不思議の墳墓のネム   作:まがお

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モモ「――未知の世界を冒険し、一つ一つ制覇していくのも面白いかもしれないな」
デミ「っ!?」
モモ(夜空綺麗だなぁ。この世界を冒険とかしたら楽しそうだなぁ)
デミ(世界を制覇……なる程、世界征服ですね)

不思議の国のアリスをイメージして書いた一話完結の短編だったので、転移後の話は完全にタイトルと関係なくなってしまいました。



プレゼンをするお友達

 騎士の集団に村が襲撃されて――私がモモンガと再会してから、一週間が経った。

 あの日、沢山の村の建物が壊され、多くの村に住む人が亡くなった。確かに一度、村はボロボロになってしまった。

 普通なら元通りになるのに何ヶ月も、もしかしたら年単位で時間が掛かっていたかもしれない。でも今のカルネ村は人口こそ減ってしまったが、既に以前と近い姿を取り戻している。

 実のところ村の井戸や倉庫、住んでいた家などは、全て数日前に修理が終わっているのだ。

 

 

「私の配下が壊した物は責任を持って修理、あるいは建て直しをさせて頂きます」

 

 

 村が襲われた次の日。朝早くから来てくれたモモンガは、村長夫妻の家を訪れてそう告げたらしい。

 そしてモモンガと一緒に来た集団が、村の物をあっという間に直してしまった。

 ただしその人達の正体は分からない。

 作業をしていた人達は、みんな体をスッポリと覆う上着を着ていたのだ。

 だから私達はどんな人か知らない。頭から隠していたので、彼らの顔すら見ていない。

 飲まず食わず休まずの超速作業。村のみんなもその人達の仕事の早さには驚いていた。

 

 

(多分、顔とか隠してるのって、モモンガと同じ理由なのかな?)

 

 

 でも私にはちょっとだけ正体に予想がつく。

 モモンガの仲間はきっと人間じゃない――私は別に気にしないけど、大人の事情とか気遣いというものなんだろう。

 

 

「おっと魔法が滑ったー。〈衝撃波(ショック・ウェーブ)〉あー、申し訳ない。私の不注意でまた壊してしまった。こちらも修理させて頂きます」

 

 

 それは誰の目から見ても演技だと分かった。

 仲間達が他の所で作業をしている時、モモンガは元から壊れていた場所――騎士達が壊した場所に魔法を撃ち込んでいた。

 そうする事で理由を作り――モモンガの仲間が壊した物だけでなく――騎士達が壊した物も、全て無償で直してくれたのだ。

 

 

(やっぱりモモンガは優しいよね……)

 

 

 その優しさが伝わったのか、それからモモンガの事を怖がる人はいなくなった。

 でも何かを思い出したように「あの美人だけどヤバいメイド達の主人とは思えない」「騎士の頭を拳で爆散していた執事が言ってたが、慈悲深いとは本当だったのか」「ダークエルフの鞭恐い」「黒い戦斧を振り回す女戦士恐い」って言う人はいっぱいいた。

 多分他の仲間の事だろうけど、どういう意味なんだろう。

 

 

「慌ただしくてすまんな。今度はちゃんと遊びに来るからな」

 

「うん、待ってるね。モモンガも無理しないでね」

 

「ああ、ネムも体には気をつけてな」

 

 

 作業をしている仲間をそのまま村に残し、モモンガはその日の内に帰っていった。

 そしていつの間にか作業を終えたのか、仲間の人達も数日以内にいなくなっていた。

 以来、私は家の手伝いを頑張りながら、今日までずっとモモンガが来るのを待っている。

 

 

「モモンガ、次はいつ来るのかな……」

 

 

 家でお昼ご飯を食べた後、私は一人で家の外に出ていた。

 村の人手が足りなくて、両親はとっても忙しそうにしている。もちろん、姉も同じだ。

 本当はもっと色々手伝いたいけど、今の自分に出来るのは邪魔をしないようにする事だけ。

 だからお昼の休憩くらいは、私に構わずゆっくりして欲しい。

 

