「このデミウルゴスにお任せください!!」
「じゃあジャンケンだね」
「負けました」
今回は二本立て。仕事の表だったり裏側だったりな話です。
~厄介客との営業トーク~
指名依頼を受けた冒険者として、エ・レエブルまでやってきたモモンガたち。
快晴の空の下、今回の依頼の要となるハムスケは、いつもより少し大股に歩を進めていた。
「いやー、某に会いたいと望む者のなんと多いことでござろうか。人気者は辛いでござるなぁ」
「やっぱりハムスケのことみんな見てみたいんだね。エ・ランテル以外の人だと噂くらいしか知らないだろうし」
我がチームのデカいだけのハムスターは、まるで天狗にでもなったような調子の良さだ。
ちなみに、依頼内容を一言で言い表すならば――『移動動物園』だろうか。
(ハムスケを見て『深い知性を感じる瞳だ』とか言い出すし、この世界の人たちの感覚は未だによく分からんな。別にネムはそんなこと言わないんだが……)
モモンガは当然見たことがないが、リアルでも大気汚染がなかった時代には、動物を移送して様々な場所でふれあえる形式の動物園があったらしい。
かつてギルド名を『異形種動物園』にしようとしたこともあったモモンガは、そんなどうでもいい感想が頭に浮かんだ。
「うわぁ…… パパ、すごいよ。この魔獣さん、すごくおっきいよ!! ボリスやロックマイアーが言ってたとおりだ!!」
「そうだねぇ、大きいねぇ。パパンは怖がりだから、震えてよく見れないや。まっすぐに立ってちゃんと見れるリーたんは勇気があるなぁ」
そんなこんなで無事依頼人の元へ到着。
リーたんと呼ばれた男の子は父親と手を繋ぎながら、幼い子供特有の高い声で感嘆の声をあげていた。
ハムスケの前に立つとその小さな体が一層小さく見える。小柄なネムと比べてさえ一回り以上小さいので、おそらく五歳くらいだろうか。
「さあ、リーたん。興奮するのも分かるが、まずは挨拶からだよ」
「うん!! はじめまして、わけあって名前はおつたえできません。リーとよんでください」
「よろしくね、リーくん。私はネム。こっちはハムスケ、それからモモンだよ」
今回は相手が幼い子供ということで、依頼人との最初の挨拶をネムに任せてみたが反応も悪くない。
もしこの場にペロロンチーノがいたら、昇天しそうなほのぼのオーラが発生している。
「うんうん、教えた通り一人できちんと挨拶できて偉いぞ!! そういう訳だ。私も今日はただの父親。リーたんパパということにしてほしい」
「口を挟む無礼をお許し下さい。流石にそれは侯の威厳にも関わりますので、どうかご再考を……」
父親の方はなんとも親バカ全開である。
苦い顔をした護衛の一人、元冒険者のボリス・アクセルソンからもやんわりと諌められる始末だ。
「っごほん、失礼。息子と休日をゆっくり過ごせるのは久しぶりでね。少々浮かれていたようだ」
「いえいえ、御子息との時間は大切なもの。御忙しい身であれば尚のこと。気が高ぶるのも無理もないでしょう」
照れ笑いする父親の身なりはかなり良い。
貴族社会に疎いモモンガでは上手く表現できないが、高貴な者の風格を感じさせる。
「そう言ってもらえると助かるよ。――依頼も含め私たちのことは内密にしてほしいが、君たちを萎縮させたい訳でもない。無礼講とまでは言えないが、この場に限って貴族式のマナーや慣習などは忘れさせてもらおう」
父親は再び咳払いをすると襟を正す。
デレデレとした金髪オールバックのおじさんが、高貴さと蛇のような狡猾さを兼ね備えた顔つきに変わった。
その変わりように、モモンガは会社で滅多に会わない社長や常務クラスの人間と、顔を合わせた時の感覚を思い出した。
