不思議の墳墓のネム   作:まがお

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前回のあらすじ

「ネムに無理難題言い過ぎた・・・」
「ガルガンチュアさんを落としたら?」
「(防ぐのが)無理です」

今回は経験の大事さを知るお話です。




困った時のネム頼み

 

 

「モモンガ様。そろそろ妃を決められてはいかがでしょうか?」

 

 

 始まりは、深読みの悪魔が放った何気ない一言だった。

 

 

「まぁっ。デミウルゴスの言う通りです、モモンガ様。正妃には是非、この守護者統括であるアルベドを」

 

「抜け駆けは許さないでありんす!!モモンガ様、ここは守護者最強であるシャルティア・ブラッドフォールンを是非、正妃に」

 

 

 モモンガは恐怖した。

 必ずやこの情欲に塗れた獣たちから逃げねばならぬと理解した。

 

 

「あら、貴女の頭でモモンガ様を支えられるのかしら。胸と違って知性は詰め物で誤魔化せないわよ?」

 

「ふんっ。モモンガ様の隣に立つ者に求められるのは知性だけでなく、品格もでありんす。わたしより謹慎回数の多い雌ゴリラには、淑女としての品が足りんせんのではありんせん?」

 

「……ヤツメウナギが」

 

「なんか言ったか大口ゴリラ」

 

 

 モモンガには色恋がわからぬ。

 ついでに言えば組織運営とかもわからぬ。

 

 

「私としてはモモンガ様がお決めになられたのであれば、どちらが正妃でも構わないがね。いや、モモンガ様ほどの支配者であれば、一人と言わず何人正妃がいようとも問題ないだろうね」

 

(いいわけあるか!? 複数いたら正妃ですらないだろ!!)

 

 

 リアルではブラック企業の営業マンとして働き、仕事が終わればユグドラシルに入り浸りの生活をしてきた。彼女いない歴=年齢の一般人だ。

 

 

(不味いぞ!? この流れに呑まれたら最後、俺は……)

 

 

 けれども場の空気を読む事に関しては、人一倍敏感であった――

 

 

 

 

「ネム、かくかくしかじかで助けてくれ」

 

「まるまるうまうまで大変なんだね、モモンガ」

 

 

 ――ネムは察した。

 珍しく事前の連絡もなしにやって来て、我が家のドアを叩いた友達は酷く焦っていた。

 モモンガがピンチになるような外敵はいないと思うから、きっとナザリックの仲間のことでトラブルでも起きたのだろう。

 ちょうど家族は外で作業をしているので、ネムは家の中でモモンガの話をじっくり聞くことにした。

 

 

「このままでは帰るに帰れない。何の対策もなしに、今あの二人と俺が会おうものなら――喰われる」

 

「モモンガは食べれそうなとこないのに?」

 

「比喩じゃなく骨までしゃぶり尽くされそうだ」

 

 

 モモンガの纏う空気は非常に重々しく、焦りからか素の一人称まで溢れている。

 部下である素敵な女性二人に迫られ、支配者としての体裁を取り繕う余裕もないらしい。

 何百という魔法を使いこなす凄い魔法使いのモモンガだけど、色恋沙汰を解決する魔法は習得していないようだ。

 

 

「色々と手遅れじゃない?」

 

「手遅れもなにも、始まりから既に忠誠心も愛も限界突破してたんだが?」

 

 

 やっぱりモモンガはモテるらしい。

 最初に会った時点で忠誠も愛も得られるなんて、一目惚れの域を超えている。

 本人に自覚がないだけで、異形種を魅了するタレントでも持っているんじゃないだろうか。

 

 

「いっそ諦めちゃえば? 諦めるっていう言い方は相手に失礼だけど、腹を括る時が来たと思ってさ」

 

「俺に括る腹はないぞ。スカスカだ」

 

「そんなこと言っても逃げられないよ。男の甲斐性を見せる時だよ、モモンガ!!」

 

「支配者だけでも手一杯なのに、誰かを娶る甲斐性なんて残ってる訳がないだろ?」

 

 

 背中を押してあげたつもりだったのに、モモンガはキリッとした態度でカッコ悪いことを堂々と言い放った。

 清々しい程に後ろ向きな考えだ。いつもの頼りになるモモンガはどこへ行ったのか。

 

 

「モモンガは大人だから大丈夫だよ」

 

「アンデッド歴は約十二年。よって俺もまだ子供です」

 

「そんな言い訳をするのは大人だけだよ」

 

 

 でもこんな風に頭を抱えて愚痴る姿も、モモンガらしいといえばモモンガらしい。

 そして何気に新しい発見。ある意味自分とモモンガの年齢は近かったようだ。

 

 