 

(近所のおじさん、今日は凄い元気だなぁ)

 

 

 特に何も考えずに歩いていると、異様に機敏な動きで作業をしているおじさんを見かけた。

 遠目から観察すると姿がブレて見える。一つ一つの動作をする度にシュパッ、シュパッと音が聞こえてきそうだ。

 

 

(集中してるみたいだし、邪魔しちゃ悪いよね)

 

 

 昨日見た時はあんな風じゃなかった気もする。何があったのか気になるけど、忙しそうだし声をかけるのはやめておく事にした。

 一人でどうやって時間を潰そうか迷っていると――私の目の前に闇が現れた。

 

 

「――数日ぶりだな、ネム。元気にしていたか?」

 

 

 宙に浮かぶ闇から出て来たのは、私が待ち望んでいた友達だ。

 前と違って地味なローブを着ているし、変な仮面で顔も隠れている。

 でも私にはその声と雰囲気で分かった。間違いなくモモンガだ。

 

 

「モモンガ!! 遊びに来てくれたの?」

 

「ああ、これからは気兼ねなく遊べるぞ。時間はかかったが、やっと仲間達を説得出来たんだ」

 

「やったー!! あっ、説得って何?」

 

「いや、護衛がいないのは危険だ何だと、色々と言われて大変だったんだ……」

 

「あれ? でもモモンガは今一人だよね?」

 

 

 思わず喜んだが、モモンガは無理をしていないだろうか。

 モモンガは部下が沢山いるみたいだから、その人達から何か言われたのかもしれない。

 でも、その割にモモンガの周りには誰もいない。

 

 

「厳密には一人という訳でもないんだが…… まぁ気にしなくていい。ところでネムよ、前にしたもう一つの約束を覚えているか?」

 

「約束? ……っあ!!」

 

 

嬉しそうなモモンガの問いかけに一瞬首を傾げるも、直ぐにその約束を思い出した。

 

 

「冒険だ!!」

 

「そう、冒険だ!! この世界には冒険者というのがいるのだろう。ネム、私と一緒に冒険者をやってみないか?」

 

 

 冒険者の事なら知っている。

 薬師のンフィーレアが森に薬草採取をしに来る時――姉に会うための口実かも――一緒に連れて来ているのを何度か見た事がある。

 

 

「やりたい!!」

 

「それは良かった。じゃあ早速両親に許可を貰いに行こう。ネムはまだ未成年だから、こういうのはキッチリとしておかないとな」

 

「お父さんとお母さん、許してくれるかな?」

 

「そこは私に任せておけ。こう見えて営業、交渉にはそこそこ自信があるんだ」

 

 

 モモンガはとっても自信有り気に見える。

 もしかしたら色んな凄い魔法とかを使う時よりも自信に満ち溢れているかもしれない。

 

 

(営業とかよく分からないけど、モモンガなら大丈夫だよね)

 

 

 あの大きな机のある部屋で、私はモモンガの色んな冒険の話を聞いた。その時から私はずっと憧れていた。

 そんな冒険に、遂に自分がモモンガと行ける。そう考えるとワクワクした気持ちと期待が止まらない。

 

 

「うん、モモンガに任せる!!」

 

 

 それに、冒険者になってお金がちょっとでも稼げたら――私でも、少しは家族の役に立てるよね。

 

 

 

 

 これは一体どういう状況なのだろうか。

 目の前にいるのは地味なローブを纏い、仮面と籠手を身に着けた人物。総評すると全く地味ではなく、むしろ非常に怪しい人物。

 だが私達夫婦の命の恩人――赤毛のメイド――の主人であり、この村にとっても大恩人と言える方だ。

 

 

「お父さん、お母さん。私、モモンガと冒険者になる!!」

 

「突然の事ですみません、エモットさん。ネムと冒険に行きたいのですが、許可して頂けないでしょうか?」

 

