わせするのも危なそうだし、何よりすぐに今の話をモモンガたちと共有しないといけない。

 

 

(ちょっとくらい怪しまれてもいいから、急いでハムスケ!!)

 

 

 ネムの気持ちに同調するように、ほんの少しハムスケの歩幅が広がった。

 彼らのテリトリーから離れるにつれ、ハムスケの速度は速歩きから駆け足へと段階的に上がっていく。

 それでもネムの逸る気持ちは、もっと速くもっと速くとハムスケにせがみ続けていた――

 

 

 

 

 

「――あと王様が座る玉座みたいなのがあったけど、小さかったです。ゴブリンが座ったらちょうど良さそうな大きさでした」

 

「なんだそりゃ。ただの戦利品ってことか?それとも率いているのがトロールじゃない?」

 

 

 ネムとハムスケが大体な潜入調査に向かってから、そろそろ一時間が経とうとしたころ。

 駆け込むように戻って来た二人を労う間もなく、「大変です!!」との第一声から急ぎ報告会と作戦会議が始まっていた。

 

 

「見た目はゴブリンだって言ってたけど、強くて分からないそうです」

 

「トロールがいるのにゴブリンが率いているなんてことがあるのか?あの規模だぞ?」

 

「にわかには信じ難いけど、突然変異でトロールより強いゴブリンがいるってことかしら…… それともゴブリンに似た小柄な魔物が?」

 

「ダークドワーフに会いに行くなら、そいつも同族の可能性はあるんじゃない?ドワーフは小柄な種族だし」

 

「周囲のモンスターが勘違いしているパターンか。肌の色も違うし、そこまで馬鹿とは思わないが…… いや、茶色に近い肌のゴブリンもいるにはいるか」

 

「王とやらの正体は判然としないでござるが、目的を共有している感じでもなかったので、その者がいなければ烏合の衆でござろうな」

 

 

 洞窟内部の状況。トロールの最低数。王と呼ばれる者の存在。そして集団の目的。

 スカマは二人から挙げられる情報を吟味しながら、口数少なく考え込む。

 

 

「スカマ、どうする?」

 

「そうね……」

 

 

 二人は短時間で予想以上に質と量のある情報を集めてきてくれた。文句なしの働きだ。

 しかし、スカマが手放しで称賛していられないほど、想定より状況は悪い。

 

 

(増援を集める時間はない。街か村で籠城しようにも、相手の狙う場所が不明でそれも出来ない)

 

 

 単純に敵戦力が多い。

 ゴブリンたちを率いる存在が正体不明なことも痛いが、それ以上に時間がなかった。

 リスクと人々の被害を天秤に乗せ、リーダーであるスカマは決断を迫られる。

 

 

「――"王"とやらが戻って来たところを叩く。配下のモンスターと合流される前に、森の外で見つけて迎え撃つわ」

 

 

 選択したのは今ある戦力での迎撃。

 敵の首魁のみを狙い、集団を瓦解させることを目的とした攻めの作戦だ。

 

 

「まっ、それしかねーか」

 

「私はこれまで何も消耗していない。魔力も万全だ。むしろ好条件で戦えるくらいだ」

 

「あら。調査も全部ネムちゃんたちに任せてたから、私なんて体力も万全よ」

 

 

 被害を最小限に抑え、見知らぬ街や村を救うにはこれしかない。

 チームメイトたちからも心強い返事で賛同され、スカマは自らの判断に確信を持つ。

 

 

「幸い相手がどの方角から洞窟に戻るのかは判明してる。森の外の立地を考えても、見逃すことはないはずよ。そちらも異論はないわね?」

 

「は、はい!!」

 

「戦闘なら任せるでござる!!」

 

 

 初めて組む相手なので高度な連携は望むべくもないが、こちらの士気も悪くはない。

 ネムの顔が少しこわばっているが、実質の戦闘力である魔獣は戦意に満ちている。戦闘に支障はないだろう。

 

 

「了解しました。私たちもその決定に従います」

 

 

 そしてこの男、余裕の態度である。

 ハムスケの存在があるからか、それとも危険度が理解できていない馬鹿なのか。

 ――はたまた常識はずれの傑物か。

 モンスターが群をなす場合、それを率いる者の素質とは純粋な強さ。集団の規模がトップの強さの表れである。

 ならば、前代未聞の数を率いる"王"とやらの強さは如何程であろう。

 

 

「ようやく貴方の大剣二刀流が見れそうで嬉しいわ」

 

「それは緊張しますね。一流とは口が裂けても言えませんが、この剣が飾りでないことはお約束します」

 

 

 モモンのやけに落ち着いた反応が、スカマの誇りに火をつけた。

 実は撤退の可能性も残してはいるが、それをおくびにも出さずにスカマは不敵な笑みを返す。

 

 

「さあ、お供も付けずに呑気に散歩してる、自称"王"とやらを討ち取りに行くわよ」

 

 

 冒険者の先立として、可愛い後輩たちに『四武器』の力を見せてやろう。

 

 

 

 

 空が僅かにオレンジ色に染まり始めた頃、森林付近の平野に一つの小さな影が現れた。

 頭には黄金の冠。

 煌びやかな装飾の服装

 たなびくは紫紺のマント。

 十人に聞けば九人がそれを"王"、または勇者などと形容するような見た目だ。

 

 

「……標的確認。攻撃を開始する。〈雷撃(ライトニング)〉!!〈火球(ファイヤーボール)〉!!」

 

 

