不思議の墳墓のネム   作:まがお

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前回のあらすじ

「無敵のゴブリンなんて嘘だったね」
「なんとか功績は四武器に押し付けれた・・・」
「モモンさんは紳士で私の同志」

今回はギャグ回の詰め合わせです。


幕間 ねむねむぷれあです

〜特別講師ネム・エモット〜

 

 

 どこにあるかは知らない謎の場所。

 けれど魔法なら一瞬で招待してもらえる友達の家――ナザリック地下大墳墓。

 

 

(ナザリックのメイドさんに教えることなんてあるのかな?)

 

 

 本日のネムは、なんと教える立場。

 なんでも対人間用のコミュニケーション能力向上のため、特別講師をしてほしいとのことだ。

 

 

「……いらっしゃい。……今日は、ネムも覚悟しておいた方がいいかも」

 

「わ、わかった」

 

 

 あの洗練されたメイドたちが、これ以上何を学ぶ必要があるというのか。

 腑に落ちないけれど、来た以上はわかったと言うしかない。

 部屋まで案内してくれるシズに念押しをされ、ネムは少しドキドキしながら応接室へ足を踏み入れた。

 

 

「いらっしゃいませ。上等生物(ネムリユスリカ)――ゔっ!?」

 

 

 

 お辞儀をしながら出迎えてくれたのは、とっても美人な戦闘メイドの一人。黒髪ポニーテールがトレードマークのナーベラル・ガンマだ。

 しかし、ナーベラルが聞き慣れない言葉を口にした瞬間、ごつんという鈍い音が鳴った。

 

 

「ゆ、ユリ姉様……」

 

「メイドがお客様のお名前を間違えるとは何事ですか。全くこの子は……」

 

 

 ナーベラルの頭に目にも留まらぬ速さで拳骨を落としたのは、同じく戦闘メイドで長女のユリ・アルファ。

 眼鏡の縁をくいっと上げ、粗相をした妹を軽く睨んでため息を吐いている。

 ナーベラルは痛みをこらえるように両手で頭を抱えており、口元が一瞬ばつ印になったようにも見えた。

 

 

「ネム様、申し訳ありませんでした。ご覧の通り、ナーベラルは人の名前を覚えるのが非常に苦手でして……」

 

「も、申し訳ございませんっ。御方の御友人がガガンボでないことは、十二分に理解しているのですがっ!!」

 

「あはは…… 部分的には合ってたし、もうちょっとで覚えられると思います」

 

 

 自分も両親や姉に注意されたり怒られることは度々あったが、叩かれることはそうなかったと思う。

 戦闘メイドの副リーダーだけあって、中々厳しいお姉さんのようだ。

 あとガガンボってなんだろう。

 

 

「寛大なお心に感謝いたします。本当にお客様に思うところがある訳ではないのです。ただ、人間を見るとつい……」

 

「人間を見ると? 不思議だね?」

 

 

 講師といっても普段通り、少し正確に言えば自然体でお客様になってくれればいい。

 モモンガからはそう聞いていたが、自分が呼ばれた理由も分かった気がした。

 身に付いた所作は完璧なのに、人間相手だと上手く発揮出来ない。ナーベラルはそんなメイドなのだろう。

 ナザリックあるあるとでも言えばいいのか、異形種だから人間に対する慣れが必要なのかもしれない。

 

 

「じゃあ、どんどん特訓しましょう!! 私で良かったら練習相手になります」

 

「ありがとうございます。御方に頂いたこの機会、必ずやものにしてみせます!!」

 

 

 ならば練習あるのみだ。

 ナーベラルも根は真面目らしい。目尻に涙が浮かんでいても、その瞳はやる気に燃えている。

 こうして、来客に普通に接するだけという、ナーベラルにとっては非常に困難な特訓が始まった――

 

 

「ようこそいらっしゃいました。……ね、ね、ネムノキマメゾウムシ様!!」

 

「長いです!!」

 

「申し訳ありません!! ね、ネムスガ様!!」

 

「あとちょっと短く!!」

 

「ネムリブカ!!」

 

「それはサメ!!」

 

「失礼いたしましたっ!! ね、ぬぅ、ぬぇ…… ねぇーむさーま!!」

 

「おしい!! がんばって!!」

 

 

 口をモゴモゴさせながら、何度もネムの名前を言い直しては間違え続けるナーベラル。

 自分の名前はそこまで珍しくはないはずだし、短くて発音も難しいとは思えない。少なくとも、ンフィーレアなんかよりは簡単だと思う。

 何故そこまで言い間違えるのかさっぱり理解出来ないが、ナーベラルの必死の形相を受け、ネムの応援にも段々と熱が入っていった。

 