「モモンガならなんとかなりそうだけどなぁ。王様ってお嫁さんが沢山いるものじゃないの?」

 

「いやいや、俺には無理だってそんなの。……普通の夫婦生活すらまともに知らないし、複数なんて考えたこともない」

 

 

 モモンガはブンブンと手と首を振っている。

 確かに支配者をやるのは大変だろう。

 責任も重いだろうし、並大抵の苦労ではないはずだ。

 だけど、それだけで結婚からそんなに逃げたくなるものなのだろうか。

 デミウルゴスから聞いた話では、モモンガは仕事の手際の良さも至高の領域らしいから、余裕はありそうなのに。

 

 

「なにごとにも初めてはつきものだよ。それにできる時にしとかないと、ハムスケみたいに相手を探すのに苦労してる人もいるんだよ?」

 

「ハムスケは別として、俺にはその真っ直ぐさが眩しいよ…… そういう割り切りがすぱっと出来るところが凄いよな。ネムこそ大人じゃないか」

 

 

 村では基本的に成人して適齢期になれば、自然に年齢の近い相手と結婚している人が多かった。

 相手を見つけるまでは大変でも、見つけてからは簡単だと思っていたけど違うのだろうか。

 

 

「こう見えて色々勉強してるもん。将来のためにも賢く生きないと」

 

「女の子の精神的な成長は早いなぁ…… 念の為に聞くけど、デミウルゴスから変な影響とか受けてないよな?」

 

「変な影響? デミウルゴスさんの種族は悪魔だって聞いたけど、私にはいつも親切だよ? ……ぁ、でも、甘い物には弱くなった、かも。――これってもしかして、堕落させられてるの!?」

 

「そんな可愛い堕落はないから大丈夫だ」

 

 

 自分を騙しても何の得にもならないだろうけれど、悪魔の策略に嵌ってしまったのかと、一瞬だけデミウルゴスを疑ってしまった。

 いつもお世話になっている相手を一瞬でも疑うなんて、反省しなければ。

 

 

「よかったぁ、ちょっと焦っちゃったよ。えっと、モモンガの話に戻すけど、ナザリックの中だとメイドさんもいっぱいいるし、あんまり生活は変わらないんじゃない? きっと気持ちの問題だよ」

 

「中々鋭いがその問題がデカ過ぎるんだよ。仲間の残した子に手を出すのも心情的にちょっと…… かと言って変に断るのも角が立つしなぁ」

 

 

 話が逸れてしまったが、モモンガは何か根本的なところで結婚というものを避けている気がする。

 金銭面は心配しなくて良さそうだから、養うのが大変とかではないだろう。

 あの二人に魅力がないとも思わないし、モモンガが嫌っているようにも思えない。

 ナザリックの仲間に抱いているのは、愛は愛でも家族愛的なものだから、結婚は考えられないとかだろうか。

 

 

「という訳で、どうにか回避できる策を立ててくれ」

 

「えー、絶対無理だよ。だってアルベドさんとシャルティアさんでしょ?」

 

 

 ――急に丸投げされた。

 モモンガに言い寄る二人の女性、アルベドとシャルティア。

 二人とはそれぞれ少し話をした事があるだけだが、そんな面識の少ない自分でも分かる。

 あの二人の愛はとてつもなく重い。

 今思い返せば、モモンガの正妃になれるようにアピールして欲しいと、応援を頼まれたこともあった気がする。

 

 

「そう言わずに頼むよネム。最近ナザリックでやたらと評判の良い閃きを見せてくれ」

 

「きっとネム違いだよ。全然身に覚えがないもん」

 

 

 いったいモモンガは何を勘違いしているのか。

 遊びに行ったり勉強を教えてもらってるだけで、人の評価が上がる訳がないのに。

 異形種の集まりでも人間の世界と同じで、噂というのは一人歩きしやすいらしい。

 

 

「ナザリックに入ったことのあるネムは一人だ。なんなら自力で最奥までたどり着いたのもネムしかいないな。……事実だけ並べると、ネムはユグドラシル史上最高の探索者では?」

 

「話を逸らして現実逃避してもダメだよ」

 

「結構真面目にアテにしてたのに……」

 

 

 モモンガは段々と重力に負けて、椅子の上からズルズルと落ちていく。

 本気で落ち込むモモンガが少し可哀想になってきた。

 

 

「もう理由をつけてキッパリ断ったら?」

 

「余程の理由を考えない限り、あの二人なら無理やり問題を突破しそうじゃないか?」

 

「仮の婚約者を用意したら乗り切れるかもよ。お姉ちゃんに頼む?」

 

「控えめに言ってエンリの胃に物理で穴が()()()()()()だから却下だ」

 

「デミウルゴスさんに知恵を貸してもらうのは?」

 