「私のことはレエブン侯と呼んでくれればいい」
――エリアス・ブラント・デイル・レエブン。
なんと厄介な顧客か。彼のことはデミウルゴス謹製の資料を斜め読みしているモモンガでも覚えている。
王国の六大貴族の一人、超の付く大物だ。
「パパ!! 早くこっち来てよ!!」
「待たせてごめんね、リーたん。すぐ行くからね!!」
しかし、子供が離れないように手を繋ぎ続けているせいで、動物園に来た休日の父親感が拭えないレエブンであった。
◆
「ハムスケ、この子も一緒に乗せてくれる?」
「むむむ…… 幼子の羨望の眼差しを無下にはできないでござるな。これも仕事の内、特別でござるよ」
「やったぁ!! ありがとう、ハムスケさん」
ネムはリーの手を取り、ハムスケに乗る手助けをしてあげていた。
着ているマントを座布団代わりにして、万が一の怪我もさせないような配慮までしている。
ネムがお姉ちゃんをしているのは、なんとも珍しい光景だ。
(まんま乗馬体験だな。でもいい歳したおっさん連中まで少し乗りたそうなのは、正直笑ってしまいそうだ)
微笑ましい子供の姿を間近で眺めているのは、モモンガだけではない。
当然レエブンの護衛であるボリスたちも、何かあれば即座に動けるように目を光らせている。
しかし、その視線に若干の羨ましさが混じっているのが、モモンガの感性的にはシュールに思えた。
「おおぉ…… お前たち。見たか。感じたか。我が子の将来性を!! なんて凛々しくて愛らしいんだ!! 素晴らしい、才能の塊だ!!」
「ええ、素晴らしい才能をお持ちだと思います」
息子を見るレエブンの目は非常に輝いている。
だが、一瞬だけ見せた大貴族としての顔がちらつき、サラリーマン時代を思い出してモモンガは苦手意識を強めた。
「くうっ、私は何故画家を連れて来なかった!! 吟遊詩人を連れて来なかったのだ!! 伝説の魔獣に乗るリーたんの晴れ姿だというのにっ!!」
「ええ、素晴らしい才能をお持ちだと思います」
「あの澄んだ目を見たまえ。騎乗することで普段より高い視点を得たことにより、領地の将来を俯瞰して想像しているのだろう。どんなことからでも学びを得られるとは、天才であり秀才に違いない」
「ええ、素晴らしい才能をお持ちだと思います」
親バカを隠そうともしないレエブン侯。
相槌を打ち続けるbotになったボリスたち。
空気を壊さず便乗するbotその二となったモモンガ。
こういう時は心を無にするに限る。
「あの子の聡明さは私と妻を超えている。将来は私の跡を継いで、私以上に立派に領地を治めるだろう。それに妻に似て顔も整っているし気品もある。社交界では女性に囲まれ、苦労もするだろうな。貴族の務めとはいえ、あんなにも才能に満ち溢れた我が子に、領主以外の道を選ばせてやれないというのも、心苦しいものだ……」
「ええ、素晴らしい才能をお持ちだと思います」
「おおっ、今の動きを見たかっ!! 見たな!? 初めて乗る魔獣の上で、後ろを向いて話しかけたぞ。運動能力まで長けているとは…… ああっ、こちらに手まで振って…… っ神童だ。なんというバランス感覚の――」
モモンガの経験的に、こういう暴走の仕方をする人は働きすぎだったり、本音を出せない環境でストレスが溜まっている人が多い。
愛妻家な面も薄ら感じられるが、これは色んな意味でヤバい男だ。
大貴族の日常なぞ知る由もないが、普段は一体どれほどの仕事を抱えているのやら。
(今日は長い仕事になりそうですね。頑張りましょう、アクセルソンさん)
(他の貴族の嫌味に比べれば、耳に心地良いくらいです。頑張りましょう、モモンさん)
