月日は流れ、現在ツアーはある悩みを抱えていた。
「ヴゥゥヴァァァァ!!」
「――ッ、――!!」
不快な唸り声をあげ、何度もフライパンにお玉を叩き付けるゾンビ。
ただひたすら黒板を引っ掻き続けている意味不明なアンデッド。
刺激臭のする腐敗した謎の残骸をあちこちに不法投棄するスケルトン。
〈
――もううんざりだ。
ツアーは軽く尻尾を一振りして、嫌がらせを黙々と続けるアンデッド軍団を一掃する。
「はぁ……」
こんな状況がかれこれ三日三晩。
どこからか現れたアンデッドたちが、騒音、異音、異臭の限りを尽くして安眠を妨害してくるのだ。
比べるのも烏滸がましい程の力量差ゆえ、消滅させること自体はなんの苦労もない。
この程度の低級アンデッドなら、百年かけようが無抵抗の自分に傷一つ付けることすら不可能だろう。
(あまり動かしたくはないが、一度ギルド武器を持って拠点を移すか?)
しかし、何度撃退しようが五分もすれば新しいアンデッドが嫌がらせにやってくる。
ツアーの真っ赤に血走った目が、ここ最近どれほど寝れていないのかを物語っていた。
「私からの贈り物は気に入ってくれたかな?」
仮の拠点は沢山ある。次の主要拠点はどこにするべきか。
ツアーが回らない頭で考えていると、唐突に黒幕ですと言わんばかりな漆黒の全身鎧が現れた。
「死んでくれ」
「あぶねっ!?」
出会い頭に軽くブレスを吐いたが、ギリギリで避けられてしまった。
我ながららしくない。浅慮に過ぎる行動だ。
だが許して欲しい。竜だって睡眠不足だと判断は鈍るしイライラするのだ。
そもそも嫌がらせの黒幕が自首しに現れたのだから、攻撃するのは当然の流れだ。
「やれやれ、相変わらず野蛮だな。だがようやく見つけたんだ。こんな嫌がらせ程度で済ますと思うなよ!!」
「私の正体を突き止めたことも含めて、正直よくここに辿り着けたと驚いているが…… それ以上に、よく私の前に立つ気になったね。あの鎧にすら勝てない君如きが、私に勝てると思っているのか」
「言ってろ白トカゲ。前回と違い、お前対策の装備を揃えてきた。この竜殺しの剣をもって、今日こそ、その首を貰う!!」
漆黒の全身鎧は怒りを滾らせ、竜の装飾が施された緑色の大剣を高々と構えた。
鎧の見た目は然程変化していないが、以前より全体的に装備の質は上がっているように思える。
大剣も以前の物とは違う。ひょっとすると本当に竜に特効のある武器なのかもしれない。
だが、その動きは自分に注目しろと言わんばかりで、あまりにも狙いが筒抜けだ。
(一、二、三…… 隠れているのは全部で八体か)
ツアーは自身を取り囲む存在に気づいていた。
それなりに優れた隠密だが、自分を欺くには不十分だ。
隠密能力や気配から察するに、敵は難度にして百五十前後といったところか。
英雄を超えて逸脱者といえるレベル。あの時自分が操っていた鎧と近い力があるのだろう。
(大した戦力だ。流石はユグドラシルの存在と言ったところか)
なるほど小さな国程度なら、彼らだけで牛耳ることができそうな戦力だ。それが八体、自信の程が伺える。
――だが、本体である自分と戦うには全く足りていない。
「くだらない。これが自慢の作戦か?」
隠れていた人間サイズの蜘蛛のようなモンスターが、不意にツアーの首元を斬りつけてきた。
急所への攻撃とはいえ、避けるまでもない。
始原の魔法を使うなどもってのほか。
防御の姿勢をとることすら不要。
ツアーは相手の策に嵌った形で無防備に攻撃を受け、わかりやすく力の差を見せつけることにした。
「なんだと!?
「鎧の力は本気ではないと言ったはずだ。こんな小細工で私を倒せると思っていたのか?」
「言ってないだろそんなこと!? 徹夜のし過ぎでボケたか!?」
攻撃が直撃したにもかかわらず、自身の硬い皮膚や鱗には傷一つついていない。
技量など関係ない。圧倒的な種族としての性能の差だ。
「何だって構わないが、まだ手はあるのかい?」
「くっ、本体の力量を見誤るとは、このモモン、一生の不覚!!」
よほどこのモンスターと奇襲に自信があったのか、モモンは明らかに狼狽えていた。
(念のため警戒すべきは彼だけか)
七体のモンスターは周囲に散開し、翼や背中など様々な箇所に再度攻撃をしかけてくる。
だが、どの個体も同じ結果に終わる。
隠密行動をとっていた相手は攻撃力には優れていないと判断し、ツアーは未だ精細を欠いたモモンのみを注視した。
「君も世界を汚す存在には変わりない。急ぐ必要はなかったが、わざわざ出向いてくれたんだ。今ここで滅びてもらおう」
「ちょ!? 待って、待って下さい。話を聞いて下さーい!!」
「問答無用――」
なんてアホらしい。
モモンは立派な大剣を手から落とし、情けなくも地面に兜を擦り付けて土下座している。
そんなことでこちらのやる気が削がれると思ったら大間違いだ。
ツアーは軽く息を吸い込み、胸を膨らませる。
土下座中の愚か者に向けて、嫌がらせの鬱憤を晴らす意味もこめ、先程より強めにブレスを放とうとした。
「ユクゾ〈
――そのせいで、自身の背後を狙う八体目の異形種の動きに反応できなかった。
厳密に言えばツアーはその存在にも最初から気づいていたが、八肢刀の暗殺蟲と同程度の気配と隠密能力だったため、脅威ではないと放置してしまっていた。
「――〈倶利伽羅剣〉!!」
素振りを行うかのような、美しくもゆっくりとした大上段からの一撃。
八体目の異形種――腕が四本ある昆虫型の異形が放った巨大な忍刀による斬撃は、自身の尻尾を簡単に両断した。
(何の抵抗感もなく両断された!? くっ、他に潜んでいた者と気配が同程度だったから油断した)
ツアーは痛みよりも驚きが勝った。
尻尾を失うというのは戦闘にあまり支障がないとはいえ、決して小さくはないダメージだ。