「残念。そいつが元凶だ」

 

「うーん。じゃあ――」

 

 

 ネムは頬杖をつきつつも色々と考えた。

 一応真剣に頭を捻っているが、中々上手い手が思いつかない。

 一つ一つモモンガと検討していくが、既にその場凌ぎすら難しい段階にいることに気づく。

 

 

「……モモンガ、結婚式には呼んでね。アルベドさんとシャルティアさん、どっちを選ぶの? それとも両方? もしかして他のメイドさんとかも一緒に娶ったり?」

 

「そんな良い笑顔で諦めないでくれ!!」

 

 

 ネムは達観がこもった優しい笑顔をモモンガに向けた。

 これが一番早い。少なくとも、一人だけを選ばないといけないという悩みはなくなる。

 ナザリックの支配者なんだから、きっと何人娶っても許されるはずだ。

 

 

「まったく、ネムは俺のことをなんだと思ってるんだ」

 

「たんげいすべからざる凄い支配者」

 

「その言い回し、絶対デミウルゴスの影響だろ。やっぱり受けてるじゃないか」

 

 

 ちょっと狡い事を言えば、人の法律なんてモモンガたちには関係ないのだから。

 むしろナザリックでは、モモンガはルールを決められる側ではないだろうか。

 

 

「勝負は始める前に終わっているべきだって、モモンガもよく言ってたよね。その通りだったね」

 

「恋愛くらい一から始めさせてくれ」

 

「……無理じゃない? だって外堀が埋まるどころか、もう檻に閉じ込められてるよ。そもそもなんでこんな急に逃げてきたの?」

 

 

 ネムはモモンガに現実を突きつけつつ、言外に早めに行動しなかったモモンガが悪いと告げる。

 ストレートに言えば、自業自得。

 女性に好意を向けられていたのに、ズルズルと返事を先延ばしにした結果だ。

 

 

「俺が考えたこともないモモンガ様考案の『愛の試練』とやらが始まってたんだよ!! 正妃決定戦とか嘘だろ!? 誰だよそのモモンガ様ってやつ!?」

 

「私の知ってるモモンガは一人しかいないよ」

 

「それこそモモンガ違いだよ……」

 

 

 ――大人の恋愛の駆け引き、えげつないなぁ。

 でもあまりにも強引な追い詰められ方に、ちょっぴり同情もしたネムであった。

 

 

 

 

「ねぇ、本当にこんなことしてていいの?」

 

「大丈夫だ。今日の問題は明日の自分が何とかしてくれるはずだ」

 

 

 気分転換という名の現実逃避。

 一回り以上も年下の少女にガチ相談をした元サラリーマンの支配者は、清々しいまでに問題を先送りにしていた。

 

 

「少なくとも明日までは家出を続けるつもりなんだね……」

 

「ふっ。これは家出ではない。避難訓練というのだ。……危険なのは本当だから、訓練どころかいきなり本番だけど」

 

 

 モモンガはネムから若干視線を外し、黄昏れたように笑う。

 いつもの冒険者スタイルで変装して訪れたのは、王国の首都である王都リ・エスティーゼ。

 歴史しか価値がない古臭い街という評価だったらしいが、大荷物を持った商人らしき人も多く、想像していたよりずっと活気がある。

 

 

「折角だし色々見ていかないと損だぞ。ほら見てくれ、エ・ランテルとはまた違った人の賑わいだ」

 

「はぁ…… うん、色んなお店があるね。エ・ランテルよりちょっと高そうだけど」

 

 

 訴えかける目をしていたネムも、諦めて楽しむ方向に気分を切り替えてくれたようだ。

 一応自発的に〈転移門(ゲート)〉を潜ってくれた時から、そのつもりだったのかもしれない。

 

 

(帝国程じゃないけど、中々景気も良さそうじゃないか。ネムの両親も暮らしが楽になったって話していたし、今の王様は本当に善政を敷いているんだなぁ)

 

 

 流石に首都なだけはある。第二王子であったザナックが王位を継いだ影響が、エ・ランテルよりも色濃く出ているらしい。

 妹の第三王女が出す政策が素晴らしいとの声も聞くので、兄妹揃って良い為政者なのだろう。

 料理や食材を扱う店が目立つのも、何か政策の一環なのかもしれない。

 

 

「見てモモン。武器集めしてるおじさんだ」

 

 

 しばらく観光がてら大通りを歩いていると、ネムが見覚えのある後ろ姿を見つけた。

 ボサボサとした髪。素朴な服の上からでもはっきりと分かる、鍛え上げられた肉体。

 そして極め付けに、腰には珍しい武器である刀を二振りも下げている。

 

 

「――ん? あん時の冒険者じゃないか」

 

 