 

「必死な手前止めづらいけれど、あれは意味があるのかしら?」

 

「どうかしらね。ナーベラルは本当に人間の相手が駄目よね。私は人間、特に無垢な者って大好きだけど」

 

「私もぉ、お肉(人間)は好きぃ」

 

 

 特訓を見守り、冷静に納得の反応を見せるバリエーション豊かな美人メイドたち――ソリュシャン・イプシロン、エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ。

 ユリやシズも含め、悪戦苦闘するナーベラルの姿に誰も驚いていなかった。

 

 

(確かここにいる人たち以外にも、まだ一人か二人姉妹がいるんだっけ?)

 

 

 実はユリが長女であるということを除き、誰が何番目の姉妹かはよく分かっていない。

 双子じゃないのに三女が二人いたり、シズとエントマがお互いに自分の方が姉だと言い張っていたり、この姉妹は謎がいっぱいだ。

 ソリュシャンとエントマの台詞にも、何となく含みがある気がした。

 でも触れぬが吉という自分の直感に従って、詳しくは聞かないでおこう。

 

 

「……ネム。この三人の言うことは気にしなくていい。……無視を推奨する」

 

「いいの? わかんないけど、わかった。じゃあナーベラルさん、もう一回です!!」

 

「はいっ!! もう一度お願いします!!――」

 

 

 シズからも気にしないようにお墨付きを貰ったので、ネムは再びナーベラルに向き直る。

 そして冒頭の流れを繰り返すこと四十一回。

 試行錯誤の末、ナーベラルが発する謎の単語のボキャブラリーも尽き、ついに――

 

 

「――いらっしゃいませ。NEMU様」

 

「……できた。出来てます!! ちゃんと言えてますよ、ナーベラルさん!!」

 

「ありがとうございます。これもNEMU様のご助力のおかげです」

 

 

 綺麗なお辞儀と共に、確かに紡がれた「ネム」という名前。

 妙にアクセントは強いが、はっきりと名前が言えるようになった。

 ナーベラルも一つ壁を越えたようで、その顔は実に晴々としている。

 

 

「……凄い。とても頑張った…… ネムが」

 

「ええ、こんなことに何十回も付き合ってくださったネム様が一番凄いわ」

 

「流石は御方の友達ぃ。私ならぁ、とっくに諦めてるぅ」

 

「まあナーベラルも頑張ったんじゃない? でも種族的に真似るのは得意なはずなのに、なんでこんなにも人間に溶け込む演技が苦手なんでしょうね」

 

 

 姉妹の反応は何とも言えない。

 でも、こういうのは少しでも成長したという事実が大切なのだ。

 きっとモモンガならそう言ってナーベラルの頑張りを褒めてくれるだろう。

 

 

「そういえばぁ、ルプーはどうしたのぉ? 今日はネム様がナーベラルの講師をしに来るって聞いてぇ、楽しそうな顔をしてたはずだけどぉ?」

 

「ああ、あの子なら……」

 

「……そこに転がってる。……練習に付き合ってるネムにイタズラしようとして、ちょっと前にユリ姉に殴り倒されてた」

 

 

 ここに集まる予定のメイドがもう一人いたようだ。

 ソリュシャンが視線を向け、シズが指を差したのは、自分が今座っている座り心地のいいソファー。

 一拍置いて合点がいき、ネムはソファーの後ろを覗き込んだ。

 

 

「うぅ、シクシク…… 加減なしで殴るなんて、ユリ姉酷いっす…… ちょーっと冗談で驚かそうとしただけなのに……」

 

 

 帽子を被った赤毛のメイドが、お尻を突き出す姿勢でうつ伏せに倒れていた。

 ナーベラルの方に集中していて気がつかなかったけど、軽く事件が起こっていたみたいだ。

 でもちょっと失礼だけど、叱られた大型犬を連想してしまう。

 

 

「はぁ、頭が割れるかと思ったっす。〈大治癒(ヒール)〉っと、これでよし」

 

「……自業自得」

 

「これでも私、ネムちゃんの両親の命の恩人っすよ? もうちょっと優しくしてくれてもよくないっすか?」

 

「それとこれとは別です。お客様に対する礼儀がなってないわ。特にモモンガ様の御友人に無礼を働くようなメイドは許しません」

 

「もー、ユリ姉は堅過ぎっす」

 

 

 驚愕の事実。

 この明るくフレンドリーな口調のメイドが、あの時自分の両親を治療してくれたメイドだった。

 つまり、村のみんなにとっても恩人だ。

 

 