 ――もっともその肌が薄い緑色、つまりはゴブリンでなければの話だが。

 

 

「二発とも命中。盾や魔法で防御された気配もない。……だが妙だ。相手からもこちらは見えていたはずだが、躱す素振りがなかったように思える」

 

「ビビって固まったとかか? マジでゴブリンだったのにはこっちも驚きだよ。ついでにこれで終わってくれたら楽なんだがなぁ」

 

「煙が晴れるまで待機。まだ抵抗してくると思って気は抜かないで」

 

 

 その存在を視認し射程に捉えた時点で、四武器の魔法使いは異なる属性の魔法を二つ放った。

 「お前はモンスターを率いる"王"なのか?」なんて聞くこともなく、問答無用の不意打ちである。

 スカマは耳に届く爆音を聞き、仲間の優秀さに頼りがいを感じた。やはり何度見ても凄まじい威力だ。

 

 

「――人間を配下に加えた記憶はないが、そっちの魔獣も初めて見る顔だな。俺の出迎えか?」

 

 

 しかし、〈火球〉による爆炎と煙が晴れた時、そこには焦げ目ひとつない無傷のゴブリンが平然と立っていた。

 奇襲に驚くでも怒りを見せるでもなく、何事もなかったかのように首を傾げている。

 軽口を叩いていた四武器の盗賊は、「嘘だろ」と思わずぼやいた。

 

 

「っ怯むな!! 打ち合わせ通りに!! 前衛、前に出るわよ!!」

 

 

 不意の攻撃から味方を守るべく、モモン、ハムスケと共に並び立って壁となるスカマ。

 だが、毅然とした声で指示を飛ばす彼女のヘルムの下では、眉間に深く皺が寄っていた。

 

 

(あの威力で無傷!? 炎と雷が効かない? それとも回数限定の魔法無効化? いや、当たったように見えて本当は躱されていたの?)

 

 

 いくら高位の第三位階魔法とはいえ、遠距離攻撃の二発だけで倒し切れると考えるほど、スカマも楽観視はしていなかった。

 最初は相手の弱点を探るため、色々な属性や攻撃方法を試すつもりだったからだ。

 しかし、無防備に魔法が直撃しておきながら、目に見えてダメージが無いのは想定外だった。

 

 

「次は某の番でござる!!」

 

「まだ街襲ってないんだけど、もう討伐隊が組まれちゃったのか」

 

 

 一度攻撃されたにも拘らず、ゴブリンは暢気にも武器すら構えず近寄ってくる。

 切り結ぶにはまだ遠すぎるため、追撃として陣形の一番前に出たハムスケの尻尾が相手を殴り潰さんと高速で弧を描く。

 

 

「ま、無駄なんだけどな」

 

 

そして、そのままゴブリンの側頭部に吸い込まれるように直撃した。

 

 

「……今の感触、手応えなしでござるな。皮膚が硬い訳でもござらんし、武技でござるか?」

 

「悪いな。俺は生まれつき"無敵"ってやつなんだ。そこらの有象無象とは格が違うんだよ」

 

 

 しかし、先程と同じ結果に終わった。

 ゴブリンはハムスケの一撃によろめくこともなく、再び何事もなかったかのように歩き出す。

 ものは試しと放たれたネムのパチンコによる射撃、魔法使いの〈酸の矢(アシッドアロー)〉と〈魔法の矢(マジック・アロー)〉、リリネットの〈衝撃波(ショック・ウェーブ)〉も、当然の如く意に介さない。

 

 

「……いい加減理解したか? 人間は学習する生き物なんだろう?」

 

「くそっ!! 外してるわけじゃねぇ。確かに当たってんのに、どうなってんだ!!」

 

 

 目を見開き、観察に徹していた盗賊が叫んだ。

 奇襲で得た一方的な攻撃の機会というアドバンテージはあっという間になくなり、気づけば互いの距離は十メートル程にまで縮まっている。

 

 

「くっ、本当にゴブリンなのか? これだけ浴びせて一つも通じないなんて、一体どんなカラクリが……」

 

「雷・炎・酸・無属性の魔法は効かず、殴打属性の尻尾も効果なしか。ふむ、どれもゴブリンの種族特性ではないな。装備の力か?」

 

 

 どんな攻撃が当たっても微動だにしない。

 最も多くの攻撃手段を試した魔法使いが、焦れたように疑問を口にする。

 モモンも魔法使いと同様の疑問を抱いているのか、珍しげにゴブリンを観察している。

 

 

「こんな奴が今まで森に潜んでたなんて……」

 

「俺は正真正銘ゴブリンだが、まさか何も知らずに俺の首を狙ったのか? お前ら人間でも、俺の名前くらいは知ってると思ったが……」

 

 

 ゴブリンは相変わらず警戒心のない顔で、ぽりぽりと頭を掻いていた。

 これだけの人数差がありながら、脅威と思われていない事実が余計にスカマを焦らせる。

 

 

「死ぬ前に餞別として教えてやろう。……我こそは、竜すら屠ったゴブリン王の血を引く者。種の限界を超えた、伝説の英雄の末裔……」

 

 

 人間にも知られているという、絶対の自信があるのだろう。

 まだ少し遠い位置に立つゴブリンから開示されていく情報に、スカマも正体を想像せざるを得なかった。

 

 

「すなわち、『ジュゲム』の名を継ぐものである!!」

 

 

 ――ありえない。

 スカマの額から一筋の汗が流れ落ちる。

 王に相応しい堂々たる名乗りに合わせ、その身に纏う気配も威圧的になったようにすら感じた。

 

 

(不味い。トロールより強いのは覚悟してたけど、比較にならない危険度じゃないっ。あの不可解な防御が突破出来なければ……)

 

 

 英雄となったゴブリン『ジュゲム・ジューゲム』の物語なら、スカマも幼い頃に耳にして記憶している。

 内容は朧げだが、ドラゴンと一騎討ちをした。武器は木の枝だった。人間の姫と結婚したなど、話が無茶苦茶過ぎて単なる御伽話の一つだと思っていた。

 

 

(倒し切れるとは思えない。せめて機動力を削いで撤退するチャンスを作る!!)

