なのでネムは出ません……
能力確認とか18禁確認など、よくあるシーンは色々省略気味です。
「またね、モモンガ――」
ユグドラシルのサービス終了時刻。
最後まで一緒にいてくれたモモンガの友達――ネムは光の粒子が弾ける様に姿を消した。
それを見たモモンガも、始めはゲームが終わったのだと思っていた。
しかし、一向に自身がログアウトする様子がない。サーバーダウンの時間はとうに過ぎたはずなのに、未だに自分は玉座に座ったままだ。
そして驚くべき事に――玉座の間にいたNPC達が喋り出したのだ。
(一体何が起こっているんだ……)
モモンガはログアウトをするために思いつく限りの手段を尽くしたが、GMコールも繋がらず強制終了も行う事が出来ない。
更には自身の焦りや興奮といった強い感情が起こった時、強制的に鎮められるという異常事態。もはや仮想世界のゲームという言葉では片付けられない事だらけだ。
ゲームの世界が現実になったのか。それとも自分がアバターのまま異世界に来たのか。
ネムはどういう理由で消えたのか。
玉座の間にいたアルベド達以外のNPCも意思を持ったのか。その忠誠心は高いのか。
拠点の外はどうなっているのか。NPCは外に出られるのか。
今の自身の状態、手持ちのアイテム、魔法などの力は使えるのか。
確認しなければいけない事は無数にある。
未曾有の事態に巻き込まれた事を切っ掛けに、モモンガはナザリック内外の情報収集を始めるのだった。
◆
ギルド"アインズ・ウール・ゴウン"の拠点――ナザリック地下大墳墓の第六階層に存在する円形闘技場。モモンガの招集を受け、第四、第八階層を除いた守護者達がここには揃っていた。
彼らがこの世界に来てから初めての忠誠の儀を終えた後。
この場に集まった者は自らの主人――モモンガの持つ至高の支配者たる器を見て、誰もが身を震わせていた。
「凄かったね、お姉ちゃん。ぼ、僕もさっきはすっごく怖かったよ」
「うん。あたし達といた時は全然オーラ出してなかったけど、さっきのモモンガ様の力の波動は押しつぶされるかと思ったよ」
その感動は本人が闘技場を去った後もしばらく抜ける事はなく、この場は至高なるカリスマを称賛する声で満たされていた。
「少し話したい事があるわ。みんな、心して聞いて頂戴……」
しかし、一人だけ違う様子を見せる者がいた。守護者統括であるアルベドだ。
「なにやら大事な話のようだね」
「ええ。ここに来る前の事を皆で共有しておきたくて――」
彼女にしては妙に覇気のない様子に、デミウルゴスは不吉なものを感じた。
あまり良い話ではないのだろう。そう考えたデミウルゴスは、ほんの少しだけ身構えていた。
だが、事は彼の想像を遥かに超えるものだった。
「――以上が、モモンガ様が玉座の間で仰られていた事よ」
「なんという事だ……」
それは時間にすれば三十分にも満たない。玉座の間での本当に短い出来事。
しかし、その内容はあまりにも重い。
アルベドの話を聞き終わるまでもなく、デミウルゴスは即座に自害したくなる程の後悔に襲われていた。
聞かされたのはユグドラシル、並びにナザリックは消滅の危機だったという事。
そして何よりも衝撃だったのが、至高の御方であるモモンガすらこの地で消滅しようとしていた事だ。
「私は、私はっ……」
そんな非常事態だったというのに、自分は守護領域である第七階層を見ていただけ。
――これではナザリックの知者であれと自分を創造して下さった創造主、ウルベルト・アレイン・オードル様に顔向け出来ない。
なんたる無能か。自分は何もする事が、主人の苦悩に気づく事すらも出来ていなかった。
デミウルゴスは悔しさを隠しきれず、強く奥歯を噛みしめ、拳をきつく握りしめた。
「皆の後悔も分かるわ…… けれどネムという少女のおかげで、モモンガ様は再び立ち上がられた。先ほどの支配者としての姿を見たでしょう?」
「ウム。マサニ至高ノ支配者ト言ウベキオーラヲ感ジタ」
デミウルゴスはアルベドの言葉で彼女が何を伝えたかったのかを察した。
