不思議の墳墓のネム   作:まがお

38 / 41
気軽に世界のルールを超越していたネムの生まれながらの異能。
ユグドラシルと繋がっていたことが露見し、この世界の守護者が動き出す……

ほのぼの系ではないのでご注意ください。



IFルート PvN 前編

 

 モモンガに出会うまで、毎日は同じことの繰り返しだと思っていた。

 平和過ぎるちょっと退屈な日常も、家族と過ごす温かい時間も、全部当たり前に続くものだと思っていた。

 だけど、私はもう知っている。

 楽しいことも、辛いことも、嬉しいことも、悲しいことも……また明日も同じことが続く保証なんてどこにもない。

 自分の都合に関係なく、良いことも悪いことも――突然にやって来るのだ。

 

 

「らったったったたら〜、夢が覚めても」

 

 

 真夏の暑さは終わりを見せ始め、段々と木々も色づく季節が近づいて来た今日この頃。

 今日は朝からずっと天気が良くて、気温も快適な絶好のお昼寝日和だ。

 

 

「賽を振るって、遊びましょ〜」

 

 

 ならばどこでするか。答えは一つだ。

 ネムはハムスケと一緒にゴロゴロしようと思い立ち、即興の歌を口ずさみながら森にある住処へと向かっていた。

 

 

(ハムスケ、まだ起きてるかな。お出かけもしてないといいけど)

 

 

 何度も通って歩き慣れた一本道。

 既に家のお手伝いもしっかりと済ませてきたので、自分の足取りは非常に軽い。

 ハムスケの住処に着いたら、心置きなくモフモフとお昼寝を満喫するとしよう。

 

 

「――見つけたよ。ネム・エモット」

 

 

 不意に自分の名前を呼ばれ、心臓がドキりと跳ねる。

 フワフワとした楽しい気分は、冷たい声によってあっさりと掻き消されてしまった。

 

 

「君が彼女の話していた未知の存在…… あちらの世界とこの世界を繋いだ少女だね」

 

 

 ネムが振り返って見上げた先には、白金製と思われる全身鎧が()()()()()

 いきなり現れた不審者は、空から声をかけてきたのだ。

 

 

(なんだろう。胸がザワザワする……)

 

 

 この辺りはまだ村に近く、多少は人の手も入っていて森の中でも比較的安全な場所だ。

 それでも人と出会うのはかなり珍しい。

 出会うとすれば薬草などを取りに来る村人か、精々依頼でやって来る冒険者くらいだろう。

 

 

(よく分かんないけど、凄く嫌な感じ……)

 

 

 でも、アレは冒険者とは思えない。

 モモンガの知り合いでもない気がする。

 鎧の中に人を感じられず、もっと大きな存在に睨まれているようで落ち着かない。

 漠然とした妙な感覚のせいで、気軽に挨拶をすることもできなかった。

 

 

「思っていたより幼いな。何らかのマジックアイテムは持っているようだが、君から始原の魔法のような力は感じない…… 力の由来が違うのか?」

 

 

 何かの魔法なのか、相手は翼もないのに空に浮かび、静止したままこちらを見下ろしている。

 どこか竜を思わせるデザインの全身鎧は、モモンガが着ている鎧とは対照的に白く輝いていた。

 そして、白金の全身鎧の周りには、鎧と同じ色合いの大きな武器が四つ浮かんでいる。

 

 

「あ、あのっ!! ……誰、ですか?」

 

「君が知る必要も意味もない」

 

 

 勇気を出した自分のごく当たり前の問いかけは、そっけなく返された。

 淡々と話す声に温かさは感じられない。

 ちゃんと会話は成立しているのだが、相手は本当の意味で自分を見ていない気がする。

 

 

「災厄を招いた者か否か…… 偽りなく答えてもらおう」

 

 

 友好的に接するつもりはないのだろう。

 まるで悪い人に罪を告げに来たみたいに、白金の全身鎧からは一方的な威圧感が漂っていた。

 

 

「君は『ユグドラシル』という言葉に、聞き覚えがあるんじゃないか?」

 

「えっ、それって―― ……知らないよ?」

 

 

 名前も教えてもらえないのに、こっちだけ質問に答える義理はない。

 だけど、予想外の単語につい反応してしまった。

 『ゆぐどらしる』は秘密にしなきゃいけない内容の一つ。モモンガが夢の世界で話してくれた、モモンガたちが前にいた世界の名前だ。

 

 

「その反応はどうやら知っているようだね。……勘違いであってほしかったが、やはり関係しているのか」

 

 

 やっぱり誤魔化したのがバレた。

 自分の返答が気に入らなかったのか、向けられた視線と声がさらに一段と冷たくなる。

 初対面のはずなのに、既に相手からは憎悪にも似た強い敵意しか感じられない。

 

 

「君の持つ力は、この世界に存在してはならない類いのモノだ」

 

「え?」

 

「ただの人の身でありながら、私の父と似た能力を持ってしまったことに同情はする。だが、君自身がどんな人間であろうと、その力は必ず世界を汚す」

 

 

 この人は何を言っているのだろう。

 

 

「君に平穏は許されない。いつかその力を巡って争いや災いが起こるだろう。君の持つ力、君という存在そのものが、この世界にとっては悪に等しい」

 

 

 白金の全身鎧は滔々と言葉を紡ぐ。

 私に教え込むような声だ。

 でも、自分自身に言い聞かせているようにも聞こえる。

 