 男はネムの視線と声に反応すると、首だけを動かしてチラリと自分たちを見やった。

 その顔には戦士特有の油断のない鋭さが混じっていたが、こちらが誰か分かると体ごと振り返り、ぱっと表情を緩めた。

 

 

「まさかこんな所で再会するとは。その節は世話になったな」

 

「いえいえ。私は少し助言をしたまでです。どうやら順調のようですね」

 

「お陰様でな。えっと…… いや、すまない。あの時の俺は余裕がなくて、名乗ることすらしてなかった。改めて、俺はブレイン、ブレイン・アングラウスだ」

 

 

 ブレインは過去の醜態を思い出したのか、申し訳なさそうにしながら手を差し出してきた。

 モモンガは気にしていないという気持ちを込め、軽い調子でその手を取る。

 まるで革鎧のような感触だ。籠手越しにも関わらず、握手しただけでブレインの生き様が伝わってくるようだった。

 

 

「ええ、知っていますよ。前に闘技場で試合を拝見させてもらいましたが、本当に素晴らしかったです。こちらも申し遅れましたが、私はモモン。それと仲間のネムです」

 

「こんにちは、アングラウスさん。試合、とっても凄かったです!!」

 

「おいおい、二人とも観客席にいたのか…… ありがとよ。お嬢ちゃんも頑張ってるみたいだな。プレートの色が変わってるじゃないか」

 

 

 ブレインは帝国の闘技場でも目玉として扱われた天才剣士。これまでも称賛など浴びる程聞いているだろう。

 だが、子供からの真っ直ぐな褒め言葉には慣れていないのか、はたまた何か罪悪感でもあるのか、ブレインは眩し気な顔で照れくさそうに頬をかいていた。

 

 

 

「うん。今は鉄級(アイアン)になりました!! アングラウスさんは、まだすごい武器集めの途中ですか?」

 

「まあな。武器以外にもマジックアイテムの装飾品なんかはそれなりに集まってはきている。まっ、モモンの持ってる剣ほど立派な物はまだ見つかってないがな」

 

 

 モモンガの背負う大剣に向けられた視線に、一瞬だけ感じた飢えた獣の如き欲。

 しかし、ブレインの声は理性的なままで、その目に浮かんだ欲もすぐに霧散していった。

 義理のある相手の武器まで狙う気はないのか、あるいは刀ではなかったからかもしれない。

 

 

「アングラウスさんは何故王都に? 王国で武具の製造や売買が盛んとは聞いておりませんが」

 

「もちろん武器の情報を聞きつけてさ。ここら辺に道場だか私塾だかを開いてる元アダマンタイト級冒険者がいるんだ」

 

 

 モモンガも元営業マンのスルースキルを活用し、ブレインの視線には気づかなかったフリをする。

 強い装備に憧れる気持ちは理解できるし、未遂にすら満たない行為を咎める気もなかった。

 それにパンドラズ・アクターのマジックアイテムに向ける視線に比べれば、おもちゃ屋のショーケースを眺める子供程度にしか感じない。

 

 

「引退した冒険者の中には、そのような者もいると聞いたことはありますが…… アダマンタイト級とは驚きです」

 

「気に入った奴しか育てない変わりもんらしい。そいつがとんでもない業物を持ってるって噂を聞いたんでな」

 

 

 信憑性の高い情報なのだろう。

 途中、声を僅かに落としたブレインからは、まだ見ぬ業物への隠しきれない期待が感じられた。

 

 

「究極の一振りとも言われているらしいぞ」

 

「っ究極。元アダマンタイト級のコレクション……」

 

「モモン、見たいの?」

 

 

 モモンガのコレクター魂も疼いた。

 おまけにあっさりとネムに見抜かれた。

 仕方がないのだ。この世界の究極など高が知れているだろうが、レア物や限定物に惹かれるのはゲーマーの性だ。

 

 

「正直に言えば気になる。ところで、そちらはアングラウスさんのチームメイトですか?」

 

「ん? あぁ、まあなんだ、そんな感じだよ。俺は冒険者でもワーカーでもないんだが、闘技場で色々あってな」

 

 

 話題を変える意味でも、モモンガは先程から気になっていたことを尋ねた。

 ブレインの背後には、新調したばかりに見える服を着たエルフが三人、粛々とした表情で従者のように控えているのだ。

 

 

「ご主人様は私たちの救世主なのです。あの鬼畜外道を叩きのめしてくださった恩に報いるべく、私たち三人はブレイン様が死ぬまで仕えることにしました」

 

「救ったのは誤解だし、自由にしていいって言ってるんだが、聞く耳持たなくてな……ガラにもなくご主人様とやらをやってるよ」

 

「な、なるほど。失礼しました。軽率な質問をしてしまったかもしれません」

 