何より、自分の体をいとも容易く切り裂いたというのは、尋常なことではない。
「お見事。素晴らしい一撃でしたよ」
「作戦ト武器アッテノ一撃ダ。……コノ武器ヲ振ルウノハ、私ニハ重過ギル」
「重いと感じるのも無理はありませんね。
土下座までして狼狽えていたのが嘘のように、モモンは拍手で仲間の一撃を称賛していた。
「それにしても御方の読み通り、気配を似せれば強さも近いと誤認しましたか。優れた知覚能力が仇となったようですね」
「ソレダケデハナイダロウ。如何ニ竜王トイエド、連日休息モ満足ニ取レナケレバ、感覚モ鈍ッテ当然ダ。御方ガ日頃カラ休息ノ重要性ヲ説イテイタノモ頷ケル。地味ダガ効果的ナ一手ダッタ」
「あのアンデッドを寄越してくれたのはそういう意図か…… 舐めた真似を」
尻尾の断面からの流血は既に止まっている。
相手に怒りを見せつつも、ツアーは冷静さを取り戻そうとしていた。
「私は一度退かせてもらいます。後は頼みましたよ」
「任セヨ。ココカラハ私ノ仕事ダ」
「彼ほど頼りにはならないかもしれませんが、我輩も微力ながら助太刀いたします」
「心強イ」
モモンが手を振って去っていく中、入れ替わりにやってきた援軍はあまりにも小さかった。
――二足歩行のゴキブリだ。
虫としては異様な巨体なのだろうが、それでも産まれたばかりの赤子よりも小さい。
そんな存在が王冠にマントまで着ているのは滑稽にすら思え、まるで脅威を感じられない。
「さあ、我輩の命の輝き。とくとご覧あれ!!」
「魔法でもなく体当たりか? そんな攻撃が――」
真紅のマントを翻し、黒光りする小さな体で何をするのかと思えば、ゴキブリは真正面から自分に突っ込んできた。
人間なら恐れ慄くかもしれないが、竜である自分がビビるはずもない。
ウェイトの差も歴然。どこに当たろうが痛くも痒くもないだろう。
きっと突飛な行動で囮となり、また四本腕の異形が攻撃してくるはず――
「んぐっ!?」
そう思って呆れていると、相手は自分の口の中に吸い込まれるように消えていった。
虫一匹口に入った程度でそこまで狼狽えはしないが、微かな不快感はある。
こいつは精神を削る攻撃に命を懸けすぎではないだろうか。
「……小さ過ぎて油断した。何のつもりか知らないが、馬鹿なことを。喉の奥に微妙に違和感があるような、なんとも言えない気分だよ……」
「オノレェッ!! 私ノ盟友ヲ喰ラウトハ、許サヌ!!」
「いや、今のはそっちが勝手に口の中に突っ込んで来たんだろう」
先ほどからペースを乱されてばかりだ。
睡眠不足が思ったよりも効いているのかもしれない。
「はぁ。嫌がらせに不意打ち三昧。まともに戦おうとすらしないとは、どうやらお前たちは卑怯者の集団のようだな。親玉の器が知れる」
「……卑怯カ。確カニ不意打チヤ奇襲ハ、武人トシテ恥ズベキ行イカモシレン」
ツアーは意識を切り替えるため、周囲を跳び回っていた八肢刀の暗殺蟲を爪で切り裂き瞬殺した。
四本腕の異形はそれを防ごうとはしなかったが、消滅する仲間を見て明らかに眼光が強まった。
挑発にも乗らないところを見るに、相当戦いに慣れた者なのだろう。
「ダガッ!! 私ハ今、御方ノ望ミヲ叶エル者トシテ此処ニイル。創造主ヨリ生ミ出サレ、御方ニ捧ゲタコノ
四本腕の異形が虚空に巨大な忍刀を仕舞うと、新たに取り出したのは四つの武器だった。
「――『天照』、『月読』」
太陽と月を思わせる輝きを秘めた、対となっている二振りの聖なる短剣。
「――『斬神刀皇』」
極限まで追求した切れ味を想像させる武骨な大太刀。
「――ソシテ『武人建御雷八式』」
刀身に雷を纏う歪な太刀。
「至高ノ御方々ノ御力ヲ御借リスル以上、無様ハ晒セヌ。コノ刃ニ誓オウ。貴様ノ手足ヲ落トスマデ、私ハ一歩モ退カヌ!!」
「ユグドラシルの武装か…… 本当に嫌になるね」
大小二振りずつの変則四刀流。
四本の腕にそれぞれ武器を持ったその姿は、ツアーにここからが本当の戦いであると知らしめる。
「覚悟スルガイイ。此度ノ戦イ、名乗ル資格ハナイガ…… 私ハ凄ク強イ、"ヴァーミンロードノ虫サン"ダ!!」
自ら背水の陣を敷く武人の覚悟の咆哮と共に、氷獄の冷気が吹き荒れた。
◆
とある拠点から遥か遠くに離れた地。アーグランド評議国の近郊に、ツアーは〈世界移動〉で現れた。
先程まで死闘を繰り広げていた相手の冷気と殺気が肌に残っているようで、ツアーは僅かに身震いする。
(あれは、まともに戦ってはいけない手合いだ)
武具の質。
肉体の強度。
武器を操る技術。
どれをとっても超一流で、相手は凄まじい強さを持っていた。流石はあちらの世界の存在といったところだろう。
(あのまま戦っても勝利を収めることはできただろうが……)
しかし、ツアーからすれば勝算のない相手ではなかった。遠隔操作の鎧では厳しかったかもしれないが、本体で戦っていたので確実に勝てた相手と言ってもいいだろう。
その上でツアーが恐れたのは、純粋な戦闘能力の高さではない。
あの化け物の覚悟だ。
(確実にこちらも重傷を負わされたはずだ)
気高さすら感じる死兵の境地。
相討ち覚悟なんて生易しいものではない。
相手は本気で己の命と引き換えに、自分の腕一本を奪おうとしていた。
初めから完璧な勝利ではなく、こちらに傷を付けることに命を懸けていた。
(指は無事だな。引き際を誤っていれば、本当に腕ごと無くなっていただろう……)
綺麗に切断された自身の指の爪を確認し、ツアーは再び身震いした。
あの化け物は最後の一撃を放つ際、防御を捨ててツアーに斬りかかってきた。
一歩間違えれば無駄死にとも言える即死。よくて致命傷を負いながらこちらの腕を切り落とせるだけ。
リスクとリターンすら度外視した、捨て身にも程がある特攻だった。
(ん? 何かおかしい…… この気配は何だ?)
