不思議の墳墓のネム   作:まがお

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前回のあらすじ

「男の甲斐性を見せる時だよ!!」
「明日の自分に任せる」
「死中に活を求めよ」

今回はとある貴族がメインのお話です。


成人の儀

 

 自領より遠路はるばるたどり着いた土地、城塞都市エ・ランテル。

 トーケルは今一度、自身の身を包む装備に手をやった。

 見栄もない。飾りもない。あるのは実用性だけ。

 今の自分の身なりは貴族然としたものではなく、地味な色の革鎧にマントという冒険者そのものだ。

 

 

(……ついにこの日が来たか)

 

 

 ――自分は今日、モンスターを狩りに行く。

 ビョルケンヘイム家の次期当主、トーケル・カラン・デイル・ビョルケンヘイムは、やや強張った面持ちで冒険者組合の扉をくぐった。

 

 

「こっちです。向こうは既に会議室で待機してくれているようです」

 

「そうか。待たせては悪い。早速のご対面といこう」

 

 

 周りにいるのは無骨な武具を持ち、筋骨隆々で目付きも鋭い男たちばかり。

 護衛のアンドレが一緒とはいえ、普段は縁のない場所だけに警戒せずにはいられない。

 これからのことを思うと妙な高揚感があるだけでなく、不安で体を窄めてしまいそうになるのも事実だ。

 迷いなく階段へと進むアンドレに、トーケルは意識的に背筋を伸ばしながら続いた。

 

 

「そう緊張しなくても大丈夫ですよ、坊っちゃん。質の悪い冒険者に当たらぬよう、入念に下調べをした上で指名したんですから」

 

「いや、アンドレの目利きを疑う訳ではないのだが、どうにも落ち着かなくてな」

 

「それは仕方のないことです。ガチガチで動けないのも困りますが、慢心し過ぎるよりはいいでしょう。あ、ここの部屋ですね」

 

 

 現当主である自分の父――伯爵家に仕える者としてはフランクな反応が返ってくるが、これも二人に長い付き合いがあるが故だ。

 それこそアンドレは自分の父が成人を迎えた頃、我が家に取り立てられている。

 自分が生まれた時から世話になっており、歳の離れた兄のような存在とも言えるだろう。

 

 

(よし。父上の成人の儀で大活躍したアンドレを信じろ!! きっと部屋にいるのは立派な冒険者のはずだ)

 

 

 自分たちがエ・ランテルに到着したのは一週間ほど前だが、その日の内にアンドレが情報収集に動いてくれたことは知っている。

 集めた情報を吟味し、二日間かけた熟考の末、組合に指名依頼を出してくれたのだ。

 そして待つこと数日。仕事を受けてくれる冒険者が来てくれたとの報せがあり、こうして自分たちは組合までやって来た。

 目の前は既に会議室の扉。あとはもうアンドレを信じるしかないわけだ――

 

 

「初めまして。ご指名いただきありがとうございます。今回依頼を担当させていただく、モモンと申します」

 

「ネム・エモットです。よろしくお願いします」

 

 

 貴族の跡取りとして、感情を表に出さない方法を学んでいるトーケルではあったが、今回ばかりは驚愕と疑いが顔に表れなかった自信がない。

 ――なんだこの二人組。

 せめぎ合う高揚感と不安が、一気に不安に傾いていくのが分かった。

 

 

「これはご丁寧にありがとうございます。私はアンドレといいます。坊ちゃんの護衛兼お付きってところですね」

 

「お付きの方でしたか。依頼人は貴族の方と伺っておりましたが、ではこちらの方が?」

 

「っ私は、トーケル・カラン・デイル・ビョルケンヘイム。まだ正式に家を継いだ訳ではないので、気軽にビョルケンヘイムと呼んでいただければ」

 

「承知しました。よろしくお願いします、ビョルケンヘイムさん」

 

 

 トーケルは動揺を取り繕いながら、なんとか名前を告げることができた。

 アンドレは平然と言葉を交わしているが、アンバランスにも程がある。

 全身鎧のゴツい戦士と幼い女の子って、一体どんな冒険者チームだ。

 