 

 代表して答えたエルフの闇を感じる言動に、ナザリックのNPCの狂信的な姿が重なり、モモンガは少し引いた。

 本来長いはずの耳が三人とも半分ほどで切られているところを見るに訳アリなのか、ブレインも歯切れが悪いし扱いに困っているのが分かる。

 今さらだが、深くは聞かない方が無難だろう。

 ネムも状況を察してか、気になるだろうに何も言わずに黙っている。

 

 

「気にしないでくれ。それよりここで会ったのも何かの縁だ。この後の予定がないなら二人も一緒に行くか?」

 

「私としては嬉しい提案だが……」

 

「折角だし行ってみようよ。元アダマンタイト級の人に会えたら、それも勉強になるよ!!」

 

「決まりだな。言っとくが獲物は横取りしないでくれよ?」

 

 

 渡りに船な提案。

 骨心あればネム心。

 やはり持つべきものは自分の趣味を理解してくれる友達だ。

 今頃ナザリックで行われているであろう『愛の試練』は綺麗さっぱり頭から消し去り、モモンガとネムはブレインの案内について行くのだった。

 

 

 

 

 住宅街から離れた王都のとある一角。

 一言で説明するのは難しいが、辿り着いた道場は周囲の建物と比べて浮いていた。

 

 

(モモンガのとこにも、こんな感じの家具があったような、なかったような……)

 

 

 材質は木材や石、煉瓦などありふれたものだが、全体のデザインや屋根の形状は造形の違いが顕著だ。

 ネムは独特な造りだとしか思わなかったが、モモンガは「なんでここだけ和風?」と小さく呟いていた。

 

 

「儂に会いたい者とはお主らか」

 

 

 ここの道場の主、ヴェスチャー・クロフ・ディ・ローファンは、想像していたよりずっと高齢のお爺さんだった。

 髪は頭頂にしか残っておらず、眉も髭も全て真っ白に染まっている。

 だけど、痩せ細った小さな体に弱々しさは感じられない。腕も自分とそう変わらないくらいの太さなのに、筋肉が詰まっていて凄く硬そうだった。

 ついでに言えば見開かれた目はギョロリと鋭く、強くなることに必死なブレインに負けないくらい血の気も多そうだ。

 

 

「門下生に志願しに来たという顔ではないな。……ちと剣呑じゃの、小僧」

 

「道場破りのつもりはない。あんたの持つ技物、究極の一振りとやらを譲り受けたい。もちろん対価は払うつもりだ」

 

 

 剣士として有名なブレインの名前を出したおかげか、早速お目当ての人物には会えたけど、いきなり一触即発の雰囲気だ。

 ブレインは凄い剣士だけど、モモンガみたいに交渉ごとは上手くないみたい。

 

 

「手荒な真似はしたくはない。俺に用意出来る物なら金銭でも何でも必ず用意する。どうか譲ってくれないか?」

 

「はっはっは、大言壮語じゃな。――手荒な真似をすれば、儂から奪えるとでも?」

 

「確かめてみるか?」

 

 

 ブレインが刀の鞘に触れ、鯉口を切った音が綺麗に響いた。

 剣を買いに来ただけなのに、出会って数分でどうしてこうなったんだろう。

 モモンガも間に入る気はなさそうなので、とりあえずなりゆきを見守るネムなのであった。

 

 

 

 

 

「確かめてみるか?」

 

 

 鯉口を切っただけで、この剣気。

 偶然にも弟子たちが全員留守にしており、自分も空いた時間を持て余していたからこそ急な来客にも対応したが、会うだけの価値はあったようだ。

 

 

「喧嘩っ早い奴じゃの。そもお主の腰にある刀も十分に立派な武器であろう。恵まれた体躯に、見たところ才覚もある。……何故更なる力を道具で求めようとする?」

 

「王国最強の座、ガゼフ・ストロノーフを越えるためだ」

 

 

 もっとも問答の内容からして、客は客でも、稀に見る珍客ではあるが。

 もしくは一歩間違えれば、道場破りか押し込み強盗になるのかもしれない。

 

 

「愚かな。好敵手に勝つために、己自身を磨こうとは思わんのか」

 

「こっちにも事情があってな。奴に匹敵する武具を用意し、今度こそ憂いなくアイツに本気を出させ――その上で勝つ。そのために良い武具がいる」

 

 

 ブレイン・アングラウス。

 一剣士として当然その名は聞き及んでいる。

 それ以前に、御前試合を優勝したガゼフを鍛えた身として――実は無理やり道場に連れ込んだ――準優勝だったブレインを覚えていないはずもなかった。

 

 

(あの時ガゼフに負けた男が、ここまで成長しとったのか……)