「あの、お父さんとお母さんと村のみんなを助けてくれてありがとうございました!! お礼が遅くなっちゃったけど、本当にありがとうございます!!」

 

「ふふーん。あの時はモモンガ様の御命令で動いただけだから、礼には及ばないっす。でももっと褒めてくれてもいいっすよ」

 

 

 ネムは心からの気持ちをこめて頭を下げた。

 あの事件からは随分と時間が経ってしまったが、感謝の念は当然ながら今も変わらずにある。

 

 

「みんな酷い怪我だったのに、どんな怪我でも治せるなんて本当に凄いです!!」

 

「こっちの妹と違って素直でいいっすねぇ。ネムちゃん最高っす!!」

 

 

 素直な感謝と称賛にうんうんと頷き、ルプスレギナは鼻高々に胸を張った。

 怪我や病気を回復させる信仰系の魔法は、立派な聖職者にしか使えないと聞いたことがある。

 ネムは犬っぽいと思ってしまったことを、心の中でこっそりと謝った。

 

 

「王国だと四大神が一般的だけど、ルプスレギナさんが信仰してる神様も同じなんですか?」

 

「ん? 信仰する神かぁ…… 私は強いて言うなら、獣の王ってところかしらね。――なんちゃって!! 乙女の秘密っすよ」

 

 

 ネムの何気ない疑問に、ルプスレギナは一瞬遠くを見た。

 はぐらかすような笑顔の隙間には、心からの敬愛と寂寥感がこもった大人の顔がチラリと垣間見えた気がした。

 

 

「でも代わりにネムちゃんには、良いことを教えてあげるっす」

 

「えっ、なんですか?」

 

「一部の人、特に男性限定で元気にさせる方法。ある意味回復させる魔法っすよ。まずは――」

 

 

 ニヤニヤと笑うルプスレギナからは、もう先ほどのような大人びた気配は微塵も感じられない。

 太陽のように明るく、それでいて信仰心のあつい人には見えないけど、やっぱり人は見かけによらない。改めてそれを学んだネムであった。

 

 

「――それで? ネム様に不適切な何かを吹き込もうとしたようだけど、申し開きはあるかしら? くだらない理由なら殴るわよ」

 

「……殴る前に聞いてほしかったっす」

 

 

 ちなみにルプスレギナが再度調子に乗った結果、再びユリの鉄拳が飛んだのは言うまでもない。

 何を教えようとしたのかは、まさに神のみぞ知るところである。

 

 

 

 

 第九階層の執務室にて、部下からの報連相を受け取る心配性な死の支配者(オーバーロード)

 

 

「さて、ナーベラルよ。ネムとの特訓はどうだった?」

 

「はっ!! 特訓の結果、NEMU様のお名前を間違えることなく言えるようになりました」

 

 

 ネムからは「ナーベラルさんとっても頑張ってたよ」という、ざっくりとした話しか聞いていない。

 そのため、モモンガは当人からも話を聞いてみようと思ったのだが、真っ先に出てきた台詞がこれである。

 

 

「……どんな内容の特訓をしていたのだ?」

 

「正しくお名前が言えるまで、ひたすらNEMU様を客人に見立ててお名前を呼び続けておりました」

 

 

 動揺が声に出ないように気をつけながら、モモンガはナーベラルの報告に耳を傾ける。

 誇らしげに特訓の成果を語るナーベラルを見て、モモンガはおおよその状況を察した。

 

 

「そ、そうか。ネムにも来てもらった甲斐があったな。お前が成長を実感出来たのなら何よりだ……」

 

「勿体なき御言葉です」

 

 

 この台詞を聞いて本当に勿体ないかもしれないと思ったのは初めてである。

 

 

(……ネム、軽い気持ちで頼んでごめん!!)

 

 

 いつの間にかこの手の問題では、他に適任がいなくてついついネムを頼ってしまう癖がついていたのかもしれない。

 ――ネムにはお礼とお詫びも兼ねて、またナザリックで美味しい物でもご馳走しよう。

 友達に無理難題を依頼していたことを、モモンガは深く反省するのであった。

 

 

 

 

〜悪魔と少女のwin-winな勉強会〜

 

 

 部下がいつも自分の知らない何かを考えているのだと、モモンガは困った顔でぼやいていた。

 ――特に「なるほど。そういうことですか……」の台詞が怖い。

 デミウルゴスには数え切れないほど助けられているけれど、それ以上にその深読みがどこに辿り着くのかが心配らしい。

 

 

「デミウルゴスさん、今は何を考えているんですか?」

 

「おや、変わった質問の仕方だね」

 

 