 

「――おい、アンドレ。大丈夫なのか?」

 

「何がです。トーケル坊っちゃん?」

 

 

 トーケルは急遽二人で相談したいことができたと、話を聞くためにモモンに断りを入れた。

 そのままアンドレを部屋の外に連れ出し、万一にも彼らに聞かれぬようこっそりと耳打ちをする。

 

 

「段取りをつけてくれたのはお前だろ。どんな理由で彼らを選んだのだ?私も領民の血税を無駄には出来ないと言った覚えはあるが…… まさか安いからなんて理由じゃないだろうな」

 

「それこそまさかですよ。お金以上に命は惜しいですからね。私もようやく子供が生まれたばっかりなんですから、半端な相手は選べません」

 

 

 父の口利きで相手を見つけ、三十歳を過ぎてからようやく結婚することができたアンドレ。

 父親となったばかりの男の言葉には、絶対に死んでなるものかという意思を感じた。

 そんなタイミングでついて来てもらった手前、トーケルにも少しばかり罪悪感が生まれる。

 

 

「クラスは鉄級ですが、二人とも勤勉で礼儀正しく、組合からも非常に評判の良い冒険者みたいですよ。それに見たでしょう、あの立派な鎧。相当な逸品ですね」

 

「いや、それは分かるが…… その、もう一人は完全に子供じゃないか。それも女の子だ」

 

「ああ、あの子は魔獣使いだそうです。なんでも伝説の魔獣を使役しているとか。エ・ランテルでは有名な話ですよ」

 

「絶対嘘だろ。騙されたんじゃないのか?」

 

 

 確かに挨拶をした時の印象は悪くなかった。一階にたむろしていた冒険者とは、一線を画した品の良さを感じた。

 それでも実力という面では不安しかない。

 伝説の魔獣を使役しているなんて、今どき詐欺師でももう少し現実味のあることを言うだろう。

 

 

「あんな素直そうな子が周りを騙せると思います? それに大きな嘘であればある程すぐにバレます。少なくとも、伝説と見まごう程の魔獣を使役しているとは思いますよ」

 

「そう言われてみれば……」

 

 

 しかし、アンドレの言うことも一理ある。

 火のないところに煙は立たないとも言うし、少しは信じてもいいのかもしれない。

 

 

「はぁぁ…… ウチの子もあんな風に元気に育ってくれたら良いなぁ」

 

「アンドレ。お前実は連れて来たことを根に持って抗議してないか?」

 

「まさかそんな。いやぁ、『漆黒の剣』とどちらに依頼するか最後まで悩んだんですが、銀級より鉄級の方が安いのでお得感がありますよね」

 

「やっぱり金か!? 勘弁してくれよ、アンドレぇ……」

 

 

 だが、急に親バカな顔を見せたアンドレに、トーケルの不安と焦りが再燃する。

 ニヤリとしたアンドレに「冗談です」と言われるまで、小声で泣き言を言い続けたトーケルであった。

 

 

 

 

 エ・ランテルを出発し、手頃なモンスターを探しながら徒歩で南下していく道中。

 

 

「このオーガはどうですか?」

 

「流石に大型のモンスターはちょっと……」

 

「では斬りますね」

 

 

 お目当ての小型モンスターとは中々出会えず、たまに遭遇するのは大型のモンスター。

 一応確認は取るが、トーケルを戦わせる訳にもいかず、全てモモンガがゴミ処理のように斬り捨てていた。

 

 

「あちらもオーガの亜種ですので斬りますね」

 

「あ、はい。お願いします」

 

 

 ネムが一緒だというのに、今日は運がないらしい。

 いつもならゴブリンくらい簡単に見つかるのだが、未だに一度も遭遇していない。

 ドロップ集めの周回や討伐クエストを受けた時に限って敵がリポップしてこない、そんな気分だ。

 

 

「あんな淡々と、しかも全部一撃で…… なあ、アンドレ。お前も父上の成人の儀の時には、あれくらい活躍したのか?」

 

「もしそうなら、私にも二、三人くらい愛妾がいたでしょうね。……冗談ですので、妻には言わないでくださいよ」

 