戦いの緊張感が解け始めた時、ツアーは国内の様子がおかしいことに気づく。
自分がいるのは評議国の首都から数キロは離れた平地だが、鋭敏な感覚は遠くの争いの気配を感じ取った。
最悪の予想を振り払うべく、ツアーは翼を広げた。
「まさか……」
首都であるドラゴンズブレスに辿り着いた直後、目にした光景は自身の目を疑うものだった。
しかし、上空からは余計に地上の様子がよく分かってしまい、否定することはできなかった。
「……ここまでやるか。ここまでやるのか!! ぷれいやぁぁぁあっ!!」
予想していた最悪は起こっていない。
だが、自分の想像はお花畑に過ぎないと思い知らされた。
怒りが頂点に達したツアーは目を見開き、つんざくような声で絶叫する。
――見渡す限り全てが荒廃した都市。
――メェメェと不快な鳴き声をあげる五匹の巨大な黒い化け物。
――夥しい数の死。
そこにあったはずの生命の営みは消え去り、蹂躙され尽くした証として、ありとあらゆる物が瓦礫となって広がっていた。
「っお前たちの仕業か!!」
ツアーが巨大な黒い化物を一掃しようと身構えた時、地上に強力な気配を二つ感じ取った。
先に片付けるべき存在だと直感し、反射的にツアーは襲いかかるが、真紅の鎧を纏った者には避けられ、黒い鎧を纏った方には盾で弾かれた。
「あら、こういう戦いの前は思いの丈をぶつけたり、名乗りを上げるものと思っていんしたが…… 話せないほど知性がないでありんすか?」
「トカゲは尻尾を自切して逃げ延びると言うけれど、代わりに脳味噌でも落としてきたのかしらね」
「お前たちのような者に言葉は不要だ!!」
関係者かどうかなど、問うまでもない。
ツアーは爪を立てて再び黒い鎧に襲いかかるが、太めのスパイクがいくつも付いた刺々しい大小二つの盾にまたしても完全に防がれてしまった。
「流石は至高のタンクであらせられる御方の戦闘スタイル。武器も使うなら自分の盾を使った方が良いけど、完全に防御に回るならこれは鉄壁ね」
「みんなしてズルイでありんす。わたしも少しくらい、御方々の装備を使ってみたかったでありんしたが……」
「仕方ないじゃない。合わない
装備だけでなく本人の能力も高いのだろう。
ただ爪で殴りつけただけとはいえ、この体格差でここまで完璧に防御されたのはツアーも初めての経験だ。
「そんなことわかっているでありんす。それでも、あのちびすけ!! よりにもよってあの御方の弓を使うなんて、羨ましすぎるでありんす!!」
「はいはい。それよりそろそろ始めるわよ」
「わかってるでありんす!! ふんっ。その盾に恥じぬよう、精々わたしを守りんさい。この大口ゴリラ!!」
相手は軽口を叩き合い、どこか楽しげにも見える。
真紅の鎧は言うが早いか翼を広げ、変わった形の槍を持って飛び上がった。
「ええ、仕方がないから盾役に回ってあげる。お馬鹿な貴女が攻撃しか考えなくても良いように、完璧に防いであげるわ!!」
そして、両手に盾を持った黒い鎧の方。
挑発するように二つの盾をぶつけ、蛮族のごとき勇ましさを放っているが、威勢よく応える声から女性ではあるのだろう。
「おんどりゃぁああっ!!」
先程の会話はなんだったのか。
盾役なのに真っ先に攻撃を仕掛けてきた。
まんま蛮族だった。蛮族に失礼なくらい野蛮だった。
「ちょっと、わたしの見せ場を取るなでありんす!!」
「ちぃっ、流石に豆腐よりは硬いわね。白金なんて柔な金属を冠してるくせに生意気な!!」
「盾じゃなくて鈍器だろそれ」
スパイクの付いた盾を振りかぶり、全力で殴りかかってくる狂人に、ツアーは思わず独りごちた。
◆
(真紅の鎧はともかく、黒い方を倒すためには相当な出力の始原の魔法が必要そうだった。流石に今消耗するのは危険だね)
真紅の鎧と黒の鎧、二対一の戦闘はこちらが優位に立ってはいたものの、千日手となっていた。
感触としては二人とも倒し切れないわけではなかったが、時間をかければ巨大な化け物まで集まってくる可能性もあった。
そのため、リスクを避けてツアーは離脱を選んだ。
しかし、アーグランド評議国から離れた地に飛んだ先で、思わぬ待ち伏せにあった。
「なんだ、これは…… 一体一体が魔神クラス? いや、並の魔神を凌駕する個体もいる」
大地を、空を、自分の視界全てを埋め尽くす程の異形種の群れ。
本来なら肩を並べるはずのない多種多様な存在が、敵意を持って自分だけを見ていた。
強さもピンキリだ。スケルトンのように取るに足らない雑魚もいれば、少数だが難度にして二百を超えるであろう、異常な強さを感じる化け物すら混じっている。
不幸中の幸いなのか、どれも自分ならば余裕を持って倒せる程度ではある。
「それを、この大軍で用意するだと!?」
――だが、その数およそ千五百体。
(ぷれいやーめ、これほどの戦力を保持していたのか。まさか、彼らは私の転移先を完璧に予測したのではなく、転移しそうな場所に分散して刺客を用意しているのか!?)