 

 

 一目であの時より遥かに強くなっていることが分かる。

 この男は強さに固執する求道者だ。

 おそらく強くなるために手段を選ばず鍛えてきたのだろう。修羅にも近い気迫を感じる。

 要求とは裏腹に、道具に頼って強くなろうとする浅ましさとは無縁そうだ。

 だが、それだけに視野が狭く、未熟で危うい精神性にも思えた。

 

 

「で、そっちはなんじゃ?」

 

 

 一応の納得をしたヴェスチャーは、ブレインとのやり取りを見守っていたその他にも目を向けた。

 

 

「業物が見たくて来ました」

 

「勉強のために見学しに来ました」

 

 

 なんとも素直な連中だった。

 ブレインの剣気に何の反応もしていないところから察するに、見てくれはともかく戦士として未熟過ぎる。

 何も言わない耳の欠けたエルフたちは、ブレインの奴隷か従者と言ったところだろう。

 

 

(この佇まい…… 本当に剣士か? 儂自身への興味は薄そうじゃな)

 

 

 それにしても、全身鎧の俗物感が凄い。

 既に立派な装備を全身に揃えているのに、ブレインとは違う方向性で物欲の塊だ。

 少女の方は道場の門を叩く者にありがちな理由だが、どうにも軽い印象を受ける。

 子供だからというのもあるだろうが、やる気に反してほわほわとしていて、野心や覇気がない。

 

 

「……はぁ。まずは勘違いを正しておこう。お主らの言う究極の一振りとは、刀剣などではない。――武技じゃ」

 

「え、武技?」

 

「武器じゃなくて武技かぁ……」

 

「残念だったね、モモン」

 

 

 当てが外れて間抜けヅラを晒したブレイン。

 騙されたと言わんばかりに勝手に落ち込む全身鎧。

 それを慰める少女。

 ヴェスチャーは血圧が少し上がった気がした。

 

 

(こやつら、儂をただの隠居爺さんと勘違いしとるんじゃないか?)

 

 

 自分自身、権威やおべっかに興味はない。

 だが、全力で敬えとまでは言わないが、これでも元アダマンタイト級冒険者にして、優秀な弟子を何人も抱える王国でも有数の剣士。

 ――お前らは武器しか興味ないのか?

 ――王国最高峰の武技に関心はないのか?

 ――儂だって昔は伝説的なパーティの一員でもあったんだが?

 ヴェスチャーは年長者のプライド故に、溢れんばかりのツッコミを己の内に仕舞った。

 

 

「すまん。俺の下調べが甘かった…… 無駄足に付き合わせちまった」

 

「いえいえ、ガセネタはよくあることですから。罠がなかっただけセーフですよ」

 

「悪いな。それにしたって、引退した爺さんの技が究極って言われてもなぁ」

 

「でも、見た目って当てにならないから、このお爺さんも凄いかもしれないですよ」

 

「そこに直れ、お主ら。特にアングラウスよ」

 

 

 しかし、あまりに自由過ぎる若造たちに、ヴェスチャーは少しわからせてやろうと息巻くのだった。

 

 

 

 

 モモンガとブレインがあまりにも落ち込むものだから、ヴェスチャーが特別にその武技を披露してくれることになった。

 もしかしたら、武技と聞いて分かりやすく興味を失ったモモンガやブレインに対して、鼻を明かしてやろうという意図もあったのかもしれない。

 

 

「弟子でもないお主らには勿体ないが、特別じゃ。一度きりしかやらんから、よう見とれ」

 

「ご自慢の六高弟とやらの代わりにはなれんが、そこまで言うなら見させてもらうさ」

 

 

 庭に設置された石柱に近づき、ヴェスチャーはこちらに視線をやった。

 まさかこれを斬るつもりなのか。巻藁のように置かれているが、明らかに自分より一回りは太い石柱だ。

 

 

「ふんっ。――見えたらの話じゃがな」

 

 

 石柱まではおよそ五メートル。どう見ても刀が届く距離ではない。

 ヴェスチャーはその場で刀を一本だけ抜刀すると、両手で軽く握り、前方に向けて突き出すように腕ごと真っ直ぐに伸ばした。

 技に必要な構えというより、一種の精神統一なのかもしれない。

 目を閉じたまま、肩が少し上下するくらいの深呼吸を繰り返している。

 

 

「すぅぅ…… ふぅぅ……」

 

 

 本人の放つ独特な空気に呑まれ、この場にいる誰もが瞬きも忘れてヴェスチャーの所作に注目していた。

 断続的に呼吸の音が聞こえる程の静けさの中、カッと目を見開いたヴェスチャーが大上段の構えをとった――

 ――ヴェスチャーは石柱を通り過ぎた位置で止まっており、その腕は既に振り下ろされていた。

 