 それが気になったネムは、ある時ちょっとした好奇心で本人に尋ねてみることにした。

 やっぱりこういうことは直接聞くに限る。

 

 

「複数あるが…… 一つは戦闘シミュレーションだね。格上の敵対者が現れた時、どう対処するかは重要な課題だ」

 

「ナザリックのみんなでも勝てないような相手っているんですか?」

 

「いないと断言出来ないのは口惜しいが、慢心する訳にはいかない。戦いには相性もあるし、そもそも対応可能な戦力が都合よく動けるとも限らないからね」

 

 

 もちろんネム様の勉強もちゃんと考えていますよ、と付け加えながら、デミウルゴスは答える前に少しだけ考える素振りを見せていた。

 おそらくナザリックの仕事の関係上、自分に話しても問題のない話題を選んだのだろう。

 

 

「へぇ、みんな凄いのに慎重派なんですね。モモンガも準備はしっかりするタイプだし、凄い人ほど準備を大切にしてるのかな?」

 

「御方を引き合いに出されるとは畏れ多い…… 私のしている準備など、未来全てを見通したモモンガ様からすれば児戯に等しいでしょうがね」

 

 

 守護者の中ではデミウルゴスと話す機会が一番多いが、相変わらずのストイックさだ。

 モモンガの心配にも頷ける。

 努力に努力を重ねてもの凄い高みを目指していそうだし、なんならモモンガを越えようとすらしている気がした。

 

 

「ですが御方のように全知全能ではないからこそ、あらかじめ策を練るのです。私は防衛時の責任者でもあるからね」

 

「それだけ真剣に考えてくれてたら、ナザリックのみんなも安心だね」

 

 

 ――デミウルゴスさんの役職っていくつあるんだろう?

 防衛責任者。牧場経営者。昆虫研究家。採掘現場指揮官。物資調達管理人etc ……

 勉強を教えてもらう際など、仕事について断片的に聞いたことがあったネムは、ぼんやりとそんなことを思った。

 それに相変わらずモモンガへの信頼と評価が凄い。忠臣とはまさに彼のことを指す言葉に違いない。

 

 

「モモンガがいつも頼りにしてるだけあって、デミウルゴスさんはやっぱりすごいです!!」

 

「悪魔を褒めてもデザートくらいしか出ませんよ。よろしければどうぞ、いつもの林檎を使った料理長の新作です。今回は趣向を凝らしてパフェにしたそうですよ」

 

「わぁぁ、美味しそうっ!! いただきます!!」

 

 

 デミウルゴスがどこからかパフェを取り出した瞬間、ネムの思考のリソースは全て奪われた。

 飾り切りにされた美しい黄金のリンゴ。

 精緻に盛り付けられた純白のクリーム。

 パフェグラスという額縁の中から溢れんばかりに、黄金と純白の芸術が自分の顔よりも高く積み上げられている。

 

 

(……うん。美味しい)

 

 

 ネムは一口一口の幸福を噛み締めるように、静かに口へ運んだ。

 甘い。甘酸っぱい。それでいて甘さと酸味の調和が完璧だ。とにかく美味しい。すごい。ずっと堪能していたい。

 

 

(デミウルゴスさん、別に悪いこと考えてる訳じゃないし、モモンガもそんなに深く悩まなくても大丈夫じゃないかなぁ)

 

 

 ネムはあっさりと目的を見失った。

 普通の林檎に満足できなくなってしまいそうな、語彙力すら失われてしまいそうな、まさに人を堕落させる悪魔的な美味しさだ。

 

 

「さて、少し話を戻すが、たとえば純粋な単独戦闘だと、シャルティアやコキュートスはかなり頼りになる。おまけでセバスもそこそこだが、もし彼らが不在の時に敵が現れたら?」

 

「デミウルゴスさんも腕を大っきくしたりできますよね?」

 

「……私自身、直接戦闘は不得手でね。守護者の中ではかなり弱い部類だ。正面から戦えば勝てない存在もそれなりに現れるだろう」

 

 

 デミウルゴスはかつてギガントバジリスクを雑魚だと言い切った口で、悔しげに戦闘には自信がないと言った。

 ナザリックは凄い異形種が集まっている分、得意のハードルが高いようだ。

 

 

「周りが凄い人ばっかりだと、気にしちゃうよね……」

 

「ええ。至高のお手本は目の前にありますが、その身に並ぶには余りにも遠い……」

 

「……うん。これ本当に美味しいね」

 

「料理長にも伝えておきます」

 

 

 至高のパフェに舌鼓を打ちながら、ネムは少しだけデミウルゴスに共感を覚える。

 無力さに荒みかけた少女の心すら、即座に癒やしてくれる甘味の力は偉大であった。

 