ツアーが自分を襲うカラクリに気づきかけた時、無数にいる化け物の中から一際異彩を放つ者――知人の持つ
「待っていたでござるよ」
否、あの体型は人ではない。
そういう形状の鎧なのかもしれないが、見た目は完全に四足歩行の獣だ。
「それは…… アズス・アインドラの物に似ているな。だが驕りが過ぎる。強力な道具を使った程度で、私と張り合えるなどと思わないことだ」
「某ではお主に勝てぬのは百も承知。お借りしたコレを使っても同じでござろう。それでも、意地でも一発殴らせてもらうでござる!!」
多種多様な化け物が入り乱れる大混戦が始まった。
「あまのまひとつ殿カスタムの鎧の力、見るがいいでござるよ!!」
ちぎっては投げちぎっては投げ、ツアーは危なげなく敵を仕留めていた。
そんな中、覚悟があるのか無いのかよく分からない存在から、ツアーは擦り傷になるかならないか程度の攻撃を一発もらった。
「ほんとに当たったでござる!? では死にたくないので某は即離脱させてもらうでござるー!!」
そして、本当にそいつは一撃だけ当てて直ぐに逃げ出していった。
何しに来たんだコイツは。
◆
異形種の大軍を五百体ほど薙ぎ払った後、それらの大半は死体が残らず、魔法などで召喚されたモンスターであることに気づいた。
ツアーは戦っても消耗するだけで無意味だと悟り、またしても戦場を離脱した。
「今度は我々の出番のようですね」
「ようやくですか。少々待ちくたびれましたよ」
またである。
〈世界移動〉で逃げ出してきたツアーを待ち構えていたのは、フォーマルな服に身を包んだ二人の男性だった。
「我が主人の御命令。そして創造主の正義に従い、貴方を殴り倒します」
一人は執事服を違和感なく着こなす、背筋の伸びた老齢の執事。
しかし、左肩にかけた真紅のマントと強すぎる眼光がその異質さを物語っていた。
「我が主の御命令。そして創造主の悪に則り、貴方を焼き尽くします」
もう一人はストライプの入った赤いスーツを着用し、丸い眼鏡をかけたカエル頭の異形種。
時計の装飾が付いた黒いシルクハットと赤い腕のようなマフラーだけが、統一性のあるスーツ姿から明らかに浮いていた。
「またか…… なぜお前たちは私の移動先が読める?」
「至高の御方が築き上げ、磨き上げてきた叡智の結晶の賜物。その一端とでも言っておこうか。君の思考パターンを読むなど容易いことだ。我々はしっかりと準備したのだからね」
なんとなくだが、彼らは予測で待ち構えている者と、後から自分を追いかけている者の二段構えで行動している気がしてきた。
それでもどうやって自分を追跡しているのかという謎は残るが。
「煽るのはそのくらいでよろしいでしょう。私より脆いのですから、あまり前に出過ぎないようにしてくださいね」
「勿論だとも。身体も頭も固い君が前衛になるのが合理的だからね。君こそ殴るのに夢中になって私の射線に入らないでくれたまえよ。誤って君ごと焼いてしまうかもしれないからね」
「どうかお気になさらず。貴方の攻撃くらい、ちゃんと避けて差し上げますよ。私が貴方の予想より素早い動きをしても、驚いて手を休めないでくださいね?」
「それはどうも。君も今回はサボらず真面目に仕事をしてくれるつもりのようで助かるよ」
彼らは視線を自分から外してはいない。
けれど息が合っているのかいないのか、味方同士で殺意をぶつけ合っているようにも感じる。
「では早速始めましょうか。悪いが無傷で逃す訳にはいかない。――とっておきを見せてあげよう」
「相手にとって不足なし。私も最初から全力でいくといたしましょう。――"変身"!!」
カエル顔の異形種は両腕を広げると、より大きく、より邪悪に、より悍ましくその姿を変化させていく。まさに悪魔だ。
老齢の執事は腕を大きく回してポーズを取ると、全身が光り輝きその姿を竜人へと変えた。
どちらも見掛け倒しではなく、これまで仕留め損ねた襲撃者に劣らぬ強い力を感じる。
「やれやれ、こんなのがあと何人いるのやら。だが、私は世界を汚す者には屈さない!!」
連戦の疲れは確かにこの身に刻まれている。
しかし、ツアーは微塵も衰えていない闘志を燃やし、二人の化け物に襲いかかっていった。
◆
「くっ…… やってくれたね」
「ふふっ。悪魔ですから、当然対価はいただきますよ。……もっとも、体の三分の一が抉られて潰せたのは片目だけとは、割にあいませんがね」
「全く無茶をしたものです。最初にした忠告も無駄でしたね」
二人の化け物との戦いは苛烈を極めた。
終始ツアーが優勢ではあったが、カエル顔の悪魔に致命打を与えた際に、自爆覚悟の反撃を喰らってしまった。
戦闘続行に支障はないが、尻尾に続き片目を失ったことでツアーの精神的な余裕も削られてきた。
「後方支援だけという訳にはいかないさ。時として、自らの手でやらねばならない時がある。君も随分とボロボロじゃないか」
「貴方ほどではありません。それに私は貴方と違ってやられた分きっちり殴り返しましたが」
「嘘はいけないね。君の方が三回分多く攻撃を受けているよ。創造主からそれだけの肉体スペックを賜りながら情けない」
「そちらこそ創造主から賜った頭脳でやることが、味方の被弾回数を数えるだけとは情けないですね。嫌味より戦闘に頭を使うべきでは?」
おぞましくも巨大な姿はもうどこにもなく、カエル顔の悪魔は元の大きさに戻っている。
その上、左肩の辺りからごっそりと上半身を食い千切られているにも関わらず、膝をついた状態から立ち上がった。
仲間と言い合う気力まで残っているのは、異常としか言いようがない。
「……お前たちは、何故そうまでして戦う。正体は予想がついているが、あの子供がそれ程までに大切だというのか?」
「大切、とは違いますね。確かにあの子には大恩がある。大きな借りがある。憧憬がある。尊敬もしましょう。……だが私はそこまで甘くはない。そんな理由であの子のために命を懸ける訳がない」
「この悪魔に同意するようで癪ですが…… 私も仕えるべき主人がおります。困っていれば助けたいとは思いますが、あの子のために命まで懸けることは難しいでしょう」
あの子供の力をそこまでして手中に収めたいのか。
いくら特異な能力を持つとはいえ、ユグドラシルの存在が、それも従属神が本気で子供一人に固執するとは思えない。
だが、そうとしか考えられない行動をとっている。
「実際にお前たちはボロボロになってまで戦っている。死ぬ寸前と言っていい。やはり従属神にとって命令は絶対か。……狂った生命だ」
「命令だから嫌々やっているとでも? 君の無知には目眩がするよ。我々を見くびらないでほしいね」
「ええ。私どもの主人は配下の気持ちを蔑ろにされる方ではございません。その言いようは我々に対する侮辱です」
「ならば何故そこまで必死に……」
こいつらはなんなんだ。
仮に命令を受けた従属神ということを踏まえても、明らかに常軌を逸している。