 

「……〈閃光烈斬〉」

 

 

 残心を示しながら、ヴェスチャーは技の名を呟く。

 ――石柱が縦に真っ二つになり、左右に倒れて崩れ去った。

 凄い。刀を振り上げるところまでは自分にも見えていたのに、いつの間にか振り下ろされていた。

 

 

「……これが儂の開発した、個として究極の武技。究極の一振りじゃ」

 

 

 肩で息をするヴェスチャーの額には、薄らと汗が滲んでいる。

 本当に凄い技だった。突進の一歩目も、その後も、刀の軌跡すらもわからなかった。

 正に閃光の如き一撃。まるでコマ送りの映像で、真ん中の動作だけをくり抜いたようだ。

 

 

「なっ!? 今のは、一体……」

 

「おおっ。すっごーい、真っ二つだ」

 

 

 息を呑むブレインの隣で、ネムは称賛を込めてぱちぱちと拍手を送る。

 ふと、モモンガを横目で見ると、顎に手を当てて考え込む仕草をしていた。

 

 

「……モモンとやら、お主は何かに気づいたようじゃな?」

 

「その威力、何より剣速。例えようのない素晴らしい技でした。ただ、率直に申し上げますと…… 使い所が限定される技ではないかと感じました。曖昧な表現で申し訳ない」

 

「いや、その通りじゃ。この武技には、莫大な集中力がいる。開発したはいいが、集中するのに時間がかかり過ぎて、全盛期を過ぎた儂には実戦で扱いきれんかった……」

 

 

 モモンガも驚いていたのかと思いきや、後で確認したら、アレはただのロマン技だと言い切っていた。

 リーチが短いのにタメが長過ぎて、一対一の戦いでは使い物にならない、とバッサリな評価である。

 でも、そんな技にも意味はあるそうだ。

 

 

(『俺自身はロマン技を否定はしないし、むしろ好きだ』って言ってたもんね。)

 

 

 技を見ただけでどう使われるかや、戦いのシチュエーションまで想定するなんて、本当にモモンガは視野が広い。

 是非とも女性関係もそのくらい頑張ってほしい。

 

 

「アングラウス。お主は分かりやすい奴じゃの。道場破りではないと言っておきながら、疼いておるな」

 

「おいおい、これほどの技を見せられたんだ。お返しにこっちも見せなきゃ礼儀に欠けるってもんだろう」

 

「ふん、当初の目的すら忘れておろうに…… まあよい。ちと試してやろう」

 

 

 人間でも剣一本でこれほどのことが出来るのかと素直に感動していると、いつの間にかブレインがヴェスチャーの前に立っていた。

 好戦的な笑みを浮かべて実に楽しそうだ。

 ブレインはよっぽど剣術が好きなのだろう。

 

 

「俺たち完全に蚊帳の外だけど、タダで闘技場を見学してると思えばお得だな」

 

「闘技場より間近だし、しかも無料でこんな凄い人たちの試合を見られるなんてラッキーだね」

 

「さて、こんなこともあろうかと、一時的に知覚能力を上げるアイテムを用意しといたぞ。これで少しなら動きが見えるはずだ」

 

「ありがとう。流石モモン、準備がいいね」

 

 

 なりゆきで始まってしまったブレインとヴェスチャーの模擬戦。

 受け取った眼鏡をかけながら、自分とモモンガは特等席で観戦させてもらった。

 

 

「手数は二刀流なだけあってローファン、一撃の威力はブレインが上だな。技量は…… うん、分からん。ステータスは年齢的にもブレインに分があるっぽいな」

 

「さっき技を見せてくれたからかな。お爺さん、ちょっと疲れてる?」

 

 

 火花散る凄まじい剣戟の応酬。

 息もつかせぬ一進一退の攻防。

 マジックアイテムを使っても尚、自分の目には速過ぎる。

 模擬戦というには本気すぎる戦いは、徐々にヴェスチャーの息が上がって、拮抗が崩れてきているように見えた。

 

 

「なんならこの辺りで降参してもいいんだぜ」

 

「ぬかせ。ならば、これを受け切れるか?〈四光連斬〉!!」

 

「っ!? 舐めるなっ。〈四光連斬〉!!」

 

 

 隙かどうかも判断できない剣戟の合間を突いたヴェスチャーの反撃。

 ヴェスチャーの放った四つの斬撃を〈領域〉で知覚したブレインは、同じ武技を使って四撃とも正確に打ち払った。

 相手の武技を完璧に相殺して、どうだと言わんばかりにブレインの口角が上がった瞬間――

 

 

「甘いわ、小僧。〈即応反射〉――〈六光連斬〉!!」

 

 

