木々を斬り砕く音。
重厚な金属を弾く硬質な音。
大地を抉る轟音。
トブの大森林の一角では、激しい戦闘音が幾度となく響き渡っていた。
繰り返される音の正体は、絶え間なく飛び交う四つの近接武器――白い大剣、白いハンマー、白い刀、白い槍。
そして、それに真っ向からぶつかり合う爪と尻尾だ。
「邪魔をするな」
「やらせないでござる!!」
全ての武器が必殺の意思で放たれ、絶対の覚悟によって防がれている。
はたから見れば余裕など微塵も感じられない、壮絶な命の奪い合いだ。
(魔法を使っている様子はなし。純戦士職でしょうか? それにしては動きに違和感が……)
変身するところを見せているので、自分が本物のハムスケではないことは当然バレている。
しかし、そんな中でも役者としてのちょっとしたこだわりで、パンドラズ・アクターはハムスケの演技を再開して続けていた。
「君では私に勝てない。それくらい理解しているだろう?」
「分からぬでござるな。その台詞は某を倒してから言うでござる!!」
執拗に攻め立てる白金の全身鎧は、猛スピードで空を駆けていた。
――急加速、急停止、直角移動。
人体の構造を完全に無視するリクの動きは、不気味なほど人間味が無い。
(動作に入るタメがありませんね。我々の知らない武技か、それとも別の…… 先程は手を掲げてましたが、実際は武器を操るのに腕を動かす必要もないのでは?)
実は鎧の中身は空っぽではないかと、パンドラズ・アクターが少々疑ってしまうほどだ。
「っせい!!」
「ふんっ、でござる!!」
リクは操り人形のような機動で動き回り、パンドラズ・アクターを撹乱しようとしている。
さらに隙を見ては殺意だけが込められた武器を四方八方からこちらに向けて飛ばし続けている。
狙いはかなり正確であり、どれも確実にパンドラズ・アクターかネムに当たるコースだ。
「……いい加減諦めてくれないか。私はぷれいやーに連なる者を全て殺したいわけじゃないんだ」
「殺意全開のくせに何を言ってるでござるか」
「その子供は危険だ。その子が生きている内にあと何度力を使えるかは知らないが、脅威の芽は摘まなければならない」
「なら分かり合えぬでござるな」
リクは武器を弾として飛ばすだけでなく、時には武器を掴んで直接斬りかかってくる事もあった。
武術として洗練された動きとは異なるが、どの攻撃も無駄がなく、殺傷能力だけは異様に高い。
某戦士長なら三合と打ち合えずに死んでいるだろう。
「君にはユグドラシルからぷれいやーを呼ぶ力の危険性が分からないのか? 異世界の力はこの世界に歪みを生む」
「いやいや。そんな大層な力、ネム殿は絶対持ってないでござるよ」
「その子は少なくともユグドラシルの世界を覗いたはずだ。それに近い能力を持っている可能性がある」
「流石に考えすぎではござらんか?」
「異世界に干渉する力。それだけでも危険因子に値することに変わりはない」
ハムスケの姿になっているパンドラズ・アクターは、それらの攻撃を全て迎撃し続けた。
外装が使い慣れない姿だとしても、百レベルのステータスは相応の力がある。
迫り来る武器を爪で逸らし、尻尾で弾き、時にはその身で受け止め、意識を失ったネムを堅実に守り切っていた。
「思ったより粘るね」
「まだまだこれからでござるよ」
本格的な戦闘が始まってから、まだ然程時間は経っていない。
リクは息を切らす様子もなく、パンドラズ・アクターもわざと喰らったかすり傷しか負っていない状態だ。
「――少し本気を出そう」
このままでは埒があかないと判断したのか、上空にいたリクは急降下しながらネム目掛けて突っ込んできた。
これまでは手を抜いていたのか、それとも強化系のスキルや武技でも使ったのか、先程までの移動スピードよりも一段階ほど速い。
「っ!? 行かせません!!」
背中に氷柱を入れらたような感覚――危険を直感したパンドラズ・アクターはハムスケの真似事すらやめ、なりふり構わない体当たりで相手の突進を受け止める。
互いに強烈な頭突きをぶつけ合う形となり、普通の人間であれば首への負荷が尋常じゃなくかかるはずだ。
たとえ人間種でなくとも、首に骨のある人型の種族ならこの姿勢で押し合える訳がない。
(中々の突進力ですね。ですが……)
だが、相手は苦悶の声を漏らす素振りもない。それを苦もなく当たり前のようにしているリクに、パンドラズ・アクターはますます疑念を深めた。
(ぶつかった衝撃が予想より軽い。やはり、これは中身が――っ!!)