今回のような事が二度と起こらない様にするためにも、この状況を皆で正しく理解しなくてはならない。
「……なるほど。シモベとしては非常に悔しいが、その者には感謝しなくてはならないね」
「それってつまり……どういう事でありんすか?」
あまりの事に上手く情報を整理出来ていないのだろう。守護者の中でもシャルティア、アウラ、マーレなどはその様子が顕著に表れている。
そんなシャルティアの質問に対して、デミウルゴスも頭の中の考えを整理するように順を追って答えた。
「至高の御方はリアルとユグドラシルを行き来なされている。言わばここナザリックは御方にとって複数ある拠点の内の一つにすぎない」
「確カニ、デミウルゴスノ言ウ通リダ。弐式炎雷様ハ異ナル世界デモ強者トシテ、上位二君臨サレテイルト聞イタ事ガアル」
デミウルゴスの知る限りでは、至高の御方はユグドラシル以外にも複数の世界を渡られている。
だが、モモンガ以外のメンバーはナザリックに姿を見せる事がなくなってから随分と久しい。恐らくこの地に来る事が出来なくなった理由があるのだろう。
デミウルゴスは最も確率が高く、最も否定したい予想を思い浮かべる。
モモンガも濁していたが――シモベとしては決して認めたくはないが――他の至高の御方は御隠れになられた可能性が高い。
『体ですか? もうボロボロですよ……』
『残業に激務、まじでブラック。そろそろ本気で死にそう』
『あー、ウチの方もそろそろヤバイかもしんない』
同胞にこの考えを告げる事はしない。しかし、デミウルゴスはかつてギルドメンバー達が話していた内容を繋ぎ合わせ、これは正解に近いだろうと結論付けていた。
「だが、モモンガ様はあまり他の世界へは目を向けられず、ユグドラシルに来られる事が多かった。我々とこの地を守るため、お一人で残り続けて下さったのです」
モモンガはこの地を守るため残り続けた。
ギルドの維持費を稼ぐために日々戦い続けた。
ナザリックさえ残っていれば、仲間は再び蘇る。そう信じ続けたのだろう。
ギルドメンバーが帰ってくる日を、再び仲間が蘇る日を夢見ながら、このナザリックを維持して待ち続けた――
(至高の御方々は死亡しても大抵はナザリックで復活されていた。確か、りすぽーん地点と仰られていましたね…… しかし――)
――それが本当に夢物語だと知りながら。
デミウルゴスはそれを愚かだとは思わない。それを笑う事など断じて許さない。
本来は比べる事すら不敬――自身を遥かに超える頭脳を持つモモンガの事だ。本当は分かっていたはずなのだ。
その類稀なる叡智が仲間の生存を否定した。どの様な魔法、アイテムを使ったとしても復活する事が不可能だと判断してしまった。
(――それでもモモンガ様は、最後まで諦める事が出来なかったのでしょうね……)
あれ程慈悲深く、仲間思いの支配者だ。そう簡単に仲間との別れを受け入れられるはずがない。
――だからこそ待ち続けたのだ。
デミウルゴスはモモンガの心中を察し、何も出来なかった自分を再び責めた。
「しかし、いくら至高の御方と言えど、世界の消滅――ユグドラシルそのものが無くなってしまえばどうしようもない。そして――」
これより先の言葉はあまりにも恐ろしい。
自らの不甲斐なさ、何よりもモモンガの心中を考えると、デミウルゴスは胸が張り裂けそうな程痛んだ。
「――モモンガ様は……私達ナザリックの者達と、心中しようとしていたのだよ……」
「そんなっ!?」
「ソノヨウナ事、断ジテアッテハナラナイ!!」
「も、モモンガ様がボクたちとっ!? だ、ダメです!!」
やっとどのような状況だったか理解できたのだろう。あまりの衝撃に各守護者から、一人を除き悲鳴があがった。ただ一人、アルベドだけは悲痛に顔を歪ませるだけだった。
おそらく玉座の間でモモンガの言葉を直接聞いたアルベドは、その事に薄々気がついていたのだろう。
その気になればモモンガはリアルなど他の世界に行く事が出来た。ユグドラシルの消滅に巻き込まれずに済む方法は幾らでもあったのだ。
それでも尚、最後までここに残っていて下さったのだと。
その時の心情はどの様なものだったのか、デミウルゴスでは推し量る事も出来ない。