 ――分からない。

 

 カルネ村が騎士たちに襲われた時とは違う。

 エ・ランテルで指が多い人たちに絡まれた時とも違う。

 この森でへジンマールと出会った時とも違う。

 聖王国でクレマンティーヌと戦った時とも違う。

 『四武器』の人たちと一緒にゴブリンの王様と戦った時とも違う。

 

 ――だけど恐ろしい。

 

 これまで出会ったこともない――モモンガたちを除いて――別次元の存在と対峙している感覚がする。

 凍りついたように足が動かない。

 理解不能な言いようのない恐怖が、体の奥底からじわじわと込み上げてくる。

 

 

「……せめてもの慈悲として、瞬きの間に終わらせよう」

 

 

 空中でピタリと固まっていた白金の全身鎧は、小さく呟いたと思ったら動き始めた。

 ゆっくりと挙げられた手に連動して、宙に浮いていた武器が円を描くように回り出す。

 大剣、ハンマー、刀、槍――自分にとっては名前も定かではない、どれも見慣れぬ意匠の武器だ。

 

 

「許しはこわない。世界のために――」

 

 

 それらは風車の羽のように一定の間隔を保ちながら、段々と動く速度を増していく。

 憐憫と決意に染まった声がする。

 そして、自分が現状を理解する間もなく――

 

 

「――死んでくれ」

 

 

 ――その手は無慈悲に振り下ろされた。

 

 

 

 

 荒々しい轟音と共に空気が震え、辺りには大量の粉塵が舞い散っている。

 原因は白金の全身鎧が放った武器だ。

 念動力のような不可思議な力で操られた四つの武器は、隕石を思わせる力強さで容赦なく大地を蹂躙した。

 上空に佇む白金の全身鎧は、自らの引き起こした惨状をただ静かに眺めていた。

 

 

「……」

 

 

 周囲の草木は吹き飛び、武器が衝突した場所は大きく抉れている。

 地面に小さなクレーターを作る程の一撃だ。

 ほんの狭い一角とはいえ、森の光景を一変させたその威力は、人間を肉片に変えるには十分過ぎた。

 ましてや何の力もないただの少女を殺すには、過剰と言える強力な攻撃であった。

 

 

「――けほっ、けほっ。……あれ、なんともない?」

 

 

 しかし、少女は生きていた。

 ネムは何か危険が迫っていると直感し、咄嗟に頭を抱えて蹲っていた。

 飛んできた武器から身を守る術としては、あまりにも頼りない行動である。

 だが、そもそもネムは武器が発射されたことすら認識できていなかった。これまでの経験と本能によって、少しだけ体が動いたに過ぎない。

 

 

(なにが起きたの? 武器が浮いて、それから凄い音がして……)

 

 

 しばらくして周囲に舞った土埃が収まると、ネムは恐る恐る目を開けた。

 そっと体を触って確認してみたが、大きな怪我や痛い所は見つからない。

 顔や服に土埃が付いた以外は、見たところ特に変わった様子もなかった。

 

 

「――ネム殿!! 無事でござるか!?」

 

 

 状況は全く飲み込めていないが、ネムは呼びかけられた声にハッとする。

 勢いよく顔を上げると、目の前には見慣れたモフモフがあった。

 

 

「ハムスケ!? どうしてここに?」

 

「良からぬ気配があったゆえ、慌てて駆けつけたでござるよ。間に合って良かったでござる」

 

 

 驚きと疑問。その二つが絡み合う。

 ハムスケは宙に浮かぶ全身鎧を睨みつけたまま、安堵したように声を漏らした。

 

 

「安心するでござる。某が来たからにはもう大丈夫でござるよ!!」

 

 

 強固な盾のような、巨大な城壁のような存在感を発するハムスケの背中。

 力強い宣言には、敵に対する気迫と自分を安心させようとする優しさで満ち溢れている。

 ただ、よほど気が昂っているのか、自分が手を伸ばしても背中の毛は硬く尖ったままだった。

 

 

「ありがとう。ハムスケ……」

 

「なんの、お安い御用でござる」

 

 

 住処からはまだ少し離れているけれど、きっと野生の勘で危険を察知して助けに来てくれたのだろう。

 不安と安心が行ったり来たりで気持ちが追いつかず、震える声でネムはお礼を告げた。

 

 

「そこのお主、何者でござるか!!」

 

「まさか魔獣が助けに来るとは…… 想定外だが、周囲の警戒を怠った私のミスか」

 

「……名乗りすらしないでござるか」

 

 

 ハムスケはネムを背後に隠すように立ち上がり、強い怒りを露わにする。

 全然似ていないのに、一瞬だけモモンガが助けに来てくれた時の姿と、今のハムスケの姿が重なって見えた。

 

 

「どうやって私の攻撃に割り込んだ?」

 

「タネを明かす気はないでござる。お主がどこの誰であれ、ネム殿に手を出すのは某が許さないでござるよ!!」

 

 

 ハムスケは片手を前に突き出し、ババンッと効果音が付きそうな力強いポーズをとった。

 うん、やっぱり似てない。

 さっきのは気のせいだったのだろう。

 

 

「名も無き愚か者として、このまま某の記憶からも消してやるから覚悟するでござる。ついでに鎧と武器は戦利品としていただくでござる」

 

「君にそれができるとは思えないな。さっきの攻撃を防いだだけでも驚きだが……」

 

 