そのまま押し合いが拮抗している中、不意に白いハンマーが体の横をすり抜けようとした。
その狙いは確実にネムだろう。
パンドラズ・アクターは素早く尻尾を伸ばすと、そのハンマーすらも軽々と防いだ。
「おっと、危ない危ない。そう簡単にチェックはさせません」
「いや、予想通りだよ」
次の瞬間、白金の全身鎧から底冷えするような気配が発せられる。
先の攻撃が囮だと気付いたが、もう遅い。
リクは関節など存在しないとばかりに、右腕を目標に向けて最短距離の軌道で動かした。
ハンマーを弾いたばかりの尻尾を一瞬にして掴み取ると、地面に踏みつけて固定してくる。
「しまっ!?」
「これで君の動きは封じた」
この体の一番の利点が消失した。
それどころか今まで自身やネムを守る盾となっていた物が、今度は己を縛る鎖へと変わった。
自らの尻尾を押さえられ、パンドラズ・アクターはこの場から動いてネムを守ることができない。
「終わりだ」
はっきりと告げられる静かな勝利宣言。
リクは待機させていた残り三つの武器を、後方のネムに向けて一斉に発射した。
「っまだ、閉幕には早いですよ!!」
「なにっ!?」
――刹那の決断。
パンドラズ・アクターは咄嗟に腕を振るい、自らの尻尾を千切るように抉り落とした。
躊躇いのない自傷行為に動揺し、僅かに動きが鈍ったリクを無理やり振り切って反転する。
(指輪や魔法の保護はありますが、それらはあくまで保険。あの武器の効果が分からない以上、過信は出来ませんからね)
それは、いつかの少女が妹を守るために咄嗟に取ったのと同じ行動だった。
パンドラズ・アクターは倒れているネムに覆い被さるように飛びつき――
(この身をもって確認するとしましょう)
――飛来した大剣、刀、槍にその身を貫かれた。
「……尻尾を捨てて拘束を解くとは、少し驚いたよ」
本格的な戦闘が始まってから、初めてリクは動きを止める。
今の一連の攻防で確実に対象を殺せたと思っていただけに、リクは素直な賞賛を込めて呟いた。
「それに大した頑丈さだ。その子まで貫通しなかったようだね」
「当、然。ネム様には、擦り傷一つ負わせていませんとも…… っ私も、薄皮一枚裂けた程度です」
リクが軽く腕を振るうと、パンドラズ・アクターに突き刺さっていた武器が宙に浮き、ゆっくりと手元に戻っていく。
武器が引き抜かれた背中の傷跡からは血が溢れ出し、毛皮を広範囲に赤く染め上げる。
まるで水風船がはじけたようなその夥しい血の量は、決して傷が浅くはないだろうことを示していた。
「私が生きている限り、貴方の攻撃はネム様には届かない。届かせは、しないっ!!」
「……君を少し甘く見ていたかもしれない。だがその傷では限界だろう。今度こそ終わりにさせてもらう」
パンドラズ・アクターは口から血糊を吐いて叫んだ。
それを見ていたリクは再び宙に浮かび上がり、片手を挙げて武器を飛ばす準備に入った。
二人を狙う武器の数は四つ。
相手が手負いであろうとも、そこに油断や侮りは一切なかった。
「その子だけを殺しはしない。君の覚悟と誇りを尊重し、君もろともその子を葬り去ろう」
「……残念です。確かに終わりのようですね」
勝利を確信した相手の姿を、パンドラズ・アクターは如何にも苦しげな表情を作って見上げる。
そして、断頭台に繋がれた罪人のように頭を垂れた。
その弱々しく悔しげな声音は、敗北を受け入れた者の台詞に聞こえただろう。
「私の出番は――ですがね!!」
しかし、自身が最も敬愛する主人の気配を感じ取っていたパンドラズ・アクターは、最後の最後で演技をやめる。
実は余裕がありますと言わんばかりに、顔を上げるとキメポーズを取り、堪え切れない喜びを全力で露わにした。
「それは一体……っ!?」
突如として飛来した黒い流星。
リクは空中で咄嗟に身を捩るが、躱しきれずに鎧の肩口に何かがぶち当たった。
激しい金属音を響かせた謎の物体は鎧にほんの微かな傷をつけ、重力に従い落下して地面に突き刺さる。
「くっ。今のは…… 黒い、大剣?」
飛んできた物の正体は、先端が扇状に広がる形をした黒い大剣――漆黒のグレートソードだった。
◆
「――私の大切な者たちを、随分と可愛がってくれたようだな」
リクは抑揚のない声の発生源、武器が飛んで来た方角に体を向けた。
全く強さを感じないのに、それに見合わぬ尋常ではない気配を発する存在。
そこにはグレートソードを投擲するという、真っ当な剣士にあるまじき暴挙を行った漆黒の全身鎧が佇んでいた。
(増援か。私が気づけなかったとなると、かなり高度な隠密能力だ)
戦闘中とはいえ、リクも周囲の警戒は続けていたつもりだ。
しかし、最初に乱入して来た魔獣モドキのみならず、二度も敵の接近を許してしまっている。
自身の知覚能力の高さを加味すると、これはほぼあり得ないことだ。
(だがあの膂力と武装は完全に戦士。隠密ではなく、マジックアイテムか何かで転移魔法を使ったのか……)
魔法や隠密にも優れた戦士という在り方は不可能ではないが、どうしても個々の技能が中途半端になりやすい。
ならば魔法の道具で直接この場に転移してきた可能性の方が高いだろうと、リクは油断なく相手の能力を考察していた。
「お前、本気でネムを殺そうとしたな?」
「ああ。否定はしない」
「何故だ…… 報復目的、冒険者のネムに何か恨みでも? それともお前は人を喰らう種族なのか?」
「恨みはない。冒険者かどうかも関係ない。種族に関しても否定しよう。私は成すべき事を果たすだけだ」