「落ち着きたまえ。モモンガ様が今も御健在なのは先ほど見ただろう? つまり……それを止めてくれたのが、そのネムという者なのだよ」
悪魔であるデミウルゴスからすれば、ナザリックに属さない者など基本的に有象無象に過ぎない。
しかし、その者にだけは本当に心から感謝していた。
世界の消滅という至高の御方ですら諦めるような緊急事態。その状況でモモンガを助けようとしてくれたのだから。
「更にはその説得によりモモンガ様はもう一度立ち上がられ、何の因果かナザリックと我々は消滅を免れた」
デミウルゴスの言葉を聞き、守護者達は僅かに安堵の表情を見せた。
それも仕方のない事だろう。彼らにとって主人がいなくなる事は――仕えるために生まれた自身の存在意義の消滅に等しい――自分が死ぬ事よりも遥かに恐ろしい事なのだから。
「流石はモモンガ様が友と認められたお方。か弱い人間の少女でありながら、モモンガ様を奮い立たせようとする姿は非常に御立派でございました……」
背筋をピンと伸ばした老執事は、恩人の事を呟くように褒め称える。
玉座の間にいたセバスは、その時のモモンガとネムの様子を間近で見ていた。
あの時第九階層に久しぶりに現れたモモンガから「付き従え」と珍しく命令され、プレアデスと共に玉座の間で待機していた。
そこで聞いたのは主人の悲痛な叫び。
そして何も出来なかった自分達と違い、モモンガの心を救ってみせた少女の姿を見た。
セバスは鋭い眼光を潤ませながら、その時の光景を思い出して感極まっている。
「まさかモモンガ様が人間を友として認められていたとは…… いや、本当にそのネムという少女はただの人間だったのかな?」
「はい。私の目には確かに人間に見えました。肉体的な強さも全く感じられませんでした。ただ、確かにモモンガ様は彼女の事を、四十一人目の友だと……」
至高の御方が友と認める程の人間がいる。
悪魔であるデミウルゴスだけでなく、基本的にナザリックに属する者は人間を軽視する傾向がある。人間など所詮は下等生物。良くて玩具か餌にすぎない。
そんな考え方の彼らからすれば、それは驚愕の事実だった。
アルベドの話ではその少女が玉座の間から消えたと同時に、モモンガは今回の異常に気がついた。
――もしや、その少女とナザリックが転移した事に何か関係でもあるのか。
――モモンガ様の得た新たな可能性とは一体何なのか。
「……ふむ。出来る事なら是非とも会って話がしたいものだ」
デミウルゴスはまだ見ぬ少女に感謝と共に興味を抱き、想像と考察を膨らませていた。
「そうね。私も会ってお礼を言いたいわ。モモンガ様を呼び捨てにしていたのは少し不敬だけれど、御友人なら仕方ないでしょうね。それにしても――」
アルベドが人間を認めたような発言に、デミウルゴスは少しばかり違和感を覚える。
彼女の性格上、ナザリック以外の者をそう簡単に認めるとは思えない。
御方の御友人、それも命の恩人とあらばそういう事もあるのだろうか。
デミウルゴスは何気ない言葉から、数多の思考を巡らせる。
「――モモンガ様…… はぁぁ、魂から痺れてしまうようなオーラ。最高支配者としての威厳あるカリスマ!! それにあの胸元が大きく開かれた服装、白磁の美しすぎる玉体…… あぁ、我慢出来ない。我慢する必要もないわ!!」
しかし、その考えはより大きな言葉に邪魔された。
暗いブルー一色だった空間が、アルベドの吐いた言葉で瞬時にピンクに染め上げられていく。
(心して聞けと、皆に言ったのは貴女なんですがね……)
呆れるような思考の切り替え速度だ。
玉座の間での出来事を知り、沈んでいたこの場の空気が一気に吹っ飛んでしまった。
「至高の御方でも側でサポートする者は必要よね? これはもう私が秘書として支えるしかないわ!! おはようからお休みまで!! お側で!! 近くで!!」
想い人には決して見せられない表情で、テンションを上げて捲し立てるアルベド。
ナザリックに属する女性ならば、誰もがモモンガの寵愛を望むだろう。
デミウルゴスもそこに疑問はない。だが――