 

 今現在、周囲は視界を遮る物のない草原地帯で、地上にも空にも敵影は全く見えない。

 そして、ハムスケというこの世界では破格の野伏もいるため、緊張感は保てそうにない。

 

 

「ビョルケンヘイムさん、少しよろしいですか?」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

 

 ありていに言うと暇だったモモンガは、歩く速度はそのままに依頼人に話しかけた。

 

 

「今更ですが、貴族であるビョルケンヘイムさんが何故モンスターの討伐を? 差し支えなければ、理由をお聞きしたいのですが……」

 

「ああ、それくらい別に構いませんよ。これから行うことは、ビョルケンヘイム家の伝統でして。我が家では成人を迎えた者は――」

 

 

 雑談代わりにトーケルが語ったのは、ビョルケンヘイムの家に代々引き継がれてきた少々おかしな掟。

 『成人の儀』と呼ばれるもので、家督を継ぐ者は十六歳を過ぎたらモンスターと戦い、勝利を収めなければならないというものだ。

 この血生臭い儀式に例外はなく、トーケルの父親も家を継ぐ前に経験しているらしい。

 

 

「貴族の伝統には明るくありませんが、いささか変わった内容ですね」

 

「私もそう思いますよ。私自身、剣の腕自体はそれなりと自負していますが、僅かな武力が領地運営の何に役立つのやら……」

 

 

 トーケルの苦笑を見るに、貴族目線でも相当に変わった儀式のようだ。

 

 

「ですが、これも民を背負う貴族の務めと思うことにしてますよ」

 

「中身がない訳ではありませんよ、坊ちゃん。実のところ、将来人を殺めた時に心に負う負担を減らす意味もあるんです。なので人型のモンスターが望ましいのです」

 

「そんな負担、そもそも一生訪れないでほしいものだがな」

 

 

 しかし、アンドレからの補足もあったが、見栄や迷信などからくるものではなく、意外にもちゃんとした理由のある儀式だった。

 

 

(ビョルケンヘイムさん、従者とも壁を感じない。冒険者を見下す素振りもないし、普通に良い人っぽいな)

 

 

 デミウルゴスの情報では、リ・エスティーゼ王国の貴族は基本腐敗していると記載されていただけに、ビョルケンヘイムの家はかなりのレアケースなのだろう。

 トーケルはなんの捻りもなく好青年だ。

 お付きであるアンドレの態度からも、心から慕われていることが自然と伝わってくる。

 

 

「おーい、モモーン。ハムスケがさっきから探してるんだけど、この辺りにモンスター全然いないみたい。どうする?」

 

「ここ数時間の内に小さめの生き物が通った痕跡もなさそうでござるよ」

 

「そうか。出来れば戦いやすくてカバーもしやすい、この近辺の地形がベストだったが……」

 

 

 少しだけ先行して歩いていたネムとハムスケが、こちらに歩調を合わせてきた。

 実戦経験のないトーケルが戦いやすいよう、見晴らしのいい平地で獲物を探していたが、そろそろ作戦を練り直すべきかもしれない。

 

 

「坊ちゃんは暗い夜での活動には不慣れです。万全の体調で挑みたいので、野営も出来れば避けたいですね。明るい内に森を目指しますか?」

 

「私はそこまでひ弱ではないぞ、アンドレ。だがどのような提案でも異論はない。プロであるモモンさんやアンドレの決定に従おう」

 

「ありがとうございます。そうですね…… 不意の襲撃を受けるリスクを減らすためにも、モンスターの縄張りに入るのは避けましょう。ただ時間もありませんので――」

 

 

 初期の方向性にこだわり過ぎて、結局プロジェクトが赤字になってしまった。なんて話は、会社や取引先でもよく聞いたものだ。

 それを思えばトーケルたちは変なプライドもなく、非常に柔軟でありがたい顧客だ。

 

 

「そこから炙り出した個体と戦うのはどうでしょうか?」

 

「炙り出す、ですか?」

 

 

 モモンガは即座にサラリーマン時代の嫌な記憶を振り払い、ユグドラシル時代に利用したPK術からある方法を思いつく。

 