「そうか……」
相手は怒鳴るでもなく、初撃以上の実力行使に出る様子もない。
感情を殺して淡々と質問をする姿は、一見すると冷静で事務的にも思える。
「種族特有の生き方なら否定はしない。仕事上の危険はネムも承知の上だし、時には怪我をすることもある。冒険中のイザコザや、立場的に敵対していたなら、俺だって多少の理解や納得もしたさ……」
「何が言いたい」
「降りかかる火の粉は当然払うが、お灸を据える程度で済ませてやってもよかったんだ。万が一ネムに非があったのなら、仲裁にも入ろう。俺も仲間として誠心誠意頭だって下げる。だけど……」
ゆっくりと近づきつつも、会話をするにはまだ遠過ぎる二人の距離。
「お前は、何もしていないただのネムを狙ったのか」
「ただのと言うには、その少女は特異過ぎる」
だが、静まり返った空気の中、お互いの意思ははっきりと相手に届いていた。
「貴様がどこの誰かなど、もはやどうでもいい」
漆黒の全身鎧を纏った人物は、投げた物と同一の武器を片手にリクとの距離を更に縮める。
「何故ネムを狙ったのかなどと、理由を聞く気もない」
一歩、また一歩と二人の距離が近づく度に、リクに向けられた圧は段々と増していった。
「お前は私の、俺の大切な友達を傷つけた」
強く握られ過ぎたグレートソードの柄は、ギチギチと悲鳴を鳴らしている。
「っ許さない。許せるか、許すものか……」
漆黒の全身鎧の声は震えており、溢れ出しそうな感情を必死で抑えているようにも見えた。
さながら決壊寸前のダムのようで、張り裂けんばかりの感情が鎧に無理やり押し込められている。
「絶対に、許さない」
そして、リクとの距離が縮まり、漆黒の全身鎧は少女と魔獣を守るように自らの背後に隠した。
「ただでは済まさんぞ――このっ、クゥ、クズがぁぁぁぁぁあああ!!」
――瞬間、漆黒の全身鎧を中心に、目に見えない何かが吹き荒れる。
世間一般で英雄と謳われる者が持つ覇気やオーラと違い、呪いとでも形容されかねない禍々しさだ。
「この俺の、俺の大切なっ!! 俺の友達に、俺の、俺を救ってくれた友に!! 友に、ネムに、手を出しやがって……」
火山の噴火ですら比較にならない程の怒りを爆発させ、漆黒の全身鎧は感情を剥き出しにしている。
兜の隙間から漏れ出る眼光は血のように紅く、吐き出された絶叫はドロドロとした怨念の塊だった。
生きとし生けるもの全てを殺す。激昂した漆黒の全身鎧は、そんな濃密な死の気配を撒き散らしている。
「そうか。その子が呼び寄せたぷれいやーは君か」
それに対して、リクの反応は冷ややかなものだった。
友情や愛情などに関心がない訳でもない。
元から心が揺れ動かないほど冷徹な訳でもない。
ましてや、友人や家族などの身内を傷つけられ、怒る者達の気持ちが理解できない訳でもなかった。
「問答する気はない。これから貴様が口にするのは悲鳴と呪詛だけだ」
「私としたことが、目の前の事に集中し過ぎていたようだ。……やるべき事は変わらないがね」
彼の怒りは真っ当なのだろう。
それを理解した上で、リクは自らの行いに大義があると信じている。
少女への仕打ちが理不尽であることも理解し、それでも世界を守るために必要な犠牲として、リクは全てを割り切っているのだ。
自らに課した責任を果たすため、良心が痛もうが止まることは許されない。
(ここまで禍々しい殺気を撒き散らしているのに、まるで強さが感じ取れない。ぷれいやーだとすると、リーダーと同じタイプか? 精々が英雄級くらい、それとも能力の隠蔽? 感覚的にそこまで強い戦士ではなさそうだが……)
リクは今ここで取るべき選択肢を考える。
未知の能力を持つ少女の抹殺。
素性の不明な従属神、及びぷれいやーの抹殺。
それとも、一度退いて態勢を立て直すべきか。
(挑発して少し探りを入れるか・・・ 増援が彼一人で打ち止めとは限らない。幸いにも少女と仲間の底は知れた。新たなぷれいやーの対応と、すぐには力を使えない子供。優先するべきは……)
少女の力は危険だが、次に能力が発動されるとしても十年単位の猶予はあると思われる。
今後警戒は強まるだろうが、仲間の力がこの程度なら一度撤退してもさほど問題はないだろう。むしろ一度引いて様子を見ることで、相手の勢力がどの程度か情報を引き出せるかもしれない。
現時点では、本体が出張る必要性すら感じない。
――鎧に込める力を少し増やすだけでいつでも処理できる程度なのだから。
リクはいっそ冷酷とすら思える冷静さで思考しながら、漆黒の全身鎧を観察していた。
「やれやれ。こんなことになるなら、せめて障壁を使えるように準備しておくべきだった。子供一人と思って侮り過ぎたね」
「――殺す。貴様は塵一つ残さず、完全にこの世から消し去ってやる」
漆黒と白金。
片や大切な個人のために、その他大勢を意に介さない悪の者。
片や世界を守る大義のために、迷いなく個人を切り捨てる正義の者。
互いに譲れぬ一線はとうに踏み越えた。
決して分かり合えなくなってしまった、完全に相反する二人がここに会合した。
◆
『――を送りましょう。 Hilfe!!』
外に出ていたパンドラズ・アクターから、急に〈
何の脈絡もなく、本当にいきなりだ。
そのくせこちらが何か言ってもガン無視。
一方的に喋り続け、ちゃんとした相槌すら返さない。
(新手の嫌がらせか? ……まさか謀反か!? ついに叛逆なのか!?)