 相手は別のことを考えているのか、ハムスケに威嚇されても平然とした態度を崩さない。

 会話も独り言を話しているみたいで、微妙にすれ違ってばかりだ。

 

 

「――っ危ないでござる!!」

 

 

 両者が睨み合う緊迫した空気の中、突然の風を切る鋭い音とハムスケの叫びが重なった。

 それとほぼ同時に、ネムには全く反応できない速度でハムスケが動き、高速で飛来した何かを弾き逸らした。

 

 

「まぐれではないのか。ちゃんと反応して防いでいたんだね」

 

「不意打ちとはやってくれるでござる。某を無視してネム殿を狙うとは、お主外道でござるな」

 

 

 先程とほぼ同じ轟音が周囲に鳴り響く。

 近くの木々をへし折り、あらぬ方向に突き刺さっているのは一本の白い大剣だ。

 それを横目で確認し、ネムは再びハムスケが守ってくれたことを理解する。

 

 

「……なんで、なんでこんなことするの!?」

 

「理由は告げたはずだよ。君の力は世界を汚す可能性がある。だから消えてもらう」

 

 

 自身の身長より遥かに大きい鋼鉄の塊。そんな物が自分に当たっていればどうなるかなど、わざわざ想像するまでもない。

 血の気が引いたネムはたまらずに叫んだが、相手の返答は相変わらずだった。

 

 

「世界を汚す? そんな力なんて持ってないよ。変わった夢を見るタレントならあるかもしれないけど、そんなの知らないっ!!」

 

「力を行使した自覚がないのか?」

 

「私、何も変なことしてないよ」

 

「本当に自覚はないようだね…… だが関係ない。どんな条件で発動するかは知らないが、世界に干渉する規模の能力とあっては見逃せない」

 

 

 相手も無差別に襲いかかって来た訳じゃない。

 ただ上手く説明できないが、これまで出会った悪い人たちと違い、個人的な欲のようなものが感じられなかった。

 

 

「君は最低でも既に一度、あちら側から呼び寄せてしまったのだろう? 次に同じことをしない保証もない」

 

「……呼び寄せた?」

 

「分からなくても結構だ。君の意思など関係ない。君にその気がなくとも、その力を利用しようとする者が現れないとも限らない」

 

 

 もしかしたらモモンガたちがこの世界に来たことと関係しているのかもしれないが、それで自分が襲われるなんて理不尽だ。

 自分が夢の世界から誰かを連れて来るなんて、そんなこと出来るわけもないのに。

 仮に自分がモモンガを連れてきたとして、友達を呼ぶことの何が悪いのか。

 そう言い返してやりたいが、白金の全身鎧が放つ圧には有無を言わさぬ真実味があった。

 

 

慈母(マザー)を中心にしたあの者たちも間違っている。あんな力は利用すべきではない。私は同じ過ちを繰り返す訳にはいかない。危険な力は――世界を汚す存在は排除する」

 

 

 明確な拒絶と共に叩きつけてくる殺意。

 とにかく相手にとって自分は明確な敵なのだと思い知らされる。

 

 

「待って、ちょっと待ってよ!! 本当に私知らない!!」

 

「私を非情だと罵りたければそうするといい。……私は世界を守る。ああ、そうだ。私が守らなければならないのだ」

 

「っ!! ネム殿っ、某の背中から出ないようにするでござる!!」

 

 

 自分が酷く混乱する中、ハムスケは断続的に飛んでくる武器を防ぎ続けてくれている。

 でも、かなり辛そうだ。

 きっと自分が後ろにいるせいで、ハムスケは満足に動けないのだ。

 

 

(どうしたら……っ)

 

 

 ネムは荒れ狂う圧倒的な暴力を前に、目と耳を塞ぎたくなるのを必死に堪えて考える。

 相手は空を飛べるから迂闊に逃げられないし、ハムスケを援護するのも無理だ。

 武器になるような物がない。冒険の時に使っているパチンコが今は手元にないのだ。

 そもそも自分の牽制もどきの攻撃が、あの頑丈そうな鎧に通じるとも思えない。

こ の状況をどうにかしたいが、ハムスケが防戦一方の相手を前に取るべき手段が何も思いつかない。

 

 

「……やはり変だね」

 

「変なのは武器を飛ばすお主の方でござる。見たところ普通の武器ではござらんな。製法や素材も気になるし、一体どんな仕組みなのやら」

 

 

 四つの武器を高速で飛ばしては、手元に戻す。

 ただそれだけのシンプルかつ強力な攻撃が幾度か繰り返された後、不意にその攻撃がやんだ。

 

 

「魔獣、君は何者だ? 君もあの世界の存在なのか?」

 

 

 宙に浮く全身鎧は一時的に動きを止め、探るような声で問いかけてくる。

 自分ではなくハムスケにも少しだけ興味が湧いたらしい。

 

 

「あの世界? よく分からないでござるが、某の名はハムスケ。かつて『森の賢王』と呼ばれ、この森の南の地を支配した者。そして今は、ネム殿の友にして相棒でござる!!」

 

「森の賢王? 君が?」

 

 

 ハムスケは大仰に名乗りを上げて返すが、相手はどうも納得がいかない様子だ。

 ようやく会話らしい受け応えが繋がったのに、不穏な空気はちっとも消えていない。

 

 

「……嘘、だね。この鎧で今出せる力は全力に遠く及ばないとはいえ、それでも君たちを相手にするには十分すぎる。何故私の攻撃を防げた?」

 