「御方が友のために戦うと決めた。ならばその"
「全くもってその通り。これは御命令に従っているだけでなく、我々の心からの願いであり、譲ることの出来ない"
竜人も疲労やダメージの影響からか、元の老人の姿に戻っている。
執事服が破れて弾け飛び、晒された上半身も傷だらけだ。
「私が創造主より賜った在り方は、執事であれという一点のみ。……主人を支え、公私にわたってサポートしてこそ執事」
少なくないダメージを負っているはずなのに、老執事は手袋の残骸を握りしめて拳を構えた。
唯一残った赤いマントがたなびき、燃えたぎる覚悟を示しているようだった。
「ならば主人のご友人一人助けられないなど許されない。私はそんな腑抜けに甘んじる気は毛頭ございません」
その眼光にツアーは怯みかけた。
この意思の強さはなんだ。
力の差を理解させてなお、重傷を負ってなお、闘志が弱まるどころかより強くなっている。
「誠に遺憾だが君に同意するよ。本来我々が仕えるべき方は、四十一人もいるのです。今の御方の友一人助けられないようでは、それを成すなど夢のまた夢だ……」
カエル顔の悪魔はより重傷。死に体と言っていい有様なのに、老執事に負けず劣らずの闘志を滾らせている。
足を引き摺るようにしながら前進し、こちらの命を狙っている。
「私は御方の隣に立って支えられるシモベになると誓った。誓ったのです。再び至高の御方々が揃うその日まで…… そして揃ってからも……」
「っ!?」
吹けば倒れそうな程の相手に対して、ツアーは一瞬でも恐怖してしまった。
瀕死の状態で血反吐を吐きながらも、悪魔は戦闘を続けようとしている。
「……未来永劫っ、あの方に友を諦める選択など、断じてさせてたまるものか!!」
――狂気的な忠誠心。
――大切な何かへの渇望。
ツアーに彼らの本心は理解できない。
(自らの在り方を証明するために命を懸けるのか…… 本当に度し難い連中だ)
精神的な柱がある彼らは、死に飛び込もうと決して折れない。それだけは思い知らされた。
「さあ、再開といきましょう。死ぬまで続けさせていただきます」
「勝負はこれからです。無論、死ぬのは貴方だけですがね」
死んだら後がない孤軍のツアーと、死んでも代わりの仲間が大量にいる集団。そこが考え方に明暗を分けた。
共倒れの未来を予測してしまったツアーは、自身の身の安全を考え撤退を決意した。
(惜しいがここまでだ。隙をみて世界移動を発動させる)
今までと同じだ。この二人も倒せなくはない。
むしろ絶好の機会にすら思える。
だが、万が一自分が致命傷を負って死んでしまうことを恐れ、これ以上の無理はできなかった。
(私は、まだ死ぬ訳にはいかない)
――私が死ねば、誰が世界を悪しきぷれいやーから守れるというのか。
◆
この数時間の内に、何度魔神を超える存在を目にしただろうか。
「まさか、ここもなのか……!?」
またしても世界移動で転移した先で、ツアーは敵に取り囲まれていた。
今度は小さな子供が二人と、多種多様な魔獣たちだ。
ここは常時無人の状態ではなく、腹心の竜王に任せていた拠点でもあるため、流石のツアーも動揺が隠せない。
「あ、あの、その、あなたの側近の竜王は、ボクとお姉ちゃんで予め殺しておきました」
「はい、これ証拠の首。結構強かったけど、あたしたちの敵じゃなかったね」
おどおどした弟と勝ち気な姉。
このよく似た顔つきの二人を言い表すならば――服装が男女逆な事を除けば――それが適当だろう。
しかし、一見ただの子供にしか見えない二人の
「つ、次は貴方をやっちゃいますね」
「さぁ、みんないくよ!!」
問答無用とはまさにこのことだろう。
試合開始を告げるゴングの代わりに、少女が構えた太陽のような輝きを宿す弓から、矢ではなく高エネルギーの塊が放たれた。
少年の方は杖を地面に突き立て、おそらく仲間を強化する魔法を唱えている。
そして、周囲の魔獣たちが殺意のこもった雄叫びをあげながら一斉に襲いかかってくる。
「……っ私はまだ、負ける訳にはいかないんだ!!」
鈍っていく判断力。纏まらない思考。途切れそうになる集中力。襲いくる睡魔。
同胞の死を悲しむ暇もないと、ツアーは咆哮をあげて数の暴力にあらがい始めた。
◆
転移しては戦い、転移してはまた戦った。
疲労困憊。
満身創痍。
戦った敵の数はもはや数え切れず。
滅した敵の数は優に千を超えている。
そして己の命惜しさに、とどめを刺しきれなかった敵の主戦力と思われる者の数は十を超える。
「……拠点ですらないここまでは、敵の手も届いていないようだ」
世界移動で適当な荒地に逃げ出してきたツアーは、身を投げ出すように倒れ込んだ。
ついにと表現するべきか、今度こそ敵に先回りされておらず、戦場から離脱出来たようだ。
というより、待ち構えられていたり、すぐに敵が現れ続けていた今までが異常だったのだ。
「なんとか、逃げ切れたか……」
周囲を取り囲まれているような事もなく、罠が設置された気配もない。
ぜえぜえと荒く息を吐き、少しでも傷と体力を回復させようとするツアーに諦めの気持ちはなかった。
(あの少女め。とんでもない存在を招いてくれたね)
体を癒したらすぐにでも他の竜王に協力を仰ぎ、彼らへの対策を練らねばならない。
幸いにも八欲王ほど強くはないが、今回の敵は過去の『揺り返し』と比較してもずば抜けて狡猾な難敵だ。
『移動した恐怖公の生命反応を探知。そのまま恐怖公を
しかし、ツアーの認識はまだ甘かった。
『リーダー』からユグドラシルの話やプレイヤーの話を聞いてはいても、それは断片的な情報かつ常識的な部分のみ。
例えば、神器級アイテムは精々一人一つ持っていれば良い方だとか。
情報系魔法はマイナーで、極めている人物は少ないとか。
『ガルガンチュアを起動、続けて輸送を開始せよ。目標上空に到着後、速やかに――』
敵はあちらの世界ユグドラシルでも、トップクラスに名の通った存在。
決して無敵ではない。
決して最強ではない。
だが、成した偉業と悪辣さなら頂点をいく変人奇人の集団。
『――
非公認の魔王が長を務める、最凶最悪のDQNギルドだった。
「なん――っ!!」
ツアーの鋭敏な知覚能力は、遥か上空から降ってくるモノを捉えた。
それでも何か来ると分かっただけで、対応など出来るはずもない。
とっさの判断で始原の魔法を発動し、肉体を強化するのが精いっぱいだった。
――この世界では物が落下する際、リアルとは物理法則が異なる。理由は定かではないが、距離さえあれば落下物はほぼ無限に加速していくのだ。
では、全長三十メートルを超える超巨大ゴーレムを魔法で運べる限界高度から落下させれば、その速さ、威力はどうなるか――
「っ!?!?」
――衝撃波は音を置き去りにし、ツアーを中心に周囲一帯を全て薙ぎ払った。
(っ岩!? いや、これはっ……!!)