相手が自分の創造したNPCでなければ、モモンガは本気でそう思ったかもしれない。
その後も芝居がかった訳の分からない要請が続いたので、とりあえず
――ネムが倒れている。
鏡に映し出された光景を目にした瞬間、モモンガはあの日のようにナザリックを飛び出していた。
「――殺す。貴様は塵一つ残さず、完全にこの世から消し去ってやる」
パンドラズ・アクターの分かりにくい指示を理解し、直前に鎧で正体を隠して来ただけでも奇跡に近いだろう。
意識のないネムを直に見て、モモンガの僅かに残っていた理性はあっさりと吹き飛んだ。
理由もなく友人が傷つけられ、モモンガが怒らないわけがない。
冒険者をしている以上、ネムが怪我をしたり襲われたりするのは初めてではないが、今のモモンガの怒りは冒険中の比ではない。
もはや種族特性でも抑えきれないほど、モモンガは怒り狂っていた。
「揺り返しに無関係のぷれいやーと会うのは初めてだね。最初に言っておくけど、私は今君と争うつもりはまだないよ」
「こちらにはある。慈悲をくれてやる気はないが、拷問する手間すら惜しい。一秒でも貴様が生きている事実が不快だ」
言葉の端々から滲み出す憎悪。
モモンガは特殊なスキルこそ発動していないが、普通の人間なら心臓を止めてしまいかねない程の殺気を相手にぶつけていた。
「貴様が死ぬのは確定事項だと知れ」
レベル百のプレイヤーが放つ、本気の殺意である。
それは戦いを生業とする者でなくとも、生物なら肌で命の危機を感じられるレベルだ。
「本当に困ったな。君たちもだが、特にその子はこの世界に存在してはいけない」
「は?」
「世界を歪める力は何が起こるか分からないから危険なんだ。その子自身に悪意がなくとも、その力は罪深い。その子はきっとこの世界に害をもたらす。――世界にとっての悪だ」
しかし、白金の全身鎧は真正面からそれを浴びているにも関わらず、全く怯むこともない。
それどころか、火に油を注ぐような事を平然と言ってのける。
――ネムという存在の全否定。
そのあまりの言いぐさに、理解し切れなかったモモンガが一瞬固まってしまうくらいだ。
「このっ、黙れぇっ!! いい加減その薄汚い口を閉じろ!!」
「おっと。念のため早めに消しておきたかった気持ちもあるんだが…… 仕方ない」
モモンガは頭に血が上り切ってしまい、相手を罵る言葉さえも上手く出てこない。
感情任せに振るった一撃はヒラリと躱され、そのまま高度を上げて距離を取られた。
「今の私でも勝てなくはないが、君たちを相手にするのは少々面倒だ。今回はここまでにさせてもらうよ」
「そう言われて逃がすと思うのか」
「見逃すのはこちらの方だ。その子に伝えておいてくれ。もうその力は使うな、とね」
白金の全身鎧の冷静な態度に垣間見える余裕。
お前たち程度いつでも殺せるという、経験と実力に裏打ちされた強者の態度であった。
「力だと? さっきから意味の分からんことを……」
「ただの念押しだ。私の父ですら、あの力を短期間に何度も使うことはできなかった。それこそ年単位の休息が必要だった。その子はタレント由来か、それとも別の要因で使えるのかは知らないが……」
二人の認識と知識に差があるという点を考慮しても、モモンガと白金の全身鎧ではまるで会話にならなかった。
モモンガにいくら凄まれようとも、白金の全身鎧からは既に戦意が感じられない。
「異世界に干渉する力は、本来発動に膨大なエネルギーがいる。たとえ竜王が始原の――まあいい。何にせよ、人間が短期間に連続で使うなど到底不可能だろう」
モモンガは油断なく武器を構えていたが、白金の全身鎧は既にこちらのことなど眼中にないらしい。
「しばらくはその命、預けておく。次にその力を使えば――その予兆があれば、私は今度こそ確実にその子を消す。無論、世界を汚すのなら、君もね」
言いたいことだけを一方的に告げ、白金の全身鎧は上昇を続けて空の彼方へと消えていった。
モモンガは少しだけ空を眺め、忌々しそうに舌打ちをする。
そして、手に持った武器を放り出し、すぐに倒れているネムに駆け寄った。
「っネム!! 大丈夫か!? 傷は、怪我はどこだ!?」
「モモンガ様、ネム様は無事でございます」
「本当か!? だが、意識が……」
「無理もありません。訳も分からずに襲われ、恐怖で気を失われたのでしょう。ましてや相手はあれほどの強さでしたから。ですが外傷もありませんし、呪いの類もございません。しばらくすれば自然に目を覚ますはずです」
「そ、そうか。ああぁ、良かった……」
最上位の回復薬を両手でぶっかける勢いだったモモンガは、パンドラズ・アクターの説明に手をとめた。
そして、優しくネムを抱き上げ、生きている鼓動を確認すると、モモンガはほっと息を吐いた。
「怖かった、だろうな……」
ネムの目の端に光る雫を見つけ、モモンガは取り出したハンカチでそっと拭う。
正常な呼吸を繰り返しながらも、意識のないネムは眉根を寄せている。
この世界で再会したあの時以降、モモンガはネムが泣いているところなど見たことがない。
様々な危険に遭遇する冒険中だって、ネムは歯を食いしばって耐えていた。
「……なあ、なんで襲われたんだよ。危険を承知で冒険していた訳でもない。私のようにアンデッドという訳でもない。ただ散歩してただけじゃないのか?」
そんなネムが涙を流したという事実。
あの白金の全身鎧に襲われたことが、よほど怖かったのだろう。