 

 そんな凄い方――モモンガ様を連れて来たのは、非常に生き生きとした笑顔を見せる一番下の娘だ。

 何故か仲が良いとは聞いていたが、全く意味が分からない。

 

 

「あの、モモンガ様。流石にそれは……」

 

「もちろん大切な娘を心配するお気持ちは理解しております。そこで、先ずはこちらをご覧下さい」

 

 

 突然に取り出されたのは、材質が不明の白い板。

 何やら色々と書かれているが、まるで状況が理解出来ない。

 

 

「冒険と言えば危険が付きもの……やはり気になるのは安全面でしょう。ですが大丈夫です。こちらの指輪があれば――」

 

 

 更に二つの指輪を取り出して見せてくれるが、こちらはただの農民だ。

 価値がある物だとは分かるが、その先の効果の理解までは及ばない。

 

 

「私は『安全』『楽しい』『凄い』をモットーに冒険をしようと思っております。当然ネムの希望も――」

 

 

 一体私は何を見せられているんだろうか。

 恐らく魔法によるものだと思うが、空中に冒険者の絵が浮かんでいる。

 先程から隣に座っている妻や、長女のエンリも固まってしまい、二人とも目が点になっている。

 でもネムだけはキラキラと目を輝かせている。

 

 

「依頼を受ける際など、難しい大人との交渉は私が責任を持って行わせて頂きます。もちろん報酬はネムと完全に折半し、御希望であれば明細書を――」

 

 

 完全に理解するのは諦めた。

 ただ一つ分かった事は、この方は本気で娘と冒険に行きたいという事。まるで友人と遊びに行きたいと言っているかのようだ。

 その気持ちに裏表はなく、本当にそれだけだと感じる。

 

 

「私はホワイトな冒険を望んでいるので、長時間労働もありません。門限は親御さんの希望に合わせ、行き帰りの送迎も完備しております」

 

 

 モモンガ様が提案される事は、どれも限りなくこちらの事情を配慮してくれている。

 それは本当に冒険者なのか。ピクニックの間違いではないのか。思わずそう言いたくなる程に。

 

 

「――本企画は娘さんを成長させてくれる、そんな貴重な経験となる事でしょう。私、モモンガが自信を持ってお約束させて頂きます。……如何でしょうか?」

 

「凄い凄い!! 完璧だよモモンガ!! お父さん、お母さん、冒険者になってもいいでしょ? お金も少しは稼げるようになるよ?」

 

 

 仮面の人物に向けられた、本当に嬉しそうな娘の屈託のない笑顔。

 ――本当に内容を理解していたのか娘よ。

 そしてこちらを見た時の――私達、家族を気遣う様な表情。

 ああ、私はなんて情けない親なんだ。

 

 

「エンリ、ネムを連れて少しだけ出てくれないか。モモンガ様と私達だけで話したい事がある」

 

「お父さん…… 分かった。ネム、ちょっとだけ外に行きましょ」

 

「はーい」

 

 

 二人の娘達が家を離れた後、私と妻は真剣な顔をして姿勢を正す。

 

 

「モモンガ様……申し訳ありませんが、娘を冒険者にする事は出来ません」

 

「何かこちらに至らぬ点があったでしょうか?」

 

「そうではありません。貴方様の御力があれば、娘は冒険者となっても怪我一つしないでしょう」

 

 

 この方自身にも問題はない。私達のような平民に対しても、しっかりと礼を尽くしてくれる立派な方だ。そしてその力も申し分ない。

 きっと約束通りネムを守ってくれるだろう。

 

 

「ですが、それはあの子の力ではない。娘には、そんな無責任な仕事をさせたくないのです……」

 

 

 娘に寂しい思いをさせている自覚はある。

 娘が無理をしているのも知っている。

 そんな駄目な親であっても、子供には立派な大人になって欲しい。これが私の本音だった。

 これが既に十六歳のエンリであれば――本人が冒険者をやりたいと言えば――やらせたかもしれないが。

 