取引先の自慢話に付き合うのも仕事の一つだと知っている元営業マン――現支配者のモモンガは、ボリスに密かにエールを送った。
そして、元冒険――現雇われ社員のボリスも、アイコンタクトでエールを送り返したのだった。
◆
「ああして手放しに誉められるのは気分が良かったでござる」
「リーくんも満足してくれてたし、今日のお仕事は楽しかったね」
「ええ、素晴らしい才能をお持ちだと思います」
仕事が終わった夕暮れ時、三人は一人を除いて満足げな顔で帰路に就いていた。
「モモンガ、聞いてる?」
「ええ、素晴らしい――っは!? ……すまん、仕事は終わったのに条件反射で応えてしまっていた」
「一瞬モモンガ殿が壊れたのかと思ったでござる。アンデッドでも気力の限界はあるのでござるな」
ネムに何度か声をかけられ、壊れたスピーカーとなっていたモモンガは元に戻った。
「昔より耐性はあるはずなんだが…… 流石の私も久々の営業トークで消耗したようだ」
「モモンガがお仕事で疲れるなんて珍しいね」
「精神的な疲労は侮れないぞ。こっちに売り込む気がない分、受けに徹するしかないし、苦行度も高かったしな」
依頼人の子供と終始楽しく戯れていた二人と違い、モモンガが対応していたのは、狡猾さと親バカを併せ持った大貴族との会話。
自慢話に耳を傾け、さり気ない勧誘にも言質を取らせず、失礼のないように躱し続けたのだ。
断じてbotのように同じ言葉だけを繰り返していた訳ではない。
(ネムにはホワイトな冒険を。約束は今も守ってますよ、エモットさん)
モモンガの精神的な疲労は凄まじいが、もう二度とやりたくない訳でもなく、不思議と達成感もあった。
それはきっと、難しい大人との話は自分が責任を持って引き受けると、モモンガはネムの両親と約束していたからだろうか。
「私たちの見えないところですっごく頑張ってくれてたんだね。お疲れさま、モモンガ」
「ああ、やりきったよ」
友の笑顔と労いの言葉が、今日一番の報酬となったモモンガであった。
「そういえば、リーくんがまた会いたいって言ってたから、またすぐに依頼が来るかもしれないよ」
「今度は遠乗りして、広いところで走り回りたいと言ってたでござるな」
「頻繁には勘弁してくれ……」
レエブンが休みの度に呼び出されるなど、流石にたまったものではない。
依頼人が仕事で忙殺されるように、全力で
◆
〜ナザリックのスクロール革命~
ナザリック第九階層。ここは色々な娯楽施設だけでなく、モモンガの自室もある凄く綺麗な階層だ。
何度見てもやっぱりすごい。廊下ひとつとっても、"たんげいすべからざる凄い支配者"に相応しい高級感がある。
遊びに来ていたネムは、いつも通り目を輝かせていた。
(あれ? この声は……)
廊下を進んでいたネムは足を止めた。
モモンガの自室を目指していたのだが、煌びやかな廊下を曲がった先から言い争い一歩手前くらいの声が聞こえてきたのだ。
「――っ!!」
「――、――!!」
話しているのはどちらも男性のようだ。
ネムは目を瞑って考える。この声の主たちを想像するに、もしかしたら状況は殴り合いの三歩手前くらいかもしれない。
普通の人間なら面倒ごとは御免だと、道を変えるなりして避けようとするだろう。
「こんにちは。デミウルゴスさん、セバスさん」
「ネム様っ!?」
しかし、通りすがりのネムは躊躇なくその場に踏み込んだ。
言い争っていた声の主たち――デミウルゴスとセバスからすれば、争いに割って入られるのは予想外だったのだろう。
二人の背景にはゴゴゴという擬音が聞こえてきそうなほどの緊迫感があったのだが、ネムの乱入により空気が壊され一旦は収まりをみせた。