 

 

 しかし、目の前の小さな存在は荒唐無稽な伝説が真であると、その片鱗を感じさせてくる。

 トロールやオーガの半分にも満たない大きさでありながら、その存在感はスカマがこれまで出会ったどのモンスターよりも大きい。

 

 

「どうだ。俺の偉大さが分かったか?」

 

「先祖が凄くて何が偉いのか、某にはさっぱりでござる」

 

 

 相手はこちらの味方である『森の賢王』に勝るとも劣らない、伝説的な強者の気配を発している。

 だが敵対している分、スカマには相手の方が強いとすら思えた。

 それでも当のハムスケは臆さず、賢王らしく無知な者への哀れみすらあるようだった。

 

 

「それが事実なら色々と聞きたいくらいだが、これも仕事だからな。私情を挟まず一旦討伐させてもらおう」

 

「過去の栄光では、現実の強者に太刀打ち出来ないと思い知るがいいでござるよ。いや本当に」

 

「吠えたな、人間に魔獣? 望み通り皆殺しに……」

 

 

 己を無理やり奮い立たせている隣で、モモンは淡々と両手に大剣を構えた。

 隙のない構えは堂に入っており、苦もなく片手で大剣を持ち上げる筋力には目を見張るものがある。

 ジュゲムに異常な能力を見せられた後だというのに、敗北を考えていないのは――自分と同じでそう見せているだけだとしても――大した胆力だ。

 

 

「……ほう!! デカすぎるホブ人間しかいないかと思えば、妙齢の雌もいるじゃないか」

 

 

 急に何かに気づいたのか、ジュゲムが顔を輝かせた。

 下卑た視線をこちらに向けながら、舌舐めずりまでしている。

 いやらしい顔つきだ。こっちは命懸けで戦おうというのに、相手からすれば欲を満たす手頃な獲物でしかないのだろう。

 

 

(ちっ、気色悪いゴブリンめ)

 

 

 スカマもこういう手合いは知っている。野盗などの犯罪者と対面した時によくある反応だ。

 魔物や亜人種が人間をそういう目で見るのは珍しいが、どの種族にも変わり者の変態はいるということだろう。

 予想通りその醜悪な瞳は、豊満な体をした仲間のリリネットを捉えて――

 

 

「そこの魔獣に乗った雌。大人しく降伏するのであれば、お前は俺の愛玩動物として飼ってやろう。命だけは保証してやるぞ?」

 

「……え、私?」

 

 

 ――いなかった。

 スカマは戦闘中だというのに、頭が一瞬だけフリーズする。

 スカマだけでなく、周りの仲間も反応できずに固まっている。

 指を差されたネムは、年齢の割に聡い少女だ。

 それでも今回ばかりはすぐに理解出来なかったようで、眉を八の字にして困惑している。

 

 

「せ、戦略的後退でござる!!」

 

 

 そして、ネムが相手の意図をはっきりと理解する前に、顔を青くしたハムスケが器用に素早く後退りしていた。

 前衛としての陣形を崩す程ではないにしろ、何故だと言いたくなるくらい必死の全力後退である。

 

 

「……この変態ペドゴブリンが。斬撃耐性もあるかどうか――試してやる!!」

 

 

 理由は一目瞭然。

 背後に控えるモモンが右腕を大きく引き、その手に持った大剣を投擲する体勢に入っていたからだ。

 迫力がありすぎて、どこの魔王だと言いたくなる。

 射線上からハムスケが離れた直後、ジュゲムに向かって一直線に大剣が飛び、唸りを上げる黒い弾丸と化した。

 

 

「えぇ…… 飾りじゃないって、そういう使い方? なんて馬鹿力……」

 

「すげぇじゃねえか、モモンさんよ。こりゃあのゴブリンでも風穴あいて真っ二つだろ」

 

 

 その荒技に盗賊は口笛を吹いて賞賛した。

 他の仲間も呆気に取られており、この場にいる誰もがジュゲムの最期を期待する。

 

 

「おいおい、新調したばかりの装備が破けるかと思ったじゃないか。剣を投げるとは野蛮だな」

 

 

 だが、その期待はあっさりと裏切られる。

 ジュゲムも分かりきっていたことを確認しただけのような、わざとらしい驚き方だ。

 

 

(嘘でしょ。あの重量を受け止めてよろめきもしないの?)