「我々が世界の敵というなら分かるさ。異形種だし、後ろ暗いことはいくらでもあるからな。……だけどネムの、ネムの何が悪だ!! 大量虐殺でもしたか? 環境汚染でもしたってのか!? ネムのどこに否定される理由があるというんだっ!!」
ネムの感じた理不尽な恐怖を思い、モモンガはギリギリと歯を食いしばった。
ナザリックを存続させるためと言い訳をして、自分たちは各国に理不尽の極みを撒き散らしている。
文句を言う資格はないと分かっていても、モモンガは怒りは止められなかった。
「申し訳ありません。私の力不足で、ネム様のお心までお守りする事が出来ませんでした」
「……いや、本当に助かった。お前から〈伝言〉が届いた時は何事かと思ったが…… クソっ!! 今すぐにでもアイツを見つけ出して、苦痛に塗れた永遠の死をくれてやる!!」
無意味に友達を傷つけた存在が憎くて仕方ない。
あの白い鎧を剥ぎ取り、肉体を斬り裂き、その心臓を握り潰してやりたい。
モモンガに残された人間の残滓、友への執着がアンデッドの精神と絡み合い、凄惨な報復を、アレを殺せと叫んでいる。
鎮静化を繰り返して少しだけ落ち着いていた怒りが、憎悪がまた沸々と燻りだす。
「お待ちください、モモンガ様」
ネムを抱き上げているため、地団駄を踏むこともできない。
それでも怒りで体が震えるモモンガに、元の姿に戻ったパンドラズ・アクターは待ったをかけた。
「その御怒りはもっともでございます。ですが、まずは落ち着いて聞いていただきたい事がございます。あの者はユグドラシルの存在を知っておりました」
「……なに? まさかプレイヤーか!?」
「いえ、おそらくプレイヤーではありません。相手はこの世界の未知の存在。それも個人ではなく集団の可能性が高いかと。組織の規模も不明です。殲滅なさるのであれば、ナザリックの総力をあげて動くべき案件であると具申いたします」
パンドラズ・アクターのあまりの真剣さに、流石のモモンガも再び理性と冷静さが戻ってくる。
いくらネムが襲われたとはいえ、自分の自己満足のためにナザリックを動かすのはやり過ぎではないだろうか。
ナザリックを表に出さないように気をつけろと、最初に方針を決めたのは自分だ。
(相手はユグドラシルを知る現地の存在。ナザリックとして敵対した訳でもないのに、藪を突くような真似は……)
未知の存在との敵対。
場合によってはナザリックそのものを危険に晒す行為だ。
敵対してもなんの利益も確約されていない。
現時点でも調査対象にはなるかもしれないが、真っ先に戦いを仕掛けるのは合理的ではない。
(クソっ。どうするのが正解だ。考えろ。この場にはパンドラズ・アクターもいる。ナザリックの支配者として、俺が取るべき態度は……)
ナザリックに影響があるとなれば、モモンガ個人で出来ること以上を望むのはただの我が儘だ。
つまりは支配者として、ナザリックを動かすのは相応しい行動ではない。
業腹だが、ポケットマネーでネムの護衛を密かに召喚するのが限界だろう。
まるで友人を監視するようで、それすらもやりたくはないのが本音だった。
しかし、命を狙われているとあっては背に腹はかえられない。
「……そこまでするつもりはない。調査を行う必要はあるかもしれんが、現在の作戦に支障が出るのは不味い。優先順位はデミウルゴスとも協議する」
「それでよろしいのですか?」
「構わん。我々はこの地に来てまだ日が浅い。しっかりとした地盤を築くのが先だ」
苦々しさは抜けきらないが、なんとか支配者としての体面を保つようにモモンガは言い切る。
きっとこれが正解のはずだ。そう自分に言い聞かせた。
「――
「ど、どうした?」
いきなり声を張り上げたパンドラズ・アクターの一喝が、静けさの戻った森に響き渡る。
そういえば一度目も確認されたが、これは了承の返事ではない気がする。
いつもと変わらぬはずのその表情は、心なしか怒っているようにすら見えた。
「父上よ。最後まで我らを守り続けてくださった慈悲深き御方よ。たとえ貴方様がどれだけ無茶苦茶な願いを告げようとも、我々は全力でそれを叶えてみせます」
「……何を、言っている」
「ナザリックとしてやる意味がない? 利益がない? くだらない? 大いに結構。それがモモンガ様の心からの願いであるならば、価値はそこにあります。……我々を守るため、もうご自身の気持ちを犠牲にされる必要はないのです」
跪いて懇願するように紡がれた言葉に、モモンガは気圧されて仮面が崩れそうになる。
自分は過去にも、仲間からこれに近いことを言われた経験があった気がした。
その時、自分はどう答えたのだったか。
「我々も微力ながら力になれます。ならせてください。モモンガ様は、もっと我が儘を口にされてよいのです」
大切な思い出を手繰りながら、モモンガは逡巡する。
本当に、良いのだろうか。
支配者の仮面をかなぐり捨てても。
自分なんかが、我が儘を言っても。
「だからどうか、御心のままにやりたいことを仰ってください。モモンガ様」
パンドラズ・アクターはこれ以上伝えるべきことはないと、静かに自分の言葉を待っている。
決めきれないモモンガはあの頃の、好き放題していた仲間達と過ごした時間に頼った。
(……馬鹿だなぁ、俺。でも俺たちは、"アインズ・ウール・ゴウン"ですもんね)
彼らなら、今の自分の馬鹿な考えを止めるだろうか。それとも面白がるだろうか。
――やろうぜ!!