 

 

 

「極端に言えば守護者が私しかいない時、どうやって強敵を倒すかが悩みどころだが…… 地力の差を覆すのは、生半可な戦術では難しい。ネム様ならどんな方法を取りますか?」

 

「えぇ、強敵の倒し方かぁ……」

 

 

 ネムが知的好奇心を満たそうとしていた一方で、デミウルゴスは別のことを画策していた。

 ――戦闘職のレベルの高さは、戦闘に関係する思考能力にも影響を与えるのか。

 いわゆるステータスとして看破できない部分の検証だ。

 

 

(賢くあれと設定されていないシャルティアでさえ、こと戦闘においてなら頭の回転は早くなる。ならば、ネム様の場合は……)

 

 

 これまで幾度となくデミウルゴスを唸らせてきたネムだが、はっきり言って戦闘力は皆無だ。

 自分の仮説が正しければ、戦闘系の職業レベルを持たないネムの場合、この手の内容では閃きを発揮しにくくなるはず。

 それを確かめるために、偶然を装ってこの状況を作り出した。

 魔法の食材で一時的に知力にバフまで与え、コンディションを整えさせる徹底ぶりである。

 

 

「シズお姉ちゃんは高いところから狙う方が強いって言ってました。あの大っきいゴーレムさんを使うとか……」

 

「大きいゴーレム? ああ、ガルガンチュアですか……」

 

 

 ネムが提案してきたのは、ナザリックにある戦略級ゴーレムを使うこと。

 ガルガンチュアはナザリックでも最上級の戦力。ネムが知っている内部事情の少なさを考えれば、目の付け所は悪くない。

 だが、これまでの妙案奇策と比べれば、これと言って驚くようなアイディアでもない。

 

 

(ネム様は普段からハムスケに騎乗している。となると考えられる手は――ガルガンチュアに乗り、上から一方的に攻撃しようというのだね)

 

 

 そして「高いところから狙う方が強い」――デミウルゴスはその言葉から、ネムの思考の一手先を読んだ。

 制空権の掌握。敵を俯瞰し行動を把握するという意味でも、敵戦力の頭上を取ることは悪い手ではない。反撃もされにくいだろう。

 しかし、ガルガンチュアは機動力に欠ける。

 移動式の土台に使うくらいなら、初めから空を飛べるシモベを使った方が強い。

 

 

(ネム様ならあるいはとも思ったが…… 戦術についてはこんなものか)

 

 

 今回のネムの閃きにはいつものキレがない。自分が簡単に読み切れてしまう程度だ。

 新たな発見を期待していたことは否めず、デミウルゴスは僅かに落胆した。

 やはり自分の仮説通り、職業レベルは一部の思考能力にも影響があると見るべきか。

 

 

「そのガルガンチュアさんを空から落としたら? 大っきいから誰も避けられないと思うよ」

 

「が、ガルガンチュアをそのまま?」

 

 

 ――読 め て な か っ た。

 なんてことを考えるんだこの少女は。

 真面目な顔のネムから繰り出されたのは、戦車で戦おうではなく、戦車を投げつけようというレベルの常軌を逸した発想。

 しかも弾となるその戦車は超特大だ。

 

 

(レベルの低さはステータスの低さと直結しても、思考力の低さには繋がらないっ。逆に高レベルでも愚者がいることの証明にもなりうるか…… あの王女の例もあることですし、やはり低レベルでも侮ってはいけないということですね)

 

 

 落胆はたやすく吹き飛ばされ、デミウルゴスは何度目かもわからない畏敬の念を抱いた。

 同時に数値化できるステータスのみが、絶対の指標ではないと心に刻み付ける。

 

 

(読み合いはまたしても私の負けですか。まったく、予想の斜め上と見せかけ下から奇襲してくるとは…… 意表を突くどころか精神すら抉られた気分ですよ)

 

 

 勝手に仕掛けた知恵比べに負けたというのに、デミウルゴスは気分の高揚を感じていた。

 敗北を繰り返し、そこから新たな知見を得る。これこそが自分の成長に必要な経験に違いない。

 

 

「モモンガも魔法で太陽を落としてたし、大っきくて頑丈な物をぶつけたら強いと思うんだけどなぁ」

 

「シンプルですが真理をついてますね……」

 

 

 ネムの案は悪魔のように敵を苦しめるといった遊びや余分は一切なく、目的を果たすことに振り切れている。

 「大は小を兼ねる」、「レベルを上げて物理で殴ればいい」など、かの至高の四十一人の金言にも似たような内容があったはずだ。

 まさに狂気と紙一重。絶対に敵に回したくないタイプの戦略家だ。

 