「某を舐めるなでござる。武器の一つや二つ飛んできたところで恐るるに足らず。某がいる限り、ネム殿には指一本触れさせないでござるよ!!」

 

 

 こちらを睨む視線には、物理的な重さすら伴っているように感じる。

 それを真正面から跳ね除けてくれるハムスケがいなければ、自分は早々に折れてしまっていたかもしれない。

 

 

「もう一度言う。先程から私は君たちを殺す気で攻撃している」

 

「……何が言いたいのでござるか」

 

「今の私の攻撃は、英雄の領域を逸脱したものだ。この森に住む魔獣程度に――人間に使役される魔獣程度に、そう易々と防げるような攻撃じゃない」

 

 

 ハムスケが助けに来てくれたのに、体の震えは完全に止まってくれない。

 認めたくはないし、なんとなくだが、自分は理解しているのだろう。

 自分という枷があろうがなかろうが――ハムスケでは目の前の存在に勝てない。

 

 

(どうしよう。どうしたらいいの……っ!?)

 

 

 いくら頭を回し続けても妙案は出てこず、焦りだけが増していく。

 考えても考えても、今この場にいない存在しか窮地を脱するビジョンが思い浮かばない。

 どうにもならない焦燥と理解できない未知の恐怖が合わさり、ネムの頭の中は破裂寸前となっていた。

 

 

「芝居はもういいよ。そろそろ正体を明かすといい」

 

「……っ」

 

 

 ネムの激しい動揺をよそに、お互いに動くことなく、静かに睨み合う全身鎧の襲撃者とハムスケ。

 

 

「君は何者だ?」

 

 

 空中で変わらぬ姿勢のまま、同じ質問だけが繰り返された。

 

 

「……やれやれ。そこまで確信を持たれているのなら、仕方ないでござるな」

 

 

 さっきから何の話をしているのだろうか。

 ハムスケは口をつぐんでいたが、何かを諦めたように首を振った。

 そして唐突に――

 

 

「その観察眼に敬意を表し、改めて名乗らせてもらいましょう」

 

 

 ――口調と声が変わった。

 その声を聞いて誰かを思い出しそうになったが、そんな些細な記憶は全て吹き飛んだ。

 ネムの目の前でハムスケの輪郭が形を失い、ドロドロに溶け始めたのだ。

 

 

「ぇ、え?」

 

 

 モフモフだったはずの毛皮がモニョモニョと蠢き、体が柔らかい粘土みたいにグニャグニャとその形を変えていく。

 狂気的な事象にネムの目は大きく見開かれた。

 

 

「な、なんで?」

 

 

 滲み、歪み、ぐるぐると回り出す世界。

 ――ハムスケどうしちゃったの? お父さん、お母さん、お姉ちゃん。誰か助けて。助けてモモンガ。何か考えなきゃ。考えろ。何でもいいから。死んでほしくない。死にたくない。何か、何か。何か何か何かなにかなにかナニカナニカ助けて――

 残酷な現実がネムの頭の中で繰り返され、怒涛の勢いで押し寄せてくる。

 

 

「我が真名は――」

 

 

 ギリギリまで水の入った器が、ほんの一滴の雫で簡単に溢れてしまうように。

 目の前の衝撃的な光景は、少女の弱った心を決壊させるトドメとして十分過ぎた。

 

 

「は、はは、ハムスケが……」

 

 

 ネムの呼吸は浅く荒くなっていく。

 体は火照り、頭の奥は冷たくなっていく。

 積み重なった感情を処理しきれなくなり、溢れた感情が一粒の涙となって零れ落ちた。

 

 

「ハムスケが、溶けちゃった――」

 

 

 ネムは目の前が真っ暗になり、そのままぷつりと糸が切れたように倒れた。

 

 

 

 

「我が真名は――ムコセ・クッソルア!!」

 

 

 白金の全身鎧と対峙する不定形の異形――パンドラズ・アクターは高らかに偽名を名乗り、変身していたハムスケの外装を解除した。

 だが、本当の姿は一瞬たりとも晒さない。

 

 

「刮目せよ。そしてその目に焼き付けなさい」

 

 

 魔獣の姿からそのまま二足歩行の黒山羊へ。

 すなわち大災厄の魔。至高の四十一人が一人『ウルベルト・アレイン・オードル』――黒いスーツを着たバフォメットに連続して姿を変え、羽織ったマントをバサリとはためかせる。

 

 

「我こそが偉大なる御方に生み出され、数多の魔獣の力をこの身に宿す者…… 魔獣の王である!!」

 

 

 パンドラズ・アクターは息をするように嘘を重ねた。

 この場にデミウルゴスがいれば戦争待ったなしの行為だが、今は不敬などと気にしてはいられない。

 頭に載せたシルクハットを持ち上げながら優雅な所作でお辞儀をしてみせ、相手にこの姿こそが本来の姿だと印象付けようとする。

 

 

「以後、お見知り置きを」

 

「その独特な意匠の無駄に派手な装備…… それに()()()()()()()ときたか」

 

 

 自分の背後でドサリと、ネムが崩れ落ちる音が聞こえた。

 どうやら相手のプレッシャーに耐えきれず、気絶してしまったようだ。

 むしろ聖王国でのクレマンティーヌより一回り以上の強者を前に、今まで良く耐えたと讃えるべきか。

 しかし、パンドラズ・アクターは眼前の敵から視線と注意をそらさない。

 ――否、そらせない。

 