 

 

 棒立ちしていたジュゲムに、モモンの投げた大剣は確かに直撃している。

 しかし、大剣は腹部に触れただけで突き刺さらず、数秒ほどで勢いが止まって地面に落ちた。

 ジュゲムは当たった箇所をさすっているが、傷一つ見当たらない。

 

 

(もし魔法だけじゃなく、打撃も斬撃も通らないんだったら……)

 

 

 スカマの持つトマホークも、分類としては斬撃のダメージを与える武器。

 最悪の想像に唾を飲んだ。

 自身の武器がこれほど頼りなく感じたのは、冒険者になってから初めての経験だった。

 

 

「ダメージの軽減じゃないな。ノックバックも発生していないところを見ると、やはり無効化の類いか」

 

「違うな。無敵だ。そう言っただろう?」

 

 

 ジュゲムはモモンの言葉に口の端を歪める。

 スカマが一挙手一投足に注意していると、おもむろに背中に手をやり、マントの下から木製の細い棍棒のような物を取り出した。

 樹皮が付いたままの未加工な造形にも見えるが、独特の輝きを纏っている。

 間違いなく魔化が施された武器だ。

 

 

「まあいい、久々の挑戦者だ。ちゃんと武器を交えて遊んでやるよ。さあ、我が力の前に恐れ慄くがいい!!」

 

「何百年も薄まった伝説が、どれ程のものか見せてもらおうじゃない!!」

 

 

 ――〈二重(ドッペル)

 スカマはジュゲムの挑発に応えるように、トマホークに込められた魔法を発動する。その効果により、本体に追従する形で自動で攻撃をしてくれる、半透明の全く同じ形のトマホークが現れた。

 そして、スカマは魔法の武器による斬撃なら通るかもしれないという、僅かな希望をこめて相手の反応を窺う。

 

 

「魔法とか剣が効かない人くらい、いっぱい見たことあるもん。お前なんか全然怖くないぞー!!」

 

「無効化はされたが、実体があるのは確かなようだ。直に首をへし折られても死なないのか試してやろう」

 

「締め落とせば窒息して死ぬ作戦でござる!!」

 

「……ぇぇ、正気か? お前らゴブリンより野蛮すぎない?」

 

 

 ジュゲムはモモンたちのギラついたやる気に困惑しているだけで、自分が眼中にも無いことだけは理解した。

 後輩たちの戦意が消えていないのは良いことだと、スカマは腑に落ちない気持ちに蓋をするのだった。

 

 

 

 

 ハムスケが全力で動き回れるよう、ネムはその背中から降りてコソコソと相手の側面に移動していた。

 そこから仲間に誤射をせず、確実にパチンコを当てられる機会を窺う。

 人数差があるとはいえ、相手は小柄なゴブリン。三人の前衛が同時に攻撃をするには的が小さ過ぎるようだ。

 

 

(モモンガたち、相手が小さくて戦いにくそうだけど、凄い……)

 

 

 そのためリーチは長いがある程度大振りなモモンガの隙を、小回りの利くスカマが埋める形で連携をとっている。

 即興とは思えないレベルで交互に攻撃を繰り出せるのは、モモンガがチームでの戦いには慣れていることと、純粋にスカマの経験と技量の賜物なのだろう。

 

 

「〈太陽光(サンライト)〉!!」

 

「〈能力向上〉、〈斬撃〉!!」

 

「そこでござる!!」

 

「眩しっ!? っと、ちょこまかと鬱陶しい尻尾だ。つい無意識に反応してしまった」

 

 

 さらに相手の意識外を狙うように、ハムスケの尻尾による攻撃が追加される。

 それに後衛による補助魔法などの援護――一応自分のパチンコも――まであるというのだから、こちらが優勢でなければおかしいくらいだ。

 

 

「無敵の癖に上手いこと防ぐんだな」

 

「驚いたか? ただ力任せに得物を振り回すだけのトロールなんかと同じと思うなよ。無敵でも技術はあるんだぜ」

 

 

 しかし、常人どころか某戦士長ですら仕留められそうな連撃を、ジュゲムは軽々と捌ききっている。

 的確にハムスケの尻尾を武器で弾き、小柄な体格を活かして二人の攻撃に挟まれないように動いている。

 

 

「そろそろこっちの番だ」

 

 

 モモンガの振り下ろしを受け流した後、ジュゲムは連携の繋ぎ目を捉えた。

 スカマが追撃するために前に出た瞬間、その踏み込みに合わせ、斜めにステップして彼女の側面に回り込んだのだ。

 

 

「そこらのゴブリンとは一味違うぞ――〈ゴブリンの一撃〉」

 

「っ!? 〈重要塞〉!!――っぐぁ!?」

 

 

 ジュゲムが横薙ぎに振るった一撃を、スカマは咄嗟に武技とトマホークで受け止めたように見えた。

 だがその拮抗は二秒と持たず、メキっという嫌な音と共にスカマは大きく吹き飛ばされてしまう。

 怪しい能力や技術だけでなく、体格差が意味をなさない程のパワーもあるなんて反則的だ。

 

 

「一度態勢を整えてください!! 今はこちらで時間を稼ぎます!!」

 

「はっ。お前も防げるか試してやる。そら、〈ゴブリンの一撃〉!!」

 

 

 盗賊を除いた四武器のメンバーがスカマに駆け寄る中、モモンガはハムスケと共に相手に向かって踏み込んだ。

 両手で握ったモモンガの大剣とジュゲムの棍棒がぶつかり合い、その衝撃で小さな爆発が起こったように風が吹く。

 ジュゲムは反動で一歩下がりつつ、不意をついたハムスケの尻尾すら躱しきった。

 一方でモモンガは後ろに数歩分たたらを踏み、地面を踵で抉っていた。

 ――モモンガの方が力負けしている。

 

 

「大抵のやつはこれで死ぬんだが、さっきのもお前も大したもんだな。トロールよりずっと馬鹿力だ」

 