ドラゴンの強靭なはずの骨格は、雲の上より飛来した巨大質量の直撃によって容易く砕かれた。
翼は折れ、肋骨が砕け散り、肺から空気が無理やり押し出され、あげるはずの悲鳴すらも封殺する。
落ちてきた戦略級ゴーレム――ガルガンチュアが追撃で振り下ろした拳によって、ツアーの脳は揺さぶられ意識が飛びかけた。
「……ぐ、が、かはっ!!」
ツアーは微かな量の空気を必死に吸い込み、大量の血反吐と共に吐き出す。
最初の衝突で内臓も大半を損傷していたが、幸いにも心臓などの重要な臓器は潰されなかったため、辛うじてツアーは生きている。
超上空からの落下はゴーレムも無事では済まなかったようで、拳を振り下ろしたのを最後に両足が完全に砕け、ツアーの背中から転がり落ちて動かなくなった。
「………武具を整え、数を揃え、策を練り、無数のトライアンドエラーを繰り返し、結局レベルを上げて物理で殴る」
「お、お前は……っ」
「様々な耐性を持つ貴様のような強者に対しては、やはりこの手に限る」
肉体の損傷は自然治癒が可能な範囲をとうに逸脱し、意識すらも落ちそうになっていた。
だが、淡々と聞こえてきた言葉が耳に届き、ツアーの意識は現実に引き戻される。
「私が誰かわかるか? 世界最強の竜王、
圧倒的な"死"が、ツアーの前に立っていた。
◆
一体いつの間に用意していたのか、骸骨のアンデッドは堂々とした王の貫禄で木製の玉座に腰掛けた。
そして周りに集結しているのは、自分が仕留め損ねた異形たち。
先の戦闘での傷は癒してきたのか、全員に負傷や疲れは見えない。万全の状態だ。
「あの子が味わった恐怖の万分の一くらいは体験してもらえたかな?」
「ようやく悪の親玉のご登場か。不意打ちばかりするものだから、言葉を交わせるとは思わなかったよ」
「随分な言われようだな。不意打ち奇襲はお互い様だろう?」
「あの時会った鎧の中身は君の方だろ? 影武者を使うとは意外と小心者だね」
「空っぽの鎧を操作していたお前ほどではないかもしれないがな」
この襲撃の首魁であろうアンデッドはこちらの挑発に乗ることもなく、余裕の態度を見せつけてくる。
事実、戦力差は歴然だ。
自分は既に死に体で、相手は無傷。
側近の竜王が殺されていた事と評議国が滅ぼされていた事を鑑みるに、自分の仲間といえるものは全滅していてもおかしくはない。
「君の臆病さには負けるさ。正々堂々と戦わず、数にモノを言わせて嬲り、私が弱りきってから現れる。悪のトップに相応しい大した器だよ」
「その通り。私は誰よりも臆病でね。こうでもしないとお前に勝てない弱い存在なのさ」
個々で比べれば自分の方が確実に強いのかもしれないが、総合力では相手の方が明らかに勝っている。
こちらの言葉を受け流しつつ、殺意と戦意を漲らせるその姿から、ツアーは邪悪しか感じなかった。
(彼らは確実にぷれいやーと従属神だ。だが、この異様さはなんだ?)
自分にとって不幸な事に、この集団には余裕はあれど慢心がない。
例外を除き弱い者しかいないこの世界で、彼らは圧倒的な力を持つぷれいやーのはずなのに。
これ程の戦力がありながら、あえて一度にぶつけてこなかったのだ。
こちらを瀕死の状態まで追い込んでおきながら、己の強さを過信した者にありがちな油断が一切感じられない。
「それにしても、長命種は報連相がなってないな。まさかあれから何ヶ月も経ったのに、他の竜王と情報共有すらしていないとは思わなかったよ。長期休暇でバカンスでもしていたか?」
「………邪悪なアンデッドめ。お前こそが世界を汚す最大の悪だ。こうまでして私を狙うとは、何が目的だ。竜王の絶滅か?」
「はっ、竜王自体に興味などない。いっそその挑発に乗って、魔王ロールの一つでも披露すべきかもしれないが…… まずはこう名乗ろうか」
もはや蜘蛛の糸より細い起死回生の機会。
それを必死に探ろうとしていたツアーを鼻で笑ったアンデッドは、今度は威厳も何もない動きでおもむろに立ち上がった。
「俺の名はモモンガ」
骸骨の表情など変わるはずもない。
だが、眼窩の中で揺らめく紅い光には、怒気の炎が燃え上がっている。
「お前が殺そうとした、ネムの友達だ!!」
死の化身のような骸骨のアンデッド――モモンガのシンプルな台詞が呑み込めず、ツアーは一瞬だけ思考が止まった。
――何故だ。奴は今なんと言った。
圧倒的な配下。圧倒的な知略。圧倒的な暴力。
全ての力を合わせ持つ化け物が、あまりにも似合わないことを言った。
ネムの友達。ネムとはあの少女のことだ。
思い返せばあの森でも似たようなことを聞いた気がするが、だからなんだというのだ。
「つまるところ、仕返しというやつだよ」
魔王と呼んで差し支えない覇気を持つ者が、あまりにも凡人臭いことを言い放った。
ありえない。たったそれだけのために、一体どれほどの労力と時間をかけたのか。
「お前がまた襲撃してくるかもしれないと不安で不安で…… あれから月見とハロウィンとクリスマスと正月とバレンタインと花見しかネムと一緒に楽しめなかった」
「何を言っているのか分からないが、随分と楽しい時間を満喫していたことは理解したよ」
「警備体制を万全にしてたせいで、まるで囚人の監視だ。せっかく遊んでいるのに、こちとら楽しさ一割減。おまけにストーカー気分で申し訳なさもいっぱい。無いはずの胃が痛んだよ」
強い感情は消えるはずのアンデッドが、あの時の怒りを絶やすことなくここまで燃やし続けてきたのか。
どれほどの執念なのか、馬鹿馬鹿しくて想像すらできない。
「お前はたった一人の報復のために…… そんなことのために、これだけのことを起こしたというのか? っあれだけの命を奪ったのか!?」
「そうだ。私にとっては大事なことだった」
「……ぷれいやー。お前は――お前だけは生かしてはおけない!!」
ツアーは残り少ない命を使い切る覚悟で、最大出力の始原の魔法を放った。
ガルガンチュアの衝突で更地になっていた空間が、今度は閃光で白く染まり灼熱の地獄に変わった。
「……やったか?」
近距離で放った凄まじい爆発により視界が閉ざされ、爆発の後には巨大なキノコ雲が空に上がっていく。
反動で自らの死を早めてしまったが、ツアーは希望を抱きながら細めた目をゆっくりと見開いた。