 右の一振りで武技を放った後に、左で即座に同じ武技。いや、それ以上の絶技をヴェスチャーは放つ。

 その研ぎ澄まされた斬撃は狙い済ましたようにブレインの首元、脇腹、太腿の近くを通り過ぎていった。

 

 

「……今のは、アイツのっ。……俺が、負けた? 元アダマンタイト級とはいえ、現役を退いた爺さんに、ストロノーフとも互角に戦った俺が……」

 

「自らの努力に驕ったな。ガゼフの技を使えるのが自分だけだと思ったか? このヴェスチャー、老いても元アダマンタイト級冒険者。お主のようなヒヨッコとは、潜った修羅場の数が違う」

 

 

 薄皮一枚切れていないが、服の布はところどころ断ち斬られている。

 どう見てもヴェスチャーの方が消耗しているが、ブレインの心は完全に折られていた。

 敗北を理解した肉体が膝から崩れ落ち、地面に手を付いていた。

 

 

「いやぁ、紙一重じゃった。道場で死人が出なくて良かったわい」

 

「言ってくれるぜ。ちくしょう、俺もまだまだってことか……」

 

 

 〈六光連斬〉は命中精度が悪いから、うっかりブレインの首が飛ばなくて良かった、というヴェスチャーの呟き。

 それを対して気にした様子もないブレインの反応。

 道を極めんとする武人の価値観に、少しゾっとする。

 

 

「模擬戦じゃなかったら結果は違ったかもしれないけど、久しぶりに良いPvPを見たな」

 

「うん。能力が高いから勝つわけじゃないんだね」

 

 

 勝敗を分けたのは経験の差によるもの。

 じゃあつまり、今モモンガがピンチなのは――なんて、ちょっと悪いことも頭をよぎったネムなのであった。

 

 

 

 

 おまけ〜元アダマンタイト級の教え〜

 

 

「はいっ!! 冒険者が長生きするにはどうしたらいいですか?」

 

「長生き? なんじゃ、儂の健康の秘訣でも知りたいのか?」

 

 

 ヴェスチャーは元アダマンタイト級冒険者。

 つまり、冒険者として上まで登り詰めて五体満足で引退出来た人だ。

 冒険者の道を極めようとまでは思っていないが、無事に引退までいけるのはネムの理想でもあった。

 

 

「それも気になるけど…… とにかく生き残る方法が知りたいです」

 

「そんなに生きたいなら冒険者などやめればよかろう。糧を得る仕事なぞ他にいくらでもあるぞ」

 

「でも生きてるだけで危険はつきものだから」

 

「・・・その歳でそれなりの経験があると見える。すまんな、年寄りが野暮なことを言った」

 

 

 何かを察したような哀し気な目をしたヴェスチャーだったが、すぐに真剣な表情に戻った。

 

 

「――"死中に活を求めよ"。弱き者が強き者との戦いに勝利し、生き延びるにはそれしかあるまいよ」

 

「"シチューにカツを求めよ"。……確かにそれなら頑張れる気がします」

 

 

 シンプルだけど含蓄のある教えだ。

 老いてなお二振りの剣を腰に差して生きているヴェスチャーの言葉には、確かな重みが感じられた。

 

 

「生と死の境界は思いのほか狭い。死ぬ気で頑張るのはよいが、生きようとする意思を忘れてはならんぞ」

 

「はい!!」

 

 

 食事は生きることそのものだ。故に人はご飯を食べるために頑張り、それが生きる力になる。

 特にカツは肉を油で揚げる料理なので、村で調理することはまずない高級な料理だ。

 ナザリックでご馳走してもらった時の一度しか食べた事はないが、とっても美味しかったことを覚えている。

 晩御飯にシチューとカツまで食べられるとなれば、誰でも凄く頑張れるだろう。

 

 

「お主が将来剣の道に目覚めたなら、また来るといい。歓迎しよう」

 

「ありがとうございます。大人になったら危ないことはもうしてないと思うけど、興味が出たらまた来ます!!」

 

「はっはっは!! そうか、大人になったら争いから自ら遠のくか。うむ。剣を極めるより、これ以上ないほどの真っ当な自衛じゃの。それもまたよし」

 

 

 今日学んだ大切な教えを、忘れないようにしっかりと心に刻む。

 一瞬だけ呆気に取られたようだが、優しげな表情をしたヴェスチャーに見送られ、道場を後にするネムなのであった。

 

 

 




最後のおまけのネタがどうしてもやりたかった。
愛の試練の結果については、引き分けか謹慎か、ご自由にご想像ください。
ヴェスチャーの強さや使った技は、これくらいなら出来そうという想像です。
最強の武技も、オバマスの奥義からなので、もしかしたら別の技かもしれません。

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