「ちっ、本当によく防ぐやつだ。中々体には触れさせてくれないんだな」

 

「さっきから某の尻尾も弾かれたり避けられてばかりでござる。本当に無敵でござるか?」

 

「王様がそう簡単に他人に体を触れさせると思うか? 最初の尻尾はサービスで当たってやっただろ……っ」

 

 

 ここは闘技場とは違う。安全とは言い難い距離で自分も争いの場に立っている。その上相手はモモンガより力も強いらしい。

 二つの事実に心臓の鼓動が早くなるが、ネムも負けじと視覚の外から不意をついてパチンコを放つ。

 本当に気づかなかったのか、防ぐまでもないのか。相変わらず自分の攻撃をジュゲムは避けようともせず、真っ直ぐに飛んだ弾は耳に当たった。

 

 

(あれ、今ちょっと反応した?)

 

 

 ネムはほんの少しだけ違和感を感じた。

 デコピンされた程度の反応かもしれないが、自分の放った弾で耳が動いた気がしたのだ。

 外さないように出来るだけ近づいていたから、たまたま気付けた程度の微妙な動きだ。

 

 

(さっきも似たようなところに当たった気がするけど、気のせい?)

 

 

 ネムは離れたり近づいたりを繰り返しながら、色んな部位に何度もパチンコを撃ってみた。

 自分が何かを確かめようとしているのを察してか、モモンガとハムスケは派手な動きでジュゲムの意識を釘付けにしてくれている。

 盗賊も同じように投げナイフで援護してくれている。

 

 

(……やっぱりそうだ。きっとこのゴブリン、無敵なんて嘘だ)

 

 

 おかげで確信が持てた。

 自分のパチンコは魔法の武器なので、距離で威力が変わることはない。それなのに、ジュゲムの反応が僅かに変わる時がある。

 

 

「おーい!! 本当に無敵なら、私の攻撃くらい当たってくれてもいいよね」

 

「は? なんだいきなり?」

 

 

 ネムの目論見通り、ジュゲムは今気づいたと言わんばかりに、自分の方に顔を向けてきた。

 モモンガとハムスケも驚きつつ、攻撃の手を止めて様子見してくれている。

 ネムは一度お守りの指輪を意識しつつ、ギュッと手を握りしめた。

 そして、ある作戦を実行するため、震えを隠して自分からジュゲムに近づいていった。

 

 

「もしかして直撃するのは怖い?」

 

「水浴びもしてない手で触れられるのはゴメンだが…… まあお前なら一撃くらい許してやってもいいぞ。そら、そんなに疑うなら撃ってみろよ」

 

 

 ジュゲムは予想通り無防備に体を広げた。

 やはり当たってもいいと思ったのだろう。

 この場にいる中で、最も弱い自分にならそうしてくれると信じていた。

 

 

『――下手くそなのか無意識なのか知らないけど、顔とかの急所、全然狙ってないよね?』

 

 

 ネムは聖王国でクレマンティーヌに言われたことを思い出す。

 自分には覚悟がなかった。

 自分が傷付くことだけじゃなく、相手を容赦なく傷付ける覚悟が。

 

 

(私だって……)

 

 

 自分の攻撃は牽制にしかならない弱いものだ。

 でも相手を怯ませるためには、脅威だと認識してもらわないといけない。

 なのに、自分には敵を倒そうという気概が足らなかった。

 牽制さえすれば、あとはモモンガやハムスケが倒してくれる。役割分担としては正しいが、それに甘えて自分の攻撃は気の抜けたものになっていたのだろう。

 

 

「外したくないから近くで撃つね」

 

「……どこからやっても同じだ。そんな玩具は毛ほども効かんぞ」

 

 

 ジュゲムは一瞬だけ嫌な顔した気がする。

 傲慢な嘲笑を無視し、ネムは黙ってパチンコの弾受けを引き絞った。

 後は自分の予想が当たっていることを祈るだけ。

 弾も挟み込まず、限界まで伸ばされたゴムがギチリと音を鳴らした。

 

 

「っ……」

 

「わからんやつだ。恐怖で弾をつがえることすら忘れたか?」

 

 

 こちらの意図が読めずに怪訝な顔をするジュゲムに向かって、ネムはさらに一歩踏み込む。

 正直とても怖い。何かあればモモンガたちがカバーしてくれると信じてるけど、こんな距離まで敵に近づいた経験は全然ない。

 ネムは短く息を吐き、相手に手で触れられるほどの距離に近づき――

 

 

「弾がなくても痛いんだよ?」

 

 

 ――パチンコをすっと下半身に向けると、伸び切ったゴムを手から離した。

 ジュゲムは何かに気づき、目を見開いた。

 ハラハラしながら見守っていた盗賊の表情は凍りついた。

 

 ――致命的な一撃(スーパーネムティカル)

 

 弾受けが直接ジュゲムの股間部分に直撃し、バチンという鞭を叩きつけたような鋭い音が弾けた。

 

 

 

 

「おーい!! 本当に無敵なら、私の攻撃当たってくれてもいいよね」

 

「は? なんだいきなり?」

 

 吾輩は小鬼(ゴブリン)である。名前はジュゲム。

 当たり前だが、自分は無敵ではない。

 どんな攻撃も無効化するような生物は、この世に存在する訳がない。

 ジュゲムの持つ本当の生まれながらの異能(タレント)は、『一定以上離れた相手からのダメージをゼロにする』というものだ。

 大変便利な力である。しかし弱点もある。

 例えば遠距離攻撃の魔法や弓矢などでも、近い距離から放たれれば当然ダメージを喰らってしまう。

 だとしてもこの人間の飛び道具は弱過ぎる。

 自分の素の防御力だけでも、ほぼ無傷で耐えられる程度でしかなかった。

 