 

「……なるほど、確かにこれではネムの成長にはなりませんね。申し訳ない。私とした事が浮かれて失念していたようです」

 

「モモンガ様に非はありません。私も娘の気持ちを思えば、冒険に行かせてやりたいと思います。……最近のあの子はとても良い子です。良い子になってしまった……」

 

 

 あの日から、娘は我儘を言わなくなった。

 以前は天真爛漫で、よく私達を困らせていた快活な娘だった。そんなネムが、最近では自分から進んでお手伝いをするようになった。

 私達に迷惑をかけないように、気遣うようにいつも笑顔を作っている。

 

 

「モモンガ様と一緒に来たあの子は、久しぶりに心から笑っているように見えました。娘からのお願いも久々でした……」

 

「そうでしたか…… 話は変わるのですが、ネムと私の関係について、どの程度ご存知ですか?」

 

 

 今更だが、この方と娘の関係はよく知らない。

 ネムが心から信頼しているという事。本人も凄い魔法詠唱者(マジックキャスター)で、かなり力のある集団を率いる主人である事。それ以外はほぼ知らないと言っていい。

 

 

「いえ、長女のエンリからも何故か仲が良いとしか……」

 

「私もネムからは、モモンガ様は友達だと聞いているくらいで……」

 

「では、少し話を聞いて頂きたい。こんな怪しい風貌の私に、お二人は誠意ある対応をしてくださった。私も誠意を見せたいと思います」

 

 

 真剣な様子で、そしてどこか楽しそうに、モモンガ様は娘との出会いを話してくれた。

 

 

「あの子と初めて会ったのは、私の家の中でした。彼女は私の見ていた夢に迷い込んだのです」

 

「夢、ですか……」

 

「ええ、恐らくタレントか何かでしょう。無意識でしょうが、他人の夢に入れるのかもしれませんね。机の上に見知らぬ少女が立っていたので、私も驚きましたよ」

 

 

 荒唐無稽だが、嘘を言っているようには見えない。

 娘にそんな力があったとは知らなかった。

 でも以前、夜になると早く寝るようになった理由もこれで合点がいった。

 娘に言われた時は理解出来ていなかったが、本当にネムは夢の中で遊びに行っていたのだ。

 

 

「ネムは最初、私の顔を見たとき『お化け』だと言って驚いていましたよ」

 

「娘が大変失礼な事を……」

 

「気にしないでください。事実ですから。それでその後、ネムが机から落ちそうになったのを助けたのですが…… 二言目は『私の事を食べたりしない?』でしたね」

 

 

 割と最悪な出会いではないだろうか。

 だが、モモンガ様は別段怒っているようには見えない。むしろ微笑ましい思い出程度に捉えているようだ。

 モモンガ様は常に仮面で顔を隠されているが、その素顔はそれ程怖い顔だったのか――

 

 

「ですが、ネムは最後に私に向かって『助けてくれてありがとう』と、ちゃんとお礼を言いましたよ。こんな私にね――」

 

「っ!?」

 

 

 ――これは確かに怖い。思わず死を覚悟してしまった。

 あっさりと目の前で外された仮面。その下に隠されていたのは、皮も肉もない完全な骸骨だった。

 

 

「アンデッド、だったのですか……」

 

「ええ、その通りです。私はアンデッド……不死の肉体を持つ化け物です」

 

 

 眼窩に淡い灯りが灯った骸骨。

 穏やかな声に反して、その見た目は恐ろしいの一言に尽きる。

 悲鳴こそあげなかったものの、私も妻も体が僅かに震えてしまった。

 

 

「こんな私にネムは友達だと言ってくれたのです。だから私はこの村を救いました」

 

「全てではありませんが、色々と納得しました…… 正直なところ、貴方様の事を怖いとも感じています」

 