「けっこう声が響いてたけど、またケンカですか?」
「申し訳ございません。お見苦しいところをお見せしました」
「つまらないところを見せたね。別に喧嘩という程のものでもないよ」
二人は呆気に取られた顔はしているものの、自分に怒りが飛び火してくる様子もない。
この二人なら間に入っても大丈夫だろうという、根拠のない自信は正解だったようだ。
「何かあったんですか?」
「少々、彼と意見の相違があったもので」
「相違も何も、どちらが正しいかは明白だったがね」
一度は鎮火しかけたが、今も二人の間にはバチバチと電気や火花が散っている。
「そうやってすぐに決めつける。貴方のそういう思い込みの激しいところは如何なものかと思いますよ」
「現実すら正しく認識できていない君よりまともな自信はあるとも」
淡々とした言葉の殴り合いだ。
ネムからすれば二人とも凄く親切で、余裕ある大人の男性の代表格である。
そんな二人がこんな風に感情を剥き出しにするのは、らしくないとも思えた。
「はて、私の記憶違いでしょうか。以前御方のご意思を盛大に読み間違えたのは、どこのどなたでしたかな?」
「っ!! ……セバス。君も随分と口が上手くなったようだ。悪魔である私がその悪辣さを保証するよ」
「買い被りでしょう。貴方の性根の悪さには到底及びませんとも」
ただ、ナザリックに来るようになってからしばらく経った頃に知ったことだが、この二人はどうにも反りが合わないらしい。
あの紳士的な執事であるセバスが、デミウルゴス相手には老獪な表情を見せるくらいだ。
水と油で犬猿の仲というやつだろう。
「このままでは埒が明かないようだね」
「そのようですね。どこまでいっても私と貴方では平行線でしょう」
「では第三者として、ネム様の意見も聞いてみようじゃないか。頭の固いセバスも客観的な意見を聞けば、納得せざるを得ないだろうからね」
「いいでしょう。ネム様にお手間をかけるのは心苦しいですが、考え方が極端なデミウルゴスを納得させるにはそれしかないでしょうからね」
二人の視線が自分に集まった。息ぴったりじゃん。
でもどうしてそうなるんだろう。自分はまだなんの話かも把握してないのに。
いや、どう考えても自業自得な気もしてくる。考えなしに首を突っ込んだ私が悪い。
ナザリックの人たちの相談を受けたり話を聞くことがよくあったからと、楽観的になり過ぎていたかもしれない。
「どうだろう。そう構えずに、ちょっとしたクイズと思ってくれたらいいんだが」
「自信はないけど、クイズならいいよ」
「ありがとう。では簡単に説明しよう――」
正直荷が重いと感じながらも、ネムはデミウルゴスの言葉通りクイズと割り切った。
喧嘩の仲裁は諦め、ネムは素直に頭をひねることにするのだった。
◆
(無意味に印象を悪くする必要はありませんし、人間を
今さら言うまでもないことだが、デミウルゴスはネムという少女を高く評価している。
単に恩や借りがあるというだけでなく、自分たちにはない独創的な閃きや想像力を加味してのことだ。
(何故ここに居合わせたのかは不明ですが…… ここはひとつ、セバスを諭すことに協力をしてもらいましょう)
そのため、今回何気なく自分たちの口論に入ってきたのも、きっと何か深い考えがあってのことだろうと推測していた。
「――AとB二つの国があり、Aの国では"鳥"を材料に作られた"料理"があります。大量の料理を必要としたBの国が同じように鳥を使ってみると、何故か料理が作れませんでした。そこで、Bたちは代わりに"羊"で料理を作ることにしたのです」