 

(――なるほど。そういうことですか。手段を選ばず、矜持すらも捨てさり、ただひたすらに目的を完遂する姿勢…… いざという時は、私も見習わなくては)

 

 

 現実は人形遊びじゃないと指摘したいところだが、デミウルゴスは念のため実行可能かどうかを吟味する。

 守護者が出払っているというシチュエーションにおいても、ガルガンチュアはある意味例外。変わらず第四階層の湖の底にいるだろう。

 前提条件はちゃんとクリアされている。

 

 

(ガルガンチュアの膨大な耐久力を加味しても、落下の反動は相応にある。着地点で脚部が負荷に耐え切れず崩壊する可能性は高い)

 

 

 敵勢力の頭上までガルガンチュアを運ぶ魔法はデミウルゴスには使えない。

 しかし、代わりにデミウルゴスには〈魔将召喚〉がある。

 召喚された魔将が一度だけ使えるスキル、〈魂と引き換えの奇跡〉ならば、好きな魔法を一つだけなら発動できる。

 転移系や飛行系魔法の限界高度はまだ未確認。

 データは不足しているが、この世界は空気抵抗の存在など、物理法則で不可思議な点もある。

 

 

(だが、出来るかどうかで言えば……)

 

 

 仮に敵の上空まで運ぶことさえできれば。

 後々の修復コストにさえ目を瞑れば。

 無限に加速し続け、隕石のように敵に衝突するガルガンチュア――

 ――もしやいけるのでは?

 

 

「ネム様、『今の案は、他言無用でお願いします』。かなり無理がありますので」

 

「うん、わかりました? いくら魔法でもやっぱり無理かぁ……」

 

「はい。流石に(防ぐのが)無理ですので」

 

 

 デミウルゴスは無邪気に笑う少女に、脱帽を通り越して若干の恐怖すら感じた。

 自分のスキルがアイテムで防がれていることに、気づかない程度には動揺もしていた。

 固定観念のない自由な発想とは本当に恐ろしいものだ。

 なにせネムは今、レベル百のプレイヤーすら圧殺しうる手段を考案したということになる。

 

 

(格上の敵とは言ったが、一体ネム様はどれ程の強敵を想定されたのだろうか……)

 

 

 万が一誰かが同様の方法で襲撃してきたら、ナザリックの表層くらいは容易く消し飛ぶだろう。

 ダメージ無効化系の特殊なスキルでも使用しない限り、巻き込まれれば守護者最高の防御力を誇るアルベドですら、無事に済むとは思えない。

 

 

「ですが非常に参考になりましたよ。また機会があればご意見を聞かせてください。私はそろそろ仕事に戻ります」

 

「うん。今日も色々教えてくれてありがとう。パフェもごちそうさまでした!!」

 

 

 面白いアイディアではあるが、幸いにして自分たちが実行することはまずないだろう。

 こんな方法を実行しなればならない敵など、それこそ朧げな知識にあるワールドエネミーのような規格外の相手だけだ。

 

 

(有象無象がこんな発想をしてくるとは思わないし、実行できるとも思えない。しかし、それこそ万が一というのはある。早急に防衛体制の見直しをしなければっ!!)

 

 

 ――それはそれとして、可能性として知ってしまった以上、やられた場合の対策構築に奔走するデミウルゴスであった。

 

 

 

 

おまけ〜パラレル時空 逆転ナザリック裁判〜

 

 

 ナザリック第九階層のどこかにある法廷風の部屋。

 公正さと厳粛な雰囲気を醸し出すこの場に、何故かナザリックの主人が被告人として立たされていた。

 

 

(俺、一応ナザリックの支配者だよな?)

 

 

 一周回って冷静になった頭で、モモンガは自問自答する。

 太い白黒のボーダー服と首輪に繋がれた鎖が、よりいっそう自らの罪人具合を煽っていた。

 実際にこの世界でやらかしていることを考えれば、あながち間違いでもないのが難しいところだ。

 

 

「これから聖王国の壁を壊した犯人を見つける裁判を始めます」

 

「私の格好が既に囚人仕様なんだが。まだ判決出てないよな?」

 

「ごめんね、諸事情によりお答えできません。裁判に関係のない言動はつつしんでください」

 

 

 法壇の上に座る小さな裁判長――ネム・エモットは漆黒の法服を纏い、ノリノリでガベルと呼ばれる木槌を叩いている。

 思ったより鋭い音が鳴ったからか、自分でやったのにネムの体がピクリと跳ねていた。

 ところで犯人を探す裁判ってなんぞや。

 