「……アンデッドは生者の敵。そんな存在と仲良くなるなど、あまり褒められた事ではありませんから。それが普通だと思います」

 

 

 モモンガ様はそれが当たり前だと言い、どこまでも穏やかな様子が崩れない。

 目を瞑ればそこに人間がいると、正体を知った今でもそう思うだろう。

 

 

「――ですが、改めてお礼を言わせて下さい。私達を、この村を救って頂きありがとうございました」

 

「本当にありがとうございました」

 

 

 確かに恐ろしいし、アンデッドは生者の敵だ。だが、目の前のアンデッドが私達を助けてくれたのだ。たとえ人間ではなくとも、この村を救った恩人である事実は変わらない。

 妻と一緒に頭を下げると、目の前のアンデッド――モモンガ様は驚いたようだった。

 そして変わる事のない表情のまま、優しい声で小さく笑った。

 

 

「やはりあなた方はネムの両親ですね…… 心配なさらずとも、あの子は前から良い子でしたよ」

 

「ありがとうございます……」

 

「いえいえ、育て方が良かったのでしょう。上の娘さんも、私のこの姿を見た上でお礼を言ってくれましたから」

 

 

 どうやらネムだけでなく、エンリも正体を知っていたらしい。

 だが、周りに話す事は出来ない。これは私達家族だけで秘密にするべきだと思った。

 

 

「おっと、大切な事を忘れるところでした。とりあえず冒険者になるのはやめておきます。ただ、ネムと森へ散歩に行ってもよろしいでしょうか?」

 

「トブの大森林ですか?」

 

「はい。ネムが以前行きたがっていたので、冒険の代わりにと」

 

 

 本来ならトブの大森林も危険な場所だ。

 だが、この方にとっては魔境の探索も森林浴と変わらないのだろう。

 

 

「モモンガ様、娘をよろしくお願いします」

 

「お任せください。ああ、それと一つだけお願いがあるのですが……」

 

「何でしょうか?」

 

「私の事を様付で呼ぶのをやめて頂けないかと――」

 

 

 ――友人の家族にそう呼ばれるのは、恥ずかしいですから。

 

 この方は人ではない。一般的には生者を憎むアンデッドと呼ばれる存在だ。

 しかし、それでもモモンガさんは――ごく普通の、ただの娘の友人なのだろう。

 

 

 

 

 あれだけ期待させておいて、この結果というのは流石に心苦しい。だが伝えなければならない。

 エモット夫妻と話し終わった後、外で待っていたネムに冒険者にはなれない事を告げた。

 

 

「そっか……残念だけど、仕方ないよね」

 

「ごめんな、ネム。代わりと言うわけではないが、今から森に行かないか?」

 

「行く!!」

 

 

 期待の表情から一転、ネムは非常に残念そうな表情を浮かべた。だが、代わりにトブの大森林へ行く事を提案すると、すぐに笑顔に戻ってくれた。

 こうなればもう決まっている。善は急げである。

 

 

「急がないと時間がなくなっちゃう。早く行こ、モモンガ!!」

 

「はははっ、慌てるな。森までは私の魔法でひとっ飛びだ――」

 

 

 村から一番近い場所――始まりの村の次に行く場所など、大抵は雑魚敵しかいないものだ。

 実際アウラ達の調査でも、脅威となるモンスターなどは見つかっていない。

 大した事はないかも知れないが、初めての場所に行くのだ。これも冒険には違いない。ネムと一緒に大自然を楽しませてもらおう。

 

 

「私も本物の森に入るのは初めてだが、結構薄暗いんだな」

 

「本物?」

 

「あー、この世界では初めてって意味だよ」

 

 

 森に入ってすぐの所は人の手が入っており、あまり危険なイメージはない。

 だが、森の奥へと歩みを進めると、その雰囲気が一変する。

 現在の時間帯は昼間で、太陽は一番高い位置にある。明るい時間帯にもかかわらず、背の高い木々が日光を遮り、森全体が薄暗く感じる。

 