 

「はい。ハムスケが追い立てれば、ゴブリンの一匹や二匹簡単に逃げてくると思います。全員で森に入るより安全でしょう」

 

「なるほど。それなら私たちは待ち構えているだけでいいですし、体力の消耗も抑えられます。ハムスケさんにお願いできるなら、それでいきましょう」

 

 

 トーケルたちも反対することはなく、新たな方針はすぐに固まった。

 ――追い込み漁。

 もといハムスケによるモンスターのデリバリーサービス作戦である。

 

 

「と、いう訳で。ハムスケ、頼んだぞ」

 

「私もここで待ってるから、思いっきり走って大丈夫だよ」

 

「了解したでござる。ちゃんと小さくて人型のモンスターを連れてくるでござるよ!!」

 

 

 ネムを下ろして身軽になったハムスケは、森に向かって勢いよく走り出した。荒々しくも無駄のない、実に効率的なフォームだ。

 ナザリックでの訓練も継続しているためか、走ることに関しては随分と成長したらしい。

 すぐにその背中は小さくなっていき、あっという間に地平線の彼方へと消えていった。

 

 

「ふぅ。坊ちゃんは大丈夫ですか? 歩くだけとはいえ、慣れない装備を着ていると意外と疲れますからね」

 

「少々の疲れはあるが、今のところ問題はない。戦う体力も十二分に残っている」

 

「あっ。あの、すみません。成人の儀っていうのは、モンスターと戦いさえすればいいんですか?」

 

「ああ、そうだよ。野生のモンスターと戦い、自分でトドメをさす。それ以外、場所や方法は特に定められてはいないよ。それがどうかしたのかい?」

 

 

 ハムスケを見送ってから数分。

 念のため周囲の警戒は交代で続けつつ、全員が軽い休憩を取っていた。

 そんな時、肩を回したり足を揉みほぐしている二人を見て、ふと何かを思い出したようにネムが声をあげた。

 

 

「それってハムスケに追いかけ回されて、フラフラになったモンスターでもいいんですか?」

 

「それは…… どう思う、アンドレ?」

 

「うーん…… 命を奪う体験をすることが主な目的ですから、過程は問われません」

 

 

 ネムからの指摘に、トーケルとアンドレは顔を見合わせる。

 イメージされるのは走り疲れてロクに抵抗も出来ないゴブリン。その無防備な頭目掛けて剣を振り下ろすトーケル。

 

 

「ただ、まな板の上の魚を調理するようなやり方は、子孫に語り継ぐ時に困るかもしれませんよ、坊ちゃん?」

 

「つまりは駄目ってことだろ。私だってそんな逸話は語り継がれたくもないさ」

 

 

 どうやら動けない瀕死のモンスターに対して、文字通りトドメを刺すだけでは不味いらしい。

 二人が成人の儀の本質について話し合った結果、もしもの時はモンスターに休憩を取らせてから戦うということになった。

 

 

「モンスターを殺すだけなのに、悪いことを企んでる気になってくるな……」

 

「その優しさは坊ちゃんの美徳ですし、私も好ましく思っています。ですが、本番では決して躊躇わないでくださいね」

 

「ああ、わかっているさ。アンドレ」

 

 

 漏れ聞こえるのは小さな溜息。

 こちらの都合で元気にさせ、こちらの都合で命を奪う。

 害獣のように駆除すべき存在でも、結果的に悪趣味な殺し方になってしまうことに、まだ若いトーケルは後味の悪さを感じているようだった。

 

 

(その程度なんとも思わないのは、俺がアンデッドになったからか?)

 

 

 モモンガは生真面目に周囲を見渡しているネムの方をチラリと見やった。

 今の自分には鈴木悟の残滓――人としての記憶や常識はあれど、他者の命を奪うことに忌避感は全くない。

 

 

(いや、ナザリックの空気に染まりすぎてるのか…… それともDMMO廃人だから?)