「……やはり本家は違うな。まるで核兵器だ。想定よりも二割は多くダメージを負ったし、本当に痛い。痛くて泣いてしまいそうだよ」
「くそ…… 耐えたか。この近距離で直撃を喰らって、何故死なない!?」
ツアーの視界がクリアになった時、モモンガは平然と立っていた。
いや、モモンガだけでなく巻き込んだはずの他の異形種も同様に立っていた。
「始原の魔法の対策くらいしているさ」
「馬鹿な。ユグドラシルから来たお前たちに、対策なんて出来るわけが……」
「実際お前の切り札は大した魔法だよ。まるでワールドエネミーの攻撃のように、こちらの耐性を全て貫通するのだからな。ゲームならバランスブレイカーもいいところだ。だが、こちとらそういった
ツアーは動揺を隠せなかった。
始原の魔法に対策なんてあるはずがない。
消滅など、特殊な効果を持つ始原の魔法なら、世界級アイテムで防げることもある。
しかし、自分の純粋な高火力の爆発の魔法は、世界級アイテムでも防げないはずだ。
少なくともこれまでユグドラシルから来た存在が、対策できた事実はなかったはずだ。
「(デミウルゴスが)研究した結果、始原の魔法がこちらの耐性を貫通することは分かっていた。ユグドラシルにはない属性だからか、無効化どころか軽減も無理ときた。ならば話は簡単だ」
「ああ、その通りだ。絶対に無効化は不可能だ。一体どうやって……」
「あらゆる属性への耐性を捨てた」
「は?」
ツアーは自身の耳を疑った。
「必要最低限まで状態異常の耐性も捨てた。純粋な防御力とHPの最大値を上げることだけに特化した装備を用意し、アイテム、魔法、スキル、あらゆる手段で一時的にその二つのステータスを極限まで高めた。それでも大ダメージは避けられなかったが、死にさえしなければ後は大量の回復アイテムでどうにかなる」
「そんな無茶苦茶なやり方で、私の始原の魔法を攻略したのか!?」
モモンガがつらつらと語る内容は狂気に満ちていた。
理論上はそれで耐えられたとしても、自殺行為には変わりない。
死に匹敵する苦痛を前提とした作戦なんて、どこまで狂っていればそれを実行できるのだ。
「……本当に馬鹿げているね、ぷれいやーは」
「褒め言葉と受け取ろう。誰の言葉だったか…… 死なねば安い、だったか? まさにその通りだ」
アンデッドだから生死感が違うのか。ぷれいやーだから違うのか。
後で回復するから構わないなんて、まるでゲーム感覚で殺し合いを楽しむ狂人のようだ。
「私はお前に報復を決めたが、実を言えば、お前の行いを認めてもいる。……お前のことを調べていく内に、目的も察したからな」
「ここまでしておきながら、そんな言葉が出るとはね。勝者の余裕か?」
「自然環境の保護に熱心な友人がいたから、その手の話はよく聞いたよ……」
ツアーは己の敗北を悟り、少しだけ自暴自棄な気持ちになっていた。
そんな時、急にモモンガの怒気が緩み、過去を懐かしむような優しい声を発した。
「ああ、お前は正しいよ。この世界からすれば我々は生態系を乱す外来種。駆除しようとするのも当然だろう。深読みのし過ぎと思わないでもないが、再発防止にネムを狙ったのも頷ける」
「何が言いたい」
「第二第三の被害を生まないように、徹底的で実に筋が通っている。どう考えても、間違っているのは私たちだ。私もお前の立場なら、同じことをしたかもしれん。いや、確実にするだろうさ」
まるで普通の人間のようで、先程までの狂気が嘘のように穏やかな口調だった。
「……だがな、私は我が儘なんだよ。――だから悪として、俺はお前を殺すことにした」
「お前は、間違いを自覚してなお突き進むのか」
「正しさなど知ったことか。世界のためにくれてやるほど、友の命は安くない」
「百年も生きない人間種一人のために、世界を危険に晒すのか」
「ああそうだ。友達のいない世界はつまらないからな」
「……いずれその選択を後悔する時がくるぞ」
「何もできなかった後悔は四十回ほどしてきた。そろそろやって後悔するのを経験してもいいだろう?」
このぷれいやーは本当にどうかしている。
力に溺れて何でもできると驕っている訳ではない。
ただ単に、世界より友達を選ぶのが当然と考えているだけだ。
「それがどれほど重い選択か分かっているのかっ!! 世界だ。お前は世界と個人を天秤に乗せた。そしてあろうことか、個人を選んだのだ」
「だからなんだ。世界の安寧が軽いとは言わない。ただ、俺にはそんなものより大切な物がある。仮に後悔するとしても、それは上手くできなかったことに対してだけだ。友達を助ける選択に後悔なんてしない」
「……本当に、ぷれいやーは度し難い。私は世界のため、父の過ちを正すために、自分にできることを、正しい行いをしてきたつもりだ」
こちらの事情を真っ当に理解しつつも、こんなに狂った判断をするぷれいやーは初めてだ。
大いなる責任より堂々と友達を優先するその姿が、ツアーにはほんの少しだけ羨ましく見えた。
「ああ、それでいい。お前は正しかった。ただ負けただけだ。……滅びるがいい。どこまでも正しき善なる竜王よ」
「言われるまでもない。……だが、他にどうすればよかったんだろうね」
「ネムと友達にでもなればよかったんじゃないか?」
「ふっ。友達、か……」
ツアーの口から最後に出てきたのは、モモンガに対する諦めか、怒りか、哀れみか。
それとも、ネムに対する謝罪か。
「ねぇ、リーダー――」
もしくは、かつての友に対する懺悔だったのかもしれない。
◆
〜エピローグ〜
白金の竜王――ツァインドルクス=ヴァイシオンと、それに連なる竜王たちが滅んだ数日後。
カルネ村近くの原っぱに、仲良く並んだ大小二つの人影があった。
「お日様が気持ちいいね」
「ああ、体に染み渡るようだ」
温かな春の陽気に包まれる、のんびりとした日向ぼっこ。
少女の表情は緩んでいた。
同じように、モモンガの気分も緩んでいた。
ただの村娘にも、数え切れない程の屍を築き上げた死の支配者にも、大自然の恵みである太陽と風は平等に安らぎを与えている。
「見て見て、あの雲ハムスケみたい」
「本当だな。転がってる時にそっくりだ」
モモンガは何も知らないネムと一緒に、寝転がってただ空を見上げていた。
目的は特にない。何を話すでもなく、何をするでもなく、ただ友人と二人でダラダラしているだけだ。