――これが守護者統括で大丈夫だろうか。
至高の御方の采配に僅かながら疑問を感じ、デミウルゴスは不敬であると、その考えを即座に切り捨てた。
「はぁぁぁっ!? ふんっ、嫌でありんすねぇ。賞味期限の切れたオバさんは妄想が激しくて」
モモンガがこの場を去った後も体勢を変えずに座り込み、一つの質問以外はほとんど沈黙状態だったシャルティア。
彼女はアルベドの宣言を聞き、不快げに顔を歪めて叫んだ。
「あらあら、嫉妬かしら?」
「アルベドの戯言なんて真に受ける価値はありんせん」
「うふふ、理由に想像はつくけど、さっきまで黙りこくっていたビッチには分からないでしょうね」
「あぁ? 年寄のボケに付き合う気はありんせんえ?」
シャルティアは勢いよく立ち上がり嫌味を浴びせたが、アルベドは怒鳴る事もせず澄ました表情のままだ。
「うぇぇ……アルベドのその余裕、なんだか気味が悪いでありんす……」
ヤツメウナギ位の言葉は言い返してくると予想していただけに、シャルティアは理由が分からず戸惑いの表情を見せた。
デミウルゴスも失礼だとは思いながら、アルベドの様子を不自然に感じている。
それ程交友が深い訳ではないが、彼女の性格からすると怒鳴り返しても不思議ではないと思っていた。
「私はモモンガ様から『妹という存在に甘くて優しい』と定められたの。そしてモモンガ様は私の胸をお揉みになったのよ!!」
「なぁっ!? モモンガ様から……しかも胸を!? モモンガ様はまさか妹萌え? でも、それとアルベドに何の関係が……」
「くふふ……私は次女。つまり妹属性を持っているのよ!!」
「あぁぁぁぁあっ!?」
恍惚な表情を浮かべた後、シャルティアに向かって勝ち誇るアルベド。
驚愕に目を見開き、悲鳴を上げるシャルティア。
デミウルゴスは非常に頭の悪い会話故に聞き流していたが、そろそろ止めに入るべきか悩んだ。
しかし、こういう事は適任者に任せた方がいいだろうと思い至る。
「アウラ、こういうのは同じ女性の君に任せるよ」
「えぇ……デミウルゴス、あたしに押し付ける気? あの意味わかんない事言ってる二人を?」
「適材適所というやつさ。いざとなったら協力するとも――」
――コキュートスと一緒にね。
デミウルゴスは守護者の中でも自身の戦闘力はかなり低い方であると自覚があった。
もし力技が必要になった時、自分では間違いなくあの二人には勝てない。
古来より女性の色恋話に男性が首を突っ込んでも、ロクな事にはならないと相場が決まっている。
デミウルゴスは頭の中で理論武装をしていたが、本音は面倒の一言に尽きるだろう。
「っくぅ……ペロロンチーノ様が、モモンガ様は中々ご自身の性癖を暴露してくれないとは仰っていんしたが…… まさか、そんな……」
「悪いわね、シャルティア。そういう事だから私は自分に甘いの……甘くても良いのよ!! 職権濫用と言われようが、モモンガ様の側で秘書として四六時中控えさせてもらうわ!!」
「ず、ずるいでありんす!!」
「はんっ、何とでも言いなさい。これはモモンガ様が直々に私に定められた事よ。至高の御方の決定は絶対!!」
「こんのぉ……そんな横暴認めないでありんす!! ちょっと賢いだけの大口ゴリラがぁ!!」
「私に意見があるなら妹になってから出直してきなさい、このヤツメウナギがぁ!!」
「吐いた唾は飲めんぞ!! 秘書の座を懸けて決闘じゃあっ!!」
「あーら、良いのかしら? まぁ、頭も悪くて妹でもない貴女がモモンガ様に選ばれるとは思えないけど。勝負は目に見えてるわね」
「あぁぁぁぁあっ!? この、この……」
「くふっ、公私共に支える関係となって、私もゆくゆくはモモンガ様と…… くふ、くふふふふっ……」
「貴女達、話を飛ばしすぎでは? そもそもアルベドが秘書になる事は定められていないと思いますが…… いえ、それ以前に――」
――守護者統括としてそれでいいのか。
そもそもモモンガ様が望まれたのは、そういう事ではないはず。
デミウルゴスは危うく本音が漏れそうになったが、今のこの二人に巻き込まれるのは非常に避けたい。