 

 

 自然発生するアンデッドのように生者への憎しみもないが、損得を抜きにした慈愛や思いやりもない。

 単にする理由がないから、虐殺をしていないだけとも言える。

 ――ゲーマー的思考で、〈黒き豊穣への貢(イア・シュブニグラス)〉なんかを試してみたくないと言ったら嘘になるが。

 

 

(ギルメンやネムが嫌がるだろうなって、想像すら出来なくなったら…… ゾッとするな)

 

 

 普通の感性を持つ友達が側にいなければ、自分はどこまで変わり果てていたのか。

 もしかしたら気まぐれに村や街を襲ったり、被害を考えずに超位魔法を広範囲にぶっ放すような、ヤバいアンデッドになっていたかもしれない。

 まさに魔王な姿の自分が容易に想像出来てしまい、モモンガは久しぶりに己の歪な精神性を戒めた。

 

 

「――ん? もう戻ってきたのか。ハムスケのやつ張り切ってるなぁ。あんなに急いで引っ張ってこなくてもよかったんだが」

 

「いやぁ、何度見ても本当に凄い魔獣ですね、ハムスケさんは。襲われないと分かっていても、正直あの瞳を見ると、ドキリとしてしまいますよ」

 

 

 モモンガが物思いに耽っていると、ハムスケが猛烈な勢いでこちらに戻って来ているのが見えた。

 アンドレやトーケルはその走力に感心しているが、その足の速さを踏まえても予想より戻ってくるのが随分と早い。

 もうしばらく時間がかかると思っていたが、運良く森の外周付近で手頃なモンスターを見つけられたのだろうか。

 

 

「……ねえモモン。なんか様子が変じゃない?」

 

 

 モモンガも最初は深く考えていなかったが、目を凝らすネムの指摘で不可解な点に気づいた。

 ハムスケの前には何もおらず、その後方から土煙が上がっている。

 あれでは追い立てているというより、ハムスケが追われているように見える。

 

 

「ネム殿ーっ!! モモン殿ーっ!! 大変でござるーっ!!」

 

 

 見間違いではなかった。

 ハムスケの遥か後方から、大量のモンスターが群れを成してこちらに向かって来ている。

 

 

「見れば分かる。このおバカ!! お前どんだけトレインしてっ、連れてきてるんだ…… 数匹でいいんだよ!!」

 

「違うでござる!! あれらは元々追われてたモンスターたちでござるよー!!」

 

「追われていた?」

 

 

 ハムスケは先頭集団ぶっちぎりで、いち早く戻って来た。

 モモンガは呆れながら怒鳴ったが、ハムスケは必死に弁明してきた。

 

 

「どこからか大きなモンスターが現れて、あの群れはそれから逃げるように動いているのでござる!!」

 

「じゃあなんでハムスケの方に寄って来てるんだ?」

 

「……そ、それは分からないでござる」

 

「たぶんだけど、たまたま見つけたハムスケにぶつけて助かろうとしてるとか?」

 

「なるほど、ネム殿は賢いでござるな。理に適った方法でござる」

 

「感心してる場合か。やっぱり半分くらいお前のせいじゃないか」

 

 

 モンスターを引っぱって来るのは良い作戦だと思ったのに、これも因果応報というやつなのか。

 あと五分もしない内にモンスターの大群に襲われることが確定してしまい、モモンガは天を仰いだ。

 

 

 

 

 走る。走る。走る。後ろを振り向かず、無駄口を一切叩かず、ただ真っ直ぐに走る。

 もっと速く走ろうとする気持ちを抑え込み、トーケルはジョギングのように一定のペースで走り続ける。

 さっきまで気にならなかった防具の硬さが、今は体の動きを阻害している気がして煩わしい。

 一人だけ魔獣に乗っている少女のことが、今は心底羨ましい。

 

 

(このままでは、本当に……)

 

 

 過去に成人の儀を行った者の中には、運悪く帰らぬ人となった者もいる。

 トーケルは父親に聞かされた忠告を思い出し、明確に迫り来る死を覚悟し始めていた。

 

 

「それで、あの集団は何に追われてるんだ」

 

「蛇のように体が長く、大きなトカゲみたいな姿のモンスターでござった。大きな目玉と赤い角のようなトサカが特徴的なやつでござる」

 