そもそもこの第九階層の廊下で出会ったことは偶然ではなく、偉大なる御方の御導きに違いないのではないか。
既に深読みが始まりつつあるデミウルゴスは、ナザリックの機密を平凡な内容に置き換えクイズとして語り始めた。
「結果は上々。期待通りBは料理を作ることができました。しかし、料理作りは順調でしたが、今度は別の問題が発生しました。材料である羊の数が足りなくなってきたのです」
「なんで足りなくなったの?」
「一般的に普及している鳥に比べて、羊は育てるのに手間や時間がかかってしまうからです。そして羊は通常のルートでは売られていないので、安く買い集めることもできません。さあ、この状況をどう解決しますか?」
「料理じゃなくてパンを食べる、とかは駄目なんだよね?」
「その通りです。便宜上"料理"と表現していますが、食料としての用途ではありません。あくまで料理という物資が必要です。ちなみに私の答えは、『羊を野生から集めて牧場の規模を拡大する』、だね」
ネムは柔軟な発想力が強みだが、常に突飛な考え方ばかりをしている訳ではない。
幾度となく勉強を教えていた自分には分かる。彼女は素直さ故に、物事を純粋にフラットに、合理的に考えることができる。
――つまり、この場では自分の意見と似た考えをするか、そのまま支持してくれることだろう。セバスに最初から勝ちの目はない。
「どうですか。ネム様もこれが当然の帰結とは思いませんか? それをこの男はぐちぐちと……」
「デミウルゴス。意図的に情報を省くのはフェアではありませんね。羊を集め過ぎるとAや他の国から敵意を持たれるリスクがある、ということも申しませんと」
デミウルゴスの期待に水を差すように、セバスはわざとらしい声をあげた。
本当に気に食わない男だ。
「足りなくなる度に羊を集めたら解決、って訳でもないんだね」
「ええ、その通りでございます。それを踏まえて私の答えは、『消費量を節約しながら、今いる羊の育て方を変える』です。これが一番堅実で安全ですからね」
ナザリックを第一に考えながら、その他の有象無象に対する憐れみを捨てきれていない。
この件に関してはそれだけでなく、どちらかと言えば自分への反抗心が大きいのだろう。
「その言いようこそフェアではないよ、セバス。Bには安全に羊を集める能力があるという情報が抜けているね。それに育て方など料理になればどうでもいいことだ」
「街で聞いたことですが、ストレスなく育った鳥の方が素材として良質らしいですよ? 羊の場合も完成した料理の質に影響する懸念がございます」
これも御方の望む成長の一端なのだろうか。
馬鹿正直に正義感を振りかざすだけでなく、セバスも形だけでも理詰めというものを覚えてきたらしい。
「良質と言っても完成品にどこまでの差が出るのか、甚だ疑問だね」
「ですが安全に集められる羊の数には限りがあるのでは? 何度も羊を集めていては、街などで噂になるかと」
「そんな指摘が出てくるとは、正直君を甘く見ていたよ。だが問題はない」
「なぜです。噂から冒険者が動き、国の耳に入ることも考えられます」
「では補足しよう。Bという国はこれまで羊の中でも"害獣"を厳選して確保していた甲斐あって、他の国に表だった実害が出ていないんだ。噂止まりで国が動くには至らないよ。羊たちは足の引っ張り合いがお好きなようだから、尚更ね」
一応これが創造主に与えられた彼の在り方なのだと、デミウルゴスも頭では理解しているのだ。
しかし、自分でも上手く説明できないが、この男の考えや言動は癪に障る。
同じようにカルマ値が善に寄っている、ユリ・アルファなどの言動は気にならないのにだ。