 

(ネム様を地面に放置したくはないのですが、これは油断できない相手ですね。……たまたま私が外に出ている時で本当に幸運でした)

 

 

 ほんの数秒でも異変を察知するのが遅れていたらと、パンドラズ・アクターは背中に冷たいものが流れるような感覚を覚える。

 相手はこの世界で知られる強者と比べ、明らかに逸脱した力を持つ存在だ。

 それでも現段階での手応えから推測すると、高く見積もって五十レベル前後の強さ。

 本気で戦わずとも、十中八九自分の負けはないだろう。

 

 

(さて、どういたしましょうか。相手の手札が不明すぎて、ネム様だけ先に逃すのも少しリスクがありますね)

 

 

 だが、こちらの理解が及ばない奥の手や切り札があるかもしれない。追い詰めるのは逆に危険だ。

 いざとなれば『ぶくぶく茶釜』の姿に即座に変身できるよう身構えながら、パンドラズ・アクターは相手の一挙手一投足を観察し続ける。

 

 

「やはり君の正体は従属神の類いだったか」

 

「ほほう…… 非常に興味深い単語が出てきました。貴方は中々博識なようで」

 

 

 とりあえず知ったかぶりをしてみた。

 最優先事項はネムの身の安全。敵を倒すことではない。

 パンドラズ・アクターは無詠唱化した魔法やスキル、マジックアイテムを密かに使い、できる限りの保険を背後のネムに施していく。

 次に自分が今するべきことは、時間稼ぎと情報収集である。

 

 

「その子がユグドラシルから呼び出したというのは君かい? いや、君の主人も一緒に呼んだのかな?」

 

「はて? ゆぐどらしーる? 何を仰っているのか、質問の意味を理解しかねますね」

 

 

 パンドラズ・アクターは内心で舌打ちをし、警戒レベルを一段階上げた。

 相手は予想以上に厄介な存在かもしれない。

 この世界で『ユグドラシル』という単語を知る者となると、一筋縄ではいかないはずだ。

 

 

「ユグドラシルだ。君は従属神、えぬぴーしーなんだろう?」

 

「従属神? あいにく神の従者と言われるほど、信仰心がある訳ではないのですが…… あとNPCって何です?」

 

「シラを切る気かい? まったく、今回は聖王国で悪魔が倒され、揺り返しも終わったと思っていたのに……」

 

 

 言動にもブラフを織り混ぜながら、パンドラズ・アクターは冷静に相手の様子を伺った。

 反応から察するに、相手は自分たちのようなNPCか、それに近しい存在を知っているらしい。

 

 

「百年の揺り返しだけでも厄介なんだ。イレギュラーに現れた存在まで、いちいち相手にしたくはないんだがね」

 

「言葉が足りな過ぎです。揺り返しってなんです? もう少し丁寧に説明していただけると、こちらもお答えしやすいのですが?」

 

 

 聞き慣れない単語も散見するが、静かに告げられる言葉の中に怒りの感情が混ざっているのをパンドラズ・アクターは見抜いた。

 おそらく相手はユグドラシルなどの、異世界から来た存在に敵対する者だろう。

 

 

「別に答えてくれなくても構わないよ。どの道、私はその子を殺さなければならない」

 

「なんとっ!! このような無垢な子供を手にかけるだなんて…… もしや人の心をお持ちでない!?」

 

 

 もし相手がプレイヤーやNPCの強さを知った上で敵対する事を選んでいるのなら、こちらは最大限に警戒しなければならない。

 相手は実は集団かもしれないし、こちらを倒しうる未知の力を隠している可能性も高いのだから。

 

 

「世界を汚す存在は許容できないのでね。今さら殺すことの意味は薄いかもしれないが、後顧の憂いを断つ程度の価値はある。さあ、退いてもらおうか」

 

「その要求は呑めません」

 

「……その子の能力が目当てか。目敏いことだ。主人であるぷれいやーに守るよう命令されたのか?」

 

 

 一体何を勘違いしたのか、相手はネムの持つ能力とやらを相当危険視しているらしい。

 しかし、パンドラズ・アクターの知る限りでは、ネムに特別な能力はないと認識している。

 

 

(……まだまだ情報が足りませんね。ネム様を狙う理由が曖昧ですし、実は本命は別にあるのでは?)

 

 

 特殊な血統でもなく、種族はただの人間種。

 身体能力は子供のそれ。その他の能力値も年齢相応で至って平凡。

 強力な職業も習得しておらず、魔法やスキルも使えない。

 レベルも二桁に達するどころか、レベル一に近いくらいだろう。

 

 

(それとも本当にネム様には隠された力が…… 無理に断定するのはやめておきましょう)

 

 

 自分の創造主と仲が良いこと――プレイヤーとの繋がり――を力というなら納得できなくもないが、相手が考えているのはもっと直接的な力のようだ。

 世界規模の力などネムが持っているはずがないと思うが、現地人しか理解し得ない根拠でもあるのだろうか。

 

 

「いえ、別にこの方の能力なんて知りませんし、私は誰からもそんな命令を受けていませんよ? 今この場にいるのは自分の意思です」

 

「狂った様子もなく自発的に動く従属神だなんて珍しいね。拠点は一緒に転移してこなかったのかな?」

 

「あいにくと放浪の身ですから、持ち家はないんですよねぇ。この辺りに寄ったのも、森の素材を取りに来ただけですし――」

 

 

 相手はこちらの正体をほとんど断定している。

 しかし、パンドラズ・アクターは嘘の中にほんの少しだけ真実を混ぜて惑わし、確信へは至らせない。

 疑念だけを増幅させ、思考の迷路へ誘導し、逆に相手の隠したがっている情報を抜き取ろうと試みる。

 

 

(……これは確実に仲間がいますね。ネム様に対する印象や情報に少しズレがあるのは、人づてで聞いたからでしょうか?)