しばらくは口を閉ざした方が賢明だろうと、途中からまた聞いていないフリをした。
「……まだ、まだ勝負は終わってないでありんす!! チビ助!!」
「な、なによ……」
頭の悪い会話はまだまだ終わりが見えない。
それどころかシャルティアは――二人の様子を渋々見守っていた――アウラの方へ突然顔を向けた。
「あなた、わたしの姉になりなさい。元々弟がいるんだし、妹が増えても構わないでありんしょう?」
「はぁぁぁっ!? シャルティア、あんた何言ってんの?」
「妾の創造主であるペロロンチーノ様と、アウラ達の創造主であるぶくぶく茶釜様は御姉弟でありんす。なら何も問題ないでしょ!!」
「あるに決まってんでしょ。このお馬鹿!!」
守護者達はギルドメンバーについてならば、どんな些細な内容でも知りたい。至高の御方の話が聞ける事は、NPC達にとって非常に嬉しい事なのだ。
しかし、デミウルゴスはこの場に限って素直に喜べない。
(モモンガ様は既に動かれていると言うのに、一体いつまで続ける気なんですかね……)
残念ながらアウラまで巻き込まれてしまった。こうなるといつ終わるかも分からず時間も惜しい。
嫌々ながら、本当に嫌々ながら自分が止めに入るしかないだろう。
デミウルゴスは三人の挙動に注意しながら、混沌に足を踏み入れる覚悟を決めた。
「どちらに行かれたかは分かりませんが、私はモモンガ様の側へ控えさせていただきます」
「……ああ、分かったよ。アルベド達が正気に戻ったら、君にも追加の指示を伝えよう」
自分の覚悟に水を差す様な同僚の台詞。
デミウルゴスはこの場から逃げ出せるセバスに僅かな苛立ちを感じながら、心の中である言葉を刻む。
――自分がしっかりしなければいけない。
アルベドは自分と同等の頭脳を持つ知者である。更に言うなら守護者統括という重要なポジションだ。
だが、ナザリックがこの地に転移してから、アルベドの様子が明らかにおかしい。
「非常に興味深い議論だが、今はそれ位にしてくれたまえ。アルベド、そろそろ私達にも命令をくれないかね」
「……えぇ、そうね。まずはモモンガ様にルベドの起動を――」
「今は緊急時だ。私欲の混じった冗談は控えてくれたまえよ?」
デミウルゴスは少しだけ強めた口調でアルベドの言葉を遮った。
そしてデミウルゴスの疑問は確信に変わった。
アルベドの自身を律する能力が非常に下がっている。有り体に言ってしまえば、上に立つ者としてポンコツだ。
これは今後のナザリックの運営に関して致命的ではないだろうか。
「守護者統括である君が……モモンガ様の信頼を裏切ってまで、そんな事をするとは思わないがね」
「……もちろんよ。皆、これからの計画を――」
――今の間はなんですか。
アルベドを守護者統括に命じられたのは至高の御方々だ。
しかし、この先彼女に指揮を執らせる事に、デミウルゴスは不敬ながら非常に不安を感じる。
(モモンガ様の仰った『各員、異常がないか確認せよ』とは、こういう事だったんですかね……)
アルベドに極太の釘を刺し、忠義の悪魔は再度心に言葉を刻む。
――自分がしっかりしなければいけない。
しかし、この問題が根本的に解決するのは随分と先になりそうで、デミウルゴスは思わずため息をついた。
◆
「皆、緊急の任務、ご苦労だった。素晴らしい働きだったぞ。これからも諸君らの忠義に期待している」
この地に来てから初めてモモンガ様より賜った仕事――カルネ村の救援。
その任務を終えてナザリックに帰還した後、私達は玉座の間にてモモンガ様から直接お褒めの言葉を頂いた。
(モモンガ様は非常に御喜びになられていた…… だが、あれは御友人と再会出来たからに過ぎない)
しかし、自分はそれを素直に受け取る事が出来なかった。頂いたお言葉に不満がある訳ではない。主からの言葉はどんな宝石にも勝る褒美だ。
だがそれでも、自分が指揮を執った結果に納得が出来なかったのだ。
モモンガ様が玉座の間を去られてからは、それが如実に表情に出てしまう。
「デミウルゴス、さっきからどうしたの? せっかくモモンガ様から褒めてもらったのに、嬉しくないの?」