 

「ひこくにんモモンガ。あなたはすごい魔法で壁を壊しましたか?」

 

「それは本当にやってないぞ!?」

 

 

 ネムなりに精一杯空気に合わせた表情を作っているつもりなのだろう。

 実際は当人の幼さやら服装やらのギャップで、大変愛らしい印象しか受けない。

 続けてネムは真面目な顔で淡々と起訴状らしきものを読み上げた。

 被告人の本人確認もなければ、黙秘権の説明もない。順序も怪しい。

 

 

(たっちさんは職業柄色々知っていたし、タブラさんにぷにっと萌えさん、あとは死獣天朱雀さんも地味にこういうの詳しかったなぁ……)

 

 

 モモンガも過去にギルドメンバーの蘊蓄を聞いたことがある程度で、裁判に詳しい訳ではないのだが、とんでもないガバガバさである。

 そもそもこの裁判、誰が起訴したんだ。

 

 

「なるほど…… わかりました。それでは重要なしょうにんを呼びます。ハムスケ、どうぞ」

 

「裁判なのに身内の証言はアリなのか?」

 

 

 検察官なんてものはいなかったのか、いきなり裁判長であるネムがハムスケを招き入れた。

 被告人の自分が骸骨なので、証人が人ですらない事に突っ込むのは野暮なのだろう。

 でも巨大ハムスターの証言で運命が決まりかねないというのは、流石にどうなんだろうか。

 

 

「これは某がモモンガ殿とその城壁を見た時に聞いたことでござる…… 『クックック…… この程度の壁なら、私の力でも簡単に壊す事が可能だ。手段も無数に思い浮かぶな』と、モモンガ殿は余裕たっぷりに言っていた気がするでござる」

 

「そんな風に言ったか?」

 

「聖王国はアンデッドにとって天敵も同然の国でござるからなぁ。それに聖騎士や神官はアンデッドにあたりが強いでござろう。モモンガ殿もついカッとなって、やってしまったのかもしれないでござるな……」

 

「おい、如何にもそれっぽいことを言うんじゃない。そもそもそれを言ったら聖王国だけじゃなくて、生者全てに敵扱いされてるからな」

 

 

 存在自体が犯行動機になるという、種族故の圧倒的な理不尽。

 この裁判負け確じゃないだろうか。

 

 

「せいしゅくに。弁護人のデミウルゴスさん、何か反論はありますか?」

 

「ええ、勿論です。この状況を覆すのは実に簡単ですね」

 

 

 絶体絶命かと思われたが、自分にも弁護人という救いの神がいたらしい。

 デミウルゴスの普段の服装と法廷が似合い過ぎて、今まで居たことにも全く気がつかなかった。

 

 

「モモンガ様は誰もが認める絶対的な至高の御方。故に、人間の作った壁を壊すことも自由!! よって無罪を主張いたします」

 

「さいばんちょう的にそれはダメです」

 

 

 裁判長が雑に強い。

 まるでユグドラシルにおける運営のようだ。

 

 

「……ふむ。流石はネム裁判長。一筋縄ではいきませんね」

 

(俺を置き去りにするいつもの頭の良さはどうした!!)

 

 

 そしてデミウルゴスは知性を法廷の外に忘れて来たようだ。

 あんなインテリな見た目の癖に、ポンコツ過ぎる言動である。

 巷ではデミえもんと呼ばれるだけあって、重要な局面では道具(能力)を落とすらしい。

 

 

「――では、ここからは本気でいかせていただきます」

 

 

 もはやここまでかと思われたが、眼鏡を中指で掛け直したデミウルゴスの目が光った。

 最初から全力で弁護してくれよという愚痴を呑み込み、モモンガは心の中で応援を再開する。

 

 

「あの事件当日、モモンガ様はナザリックにおられました。城壁の破壊に使用された魔法〈隕石落下(メテオフォール)〉発動時、つまり犯行時刻には執務室で書類の決裁をなさっている御姿を一般メイドが目撃している」

 

 

 理路整然とした完璧な弁護。

 デミウルゴスは完全に流れを掌握している。

 むしろ何故これを最初に言わなかった。

 

 

「そして犯行現場である聖王国でモモンガ様の目撃情報は無い。――聖王国からナザリックまでの距離については、言うまでもないね?」

 

 

 完璧だ。

 事件について妙に詳し過ぎるような気もするが、誰が聞いても自分がやっていないと信じてもらえる内容だ。

 

 

「私はナザリックの場所を知らないから、言うまでもあるよ?」

 