 

 体力の消費を抑えた小走りで申し訳程度にモンスターとの距離を稼ぎながら、モモンたちは状況を整理し策を練っている。

 そうだ。緊急時こそ落ち着いた行動、冷静な判断が必要だ。

 息を切らさないようにするため口は挟まないが、トーケルは走ることに専念しながらも話し合いに耳を傾けていた。

 

 

「蛇みたいなトカゲ…… トサカ…… 大きな目玉…… あっ、分かった。私、聞いたことあるよ。それってギガントバジリスクじゃない?」

 

 

 ――ギガントバジリスク。

 しかし、ネムが軽い調子で口にしたその名を聞いた途端、呼吸が乱れる。

 トーケルは足こそ止めなかったものの、喉元まで驚愕の叫びが出かかっていた。

 まさか、ここで難度八十超えの怪物が出てくるとは。

 

 

「図体は中々大きかったでござるが、強いのでござるか?」

 

「石化の視線っていうのが使えるみたいだけど、ハムスケより弱いらしいし、(ナザリック基準で)雑魚だってデミウ…… じゃなくて、賢い人が言ってたよ」

 

「君にそんな半端な知識を与えた奴は馬鹿だ!! アレが雑魚な訳ないだろ!? 一体現れるだけで一つの都市が滅びかねない化け物だぞ!!」

 

 

 本気で死ぬかもしれない。

 ネムとハムスケの緊張感の欠けるやり取りに、とうとう口を挟まずにはいられなくなったトーケルは思いの丈をぶちまけた。

 

 

「モモンさん、ここは一度依頼を中止にしましょう。このまま急いで逃げるべきです!!」

 

「そうしたいのは山々ですが…… ビョルケンヘイムさん、アンドレさん。お二人の足の速さと体力的に、走って逃げ切れますか?」

 

「うっ。そ、それは……」

 

「かなりの大群が広範囲から迫っています。どの方向に逃げたとしても、おそらくこのペースでは逃げ切る前に接触するでしょうね」

 

 

 本気の本気で死ぬかもしれない。

 意識しないようにしていたが、モンスターの先頭集団はもう三百メートルも離れていない。

 アンドレの提案に対するモモンの絶望的な宣告に、トーケルは最後の希望に縋るようにハムスケを見た。

 

 

「某が乗せて走るにしても、ネム殿含めて二人までにしないと危ないでござるよ? あと一人が限度でござる」

 

 

 真顔でそう言われて、二重の意味で自分を乗せてくれと言い出す勇気はなかった。

 確かにハムスケには乗馬で使用するような鞍も鐙もない。乗る人数が増えればそれだけ不安定になるだろう。

 

 

(あの子が普通に乗ってるから、簡単で安全かと思ってた…… そうだよな、伝説の魔獣に騎乗するのが楽な訳ないよなぁ)

 

 

 トーケルはハムスケの背から落下し、地面に擦り付けられ、ミンチになる姿を想像してしまった。

 落馬ならぬ落ハムスケだ。

 馬とは速度が段違いなので、落ちた時に負う怪我も重症ではすまない可能性が高い。

 

 

「それから石化の視線が少し厄介ですね。私とハムスケは気合いで耐えられるでしょうが、ネムとあなた方が追われる最中に、万が一射程に入られたら……」

 

「ゔぇっ!?」

 

「私もこう、グッと気合いを入れたら耐えられないかな? 頑張るよ?」

 

「やる気は買うけど、流石にレベル差があるから試さない方がいいぞ。ネムなら一回くらい幸運で耐えられそうなのが逆に怖いが……」

 

 

 怪物に睨まれ、石になり、そして踏み砕かれる。そんな終わり冗談ではない。

 喉から出る音はもはや言葉にもならず、トーケルの顔は更に青ざめた。

 石化を気合いで抵抗(レジスト)できるという化け物が、大魔獣以外にもいることに指摘できないくらいには混乱していた。

 

 