「そんな事はありません。ですが……我々の仕事はこの程度で良いのかと、そう思うのです」
「どういう意味?」
「モモンガ様はこれまでお一人でナザリックを維持してこられた…… それは並大抵の事ではない。言葉に出来ない偉大さだよ」
ギルド拠点の維持費は膨大。それもナザリックレベルの規模となれば、想像を絶する金額が必要となるだろう。
これまで四十一人で行われていた事を一人で行っていた。単純に考えても四十一倍の仕事量。
至高の御方四十一人分の仕事など自分では――いや、モモンガ様を除いてナザリックの誰であっても不可能だ。
「そりゃあ、モモンガ様は至高の御方々のまとめ役だよ? 凄いに決まってるじゃん」
「ではアウラ、君はこのままで良いと思うかい? 我々は与えられた階層を守護するだけで満足していた。だが、結局ナザリックが存続出来ていたのは、たった一人で維持費を稼ぎ続けたモモンガ様のおかげだ」
「それはそうだけど……」
「じゃ、じゃあデミウルゴスさんは、御命令以外に何をするべきだと?」
難しい顔で疑問を浮かべる双子の守護者に、自分がこの地に来てから考えていた事を伝えた。
「我々が維持費を稼ぐべきだ…… そしてナザリックの運営も可能な限り我々がやるべきです」
創造して頂いた以上、忠義を尽くすなど当たり前。ナザリックを守護する事も当たり前。
そんな程度では駄目なのだ。
あれ程慈悲深いモモンガ様がこの地を去るとは思えないが、その優しさに甘えるだけではいけない。
「モモンガ様は十分過ぎるほどにナザリックに尽くして下さった。だからこそ、今度はモモンガ様のやりたい事を、我々がサポートするべきだと思わないかい?」
思わず熱くなって声が大きくなってしまう。しかし、これが自分の本心だ。
ナザリックとシモベをお一人で守り続け、最後は共に消滅するなど、絶対にあってはならない。そのような考えを二度と主人に抱かせてはいけない。
だからこそ、モモンガ様に我々は守られるだけの存在ではないとアピールするのだ。
「も、モモンガ様のやりたい事って何ですか?」
「皆はまだ知らなかったね。マーレがナザリックを偽装していたあの時……私は夜空の下で、モモンガ様の真意を聞いた」
自分がお供をさせて頂いた時に、至高の御方が発した言葉だ。一言一句忘れるはずもない。
「モモンガ様はこう仰った。『――未知の世界を冒険し、一つ一つ制覇していくのも面白いかもしれないな』と。モモンガ様は最終的に世界征服を成し遂げるおつもりです」
壮大なスケールの野望。常人が言えば失笑されるであろう夢物語。
しかし、モモンガ様という筆舌に尽くし難いカリスマ的存在が、それを不可能に感じさせない。
「モモンガ様をサポートするためにやるべき事は沢山あります。私はそろそろ失礼するよ」
「デミウルゴスさん、何をするんですか?」
「なに、御方にちょっとした遊戯の時間をご提供しようかと思ってね。些末事を済ませておくのさ」
「勿体ぶらないで教えて欲しいでありんす。外の世界なんてモモンガ様に命じて頂ければ、わたしが即座に蹂躙して――」
「慌ててはいけないよ、シャルティア。我々が本気を出せば世界を捧げるなど簡単だ。でも一方的なゲームなどつまらないだろう? だから過程を楽しんで頂かなくてはね」
今まで働き詰めだったモモンガ様に戯れ――世界を舞台にしたゲーム――を提供する。
「それにどのような形で献上するのが最適かも考えなくては。至高の御方に捧げる贈り物だ。包装にも手を抜く訳にはいかないからね」
その計画の一端を知り、守護者達に激震が走った。そして、皆一様に頷いた。
――全ては至高なる御方、モモンガ様のために。
裏で色々やるけど、上手くやりすぎてナザリック側の出番はあまりない予定。
設定変更のせいでアルベドから不穏さがゼロになって、ある意味安心ですね。
デミウルゴスはモモンガを楽しませつつ、全力で世界征服する事を目指します。
もうコイツ一人で良いんじゃないかな状態ですね。
色々勘違いが起こってますが、ナザリック勢はネムに対して感謝してます。