 

「なんだかワクワクしてきたな。随分と歩き辛いが、ネムは大丈夫か?」

 

「絶好調だよ。モモンガって本当にいっぱい魔法が使えるね」

 

「まぁな。私ほど多くの魔法を覚えた人は、周りにも中々いなかったからな」

 

 

 太い樹木の根が飛び出た道はデコボコで、草木によって視界も悪い。

 暗がりや木の影から、突然モンスターが飛び出して来ても不思議ではない。

 多少は警戒しないといけないが、ネムの言葉につい気が緩んでしまう。

 

 

「あっ、薬草があった。お土産にしよっと」

 

「何がいるか分からんからな。周りにも気を付けろよ」

 

「はーい。こっちにもあった!!」

 

 

 人の手が届かない場所だからだろう。取り放題とばかりに、ネムはあちこちに生えている薬草を集めていた。

 一応ネムに声をかけたものの、実はありったけの補助魔法は既に唱えてある。正直不安もあまりなかったりする。

 

 

『――侵入者よ。某の縄張りに何用でござる?』

 

 

 一度ここらで引き返すべきか。そう考える程度には時間も経過してきた頃。

 二人で呑気に散策を続けていると、突如どこからか声が響き渡った。

 

 

「ネム、私の近くに……」

 

「うん……」

 

 

 声が反響していて相手の位置が掴めない。

 魔法で探知する手もあるが、若干隙が出来てしまうだろう。

 保険はいくつもあるが、念のため不意打ちでネムが狙われる事は避けたい。

 

 

「姿を隠してないで出て来たらどうだ? 私は逃げも隠れもしないぞ。それとも……姿を見せる事さえ出来ない臆病者か?」

 

『言うではござらぬか。ならば侵入者よ、某の威容に恐れ慄くがよい!!』

 

 

 ――コイツ意外とちょろいな。

 

 自分の挑発に予想よりあっさりと乗り、謎の声の主が二人の前にその姿を現した。

 

 

「こ、これは!?」

 

「凄く、大っきい……」

 

 

 樹々の間から飛び出すように現れたのは、モモンガを上回る大きさの四足歩行の魔獣。

 自分はその見た目に驚きを隠せず、ネムはその巨大さに呆然としている。

 

 

「ふっふっふ……某の姿を見て驚いているようでござるな」

 

 

 魔獣の見た目は非常にデカいジャンガリアンハムスターだった。

 情報系魔法をこっそりと発動してみたが、そのステータスも大したことはない。

 この妙なござる口調と言い、チュートリアル後に出てくる小ボスみたいなものだろう。

 

 

「色々とツッコミたいが、今はネムと散歩中だ。会話シーンはカットさせてもらうぞ!!」

 

「言葉は不要でござるな…… さぁ、命の奪い合いを――」

 

 

 ネムの前で少しだけカッコつけようと、特殊技術(スキル)でオーラを解放しながら――

 

 

「――ふぁぁぁあっ!? 降伏でござるー。某の負けでごさるよー」

 

 

 ――まだ何もしていないのに決着が着いた。

 厳密には〈絶望のオーラI〉を発動したが、本当にそれだけだ。

 

 

「えぇ……」

 

「どうするのモモンガ? 魔獣さん、寝転んじゃったけど」

 

「普通に魔法で殺そうと思ってたんだが……」

 

 

 ぶち殺す気満々だったのだが、この見た目でこうも降伏されるとやる気も削がれる。

 

 

「待ってほしいでござる!! その強さに感服したでござる。某、殿に忠誠を――」

 

「いらん。忠誠とかお腹いっぱいなんでいいです。結構です」

 

「そんなぁぁ……」

 

 

 これ以上は本当にいらない。悪いが即断る。

 涙目でお腹を見せる魔獣がネムの目にはどう映っていたのか。ネムはゆっくりと魔獣に声をかけた。

 

 