「仕方ない。ハムスケ、まだ距離がある内にギガントバジリスクを討伐して来てくれ。最悪足止めか、追い払うだけでもいい。猛毒の体液もあるけど、お前ならなんとかなるだろ?」

 

「了解でござる。出血させないように殺せばいいのでござろう? 責任をとってばっちりやっつけてくるでござるよ!!」

 

 

 この状況下でも全く慌てずに、冷静に指示を出すモモン。

 その胆力は称賛に値するが、何より凄いのはその討伐指示を躊躇なく引き受けているハムスケだ。流石は伝説の大魔獣。

 ハムスケはブレーキをかけて素早くネムを降ろすと、お使いに行くような気軽さで都市を滅ぼす怪物に単身向かっていった。

 

 

「待ってハムスケ!!」

 

「おっとっと。ネム殿どうしたでござる?」

 

「そもそも戦わなくてもいいんじゃない?」

 

 

 しかし、少女の一声で再び急ブレーキ。

 今にもモンスターの大群に追いつかれそうな状況で、トーケルはネムの発言の意味がわからなかった。

 

 

「ハムスケが一人でぐるっと大回りして森に戻ったら、モンスターもそっちに付いていくかと思ったんだけど…… 駄目かな?」

 

「なるほど。盲点でござった」

 

「確かにそれも道理か。狙いは私たちではなく、あくまでハムスケに押し付けることのはずだ。盲点だったな」

 

 

 ――確かに盲点だった。

 それにしても盲点しかないのか、このチームは。

 しかし、自分も逃げることしか頭になかったので、トーケルは何も言えなかった。

 言わずもがな、後ろでポンと手を叩いているアンドレにとっても盲点であったに違いない。

 

 

「おおー、どんどんハムスケを追いかけていくな」

 

「みんな綺麗にハムスケの方に行ってくれたね」

 

 

 ハムスケが緩やかなカーブを描いて走り出すと、まるで先導されるように自分たちから離れていくモンスターの群れ。

 少女の選択は間違っておらず、最善のものだったのだろう。先程までの緊迫感が嘘のようだ。

 

 

「数匹だけゴブリンが流れから外れてこっちに来るようだ。トーケルさん、どうでしょう? 成人の儀、挑戦されますか?」

 

「ええ、やりますよ。……やりますとも」

 

 

 ついでに手頃な獲物も来てくれた。

 今回の成人の儀は、色々と学んだことが多い。

 困難に直面しても、冷静に視野を広く保つこと。戦うことが全てではなく、逃げることが全てでもないこと。

 争いを受け流すことも大切なのだと、魔獣と心を通わせる少女から学ばせてもらった。

 そんな風に学んだばかりではあるのだが、トーケルは次期ビョルケンヘイムの当主として、近付いてきたゴブリンに剣を構えた。

 

 

「またモンスターですね。ちょっと斬ってきます」

 

「一応私も援護するね」

 

「・・・なあ、アンドレ。領民のピンチに剣を振るう領主ってカッコよくないかな」

 

「ハムスケさんの陰に隠れてますけど、モモンさんも大概常識外れですからね。あれは参考にしない方がいいと思いますよ、坊っちゃん」

 

 

 それはそれとして、帰り道にモンスター相手に無双するモモンを見て、純粋な力への憧れも捨てきれないまだまだ青いトーケルであった。

 

 

 

 

おまけ 〜ハムスケの謎。なぜネムはハムスケに乗れるのか?〜

 

 

「ハムスケの毛皮ってかなり硬いよな?」

 

「うん。普段はモフモフで柔らかいけど、戦う時なんかは逆立ってすっごく尖ってるよ」

 

「ふふん。モモンガ殿の斬撃でも、軽いものなら防ぐ自信があるでござるよ」

 

 

 最近モモンガはとあることが気になっていた。

 このドヤ顔を晒している巨大ハムスターについて、ある意味ネムの身に起こっている不思議な現象についてだ。

 

 

「なんでネムには刺さらないんだ?」

 

「あれ? 言われてみれば……」

 

 

 もしかしたらこれまで意識したことすらなかったのかもしれない。

 モモンガのごく当たり前の疑問に、ネムはハッとした顔になった。

 

 