 

 

 一瞬たりとも気を抜けない舌戦。

 普段の職務とはかけ離れているが、自分には創造主から与えられた素晴らしい頭脳がある。やってやれないことはない。

 

 

(よほど強さに自信があるのか、はたまた性格的なものか…… 相手の余裕の源。こちらを脅威と認識しつつ、勝てないとは微塵も思っていない理由も気になりますね)

 

 

 互いに言葉を重ねても、まるで親近感は生まれない。

 いつ戦闘が再開されるか分からない、ピリピリとした空気が張りつめている。

 

 

「……君ほど大袈裟な身振りをする従属神と会うのは初めてだよ」

 

「当っ然!! このカッコいいAction!! この言葉!! 全てがPerfect!! 何と言っても私、御方に創造されたオンリーワンですから!!」

 

 

 そんな空気の中、パンドラズ・アクターは自慢のカッコいいポーズを繰り返していた。

 

 

「ところで、貴方のお名前は何というのですか? まさかこちらにだけ名乗らせる、なんてことはしませんよね?」

 

「君が勝手に名乗っただけだろう」

 

「そんな固いこと言わないでくださいよ。コミュニケーションの第一歩は挨拶。次に互いの名を知ることですよ?」

 

「……」

 

「黙秘ですか。分かりました。では私が素晴らしい渾名を考えてあげます。そうですねぇ…… その見事な白金の鎧から、『プラティン』とか、どうです?」

 

「リク・アガネイアだ」

 

 

 表情の見えぬ白金の全身鎧は食い気味に、素早くも渋々といった様子で名を名乗った。

 それが本名か定かではないが、パンドラズ・アクターに思い当たるものはない。

 リク・アガネイア――現地では異常と言える戦闘力を有しているのに、その名が広まっていない。少なくともナザリックの情報網には引っかかっていない。

 

 

(今の反応、偽名じゃないとは言い切れませんが、判断に迷いますね。どうにも読めない…… そもそも人間種かどうかも怪しい)

 

 

 周辺国家最強と名高い某戦士長よりも、遥かに強いにもかかわらずだ。

 この世界における人間種の強者として、不自然と言わざるを得なかった。

 相手の姿形から御伽噺の十三英雄の一人、『白銀』が連想されるが、これも詳細は不明で推測の域を出ない。

 

 

「ほぉ、中々良い名前ですね。それでプラティン殿はどこのご出身で?」

 

「喧嘩を売っているのかい?」

 

「……失礼、アガネイア殿。寡聞にも聞いたことはありませんが、他国ではさぞ有名なのでしょうね。実は亜人だったりします?」

 

「そんなことはどうだっていいだろう」

 

 

 相手は精神的に疲弊し始めているようだ。

 さっさと会話は切り上げたい、けれどこちらの情報は聞きたいという、相反する感情が透けて見える。

 

 

「君は見るからに人ではない。誰の命令も受けておらず、その子の能力目当てでもないそうだね」

 

「それが何か?」

 

「それが本当なら、君がこの場にいる理由は無いはずだ」

 

 

 互いに腹の探り合いが続き、パンドラズ・アクターは相手が過去にもユグドラシル出身の存在と会った事があると確信した。

 そしてこの相手は、間違いなくモモンガの敵であるということも。

 

 

「なんの関係もないという君が、何故その子を守ろうとする? こう言ってはなんだが、君の本質が善なる者だとは思えないが……」

 

「確かに私は正義感が強い方ではありませんね。まあ理由は実にシンプルなものですよ」

 

 

 リクから問いかけられた内容は、自分にとってまさに愚問というものだろう。

 ――我が神のお望みとあらば(Wenn es meines Gottes Wille)

 全てはモモンガのため。自分の行動理念はそれに尽きる。

 

 

「ネム様がおられるだけで、あの方は笑ってくださいます。それはもう、楽しそうに……」

 

 

 モモンガの幸福だけが自分の望みだ。それ以外は二の次である。

 しかし、どれ程優れた能力を与えられても、自分ではモモンガの笑顔一つ作れなかった。

 

 

「あの方が、笑ってくれる?」

 

「ええ。本当に、凄いことですよ」

 

 

 パンドラズ・アクターは自嘲気味に笑い、無力だったあの頃を思い出す。

 ナザリックがこの地に転移するよりも前。モモンガを除く他のギルドメンバーが、ほとんどナザリックに現れなくなった頃。

 ギルドの維持費を稼ぐ事に忙しいはずのモモンガが、ごく稀にだが自分の所まで足を運んでくれた事があった。

 

 

(モモンガ様の心からの笑顔が、どれほど久しぶりだったか……)

 

 

 その時、パンドラズ・アクターはかつての仲間の姿を完璧に再現してみせたが、モモンガは悲しげに見つめるだけだった。

 何度繰り返そうが、誰に変身しようが、どんなポーズを取ろうが、モモンガは笑ってくれなかった。

 そしてすぐに自分への変身命令を取り消し、いつしかそんな命令を下すことすらなくなった。

 