 

(さっきからちょくちょく当たってたが、あれならどんだけ近距離でも負傷するほどじゃないな)

 

 

 自身が無敵であるという演出のため、ある程度無防備になるのは仕方ない。

 小柄な人間の行動に一々警戒の動きを見せれば、無敵にはタネがあると気づかれかねないからだ。

 だが接近戦が思ったより長引いているため、漆黒の戦士と魔獣に怪しまれかけている。

 そのためジュゲムはこの人間の提案を呑んで、無敵の力を改めて信じ込ませるつもりだった。

 

 

「弾がなくても痛いんだよ?」

 

 

 しかし、その演出の対価はあまりにも大きかった。

 

 

「――っぅゔゔ!?」

 

 

 パチンコの弾受けが自分の急所に当たった瞬間、ジュゲムは脳が弾けて頭が真っ白になった。

 世界から音が消え、永遠にも思える一瞬が過ぎた後、一拍遅れて脳が現実を認識する。

 ジュゲムは力尽きたように蹲った。

 頭に浮かぶのは言葉にすらならない"痛い"という事実のみ。

 痛い。痛い痛い痛い。痛すぎる。他に何も考えられない。吐き気すら催す痛みだ。

 

 

(い、痛い。なんだこれは痛すぎるっ!!)

 

 

 自分より格下の存在からの攻撃など、通常はなんの痛痒も感じない。仮に寝込みにナイフを突き立てられようが、相手が雑魚なら血の一滴すら流すか分からないほどだ。

 この世界の強者と弱者の間には、それくらい隔絶した差が存在する。

 

 

(こいつ、躊躇いもなく雄の象徴をっ……)

 

 

 しかし、何事にも例外はある。

 これはどんなに肉体が強くなっても駄目だ。

 鍛えられない部位だ。雄ならば耐えられない。雄にしか分からない。久しく味わっていなかった痛みだ。

 

 

(内部から破裂したような、灼熱か!? 芯まで凍りついたように痛い!! 悪魔っ!? 雄を誘惑し、雄の雄を破壊する悪女め!!)

 

 

 ジュゲムは在らん限りの罵倒を尽くす。

 しかし、あまりの苦しみに言葉として口から出すほどの余裕が持てない。

 魔法の武器というのが災いしたのか、何か別の補正があったのかは分からないが、通常のスリングショットでは起こり得ない程の痛みが襲ってきている。

 

 

(伝え聞く八欲王をも超える外道がぁ……)

 

 

 自分の中にこんなにも苦しみを表現する語彙が眠っているなど知りもしなかった。

 悶絶したジュゲムは啜るように息を吸って、辛うじて汚い悲鳴を呑み込む。

 いや、呑み込んだつもりで漏れているのかもしれないが、それも自分では認識できない。

 

 

「フーッ、フーッ……」

 

 

 呼吸を整えようとするが、嫌な汗は止まらない。

 剣で斬られたことはある。

 棍棒で殴られたことも、槍に貫かれたこともある。

 魔法による攻撃も近距離なら通るため、焼かれるようなダメージすら経験済みだ。

 

 

「……ぅおぇ、はぁ、はぁぁっ」

 

 

 しかしそんなもの比較にもならない。

 これまで戦いで負ったどんな傷より痛く、屈辱だ。

 なにより痛い。それしか分からない。

 戦闘で負う斬撃や殴打より遥かに軽傷なのに、皮膚で感じた瞬間的な痛みは涙を滲ませるものがあった。

 

 

「おのれぇぇっ!! 人間如きがぁぁっ!!」

 

 

 両腿をバチンと叩き、新たな痛みで股間の激痛を誤魔化しながらジュゲムは立ち上がった。

 王の矜持を示したかったが、前屈みの内股で叫ぶ様はどうにも締まらない。

 卑劣な一撃を放った人間の雌は、いつの間にか仲間のもとに駆け込んでおり、狡猾にも既にこちらに反撃させない距離をとっている。

 

 

「ええぃ、今すぐにでも――ちっ、なんだこれは?」

 

「へへっ、これが盗賊のやり方ってな。お嬢ちゃんが根性見せたんだ。俺だって良いとこ見せなくちゃな」

 

 

 ジュゲムの肉体能力なら、すぐにでもあの雌に向かって飛び込める。

 そう思って足に力を込めた時、ネバネバとした物が足元に絡みついていることに気がついた。

 

 

「特製の粘着剤だ。無敵のゴブリン様でも、ダメージ以外は無効化できないらしい」

 

「小癪な!! こんなもの邪魔のうちにも入らん!!」

 

「地面がこれだから効果半減は認めるが、少しでも動き辛いなら儲けもんさ」

 

 

 どうやら自分が痛みに苦しんでいる隙に、錬金術で作られる特殊な薬剤か溶液を撒かれたらしい。

 土や雑草の地面に固定されるほどの粘着性はないが、足同士がくっ付くと非常に煩わしい。

 

 

(クソがっ!! あの人間だけは許さん。愛玩動物ではなく文字通り玩具にしてくれる!!)