「……羊で料理する際にBは私情を挟んでいる、も必要ですかね」
「またそれか。何か問題でも? Bは仕事には誠実で成果を出している、と言わせてもらおうか」
「っ!! そもそも、羊は繁殖に時間がかかって効率が悪いと言っていたのはデミウルゴスではないですか」
「確かに言った。愚痴を聞かせたようで申し訳なかったね。それでも羊以上に効率の良い素材が見つからなかったのだから、それを使うのが当然だろう」
ネムの存在は半ば忘れられ、段々とヒートアップする二人。
しかし、いくらセバスの口が上手くなったとはいえ、頭脳戦はデミウルゴスの独壇場だ。
セバスの顔は悔しげに歪み、徐々に口角が下がっていった。
逆にデミウルゴスの顔は勝ち誇り、口角が上がっていった。
「くっ!! 急場は凌いだのですから、今の内に羊以外にも使えるものがないか、改めて研究するという選択肢もあるのでは?」
「品種改良も含め、代わりとなる素材の研究も同時に進めているに決まっているだろう。そんなことも言わなければ分からないのかね?」
「で、でしたら……」
「なんだい。まだ何かあるなら、聞いてあげようじゃないか」
ようやくセバスも言葉に詰まり始めた。
理屈や合理性で勝負してきた時点で、この男の負けは決まっていたようなものだ。
『御方より全権を委任されている』という、最強の切り札を使うまでもなかった。
誰かを忘れて勝利を確信したデミウルゴスは、愉悦の笑みを深め――
「はいっ、わかりました。Aの国の人に代わりに鳥で料理を作ってもらう、が答えです!!」
二人とも間違っていると言わんばかりに、満面の笑みと回答でぶん殴られた。
「……あれ、違った? 料理が欲しいだけなら羊にこだわらなくていいし、誰が作ってもいいよね?」
「……いえ、お見事です。我々では思い付くはずもない素晴らしいご意見かと」
「……私も自分の視野の狭さに打ちのめされていたよ。誰が何で作ろうが料理は料理。能力が低くても料理作りには十分事足りるのに、外部の者を使うという発想に至らないとはね」
当然の事実を並べられ、デミウルゴスとセバスはぐうの音も出せなかった。
「なんで思いつかなかったの?」と、言いたげな表情にも見えるが、それは自分の至らなさが見せる幻影だろう。
(現状人の皮を素材に使っても、我々では低位の魔法をスクロールにこめるのが精一杯…… 低位階なら現地の人間の方が効率よく魔法をこめられるという事実は知っていたはずなのにっ!!)
ごく一部の例外を除いて、外の人間の能力は低い。自分たちの足元にも及ばない。
とっくの昔に油断も慢心も捨て去ったが、能力はこちらが優っているという事実と自覚が、己の目を曇らせていたのだ。
(外部の人間と接触経験があり、直接物資を買い付けることのあったセバスでさえ、こんな単純なことを思いつきもしなかったのは皮肉なものだがね)
セバスも存外甘いだけで、この世界の人間の力を信用はしていなかったということだろう。
強奪することを考える者は多数いるだろうが、下等生物と見下す者たちをナザリックのために働かせ、あまつさえ自分たちが使う道具を作らせるなど、NPCに思いつく訳がなかったのだ。
「うんうん。モモンガも仕事には適材適所が大事だってよく言ってたもんね」
さらに追撃の抉るようなボディブロー。
セバスも自分もよく膝を折らなかったと思う。
御方は大事なことを自分たちに伝えていたのに何故気が付かなかったのかと、改めて突きつけられたのだから。
(自分は恥ずかしげもなく、『御方の言葉は一言一句記憶しています』などと…… 自惚れも大概にしなければっ!!)