「魔獣さんは、悪い魔獣さんなの?」

 

「何をもって悪とするかは知らないでござるが…… むむむ、そうでござるな。自分から人間を襲いに行った事はないでござるよ? 某の縄張りに入った者は殺すと決めているので、別でござるが……」

 

 

 魔獣の言葉を聞き、ネムはじっくりと考えている。そして悩んだ末に、ネムは私にあるお願いをしてきた。

 

 

「うーん……モモンガ、この魔獣さん見逃しちゃ駄目?」

 

「別に構わないぞ。ぶっちゃけどうでもいいしな」

 

 

 本当にどうでもいい。どうせ自分はもうこれ以上経験値は貯まらないはずだし、こんな弱い奴を倒してもたかが知れている。

 ネムのお願いを無視してまで殺すメリットは皆無だ。

 

 

「魔獣さん、勝手に縄張りに入ってごめんなさい。でも、また襲われるのも嫌だから、私と友達にならない? 友達なら入っても良いよね?」

 

「なんと、某の命を助けるだけでなく、友になろうと言うのでござるか……」

 

「やっぱり嫌、かな……」

 

 

 なんてネムらしい発想だろう。流石は骸骨に向かって友達だと言い切っただけはある。

 もしまた魔獣が襲うと言うのなら、今度こそ殺してやろう。

 

 

「嬉しいでござる…… 某を倒して名声を得ようとする者は多かったが、友になろうと言ってくれた人間は、其方が初めてでござる。是非とも、某と友になって欲しいでござる」

 

「そうなの? じゃあ私が初めての友達だね。私の名前はネム・エモットだよ」

 

「ネム殿、よろしくでござる!!」

 

「よろしく!! 魔獣さんの名前も教えてよ」

 

「残念ながら、某にちゃんとした名前はないでござる。以前は森の賢王と呼ばれていたでござるが……」

 

「うーん、そのままじゃ呼び辛いね。じゃあ今から名前、考えようよ」

 

 

 目の前で繰り広げられるハートフルな光景。

 巨大なハムスターと少女の触れ合いは、見ていて非常に和む。

 良かったな魔獣。死なずに済んで。

 

 

「モモンガも一緒に考えよ!!」

 

「殿が名付けて下さるなら、某は一生の誇りにするでござるよ!!」

 

「ん? 名前か……あー、そうだな……」

 

 

 このハムスターのような魔獣につける名前か。ハムスケ、ダイフク、モリケン――いくつか思い浮かぶが、一体どれが良いか。いっそのことネムに決めて貰っ――

 

 

「っあ!!」

 

「思いついた?」

 

「思いついたでござるか?」

 

 

 ――ネムとこの魔獣を見て、名前とは別の事を閃いた。

 これ以上ないほどの素晴らしいアイディアだ。完璧な作戦だ。

 

 

魔獣使い(ビーストテイマー)ならいけるんじゃないか?」

 

 

 

 

 ――私は夢を見ているのか。

 

 森から帰ってきたネムとモモンガ、そして()()()()の存在を見て、エモット家は驚愕に包まれた。

 

 

「いくよ、ハムスケ!!」

 

「了解でござる!!」

 

 

 合図とともに跳び上がるネム――と言ってもそこは子供の筋力。大した高さではない。

 巨大な魔獣――相談の結果、ハムスケと命名された――はネムが跳んだ隙間に尻尾を滑り込ませ、その足を一気に持ち上げる。

 そしてそのまま流れるようにネムはハムスケに跨り、少女と一匹はドヤ顔をキメた。

 

 

「エモットさん、ネムにはどうやら魔獣使いとしての才能があったようです。これなら冒険者としてやっていけるのではないでしょうか?」

 

「ネムが、こんな恐ろしい魔獣を…… いや、しかし、これは……」

 

 

 モモンガからすれば可愛らしいサーカス程度だが、現地民からすれば違った見方になる。

 ハムスケの事を恐ろしい魔獣と認識しているので、それをネムが従えているように見えたのだ。

 