 

 

 ジュゲムの頭の中は怒りでいっぱいだった。

 あんな攻撃は油断しなければ、当てさせようとしなければ当たるものではない。この粘着剤にしたってそうだ。

 そもそも股間以外の場所であれば、精々チクリとした一瞬の痛み程度で、自分は無敵だと笑い飛ばせたはずだ。

 欲を出して追撃してくれれば、次の一撃は確実にカウンターしてやれたものを。

 

 

「……ネムの一撃で確信が持てたよ。お前は斬撃や打撃、魔法などに耐性がある訳ではない。もちろん飛び道具にもな」

 

 

 不意に向けられた漆黒の戦士の言葉で、ギクリと心臓が高鳴る。

 怒りで昂った感情が、急速に冷えていく。

 

 

「粘着剤が僅かでも効果があるところをみるに、重要なのは攻撃の威力や系統じゃない。――距離なんだろう?」

 

「な、何を根拠に。私は無敵だ!!」

 

「いや、あれだけ醜態を晒しておいて今さら無敵は無理だろ」

 

 

 先程までは緊迫した空気が流れていたはずだ。

 人間たちからは伝説に挑む覚悟が感じられたのに、今は残念な物を見る目が混じっている。

 まるで取るに足らない手負いのゴブリンと同一視されているようだ。

 

 

「思えば始めから違和感はあった。最初のハムスケの尻尾は無防備に受けたのに、接近戦を始めてからの尻尾は躱したり防いでいたよな」

 

「っ!?」

 

「というか、接近戦を始めてから攻撃を綺麗に防ぎ過ぎだ。PvPの基本がなってないぞ」

 

「簡単に防げる程度だと教えてやったまでだ!!」

 

致命的な一撃(ネムティカル)防げてないじゃん。……ゴホン。つまりお前の能力の正体は、遠距離攻撃を無効化するものではない。一定以上距離が離れた者からの攻撃を無効化することだ!!」

 

 

 漆黒の戦士の周囲に響く無駄に大きな宣言。

 完全に自分の能力を見破られ、ジュゲムは言葉に詰まった。

 チラリと敵の後方を見ると、先ほどダウンさせた雌の戦士がもうそろそろ復活しようとしている。

 

 

「やっぱり無敵は嘘でござったか」

 

「接近戦で俺の方が強いのには変わらん!!」

 

 

 ジュゲムはベタベタとした足の感触を無視して、漆黒の戦士に向かって距離を詰める。

 能力がバレた以上、相手が復活してくる前に一人でも多く前衛を削らなければならない。

 特に人数が増えれば、魔獣との戦闘で厄介なことになると判断したからだ。

 

 

(鎧ごとぶち抜いてくれる!!)

 

 

 行手を阻むように飛んできた尻尾と投げナイフを躱すと、ジュゲムは渾身の力を込めて〈ゴブリンの一撃〉を漆黒の戦士に放った。

 

 

「馬鹿な!?」

 

「これが基本の一つ、虚偽を掴ませるってことだ。勉強になったな?」

 

 

 ジュゲムは驚愕に目を見開く。

 一度目の鍔迫り合いは、確実にこちらの力で押し切れていたはずだ。

 しかし、掬い上げる軌道を描いた一撃は、漆黒の戦士に受け止められている。

 押し飛ばそうと力を込めているはずなのに、相手は微動だにしない。

 そう、まるで本物の無敵であるかのように。

 

 

「――〈負の接触(ネガティブ・タッチ)〉。せめてお前は彼らに討伐されてくれないと、困るんでな」

 

「うっ、力が…… お前何を!?」

 

「皆さん、敵は能力がバレた反動で弱っています!! あとはお願いします!!」

 

 

 漆黒の戦士は残った一本の剣も手放し、小さく何かを呟く。

 その両手に掴まれた途端、体から力が抜けていくのが分かった。

 握力もみるみるうちになくなり、棍棒まで取り上げられた瞬間、体に浮遊感を覚える。

 ――こいつ、俺を投げやがった。

 

 

「距離が近ければ魔法も物理も通るそうだ。――〈下級筋力増大(レッサー・ストレングス)〉。いけるな、スカマ?」

 

「ええ、もちろん。最後くらい先輩らしく仕事をしましょうか。〈能力向上〉」

 

「回復で結構魔力を使ったから、仕上げは二人に任せるわ」

 

 

 どんどん縮まっていく着地点に待ち構えるのは、三人の人間。

 漆黒の戦士が無駄に大声で叫んでいたのは、後方にいるこいつらに情報を伝えるためでもあったらしい。

 完全に復活した雌の戦士は魔法で強化され、片手で持っていたトマホークを両手で持ち直し、大上段に構えている。

 

 

(受け身を!? いや、防御を、くそっ体が重い!? あの黒いやつ何しやがっ――)

 

 

 地に足がついていなくても、万全の状態なら素手で攻撃を受け流すくらいはできたはずだ。ジュゲムは妙にゆっくりに感じる思考で毒づいた。

 しかし、ジュゲムはそのまま空中でなす術もなく、能力が発動しない的確な距離で〈雷撃〉をくらう。

 とどめに怒りのこもった雌の戦士の一撃で、王冠ごと頭をかち割られた。

 

 

 

 

おまけ〜仕事が終わったら〜

 

 

「まったく、いきなり近づいて来てヒヤヒヤしたぞ。敵のカラクリを見抜いたなら、先に言ってくれても良かったんじゃないか?」

 

「それは、うん。ごめんなさい……」

 

「でも、お手柄だったよ。よく気づけたな。凄かったぞ」

 