「失礼、ナザリックの所在については黙秘させていただきます。ですがこのように、モモンガ様には完璧なアリバイがあるのです!!」

 

 

 デミウルゴスの宣言にも熱が入る。

 勝ちを確信した顔だ。

 

 

「いぎあり!! モモンガは色々魔法が使えるから、距離とか時間とか意味ないと思います!!」

 

「そ、それはっ!?」

 

 

 でも一瞬で崩されてしまった。

 裁判長が検察官を兼ね役してるって、裁判において無敵じゃないだろうか。

 ワールドチャンピオンすら裸足で逃げ出しそうなチートっぷりだ。

 

 

「デミウルゴスさん。あんな大きい壁を壊せるような、モモンガみたいにすごい魔法使いが他にいるんですか?」

 

「モモンガ様に並ぶどころか、足元に及ぶ魔法詠唱者(マジックキャスター)すらこの地にいる訳がないでしょう――っは!? しまった!?」

 

(確かに魔法ならどうにでもなるよね。ファンタジー世界の裁判ってクソゲーだな。リアルの裁判も別の意味でクソだったが……)

 

 

 誘導尋問に聞こえなくもない、ネムの純粋な疑問にデミウルゴスが自爆した。

 今さらどうでもいいが、裁判長が「異議あり」って言っていいのだろうか。

 

 

「今のは失言でした。この私を誘導するとは…… 恐ろしい裁判長だ」

 

(今のところ失言しかしてないぞお前)

 

 

 モモンガはこの時点でもうダメだと、九割くらい敗北を確信していた。

 

 

「ここは一つ、料理長特製プリンで手を打ちませんか?」

 

「だ、だめです……」

 

(結構揺れたな?)

 

「それでは奥の手です。『無罪を言い渡したまえ』」

 

(躊躇いなくやりやがった)

 

「判決はまだですよ?」

 

「馬鹿なっ。このレベル差で、精神攻撃を防いだだと!?」

 

(精神攻撃したことすら自白しちゃってるよ)

 

「モモンガに貰ったお守りの指輪のおかげかな? 精神に影響するやつを無効化するらしいよ」

 

(そういやそんな効果もあったな)

 

「まさか私の『支配の呪言』すらも防がれるとは…… この展開を見越していたというのですか!?」

 

「よく分かんないけど、ズルはダメだよ?」

 

(冒険中にうっかり〈絶望のオーラ〉とかに巻き込まないようにしたかっただけなんだけど……)

 

 

 ハイスピードに繰り広げられる一退一退の攻防。

 論破されている訳でもないのに、結果的に悪魔が少女にいいようにボコられている。

 

 

「力及ばず、誠に申し訳ありません…… モモンガ、様……」

 

 

 弁護人デミウルゴスは膝から崩れ落ち、なす術もなく敗れ去った。

 

 

「そろそろ判決を言い渡します……」

 

 

 再び真面目な顔を作り始めたネム。

 真っ白に燃え尽きたデミウルゴス。

 開き直ったモモンガ。

 ネムの考える有罪の罰が良い案なら、ナザリックに導入出来ないか参考にしようとする余裕すら今のモモンガにはあった。

 

 

「モモンガを信じて無罪です!!」

 

「あ、ハイ。ありがとう、でいいのかこれ?」

 

 

 おそらく現地語で「無罪」と書かれている紙を笑顔で掲げるネム。

 ――確かに俺、やってないって言ったもんな。

 こうして数十分の茶番劇は終わりを告げた。

 

 

「じゃあ次は…… えーと、情報収集と偽り、ナザリックの仕事をサボった執事さん?の裁判だって」

 

「ほぅ、腕が鳴りますね。今度は私が検察官をやりましょう」

 

「よし。ネム、避難するぞ」

 

 

 ――しかし、ネムが資料に書かれた次の内容を読み上げた途端、燃え尽きていたデミウルゴスの眼鏡の奥が再び光った。

 モモンガとネムが去った後、法廷では裁判という名の熱い殴り合いが起きたとか起きなかったとか。

 

 




ナーベラルの言葉が現地人にはどう聞こえているのかとか、深く考えたら負けな内容が満載な回でした。
見合った能力や才能があるから職業レベルとして昇華されるのか、職業レベルを取ったからその能力が研ぎ済まされていくのか・・・卵が先か鶏が先かですね。
もし能力ではなく経験をもとに職業レベルが決まるなら、明らかに能力が足りてなさそうなバルブロ王子も、王になれてたらキングの職業レベルが手に入ったり?。
ネムだとある意味メシアやセイヴァーになれそうとか、やっぱり二次創作は想像が膨らみます。
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