積極的に乗ってくるギルメンもいるはずだ。
――俺は反対だな。
冷静に拒否するギルメンもいるはずだ。
――じゃあいつものやついきますよ。表が賛成、裏が反対ってことで。
話し合っても結局はまとまらなくて、いつも通り多数決で決めるのだろう。
三分の一くらいは反対するかもしれないが、それでも最終的には――
「……アイツを叩き潰したい」
魔王ロールではない。支配者のフリでもない。
モモンガの素の声が口をついて出た。
「ああ、そうだ。考えなしだって分かってる。褒められた事じゃないって分かってる。それでも、俺自身の我が儘だけど、このモヤモヤを晴らすために…… あの意味の分からんクソ野郎にっ、友達を襲った仕返しをしてやりたい!!」
「はい!! モモンガ様の願い、しかと承りました!!」
自分の幼稚過ぎる答えを聞いたパンドラズ・アクターは素早く立ち上がると、心の底から嬉しそうに応えた。
眩しいくらいキレのある見事な敬礼だ。
「これから守護者たちにも同じ事を伝えなければならないと思うと、気が重いな」
「ご安心ください。万が一にもあり得ませんが、他の方が渋るようでしたら私一人でもお供いたしますので」
NPCの前で素の自分を少しだけ解放したせいか、なんだか不思議な気分だ。
あれほど恥ずかしかった敬礼も、今だけはそれほど悪くないと思えた。
「ははっ、心強いよ。そういえばお前の怪我の方は大丈夫なのか? さっきは結構血みどろだったが……」
「おぉぉ、父上に心配されるなんて、これが親子愛ですか!! やられたのは全部演出なので問題ありませんっ!! 血糊でちょっと派手にしてみましたが」
「なんでそんなの持ち歩いているんだ」
「役者の嗜みです。相手も本気だったとは思えないので、力を隠しているのでしょう。想定以上のダメージではありますが、ぶっちゃけ私のHPは三割も削られてませんね」
やっぱり言動は痛いしダサいけど。
(……まったく、そんなとこまでは設定してないはずなのにな)
俺の作ったパンドラズ・アクターも、意外とカッコいいじゃないか。
◆
ナザリック地下大墳墓、第十階層『玉座』。
最奥の玉座に座った支配者は、この世界に来てから一番と言っていいほど恐ろしい気配を纏っていた。
「あらかじめ告げておく。これから伝えることは、我々にとって何の利益にもならない」
これまでナザリックのためにずっと心を砕いてきた支配者らしからぬ宣言。
しかし、この場に集められた階層守護者を筆頭とするNPCたちに緊張はあれど、動揺はほとんど見られない。
何故なら辺りに漂う重苦しい空気の理由を、モモンガの抱く怒りの訳を、パンドラズ・アクター経由で既にある程度把握しているからだ。
「むしろマイナスだ。ただの私の我が儘、憂さ晴らしでしかない。……我ながら愚かだとは思う。異論のある者は、遠慮なく告げてくれて構わない」
モモンガは本題に入る前に、お決まりの言葉を付け加える。
モモンガは普段からワンマン経営にならぬよう、話し合いの際はNPCたちに意見を募り、疑問があれば遠慮なく質問するよう促してきた。
しかし、今までモモンガの安全面に関わる事を除いて、モモンガの案や行動が否定されたことはない。
至高の御方が絶対的に正しいと妄信し、忠誠心に溢れた彼らには、モモンガの意見を否定することなど出来るはずもなかった。
「モモンガ様が愚かであるなど、絶対にあり得ません」
だが、忠誠心故に納得出来ないこともある。
自らを卑下するモモンガを真っ先に否定したのは、この世界でナザリックとモモンガのために誰よりも働いてきたデミウルゴスだった。
「どのようなお考えであれ、お望みとあらばナザリック全軍をもって実現してみせましょう」
「ほぅ? 私はまだ何も言ってはいないぞ。具体的な内容も分からぬのに、やると言うのか?」
「はい。御身の気が晴れる。それ以上の理由など、我らには必要ありません」
「現在進行中の作戦や計画を全て白紙に戻し、大事なギルドの資金を使い、今から告げることに全力を尽くせと言ってもか?」
デミウルゴスのあまりに真っ直ぐな反応に戸惑い、モモンガは意地の悪い質問を投げかけた。
「望むところでございます。資金はまたいくらでもご用意いたします。全てを白紙に戻されるのでしたら、このデミウルゴス、次は以前よりも数段優れた計画を立ててみせましょう」
しかし、デミウルゴスは一切の迷いなく受け入れた。
「……お前たちの今までの努力が、苦労が水の泡になるかもしれないのだぞ」
「我々の努力や苦労程度、モモンガ様のこれまでの献身を思えば塵にも満たぬものです。私如きの計画など、後回しにしようが破棄しようが何の問題もございません」
「後になってから必要になったなどと、無茶を言うかもしれないぞ」
「それはなんと光栄なことでしょうか。主人の無茶に応えてこその我々です。モモンガ様が望まれる限り、必要な物はいくらでもご用意してみせます」
曇りのない瞳には建前など存在しない。