「ねえ、モモンガ」
「どうした、ネム?」
もう襲撃を警戒する必要もない。
ネムに心の中で謝罪しながら隠密系モンスターの大名行列を用意する必要もない。
リアルでは決して味わえなかった、平和でのんびりとした時間が流れていく。
「どうしてモモンガは、いつも私のことを助けてくれるの?」
隣で体を起こしたネムは、突然そんなことを聞いてきた。
この世界に転移してからだいたい丸一年。
友達からの改まった質問に、モモンガは少しだけ面食らう。
もしかしたら自分の様子を不審に思ったのか、ネムは無意識に何かを感じ取ったのかもしれない。
「おいおい何を今更。そんなの――」
こちらを真っ直ぐに見つめているネム。
モモンガは「友達だからだ」と、軽い調子で答えようとしていた。
だが、ネムの瞳の奥にある真剣さに気づき、一度口をつぐんだ。
「どうして?」
「……ネムだから、かな」
一呼吸置いて声を絞り出し、モモンガはゆっくりと思い出を噛み締める。
ネムと初めて出会った時のこと。
円卓の間でネムと沢山お喋りをした時のこと。
ネムとの思い出は今も色褪せる事なく残っている。
「友達だからってこと?」
「それも合ってるけど、それだけじゃない」
こちらの世界に来てから、ネムと一緒に冒険者になった。
姉と一緒にネムをナザリックに招待した。
情けなくも愚痴を聞いてもらった。
NPCの相談に乗ってもらったこともあった。
あてもなく宝探しに行った。
トラブルに巻き込んでしまったこともあった。
そして何よりも、ユグドラシルの最終日。
「ネムには、返し切れないほどの恩があるからな……」
「恩? 私の方こそモモンガには助けてもらってばっかりだよ?」
「ははっ、ネムはそう思っているのか」
ネムは不思議そうな顔をしている。
ああ、ネムは知らないのだろう。
ギルドの仲間もログインしなくなり、たった一人で寂しかったあの頃。
ネムと出会えたことが、どれほど自分の希望になっていたか。
「……違うんだ」
ネムは知らないのだろう。
何度も何度も円卓の間に来てくれて、話し相手になってくれたことがどれほど嬉しかったか。
今にして思えば、事情を知らないこの世界の人間にとって、アンデッドは忌避すべき化け物だったはずだ。
でもそんな自分のことを、ネムは気負わず友達だと言ってくれた。
――友達。
その存在が自分にとって、どれほど渇望していたものだったか。
(助けてもらったのは)
ネムは知らないのだろう。
ユグドラシルの最終日、ナザリックには自分以外誰一人として残っていなかった。
どうして誰も残ってくれないのか。
どうして大切なこの場所を簡単に捨てられるのか。
――どうして、自分を置いていくのか。
(いつも助けてもらってばかりなのは)
勝手に裏切られたと思い込んで、心の奥底では仲間たちを恨んでさえいたかもしれない。
ずっと言えなくて、何度も別れを繰り返して、ようやく言えた、自分の我が儘。
――一緒に残って欲しい。
それなのに、あの時の自分はみっともなく自暴自棄になって、会いに来てくれたネムにすら声を荒らげてしまった。
『――出来るもん!! この夢が覚めるならまた次の夢を見たらいいんだよ。それに夢が覚めても、それで友達じゃなくなる訳じゃないよ!!』
それでもネムは、自分を見限らなかった。
ただ真っ直ぐに、本音でぶつかって来てくれた。
新しい可能性を、仲間たちとの大切な絆を思い出させてくれた。
『別の場所なら友達にまた会えるかもしれないよ。それに新しい友達もきっと出来るよ。私はここを作ってないけど…… 私とモモンガは、友達になれたよ?』
ネムにしてみれば、落ち込んでいた友達を励ました程度のことだったのかもしれない。
それはネムにとってはごく普通のことで、当たり前だったのかもしれない。
「――救われたのは、俺の方だったんだよ」
だけど、自分にはどうしようもなく特別だった。
本当に奇跡的な出会いだった。出会い方がほんの少しでも違えば、自分とネムは友達にはなれなかったかもしれない。
色々と勘違いしたまま友達になったけれど、今では現実となったこの世界でも、ネムは友達でいてくれた。
また遊ぼうと約束してくれた。
――ああ、本当に嬉しかったんだ。
「俺とネムは友達だ。困っていたら当然助ける。だけど、助けたいと思うのは友達だからじゃない」
ネムは別に聖人君子というわけじゃない。
『ウルベルト』や『たっち・みー』のような強い信念があるわけでもない。
あの時のネムは、友達だからアンデッドの自分を助けてくれた。
自惚れでもなく、本当にそれだけの理由で自分を励ましてくれたのだ。
――もし似たような状況で『るし☆ふぁー』が助けてと言っても、きっと自分は渋るだろう。なんなら自業自得だと言って蹴り倒す自信すらある。
「ネムだから、俺は助けたいと思ったんだ」
ネムを助けるのはささやかな恩返し。
でも、きっと本質的には自分が友達と一緒にいたいから――自分勝手な理由なのだ。
「……誤魔化された気がするんだけど、結局どういうこと?」
「ネムには感謝してるってことだな」
納得のいかない表情をしているネムに、モモンガはある提案を思いついた。
「じゃあ代わりに私のとっておきの秘密を教えよう」
「えっ、なになに?」
不満はどこに消えたのか、既にネムは秘密というワードに興味深々だ。
「みんなには内緒だぞ? 実は私にはモモンガ以外にも名前があってな」
こういうのでいい。
自分が望んだものは、友達と過ごす時間なんてものは、こういうのでいいのだ。
「私の、俺のもう一つの名前は――」
こんな日々が、いつまでも続きますようにと
◆
「くうぅっ!! 今日も我が創造主は素晴らしい!! 貴方様がいるだけで、世界はかくも美しい!! 物憂げなモモンガ様も、笑顔のモモンガ様も大変素敵です!!」
ちなみに今日もパンドラズ・アクターは完璧に気配を殺し、自身の耳を塞ぎながら二人の楽しげな様子を見守っていた。
「……ネム様。モモンガ様に、父上に笑顔をくださり、本当にありがとうございます。あぁ、友の幸せは御方の幸せ。お二人の未来に、末永く幸福があらんことを!!」
もちろん、オーバーアクションは忘れずに。
長いIFルートになりましたが、読んでいただきありがとうございました。