デミウルゴスは奥歯を噛み締め、過去の自分を八つ裂きにしたくなった。
ついでにセバスも殴りたくなった。
(ネム様。私は貴女の指摘が時々恐ろしく感じますよ。まさか我々の根幹を突いてくるとは……)
――ナザリックのNPCは自分たちの手で御方のために働くことに、必要以上にこだわってしまっている。
ネムが言いたいことはきっとそれだ。
これはある意味、ナザリックに存在する者全ての弱点であり、変えられない性質なのだろう。
(ですが感謝を。私は御方のお役に立ちたい。自分の手で力になりたいのだと、改めてそう確信いたしました)
御方の役に立つことと、御方のために働くことは似ているようで同じではない。
前者は必須の条件。後者は自分たちの願望だ。
では、自身の願望と御方の利益を両立させるにはどうするか――自分自身が成長するしかない。
「じゃあ私、そろそろモモンガのところに行ってきます」
「ああ、手間をかけてすまなかったね。参考になる良い答えだったよ」
「ネム様。貴重なお時間をいただき、誠にありがとうございました」
どれ程の痛みが伴おうと、デミウルゴスは成長という自身の歩みを止める気はない。
離れていく少女の背中は、まるで早く追いついてみろと発破をかけてくれているようだ。
今回の苦い敗北は、デミウルゴスをまた一歩大きく成長させたのだった。
「やれやれ。我々もあの柔軟な思考は見習わないといけないね。――頭の固すぎる君には特に必要じゃないかい?」
「ええ、そうですね。他には相手の話をしっかりと聞いて受け止める素直さも大事でしょうね。――特に捻くれた性格の貴方には」
ちなみに成長はしても、お互い相手が気に食わないことには変わらない。
ネムがいなくなったら即第二ラウンドが始まったのは余談である。
◆
「さっきデミウルゴスさんとセバスさんに会ったよ」
「……なるほど、そういうことか」
「デミウルゴスさんの真似? まだ何も言ってないのに何か分かったの?」
「ああ、みなまで言わずとも分かるぞ。二人が喧嘩している所にばったり遭遇して、ネムが仲裁してくれたんだろ?」
デミウルゴスとセバス。この二人の名前が同時に出れば、何が起こったかなど正直誰でもわかる。
だが折角なので、何でもお見通しな支配者ロールをモモンガは楽しんでいた。
「凄い!! 仲裁ってほどでもないけど、大体合ってるよ。でもなんで分かったの?」
「ふふっ、支配者の勘かな」
ただし、二人が喧嘩したことは予想できても、ネムの発言でナザリックの暗躍が進んだことには思いもよらないモモンガであった。
◆
おまけ〜牧場大改革と悪魔的ヘッドハンティング〜
「牧場は現在の規模を維持しつつ、現地の素材を使った別の生産ラインを新たに整えましょう。場合によっては、本物の羊を育てることも検討します」
「生産体制が整うまでは、材料の買い付けも必要でしょう。デミウルゴス、私は外で羊皮紙を仕入れてきます」
「頼みましたよ。八本指を掌握したおかげで、表に出ない働き手の候補は十分に把握してあります。裏切らせない方法も実験済みですので、こちらも働き手の準備を進めておくとしましょう」
ひとしきり口喧嘩をした後、二人はすぐに仕事に取り掛かった。
この日以降、裏社会でスクロール作成の技能を持つ者たちが、根こそぎ姿を消すこととなる。
おまけで裏社会の組織が弱体化したため、各国の治安が少しだけ良くなったそうだ。
「ほら、さっさと技能を取り戻して働きなんし。既に作業ができるものは馬車馬のように手を動かし続けんさい」
「ハイ、ヨロコンデー!!」
消えたはずの者たちは今もどこかで、残酷で冷酷で非道な、それでいて可憐な上司にいびられて悦んでいるらしい。
――
普通なら親バカな姿は身内にしか見せないだろうけど、レエブン侯は激務と息子のおねだりで冷静さを欠いている状態でした。
そんな人間との会話を朝から夕方ごろまで続けたモモンガは凄いです。
捕まえた人間を異形種に変え、不眠不休不賃で働かせるブラック企業もびっくりのド畜生ムーブにより、低位階のスクロールの量産は進みましたとさ。
〜スペシャル次回予告〜
「ねえ、モモンガ」
「どうした、ネム」
「なんでモモンガは支配者になったの?」
「支配者じゃなくて、実はただのギルド長なんだけどな」
「じゃあ、なんでギルド長になったの?」
「なりゆき、かな。元々あったクランを解散して、ギルドを作ろうと決めた時、私をギルド長に推薦してくれた仲間がいて…… でも、最後は自分でやると決めたんだ」
「じゃあ、ナザリックはこれからどうなるの?」
「わからん」
「次回、『PvN』。モモンガの苦労も、まだまだ続きそうだね」
「やっぱり続くのかぁ」