 ――あともう一押しだな。

 

 エモット氏が驚きを隠せない様子を見て、仮面の下でモモンガは笑う。

 

 

「ハムスケ、さん…… 貴方は、本当にネムに従っているのですか? モモンガさんにではなく?」

 

「もちろんモモンガ殿に敬意はあるでござる。しかし、某がネム殿と一緒にいるのは個人的な友誼故に」

 

 

 流石のエモット氏も疑いを隠せなかったのか、勇気を持って直接ハムスケに尋ねた。

 

 

「ネム殿は某を何百年の孤独から救って下さった…… その懐の大きさに感動したのでござる!! だからこそ某はネム殿の友に、いや相棒になったのでござる!!」

 

「ハムスケは私の相棒になったんだよ。さっきのも一緒に練習したんだから」

 

 

 ハムスケは染み染みとその思いを語り、そして強く断言した。そしてそれが間違いではないと告げるネム。

 

 

「エモットさん、私はハムスケに何もしておりません。全てはネムの友になろうという言葉がきっかけです。それに彼女が集めた薬草を見ましたか? あれは正真正銘ネムだけで集めたものです。私には薬草の知識はありませんから、彼女がいたからこそ出来た事です」

 

「娘には、それ程の能力があったのですね……」

 

「今回の事は偶然かもしれません。ですが、娘さんの才能を伸ばすと思って、旅立たせては如何でしょうか…… 週に一度だけでも構いません。私が一緒にいるので、毎日だってこの村に帰って来れますよ」

 

「モモンガさん……」

 

 

 モモンガはエモット氏の肩に手を置き、優しく語りかける。

 そして強張っていたエモット氏の体から、段々と力が抜けていく。

 

 

「ええ、娘の才能を伸ばしてやるのが親の務めです…… ネム、冒険者は危険な仕事だが、本当にやるんだな?」

 

「うん、私冒険者になる。モモンガもいるし、ハムスケも一緒だから大丈夫だよ!!」

 

「そうか……モモンガさんを頼るのは仕方ない。ただ、頼り切りにならないようにな。色んな事を学んできなさい。それからネム、約束だ。必ず無事に生きて帰ってきなさい」

 

「うん!! 私、頑張るよ!!」

 

 

 父と娘の約束、そして抱きしめ合う親子。

 母と姉が見守り、背後の魔獣すらも瞳を潤ませ感動するシーン。

 そんな中、仮面を着けた骸骨は、心の中でガッツポーズをとっていた。

 

 ――計画通り。

 

 今回の事は全てがモモンガの描いたシナリオ通り。

 冷静を装ってはいるが、モモンガの頭の中はネムとの新たな冒険でいっぱいだった。

 

 

(ネムとの冒険楽しみだなぁ。今回の戦い……俺の勝ちだ!!)

 

 

 モモンガというプレイヤーはユグドラシルのPvPにおいて、ロマンビルドでありながら勝率五割を誇る。一度目は負けても徹底して情報を集め、必勝法を見つけて次に繋げる。そんな戦術が得意だった。

 そんな彼が一度プレゼンが失敗したくらいで、友との冒険を諦める訳がない。

 何故なら彼は――リアルのブラック企業を生き抜いてきた、社畜の元営業マンなのだから。

 

 

 




ネム自身の力(ハムスケ&薬草採取)
これには父親も納得するしかない。情報量が増えすぎて判断能力も鈍ってたとは思いますが。
親が子を思う気持ちに心を打たれた――と思わせておきながら、そんな事はなくまるで諦めていないモモンガ様でした。アンデッドになると生き物の死に無頓着になってたり、やはり多少は性格が変わってますね。
モモンガ様に営業をやらせると営業(力技)みたいになってしまった。でもドアインザフェイスも立派な交渉術ですよね。
鈴木悟の時はどんな営業してたんでしょう。



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