「気が緩んでいる時は、某の毛皮も柔らかいからではござらんか?」

 

「でも私、ハムスケが戦ってる時は降りてることも多いけど、別に乗ったままでも刺さったことないよ?」

 

 

 これまでの経験からも、ネムがハムスケの毛に触れて怪我をしたことはないらしい。

 冒険中はハムスケもそれなりの頻度で臨戦態勢になるため、ますます意味がわからない。

 

 

「骨の私と違って、防具もなしにこんな尖った毛皮に座れば無事ではすまないと思うが…… 騎手を傷つけないスキルでもあるのか?」

 

「そんな能力ないでござるよ。某にもよくわからないでござるが…… おそらくネム殿と遊んだりブラッシングされたり、一緒にいてリラックスすることを繰り返した某は――」

 

 

 騎乗できるモンスターの中には、乗っているプレイヤーにステータス上昇などのボーナスを与えるタイプも存在する。

 ユグドラシルと違ってフレンドリーファイヤが有効な以上、モモンガはスキルの影響を予想したが、ハムスケの考えは違うらしい。

 

 

「ネム殿が触れたら、その部分だけ柔らかくなってしまうようになったでござる」

 

「ネムは柔軟剤か何かか?」

 

 

 モモンガは元賢王に冷静なツッコミをいれた。

 ハムスケは真剣な顔をしているが、生物の体の仕組みとしてそんな馬鹿なことがあり得るのだろうか。

 

 

(ギルメンの誰から聞いた話だったか…… ネムが触れる=リラックスの刷り込みってことなのか? 都合よく部分的に?)

 

 

 一応バルブロの犬だか猫だかの実験では、餌と鈴の音をセットにすることで、やがて鈴の音を聞くだけで餌を見ずとも涎が出るようになる、という風な話は聞いたことがある。

 ギルメン仕込みのうろ覚えの知識だが、モモンガは実験してみることにした。

 

 

「ハムスケ、ちょっと意識して毛を硬くしてくれ」

 

「わかったでござる」

 

「……うん。私が触っても硬いな。ネム、ちょっとここだけ触ってみてくれ」

 

「いいよ。はい」

 

 

 モモンガはハムスケの腕の辺りに触れ、その硬さを確認する。非常に硬い。

 しかし、ネムが同じ箇所に触れた瞬間、剣山のように硬く尖っていたはずの毛の一本一本が、へにゃりと柔らかく変形した。

 手形を押したように、そこだけ綺麗に毛流れの形が変わっている。当然ネムの手は一切傷ついていない。

 ちなみにもう一度モモンガが触ろうとしたら、見事に硬く尖って反撃された。

 

 

「格上に通じる防御デバフか…… ネムならフォークでもハムスケを倒せるかもしれんな」

 

「なんと!? ネム殿はいつの間にそれ程の強者に……」

 

「もうっ、そんなの無理に決まってるよ。それに私そんなことしないもん!!」

 

 

 モモンガとハムスケの悪ノリに、ネムは頬を膨らませて抗議する。

 その後はハムスケの背中をキャンバスにして、手形のスタンプを押して遊び始めた。

 

 

「新しい模様を描いてあげたら、ハムスケの使える魔法が増えたりしないかな?」

 

「ふふっ、それで増えたら面白いな。ところでこの模様は魔法を覚えてからできたものか?」

 

「某の模様は生まれつきでござるよ。いつの間にか魔法も使えていたので、使うと光る理由も知らないでござる」

 

「いいなぁ。私も体に模様描こうかな」

 

「ハムスケって割と不思議生物だよな…… あっちの世界にもいなかったけど、本当にこの世界の生物か?」

 

 

 絨毯をなぞって絵を描く絨毯アートならぬ、ハムスケアートで盛り上がる三人であった。

 ハムスケの正体については、もちろん謎のままである。

 

 

 




戦いのモモン、逃げのハムスケ、その他のネム。
得意分野が違うため、そんなイメージでそれぞれの行動の選択肢を考えてみました。
美人なナーベが相棒ではないので、トーケルが色ボケることもなくただの好青年貴族に・・・


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