どこまでも厚い忠誠心と、譲らぬ本気の気持ちだけがあった。
そして、その想いは跪いている他の者たちも同様であった。
「わらわには難しいことは分かりんせん。ですが、モモンガ様のお望みとあらば、全力でサポートするのが我ら守護者の役目でありんす!!」
――シャルティア。
たとえ詳細が分からずとも、何か言わなければと思ったのだろう。
実に彼女らしく、それでいて誇りに溢れた真っ直ぐな言葉だった。
「如何ナル戦場デアレ、一番槍ハ是非私ニオ任セ下サイ。必ズヤ怨敵ヲ両断シテ御覧ニイレマス」
――コキュートス。
その姿は主人に従うだけの一振りの刀のようでありながら、力になりたいという確かな己の意思を感じさせた。
「モモンガ様も遊びは大切だっていつもおっしゃってたじゃないですか。だから今回は物資的な利益がなくても、オッケーってことにしましょう!!」
「あ、あの、その、モモンガ様は普段から優し過ぎるので、た、たまには我が儘でもいいと思います!!」
――アウラ、マーレ。
微笑ましくも幼い理論ながら、二人とも精一杯に自分を肯定してくれた。
「我々にとって経験は黄金より得難いものであり、成長の糧となりましょう。ナザリックの強化という面でとっても、十分にやる価値はあるかと。……畏れながら私的な理由も含みますが、我々の成長をお見せする良い機会でもあると愚考いたします」
――デミウルゴス。
自分がこれから何を言おうとしているのか、この賢過ぎる悪魔は既に理解しているのだろう。
メリットとデメリットが吊り合っていないことなど、百も承知なのだろう。
それなのにどこまでも忠義に厚い悪魔は、先程のやり取りでは見せなかった挑戦的な笑みすら浮かべてみせた。
「執事である私は主人を支え、従うのみでございます。ですが、一つ私の意思をお伝えさせていただけるなら…… 損得ではなく友情のために動く。それもまた一つの正義であり、大変素晴らしいお考えかと」
――セバス。
ナザリックにおいて異端なカルマ値を持つ執事は、心からの尊敬と親愛を込めてモモンガを見た。
その誇らしげな眼差しに、モモンガは『たっち・みー』の面影を感じた。
「モモンガ様のご意思こそ我らの総意。ただ一言『やれ』と、お命じくだされば、万難を排し御身の望みを叶えましょう」
――アルベド。
それが全てだと言わんばかりに、彼女は自信を持って微笑むとモモンガの返答を待った。
「まったく、お前たちは私に甘過ぎるぞ。馬鹿なことはやめろと諫めるやつはいないのか? もう少し、厳しい反応も予想していたんだがな……」
パンドラズ・アクターからは大丈夫だと言われていたが、ここまで全肯定されるとは思っていなかった。
だが、おかげで自分の腹は決まった。
「ありがとう、みんな」
モモンガはほんの小さな声で、支配者らしくない感謝の言葉を告げる。
(すみません。ギルドの資産と皆さんの力、ちょっとだけ俺の我が儘で使わせてもらいます!!)
モモンガは心の中で、共にナザリックを作り上げたギルドメンバーたちに頭を下げる。
「……私はネムの上司でもなければ、保護者でもない。守るなんていうのは傲慢だし、その義務も責任もない」
するべき感謝も謝罪も済んだ。
これはあくまで自分がやりたい事であって、きっとネムは望まないだろう。
何も背負わせるつもりはないので、生涯言えない大きな秘密となるだろう。
勝手にやろうとしているのだから、恩着せがましく伝える資格なんてない。
「けど、友達なんだ」
でも、それでいい。
自分だって友達の全てを知って理解しているなんて、口が裂けても言えやしない。
友達でも言えない事の一つや二つ、普通にあるし、あっていいのだ。
「友達がやられたら、やり返す権利くらいは私にだってあるよな?」
守護者たちは小さく頷きながら、自分の言葉を待っている。そこに不満の色はない。
だから後は、自分の意志だけ。
「――お前たちに命ずる」
モモンガは玉座から立ち上がり、握りしめた杖で床を打ち鳴らす。
練習していた威厳あるポーズに合わせ、外装データの禍々しいオーラを解放する。
「我が友を否定し、傷つけた愚か者に……」
今使っている何の効果もないオーラと同じで、自分は見せかけだけのハリボテだ。
けれどモモンガは彼らの望むであろう理想の支配者らしく、自信を持って堂々と言葉を紡ぐ。
嘘まみれの姿で、嘘偽りのない自分の願いを。
決して利口とは言えない命令を。
ただの自分の我儘を。
「本物の『悪』を教えてやれ!!」
ユグドラシルにおいて最凶最悪のギルド、アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターとしての輝かしい誇りを口にした。
◆
おまけ〜悪の組織のよくある光景〜
「御方より久方ぶりに与えられた此度の御命令。全身全霊、身命を賭して取り組ませていただきます!!」
「うむ。お前の智略には期待しているぞ」
――ネムを襲ったやつに仕返しをするぞ!!