 

(私が、どれほど己の不甲斐なさを呪ったか……っ)

 

 

 自分は創造主の傷ついた心をカケラも癒す事が出来ず、孤独な背中が遠ざかるのをただ見ている事しかできなかったのだ。

 あの頃のモモンガの暗く寂しげな様子は、決して忘れられない。

 

 

「それだけの理由で私の前に立つのか」

 

「その通りです」

 

「……『六大神』や『八欲王』と呼ばれたぷれいやーたちの中にも、子供に執着する者がいた。ぷれいやーは変な趣味の者ばかりだね」

 

「何を想像したかは存じませんが、偉大なる我が主を、その八欲王なる者たちと一括りにされるのは心外ですね」

 

 

 しかし、ある時から光が差した。

 ネムという友達のおかげで、今のモモンガは孤独から救われている。

 維持費を稼いで宝物殿に放り込むだけの毎日では得られなかった、充実した日々を過ごすことができている。

 

 

「さっきの攻防で君の実力は大体把握した。あの魔獣の姿に変身した状態でも、君は間違いなく今の私より弱い」

 

「はっきりと言ってくれますね」

 

「余裕だね。まだ何か奥の手でもあるのかな」

 

「特にありませんね。私が扱える魔獣の力は、さっきのが一番強いので」

 

 

 この世界でネムと遊んでいるモモンガの姿を、自分は陰ながら見守ってきた。

 散歩に仕事。冒険に雑談。宝探しに内緒話。相談事や特訓。他国への観光に闘技場での試合観戦。

 時にはナザリックに招待したり、小さなトラブルだってあった。

 それでも、それがどんなに些細な出来事でも、ネムと一緒にいる時のモモンガは楽しそうだったのだ。

 

 

(あぁ、楽しそうだった。本当に、楽しそうだった……)

 

 

 まるで至高の四十一人が揃っていた、あの頃のようだった。

 ネムと笑い合うモモンガの姿は実に尊く、夢のように素晴らしい光景だった。

 正しく自分が望んだ通りのものだった。

 どれほど希少なマジックアイテムであっても、あの尊い輝きには間違いなく劣るだろう。

 

 

「従属神が主人以外のために命を使うというのか。命令でもなく、あの方とやらを笑顔にしただけで?」

 

 

 鎧兜で顔は見えずとも、驚愕が透けて見えるようだ。

 リクには分かるまい。もしかすると、ナザリックでも真に理解する者は自分以外いないかもしれない。

 それでも構わない。ネムという友達がいれば、モモンガを笑顔にできる。幸せになってもらえる。

 パンドラズ・アクターにとって、これ以上の喜びはない。これ以上に望むものなどないのだ。

 それは、自分が何よりも望み――

 

 

「私が命を懸けるには十分です」

 

 

 ――自分では、叶えられなかった願いなのだから。

 

 

「……そうか」

 

 

 その短い一言を皮切りに、リクの周囲に浮かんでいた武器が再び動き出した。

 そして、それぞれの切先がパンドラズ・アクターと背後にいるネムに向けられる。

 役者としても失態というべきか。

 話にリアリティを持たせる程度にするつもりだったが、少しだけ自分の気持ちが前に出過ぎてしまったかもしれない。

 

 

「あぁ、本当に理解できないよ。それが一つの生命としてあるべき生き方なのか? やはりお前たちは異物だ。ぷれいやーたちは強大な力を容易く振るい、好き勝手にこの世界を汚して壊して作り替えようとする。許し難い存在だよ」

 

 

 何かを諦めたような溜め息にも似た声。

 相手の淡々としていた言葉にも熱が入り始めている。

 ――怒り。義務。責任。

 リクの背負う物の大きさが垣間見えた気がした。

 

 

「過去の者たちの所業を私に言われても困りますね」

 

「同郷だろう?」

 

「こっちは会ったこともないのに、同郷かどうかなんて分かる訳ないじゃないですか」

 

 

 しかし、パンドラズ・アクターは冷静さを失わない。

 まともに取り合わず、大袈裟に肩をすくめてみせるだけだ。

 

 

「質問を変えよう」

 

「質問を続けるならせめて武器は下ろしてくれません?」

 

 

 パンドラズ・アクターは全力で煽る。

 ――突然のブリッジ。

 ――軽快なステップ。

 ――カッコ良すぎるポージング。

 ――ねっとりとしたボイス。

 創造主から与えられた誇りある動きと言葉で、ただひたすらにリクを煽った。

 

 

「お前たちはどうして同族でもない弱い人間種なんかに肩入れしたりするんだ」

 

「無視ですか。まっ、慣れてるので気にしませんけど」

 

 

 本来なら讃えられるべき言動を挑発に使うのは少々勿体ないが、そこは諦めるしかない。

 大したリアクションも返ってこなかったが、やって損はないのだ。

 

 

「そうですねぇ。個人の嗜好は分かりませんが、中には素晴らしい存在もいるからでは?」

 

「ぷれいやーからすれば、どれもちっぽけな存在だろうに。大小はあれど、何故か全てのぷれいやーは人間種に関心を抱いていた」

 

「それは初耳ですね……」

 

 

 相手は善悪を超越した強い信念を持つ者。

 この手の輩は説得するだけ無駄だ。

 何故なら、もう既に自身の中で答えが出ているのだから。

 

 