「そうでござる。某もどうなることかと…… でも結果的に生きてるんでござるから、反省は次に活かして今は胸を張るでござるよ」

 

「うん!!」

 

 

 小さな反省会をしているモモンたちの元に、スカマは兜を外しながら近づいた。

 

 

「お疲れ様。本当に三人とも良い仕事ぶりだったわ」

 

「ありがとうございます、エルベロさん。最後に頼って無理をさせてしまいましたが、もう体の方は大丈夫なのですか?」

 

「あらかた回復してもらったし、問題なかったわ。それより、最後に譲ってくれなくても、貴方なら倒し切れたんじゃない?」

 

「いえ、気合いで投げましたが、敵の一撃を受け止めた時に、実は結構体がキツくて……」

 

「……そう。そういうことにしておくわ」

 

 

 ハムスケにとどめを刺させる方法もあっただろうに。

 腕をぷらぷらとさせるモモンに、あえてそれ以上の追及はしなかった。

 ふと、スカマはリリネットが妙に静かなことに気付く。

 負傷はしていないはずだが、自分の回復にかなり力を使ってもらったので、疲れているのだろうか。

 

 

「モモンさん……」

 

 

 リリネットがモモンに向ける視線に、熱がこもっているのを感じた。

 ――まさか惚れたのか?

 スカマはジュゲムの名を聞いた時以上、今日一番の衝撃と混乱を覚える。

 

 

「あの、モモンさん」

 

「ああ、ピアニさん。お疲れ様でした。あれ程早くエルベロさんが復帰できたのは、貴女の回復魔法のお陰ですね。助かりました」

 

 

 あの筋金入りのショタコンが?

 地方領主の子供の人数性別年齢まで全て把握しているこいつが?

 休日は孤児院にボランティアに行き、密かに涎を垂らしまくっているこいつが?

 モモンに声をかけた今のリリネットからは、そんな残念さなど微塵も見えない。

 

 

「……私、気づいてしまったの」

 

「あの、ピアニさん?」

 

 

 確かに力強い戦いっぷりだった。二枚目とは言い難いが、誠実な人柄だ。

 ――でもあのリリネットが、歳上の男に?

 リリネットは神妙な顔で何かを言おうとしている。

 性癖と真反対の男に近づいていく仲間の姿を、スカマはゴクリと唾を飲み込み見守った。正直今日の戦闘よりも緊張している自分がいる。

 

 

「貴方も小さい子が好きなんでしょ」

 

「……は?」

 

 

 リリネットの真剣味のこもった言葉に、モモンの素の困惑が伝わってきた。

 ――なんて残念な女だ(やはりリリネット)

 一緒に死線を潜り抜けた相手に、どうしても伝えたいことがそれなのか。

 他人の機微に聡い、良い女要素が一瞬で抜け落ちた。

 

 

「分かってしまったの。あの時のゴブリンに向けての啖呵、『俺の女に手を出すな』ってことでしょ?」

 

「いや違います」

 

「ネムちゃんに不埒な視線を向ける輩が許せなかったのよね」

 

「合ってるけど違います」

 

「大丈夫、理解してるから。貴方は欲望のために相手の気持ちを踏み躙る下衆とは違うわ。熟れてない果実が好きなだけの紳士。つまり私の同士ね!!」

 

「違います。ペロロンチーノ(ロリコン)じゃありませんから」

 

 

 なぜこんな奴が信仰系魔法を第三位階まで使えるんだ。本当に土神を信仰しているのか。

 ピンチに治療してもらったばかりにも拘らず、スカマは今更ながら仲間に対して辛辣に思った。

 

 

「モモンさん、どうやってあんな素敵なパートナーを見つけたの? ネムちゃんに紹介してもらえなかったら、私次はどうするべきかしら」

 

「ネムにはそんなこと頼まないでくださいね」

 

「孤児院以外にも子供と合法的に触れ合える場所があるといいんだけど…… どこに行けばいいと思う? おススメがあるなら国境を越えても行くわ!!」

 

「衛兵の詰め所に行かれては?」

 

 

 勘違いでも真っ当な同好の士を見つけた喜びか、口の端に涎が垂れかけた本当に酷いツラだ。

 あれを見て美人だと思う奴はいないだろう。百年の恋も覚めそうだ。

 

 

「ねえ、どうして私の耳を塞いでるの?」

 

「悪いなお嬢ちゃん。仲間ってのは、こうしてフォローしてやるもんなんだ」

 

「すまない。私が〈静寂(サイレンス)〉を使えたら迷わず使うんだが、しばらくそうしていてくれ」

 

 

 やれやれといった顔の盗賊が、見事な機転を利かせている。

 今回は死にかけたこともあり、仲間の大切さを非常に噛み締められる。

 

 

(こんなことが考えられるのも、生きてこそよね)

 

 

 リリネットが自らの幸せのために暴走する姿を見て、スカマは仕事が終わったことを実感するのだった。

 

 




圧倒的物量差があるピンチから始まったのに、一人を袋叩きにする形になりました。
だって普通にぶつかったら『四武器』が全滅してしまうから・・・
ちなみに森に残ったモンスターたちは、ハムスケがジュゲムの死体を持って行って解散させました。
絶対に二度は成功しない、奇跡の一撃を放つネムでした。
無茶は注意されたので、もう二度とない戦闘シーンで真っ当に活躍する貴重なネムですね。
あと不名誉と共に、リリネットからの仲間意識が上がったモモンガでした。

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