ただそれだけの事をかなりカッコつけて命令したモモンガは、自分にも支配者の威厳が身に付いてきたのではと、内心で自画自賛していた。
(中々にキマったな。台詞は「ナザリックが威を示せ!!」とも迷ったが…… ん? 待てよ、久方ぶり?)
しかし、満足感に浸るのも束の間。
自身の生み出した状況に不安を感じ始める。
(あっ!? ……そういえばデミウルゴスに運営丸投げしてから、全然追加の指示出してなかった)
この世界に転移して早々に、ナザリックの運営は実質守護者任せにしたので、モモンガは彼らに直接指示を出したことはほとんどない。
モモンガに「報告書を出せ」と言われるだけでも歓喜するほど、仕事が生き甲斐で忠誠心に溢れた彼らにだ。
そして、そんな彼らに、久方ぶりの自分からの命令を直接伝えればどうなるか。
「それにしても我らの『悪』を教えろとは、モモンガ様も大胆なことを仰られる……」
興奮を抑え切れないデミウルゴスが、ぶるりと体を震わせた。
まるで社長に期待していると言われて、猛烈に奮起するプロジェクトリーダーの如く。
まあ、まるでというかまんまその関係なのだが、奮起具合はそんな生易しいものではない。
「どのような地獄を作り上げるか、腕が鳴りますね。これは忙しくなりそうです」
(お前が忙しく感じるって、一体どこまでやる気だ!?)
――自分は蟻一匹を殺すために、核兵器を起動してしまったのかもしれない。
少なくとも守護者たちのやる気スイッチは完全にオン。やる気は限界突破し、悪意と殺意と決意に満ち満ちていた。
「い、いや、お灸を据えるというか、そいつさえ抹殺できたら――」
「今こそ私たちの力を御方に示すべき時!! 守護者統括として、微塵の失態も許しません。アインズ・ウール・ゴウンの名に恥じぬ、残虐非道で語り尽くせぬ地獄に怨敵を招待するわよ。皆、心してかかりなさい!!」
焦りで口がもごついたのがいけなかったのか、アルベドの気合いに満ちた一喝によってモモンガの声は押し潰された。
こいつらいつも自分の話を真剣に聞いているようで、結構重要な部分を聞き逃してないだろうか。
いや、それで助かっている部分もあるのは確かなのだが。
「ウム。修行ノ成果ヲ御覧ニイタダケルカト思ウト、武者震イガスルヨウダ」
「子供を襲う愚物に遠慮はいらないでしょう。私も本気で拳を振るう機会があるかもしれませんね」
「モモンガ様を御不快にさせたんだもん。一族郎党皆殺しだね」
「一族郎党と言わず、住んでる土地ごと滅ぼした方が効率がいいんじゃありんせん?」
「ぼ、ボクなら魔法でいっぺんにペシャンコにできます」
守護者たちの過激な発言は、世界征服を取りやめさせといて本当に良かったと、モモンガに強く確信させた。
やはりリクの目は節穴だ。あいつの言っていた世界にとっての悪って、どう考えても自分たちの方だろう。
「待ちたまえ。興奮する気持ちは分かるが、相手は未知の存在だ」
(おおっ!! デミウルゴスがブレーキを踏んでくれるのか!?)
「それにひと思いになど生温い。油断せず念入りに、そして存分に我らの悪を示すとしようじゃないか。……こんなこともあろうかと、作戦は大量に用意してあるからね」
(ですよねー)
これぞ一致団結。引くことの骨。
心が一つになった守護者たちの同意の雄叫びが、玉座の間に響き渡る。
「みんなやる気いっぱいで、私は非常に満足だよ……」
――拝啓この世界の住人へ。すみません、多分洒落にならない御迷惑をおかけしますことを、心よりお詫びします。
堂々としたギルドマスターの姿はどこへやら。
モモンガは力無く玉座に座り直し、思わず天を仰いで仲間たちの旗を見た。
「後悔させる時間も用意しないといけないし、持続ダメージを狙う方がいいんじゃないかしら? もし相手の耐性が低いなら、生活圏の水源に毒を仕込むのもいいわね」
「あの、皆さーん。さ、流石にそこまでやるのは――」
「思いつきんした!! 強制的に種族変更アイテムを使用したり、性別を入れ替えさせて尊厳破壊するのはどうでありんしょう!! ハニートラップ後のネタバラシや、番いを奪うことで『脳を破壊される』というのもダメージが大きいとペロロンチーノ様がおっしゃっていんした!!」
「良いですね。ですがもっと、もっとです!! 地獄が楽園に思えるほどに!! 世に語られる悪虐全てを過去にするかの如く!! 悲鳴が、呪詛がっ、絶叫が!! 永遠に木霊するような素敵な計画でなければ、モモンガ様のお望みには程遠いぃっ!!」
その後も、モモンガの遠慮がちな声は、守護者たちの物騒な熱狂に掻き消されるのだった。
IFルートの決着までもう少し続きます。