「エルフを含め、同族である人間種のぷれいやーどころか、本来人喰いであるミノタウロス。生者を憎むはずのアンデッドですらそうだった」

 

「ふむふむ。人間種はプレイヤーとやらに大人気、と」

 

 

 それはそれとして、意外とリクは重要そうな情報をポロポロ落としてくれる。

 真偽の程は精査して確かめる必要があるが、どれも貴重な情報だろう。

 

 

(やはりモモンガ様の予想通り、プレイヤーは過去にもこの世界に来ていたのですね。……口ぶりからして今も生きているかは微妙ですが)

 

 

 これまでの言動から、この襲撃者は世界を守る事に固執しているのが丸わかりだ。

 強迫的なまでに世界が汚されること――何をもってして汚すなのかは曖昧だが――を恐れている。

 さしずめ『世界の守護者』と言ったところか。

 

 

(それにしても、一体何がこの者を駆り立てるのでしょうか。我々と違い、そうあれと生み出された訳でもないでしょうに……)

 

 

 自分の創造主は優し過ぎる。

 モモンガは自身の幸せよりも、仲間との居場所を守ることを優先し続けた。

 誰一人仲間が残らなくても、ユグドラシルが崩壊するその瞬間まで、ギルド長としての責務を全うした。

 その果てに、奇跡的に再会した友を救うため、見知らぬ世界で情報もないままに飛び出し、敵に戦いを挑みすらした。

 

 

「最後の質問だ」

 

「一応お聞きしましょうか」

 

 

 そんなモモンガとリクが分かり合えるはずもない。

 大義があろうがなかろうが、友達を傷つける存在を自分の創造主は決して許しはしないだろう。

 

 

「その子供に…… たった一人の人間に、どれほどの価値があるんだ?」

 

 

 少しだけリクの言葉が揺れていた。

 

 

「私は既に告げたはずですが?」

 

「たった一人の存在が世界の安寧に釣り合うはずないだろう。……初めから個人と世界が、天秤にかけられるはずがないんだっ。そんな事は許されない」

 

「そんなルール知ったことではありません。ネム様の魅力をご理解いただけないようで、非常に残念です」

 

 

 どこか後悔が滲んでいるような問いだが、残念ながら理由は全く分からないのでテキトーに返すしかない。

 パンドラズ・アクターは両手で無念さを表現しながら、そっと自らの額に指を当てる。

 

 

「そんな哀れな貴方に、この〈伝言(メッセージ)〉を送りましょう。Hilfe!!」

 

「……君の行動は本当に理解に苦しむ」

 

「おぉ、我が神よ。この私の晴れ舞台、どうか今しばらく御照覧あれ。まずはとくと吟味していただきたく。できれば舞台に上がる際は鎧を着用して下さりますよう……」

 

「無視か。お返しのつもりかい?」

 

 

 神に祈りを捧げる狂人とでも思われたのか、それとも単に踊っているだけに見えたのか。

 リクの語気は明らかに鋭さが増している。

 なんにせよ、気づいていないなら儲けものだ。

 

 

「私は至って真剣ですよ」

 

「もういい。こちらもやるべき事はたくさんあるんだ。君ばかりに構ってもいられない」

 

「では是非ともお帰りください」

 

 

 リクの武器から発せられる威圧感が一際膨れ上がったのが分かる。

 気持ちを切り替えたのか、先ほどと違って揺らぎのない佇まいだ。

 できるだけ粘ってみたが、会話での時間稼ぎと情報収集はどうやらここまでらしい。

 

 

「随分と長く無駄話をしてしまった。いい加減その鬱陶しい身振りともお別れだね」

 

「やれやれ、せっかちな方だ」

 

 

 ここから先は、肉体言語を使った情報収集の時間である。

 最低限の仕込みは既に済んでいるので、パンドラズ・アクターは再びハムスケの姿に変身した。

 

 

(我が創造主、モモンガ様。父上と呼ぶことを許してくださった慈悲深き御方よ。貴方様から賜りしお役目、今こそ果たしてみせましょう)

 

 

 自分たちは役者(忠臣)ではあっても主役(友達)にはなれない。

 せいぜいが脇役、道化師止まりの存在だろう。

 だがそんな脇役にも、モモンガは個の存在として、惜しみない愛情を持って接してくれている。

 ならばこそ負けられない。

 脇役は脇役として、道化師は道化師らしく、自分の役割を全うして舞台の場を繋いでみせよう。

 

 

「滅びろ。世界を汚す者たちよ」

 

 

 リクが力強く腕を振るった。

 一斉に飛んでくる武器の軌道を見極めながら、パンドラズ・アクターは不敵に笑う。

 世界より個を選ぶ悪を讃えよう。

 大義より友の未来を渇望する悪を誇ろう。

 優しき心を持つオーバーロードに永遠の喝采を。

 

 

「我が命、我が忠義、我が願い。そして、我が誇りにかけて…… 断固として阻止させていただきましょう!!」

 

 

 創造主を笑顔にする事もできなかった不肖の息子なれど、果たすべき使命は今ここにある。

 何故なら自分は、宝物殿の領域守護者なのだから。

 ――モモンガの大切な『宝』を守るのは、自分の役目だ。

 

 

「この役だけは、誰にも譲れません――でござる!!」

 

 

 これは己の存在意義を証明する戦い。

 パンドラズ・アクター、一世一代の一人舞台が今、幕を開ける。

 

 

 




IFルートは長くなったので分割しています。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。